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(平21.1.9、裁決事例集No.77 413頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)の相続税の申告について、原処分庁が、共同相続人である被相続人の配偶者が医療法人の出資持分を遺贈により取得するとともに、当該出資持分の放棄義務を併せて取得したとして、同配偶者の相続財産から債務控除されていた当該放棄義務は確実と認められる債務には当たらないから債務控除できないとして、更正処分等を行ったのに対し、請求人が、同処分等の違法を理由にその全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 請求人の審査請求(平成19年1月17日)に至る経緯等は、別表1のとおりである。

(3) 関係法令等

 関係法令等の要旨は、別紙1のとおりである。

(4) 基礎事実

イ 請求人は、平成○年○月○日に死亡したM(以下「被相続人」という。)の相続(以下「本件相続」といい、平成○年○月○日を「本件相続開始日」という。)の相続人の一人である。
 なお、被相続人と請求人との関係は、別紙2のとおりであり、請求人とN、U、V及びWは、被相続人の共同相続人である。
ロ 被相続人の配偶者Nは、被相続人が保有していた医療法人X会(P県P1市P2町○○番地に主たる事務所を有し、Yが理事長を務める医療法人をいい、以下「X会」という。)の出資持分19,600口(以下「本件出資持分」といい、後述する本件相続開始日前にN及びVが保有していたX会の出資持分各200口と併せて「本件出資持分等」という。)を遺贈により取得した。
 なお、本件相続開始日前におけるX会の出資持分は、被相続人が19,600口(98%)、Nが200口(1%)及びVが200口(1%)であったが、本件相続により、被相続人が保有していたX会の出資持分をNが遺贈により取得したことから、本件相続開始日後のX会の出資持分は、Nが19,800口(99%)、Vが200口(1%)の合計20,000口となった。
ハ 請求人は、Nあてに平成○年○月○日付内容証明郵便により遺留分を減殺する意思表示をしたことによって本件相続に係る相続財産を取得した。
ニ X会は、平成○年○月○日にP県知事に対して、「医療法人定款(寄附行為)変更認可申請書」(以下、X会の定款変更を「本件定款変更」という。)を提出した。
ホ P県知事は、平成○年○月○日付でX会が行った本件定款変更に係る認可申請に対して、認可通知をした。
ヘ X会は、平成○年○月○日に財務大臣に対して租税特別措置法(以下「措置法」という。)第67条の2《特定の医療法人の法人税率の特例》第1項の規定に基づく承認申請をし、同月○日に、財務大臣は、当該申請に係る承認をした(以下、措置法第67条の2第1項の規定に基づく財務大臣の承認を受けた医療法人を「特定医療法人」という。)。
ト 請求人は、平成○年○月○日に原処分庁に提出した本件相続に係る相続税の修正申告書における相続税の総額の算出に当たって、Nの課税価格の計算においては、本件出資持分の評価額を○○○○円とするとともに、本件出資持分の放棄義務として債務控除○○○○円を適用して算出している。
 なお、平成17年6月30日付の本件相続に係る相続税の更正処分における計算も同様に行われている。
 また、本件出資持分は、財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)194−2《医療法人の出資の評価》に基づいて評価され、評価額は○○○○円となっている。
チ 原処分庁は、請求人の本件相続に係る相続税の総額の算定上、当該相続税の総額の計算におけるNの課税価格の計算においては、本件出資持分の放棄義務について、相続税法第14条《控除すべき債務》に規定する「確実と認められるもの」に当たらないことから、債務控除することはできないとして、平成18年8月7日付で相続税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

