(平22.8.6裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の実父であるBが納付すべき国税(以下「本件国税」という。)を滞納しているとして、本件国税を徴収するため、Bから不動産の贈与を受ける旨の契約を締結していた請求人に対し、国税徴収法(以下「徴収法」という。)第39条《無償又は著しい低額の譲受人等の第二次納税義務》に基づく第二次納税義務の納付告知処分を行ったところ、請求人が、本件国税は無効な申告に基づくもので存在しておらず、当該告知処分も徴収法第39条の要件を充足していないことなどを理由にその全部の取消しを求めた事案であり、争点は以下のとおりである。

争点1 本件国税が存在しているか否か。

争点2 Bから請求人へ贈与された不動産についての徴収法第39条所定の処分の時期は、本件国税の法定納期限の1年前の日以後か否か。

争点3 請求人がBから不動産を無償で譲り受けたことにより受けた利益の額はいくらか。

争点4 第二次納税義務の納付告知処分は徴収権の濫用等に当たるか否か。

(2) 審査請求に至る経緯及び基礎事実

 以下の事実については、請求人及び原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成6年7月2日付で、請求人の実父であるBとの間で、同人から、同人が所有する別表1記載の各不動産ないしその持分の贈与を受ける旨の贈与契約を締結した(以下、この贈与契約に基づく贈与を「本件贈与」といい、本件贈与に係る別表1記載の各不動産ないしその持分を「本件贈与不動産等」という。)。
ロ 請求人は、平成6年7月25日、G地方裁判所に対し、Bが本件贈与不動産等を請求人に贈与したにもかかわらず、本件贈与不動産等についての所有権移転登記ないし持分移転登記の手続をしないことを理由として、本件贈与不動産等についての処分禁止の仮処分命令を申し立てた。
ハ G地方裁判所は、上記ロの申立てを受けて、平成○年○月○日付で、本件贈与不動産等についての処分禁止の仮処分命令の決定をし、その旨の登記(平成6年7月27日受付。以下「本件仮処分登記」という。)が経由された。
ニ 別表2記載の各不動産(以下「本件譲渡不動産」という。)について、平成7年8月18日付で、同月11日売買を原因とするBからC社への所有権移転登記が経由された。
ホ H税務署長は、平成8年11月26日、氏名欄にBの氏名が記載され、「○○」(Bの姓)の押印がある平成7年分の所得税の確定申告書(以下「本件申告書」という。)を収受した(以下、本件申告書の提出による申告を「本件申告」という。)。なお、本件申告書には、本件譲渡不動産を譲渡した旨とその譲渡所得に係る納付すべき所得税が○○○○円である旨が記載されている。
ヘ H税務署長は、平成8年12月9日付で、Bに対し、平成7年分の所得税に係る無申告加算税の賦課決定処分を行った。
ト H税務署長は、国税通則法(以下「通則法」という。)第37条《督促》の規定に基づき、Bに対し、本件国税である本件申告に係る所得税及び上記ヘの無申告加算税について、平成8年12月17日付及び平成9年2月27日付の督促状を発送し、その納付を督促した。
チ 原処分庁は、平成8年12月24日及び平成9年3月28日、通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定により、H税務署長から本件国税について徴収の引継ぎを受けた。なお、本件国税の法定納期限及び徴収の引継時における本件国税の額は、別表3の「法定納期限」及び「徴収の引継時」欄記載のとおりである。
リ 原処分庁は、徴収法68条《不動産の差押の手続及び効力発生時期》の規定に基づき、平成9年6月13日付で、Bに対する滞納処分として、別表4記載の各不動産ないしその持分について差押処分を行った。
ヌ 原処分庁は、別表4記載の各不動産ないしその持分のうち番号14の不動産について、平成14年8月9日付で、上記リの差押えを解除した(以下、この不動産を「差押解除不動産」という。)。
 なお、差押解除不動産については、平成7年12月13日贈与を原因とし、権利者を請求人の叔父であるEとする当該所有権移転請求権の移転の付記登記(平成7年12月13日受付)が経由されている。
ル 本件国税のうち、本件申告に係る所得税については、平成14年8月8日付で○○○○円が納付されている。
ヲ 請求人は、平成18年9月15日付で、G地方裁判所に対し、Bを被告として、本件贈与不動産等につき平成6年7月2日付贈与を原因とする所有権移転登記手続(ただし、本件贈与不動産等のうち、Bが持分を有していたものについては、B持分全部移転登記手続)をすることを請求する訴訟を提起したところ、G地方裁判所は、平成○年○月○日、請求人の請求を全部認容する判決(以下「本件判決」という。)を言い渡し、同判決は同年○月○日に確定した。
ワ 原処分庁は、別表3の「本件告知処分時」欄記載の本件国税を徴収するため、Bから請求人への本件贈与があったとして、請求人に対し徴収法第32条《第二次納税義務の通則》及び同法第39条の規定に基づき、平成21年3月10日付納付通知書により、その納付すべき限度額を○○○○円とする第二次納税義務の納付告知処分(以下「本件告知処分」という。)を行った。
カ 請求人は、本件告知処分を不服として、平成21年5月8日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成21年7月30日付で、納付すべき限度の額の一部(○○○○円)を取り消す異議決定を行った。
ヨ 請求人は、上記カの異議決定を経た後の本件告知処分に不服があるとして、平成21年8月31日にその全部の取消しを求める審査請求をした。

