(平成23年7月6日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が国外勤務を終えて日本に帰国した社員の国外勤務中の給与に係る所得税を納付したところ、原処分庁が、当該納付は請求人が帰国した当該社員に対して外国所得税相当額の経済的利益を供与したものであるから、居住者に対する給与等の支払に当たるとして源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)の納税告知処分等をしたのに対し、請求人が、外国所得税相当額は帰国した社員の国外における勤務を源泉とする所得であり、非居住者期間に生じた所得であるから同処分等は違法であるなどとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、平成22年6月29日付で、別表1のとおり、平成19年3月及び平成20年3月の各月分の源泉所得税の各納税告知処分(以下「本件各納税告知処分」という。)及び不納付加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各納税告知処分と併せて「本件各納税告知処分等」という。)をした。
ロ 請求人は、本件各納税告知処分等を不服として、平成22年8月25日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年10月25日付で棄却の異議決定をした。
ハ 請求人は、異議決定を経た後の本件各納税告知処分等を不服として、平成22年11月22日に審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

イ 所得税法第2条《定義》第1項第3号は、居住者とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう旨規定し、同項第4号は、非永住者とは、居住者のうち、日本の国籍を有しておらず、かつ、過去10年以内において国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下である個人をいう旨規定している。
ロ 所得税法第7条《課税所得の範囲》第1項第1号は、非永住者以外の居住者に対しては、全ての所得について所得税を課する旨規定している。
ハ 所得税法第28条《給与所得》第1項は、給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下「給与等」という。)に係る所得をいう旨規定している。
ニ 所得税法第36条《収入金額》第1項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする旨規定している。
ホ 所得税法第183条《源泉徴収義務》第1項は、居住者に対し国内において給与等の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない旨規定している。
ヘ 所得税基本通達36−9《給与所得の収入金額の収入すべき時期》の(1)は、給与所得の収入金額の収入すべき時期は、契約又は慣習その他株主総会の決議等により支給日が定められている給与等についてはその支給日、その日が定められていないものについてはその支給を受けた日によるものとする旨定めている。
ト 所得税基本通達181〜223共−4《源泉徴収の対象となるものの支払額が税引手取額で定められている場合の税額の計算》は、給与等その他の源泉徴収の対象となるものの支払額が税引手取額で定められている場合には、当該税引手取額を税込みの金額に逆算し、当該逆算した金額を当該源泉徴収の対象となるものの支払額として、源泉徴収税額を計算することに留意する旨定めている。

