(平成23年12月2日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、相続した不動産の譲渡に係る所得税の確定申告をした後、被相続人が取得した時から相続開始時までの当該不動産の値上がり益相当額は、所得税法(平成22年法律第6号による改正前のもの。以下同じ。)第9条《非課税所得》第1項第15号の規定により非課税であるから、譲渡所得の収入金額から除くべきであるとして更正の請求をしたところ、原処分庁が、所得税法第60条《贈与等により取得した資産の取得費等》第1項第1号は、相続人が相続により取得した資産を譲渡した段階で被相続人の保有期間中の値上がり益をも含めて課税を行うことを予定しているとして、所得税法第9条第1項第15号の適用を否定し更正処分をしたことから、請求人がその取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯及び基礎事実

イ 相続関係
(イ) 請求人の夫Cは、昭和52年12月23日、c市d町○−○の宅地476.22平方メートル(以下「本件土地」という。)を19,644,075円で取得し、その後、本件土地の上に建物及び建物附属設備(以下、これらと本件土地を併せて「本件土地等」という。)を建築し、いずれもこれを所有した。
(ロ) 夫Cは、平成19年8月○日に死亡し、請求人は、この相続(以下「本件相続」という。)により本件土地等を取得した。
ロ 相続税の申告
(イ) 請求人は、平成20年5月26日、原処分庁に対し、本件相続に係る相続税の申告書を提出した。
(ロ) 請求人は、申告漏れ財産があったとして、平成22年5月11日、本件相続に係る相続税の修正申告書を提出した。
(ハ) 上記(イ)及び(ロ)の相続税の申告書等に記載された本件土地の相続税評価額は、31,989,126円であった。
ハ 本件土地等の譲渡
 請求人は、平成21年9月26日、Dとの間で、本件土地等につき、代金を○○○○円とする売買契約を締結し、同年10月27日、本件土地等を同人に引き渡した(以下「本件譲渡」という。)。なお、当該代金について、請求人は、平成21年9月26日に2,000,000円を、同年10月27日に○○○○円をそれぞれ受領した。
ニ 所得税の申告
 請求人は、平成21年分の所得税について、確定申告書に別表の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに原処分庁に申告した。
ホ 更正の請求等
(イ) 請求人は、平成22年7月21日に、まる1譲渡収入金額から所得税法第9条第1項第15号による非課税部分を除くべきである、まる2相続税の修正申告により、相続税額の取得費加算の特例に係る金額が増加したとして、別表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をした。
(ロ) これに対し、原処分庁は、上記(イ)のまる1については認められないとして、同まる2のみを認容し、平成22年11月15日付で、別表の「更正処分」欄のとおりの減額の更正処分(以下「本件更正処分」という。)をした。
(ハ) 請求人は、本件更正処分を不服として、平成22年12月8日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成23年3月4日付で棄却の異議決定をした。
(ニ) 請求人は、異議申立てを経た後の原処分に不服があるとして、平成23年3月24日に審査請求をした。

(3) 関係法令の要旨

イ 所得税法第9条第1項は、同項各号に掲げる所得については、所得税を課さない旨規定し、同項第15号において、相続により取得するものを掲げている。
ロ 所得税法第33条《譲渡所得》第1項は、譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいう旨規定し、同条第3項は、譲渡所得の金額は、その年中の当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、その残額の合計額から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とする旨規定している。
ハ 所得税法第60条第1項第1号は、居住者が相続(限定承認に係るものを除く。)により取得した譲渡所得の基因となる資産を譲渡した場合における譲渡所得の金額の計算については、その者が引き続きこれを所有していたものとみなす旨規定している。

(4) 争点

 夫Cが取得した時から本件相続時までの本件土地の値上がり益相当額(以下「本件値上がり益相当額」という。)は、所得税法第9条第1項第15号に規定する非課税所得に該当するか否か。

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2 主張

(1) 請求人

イ 我が国の所得税においては、人の担税力を増加させる経済的利得はすべて所得を構成するという包括的所得概念がとられており、その経済的利得は実現したものでなければならない。
 そうすると、一定期間において、ある資産の経済的価値がどのように増加して実現された経済的利益となっているかを測定し、それに漏れなく、重複なく、一回だけ課税されなければならず、同一の経済的価値に対して重複して課税されているものがあれば、二重課税となり、その部分については、所得税法第9条第1項第15号の規定により非課税とされるのである。
ロ 土地の値上がり益の場合は、相続時までの増加額という経済的価値が相続税の課税対象額とその後の譲渡所得の課税対象額に二度含まれることになるから、同一の経済的価値に対する相続税と所得税の二重課税に該当し、所得税法第9条第1項第15号の規定により非課税とされるべきである。
ハ そして、非課税所得に該当した場合は、税法の適用上その所得がないものと同様に扱われるべきであるから、これを譲渡所得の収入金額に含めるべきではない。
 したがって、夫Cが本件土地を取得した時(19,644,075円)から本件相続時(31,989,126円)までの本件値上がり益相当額(12,345,051円)は、相続税の課税対象となっており、二重課税となるから、譲渡所得の金額の計算上、本件譲渡に係る収入金額(○○○○円)から除くべきである。
 そうすると、譲渡所得の計算は、赤字になるから、譲渡所得に対する課税はすべて取り消されるべきである。

