(平22.7.13裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、適格退職年金制度に基づく年金の支給を受けていた審査請求人(以下「請求人」という。)が当該年金に関する信託契約の解除に伴って受領した一時金を平成19年分の退職所得であるとして所得税の確定申告をしたところ、原処分庁が、当該一時金は、退職により支払われたものではなく、年金に関する信託契約が解除されたことによって発生したものであるから、一時所得に該当し、また、平成17年中にその金額を受領する権利が確定したのであるから、同年分に帰属する所得であるとして、所得税の更正処分等を行ったのに対し、請求人がその全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成17年分の所得税について、確定申告書に別表の「確定申告」欄のとおり記載して法定申告期限までに申告した。
ロ 原処分庁は、請求人が受領した一時金は平成17年分の一時所得であるとして、平成21年3月9日付で、別表の「更正処分等」欄のとおり、更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)を行った。
ハ 請求人は、上記ロの各処分を不服として平成21年4月16日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年7月9日付で棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成21年7月24日に審査請求をした。

(3) 関係法令等

 別紙のとおりである。

(4) 基礎事実

イ H社における退職金制度等について
 H社は、平成17年3月31日以前において、就業規則に基づき退職金規定及び退職年金規定(平成17年3月30日最終改定。以下「本件年金規定」という。)等を制定し、同社を定年退職する従業員等に対して、退職功労金等の退職金のほか、法人税法附則第20条第3項に規定する適格退職年金制度(以下、H社が運営していた適格退職年金制度を「本件制度」という。)による退職年金等の支給を行っていた。
ロ 本件制度の概要について
 本件年金規定に定める本件制度の概要は次のとおりであった。
(イ) 制度の方式
A H社は、適格退職年金制度を運営するために、J社ほか生命保険会社3社(以下、J社とこれらを併せて「J社等」という。)との間で新企業年金保険契約(以下「本件年金保険契約」という。)を、また、K信託銀行との間で年金信託契約(以下「本件年金信託契約」という。)を法人税法に基づく適格退職年金契約としてそれぞれ締結し、年金基金を設定していた(本件年金規定第26条)。
B H社は、年金等の給付の財源に充てるため、所要の掛金を全額負担していた(本件年金規定第27条)。
C H社は、上記Aの本件年金保険契約及び本件年金信託契約に基づき、年金基金の管理、運用及び支給事務をJ社等及びK信託銀行に委託していた(本件年金規定第28条)。
D H社は、2年ごとに掛金率及びその計算基礎の検討を行うものとして、必要に応じ修正を行っていた(本件年金規定第29条)。
(ロ) 適用範囲(本件年金規定第2条)
A 職員
B 職員待遇嘱託(ただし、臨時に期間を定めて雇い入れられる者、日々雇い入れられる者及び定年までの勤続年数が1年に満たないことが明らかな者を除く。)。
(ハ) 本件制度への加入資格等(本件年金規定第3条)
 本件制度への加入資格は、従業員に採用されたときに取得する。また、加入した従業員を加入者といい、加入者が退職(役員就任を含む。)又は死亡したときは、加入者の資格を失う。
(ニ) 給付の種類及び支給事由(本件年金規定第4条、第10条、第17条及び第22条)
A 年金
(A) 退職年金
 勤続満10年以上の者が定年退職した場合等に支給され、退職年金の受給権を取得した者を退職年金受給権者というとされた。
(B) 遺族年金
 退職年金受給権者が保証期間(支給開始後満75歳に達する日の属する月までの期間をいう。以下同じ。)中に死亡したときに、その遺族に支給する。
B 退職一時金
  勤続1年以上10年未満の者が定年退職した場合等に支給される。
(ホ) 退職年金の支給期間
 定年退職による退職年金の支給期間は、定年退職月の翌月から終身とする(本件年金規定第11条第1項)。
(ヘ) 退職年金に代わる一時金の選択
 加入者又は退職年金受給権者が一定の事由に該当し、かつ、退職年金の一時払を希望したときは、保証期間中に支給を受けるべき退職年金の現価相当額の一定割合を一時金(以下「選択一時金」という。)として選択することができる(本件年金規定第13条)。
 なお、年金受給中の選択一時金の額は、選択時から保証期間満了時までに支給を受けるべき残余の年金現価相当額の全部である(本件年金規定第14条第3項)。
(ト) 基金の分配(本件年金規定第31条)
 本件制度が終了したときは、年金基金を次により処分する。
A 本件年金保険契約に係る年金基金は、本件制度の加入者に対して、本件制度終了日における一定の基準額に比例して分配する。ただし、年金受給権を有している者には制度終了の効力は及ばない。
B 本件年金信託契約に係る年金基金は、年金受給権を有する者に対し、年金の現価相当額に達するまで当該現価相当額に比例して分配し、なお残余があるときは、年金受給権を有しない本件制度の加入者に対し、本件制度終了日における一定の基準額に比例して分配する。