(3) 関係法令等

イ 徴収法第32条第1項は、税務署長は、納税者の国税を第二次納税義務者から徴収しようとするときは、その者に対し、政令で定めるところにより、徴収しようとする金額、納付の期限その他必要な事項を記載した納付通知書により告知しなければならない旨規定している。
ロ 徴収法第39条は、滞納者の国税につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合において、その不足すると認められることが、当該国税の法定納期限の一年前の日以後に、滞納者がその財産につき行った政令で定める無償又は著しく低い額の対価による譲渡(担保の目的でする譲渡を除く。)、債務の免除その他第三者に利益を与える処分(以下、これらの処分を「無償譲渡等の処分」という。)に基因すると認められるときは、これらの処分により権利を取得し、又は義務を免れた者は、これらの処分により受けた利益が現に存する限度(これらの者がその処分の時にその滞納者の親族その他の特殊関係者であるときは、これらの処分により受けた利益の限度)において、その滞納に係る国税の第二次納税義務を負う旨規定している。
ハ 農地法第3条《農地又は採草放牧地の権利移動の制限》第1項本文は、農地について所有権を移転する場合には、当事者が農業委員会の許可を受けなければならない旨規定しており、同法第5条《農地又は採草放牧地の転用のための権利移動の制限》第1項本文は、農地を農地以外のものにするため、所有権を移転する場合には、当事者が都道府県知事の許可を受けなければならない旨規定している。

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2 主張

 別紙のとおりである。

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3 判断

(1) 法令解釈

 徴収法第39条の第二次納税義務は、本来の納税者が、納付すべき国税の法定納期限の1年前の日以後に、その財産について無償譲渡等の処分を行ったため、本来の納税者の財産に対して滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められる場合に、無償譲渡等の処分により権利を取得し、又は義務を免れた者に対して、当該国税の納付義務を補充的に負わせることによって、当該国税の徴収確保を図ろうとする制度であるから、無償譲渡等の処分の効力、すなわち、これによる権利変動の効力が発生していない場合や無償譲渡等の処分の効力が徴収しようとする国税の法定納期限の1年前の日よりも前に発生している場合には、同条を適用することができない。

(2) 認定事実

イ 本件贈与不動産等のうち、別表1の番号4ないし7、9ないし13の各不動産は、農地法上の農地である。
ロ 本件贈与不動産等については、本件告知処分時において、請求人に対する所有権移転登記が経由されていない。なお、本件贈与不動産等のうち別表1の番号4ないし7、9ないし13の各不動産については、当該各不動産が農地法上の農地であるにもかかわらず、本件告知処分時において、農地法第3条及び第5条が定める所有権移転のための農業委員会又は都道府県知事の許可も得ていない。

