(平成23年6月28日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が外国政府に納付した帰国社員の海外事業所勤務中の賃金に係る所得税について、原処分庁が、当該所得税は、当該社員が外国勤務を終え日本に帰国し居住者となった後に、請求人が当該社員に代わって納付したものであるから、当該社員に対する経済的な利益の供与に当たるとして、源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分等をしたのに対し、請求人が、当該賃金の支払及び所得税の納付等の支払事務は国外にある請求人の各海外事業所によって行われていたものであり、また、当該所得税は当該社員が非居住者であった期間に生じたものであるから、請求人に源泉徴収義務はないなどとして、同処分等の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、平成22年4月28日付で、別表1のとおり、給与所得の源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)の各納税告知処分及び不納付加算税の各賦課決定処分をした。
ロ 請求人は、上記イの各処分を不服として、平成22年6月22日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年8月10日付で、別表2の1のとおり、当該各処分の一部を取り消す異議決定をした(以下、異議決定によりその一部が取り消された後の源泉所得税の各納税告知処分及び不納付加算税の各賦課決定処分を順次「本件各納税告知処分」及び「本件各賦課決定処分」といい、これらを併せて「本件各納税告知処分等」という。)。
ハ 請求人は、本件各納税告知処分等に不服があるとして、平成22年9月10日に審査請求をした。

(3) 関係法令の要旨

イ 所得税法第2条《定義》第1項第3号は、居住者とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう旨規定している。
ロ 所得税法第17条《源泉徴収に係る所得税の納税地》は、同法第28条《給与所得》第1項に規定する給与等の支払をする者のその支払につき源泉徴収をすべき所得税の納税地は、その者の事務所、事業所その他これらに準ずるものでその支払事務を取り扱うもののその支払の日における所在地とする旨規定している。
ハ 所得税法第28条第1項は、給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下「給与等」という。)に係る所得をいう旨規定している。
ニ 所得税法第183条《源泉徴収義務》第1項は、居住者に対し国内において給与等の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない旨規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、建設工事の請負等を目的として設立された法人であり、本店所在地はd市e町○−○であったが、平成22年7月○日に肩書地に移転した。同日前の肩書地には名称をa本社とする請求人の支店(以下「a本社」という。)が置かれていた。a本社は、平成11年1月5日に原処分庁に対し、給与支払事務所をa本社、所在地を肩書地とする給与支払事務所等の移転届出書を提出している。
 また、請求人は、a本社のほか国内各地に支店を置き、M国ほか各国に海外事務所又は海外事業所(以下、これらを「海外事業所」という。)を置いていた。
ロ 請求人には、日本国内に勤務する社員のほか海外事業所に勤務する社員(以下「海外勤務者」という。)がいる。
ハ 請求人は、海外勤務者の賃金を「海外に勤務する職員の賃金、旅費等の取扱いに関する内規」(以下「本件内規」という。)に基づき支払っていた。
 本件内規は、海外勤務者の手取額が国内勤務の場合の手取額を下回らないように調整するものであり、海外基本給及び国内基本給として支給する額等を定めている。
 なお、本件内規第25条(その他の会社の負担)は、現地において課せられることのある租税公課のうち、同第3条(賃金の種類)に定める賃金に対し課せられるもの等は、その全額を請求人が負担する旨定めている。
ニ 海外事業所は、本件内規第25条の定めに基づき、海外勤務者本人が海外事業所の所在する国の法令により納付しなければならない所得税(以下「外国所得税」という。)の額を、当該海外勤務者に代わって負担し当該事業所の所在地国の政府に納付している(以下、当該海外勤務者に代わって請求人が納付した外国所得税の額を「外国所得税負担額」という。)。
ホ 原処分庁は、上記ニの外国所得税負担額のうち、その納付時又は納付期限のいずれか早い日までに帰国している者に係る当該負担額については、a本社が納付したものであり、同者が帰国し居住者となった後の給与等の支払となるから、請求人は、居住者に対し国内において給与等の支払をする者に該当し、所得税法第183条第1項に規定する源泉徴収義務があると認定し、別表1に記載の各処分をした。
 なお、本件各納税告知処分等の対象となった者は別表3のまる2欄に記載の者(以下、これらの者を「本件各告知対象者」という。)である(以下、本件各告知対象者の所属していた各海外事業所を「本件各海外事業所」といい、本件各納税告知処分の対象となった外国所得税負担額を「本件外国所得税負担額」という。)。

(5) 争点

 本件における争点は、以下のとおりである。
イ 争点1 本件外国所得税負担額の支払(納付)につき、請求人が国内において給与等の支払をしたことに当たるか否か。
ロ 争点2 請求人が納付した本件外国所得税負担額は、本件各告知対象者の非居住者であった期間の国内源泉所得以外の所得に該当するか否か。