(5) 争点

争点1 本件出資持分の価額は、評価通達の定めにより評価すべきか否か。

争点2 本件出資持分の放棄義務は、相続財産の価額から債務控除できる確実な債務に当たるか否か。

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2 主張

 当事者の主張は、別紙3のとおりである。

3 判断

(1) 認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
イ X会の平成○年○月○日付の臨時社員総会議事録には、別表2のとおりX会の社員が臨時社員総会に出席して「社員Vより、X会を特定医療法人へ移行したい旨の提案があり、全員異議なく承認、可決された。」旨記載されている。
 なお、同日現在におけるX会の社員は、理事長であるY、理事である被相続人及びV、監事であるNのほか4名の総数8名である。
ロ 被相続人、N、U及びVは、Z社の代表社員であるa(以下「Z社代表」という。)及びb法律事務所c弁護士に、X会の特定医療法人申請事務を委託するに当たり、平成○年○月○日付「X会特定医療法人化に関する覚書」(以下「本件覚書」という。)を作成した。本件覚書には、要旨次のとおり記載されている。
(イ) 被相続人、N、U、V、Z社代表及びc弁護士は、現在X会の出資が被相続人、N及びVにより100%保有されているにもかかわらず、社員総会において多数を占めるに至らず、一方出資持分の払戻請求や相続に至れば多額の税負担など法人・出資者とも立ち行かなくなるであろう事態を踏まえ、ここに共存のため妥協的解決を図ることを意図して行うものであることを確認する。
(ロ) 上記(イ)の趣旨にかんがみ、X会の全額出資により、U及びVをそれぞれ理事長とし、被相続人、N、U及びVが完全に支配しうる社員構成の下、Q県内及びR県内にそれぞれ医療法人を設立(以下、これらの新設医療法人を「本件各新設医療法人」という。)し、被相続人、N、U及びVにおいて経営権を取得する。
ハ X会は、Z社との間で、1X会の特定医療法人承認申請に関する業務、2X会の出資額の鑑定評価に関する業務、3X会が全額出資する本件各新設医療法人の設立認可、開設許可と適正運営の監視業務、4X会から、X会の社員であるM、N及びVが退社することに伴う精算額、並びに理事を退任することに伴う退職金の額の算定と支払方法についての調整業務を委嘱事項とすること等について契約し、「業務委託契約書」を平成○年○月○日付で作成した。
ニ Y、被相続人、N、V及びZ社代表は、X会を巡る問題に関して合意し、平成○年○月○日付「基本合意書」(以下「本件基本合意書」という。)を作成した。本件基本合意書には、要旨次のとおり記載されている。
(イ) Y、被相続人、N及びVは、X会の出資者であり社員である被相続人、N及びVに将来相続、退社、出資払戻しといった事態を生じた場合に、X会、Y、被相続人、N及びVがいずれも立ち行かなくなるのであろうことを憂慮し、将来にわたっていずれもが存続し得るよう妥協を図り本件基本合意書による合意をするものであることを確認する。
(ロ) Z社代表は、平成○年3月末現在のX会の財産状況にかんがみ、X会の存続と被相続人、N及びVの出資金払戻しを公正・中立の観点に立つ裁定により調整し、実質X会の分割を図る。