(4) 基礎事実

イ 請求人は、輸送用機械器具製造業等を営むことを目的として昭和9年6月○日に設立された法人である。
ロ 請求人は、同社の社員をH国所在の関連法人(以下「本件現地法人」という。)に1年以上の予定で出向させている(以下、これらの出向社員らを「H国出向社員ら」という。)。
ハ 請求人は、H国出向社員らに対して、請求人の国内勤務者に適用される社員給与規定による給与等に代え、海外勤務規定(以下「本件海外勤務規定」という。)において定められている給与等(以下「本件海外勤務者給与」という。)を支給している。本件海外勤務規定の内容は、要旨次のとおりである。
(イ) 海外駐在の期間中は、本件海外勤務者給与を原則として現地通貨で支給し、そのうちの一定額を円貨で支給する。
 また、当該給与等は実質ネット支給とし、税額は原則として会社負担とするが、H国出向社員らの負担すべき税額は別に定める。
(ロ) 本件海外勤務者給与の支給時期は、現地通貨による支給分は現地法人の規定による月1回であり、円貨による支給分は毎月25日である。
ニ 請求人は、H国出向社員らに対して、本件現地法人への出向時あるいは本件海外勤務者給与に変動があった場合に「海外給与について」と題する書面を交付し、月々の給与支給時に給与明細書を交付している。これらの書面には、次の(イ)ないし(ニ)が記載されている。 
(イ) 本件海外勤務者給与の額
(ロ) 上記(イ)の額から控除した「みなし所得税」の額及び「みなし住民税」の額(請求人の社員給与規定による同人らの給与等の金額を基に見積もられる年間の給与の支給総額に対して課せられることとなる日本の所得税相当額及び住民税相当額をそれぞれ12で除した額である。以下、これらの額を併せて「本件みなし税額」という。)
(ハ) 本件海外勤務者給与のうち日本において円貨で支給する額
(ニ) 本件海外勤務者給与のうちH国において現地通貨で支給する額(以下、この額と上記(ハ)の額との合計額を「本件手取保証額」という。)
ホ 請求人は、本件現地法人との間で「出向者派遣に関する覚書」(以下「本件覚書」という。)を締結している。本件覚書におけるH国出向社員らの給与に係る所得税等の負担に関する規定の内容は、要旨次のとおりである。
(イ) 本件現地法人は、職位別に定められた給与をH国出向社員らに現地通貨にて支給する。
(ロ) 本件現地法人は、H国において現地通貨にて支給する給与に課せられるH国の所得税等を負担する。
(ハ) 請求人は、日本において支給する給与に課せられるH国の所得税を負担するほか、H国の課税当局への申告・納税の義務を負う。
ヘ 請求人は、本件覚書(上記ホの(ハ))に基づき、H国出向社員らがH国の課税当局に納付すべき所得税額(以下「本件外国税額」という。)についてH国所在の会計事務所から報告を受け、H国の課税当局に申告・納付した。
ト 請求人は、平成19年3月から同年12月までの各月末において、翌年平成20年3月にH国出向社員らのために納付することとなる所得税額の見積額を未払費用(相手勘定は給料勘定)として計上し、当該未払費用の累計額99,500,000円は本件外国税額の納付後の平成20年3月31日に取り崩した(給料勘定から減算した)。なお、請求人は実際の納付額○○○○円については、H国の課税当局に本件外国税額の納付のために送金した時に給料勘定に計上している。
チ H国出向社員らのうちD、E、F及びG(以下、この4名を併せて「Dら4名」という。)の帰国日、本件外国税額及びその納付日は、別表2のとおりであるところ、請求人がH国の課税当局にDら4名に係る申告・納付をした時期は、Dについては平成19年3月、E、F及びGについては平成20年3月であり、いずれもDら4名が国内勤務(日本における非永住者以外の居住者)となった後である。 
リ 原処分庁は、請求人が納付したDら4名の本件外国税額について、当該税額に相当する額の経済的利益の額をDら4名に供与したものであるとして、本件各納税告知処分等をした。

(5) 争点

 本件の争点は、本件外国税額を請求人が納付したことによる経済的利益はDら4名が日本の居住者となった以後の所得に該当するか否かである。

トップに戻る

2 主張

(1) 原処分庁

 本件外国税額は、H国出向社員らが自ら納付(負担)すべきものであるが、請求人がH国出向社員らに代わり納付したものであり、本件外国税額を納付したことによる経済的利益は、雇用関係に基づいて請求人が供与したものでH国出向社員らに対する給与等に該当する。
 そして、この経済的利益の具体的な供与日は本件海外勤務規定及びその他の規定にも定められていないので、H国の課税当局への納付時に当該経済的利益に係る給与等の支給をしたものとされる。
 Dら4名は、本件外国税額の納付時(給与等の支給を受ける時)において、全ての所得について所得税が課される非永住者以外の居住者に該当し、請求人は国内において居住者に対して給与等の支払(経済的利益の供与)をしているから、請求人には所得税法第183条第1項に規定する源泉徴収義務がある。
 なお、請求人は、平成20年3月に納付する本件外国税額の見積額を未払費用に計上していることをもって、会計的にも、本件外国税額に相当する給与等は月々の本件手取保証額の支給時に支払が確定しており、その計上時に発生した費用(H国出向社員らからすれば、計上時に給与等の支払が行われたもの)である旨主張するが、当該経理処理は、将来発生するであろう費用負担を予定して計上した一種の引当金処理に該当するものと認められ、H国出向社員らに対し本件手取保証額の支給日において支払っていたとはいえないから、請求人の主張には理由がない。

