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(平21.7.2、裁決事例集No.78 257頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が美容業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)に対して行った原処分について、請求人が調査手続等に違法があるなどとして、その全部の取消しを求めた事案であり、争点は次の3点である。

争点1 調査手続等に違法があるか否か。

争点2 推計の必要性が認められるか否か。

争点3 推計方法に合理性があるか否か

(2) 審査請求に至る経緯

 審査請求(平成20年7月25日請求)に至る経緯は、別表1のとおりであり、請求人は、平成16年分及び平成17年分の所得税の確定申告書をそれぞれ法定申告期限後に原処分庁に提出し、平成18年分の所得税の確定申告書についてはその提出をしていない(以下、平成16年分、平成17年分及び平成18年分を併せて「本件各年分」という。)。

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2 主張

(1) 争点1(調査手続等に違法があるか否か)について

原処分庁 請求人
 次のとおり、調査手続等に違法はない。  次のとおり、調査手続等に違法がある。
イ 原処分に係る調査を担当した職員が当該調査の前にその身分を明かさずに請求人の経営する店舗を訪れ、店舗の状況等を確認したのは、所得税法第234条《当該職員の質問検査権》に基づくものではなく、税務調査に際して必要な請求人の情報収集を目的として実施したものであり、同条及び同法第236条《身分証明書の携帯等》に違反したものではない。 イ 原処分に係る調査を担当した職員が身分を明らかにせず客になりすまし、請求人の承諾を得ることなく従業員に対して事業内容等を質問した行為は、所得税法第234条第1項及び同法第236条に違反している。
ロ 質問検査権の行使に当たり、その具体的な方法は、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り調査を担当する職員の合理的な裁量にゆだねられているところ、当該担当職員は、調査に関係のない第三者の立会いを認めると税務職員に課された守秘義務に違反するおそれがあると判断したため、これを認めず、また、請求人に第三者の退席を再三求めたにもかかわらず、請求人がこれに応じなかったため、やむを得ず請求人の取引先に対する調査を行った。
 これらのことは、当該担当職員の合理的判断に基づくものであり、また、社会通念上相当な限度を逸脱していない。
ロ 当該担当職員は、原処分に係る調査の際に、請求人の依頼した第三者の立会いを認めず、また、請求人の承諾を得ずに取引先を調査した。

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(2) 争点2(推計の必要性が認められるか否か)について

原処分庁 請求人
 請求人は、原処分に係る調査を担当した職員の帳簿書類の提示依頼に対して、事業所得の金額を実額により算定するために必要な日々の取引を継続的に記帳した帳簿や、売上金額を確認できる売上伝票や必要経費に係る領収書等を提示しなかったことから、やむを得ず推計の方法により所得金額を算定したものであり、推計の必要性があった。  請求人は、平成19年2月から3月にかけて少なくとも2回程度、当該担当職員に売上げ及び経費の集計表や、材料仕入れの請求書及び領収書等の資料を提示していることから、実額計算が可能であり、推計の必要性はなかった。

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(3) 争点3(推計方法に合理性があるか否か)について

原処分庁 請求人
 次のとおり、推計方法には合理性がある。  次のとおり、推計方法は合理性を欠いている。
イ 請求人の各年分の事業所得の金額を、請求人が異議審理時に提出した売上げに関する資料を基に算定した本件各年分の総収入金額に、類似同業者の総収入金額に対する青色申告特典控除前の所得金額の割合の平均値を乗じて推計により計算したところ、原処分の金額を上回ることとなり、当該推計において、類似同業者の平均値を使用することにより、請求人と類似同業者の間に通常存在する程度の営業条件等の差異は、平均化の過程で平均値の中に捨象されるから、得られた平均値が特に不合理なものと認めるべき特段の証拠がない限り、当該算定には合理性があるとされており、本件において抽出した同業者には、その抽出過程に何ら不合理な点はないから、当該算定には合理性がある。 イ 請求人の事業専従者は、美容技術を持たず帳簿の記帳補助並びに店舗の受付及び清掃業務に従事しているから、同業者の選定に当たっては、請求人の事業との類似性を考慮し、2店舗を賃借して営業し、事業専従者は美容技術を有しない者1名の業者から採用すべきである。
 また、原処分庁が主張する4件の類似同業者の所得率は、別表2のとおりであり、特に同業者Bについては、所得率が余りにも違いすぎることから事業の類似性に疑問があり、類似同業者に適さない。
ロ 法令上、推計の方法における同業者は10件以上でなければならないと規定したものはない。
 また、税務職員に課された守秘義務から、推計に採用された同業者を公表することはできない。
ロ 同業者の数については、10件以上を採用すべきである。
 また、採用した類似同業者を公表すべきである。