(ハ) X会はその100%出資により、Q県及びR県に医療法人を新設する。ただし、X会は本件各新設医療法人に社員として参加せず、出資持分払戻しの請求をしない。本件各新設医療法人の社員は被相続人、N及びVにおいて選定する。
(ニ) X会の出資者は、現状どおり被相続人、N及びVとし、X会を特定医療法人とし、被相続人、N及びVはX会の特定医療法人化に伴う本件定款変更の認可に際し、出資持分を放棄し、社員を退社する。X会の新たな社員はYにおいて選定する。
(ホ) X会はY、本件各新設医療法人はU及びVがそれぞれ理事長を務める。
(ヘ) X会及び本件各新設医療法人は、出資において関係を有するものの、いずれもその払戻しを請求できないものとし、X会はY側、本件各新設医療法人は被相続人、N及びV側において、それぞれの社員・役員を選任し、互いに関知しないものとする。
(ト) 手続の関係で、本件各新設医療法人の成立よりX会の特定医療法人化が先行する場合、X会は本件各新設医療法人への出資金相当額をあらかじめ確保する。
ホ X会の平成○年○月○日付臨時社員総会議事録には、別表2のとおりX会の社員が出席してX会の特定医療法人承認申請に関する総社員の意思決定及びX会の本件定款変更の認可に関する件について、X会が、特定医療法人の承認を得るためには、全社員が出資持分に係る払戻請求権の放棄をしなければならず、本件出資持分等を放棄する時期は、平成○年○月の財務大臣の特定医療法人の承認の内示を受けた後、P県知事による本件定款変更の認可が下りた時となること、また、全社員のX会に対する本件出資持分等のすべてを放棄することを十分納得して特定医療法人の承認申請を遂行すること、及び持分の定めのない社団に組織変更するため、X会の本件定款変更の認可の手続をすることについても出席社員全員が了承し、可決された旨記載されている。
ヘ N、U、V及びYは、平成○年○月○日付「X会の特定医療法人承認についての覚書」を作成し、公正証書としている。
 なお、当該覚書には、要旨次のとおり記載されている。
(イ) 平成○年○月○日付臨時社員総会議事録の記載事項については、X会を特定医療法人に組織変更すること、出資持分を保有しているすべての社員は出資払戻請求権を行使しないこと、当該議事録に記載の社員の入退社が行われることを再確認する。
(ロ) 当該議事録に記載されていない事項については、1本件各新設医療法人への出資金額は別紙評価計算(その内容は、次のトのとおりである。)の金額(○○○○円)とすること、2X会の行う本件各新設医療法人への出資の配分については、Uが代表する法人に対しては金○○○○円、Vが代表する法人に対しては金○○○○円とされること、3本件各新設医療法人への出資は、X会の財務省による特定医療法人の承認の内示を受け、本件定款変更の認可手続開始日に行うこと、4X会は、本件各新設医療法人に対しては出資義務を負う有限責任とすること、5U及びVは、X会の本件各新設医療法人への出資金の最終確定額が出資された後は、X会に対し追加的資金要求はできないものとすること、6X会は、本件各新設医療法人については、将来にわたり今回の出資履行の有限責任のみを負うものであり、その後の経営上の権限及び責任については、すべてU及びVに帰属するものとすること。
ト 上記ヘの覚書には、「X会 時価換算と出資額計算書」と題する書面が添付されており、要旨次のように記載されている。

