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(平21.5.11、裁決事例集No.77 593頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、美容業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)の滞納国税を徴収するために行った不動産の差押処分に対し、請求人が、同処分は営業の継続を困難とする不当な処分である旨主張して、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ A税務署長は、請求人が納付すべき別表1の「差押処分に係る滞納国税の明細」に記載の各滞納国税(以下「本件各滞納国税」という。)について、国税通則法(以下「通則法」という。)第37条《督促》の規定に基づき、請求人に対して同表の「督促年月日」欄に記載した日付でそれぞれ督促状(以下「本件各督促状」という。)を発した。
ロ 原処分庁は、本件各滞納国税について、通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、平成19年8月29日にA税務署長から徴収の引継ぎを受けた。
ハ 原処分庁は、平成20年5月19日付で、別表2の「差押処分に係る建物」に記載の建物(以下「本件建物」という。)について差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。
ニ 請求人は、本件差押処分を不服として平成20年7月10日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は同年8月22日付で棄却の異議決定をした。
ホ 請求人は、上記の異議決定を経た後の原処分に不服があるとして平成20年9月24日に審査請求をした。

(3) 基礎事実

 請求人は、平成18年4月28日、本件建物の敷地の所有者であるBとの間で、本件建物の敷地についての賃貸借契約を締結し、当該契約の内容は、C法務局所属公証人D作成の同日付「事業用土地賃貸借契約公正証書」(以下「本件公正証書」という。)に記されている。

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2 争点

 本件差押処分は不当か否か

3 主張

原処分庁 請求人
 原処分は、次のとおり、適法であり、不当な処分ではない。
 本件差押処分は、通則法及び国税徴収法(以下「徴収法」という。)の規定に基づき行われたものであり、本件建物は、徴収法第75条《一般の差押禁止財産》に規定されている差押禁止財産にも該当していない。
 なお、「不当な処分」とは、法令上違法ではないものの制度の目的からみて適当でない処分をいうものと解されるところ、本件差押処分は、上述のとおり、通則法及び徴収法に基づき、適法に行われており、国税債権の履行を強制的に実現することを目的とした滞納処分の趣旨に反していない。
 原処分は、次のことから、不当な処分である。
 請求人は、3店舗あった店を2店舗に整理して、売上げは減少するものの所得を増やす努力をし、滞納を整理しようとしているにもかかわらず、これを無視して行われた本件差押処分は、請求人をして営業の継続に支障を来し、納税を困難とさせるものである。
 さらに、本件差押処分は、請求人を廃業に追い込むこととなり、中小企業を倒産させないとする国の方針とも異なる。

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4 判断

(1) 認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
イ A税務署長は、本件各滞納国税につき、請求人あてに別表1の「督促年月日」欄に記載した日に、本件各督促状をそれぞれ発したが、本件各滞納国税は、A税務署長が本件各督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納されていなかった。
 その後、本件各滞納国税について、A税務署長から原処分庁に徴収の引継ぎが行われ、請求人は、原処分庁の徴収担当職員と本件各滞納国税の納付についての交渉を行い、請求人が原処分庁に提出した平成19年11月7日付の納付計画書のとおり納付を約束したが、請求人はこれを履行せず、本件各滞納国税は、原処分時においても完納されていなかった。
ロ 原処分庁は、本件差押処分に当たり、本件建物が未登記家屋であったため、平成20年5月19日付で不動産の表示に関する登記の代位登記と本件建物の差押えの登記を嘱託し、同月○日付でその旨の登記がされた。なお、原処分庁は、同月23日付で請求人に本件建物についての差押書を送付した。
ハ 本件公正証書には、その第14条の2の(3)において、賃借人が公租公課の滞納処分を受けた場合には、賃貸人は契約を解除できる旨が記載されている。
ニ 請求人は、本件建物以外に本件各滞納国税に見合う差押可能な財産を所有していない。
ホ 請求人は、当審判所に対し、本件差押処分時において、本件建物以外に所有財産がなかった旨答述している。

(2) 関係法令

イ 徴収法第47条《差押の要件》第1項第1号は、滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないときは、徴収職員は滞納者の国税につき、その財産を差し押さえなければならない旨規定している。
ロ 徴収法第68条《不動産の差押の手続及び効力発生時期》第1項は、不動産の差押えは、滞納者に対する差押書の送達により行う旨規定し、同条第2項は、その差押えの効力は、その差押書が滞納者に送達された時に生ずると規定している。さらに、同条第3項は、国税局長は、不動産を差し押さえたときは、差押えの登記を関係機関に嘱託しなければならないと規定するとともに、同条第4項において、前項の差押えの登記が差押書の送達前にされた場合には、その差押えの登記がされた時に差押えの効力が生じる旨規定されている。