(チ) 本件年金規定に基づいて支給される年金又は一時金は、支給額の39.8%は本件年金保険契約から、60.2%は本件年金信託契約からそれぞれ拠出されて支給される(平成17年3月30日現在における退職年金規定細則第2条)。
ハ 請求人の退職年金支給について
 請求人は、昭和32年6月○日付でH社に入社し、41年9か月の勤続期間の後、平成11年2月28日付で同社を定年退職し、同日、功労金等の退職金○○○○円を受領するとともに、上記1の(4)のロの(ニ)のAの退職年金の受給権を取得した。
 なお、請求人は、平成11年2月4日付で、退職年金の受給に関し、定年退職時においては一時金の選択をせず、全額年金で受給することを希望する旨の届出をJ社に提出し、平成14年3月分から、退職年金の支給を受けていた。
ニ 本件制度の終了と基金の分配について
(イ) H社は、経済情勢の変化による年金基金の運用利回りの低下に対して、年金給付水準の引き下げや年金基金の構成比率の見直しなどの措置を講じてきたが、今後、長期にわたり給付利率(○%(平成13年3月1日以後に退職した者については○%))の利息分を運用収益により確保することは極めて困難であり、H社が当該給付利率の利息分の補てんを続けることにも限界があるとして、本件制度を終了することとした。
(ロ) H社は、平成16年8月25日付で、請求人を含む年金受給者に対して、「H社・税制適格退職年金受給者の皆様へ」と題する書面を送付し、本件制度を平成17年3月31日をもって終了する旨、及び、本件年金規定の定めるところにより、従前の年金給付の約40%は支給を継続するが、残りの約60%は分配金として支払われる旨を通知した。
(ハ) H社は、平成16年9月から同年10月までの間に、計17回にわたり、年金受給者に対する説明会を実施し、本件制度の終了に伴う措置等について要旨次のとおり記載された「H社・適格退職年金の改定について(説明会資料)」と題する書面を配付した。
A 平成17年3月31日において年金受給権を有する者に対する年金給付については、本件年金保険契約に係る部分(39.8%)は閉鎖型の適格退職年金制度として支給を継続するが、本件年金信託契約に係る部分(60.2%)は当該部分の年金基金を分配して終了する。
B 終身年金の受給権を有する者に対して支払われる本件年金信託契約に係る部分の年金基金の分配金(以下「本件分配金」という。)は、次の合計額である。
(A) 保証期間のうち平成17年4月1日以後の期間に支給されるべきであった年金給付総額の60.2%相当額の、同年3月31日における現価相当額
(B) 保証期間満了後の終身部分の年金として支給されるべきであった年金給付見積総額の60.2%相当額の、平成17年3月31日における現価相当額
ホ 請求人の一時金受領に至る経緯
(イ) 請求人を含むH社を退職した年金受給者若しくはその遺族ら(以下「請求人ら」という。)は、平成17年2月○日、年金受給者の同意のない一方的な退職年金の減額は違法であるとして、請求人らのうち12名を選定当事者とし、H社及びJ社を被告として、退職年金の支払を受ける権利を有する地位にあることを確認する旨の退職年金確認等請求事件訴訟(以下「本件訴訟」という。)をL地方裁判所に提起した。なお、本件訴訟における選定者には、本件分配金を既に受領している者も含まれていた。
(ロ) H社は、平成17年4月1日付で本件年金信託契約を解除するとともに、同月20日付で、「信託契約分最終元本総額ならびに貴殿の分配金額のお知らせ」と題する書面を請求人に送付し、本件年金信託契約を解除した旨及び本件分配金として請求人に分配される一時金の額は○○○○円(以下「本件一時金」という。)である旨を通知した。
(ハ) 平成17年6月27日、K信託銀行は、「供託者は被供託者に対し、平成17年4月1日付適格退職年金信託契約解除に基づき、年金基金の分配金返還債務を支払うため、平成17年6月27日に弁済提供したが、受領を拒否されたので供託する」として、請求人に分配される本件一時金をM法務局に供託した。
(ニ) 平成19年3月○日、L地方裁判所民事部において、要旨次のとおり裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立し、本件訴訟は終了した。
A H社は、請求人らを含む年金受給者に対し、本件分配金の額の10%に相当する額(10,000円未満の端数切上げ)から、特定の金額を控除した残額を和解金として支払う(請求人に支払われる和解金は○○○○円)。
B 供託されている本件分配金については、それを受領すべき請求人らを含む年金受給者が自ら還付手続を行う。
C 請求人ら及びH社は、本件分配金が将来の年金給付の総額の60.2%に代えて支払われるものであることを相互に確認する。
D H社は、請求人らを含む年金受給者に対し、現在、年金給付が継続されている本件年金保険契約に係る部分(39.8%)については、現状を維持して支払われることを確約する。
E 請求人ら及び利害関係人とH社は、本和解条項に定めるほか、相互間において本件に関する債権債務がないことを相互に確認する。
(ホ) 請求人は、平成19年4月13日、供託されていた本件一時金の還付を受けた。