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3 判断

(1) 争点1(調査手続等に違法があるか否か)について

イ 法令解釈
(イ) 所得税の終局的な賦課徴収に至る過程においては、更正(国税通則法第24条《更正》)・決定(同法第25条《決定》)の場合のみではなく、ほかにも予定納税額減額申請(所得税法第113条《予定納税額の減額の承認の申請に対する処分》第1項)又は青色申告承認申請(同法第145条《青色申告の承認申請の却下》)の承認、却下の場合等、税務署その他の税務官署による一定の処分のなされるべきことが法令上規定され、そのための事実認定と判断が要求される事項があり、これらの事項についてはその認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行われることは法の当然に許容するところであり、所得税法第234条第1項の規定は、前記職権調査の一方法として、国税庁、国税局又は税務署の調査権限を有する職員において、同条第1項各号規定の者に対し質問し、又はその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めたものと解すべきである。
(ロ) そして、上記(イ)に示した職権調査の方法としては、質問検査によらない調査を行うことも法は当然に許容していると解すべきであり、このような質問検査に至らない範囲で調査を行うに当たり具体的にいかなる手法を用いるかは、その調査の必要性と相手方の私的利益との比較衡量において、質問検査に至らない範囲で、かつ、社会通念上相当な限度にとどまる限り、調査を担当する税務職員の合理的な裁量に任されているというべきである。
(ハ) そして、所得税法第234条の規定による質問検査権は、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的に必要性があると判断される場合に行使できるものであり、その行使において、税務調査における質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない、税理士資格のない第三者の立会いを認めるか否か、納税者の取引先に対する調査を実施するかどうかなどの実施の細目については、質問検査の必要と相手方の私的利益との比較衡量において、社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択にゆだねられていると解するのが相当である。また、納税者の取引先に対する調査を行うかどうかについても、調査権限を有する税務職員が納税者の事業内容、申告内容、調査に対する協力度等その納税者の個別事情を総合勘案して行う合理的な判断にゆだねられており、その調査の実施に当たり納税者の承諾を得る必要はないと解するのが相当である。
ロ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、以下の事実が認められる。
(イ) G税務署の調査担当職員(以下「調査担当職員」という。)は、平成18年9月29日、請求人が美容業を営んでいる2店舗のうちH駅近くのP市Q町○−○所在の建物の1階にある店舗(以下「J店」という。)を、客として訪問し、担当した従業員と、1日の客数、休日、忙しい曜日及び従業員の数などについて髪を整えてもらいながら話をし、業務態様についての情報等を収集するとともに店内の状態を確認した。
(ロ) 調査担当職員は、平成18年10月19日、所得税等の調査のためJ店に臨場したところ、請求人が不在であったことから、従業員を通じて請求人と連絡を取り、同人から了承を得た上で、従業員から事業内容、売上代金の管理方法及び作成されている帳簿の種類や保管場所などについて確認するとともに、請求人に対して再度翌日にP市R町○−○所在の建物の1階にある店舗(以下「K店」という。)に臨場する旨電話で連絡した。
(ハ) 調査担当職員は、平成18年10月20日にK店、平成18年11月13日には請求人の自宅にそれぞれ臨場したが、いずれも税理士資格のない第三者が調査場所に同席したため、請求人に対して、第三者の立会いを認めると調査担当職員自身が守秘義務違反に問われる恐れがあることを説明し、第三者の立会いのないところで帳簿書類を提示するよう繰り返し説得したが、請求人が第三者の立会いを認めなければ調査に応じられないとしてこれに応じなかったことから、当日の調査を打ち切った。