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(3) 本件差押処分について

イ 本件差押処分に係る手続について
 本件差押処分は、上記(1)のイのとおり、本件各滞納国税について本件各督促状が発せられた日から起算して10日を経過した日までに完納されていなかったこと、また、本件建物については、上記(1)のロのとおり、差押えの登記がされ、さらに、請求人に対して本件差押処分に係る差押書が送付されているから、上記(2)のイ及びロの規定に基づいて行われていると認められ、その手続に違法事由は見当たらない。
ロ 本件差押処分は不当か否か
(イ) 請求人は、店舗を整理して所得が増える努力をし、滞納を整理しようとしているにもかかわらず、これを無視して行われた本件差押処分は、営業の継続に支障を来し、納税を困難にする不当な処分である旨主張する。
 ところで、滞納処分とは、国税が納期限までに完納されないときに、国税債権の履行を強制的に実現するための一連の手続であって、納税者の財産をもって国税に充てることを目的とするところ、国税債権が金銭債権であることから、その目的を達成するためには、納税者の財産を換価し、その換価代金を国税に充てることが必要である。そして、この換価の前提として、納税者の財産を保全するため、納税者の特定の財産について、処分を禁止するのが差押処分であり、当該処分は納税者の意思にかかわりなく強制的に行われるものである。
 このように、差押処分は、納税者の意思にかかわりなく強制的に行われるものであるが、一方で、納税者の権利及び利益の保護並びに生計及び事業の維持のため、滞納処分を一定の範囲で制限し、これらとの調整を図る趣旨の規定が設けられている。
 すなわち、徴収法第48条《超過差押及び無益な差押の禁止》及び同法第79条《差押の解除の要件》の超過差押え又は無益な差押えの禁止及び差押えの解除に関する各規定並びに同法第75条から第78条《条件付差押禁止財産》までの差押禁止財産に係る各規定は、差押えをすることができる財産について、上記の趣旨に従い財産の内容及び範囲を制限している。
 また、通則法第46条《納税の猶予の要件等》に係る納税の猶予、同法第105条《不服申立てと国税の徴収との関係》に係る徴収の猶予等及び徴収法第153条《滞納処分の停止の要件等》に係る滞納処分の停止に関する各規定は、納税者の資力状況及びその他の理由に基づき、国税の徴収を緩和する場合を規定し、これらの規定に基づいて徴収を緩和する処分がなされたときは、差押えに一定の制限が加えられる場合がある。
 そして、差押処分に当たり、滞納者が複数の財産を有する場合において、上記に掲げる差押禁止財産を除いた財産のうち、いかなる財産を差し押さえるかについては、上記の各法令の規定により差押処分が制限されることのない範囲内において、徴収職員の合理的な裁量にゆだねられていると解されており、差押処分を行う時期についても、徴収法第47条第1項第1号には「滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないときは、徴収職員は滞納者の国税につき、その財産を差し押さえなければならない」旨規定しており、これは、差押処分の直後に滞納国税が完納されることが確実であったなどの特段の事情がない限り、国税債権を確実に徴収するために、徴収職員に対して早期に滞納者の財産を保全することを求めたものであると解されている。
 これを本件についてみると、本件建物は、徴収法第75条ないし第78条に規定する差押禁止財産に該当せず、本件差押処分が同法第48条に規定する超過差押え又は無益な差押えであるともいえず、本件において同法第79条に定める差押の解除の要件が適用される状態になっているともいえない。また、本件差押処分時において、請求人に対して、納税の猶予等の徴収を緩和する処分が行われていた事実もなく、その要件を充足する事実も認められない。さらに、請求人は、上記(1)のニ及びホのとおり、本件建物以外に、本件各滞納国税に見合う差押可能な財産を有していないから、本件差押処分について、差押財産の選択の当否が問題となることはなく、本件差押処分を行った時期についても、本件差押処分の直後に本件各滞納国税が完納されることが確実であったことなどの特段の事情はうかがわれない。
 そうすると、本件差押処分が、納税者の権利及び利益の保護並びに生計及び事業の維持の観点から一定の範囲で制限しながらも国税債権の履行を強制的に実現することを目的とした滞納処分の趣旨に反しているとはいえず、また、本件差押処分においては、差押財産の選択の当否が問題となることはなく、さらに、差押処分の時期が不当ともいえないから、本件差押処分が不当であるということはできない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ロ) また、請求人は、本件差押処分は、中小企業を倒産させないとする国の方針と異なり不当な処分である旨主張する。
 しかしながら、中小企業を倒産させないことが国の方針であるとしても、その方針に基づき、いかなる場合に差押処分ができないとするかについて法令の定めはなく、また、上記のとおり、法は、納税者の権利及び利益の保護並びに生計及び事業の維持の観点から、滞納処分を一定の範囲で制限しているのであるから、滞納処分を制限した法令の定めに反しない差押処分を違法ということはできず、加えて、租税の徴収手続において、中小企業の倒産を防止するためにその手続を制限する法令上の定めがない段階で、中小企業を倒産させないという観点のみから、法律に基づいて課された租税を裁量で徴収しないことは、かえって租税負担の公平を阻害することになる。さらに、差押処分によって、事業の継続が困難となる事実上の影響が反射的に生ずるとしても、その影響を考慮して差押処分をしないこととした場合には、上記(イ)で述べた徴収法第47条第1項第1号の趣旨が没却されることになる。そうすると、租税の徴収手続において、法令上の根拠のない中小企業の倒産を防止するという要素を裁量判断の基礎とすることはできないというべきである。
 そして、本件差押処分について、差押財産の選択の当否が問題となることはなく、差押処分の時期が不当ということもできないことは、上記(イ)のとおりである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ハ) 以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がないから、本件差押処分を不当ということはできない。
ハ 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由はない。

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