(平22.1.7、裁決事例集No.79)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)がした平成○年分の所得税に係る納税の猶予申請について、原処分庁が不許可処分をしたのに対し、請求人が、当該申請は猶予の要件を満たしているから、これを許可しないのは違法であるなどとして、当該不許可処分の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ D税務署長は、平成20年6月30日付で、請求人に対し、平成16年分の所得税について、納付すべき税額を○○○○円とする決定処分及び重加算税の額を○○○○円とする賦課決定処分、平成17年分の所得税について、減少する税額を○○○○円とする更正処分をした。
ロ 請求人は、平成20年7月29日、D税務署長に対し、上記イの決定処分等により同月31日を納期限として納付すべきこととなった税額について、国税通則法(以下「通則法」という。)第46条《納税の猶予の要件等》第3項に規定する納税の猶予(以下「本件納税の猶予」という。)を申請(以下、当該申請を「本件申請」という。)した。
ハ 原処分庁は、D税務署長から、請求人から徴収する国税について通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づく徴収の引継ぎを受け、平成20年9月1日付で、請求人にその旨を通知した。
ニ 原処分庁は、平成20年10月2日付で、本件申請に対する納税の猶予不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)をした。
ホ 請求人は、平成20年11月19日、本件不許可処分を不服として異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成21年2月13日付で棄却の異議決定をし、同月26日、請求人に決定書謄本を送達した。
ヘ 請求人は、平成21年3月26日、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして審査請求をした。

(3) 関係法令等

 別紙記載のとおりである。

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(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の間に争いがなく、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、本件申請に先立つ平成18年○月、所得税法違反の嫌疑により、国税犯則取締法に基づくE国税局査察部(以下「査察部」という。)による捜索を受けた。
ロ 請求人は、納税の猶予申請書に要旨次のとおり記載して、本件申請をした。
(イ) 納税の猶予を受けようとする金額
A 本税の額  ○○○○円
B 加算税の額 ○○○○円
C 延滞税の額 法律による金額
(ロ) 納付計画
 平成21年7月31日に全額納付
(ハ) 猶予期間
 平成20年8月1日から平成21年7月31日まで12月間
(ニ) 担保
 ゴルフ会員権
(ホ) 納税の猶予を受けようとする理由
 今回の決定処分等による国税の納付額は本税と重加算税及び延滞税を含めて○○○○円を超える巨額であり、納税資金がないから即納困難である。現時点では短期間の具体的な納税計画も立てられない。

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2 争点

(1) 納税の猶予申請時に、既に通則法第49条第1項に該当する場合、原処分庁は、納税の猶予の不許可処分をすることができるか。また、請求人が査察部の捜索を受けたことは、納税の猶予の取消事由たる「納税者が偽りその他不正の行為により国税を免れ、若しくは免れようとし〔略〕たと認められるとき」(通則法第49条第1項第1号、同法第38条第1項第6号)に当たるか(争点1)。
(2) 本件不許可処分に係る手続に瑕疵があるか(争点2)。

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3 主張

(1) 争点1について

イ 請求人
(イ) 通則法は、納税の猶予とその取消しとを分けて規定しているから、同法第49条による納税の猶予の取消しは、同法第46条による納税の猶予の適用を受けている者について適用されるべきであり、納税の猶予を適用するか否かの判断の際、同法第49条に規定する事由があるか否かを要件とすべきではない。
(ロ) そして、国税通則法基本通達第46条関係14は、通則法第46条第5項ただし書の「担保を徴することができない特別の事情」として、「通則法第50条各号に掲げる担保がない場合」を挙げており、本件納税の猶予はこれに当たるから、納税の猶予の要件を満たしている。
(ハ) 仮に、納税の猶予申請について、通則法第49条の要件が問題となるとしても、請求人は、現在、所得税法違反事件及び課税処分について争っており、当該事件について処分等は確定していないから、請求人には、同法第38条第1項第6号に規定する事由に該当する事実はない。
(ニ) よって、本件納税の猶予を認めるべきである。
ロ 原処分庁
(イ) 国税の猶予制度は、納税者の生活保障と租税徴収の公平の維持という2つの要請の衡量の観点から定められているところ、納税の猶予の申請時において既に通則法第38条第1項第6号に該当する事実がある場合には、納税者の生活保障を犠牲にしても、国税の徴収確保を図るべきであるから、少なくとも十分な担保の提供がない限り、納税の猶予を認めないことが納税の猶予の制度趣旨及び目的にかない、かつ、租税徴収の公平の維持にも資する。
(ロ) そして、通則法第38条第1項第6号に規定する事由には、納税者のほ脱行為につき有罪判決が確定した場合のほか、国税をほ脱したことの容疑で納税者が国税犯則取締法の規定に基づき臨検、捜索若しくは差押えを受けた場合等も含まれるところ、請求人は、同法の規定による捜索等を受けているのであるから、これに該当する。
(ハ) 請求人は、通則法第50条に掲げる担保がないから、同法第46条第5項の「担保を徴することができない特別の事情」がある場合に当たり、本件申請を認めるべきであると主張するが、本件不許可処分は、通則法第46条第3項の制度趣旨及び解釈により判断したものであり、「担保を徴することができない特別の事情」の有無を問題としているものではない。

