(平成24年2月8日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、時効取得を原因とする所有権移転登記手続を請求する訴訟を提起し、その請求が認められた土地の取得について、原処分庁が、時効取得したもので一時所得に該当するとして所得税の更正処分等を行ったのに対し、請求人が、相続により取得しており当該訴訟は便宜的なもので一時所得は発生しないとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 審査請求(平成23年3月26日請求)に至る経緯は、別表1のとおりである。

(3) 関係法令の要旨

イ 所得税法第34条《一時所得》第1項は、一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう旨、また、同条第2項は、一時所得の金額は、その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し、その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額とする旨それぞれ規定している。
ロ 所得税法第36条《収入金額》第1項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする旨規定している。
ハ 民法第145条《時効の援用》は、時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない旨規定している。
ニ 民法第162条《所有権の取得時効》第1項は、20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する旨規定している。
ホ 自作農創設特別措置法(昭和21年法律第43号。昭和27年10月21日廃止のもの。以下「自創法」という。)第16条第1項は、政府は、政府の買収した農地及び政府の所有する農地を、その買収の時期において当該農地に就き耕作の業務を営む小作農等で自作農として農業に精進する見込のあるものに売り渡す旨規定している。

(4) 基礎事実

 次の事実については、請求人及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査の結果によっても、その事実が認められる。
イ 請求人の親族関係は、別表2のとおりであり、請求人は平成21年5月○日に死亡したCの妻であり、請求人の子であるD、E及びFとともにCの相続人である(以下、請求人及びその子3人を併せて「相続人ら」という。)。
 なお、Cは、昭和47年8月○日に死亡した継母であるGとは養子縁組をしておらず、Gの法定相続人には該当しない。
ロ a市c町○−○の田1反5畝16歩(1,540平方メートル)(以下「本件農地」という。)は、昭和22年11月18日自創法第16条の規定による売渡を原因として、昭和25年7月16日付でGを所有者とする所有権移転登記がなされた。
ハ 本件農地は、別表3のとおり、分筆、買収、売買等が行われ、その残余土地が、a市c町○−○の宅地599.05平方メートル及び同所○番○の宅地225.65平方メートル(以下、これらを併せて「本件土地」という。)で、本件土地の登記簿上の所有者はGが死亡した後も同人名義のままであった。
ニ 相続人らは、平成21年9月○日、H地方裁判所に対し、Gの法定相続人であるJほか25名を被告(以下「被告ら」という。)として、本件土地につき昭和42年12月31日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を請求する訴訟(以下「本件訴訟」という。)の提起において、本件土地のCによる取得時効を援用した。
ホ 本件訴訟については、平成21年12月○日、H地方裁判所において、本件土地に係る相続人ら各人の持分につき、昭和42年12月31日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を被告らに命ずる判決(以下「本件判決」という。)が言い渡され、平成22年1月○日、控訴期間の満了により確定した。
ヘ 請求人は、異議審理庁に対して、本件訴訟に係る費用として、弁護士であるLからの平成21年8月19日付の1,000,000円及び平成22年2月10日付の報酬金と記載された700,000円の領収証の写し並びに被告らのうち6名からの平成21年12月11日付の和解金と記載された500,000円の領収書の写しをそれぞれ提出した(以下、これら3件の支払を「本件支払」という。)。

(5) 争点

 請求人の本件土地の取得を、一時所得として課税したことは適法か否か。

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2 主張

原処分庁 請求人
(1) 請求人は、取得時効を理由として本件訴訟を提起し、本件土地を時効取得したものである。
 そして、請求人は、本件農地について、自創法による国からの売渡時にG名義を借用して登記したとするが、そのことを証する根拠がないことから、本件土地の真実の所有者は、登記名義のとおりGである。
 したがって、請求人は、訴状による時効の援用により、本件土地を取得したものであるため、本件土地の取得に係る利得を一時所得として課税したことは適法である。
(1) 請求人が、取得時効を理由として本件訴訟により所有権移転登記手続を求めたのは、便宜的なものであり、実際にはCから本件土地を相続により取得していたものである。
 すなわち、本件農地について、Cが、同人の父からの家督相続により小作権を相続した後、国からの売渡時の買受人名を、Cとすべきところ、同人が未成年のため、G名義を借用して登記したもので、本件土地の真実の所有者はGではなくCである。
 したがって、請求人は、本件土地を時効取得したものではないため、一時所得が発生していないにもかかわらず課税したことは違法である。
(2) 本件支払は、所得税法第34条第2項に規定する一時所得の金額の計算上、収入を得るために支出した金額には当たらないので、総収入金額から控除できない。
 なお、本件判決によると、訴訟費用については、被告らが負担することになっており、原告である請求人が負担すべきものはない。
(2) 仮に、本件土地の取得が一時所得として課税される場合は、本件支払は、一時所得の金額の計算上、収入を得るために支出した金額として、総収入金額から控除できる。