(2) 請求人

 本件外国税額は、本件手取保証額を基礎にグロスアップ計算して算出されたものであるから、所得税基本通達36−9の(1)ではなく同通達181〜223共−4の考え方(算出された税額は手取額の支給日に生じたものとされる。)に従って所得の発生年分を判断すべきである。
 本件外国税額は、H国出向社員らがH国において勤務していた期間に支給された本件手取保証額を基礎にしたグロスアップ計算により納税額が算出されており、本件外国税額に相当する給与等は、本件手取保証額である給与等と一体不可分であって、その支給日の属する年分の所得に該当する。そうすると、本件外国税額に相当する給与等はDら4名の非居住者期間の所得(国内源泉所得以外の所得、いわゆる国外源泉所得)となる。
 また、本件外国税額に相当する給与等の収入すべき時期については、まる1本件海外勤務規定において、あらかじめ請求人が本件外国税額を負担することが定められているものであり、まる2H国の租税法規及び我が国の源泉所得税の規定からすれば、本件手取保証額の所得税は、その本来の給与支給時において課されるものであるから、Dら4名が非居住者である(H国における勤務)期間中に生じた所得として取り扱うべきである。
 以上のことから、請求人が本件外国税額をDら4名が帰国して居住者となった日以後に納付したとしても、それはDら4名の非居住者(H国における勤務)期間に生じた給与等の未払分を支払ったものであって、請求人に源泉徴収義務はないから、本件各納税告知処分等は違法であり取り消されるべきである。
 なお、請求人が平成20年3月に納付する本件外国税額の見積額を未払費用に計上していることは、会計的にも、本件外国税額に相当する給与等を本件手取保証額の支給時の費用と認識していることにほかならない。

トップに戻る

3 判断

(1) 認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件海外勤務規定及び本件覚書には、請求人が本件外国税額を負担する旨定められているが、負担時期に関する定めはない。
ロ Dら4名は、出向期間中において本件海外勤務者給与の額から本件みなし税額を控除された後の金額の支給を受けていたが、同人らは当該支給時において非居住者であり、本件みなし税額に相当する日本の所得税又は住民税について納税義務はない。
ハ H国出向社員らの給与の総額は本件みなし税額を控除する前の金額であり、請求人はH国出向社員らの月々の給与支給時に本件みなし税額をその支給額から控除している。
ニ 平成20年3月にH国出向社員らのために納付することとなる所得税額の見積額として、請求人が上記1の(4)のトのとおり計上した未払費用については、既に帰国した者の所得税額の見積額が計算の基礎に含まれ、また、年の途中で帰国している者の所得税額の見積額についても減額することなく未払費用として計上されている。

(2) 法令解釈

 所得税法第36条第1項は、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額」と規定している。
 同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして上記権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという、いわゆる権利確定主義を採用している。
 さらに、同法では、当該収入が給与所得である場合、給与が現実に支払われたかどうかではなく、給与債権が具体的に確定した時、すなわち給与の支給期において支給されるべき金額をもって給与支給期の属する年分の収入金額としているものと解される。