(単位:円)
貸借対照表
区分 ○期(簿価) ○期(時価)
資産の部合計 ○○○○ ○○○○
負債の部合計 ○○○○ ○○○○
資本の部合計 ○○○○ ○○○○
負債及び資本の部合計 ○○○○ ○○○○
残余金額 −○○○○
清算所得課税 法人税 27.10% 0
事業税 11.50% 0
住民税 20.70% 0
小計 0
税金控除後配当額 ○○○○
被相続人個人の税額計算
配当所得課税 配当額 ○○○○
当初出資額 ○○○○
配当所得 ○○○○
税額合計 ○○○○
出資相当額 ○○○○

チ X会が平成○年○月○日付の特定医療法人の承認申請に係る「申請者の従業員に関する明細表」と題する書面によれば、X会の従業員数は、実人員で○○○○人と記載されている。
リ 平成○年○月○日にN及びVが○○税務署長に提出した本件相続に係る相続税の申告書に添付された「取引相場のない株式(出資)の評価明細書」と題する書面の第1表の2には、直前期末以前1年間における従業員数は、○○○○人と記載されている。

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(2) 争点1について

イ 法令等解釈
(イ) 相続税法第22条《評価の原則》は、相続又は遺贈により取得した財産の価額は、相続税法に特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価による旨規定しており、この時価とは、当該財産の取得の時において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的な交換価値をいうものと解される。
 しかし、相続税の課税対象となる財産は多種多様であるから、国税庁は、財産評価の一般的な基準を評価通達によって定め、各種財産の評価方法に共通する原則や各種の財産の評価単位ごとの評価方法を具体的に規定し、課税の公平、公正の観点から、その取扱いを統一するとともに、これを公開し、納税者の申告、納税の便に供している。
 このように画一的な評価方法がとられているのは、各種の財産の客観的な交換価値を的確に把握することは必ずしも容易なことではなく、これを個別に評価する方法をとると、その評価方法、基礎資料の選択の仕方等により評価額に格差が生じるおそれがあることなどから、あらかじめ定められた評価方法により画一的に評価する方が、納税者の公平、納税者の便宜という見地からみて、合理的という理由に基づくものと解される。
 したがって、評価通達に定める評価方法を画一的に適用したのでは、適正な時価が求められず、著しく課税の公平を欠くことが明らかであるなど、評価通達の定めによらないことが正当と認められるような特別な事情がある場合を除き、評価通達の定めに基づき評価した価額をもって時価とすることが相当である。
(ロ) 評価通達194−2は、医療法が営利法人化することを防止する目的の下に剰余金の配当を禁止しているものの、医療法人の行う医療事業の内容や経営形態が、一般の個人開業医と異なったものを要求しているわけではなく、事業により利益を上げ、資産を有するという点において、特に一般の営利法人とその性格を異にするものではないと認められることから、医療法人の出資持分の価額は、取引相場のない株式の評価に準じて評価することとして定められており、この趣旨から同通達は、当審判所においても相当と認められる。
ロ これを本件についてみると、医療法人の出資持分の価額は、上記イの(イ)及び同(ロ)のとおり、評価通達に定められた評価方法は合理的なものであり、これが形式的にすべての納税者に適用されることによって租税負担の実質的な公平をも実現することができるといえるから、評価通達194−2に定める評価方法を適用したのでは適正な時価が求められず、著しく課税の公平を欠くことが明らかであるなど、評価通達194−2の定めによらないことが正当と認められるような特別の事情がある場合を除き、評価通達194−2に定める評価方法により、取引相場のない株式に準じて評価することが相当であると認められる。
ハ 請求人の主張について
(イ) 請求人は、本件出資持分は本件相続の開始の際に、特別の放棄の意思決定及び特別の法定手続の拘束下にあり、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合自体が起こり得ないから、本件出資持分の価額は、評価通達に定める評価方法に基づいた評価額で評価すべきでなく、かかる取引が行われる場合に通常成立するとみられる価額は零円と評価すべきである旨主張する。
 しかしながら、相続税法第22条に規定する「時価」である「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」、すなわち客観的な交換価値は、一方において評価対象財産の価額に影響を及ぼすすべての客観的要素を考慮するとともに、他方において主観的な要素を排除しようとするものであるところ、本件においては、次の事実が認められる。
A 上記(1)のイないしホのとおり、臨時社員総会議事録、本件覚書及び本件基本合意書等によると、Y、被相続人、N及びVの社員全員は、本件覚書の作成時におけるX会の出資について、被相続人(98%)、N(1%)及びV(1%)の3名で100%であるにもかかわらず、社員総会において多数を占めるに至らず、一方出資持分の払戻請求や相続に至れば多額の税負担などX会・出資者とも立ち行かなくなるであろう事態を踏まえ、共存のため妥協的解決を図ることを意図して、平成○年○月○日の臨時社員総会においてX会を特定医療法人化することを決議したものであること。
