(平成23年12月8日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、平成19年中に死亡したD(以下「本件被相続人」という。)の共同相続人の一人である審査請求人(以下「請求人」という。)が、本件被相続人に係る平成19年分の所得税の確定申告書を提出しなかったところ、原処分庁が、請求人は、当該確定申告書を提出する義務がある上、本件被相続人に課されるべき所得税の額のうち、請求人の法定相続分によりあん分して計算した額を承継するとして、所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、自らの相続分は遺言により零と指定されており、承継する納付すべき所得税の額はないとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 請求人の平成19年分の所得税についての審査請求(平成23年3月2日請求)に至る経緯は、別表1のとおりである。

(3) 関係法令の要旨

 別紙4のとおり。

(4) 基礎事実

イ 本件被相続人は、平成19年12月○日に死亡した。
ロ 請求人は、本件被相続人の子であるT(旧姓○○)(平成元年4月○日に死亡)の子であり、本件被相続人の代襲相続人である。
ハ 本件被相続人の共同相続人は、本件被相続人の配偶者であるE、並びに本件被相続人の子であるF、G、H及びJ(旧姓○○)(以下、この5名を併せて「本件他の相続人5名」という。)と本件被相続人の孫である請求人の合計6名である。
ニ 本件被相続人は、生前、自らが所有する財産の相続について、平成3年1月28日付で別紙1のとおりの公正証書遺言をし、その後、当該所有財産のうち同人が代表者である法人の株式などの相続について、平成5年4月18日付で別紙2のとおりの自筆証書遺言をし、前の遺言の一部を撤回した(以下、これらの遺言を併せて「本件遺言」といい、本件遺言に係る各遺言書を併せて「本件遺言書」という。)。
 なお、上記自筆証書遺言に係る遺言書は、保管者であるEの申立てにより、平成20年3月○日、K家庭裁判所に提出され、検認の手続を経た。
ホ 請求人は、本件遺言に係る遺言執行者からの連絡により、本件遺言の内容を知った。そして、請求人は、本件遺言書には、本件被相続人の財産全部を本件他の相続人5名に相続させる旨の記載があるのみで、請求人に関する記載がなかったことから、自己の遺留分が侵害されているとして、平成20年3月26日付の内容証明郵便により、本件他の相続人5名に対し、遺留分減殺請求をした。
ヘ その後、請求人は、平成20年7月○日、本件他の相続人5名を相手方として、L家庭裁判所に遺留分減殺による遺留分の回復を求める家事調停を申し立てたが、当該家事調停が成立せず終了したことから、平成21年12月○日、E、G及びHの3名を被告として、遺留分の回復を求める訴訟をL地方裁判所に提起した。当該訴訟は、現在も、同裁判所に係属中である。
ト 請求人は、本件被相続人に係る平成19年分の所得税の確定申告書を提出しなかった。
 M税務署長は、これに対し、原処分庁所属の調査担当職員の調査に基づき、請求人は、所得税法第125条《年の中途で死亡した場合の確定申告》第1項の規定により、上記の確定申告書を提出する義務がある上、国税通則法(以下「通則法」という。)第5条《相続による国税の納税義務の承継》第1項及び第2項の規定により、本件被相続人に課されるべき平成19年分の所得税を納める義務を承継し、その結果、請求人が承継する納付すべき税額は、本件被相続人に係る納付すべき所得税の額のうち、請求人の法定相続分(10分の1)によりあん分して計算した額であるとして、平成22年11月9日付で、別表1の「決定処分等」欄のとおり、本件被相続人に係る納付すべき税額及び請求人の承継する納付すべき税額を算定して、平成19年分の所得税の決定処分(以下「本件決定処分」という。)をするとともに、その請求人の納付すべき税額を基に算定した無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

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2 争点

 本件被相続人に係る平成19年分の納付すべき所得税の額のうち、請求人が承継する納付すべき税額は、法定相続分によりあん分して計算した額であるか、それとも遺言により指定された相続分によりあん分して計算した額であるか。