(ニ) 調査担当職員は、平成19年1月15日、調査のためK店に臨場したが、請求人は、以前に調査担当職員が身分を明らかにせず客になりすまし請求人の承諾を得ることなく従業員に対して事業内容等を質問したとして当該行為について原処分庁の文書による回答がなければ調査に応じないとして、調査に応じなかったことから、当日の調査を打ち切った。
(ホ) 調査担当職員は、平成19年1月17日、請求人からの同月29日に調査を受ける旨の電話による連絡に対して、請求人に取引先の調査をする旨回答し、その後、取引先に対する調査を行った。
(ヘ) 調査担当職員は、平成19年1月29日、調査のためK店に臨場したところ、税理士資格のない第三者が調査場所に同席したため、請求人を説得して第三者を退席させた後、請求人から本件各年分の所得税の確定申告書及び収支内訳書の控えと下記AないしCの書類の提示を受けこれらを確認したものの、日々の売上げや必要経費が確認できなかったことから、請求人に対して、1売上伝票の年分の解明、2平成16年分の集計表の提示、3給与賃金の明細の提示、4必要経費の領収書の提示を依頼し、その後、同年2月1日に、請求人に同月13日までにG税務署に来署して当該依頼事項の回答をするよう電話で依頼した。
A 売上伝票(年分の記載がないもの)
B 平成17年分の月別の売上金額が記載された表
C 平成15年1月ないし同年11月までの月別の経費の支払額が記載された表
(ト) 調査担当職員は、平成19年2月19日及び同月23日、請求人から同月1日以降連絡がなかったため請求人の自宅に臨場したものの請求人はいずれも不在であったため、調査担当職員に連絡を依頼する旨の連絡せんを投かんしたが、請求人から連絡がなかったため、同月27日、請求人に電話で連絡したところ、請求人から同年3月5日に税務署に書類を持参する旨の回答を得たが、請求人は、同日、G税務署に来署せず、また、調査担当職員は、当日には請求人から連絡を受けることはなかった。
(チ) その後、請求人が、平成19年3月6日、G税務署に来署したので、調査担当職員は、同署内の事務室で面接し、請求人から提示を受けた下記AないしCの書類の内容を検討したところ、請求人が売上伝票を提示しなかったため各年分の売上げの確認ができないこと、各年分の水道光熱費及び地代家賃について、過大計上の可能性があること、平成17年分の必要経費に関して減価償却費と化粧品の仕入れ以外の勘定科目の年間合計金額が、ラウンド数字(千円以下の位が零)であることなどの問題点があったため、1売上伝票、2今回提示されたもの以外の必要経費の領収証、3給与賃金の内訳を提示するよう請求人に依頼した。
A 平成15年分ないし平成17年分の売上げ及び仕入れ等の勘定科目ごとの年間合計金額が記載された表
B 平成15年分ないし平成17年分の仕入れ等に係る取引先ごとの月別取引金額の集計表
C 上記Bに係る領収証
(リ) 調査担当職員は、平成19年3月15日、G税務署内の事務室で、請求人から下記A及びBの書類の提示を受けたが、上記(チ)で請求人に依頼した1売上伝票及び3給与賃金の内訳を提示しなかったことから、再度提示するよう依頼し、家事費などが含まれていないかについても検討するよう依頼するとともに、今後、平成18年分を含めて調査をする場合がある旨伝えた。
A 平成17年分の売上げ及び仕入れ等の勘定科目ごとの年間合計金額が記載された表(上記(チ)のAで提示されたものと金額は異なるものの、ほとんどの勘定科目の年間合計金額は、ラウンド数字である。)
B 平成17年分の経費の領収証
(ヌ) 調査担当職員は、その後、平成19年4月12日、同月16日、同月19日、同月23日、同年5月7日に請求人の自宅へ臨場したが、いずれも請求人が不在であったことから、各回とも、次回臨場予定日と、当該予定日の都合が悪い場合は請求人から連絡をするよう依頼する旨を記載した連絡せんを投かんしたが、請求人からの連絡はなかった。
(ル) 調査担当職員は、平成19年5月15日、K店に臨場して、請求人と面接し、平成18年分を含めて調査を継続していることを伝えるとともに、上記(リ)で請求人に依頼した事項について確認したところ、請求人は、今までに提示した資料以外には提示するものはない旨申述した。
ハ 判断