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2 主張

(1) 争点1について

イ 原処分庁
 本件各海外事業所が、本件各告知対象者が納付すべき本件外国所得税負担額を同人らに代わり納付し、その本件外国所得税負担額が本件各海外事業所の人件費として計上されていたとしても、本件各告知対象者は、a本社の所属となっていたのであるから、a本社において、本件各告知対象者に対する国内基本給の支払事務及び本件外国所得税負担額に係る支払(納付)事務を行っていたことになる。そうすると、本件外国所得税負担額の支払は、国内において行われたことになる。
ロ 請求人
 国内の各支店に勤務する社員の賃金の支払事務は、平成20年1月までは各支店となっていたが、海外勤務者の給与等の支払事務については、海外勤務者の国内基本給の支払事務を除き、海外基本給の支給及び海外事業所の所在する国における所得税の額の計算、申告及び納付手続、海外勤務者の人件費等の負担はすべて海外勤務者が所属する海外事業所において行っていたのであるから、本件各告知対象者の給与等の支払事務は、本件各海外事業所で行っていたことになる。
 そうすると、請求人は、本件各納税告知処分の対象となった各支払日において、本件外国所得税負担額に係る支払(納付)事務をa本社において行っていないから、本件外国所得税負担額の支払は国内において行われていない。

(2) 争点2について

イ 原処分庁
(イ) 外国所得税は、海外勤務者個人に課される所得税であり、当該個人が負担すべきものであるところ、請求人は、本件外国所得税負担額を本件各告知対象者に代わり本件各海外事業所を経由して納付している。このことは、請求人が本件各告知対象者の租税債務を消滅させたことになるから、本件各告知対象者は、請求人から本件外国所得税負担額に相当する経済的利益を享受した(給与等の支給を受けた)ものと認められる。
(ロ) そして、本件内規には、本件外国所得税負担額の負担時期について具体的な定めがないことからすれば、上記(イ)の経済的利益を享受した日は、本件外国所得税負担額が納付された日又はその納付期限のいずれか早い日と解すべきであるところ、これらの日又は期限はいずれも本件各告知対象者が日本に帰国し居住者となった日以後であるから、当該経済的利益は、居住者期間に生じた給与等に該当し、非居住者であった期間の国内源泉所得以外の所得には該当しない。
ロ 請求人
(イ) 請求人は海外勤務者の賃金が国内勤務の場合の手取額を下回らないように本件内規において保証(上記1の(4)のハ)している。このため、海外事業所勤務により課せられる租税公課は請求人が負担することとしている。
 そして、本件外国所得税負担額は、本件内規に基づき負担したものであって、外国所得税の額も保証した手取額を基に計算したものであるから、請求人は手取額の支給時に本件各告知対象者に対し外国所得税の額(相当額)の支払債務が確定し、本件各告知対象者は同額の賃金債権を取得したことになる。
 本件外国所得税負担額の支払(納付)は、請求人がこの支払債務を履行したものであり、本件各告知対象者の場合は、たまたま同者が帰国後(居住者となった日以後)に外国政府に支払った(本人に代わり納付した)ものであって、非居住者の所得である。
(ロ) 給与所得に対する課税は、その所得(給与等)が、いつ(日本国の居住者期間か非居住者期間か)、どこ(日本か外国か)における役務提供(勤務)に基因して発生したものかを基準とすべきであり、本件外国所得税負担額は、いずれも本件各海外事業所の所在する国における勤務に基因して発生したものである。
(ハ) 所得税法第8条《納税義務者の区分が異動した場合の課税所得の範囲》は、居住者、非永住者又は非居住者の区分に応じたそれぞれの期間内に生じた課税所得について、所得税を課税する旨規定しているところ、本件外国所得税負担額は、上記(イ)及び(ロ)のとおり、本件各告知対象者が非居住者であった期間の所得(給与等)、すなわち、非居住者の国内源泉所得以外の所得(給与等)となる。

