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(平20.12.3、裁決事例集No.76 612頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の滞納国税を徴収するため、請求人が有する役員報酬の支払請求権のうち、役員報酬の金額から所得税に係る源泉徴収税額、特別徴収の方法によって徴収される県民税及び市民税に相当する金額並びに社会保険料に相当する金額の合計額を控除した金額について差押処分をしたのに対し、請求人が、役員報酬は国税徴収法第76条《給与の差押禁止》第1項に規定する「給料等」に該当するから、同項第4号及び第5号に掲げる生活扶助の給付相当額及び役員報酬の金額から同項第1号ないし第4号に掲げる金額の合計額を控除した金額の20パーセント相当額も差押禁止であるとして、原処分のうち、当該金額に相当する部分の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、次表の各滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)について、国税通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、それぞれ同表引継年月日欄記載の日付でA税務署長から徴収の引継ぎを受けた。

(単位:円)
年度 税目 納期限 本税 延滞税 引継年月日
平成18 申告所得税 平成19.3.15 ○○○○ 法律による金額 平成19.6.21
平成19 申告所得税 平成19.7.31 ○○○○ 法律による金額 平成19.9.20

(注)各国税の税額の欄は、平成20年3月25日現在の滞納税額を示す。

ロ 原処分庁は、平成20年3月25日付で、本件滞納国税を徴収するため、請求人がB社に対して有する平成20年4月分以降本件滞納国税に満つるまでの間における役員報酬の支払請求権について、役員報酬の金額から所得税に係る源泉徴収税額、特別徴収の方法によって徴収される県民税及び市民税に相当する金額並びに社会保険料に相当する金額の合計額を控除した金額を差し押さえた(以下「本件差押処分」という。)。
ハ 請求人は、平成20年5月23日、本件差押処分を不服として審査請求をした。

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(3) 関係法令要旨

イ 国税徴収法(以下「徴収法」という。)第76条第1項は、給料、賃金、俸給、歳費、退職年金及びこれらの性質を有する給与に係る債権(以下「給料等」という。)については、次に掲げる金額の合計額に達するまでの部分の金額は、差し押さえることができない旨規定し、この場合において、滞納者が同一の期間につき2以上の給料等の支払を受けるときは、その合計額につき、第4号又は第5号に掲げる金額に係る限度を計算するものとする旨規定している。

第1号 その給料等につき徴収される所得税に相当する金額

第2号 その給料等につき特別徴収の方法によって徴収される県民税及び市民税に相当する金額

第3号 その給料等から控除される社会保険料に相当する金額

第4号 生活扶助の給付を行うとした場合におけるその扶助の基準となる金額で給料等の支給の基礎となった期間に応ずるものを勘案して政令で定める金額

第5号 その給料等の金額から第1号から第4号に掲げる金額の合計額を控除した金額の100分の20に相当する金額(その金額が第4号に掲げる金額の2倍に相当する金額を超えるときは、当該金額)

ロ 国税徴収法施行令第34条《給与等の差押禁止の基礎となる金額》は、徴収法第76条第1項第4号に規定する政令で定める金額は、給料等の支給の基礎となった期間1月ごとに10万円(滞納者と生計を一にする配偶者その他の親族があるときは、これらの者一人につき4万5千円を加算した金額)とする旨規定している。

(4) 基礎事実

イ 請求人は、B社の代表取締役として同社から役員報酬を得ている。
ロ 原処分庁は、平成20年3月25日付で本件差押処分をし、同日、第三債務者であるB社に債権差押通知書を送達した。

2 主張

(1) 原処分庁

 役員報酬は、取締役と会社との委任契約に基づき、取締役の行う経営活動の対価として支払われるものであって、徴収法第76条第1項に規定する給料等には該当しないから、同項の規定は適用されず、役員報酬から同項第4号及び第5号に掲げる金額を控除すべきことにはならないので、本件差押処分は適法である。

(2) 請求人

 役員報酬は、徴収法第76条第1項に規定する給料等に該当するので、同項第4号及び第5号に掲げる金額は差し押さえることができないのであるから、役員報酬から当該金額を控除していない本件差押処分は違法である。

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3 判断

(1) 徴収法第76条第1項の趣旨

 徴収法第76条第1項が規定する給料等の差押禁止規定は、給料等がその受給者とその家族が生計を維持するための唯一ないし最重要な収入であり、その全額が差し押さえられた場合には、直ちにその受給者とその家族の生計の維持が困難になることを考慮し、健康で文化的な最低限度の生活を保障するという社会政策的な観点から、一定の範囲で差押えを禁止したものと解される。