(5) 争点

争点1 本件一時金は退職所得に該当するか。(本件一時金の所得区分)

争点2 本件一時金は平成17年分と平成19年分のいずれの年分に帰属するか。(本件一時金の帰属年分)

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2 争点1(本件一時金の所得区分)について

(1) 主張

原処分庁 請求人
イ 本件一時金は、H社が、本件年金信託契約を解除したことにより、本件信託契約分最終元本総額の分配金として支払われたものであり、請求人の退職に際して支払われたものではないから、所得税法施行令第72条第2項第4号に規定する「その一時金が支給される基因となった勤務をした者の退職により支払われるもの」に該当しない。 イ 所得税法施行令第72条第2項第4号の規定の趣旨は、退職の事実がなく依然として勤務を継続しているにもかかわらず一時金が支給される場合にまで当該一時金を退職所得と扱うことは適当でないことにあるところ、本件一時金の支払は請求人の退職に基因していることは明らかであるから、H社による本件制度の終了であることを理由に同号に該当しないと解することはできない。
ロ 次の理由から、本件一時金は、所得税基本通達31−1の(1)(以下「本件通達」という。)に定める「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」にも該当しない。 ロ 次の理由から、本件一時金は、本件通達に定める「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当する。
(イ) 本件一時金は、請求人が本件年金規定に基づいて一時払を選択したものではなく、その金額も本件年金信託契約に係る最終元本総額の分配金として計算され、本件年金規定の選択一時金として計算されたものではないから、年金給付に代えて支払われたものとはいえないこと。
(ロ) 本件一時金は、請求人が支払を受ける年金給付の総額の60.2%であり、残余の39.8%に相当する部分は、従前どおり年金としての支給が継続されることとなっているから、本件一時金は「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」とはいえないこと。
(イ) 本件一時金は、本件年金信託契約に係る部分の将来の年金給付の総額を平成17年3月31日の現価相当額に置き換えて算出されたものであり、また、年金受給開始後の選択一時金は、本件年金規定第14条第3項において、選択時から保証期間満了時までに支給を受けるべき残余の年金現価相当額の全部であるとされているから、本件一時金と選択一時金は、何ら変わるところはない。
(ロ) また、選択一時金の額は、当該選択をした年金額の現価相当額であり、当該一時金の支給を受けるとその後の退職年金の額が当該選択をした年金額の分だけ減額される仕組みであることからすると、選択一時金は、本件通達に定める「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当し、本件一時金は選択一時金と異なるところはないから、本件一時金もまた「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当する。
ハ したがって、本件一時金は、所得税法第31条第3号に規定する「加入者の退職により支払われるものその他これに類する一時金として政令で定めるもの」には該当せず、退職年金に関する信託契約に基づく一時金であるから、同法第34条第1項並びに同法施行令第183条第2項及び第3項第3号の規定により、一時所得に該当する。 ハ したがって、本件一時金は、所得税法第31条第3号に規定する「加入者の退職により支払われるものその他これに類する一時金として政令で定めるもの」に該当し、退職所得となる。