(イ) 請求人は、原処分庁の職員が客になりすまし、身分を明らかにせず、請求人の承諾を得ることなく、従業員に対して事業内容等を質問した行為は、所得税法第234条第1項及び同法第236条に違反し違法である旨主張する。
 しかしながら、上記イの(イ)及び(ロ)で説示したとおり、税務官署として更正・決定の場合のみならず、それ以外の場合にあっても、一定の処分をするか否かを認定判断する必要がある場合には、税務職員にはそのために必要な範囲内で質問検査によることなく職権による調査をすることもできると解されるところ、その具体的な手法は、その調査の必要性と相手方の私的利益との比較衡量において、質問検査に至らない範囲で、かつ、社会通念上相当な限度にとどまる限り、調査を担当する税務職員の合理的な裁量に任されているというべきである。そして、本件においては、上記ロの(イ)のとおり、調査担当職員は、同(ロ)のJ店に臨場する日の前に、客として請求人の経営する同店舗を訪れ、従業員との話の中から1日の客数や従業員数等の業務様態についての情報等を収集したものであるが、上記ロの(イ)及び(ロ)の認定事実からすると、これは調査担当職員が、請求人の正しい所得を把握するため、質問検査に至る前段階として、必要な情報を収集したというべきものであり、その情報収集の方法は、社会通念上相当な限度にとどまっていると認められ、これについて合理的な裁量の範囲を逸脱するような違法があるとは認められない。
 そうすると、調査担当職員が行った上記情報収集は、所得税法第234条第1項に基づく質問検査ではなく、税務官署として一定の処分をするか否かを判断する必要性から税務職員に認められた権限に基づき調査を行ったものであるから、所得税法第234条第1項、同法第236条に違反するとの請求人の主張は前提を欠き、また、その情報収集の過程において社会通念上不相当と認められるような手段を用いられたとは認められず、他に違法となる点は存しないから、調査が違法であるとの請求人主張は採用することができないというべきである。
(ロ) また、請求人は、調査担当職員が調査の際に請求人の依頼した第三者の立会いを認めなかったことは違法である旨主張する。
 しかしながら、上記イの(ハ)のとおり、質問検査権に基づく税務調査に際し、第三者の立会いを認めなければならない旨を定めた法令上の規定はなく、第三者を立ち会わせるか否かについては、調査権限を有する税務職員の合理的な判断にゆだねられていると解するのが相当であるところ、上記ロの(ハ)及び(ヘ)からすれば、調査担当職員は、請求人及び取引先等の営業に関する事項の秘密を守るためなどの配慮から法律上守秘義務を負わない第三者の立会いを認めなかったものであり、調査担当職員が第三者の立会いを認めないで本件調査を行ったことについて、社会通念上相当な限度にとどまっていると認められ、これについて合理的な裁量の範囲を逸脱するような違法は認められないから、本件調査に違法があったということはできない。
 したがって、請求人の主張は採用することができない。
(ハ) さらに、請求人は、調査担当職員が請求人の承諾を得ず取引先を調査したことは違法である旨主張する。
 しかしながら、上記イの(ハ)のとおり、納税者の取引先に対する調査を行うかどうかについては、調査権限を有する税務職員が納税者の事業内容、申告内容、調査に対する協力度等その納税者の個別事情を総合勘案して行う合理的な判断にゆだねられており、その調査の実施に当たり納税者の承諾を得る必要はないと解するのが相当であるところ、上記ロの(ハ)ないし(ル)によれば、調査担当職員は、請求人に対し、調査に関係のない第三者の立会いは認められない旨の説明をするとともに、帳簿書類の提示依頼など本件調査への協力を再三求めたにもかかわらず、請求人は、これに応じず、その後、請求人は調査担当職員に資料を提示するものの、その資料は、調査担当職員が提示を依頼したものの一部にとどまり、結局、調査担当職員に本件各年分の申告内容を検討するための十分な資料を提示しなかったのであり、そのため、調査担当職員は、請求人の本件調査への十分な協力が得られなかったことから、やむを得ず取引先への調査が必要であると判断したものと認めるのが相当であり、このような経緯からすると、調査担当職員が請求人の承諾を得ずに取引先の調査を行ったことにつき、調査担当職員に合理的な裁量の範囲を逸脱するような違法があるとは認められないから、本件調査に違法があったということはできない。
 したがって、請求人の主張は採用することができない。