(2) 徴収法第76条第1項に規定する「給料等」の意義

イ 徴収法第76条第1項は、上記1の(3)のイのとおり、「給料、賃金、俸給、歳費、退職年金及びこれらの性質を有する給与に係る債権」を給料等と規定しているが、徴収法は、「給料」、「賃金」、「俸給」、「歳費」、「退職年金」及び「給与」について、それがいかなるものをいうかについての定義的な規定を設けていない。
 したがって、これらの用語の意味は、一般的な用語法を基礎として、徴収法第76条第1項の趣旨・目的に従って理解すべきものであるところ、一般的に「給料・賃金・俸給・給与」とは、その名称のいかんを問わず、広く雇用契約に基づいて提供される労務の対価としての給付をいい、「退職年金」とは、雇用契約の終了後に使用者から支払われる年金をいい、「歳費」とは、国会議員が受ける手当をいうものと解されている。このうち、「歳費」は、国会議員としての職務遂行の対価として支払われるものであるが、雇用契約に基づくものではなく、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価ではない。そうすると、徴収法第76条第1項に規定する「給料等」は、労務又は職務遂行の対価として受ける給付であるとしても、雇用契約に基づくものには限られないということになる。
ロ そして、生活保障のために、生計を維持するための重要な収入のうち一定の範囲で差押えを禁止することとした徴収法第76条第1項の趣旨からしても、同項に規定する給料等を雇用契約に基づいて給付を受けるものに限定する理由はないから、徴収法第76条第1項に規定する給料等とは、雇用契約又はこれに類する関係その他一定の勤務関係に基づき、使用者の指揮命令又は所属する組織の規律に服してその使用者又は組織に対して提供した労務又は職務遂行の対価として、その使用者又は組織から継続的に受ける又は受けることが予定されている給付をいうものと解するのが相当である。

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(3) 役員報酬の徴収法第76条第1項の適用の可否について

イ 取締役は、株式会社の業務執行の決定機関である取締役会の構成員(会社法第362条《取締役会の権限等》)、又は、株式会社の代表機関となる者(会社法第348条《業務の執行》、第349条《株式会社の代表》)であるところ、その報酬は、株主総会の選任決議に基づき(会社法第329条《選任》第1項)、株式会社と被選任者との間で締結される任用契約(委任契約)によって支給される(その具体的金額は株主総会の決議(会社法第361条《取締役の報酬等》)又は株主総会の決議に基づき取締役会により決定される。)ものである。そうすると、取締役の役員報酬は、取締役の任期中、任用契約による勤務関係に基づき、その会社の機関又は機関の構成員として会社の規律に服し、その職務を行った対価として、その会社から継続的に報酬を受けるものであるから、役員報酬も徴収法第76条第1項に規定する給料等に含まれると解するのが相当である。
ロ 原処分庁は、役員報酬は取締役と会社との委任契約に基づいて支払われるものであるから、徴収法第76条第1項に規定する給料等には該当しない旨主張する。
 確かに、取締役と会社との関係は、委任の規定に従う(会社法第330条《株式会社と役員等との関係》)ものであり、取締役は自己の裁量で所定の事務を処理するという意味では被用者に比べて独立性を有しながら職務を遂行するものであり、その対価である取締役の報酬は雇用契約に基づいて支払われる賃金等とは異なるものである。
 しかし、徴収法第76条第1項は、生計を維持するための重要な収入のうち一定の範囲を差押え禁止としたものであり、同項に規定する給料等は、上記(2)のイのとおり、雇用契約に基づかない歳費まで例示しているから、雇用契約に基づいて支給されるものに限定されず、一定の勤務関係に基づき、組織の規律に服して行う職務遂行の対価まで含むものである。そして、取締役は、任用契約に基づき、会社の機関又は機関の構成員として組織の規律に服して職務を遂行するのであるから、その対価である報酬は、徴収法第76条第1項に規定する給料等に該当するものである。
 したがって、役員報酬は徴収法第76条第1項に規定する給料等に該当しないという原処分庁の主張には理由がない。

(4) 本件差押処分の適法性について

 本件差押処分は、請求人が代表取締役を務めるB社に対して有する役員報酬の支払請求権のうち、徴収法第76条第1項第1号ないし第3号に掲げる金額の合計額に相当する金額を差し引いた部分を差し押さえているところ、上記(3)のイのとおり、この役員報酬は、徴収法第76条第1項に規定する給料等に該当するので、同項各号に掲げる金額の合計額に達するまでの部分の金額は差し押さえることができない。しかるに、本件差押処分は、差押えが禁止されている同項第4号及び第5号に掲げる金額に相当する部分も差押えの対象としており、この点において違法な処分といわざるを得ない。
 したがって、本件差押処分は、請求人がB社に対して有する役員報酬の支払請求権のうち、役員報酬の金額から徴収法第76条第1項各号に掲げる金額の合計額を差し引いた金額を超える部分は取り消されるべきである。

(5) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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