(2) 判断

イ 法令解釈等
(イ) 所得税法が、退職所得につき所得税の課税上他の給与所得と異なる課税上の優遇措置を講じているのは、それが、退職者が長期間特定の事業所等において勤務してきたことに対する報償及び当該期間中の就労に対する対価の一部分の累積たる性質を持つとともに、その機能において、受給者の退職後の生活を保障し、多くの場合いわゆる老後の生活の糧となるものであるため、累進税率適用を緩和する必要があると考えられたことによる。
(ロ) そして所得税法第31条第3号に規定する「確定給付企業年金法の規定に基づいて支給を受ける一時金」、「その他これに類する一時金として政令で定めるもの」は、継続的な勤務に対する報償あるいは対価の一部分の累積たる性質を有するものではないが、雇用契約ないし勤務関係を前提として退職時に支給され、その原資の全部又は一部を、使用者の負担によっているため、使用者から支給される退職手当等と同様の取扱いをするのが妥当であるとして、例外的にこれを退職手当等とみなすことにしたものと認められるから、所得税法施行令第72条第2項第4号に規定する「退職により支払われるもの」とは、退職という事実によって直接に発生するものであるなど、退職手当等と同視し得るものに限られると解するのが相当である。
(ハ) また、本件通達は、法人税法附則第20条第3項に規定する適格退職年金契約に基づいて支払われる退職一時金のうち、適格退職年金契約に基づいて支給される年金の受給資格者に対し、当該年金に代えて支払われる一時金のうち、年金受給開始日後に支払われた一時金は、将来の年金給付の総額に代えて支払われる場合に限り、これを所得税法第31条第3号に規定する「その他これに類する一時金として政令で定めるもの」に該当する旨定めている。
 上記通達は、適格退職年金契約に基づいて支給される年金の受給資格者に対し、当該年金に代えて支払われる一時金のうち、年金受給開始日後に支払われた一時金は、年金に代えて支払われるものというよりむしろ年金そのものの繰上支給によるものと認められるが、将来の年金給付に代えて支払われるものであり、かつ、将来の年金給付の総額に代えて支払われる場合には、これを退職手当等と同視し得る余地があることから、このような場合に限り、これを所得税法第31条第3号に規定する「その他これに類する一時金として政令で定めるもの」に該当するものとしてこれを退職所得として取り扱うことを認めたものであると解され、同条の趣旨に適合する妥当なものと認めることができる。
 したがって、本件通達に定める「将来の年金給付の総額に代えて」といい得るためには、当該一時金の支払が年金給付の一括支払と同様の性格を有するものであることを要すると解すべきである。
ロ 本件へのあてはめ
(イ) 本件一時金は、上記1の(4)のニの各事実のとおり、本件制度の終了に伴って本件年金信託契約が解除されたことにより、同契約に係る年金基金が本件年金規定第31条の定めに従って請求人に分配されたものであり、請求人の退職と本件年金信託契約の解除は全く別個のものである。
 したがって、本件一時金は、請求人の退職に基因して支払われたものではないから、所得税法施行令第72条第2項第4号に規定する、請求人の「退職により支払われるもの」に該当するということはできない。
(ロ) また、本件一時金は、本件年金信託契約の解除により、本件年金規定第31条の定めに従って分配された年金基金の残余財産の分配金というべき性質のものであって、年金給付とは別個独立の原因によって発生したものであるから、本件通達に定める「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当するということもできない。
(ハ) この点、請求人は、本件一時金は、選択一時金とその性質において変わるところはないから、選択一時金が「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当する以上、本件一時金もまた「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当するとして、退職所得となる旨主張する。
 しかしながら、選択一時金は、年金受給権を有する者自らの選択によって支給されるものであるのに対し、本件一時金は、上記のとおり、本件年金信託契約が解除されたことによって発生し、本件年金規定第31条の定めに従って分配されたものであるから、両者はその法的性質を異にするものである。
 のみならず、年金受給開始後の選択一時金の額は、当該選択時から保証期間満了時までに支給されるべき残余の年金現価相当額の全部とされているのに対し(本件年金規定第14条第3項)、本件一時金の額は、年金受給権者における保証期間部分及びその後の終身部分の年金額のうち、それぞれ本件年金信託契約に係る部分(60.2%)相当額を割引計算して、平成17年3月31日における現価相当額に置き換えて算出したものであるから(上記1の(4)のニの(ハ)のB)、両者は、その算定方法をも異にしている。
 したがって、選択一時金と本件一時金が同様の性格を有するものであるということはできないから、請求人の主張は採用できない。
 なお、上記1の(4)のニの(ハ)のBのとおり、本件分配金の額は、請求人に係る年金給付の見積総額の60.2%相当額の現価相当額(本件年金規定第31条が定める分配可能限度額)となっているが、そのことをもって、選択一時金と本件一時金が同様の性格を有するものであるということはできない。
(ニ) 以上により、本件一時金は、所得税法第31条に規定する退職所得に当たらない。
 そして、本件一時金は、本件年金信託契約の解除という偶発的な事由によって発生したものであり、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得のいずれにも該当せず、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないから、所得税法第34条第1項の規定により、一時所得に該当する。