(3) 判断

イ 本件においては、原処分庁が徴収法第39条に基づき本件告知処分を行っているところ、本件告知処分が適法であるとするためには、上記(1)のとおり、徴収法第39条の無償譲渡等の処分の効力が本件国税の法定納期限の1年前の日以後に発生していることが要件となるが、本件においては、本件贈与不動産等の無償譲渡等の処分の効力発生時期について、原処分庁と請求人との間で争いがあるため、まず、争点2について、以下検討する。
ロ 本件贈与不動産等のうち、別表1の番号4ないし7、9ないし13の各不動産は、上記(2)のイのとおり、農地法上の農地であり、上記1の(3)のハのとおり、農地について所有権を移転する場合には、農地法第3条又は第5条の規定により、農業委員会又は都道府県知事の許可を受けなければならず、この許可は農地の所有権移転についての効力発生要件と解されているところ、上記(2)のロのとおり、上記各不動産については、農地法第3条及び第5条が定める所有権移転のための農業委員会又は都道府県知事の許可を得ていないのであるから、本件告知処分時において上記各不動産について無償譲渡等の処分の効力が発生したということはできない。
ハ 本件贈与不動産等のうち、農地以外の不動産についてみると、本件国税の法定納期限は、別表3記載のとおり平成8年3月15日であるところ、上記1の(2)のイのとおり、本件贈与が行われたのは本件国税の法定納期限の1年前の日よりも前の平成6年7月2日である。
 ところで、不動産のように、第三者に対する対抗要件として登記を要するものについては、民法第177条により、これを具備しない限り、対抗関係にある第三者に対して所有権移転の効力が発生したことを主張することができないと解せられる。そして、滞納処分による差押えについても同条が適用されることから、本来の納税者が不動産を贈与しても、第三者対抗要件としての登記が経由されていない限りは、なお本来の納税者の財産として滞納処分を行うことができることとなる。そうすると、第三者対抗要件を具備したときに無償譲渡等の処分の効力が発生すると解する余地もあり、このように解すると第三者対抗要件を具備した時が徴収しようとする国税の法定納期限の1年前の日以後であれば、徴収法第39条の適用が認められることになる。しかしながら、本件贈与不動産等については、上記(2)のロのとおり、本件国税の法定納期限の1年前の日から本件告知処分時までの間においても、請求人は第三者対抗要件を具備していない。
 そうすると、徴収法第39条の無償譲渡等の処分の効力発生時期について、これを本件贈与が行われた時若しくは第三者対抗要件を具備した時のいずれに解しても、本件においては「国税の法定納期限の1年前の日以後に無償譲渡等の処分が行われたこと」という同条の適用要件を欠くこととなる。
ニ なお、原処分庁は、無償譲渡等の処分の効力の発生時期に関し、請求人は本件判決の確定によって本件不動産についての所有権移転登記手続をなし得る権利を取得したのであり、同判決の確定がなければ請求人は第三者対抗要件を具備することはできないのであるから、本件においては本件判決の確定をもって徴収法第39条の無償譲渡等の処分の効力が発生したと解するのが相当であり、本件判決の確定の日が平成○年○月○日であることから、徴収法第39条の要件を充足している旨主張する。
 しかしながら、本件判決は、本件贈与不動産等について、平成6年7月2日に、Bと請求人との間で贈与契約が成立したことを認定した上で、Bに対して請求人への所有権移転登記手続をすることを命じたものにすぎず、本件判決の確定によってはじめて贈与による所有権移転の効果が生じたものではない。また、本件判決を債務名義として請求人が単独で所有権移転登記手続をなし得るとしても、本件判決の確定によって請求人が第三者対抗要件を具備したことにならないことは明らかである。
 そうすると、原処分庁の主張には理由がない。
ホ 本件贈与不動産等については、上記ニのとおり、平成○年○月○日にあった本件判決の確定をもって徴収法第39条の無償譲渡等の処分の効力が発生したとする原処分庁の主張には理由がなく、また、上記ロ及びハ並びに本件の全証拠から認められる諸事情を考慮しても、平成7年3月15日から本件告知処分の間において無償譲渡等の処分の効力が発生したという事実を認めることはできないことから、本件告知処分は、「法定納期限の1年前の日以後に無償譲渡等の処分が行なわれたこと」という徴収法第39条の適用要件を充足していない違法な処分であるといわざるを得ない。

(4) 結論

 上記(3)で説示したとおり、本件においては、法定納期限の1年前の日以後に徴収法第39条の無償譲渡等の処分が行われたとは認められないことから、その余の点につき判断するまでもなく、本件告知処分はその全部を違法として、これを取り消すべきである。

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