B また、X会は、上記(1)のニのとおり、その実現のために、Z社に対して、平成○年3月末現在のX会の財産状況にかんがみ、X会の存続と被相続人、N及びVの出資金払戻しを公正・中立の観点から調整し、実質X会の分割を図ることを委託し、また、1X会の全額出資により、U及びVを理事長とし、被相続人、N、U及びVが完全に支配しうる社員構成のもと、本件各新設医療法人を設立すること、2X会は、本件各新設医療法人の社員として参加せず、出資持分払戻請求をしないこと、3被相続人、N及びVは、本件定款変更の認可に際し、出資持分を放棄し、X会を退社すること、4X会及び本件各新設医療法人は、出資の払戻しを請求できないものとし互いに関知しないことなどについて、被相続人、N及びVの出資者並びに社員全員が合意した事実が認められ、本件相続開始日には、X会において、上記のようなX会の定款を変更するための準備が進められていたこと。
C そして、前記1の(4)のニ及び同ホのとおり、X会がP県知事に対して本件定款変更に係る認可申請をしたのは、本件相続開始日より後の平成○年○月○日であり、P県知事の本件定款変更に係る認可の通知は、同年○月○日付で行われており、X会は、本件相続開始日においては、P県知事による本件定款変更の認可は受けていないことから、本件相続開始の時においては、X会は出資持分の定めのある社団医療法人であり、X会の出資者は、X会の財産的価値をその持分に応じて有していたこと。
D さらに、前記1の(4)のロのとおり、本件相続の開始日前におけるX会の出資者は、被相続人、N及びVの3名であり、本件出資持分のすべてをNが遺贈により取得したこと、並びに本件相続の開始直前及び開始直後におけるX会の社員全員が被相続人、N、V及びその親族であったことに照らせば、本件相続の開始した時において、社員総会において本件定款変更を行わない旨の決議をし、これまでどおり出資持分の定めのある医療法人として存在し続けること、また、上記(1)のヘ及び同トのとおり、N、U、V及びYは、「X会 時価換算と出資額計算書」と題する書類を作成し、X会の平成○年4月1日から平成○年3月31日までの事業年度の財務内容を基礎として被相続人への配当額を○○○○円と算出しているようにX会の財産的価値を把握していたことからすると、出資者が社員総会の承認を受けてX会の出資持分を当該算出した額を基準として第三者に譲渡することも可能であったと考えられるし、さらに、X会を解散して、残余財産の分配を受けることも可能であったこと。
 上記AないしDの事実から、本件出資持分は、特別の放棄の意思決定及び特別の法定手続の拘束下にあるなどと請求人が主張する事情は、X会、Y、被相続人、N及びVが、将来にわたって存続し得るよう妥協を図ることを目的として、実質的にX会の分割を図りたいとのNその他関係者の主観的事情であって、客観的交換価値である相続税法第22条に規定する時価を算定する場合に、このような主観的事情を考慮することは相当ではない。
 したがって、請求人の主張する事情は、本件出資持分の評価に当たり、評価通達194−2の定めによらないことが正当と認められるような特別な事情には該当しない。
(ロ) また、請求人は、売買契約中の土地の評価、解散決議のされた会社の株式の評価、株式の割当てを受ける権利の発生した株式などの評価の例を示し、もともとの財産、権利自体の評価とそれが一定の決定、拘束下に入った段階での評価とは異なるものとして扱われることから、本件出資持分についても、本件相続開始の時、既に放棄の意思表示済みで、かつ、放棄にかかわる法定手続が履行済みで、これら拘束下にあったことを踏まえて評価すべきであると主張する。
 しかしながら、売買契約中の土地については、課税時期には課税対象財産が土地から売買代金請求権に転化していることから、課税対象財産は土地ではなく、その売買代金請求権である債権として評価するものであること、解散決議のされた会社の株式(清算中の会社の株式)については、現に清算の手続が行われているとの実態に照らして分配を受ける見込額を基に評価するものであり、さらに、株式の割当てを受ける権利の発生した株式については、当該権利を課税対象財産として評価するとともに、当該権利の生じている株式については二重に評価することを回避するため、所要の調整を講じて評価することとしているものであることから、これらの評価方法は、それぞれ合理的な評価方法であると認められるところ、本件出資持分については、上記(イ)のとおり、評価通達194−2に定める医療法人の出資持分の評価方法をそのまま適用して評価することが不合理と考えられるような特別な事情は生じていないことから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ハ) 以上のとおり、請求人が主張する理由は、本件出資持分の評価に当たり、評価通達194−2の定めによらないことが正当と認められるような特別な事情には該当せず、他に評価通達の定めによらないことが正当と認められるような特別な事情は認められない。
ニ したがって、本件出資持分の価額は、評価通達194−2の定めにより評価することが合理的であり、上記(1)のチ及び同リのとおり、本件定款変更の時における]会の従業員数は100人を超えていることは明らかであるから、]会は、評価通達にいう大会社に相当する法人となり、その出資持分の価額は類似業種比準方式により評価することとなる。
 そうすると、請求人の本件相続の開始日における出資持分1口当たりの価額は、別表3の審判所認定額のとおり○○○○円となる。
 この価額に、Nが本件相続で遺贈により取得した出資口数19,600口を乗じて計算すると、Nが被相続人から遺贈により取得した本件出資持分の価額は、○○○○円となる。