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3 争点2(本件一時金の帰属年分)について

(1) 主張

原処分庁 請求人
イ 所得税法第36条第1項は、収入すべき権利が確定した時点をもって課税時期とする権利確定主義を採用しており、同項に規定する「収入すべき金額」とは「収入すべき権利の確定した金額」をいうものと解される。
 本件においては、H社が平成17年4月1日付で本件制度の終了に伴い、本件年金信託契約を解除したことにより、請求人に本件一時金を受領する権利が生じ、平成17年4月20日付の「信託契約分最終元本総額ならびに貴殿の分配金額のお知らせ」と題する書面によってその金額が確定したものと認められる。
 したがって、本件一時金は、平成17年分の所得に該当する。
ロ 本件訴訟において、本件年金規定の改定が有効か否かについて係争中であることをもって、直ちに請求人に本件一時金が帰属しなくなるものではなく、また、本件年金信託契約の解除又は本件年金規定の改定の無効が確認されたり、取り消されたりした事実はない。したがって、本件一時金が供託された事実のみをもって、請求人が平成17年中に本件一時金を受領する権利を取得しなかったとみることはできない。
イ H社の退職者は、退職時において退職年金をどのような形で受給するかについて選択できるから、受給者の年金受給権は、それぞれの退職時点におけるH社との個別的な合意(契約)に基づき具体的かつ確定的に発生したものである。
ロ 本件において、H社が行った本件制度の終了及びこれに伴う措置は、同社と請求人との契約内容である年金の給付内容の変更であるところ、相手方の同意を得ることなく、一方的に契約内容を変更できないのが契約法の基本原則であるから、請求人の同意がない限り上記変更の効力は発生しない。
 本件においては、請求人が平成19年3月○日の本件和解においてはじめて上記変更に同意したものと評価できるから、本件一時金の受給権は、当該同意のときに発生したものである。
 したがって、本件一時金は、平成19年分の所得に該当する。