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3 判断

(1) 認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 戸籍によれば、Cは、昭和21年9月○日、Lの死亡により家督相続した。
ロ 本件農地に係る登記の状況は、別表3のとおりであり、a市c町○−○の土地は昭和37年3月15日に買収によりd県へ、同所○番○の土地は昭和38年6月6日に売買によりMへ、同所○番○の土地は昭和41年10月6日に売買によりNへ、それぞれGから所有権移転登記がなされた。
ハ 本件土地には、別表4のとおり、Gを債務者とする根抵当権が設定されていた。
ニ 請求人の当審判所に対する答述によると、本件土地の不動産収入に係る所得税の確定申告は、Gが死亡するまでは同人が、G死亡後はCが、そして、C死亡後は請求人がそれぞれ行っていた。
ホ Eの当審判所に対する答述によると、Lは本件農地において小作農をしており、L死亡後は、G及びCが本件農地を耕作していた。
ヘ 国からの売渡時に、Cが未成年のため、G名義を借用して所有権移転登記したことに係る証拠書類はない。

(2) 本件土地に係る名義について

 請求人は、CがLからの家督相続により本件農地に係る小作権を相続した後、国からの売渡時に同人が未成年のため、G名義を借用して登記したもので、真実の所有者はCであるから、本件土地は、請求人がCから相続により取得していたものである旨主張する。
 しかしながら、上記(1)のロ及びハのとおり、本件農地に係る取引の当事者及び本件土地に係る根抵当権の債務者は、いずれもGであり、さらに、上記(1)のニのとおり、本件土地の不動産収入に係る所得税の確定申告を、G、C、そして、請求人が順次行っていたことからすると、Gは生存中、本件土地を自己の責任により管理し、使用収益していたと認めるのが相当である。
 また、上記(1)のイのとおり、Cが家督相続している事実は認められるものの、上記1の(4)のロのとおり、本件農地について、自創法第16条の規定による売渡を原因としてGを所有者とする所有権移転登記がなされており、上記(1)のホのとおり、Gは、Lの死亡後、本件農地を耕作していたことからすると、Gは、自創法第16条第1項に規定する買受人の資格を有する者であったと推認される。
 加えて、上記(1)のヘのとおり、国からの売渡時にG名義を借用して登記したことを裏付ける証拠は認められない。
 そうすると、Cから相続により取得していたとする請求人の主張には理由がなく、本件土地は、登記簿上の所有者であるGが実質的に所有していたものと認めるのが相当である。

(3) 本件土地の時効取得について

 民法第145条及び第162条の規定によれば、時効取得は、所有の意思をもって平穏に、かつ、公然と資産を20年間占有し、取得時効を援用することにより当該資産の所有権を取得するものであることから、請求人は、本件土地について、本件訴訟を提起し取得時効を援用することにより所有権を取得し、それに伴う経済的利益を得たものと認められる。
 そして、本件土地の時効取得に伴う経済的利益は、所得税法上、取得時効の援用によって得た一時的、臨時的なものであり、かつ、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないと認められるので、所得税法第34条第1項に規定する一時所得に該当することとなる。
 また、上記1の(3)のロのとおり、所得税法第36条第1項に規定する「その年において収入すべき金額」とは、その収入する権利の確定した金額をいうことから、時効取得に伴う経済的利益は、時効の援用をしたときの属する年分の一時所得の収入金額に該当すると解すべきである。
 そうすると、上記1の(4)のニのとおり、請求人は、平成21年9月○日に本件訴訟を提起し取得時効を援用していることから、本件土地の時効取得に伴う経済的利益は、時効の援用がされた年分である平成21年分の一時所得の収入金額に該当すると認められる。

(4) 本件支払について

 請求人は、仮に、本件土地の取得が一時所得に該当する場合、上記1の(4)のヘのとおり、本件支払について本件訴訟に係る費用であるとして、一時所得の金額の計算上、収入を得るために支出した金額として総収入金額から控除できる旨主張する。
 ところで、上記1の(3)のイのとおり、所得税法第34条第2項に規定する一時所得の金額の計算上控除する「その収入を得るために支出した金額」とは、一時所得の収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限るとしている。
 そうすると、時効取得による一時所得の金額の計算上、総収入金額から控除できる金額は、取得時効の援用の意思表示を相手方へ明らかにするために直接要した費用のみであり、本件支払は、登記の変更を求めるためのもので取得時効の援用の意思表示を明らかにするために直接要した費用とは認められないことから、一時所得の収入を得るために支出した金額には当たらず、請求人の主張には理由がない。

(5) 更正処分について

 以上のとおり、原処分庁が、請求人の本件土地の時効取得に伴う経済的利益を、一時所得に該当するとして行った平成21年分の所得税の更正処分は適法であり、また、当審判所の調査の結果によれば、同更正処分に係る総所得金額及び納付すべき税額は、いずれも適正に算定されていると認められる。

(6) 過少申告加算税の賦課決定処分について

 上記(5)のとおり、平成21年分の所得税の更正処分は適法であり、また、請求人には、同更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づきされた平成21年分の所得税の過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

(7) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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