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(3) 争点2について

イ 法令解釈
(イ) 相続税法第13条《債務控除》に規定する債務控除について
 相続税法第11条の2《相続税の課税価格》第1項には、相続又は遺贈により取得した財産の合計額をもって相続税の課税価格とする旨規定されているが、同法第13条第1項に被相続人の債務で相続開始の際、現に存するものの金額のうち当該相続又は遺贈により財産を取得した者の負担に属する部分がある場合には、その負担に属する部分の金額を控除して課税価格の計算をすることと規定されている。
 この趣旨は、被相続人の借入金等の債務が存するときは、相続の結果、相続人の負担に属することとなるこれらの債務の額を積極財産の価額から控除し、相続によって取得する財産の実質的価額をもって相続税の課税価格とすることにあり、この場合の債務とは、被相続人が相続開始の際に負っていた他の特定の者に対して一定の給付をすることを内容とする義務をいうものと解するのが相当である。
(ロ) 医療法人の定款変更による出資持分の消滅について
 出資持分の定めのある医療法人社団は、都道府県知事の認可を受け、定款を変更することにより、出資持分の定めのない医療法人社団に移行することができ、この定款変更により出資者の出資持分は消滅することとなる。
 このように出資持分の消滅は、当該医療法人の定款変更の決議及び都道府県知事による当該定款変更の認可により効力が生じるのであって、請求人がいう出資者による出資持分の放棄の意思表示、すなわち、定款変更に賛成する意思表示があったとしても、直接、当該意思表示によって出資持分が消滅するわけではなく、また、定款変更の決議により、出資持分を有する出資者が、財産上の給付をしたり何らかの行為をすることを求められるわけではない。
 もっとも、出資持分の定めのある医療法人社団から出資持分の定めのない医療法人社団に移行するための定款変更を行うに当たって、出資者である社員は、定款変更が行われれば自己の有する出資持分が消滅することを認識した上で、当該定款変更に係る決議に賛成する意思表示を行うものであるといえ、出資者が社員でない場合には、通常、医療法人社団は、定款変更の決議に際し、当該定款変更に係る当該出資者の同意を得ることになる。
 しかしながら、そうであるからといって、このような意思表示によって、出資者が、将来に向かって何らかの給付をしたり、行為をすることを義務付けられたということにならないことは上記のとおりである。
ロ これを本件についてみると、次のとおりである。
(イ) 本件においては、上記(1)のホのとおり、平成○年○月○日に開催されたX会の臨時社員総会において本件定款変更が決議され、その際に、出資者の一人であった被相続人も社員として本件定款変更の決議に加わり、被相続人は、本件定款変更によって自己の出資持分が消滅することを認識した上で当該決議に賛成したと認められる。
 しかしながら、この意思表示により、被相続人に出資持分放棄の義務が生じたということはできず、その後、平成○年○月○日のP県知事に対する本件定款変更に係る認可申請書の提出を経て、同月○日付のP県知事の本件定款変更の認可があったことにより、Nが遺贈により取得した被相続人のX会に対する出資持分が消滅したのである。
 したがって、本件相続開始日において、「出資持分の放棄義務」という被相続人の債務は存在しないから、Nの相続税の課税価格の計算上、○○○○円を本件出資持分の放棄義務として債務控除額に計上して控除することはできない。
(ロ) なお、請求人は、1本件出資持分の放棄義務は法律上停止条件付債務に該当するものであり、「停止条件付債務については、特段の事情のない限り、相続開始の時点までに当該条件が成就していることが必要であると解すべき」という判例から、停止条件付債務について特段の事情がある場合は、相続開始の時点までに当該条件が成就していなくとも確定した債務として債務控除できるものであり、本件の場合、特定医療法人の承認の確実性及び出資持分放棄の確実性から確実な債務に該当するものである旨、2相続税法第13条第1項第1号に規定する「相続開始の際」とは、相続開始の時点からP県知事からの本件定款変更の認可を受けたときまでの期間であり、本件出資持分の放棄義務は確実な債務に該当する旨、3本件出資持分は相続開始から数週間以内に財産価値がなくなる財産であることから、本件出資持分の放棄義務について債務控除を認めないと担税力のない財産に課税することとなる旨主張する。
 しかしながら、上記(イ)のとおり、本件相続開始日において、被相続人の本件出資持分の放棄義務という債務の存在は認められないから、本件出資持分の放棄義務の存在を前提とした上での、当該義務に停止条件が付されているか否か、停止条件が付されていたとしても特段の事情があれば債務控除ができるか否か、相続税法第13条第1項第1号に規定する「相続の開始の際」についての解釈及び担税力について、それぞれ判断するまでもなく、請求人の主張には理由がない。