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(2) 争点2(推計の必要性が認められるか否か)について

イ 法令解釈
 所得税法第156条《推計による更正又は決定》の規定は、所得の金額を推計して課税することを認めているところ、これは、税務調査に対する納税者の非協力や帳簿書類の不備等によって納税者の所得金額を直接資料によって把握することができない場合に、課税を放棄することは租税の公平負担の見地から許されないため、税務署長が入手し又は容易に入手し得る推計のための基礎事実、統計資料等の間接的な資料を用いて、所得額に近似した額を推計し、これをもって課税することを是認する趣旨と解される。
ロ 判断
 請求人は、少なくとも2回程度、原処分庁へ帳簿書類を持参及び提示していることから、実額計算が可能であった旨主張する。
 しかしながら、上記(1)のロの(ハ)ないし(ル)の各事実からすると、調査担当職員は、請求人に対し、実額計算に必要なすべての帳簿書類の提示を再三求めたにもかかわらず、結局のところ、請求人は一部の書類しか提示しなかったことから、原処分庁は、その事業所得の金額を実額で算定することが極めて困難であるため、やむを得ず、上記イの規定による推計の方法により課税を行ったものと認めるのが相当であり、当審判所においても、推計の必要性はあったと認められる。
 したがって、請求人の主張は採用することができない。