(3) 当てはめ

イ 本件外国税額の納付による所得の内容について
 本件においては、請求人の本件外国税額の納付により、Dら4名の納付すべき当該外国税額に係る租税債務が消滅しているから、同人らは請求人から本件外国税額に相当する額の経済的利益の供与を受けたものと認められ、当該経済的利益の額は、Dら4名に対する給与等に該当すると認められる。
ロ 本件外国税額の納付による経済的利益の収入すべき時期及び金額について
(イ) 経済的利益の収入すべき時期
 本件海外勤務規定及び本件覚書には、上記(1)のイのとおり、本件外国税額について負担時期に関する規定はなく、Dら4名は使用者である請求人が同人らに代わって本件外国税額を現実に納付した時に当該外国税額に係る租税債務の消滅による利益を享受したと認められるから、当該納付時に請求人から経済的利益の供与を受けたものと認められる。
 そして、本件外国税額がDら4名の帰国後(非永住者以外の居住者となった後)に納付されていることからすれば、本件外国税額を請求人が納付したことによる経済的利益の額は、Dら4名が日本の居住者となった以後の所得に該当すると判断するのが相当である。
(ロ) 経済的利益の額
 また、上記(1)のハのとおり、Dら4名の本件現地法人への出向時(期間中)において、本件みなし税額が同人らの受給すべき本件海外勤務者給与の額から毎月控除されているところ、本件みなし税額について、まる1上記(1)のロのとおり、非居住者であるDら4名が当該支給時において本件みなし税額に相当する日本の所得税及び住民税を納税する義務がなかったこと、また、まる2上記(1)のハのとおり、請求人は、本件海外勤務者給与の額から本件みなし税額を控除して本件手取保証額をDら4名に支給していたこと、さらに、請求人が、平成20年3月にH国出向社員らのために納付することとなる所得税額の見積額を未払費用として計上し本件外国税額の納付に充てようとしていたと認められることからすれば、請求人は本件海外勤務者給与の額から控除した本件みなし税額に相当する額を本件外国税額の納付額に充当していたと認めるのが相当である。
 そうすると、請求人が納付した本件外国税額のうち、本件みなし税額に相当する金額は、Dら4名が自ら負担したものと判断するのが相当であり、請求人が本件外国税額を納付したことによりDら4名に供与した経済的利益(以下「本件経済的利益」という。)の手取額は、本件外国税額から本件みなし税額分を控除した残額(別表3の「まる3本件経済的利益の手取額」欄の額)となる。
ハ 請求人の主張について
(イ) 収入すべき時期について
 請求人は、海外勤務に伴う税金を納付することは本件海外勤務規定においてあらかじめ定められ、本件外国税額は、本件手取保証額を基礎にグロスアップ計算されたものであるから、本件外国税額に相当する給与等は、所得税基本通達36−9の(1)に関わらず、同通達181〜223共−4の考え方を根拠として、また、H国の租税法規を根拠として、本件手取保証額の支給時の所得、すなわち、Dら4名の非居住者期間中に生じた所得として取り扱うべきである旨主張する。
 しかしながら、請求人の本件外国税額の納付によりDら4名に経済的利益が生じたこと、そして当該経済的利益の収入すべき時期は、当該納付時と認められることについては、既に述べたとおりであり、本件手取保証額の支給時には本件外国税額は確定していないのであるから、請求人の主張は採用することができない。
(ロ) 未払費用の計上について
 請求人は、本件手取保証額の給料を毎月費用計上する際に、翌年納付すべき所得税額を未払費用として概算計上しているから、本件外国税額に相当する給与等の支給期は本件手取保証額の支給時である旨主張する。
 しかしながら、本件経済的利益の収入すべき時期については上記ロの(イ)のとおりであり、請求人が計上した当該未払費用は、上記(1)のニのとおり、翌年に請求人が納付しなければならないと見込まれる税額を概算で見積って費用引き当てをしたものと認められ、このことをもって本件外国税額に相当する給与等の支給期が到来したとは認められないことから、請求人の主張は採用できない。

(4) 本件各納税告知処分について

 本件は、原処分庁が請求人に所得税法第183条第1項に規定する源泉徴収義務があるとして本件各納税告知処分を行ったものであるところ、Dら4名は、上記(3)のロの(イ)のとおり、居住者となった後に請求人から経済的利益の額に相当する金額の給与の支払を受けているから、請求人はその支払の際に所定の額の所得税を源泉徴収しなければならないこととなるが、上記(3)のロの(ロ)のとおり、本件外国税額から本件みなし税額に相当する額を控除した残額を本件経済的利益として納付すべき源泉所得税の額を計算すると、別表4及び5の「源泉所得税の額」欄のとおりとなり、当該金額は、本件各納税告知処分の額を下回るから、本件各納税告知処分は、別紙「取消額等計算書」のとおり、いずれもその一部を取り消すべきである。

(5) 本件各賦課決定処分について

 本件各納税告知処分は、上記(4)のとおり、いずれもその一部を取り消すべきであるから、不納付加算税の賦課決定処分の基礎となる税額は、別表5の「源泉所得税の額」欄の額となる。
 また、この税額の計算の基礎となった事実については、国税通則法第67条《不納付加算税》第1項ただし書に規定する「正当な理由があると認められる場合」に該当する事実は認められない。
 したがって、別表5の「源泉所得税の額」欄の額に基づき、国税通則法第67条第1項及び同法第118条《国税の課税標準の端数計算等》第3項の規定により不納付加算税の額を計算すると、同表の「不納付加算税の額」欄の額となり、いずれも本件各賦課決定処分の額を下回ることとなるから、本件各賦課決定処分は、別紙「取消額等計算書」のとおり、いずれもその一部を取り消すべきである。

(6) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る

トップに戻る