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(4) 本件更正処分について

 以上のとおり、本件出資持分については評価通達を適用してその価額を算出し、また、本件出資持分に係る放棄義務については取得した財産の価額から控除せずに相続税の課税価格及び相続税額を計算することとなるから、Nが遺贈により取得した本件出資持分の価額は○○○○円、同人の相続税の課税価格は○○○○円となり、これに基づいて本件相続に係る相続税の総額及び請求人の納付すべき税額を計算することとなる。
 そうすると、本件相続に係る相続税の総額は、○○○○円となるので、これを基に請求人の納付すべき税額を計算すると○○○○円となり、この金額は本件更正処分に係る納付すべき税額と同額であるから、本件更正処分は適法である。

(5) 本件賦課決定処分について

 更正があった場合は、国税通則法第65条《過少申告加算税》第1項及び第2項の規定に基づき、その更正により納付すべき税額に対して過少申告加算税が賦課されるところ、同条第4項において、同条第1項又は同条第2項に規定する納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちにその更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められるものがあるときには、これらの項に規定する納付すべき税額からその正当な理由があると認められる事実に基づく税額を控除して同条第1項又は同条第2項の規定を適用する旨規定している。
 これを本件についてみると、別表1の1のとおり、請求人は、平成○年○月○日に納付すべき税額を○○○○円とする修正申告書を提出したが、この修正申告書は国税通則法第65条第5項に該当する修正申告書であり、また、平成17年6月30日に原処分庁は、納付すべき税額を○○○○円とする更正処分を行っているが、この更正処分は更正の請求に基づくものではない。
 そして、原処分庁は、平成18年8月7日に納付すべき税額を○○○○円とする本件更正処分を行っている。
 そうすると、平成17年6月30日の更正処分により減額された税額に相当する部分の額○○○○円については、本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められることから、国税通則法第65条第4項の規定により当該減額された税額に相当する税額を控除して、同条第1項又は第2項の規定を適用することとなる。
 そこで、当審判所において、請求人の過少申告加算税の額を計算すると、本件更正処分により納付すべき税額○○○○円から上記「正当な理由」がある部分の額○○○○円を控除した額○○○○円が過少申告加算税の対象となるべき税額であることから、過少申告加算税の額は○○○○円となり、本件賦課決定処分の額を下回るから、本件賦課決定処分は、その一部を取り消すべきである。

(6) 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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