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3 主張

(1) 原処分庁

 本件遺言は、本件被相続人が特定の財産を特定の相続人に対して相続させる趣旨のものであるから、民法第902条《遺言による相続分の指定》に規定する、遺言により相続分を指定したものではなく、民法第908条《遺産の分割方法の指定及び遺産の分割の禁止》に規定する、遺産の分割の方法を指定したものと解するのが相当である。
 したがって、請求人が承継する納付すべき所得税の額は、民法第900条《法定相続分》及び第901条《代襲相続人の相続分》の規定により、請求人の法定相続分(10分の1)によりあん分して計算した額である。

(2) 請求人

 請求人は、本件遺言により遺産の割当てから完全に排除されているから、本件遺言の内容が、遺産の分割の方法を指定したものと解されるとしても、併せて請求人の相続分を零とする指定もされたものと解すべきである。
 したがって、請求人が承継する納付すべき税額は、本件遺言により指定された相続分(零)によりあん分して計算した額であり、零となる。
 なお、請求人は、遺留分減殺請求をしているが、この事実は、本件遺言により指定された請求人の相続分が零であることに影響を与えるものではなく、当該減殺請求以後も、請求人の承継する納付すべき税額が零であることに変わりはない。

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4 判断

(1) 本件遺言による相続分の指定の有無について

イ 遺言の解釈に当たっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するに当たっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解される(最高裁判所昭和58年3月18日第二小法廷判決・裁判集民事138号277頁参照)。
ロ これを本件についてみると、本件遺言書には、別紙1及び別紙2のとおり、本件被相続人が所有する特定の不動産(宅地及び居宅)を本件他の相続人5名のうち4名にそれぞれ相続させる旨(公正証書遺言の第1条ないし第4条)、本件被相続人に属する現金及び預貯金債権を本件他の相続人5名に均等に相続させる旨(同第5条)、本件被相続人が代表者である法人の株式などを本件他の相続人5名のうち4名に等分に配分する旨(自筆証書遺言の1)、その他の遺産全部を配偶者であるEに相続させる旨(公正証書遺言の第6条)が記載されており、請求人に関する記載は何もない。すなわち、本件遺言書の内容は、本件被相続人が、自らの所有する財産全部を、本件他の相続人5名に対し、残さず割り当てたものであり、その結果、本件他の相続人5名の中に、その法定相続分を超える財産を割り当てられた者がいることは、明らかである。
 このことに関して、遺言執行者である弁護士は、当審判所に対し、「本件被相続人は、生前、請求人には財産を相続させたくないと言っていた。」旨を答述した。
 上記の答述内容と本件遺言書の内容を併せ考えると、本件被相続人は、代襲相続人たる請求人の存在を知りながら、その法定相続分はもとより遺留分をも侵害することを承知の上で、あえて本件遺言書に請求人に関する記載をしないことにより、本件被相続人の所有する財産全部を、本件他の相続人5名のみに「相続させる」こととし、請求人に対しては当該財産を一切相続させない意思を表したものと認められる。
ハ また、遺言書において、特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合、まる1遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる趣旨の遺産の分割の方法を定めたものと解するのが、当然の合理的な意思解釈というべきであるし、また、まる2遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解される(最高裁判所平成3年4月19日第二小法廷判決・民集45巻4号477頁参照)。
 このことを踏まえると、本件遺言書の内容は、請求人を除く本件他の相続人5名に対し、本件被相続人の所有する特定の財産を、特定の一人の相続人又は特定の複数の相続人に割り当てるというものであるから、本件被相続人は、本件遺言により、その所有する財産全部について、請求人を除く本件他の相続人5名のいずれかの者に確定的に帰属させるという遺産の分割の方法を定めるとともに、請求人を除く本件他の相続人5名に対し、それぞれの法定相続分とは異なる相続分を定めたものと解するのが、合理的である。
ニ そうすると、本件遺言は、本件遺言書に請求人の相続分に関する記載がないものの、本件被相続人が、請求人の相続分を零と定めたものと解するのが相当である。