(2) 原処分庁

イ 所得税法第60条第1項は、相続人が被相続人から相続した資産を譲渡した場合に、相続による資産の所有権移転の場合における譲渡所得課税を繰り延べ、相続人が当該資産を譲渡した機会をとらえて、当該相続人が引き続きこれを所有していたものとみなして、資産の値上がり益相当額を課税の対象とすることにしている。
ロ したがって、所得税法第60条第1項は、相続税を課された相続財産についても、相続人が相続により取得した当該財産を譲渡した場合には、被相続人の取得価額と相続人の譲渡価額との差額である値上がり益相当額に対し課税することを前提としているものと解するべきである。
 そうすると、本件譲渡に係る譲渡所得は、所得税法第60条第1項に基づいて、夫Cが取得した時から譲渡時までの値上がり益を清算して課税すべきである。

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3 判断

(1) 所得税法第60条第1項は、居住者が同項第1号所定の相続(限定承認に係るものを除く。)により取得した資産を譲渡した場合における譲渡所得の金額の計算について、その者が引き続き当該資産を所有していたものとみなす旨規定し、いわゆる取得価額引継方式を採用しているところ、同条により、相続後に、相続人が当該資産を譲渡した場合には、当該資産の譲渡による収入金額から被相続人の取得費を控除したいわゆる値上がり益について所得税が課されることとなる。
 そして、この値上がり益には、被相続人が当該資産を取得してから相続開始に至るまでの値上がり益部分も含まれていることからすれば、所得税法第60条第1項は、当該値上がり益部分についてもまた、所得税を課すことを容認しているものと認めるのが相当である。
(2) 譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する値上がり益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものである。
 このような譲渡所得課税の趣旨にかんがみれば、相続による資産の無償移転があった場合においても、当該資産について相続時における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなして譲渡所得が課税されるべきこととなり、シャウプ勧告を受けた昭和25年度税制改正においては、相続人に対する相続税課税とは別に、被相続人段階の資産所得に対する課税の無制限繰延べを防止する趣旨から、みなし譲渡課税を行うこととされていた。
 しかしながら、相続の時点では資産の値上がり益が具体的に顕在化していないため、その時点における譲渡所得課税について納税者の納得を得ることは困難であるとの配慮から、所得税法は、昭和27年度税制改正において、相続時における値上がり益の課税を留保し、その後相続人が資産を譲渡することによってその値上がり益が具体的に顕在化した時点において、これを清算して課税するという現行の取得価額引継方式を採用したものである。
 このような立法の経緯にかんがみても、所得税法は、相続により取得した資産の譲渡に関し、相続時までの値上がり益について、相続税及び所得税の双方の課税ベースに含まれることを前提に、その課税方法につき取得価額引継方式を採用することにより納税者に一定の配慮をしたものというべきであり、所得税法は、当該資産の譲渡による収入金額から被相続人の取得費を控除した値上がり益について、所得税を課すことを容認していると解するのが相当である。
(3) なお、請求人は、最高裁平成22年7月6日第三小法廷判決の趣旨からも、本件は二重課税に該当する旨主張する。
 しかしながら、上記判決は、相続税法第3条《相続又は遺贈により取得したとみなす場合》第1項第1号の規定によって相続により取得したものとみなされる生命保険契約の保険金であって、年金の方法により支払われるもののうち有期定期金債権に当たる年金受給権に係る年金の各支給額については、被相続人死亡時の現在価値に相当する金額として、相続税法第24条《定期金に関する権利の評価》第1項第1号所定の当該年金受給権の評価額に含まれる部分に限り、相続税の課税対象となる経済的価値と同一のものとして、所得税法第9条第1項第15号の規定により所得税の課税の対象とならない旨判示したものであるが、本件は、顕在化した資産の値上がり益についての譲渡所得課税の適否が争われているものであり、上記(2)のとおり、所得税法は、相続により取得した資産の譲渡による収入金額から被相続人の取得費を控除した値上がり益について所得税を課すことを容認していると解すべきであるから、当該値上がり益に対する譲渡所得課税が同判決に反するものとはいえない。
(4) そうすると、本件において、本件譲渡により顕在化した本件土地に係る値上がり益は、夫Cの取得時からの値上がり益も含めて譲渡所得の課税対象となる。
 したがって、相続時までの増加額という経済的価値が所得税法第9条第1項第15号の規定により非課税となる旨の請求人の主張は、採用することができない。
(5) また、請求人は、本件値上がり益相当額は非課税所得に該当し、税法の適用上その所得がないものと同様に扱われるべきであるから、これを本件譲渡に係る収入金額から除くべきである旨主張する。
 しかしながら、本件値上がり益相当額が非課税所得に該当する旨の請求人の主張は、上記(4)のとおり採用できないから、請求人の上記主張はその前提を欠くものである。
(6) 以上から、本件値上がり益相当額は、請求人に係る譲渡所得の課税対象であり、請求人の平成21年分の所得税の納付すべき税額を計算すると、本件更正処分の金額と同額となるから、本件更正処分は適法である。
(7) 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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