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(3) 争点3(推計方法に合理性があるか否か)について

 上記(2)のとおり、原処分において、推計の必要性があったと認められ、本件全証拠及び当審判所の調査によっても、請求人の本件各年分の事業所得の金額を実額で算定することはできないことから、原処分庁が主張する推計の方法について検討したところ、次のとおりとなる。
イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査によると、次の事実が認められる。
(イ) 請求人は、本件各年分においていずれも賃借したJ店及びK店で、美容業を営んでいた。
(ロ) 請求人の上記2店舗に設置されていた顧客にカット・パーマを施すためのいす(以下「カットいす」という。)の総数は、9台である。
(ハ) 請求人は、異議申立ての際に、異議審理庁に対し、請求人の本件各年分の事業所得に係る総収入金額に関する資料として、「お会計票」と題する日々の顧客との取引ごとに作成したとする売上伝票、「日計表」と称する売上伝票を集計して作成したとする書類及び「金銭出納帳」又は「元帳」と題する各店舗毎に日々の売上代金や経費の額を記載したとする帳簿(以下、これらを併せて「金銭出納帳等」という。)を提示した。
ロ 判断
(イ) 原処分庁は、請求人の本件各年分の事業所得の金額を推計する方法として、請求人が異議審理時に提出した売上げに関する資料を基に算定した本件各年分の総収入金額に、類似同業者の総収入金額に対する青色申告特典控除前の所得金額の割合(以下「特前所得率」という。)の平均値を乗じる方法が、合理的である旨主張する。
 しかしながら、当審判所の調査によれば、原処分庁主張の推計の基礎とする総収入金額は、請求人が上記イの(ハ)で異議審理庁に提示した売上伝票、日計表及び金銭出納帳等から算定したものであることが認められるところ、これらの資料について検討してみると、1売上伝票のない日が存在する、2請求人の事業が現金売上げの多い業種であるにもかかわらず、金銭出納帳等には記載漏れが散見され、日々の現金残高の記載もないなど収入金額を正確に記録した帳簿とはいえない、3売上伝票、日計表及び金銭出納帳等間には、金額が一致しない日があるなど整合性を欠く等の問題点があり、さらに、当審判所が請求人に対して更なる資料の提示を求めたところ、請求人は、上記イの(ハ)で異議審理庁に提示をしたもの以外に資料はない旨答述し、資料を提示しなかったことから、当該総収入金額を実額で計算することはできない。
(ロ) ところで、請求人の営む美容業においては、カットいすの台数と売上金額は相関関係にあり、およそ、業種、業態及び事業規模に類似性のある同業者にあっては、特段の事情のない限り、同程度のカットいすの台数に対し同程度の売上げを得るのが通例であると認められる。
 そうすると、上記(イ)のとおり、総収入金額のすべてを実額で確認できない以上、請求人の本件各年分の事業所得の金額を算定するに当たっては、確認可能な請求人の各店舗のカットいすの合計台数を基礎に類似同業者のカットいす1台当たりの収入金額の平均値を乗じて総収入金額を算定し、当該総収入金額に類似同業者の特前所得率の平均値を乗じる方法がより合理的と認められるから、当審判所においては当該方法を採用することとする。
(ハ) 次に、上記(イ)の原処分庁が主張する同業者4件について、推計の基礎となる類似同業者とすることの適否を検討したところ、当審判所の調査によれば、これら4件は、実額で確認することができない請求人の総収入金額の0.5倍から2倍の間という条件で抽出されていると認められることから、類似同業者として適当ではない。また、当審判所の調査によれば、本件において、同業者の類似性を判断する上で、事業の業態規模等の類似性を確保するための重要な要素として2店舗を経営し両店舗とも賃借物件であることについては、これを考慮することが相当であると認められる。
 そこで、当審判所が、新たにG税務署及び隣接する税務署管内から、継続して、賃借した2店舗で美容業を営む個人事業者の青色申告者で、カットいすの台数が請求人のそれの0.5倍から2.0倍の間であり、かつ、所得税についての不服申立て又は訴訟が継続中でないなど一定の基準により、機械的に類似同業者として別表3のAないしFの6件を抽出した。
(ニ) ところで、事業所得の金額を類似同業者の平均値により推計する場合には、当該類似同業者間に通常存在する程度の営業条件等の差異は、当該平均値に吸収され捨象されるものであるから、当該推計方法が推計の基礎的要件に欠けるところがない場合、当該平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、これを考慮する必要がないと解されるところ、請求人は、請求人の事業専従者が美容技術を有しない者であるから、同業者の事業専従者は美容技術を有しない者であることが重要である旨主張するが、事業専従者の美容技術の有無は、カットいすの台数に基づいて推計する本件においては類似同業者の平均値に吸収され捨象される事情に当たるというべきであるから、当該主張を採用することはできない。
 さらに、請求人は、類似同業者を10件以上採用すべきである旨及び採用した類似同業者を公表すべきである旨それぞれ主張するが、類似同業者数の多寡をもって、推計自体が直ちに不合理なものとなるものではなく、また、類似同業者を公表すると、当該類似同業者の利益を害するおそれがあることなどから、これを公表しないとすることは相当であり、上記主張は採用することができない。

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(4) 事業所得の金額について

 上記(3)のロの(ロ)及び(ハ)で述べた推計方法に従って、請求人の本件各年分の事業所得に係る総収入金額を算定すると、それぞれ別表4の「類似同業者のカットいす1台当たりの平均収入金額」の各欄の金額に上記(3)のイの(ロ)の請求人の各店舗に設置されていたカットいすの合計台数である9台を乗じた、同表の「総収入金額」各欄の金額となる。
 そして、請求人の本件各年分の事業所得の金額は、上記で算定した請求人の事業所得に係る総収入金額に別表4の「類似同業者の平均特前所得率」各欄の率を乗じたものから事業専従者控除額860,000円を控除した金額となり、その額は、同表の「事業所得の金額」各欄のとおり、平成16年分が○○○○円、平成17年分が○○○○円、平成18年分が○○○○円となる。
 したがって、平成16年分及び平成17年分の所得税の各更正処分並びに平成18年分の所得税の決定処分に係る請求人の事業所得の金額は、当審判所が採用した推計方法によってもその算定された金額の範囲内であるから、当該各処分はいずれも適法である。

(5) 無申告加算税の各賦課決定処分を含め、原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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