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3 判断

(1) 本件外国所得税負担額の支払(納付)につき、請求人が国内において給与等の支払をしたことに当たるか否か。

イ 法令解釈
 所得税法第183条第1項に規定する源泉徴収義務を負う者(以下「源泉徴収義務者」という。)は、居住者に対し国内において同法第28条第1項に規定する給与等の支払をする者と規定されているから、源泉徴収義務者に該当するというためには、まる1給与等の支払対象者が居住者であること、まる2日本国内において支払をすること、まる3同項に規定する給与等の支払であることのすべての要件を満たす必要がある。
 また、所得税法第17条において、源泉徴収をすべき所得税の納税地について、その者の事務所、事業所その他これらに準ずるものでその支払事務を取り扱うもののその支払の日における所在地とする旨規定されていることからすれば、上記の国内において給与等の支払をするとは、国内の事業所等において給与等の支払事務を取り扱うことをいうものと解され、給与等の支払事務とは、給与等の支払額の計算、支出の決定、支払資金の用意、金員の交付等の一連の手続からなる事務をいうものと解される。
ロ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 請求人は、国内における給与等の支払事務を国内の各支店において行っていたが、平成20年2月1日以後は、a本社で一括して行うこととした。
 また、本件各告知対象者の本件各海外事業所勤務中の所属は、いずれもa本社であり、本件各告知対象者の国内基本給の支払はa本社で行われていた。
(ロ) 請求人の人事部は、社員(海外勤務者を含む。)の賃金について、毎年4月1日に給与規則に規定する職能給、習熟給、実績給及び職務給(以下、これらを併せて「月俸等」という。)の額を決定し、社員本人に通知するほか、海外勤務者の所属する海外事業所の所長に対しても各人の月俸等の額及び海外事業所において支給する外貨建の現地支給額を通知していた。
(ハ) 本件各告知対象者の外国所得税に係る申告納税手続等について
A L国の海外事業所
 別表3「本件各告知対象者等の明細」の「L国」に係るGら6名については、現地の事務担当者がGら6名の帰国が決定した時点で帰国までの給与計算を行い申告納税額を計算し、当該各海外事業所の所長が確認した上で、申告・納税した。
B J国及びK国の海外事業所
 別表3「本件各告知対象者等の明細」の「J国」及び「K国」の海外事業所に係るHら14名(以下「Hら14名」という。)については、各海外事業所がHら14名の所得税計算と申告事務を現地の会計事務所に委託し、その計算結果を当該各海外事業所の所長が確認した上で、申告・納税した。
C 本件外国所得税負担額は、本件各海外事業所が納付しているが、請求人の本店又はa本社から資金手当されることはなく、本件各海外事業所の予算の中で処理された。
ハ 本件への当てはめ
(イ) 本件外国所得税負担額が本件各告知対象者に対する給与に該当すること、本件各告知対象者は、いずれも本件各海外事業所の勤務のために出国した者であり出国後には所得税法上の非居住者に該当すること、及びその勤務を終え帰国した後は所得税法上の居住者に該当することについては、当事者間に争いはなく、当審判所においても相当と認められる。
(ロ) そして、上記イのとおり、国内において給与等の支払をするとは、国内の事業所等において給与等の支払事務を取り扱うことをいい、給与等の支払事務とは、給与等の支払額の計算、支出の決定、支払資金の用意、金員の交付等の一連の手続からなる事務をいうものと解されるところ、本件各告知対象者に対する給与に該当する本件外国所得税負担額については、上記ロの(ハ)のとおり、まる1本件各海外事業所あるいは本件各海外事業所がその事務を委託した現地の会計事務所が本件各告知対象者の所得税額の計算及び申告・納税の手続を行っていること、まる2本件各海外事業所の所長が納付すべき税額の確認及び支出の決定を行っていること、まる3本件各海外事業所が本件外国所得税負担額の資金手当を行っていることが認められるから、上記の給与等の支払事務がいずれも本件各海外事業所において行われていたと判断するのが相当である。
(ハ) 原処分庁は、本件各告知対象者がa本社の所属となっていたのであるから、a本社が本件外国所得税負担額に係る給与等の支払事務を行っていたことになり、本件外国所得税負担額の支払は国内において行われたことになる旨主張をする。
 しかしながら、a本社が海外勤務者の海外勤務期間中の所属先あるいは帰国後の勤務先であるとしても、上記(ロ)のとおり、本件外国所得税負担額の支払事務は、本件各海外事業所が行っていたと認めるのが相当であるから、原処分庁の主張は採用することはできない。
(ニ) 以上のとおり、本件外国所得税負担額の支払は、本件各海外事業所において行われ、国内において行われていたものではないから、本件においては、本件外国所得税負担額に相当する経済的利益が本件各告知対象者の非居住者であった期間に生じた国内源泉所得以外の所得であるか否か(争点2)について判断するまでもなく、本件外国所得税負担額の支払について請求人に源泉徴収義務はないというべきである。

(2) 本件各納税告知処分について

 上記(1)のとおり、本件外国所得税負担額の支払について、請求人に源泉徴収義務はないから、本件各納税告知処分は違法であり、その全部を取り消すべきである。

(3) 本件各賦課決定処分について

 上記(2)のとおり、本件各納税告知処分は違法であり、その全部を取り消すべきであるから、本件各賦課決定処分についても、その全部を取り消すべきである。

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