(2) 争点2について

イ 請求人
 本件申請の際、請求人は、納付能力についてD税務署の担当職員に詳細に説明した。この説明に疑義があれば、請求人に対する資料等の提出要求など、連絡、照会、確認がなされるべきところ、本件不許可処分は、このような資料の提出要求等がなされないままに行われたものであるから、本件不許可処分に係る手続には瑕疵がある。
ロ 原処分庁
 原処分庁は、本件申請の際の請求人の申述のほか、課税資料及び不動産の所有状況等、請求人の納付能力判断のための調査に基づき、本件不許可処分を行ったものであり、手続に何ら暇疵はない。

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4 判断

(1) 争点1について

イ 法令解釈
(イ) 通則法第46条第3項は、別紙の1のとおり規定しているところ、この規定は、納付すべき税額の確定手続等が相当期間遅延した場合、納税者は予期していなかった税額の納付を求められ、一時に納付することが困難となることがあり得るので、その履行を緩和し、納税者に納税資金調達のための時間的余裕を与えるものであり、猶予期間内にその猶予に係る国税が完納されることが当然に予定されていると解すべきである。
 なお、通則法第46条第5項は、別紙の2のとおり規定しているので、同条第3項の納税の猶予を申請する納税者は、原則として、当該猶予額に相当する担保を提供しなければならず、これは、上記のとおり、本件納税の猶予がされた場合、その猶予期間内にその猶予に係る国税が完納されることが予定されているものと解されるが、万一履行されなかった場合に備え、担保を徴することとして、納税の猶予に係る国税の徴収確保を図ろうとするものであると解される。
(ロ) 通則法第49条第1項第1号は、納税の猶予の取消事由について別紙の3のとおり定めているところ、この規定は、納税の猶予を受けた者について繰上請求事由(同法第38条第1項各号)が生じた場合には、通常、猶予期間内に納税の猶予に係る国税が完納される見込みがなくなるとともに、早期に滞納処分を執行しなければ納税の猶予に係る国税の確実な徴収ができなくなるおそれがあることから、当該国税の確実な徴収を図るため、弁明の聴取をすることなく納税の猶予を取り消して、早期に強制的な徴収を行い得ることとしたものと解される。
 そうすると、「納税者が偽りその他不正の行為により国税を免れ、若しくは免れようとし〔略〕たと認められるとき」とは、早期に滞納処分を執行しなければ納税の猶予に係る国税の確実な徴収ができなくなるおそれがあることが客観的に明らかになったときを指すと解すべきであり、犯則事件の処分等が確定した場合はもとより、納税者が、国税犯則取締法の規定に基づく臨検、捜索若しくは差押えを受けた場合等もこれに当たると解するのが相当である。
(ハ) そして、納税の猶予の申請時点において、既に納税の猶予取消事由がある場合には、猶予に係る国税の確実な徴収ができなくなるおそれがあるのであるから、その猶予期間内に猶予に係る国税が完納されることが確実であるとか、徴収確保の上で全く支障がないなどの特段の事情がない限り、納税の猶予は認められないと解するのが相当である。
ロ 当てはめ
(イ) これを本件についてみると、請求人は、上記1の(4)のイのとおり、国税犯則取締法の規定に基づく査察部の捜索を受けているから、請求人が所得税法違反事件及び課税処分について争っており、処分が確定していないとしても、本件申請時において、請求人には、通則法第38条第1項第6号に該当する事由があるというべきである。
(ロ) そして、請求人は、上記1の(4)のロの(ホ)のとおり、本件申請時において、その猶予に係る国税の納付が困難であり、その後の納付見込みも立てられない状況にあったことが認められる。
 また、請求人が、本件申請の際、担保提供しようとしたゴルフ会員権は、別紙の5のとおり、通則法第50条の規定による納税の猶予の担保となり得ず、仮にこれを差し押さえても当該猶予額に不足することが明らかであるから、納税の猶予申請に係る国税の徴収確保上支障がないということもできない。
 以上のとおり、請求人には、通則法第49条第1項の取消事由があり、上記イの(ハ)の特段の事情は認められない。
(ハ) したがって、本件申請の時点で通則法第49条第1項の取消事由があると認められる以上、本件申請は認められないというべきである。

(2) 争点2について

 当審判所の調査の結果によれば、D税務署の担当職員は、請求人から提出された申請書を検討したほか、請求人から口頭で詳細に事情を聴取し、原処分庁は、上記のD税務署の担当職員の検討内容や聴取事項及び課税資料等で猶予該当事実の有無を判断していることが認められるから(なお、請求人自身、納付能力についてD税務署の担当職員に詳細に説明したことを認めている。)、更に資料の再提出等を求めなかったとしても、本件不許可処分の手続に何ら瑕疵はない。

(3) 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められないから、原処分は適法である。

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