(平成23年3月7日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)の相続税について、原処分庁が、被相続人の遺言書は、不動産以外の財産については相続開始時点で明確にその帰属が特定できるもののみを例外的に各名義人に遺贈し、その他は相続人である請求人及び二男に遺贈する意思であると解すべきであるから、請求人が相続開始前に親族名義の預貯金及び有価証券を解約又は処分して受領した現金は、預貯金等の各名義人ではなく請求人及び二男に遺贈されたものであるとして、相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、被相続人の遺言書は、遺言書作成時に被相続人が親族名義で預貯金等としていたものは、いずれも各名義人に遺贈する意思であったと解すべきであるから、それらを解約又は処分して受領した現金は、当該各名義人に帰属するとして、更正処分等の一部取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成18年1月○日に死亡したC(以下「本件被相続人」という。)の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税(以下「本件相続税」という。)について、申告書に別表1の「申告」欄のとおり記載して法定申告期限までに申告した。
ロ 原処分庁は、これに対し、原処分庁所属の調査担当職員の調査に基づき、平成21年10月19日付で本件相続税について別表1の「更正処分等」欄のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
ハ 請求人は、上記ロの各処分を不服として、平成21年12月10日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、構築物の評価に誤りがあったとして、平成22年3月3日付で、別表1の「異議決定」欄のとおり、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分の一部をいずれも取り消す異議決定をした(以下、異議決定後の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をそれぞれ、「本件更正処分」及び「本件賦課決定処分」という。)。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成22年3月31日に審査請求をした。

(3) 関係法令の要旨

 相続税法第1条の3《相続税の納税義務者》第1号は、相続又は遺贈により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するものは、相続税を納める義務がある旨規定し、また、同法第2条《相続税の課税財産の範囲》第1項は、同法第1条の3第1号の規定に該当する者については、その者が相続又は遺贈により取得した財産の全部に対し、相続税を課する旨規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によっても、その事実が認められる。
イ 相続関係
(イ) 本件被相続人は、要旨別紙1のとおり記載された平成9年10月2日付の自筆証書遺言により遺言をし(以下、この遺言書を「本件遺言書」という。)、さらに、要旨別紙2のとおり記載された平成11年2月7日付の自筆証書遺言により追加の遺言をした(以下、この遺言書を「追加遺言書」という。)。
(ロ) 本件遺言書及び追加遺言書は、遺言書の保管者である弁護士の請求により、平成18年2月○日、D家庭裁判所において検認された。
(ハ) 本件被相続人の共同相続人は、長男である請求人、二男であるE、長女であるF及び三女であるG(以下、二男、長女及び三女の3名を併せて「Eら」という。)の4名である。
ロ 預金等の解約
 平成12年春ころから、請求人は、別表2記載の有価証券及び預貯金について、本件被相続人の委託を受けることなく処分又は解約してその対価等を受領し、その受領した金員を現金で本件相続の開始日まで保管していた(以下、本件被相続人名義以外の有価証券及び預貯金を「本件預貯金等」といい、その換価した現金250,199,207円を「本件換価現金」という。)。

(5) 争点

 本件の争点は、本件換価現金が本件被相続人から本件預貯金等の各名義人に遺贈されたものであるか否かである。

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2 主張

(1) 原処分庁

 本件遺言書は、まる1本件遺言書第4項本文及びただし書の内容からすると、不動産以外の財産については、請求人及び二男に相続させることを原則とする趣旨であると解されること、まる2本件遺言書第4項ただし書に「私の名義になっていないものはそれぞれその名義人」と、追加遺言書に「G名義の預金」と、それぞれ記載されていることからすれば、本件被相続人は、財産の名義に着目し、名義によりその帰属が特定されると認められるものを遺贈の目的としていると解されること、及びまる3本件被相続人は相続開始前に預金を現金化することを予定していなかったと認められることを総合勘案すれば、相続開始時点で各名義人の所有にかかるものとして明確にその帰属が特定できるもののみを例外的に各名義人に遺贈するというのが、本件被相続人の真意であったと解するのが相当である。
 そうすると、本件換価現金についてまで、本件被相続人が、これを各名義人に対して遺贈することを予定していたと解することはできないから、本件換価現金は、本件遺言書第4項本文により、請求人に3分の2が帰属する。

(2) 請求人

 請求人が現金化した各人名義の預貯金等は、元は、本件被相続人が所有する現金を同人の意思で各人名義で預貯金等にしたものであり、各人名義の預貯金等について現金化することを予定していなかった。
 本件遺言書第4項ただし書は、本件被相続人の意思で各人名義にした預貯金等の存在を前提にした遺言であり、本件遺言書作成時に、本件被相続人が各人名義で預貯金等にしていたものは、そのまま各名義人に遺贈するというのが、本件被相続人の真意である。
 経済状況の悪化を心配して請求人の判断により危険回避のために現金化した後も、当該現金が各名義人の預貯金等と実質的に同一性を保ったまま保管されている本件については、各名義人の預貯金等の換金分を各人への遺贈と解釈すべきである。
 したがって、本件換価現金は、本件遺言書第4項ただし書により、各名義人に帰属する。