(2) 判断

イ 法令解釈等
(イ) 所得税法第36条第1項は、現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、同権利発生の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解するのが相当である。
 そして、権利の実現が可能な状態にならなければ、当該権利者に所得の実現があったものとして所得税を負担させるべき経済的な利益が備わったということはできないし、後に現実の収入があることを前提とする適正な申告を期待することもできないから、ここで、収入の原因となる権利が確定したというためには、単に権利の発生要件が満たされたというだけでは足りず、客観的にみて、権利の実現が可能な状態になったことを要すると解するのが相当である。
(ロ) 所得税基本通達36−13は、一時所得の総収入金額の収入すべき時期につき、所得税法施行令第183条第2項に規定する生命保険契約等に基づく一時金のようなものについては、その支払を受けるべき事実が生じた日による旨定めている。
 この定めは、一時所得が臨時的・偶発的な所得であり、一時所得の収入金額は、その支払があってはじめて収入のあったことを認識する場合が多いものと考えられるところ、同項に規定する生命保険契約等に基づく一時金については、その支払を受けるべき事実が生じた日に権利が確定することを明らかにしたものと解され、当審判所においても、この通達の取扱いは相当であると認められる。
ロ 本件へのあてはめ
(イ) 本件一時金の権利発生の時期について
A 本件一時金は、上記2の(2)のロの(イ)のとおり、本件制度の終了に伴って本件年金信託契約が解除されたことにより、同契約に係る年金基金が本件年金規定第31条の定めに従って請求人に分配されたものであるところ、本件年金信託契約は、所得税法施行令第183条第3項第3号に規定する「退職年金に関する信託、生命保険又は生命共済の契約」に該当することから、本件一時金は、同条第2項に規定する生命保険契約等に基づく一時金に該当する。
B したがって、本件一時金の収入すべき時期は、所得税基本通達36−13に定める「その支払を受けるべき事実が生じた日」である本件年金信託契約が解除された日、すなわち、平成17年4月1日であり、本件一時金は、請求人の平成17年分に帰属する所得であると認められる。
(ロ) 請求人の主張について
A 請求人は、本件における年金受給権は、退職時点におけるH社との個別的な合意に基づいて発生したものであるが、H社が行った本件制度の終了及びこれに伴う措置は、同社と請求人との間の給付内容の変更であるから、請求人の同意がない限りその効力は発生しないところ、本件においては、請求人が平成19年3月○日に本件和解をした時点で初めて請求人が上記変更に同意をしたものと評価できるから、本件一時金の受給権は平成19年に発生したものである旨主張する。
B H社の就業規則においては、退職手当に関する事項は「退職金規程」によるとされ(就業規則第65条)、本件年金規定においては、「本制度は退職金規定の枠内にて制定されたものであり」(第40条)とされているところからすれば、本件年金規定は、労働条件である退職手当について定めたものであり、雇用者、被雇用者間の統一的、画一的な労働条件を定める就業規則の一部を構成するものと解するのが相当である。
 そして、請求人は、このような年金規定を設定しているH社との間で雇用契約を締結していたものであり、退職年金の受給権を取得し、本件年金規定第10条に規定する「退職年金受給権者」としての地位を保有し、本件年金規定上、退職年金受給権者として定められた給付を受給する権利を有していたものであるから、請求人が退職後も本件年金規定の適用を受けるものであることに疑いはない。
C そして、退職者が退職時に退職年金をどのような形で受給するかの選択は、上記1の(4)のロの(ヘ)のとおり、本件年金規定にあらかじめ定められていることからすれば、退職者は、本件年金規定の下で単に選択権を有しているにすぎず、本件における年金受給権は本件年金規定を根拠としているもので、退職時点におけるH社との個別的な合意に基づいて発生したものであると解することはできない。
 したがって、この点に関する請求人の上記Aの主張には理由がない。
D また、労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものである限り、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立するものとして、その法的規範性が認められるに至っているものということができ、このような就業規則を有する事業場の労働者は、就業規則の存在及び内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然に、その適用を受けるものというべきである。そして、就業規則の変更については、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からして、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきとされており(以上、最高裁大法廷昭和43年12月25日判決・民集22巻13号3459頁参照)、また、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有し、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものとされている。上記の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきであり(以上、最高裁第二小法廷平成9年2月28日判決・民集51巻2号705頁参照)、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである(以上、最高裁第二小法廷平成15年10月10日判決・裁判所時報1349号1頁参照)とされていることからすれば、その変更は直ちに無効となるものではなく、有効と解する余地がある。
 本件の場合、H社において、年金資金の積立不足が生じ、平成12年度に約○○○○円の拠出を行い、給付水準の見直し、年金資産構成の見直しを行ったが、なお本件制度を継続するためには更なる追加拠出が必至であり、H社の事業そのものに与える影響の予測ができないことからすれば、本件制度の変更の必要性は否定できない。また、本件制度の終了により代償措置として採られた一時金支給については、その支給額を、請求人が受給する年金総額を今後の生存の確率に基づき、現在価値に割り戻して算定しているが、その際、年○パーセントによる計算ではなく、受給者に有利な年○パーセントで計算していることからすれば、受給者の側では、一時金支給になることにより一時に多額の所得税を支払うことになる等の不利益を被ることを考慮しても、本件一時金の支給は、本件制度の終了の代償措置として不相当なものであるということはできない。
 以上のとおり、本件制度終了の必要性、合理性があること、代償措置が不相当とはいえないことを併せかんがみれば、本件制度の終了が直ちに無効であると認めることはできない。
 そして、上記1の(4)のホの(イ)のとおり、請求人らは、H社及びJ社を被告として、退職年金の支払を受ける権利を有する地位にあることを確認することを求めて本件訴訟を提起し、同(ニ)のとおり、裁判上の和解が成立して、本件訴訟は終了したのであるが、その和解条項のうち、「本件分配金が将来の年金給付の総額の60.2%に代えて支払われるものであることを相互に確認する。」(同(ニ)C)、「H社は、請求人らを含む年金受給者に対し、現在、年金給付が継続されている本件年金保険契約に係る部分(39.8%)については、現状を維持して支払われることを確約する。」(同(ニ)D)としている部分は、H社による就業規則の変更が有効であることを是認することを意味するものであり、本件分配金について請求人らを含む年金受給者が還付手続を行うのも上記就業規則の変更が有効であることを受け入れて、還付を受けたものと理解すべきであり、就業規則の変更が有効であったことは請求人とH社との間で確認したものというべきである。
 ゆえに、本件制度の終了及びこれに伴う措置が請求人の同意がない限りその効力は発生しないとする請求人の主張を採用することはできない。
E 本件年金信託契約の解除は、委託者であるH社が行うものとされており、解除に当たり受益者である年金受給者等の同意は必要とされていないこと(信託銀行との年金信託契約書第14条)及び本件制度が終了した場合の基金の分配については、上記1の(4)のロの(ト)のとおり本件年金規定にあらかじめ定められていることからすると、本件年金信託契約が解除されたことによる本件一時金の分配は、本件年金信託契約及び本件年金規定の定めに従ったものであり、その効果は当然に請求人に及ぶものと認められるものである。
 したがって、本件和解によって本件一時金の内容が変更した事実はなく、本件和解の存在は、請求人が受領すべき本件一時金の確定時期に影響を与えるものではない。
F 以上のことから、本件一時金の受給権は平成19年に発生したものであるとする請求人の主張には、理由がない。

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4 本件更正処分について

 上記2及び3のとおり、本件一時金は請求人の平成17年分の一時所得に該当するところ、これに基づいて請求人の同年分の総所得金額及び納付すべき税額を計算すると、いずれも本件更正処分の金額と同額となるから、本件更正処分は適法である。

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5 本件賦課決定処分について

 本件更正処分は上記4のとおり適法であるところ、本件更正処分により増加した税額の計算の基礎となった事実が本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定によりなされた本件賦課決定処分は適法である。

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6 その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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