(2) 遺留分減殺請求による請求人の指定された相続分(零)への影響について

イ 被相続人は、遺言により相続分の指定をすることもできるが(民法第902条第1項本文)、共同相続人のある者に対し、他の共同相続人の遺留分を侵害する結果となる指定をした場合には、この相続分の指定そのものが減殺の対象となると解される(同項ただし書)。このことは、遺産の分割の方法の指定を併せ含む相続分の指定がなされた場合も同様である。遺言により遺留分を侵害する相続分の指定があった場合、被相続人が残した財産の一定部分は、もともと遺留分という性質を有するものであり、遺留分減殺請求の意思表示があれば、遺留分を侵害する限度において相続分の指定は失効し、減殺請求をした遺留分権利者にその侵害された遺留分の限度での被相続人の残した財産に関する持分が当然に帰属するものと解される(遺留分を侵害する遺贈又は贈与がなされた場合についての最高裁判所昭和41年7月14日第一小法廷判決・民集20巻6号1183頁、同昭和51年8月30日第二小法廷判決・民集30巻7号768頁等を参照)。そして、その結果、減殺請求をした遺留分権利者の遺言により指定された相続分は、遺留分の限度で修正されることになると解される。
ロ これを本件についてみると、上記1の(4)のハのとおり、本件被相続人の共同相続人は、配偶者等の合計6名であるから、遺留分権利者全体の遺留分(いわゆる総体的・集団的遺留分)の割合は2分の1であり(民法第1028条《遺留分権利者とその遺留分》第2号)、また、遺留分権利者である請求人の遺留分(いわゆる個別的遺留分)は、上記全体の遺留分の割合を請求人の法定相続分10分の1の割合に応じて配分した20分の1である(民法第1044条《代襲相続及び相続分の規定の準用》により準用される民法第901条第1項、並びに民法第900条第1号及び第4号)。
 そして、請求人は、上記(1)のニのとおり、本件被相続人が、本件遺言により、請求人の相続分を零と定めたのに対し、上記1の(4)のホのとおり、請求人の遺留分が侵害されているとして、本件他の相続人5名に対し、遺留分減殺請求をしたのであるから、請求人は、当該減殺請求により、自らの侵害された遺留分の限度(20分の1)での本件被相続人の残した財産に関する持分を取得し、その結果、請求人の本件遺言により指定された相続分は20分の1に修正されたと解される。
ハ したがって、民法第902条の規定による、請求人の指定された相続分は、20分の1である。

(3) 請求人が承継する納付すべき税額について

 通則法第5条第2項は、相続人が2人以上あるときにおける各相続人が承継する、被相続人に課されるべき国税の額は、当該国税の額を民法第900条から第902条までの規定によるその相続分によりあん分して計算した額とする旨規定し、所得税法施行令第263条《死亡の場合の確定申告の特例》第1項は、所得税法第125条第1項の規定による申告書には、同法施行規則第49条《死亡の場合の確定申告書の記載事項》に規定する、各相続人の氏名及び住所、被相続人との続柄、民法第900条から第902条までの規定によるその相続分、相続人が2人以上ある場合には所得税法第120条《確定所得申告》第1項第3号に掲げる所得税の額を各相続人の相続分によりあん分して計算した額に相当する所得税の額などを記載しなければならない旨規定しているところ、上記(2)のハのとおり、請求人の指定された相続分は20分の1であるから、本件被相続人に係る平成19年分の納付すべき所得税の額のうち、請求人が承継する納付すべき税額は、本件遺言により指定された当該相続分(20分の1)によりあん分して計算した額である。

(4) 本件決定処分について

 以上の結果、本件被相続人に係る平成19年分の所得税について、請求人が承継する納付すべき税額を、本件被相続人に係る納付すべき所得税の額を基に、請求人の指定された相続分(20分の1)によりあん分して計算すると、別表2の「審判所認定額」欄のとおり○○○○円となり、この金額は本件決定処分の額を下回る。
 したがって、本件決定処分は、別紙3「取消額等計算書」のとおり、その一部を取り消すべきである。

(5) 本件賦課決定処分について

 本件賦課決定処分は、原処分庁が、請求人が本件被相続人に係る平成19年分の所得税の確定申告書を提出していなかったとして行った本件決定処分に併せて行った処分であり、本件において法定申告期限までに当該確定申告書の提出がなかったことについて、通則法第66条《無申告加算税》第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるとは認められないから、本件賦課決定処分をしたこと自体は適法である。しかし、本件決定処分は、上記(4)のとおり、その一部を取り消すべきであるから、これに伴い、無申告加算税の額を計算すると、別表2「審判所認定額」欄のとおり○○○○円となり、この金額は本件賦課決定処分の額を下回ることとなる。
 したがって、本件賦課決定処分は、別紙3「取消額等計算書」のとおり、その一部を取り消すべきである。

(6) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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