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3 判断

(1) 法令解釈等

 遺言の解釈は、遺言書に記載された文言をどう解するかの問題であり、その意味で、遺言書を離れて遺言者の真意を探求することは許されない。
 しかしながら、遺言の解釈に当たっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するに当たっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきである(最高裁昭和58年3月18日第二小法廷判決)。

(2) 認定事実

イ 本件預貯金等は、請求人及びEらの亡父であるH(以下「亡H」という。)の遺産であり、亡Hの相続の際に、本件被相続人が何かの際に金銭が必要になるのではないかと考えた請求人及びEらが相続放棄をし、本件被相続人が単独でこれを相続したものである。
ロ 請求人は、本件被相続人に、本件預貯金等を換金した事実を報告していない。
ハ 請求人は、平成18年6月○日、D地方裁判所に対して、Eらを被告として遺言に係る土地(d市e町○−○の宅地。以下「e土地」という。)の所有権確認請求訴訟を提起し、D地方裁判所は、平成○年○月○日、請求人がe土地につき、4億5,320万7,813分の4億2,761万9,159の持分を有することを確認し、その他の請求について棄却する旨の判決を下した。
 Eらは、平成○年○月○日、D高等裁判所に控訴し、D高等裁判所は、平成○年○月○日、請求人がe土地につき、2億487万772分の1億8,905万6,758の持分を有することを確認し、その他の請求について棄却する旨の判決を下し、同判決は確定した。なお、上記D高等裁判所判決は、その理由中の判断で、預貯金等を各名義人に遺贈した本件被相続人の意思は、自己の財産のうち親族名義のものは本件被相続人の死亡時にその名義に従って分配すべきこととすることにあったと考えられるから、解約、処分された後の現金が各名義人に対して遺贈されたものであると解するのが相当である旨判示した。

(3) 当てはめ

イ 本件遺言書第4項ただし書は、預貯金等で本件被相続人名義になっていないものは、それぞれの名義人の所有である旨記載されていること、追加遺言書に「Gがこのお金をおろす時は」と記載されていることから、本件被相続人は、預貯金等については、各名義人以外の者がこれを換金することは予定しておらず、本件相続の開始日まで本件預貯金等がそのまま維持されていることを想定していたものと認められる。
 また、本件預貯金等は、請求人及びEらの相続放棄により本件被相続人が単独で相続した亡Hの資産であり、本件被相続人の意思で各人名義の預貯金等としたこと及び本件被相続人は、請求人による本件預貯金等の換金の事実を知らなかったことを併せかんがみれば、本件遺言書第4項ただし書は、本件遺言書作成時に本件被相続人が各人名義で預貯金等としていたものは、換金のいかんにかかわらず、これを各名義人に遺贈するという趣旨であると認めるのが相当である。
 なお、この点については、上記(2)のハのD高等裁判所判決においても、解約、処分された後の現金が各名義人に対して遺贈されたものであると解するのが相当である旨判示している。
ロ 原処分庁は、本件遺言書は、不動産以外の財産については、請求人及び二男に相続させることを原則とする趣旨であると解されること等を理由に、本件相続の開始時点で各名義人の所有に係るものとして明確にその帰属が特定できるもののみを例外的に各名義人に遺贈するというのが、本件被相続人の真意である旨主張する。
 しかしながら、遺言において、本件被相続人が不動産の遺産分割に関し、請求人及び二男を優遇しておらず、不動産以外の財産について請求人及び二男を優遇すべき動機もないことからすれば、本件遺言書第4項本文が不動産以外の財産については、請求人及び二男に相続させることを原則とする趣旨であると解することはできないから、原処分庁の主張には理由がない。

(4) 本件更正処分について

 上記(3)のとおり、本件換価現金は、本件相続の開始日において、本件被相続人から本件預貯金等の各名義人に遺贈されたものと認められ各名義人の相続財産となるから、これにより請求人に係る本件相続税の課税価格及び納付すべき税額を計算すると、別表1の「審判所認定額」欄のとおりとなり、請求人の納付すべき税額は本件更正処分の金額を下回ることから、本件更正処分はその一部を取り消すべきである。

(5) 本件賦課決定処分について

 本件更正処分は、上記(4)のとおり、その一部を取り消すべきであるから、これに伴い本件賦課決定処分もその一部が取り消されることとなるところ、その他当初の申告が過少申告となったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められない。
 したがって、請求人の過少申告加算税の額を計算すると、別表1の「審判所認定額」欄のとおりとなり、この金額は本件賦課決定処分の金額を下回ることから、本件賦課決定処分はその一部を取り消すべきである。

(6) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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