(平成25年6月19日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)の平成20年分の所得税について、原処分庁が、請求人は保有する社債の換金手続(redemption)により生じた所得を雑所得として申告していなかったとして更正処分等をしたのに対し、請求人が、当該換金手続は社債の譲渡に当たり、これにより生じた所得については所得税を課さないとされているとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯等

 請求人の審査請求(平成24年6月26日請求)に至る経緯等は、別表1のとおりである。
 なお、請求人は、平成22年11月3日に住所をa県e市f町○−○から同b市g町○−○(前住所地)へ異動し、その後、平成23年2月6日に前住所地から肩書地へ異動した。
 以下、平成24年2月28日付でされた、平成20年分の所得税の更正処分を「本件更正処分」といい、同年分の所得税に係る過少申告加算税の賦課決定処分を「本件賦課決定処分」という。

(3) 関係法令の要旨

イ 所得税法第35条《雑所得》第1項は、雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう旨規定している。
ロ 租税特別措置法(平成22年法律第6号による改正前のもの。以下同じ。)第37条の15《公社債等の譲渡等による所得の課税の特例》第1項第1号は、公社債の譲渡による所得については、所得税を課さない旨規定している。
ハ 国税通則法(以下「通則法」という。)第65条《過少申告加算税》第1項は、期限内申告書が提出された場合において、更正があったときは、当該納税者に対し、その更正により納付すべき税額に100分の10の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税を課する旨規定している。
 また、通則法第65条第2項は、同条第1項の規定に該当する場合において、同項に規定する納付すべき税額がその国税に係る期限内申告税額に相当する金額と50万円とのいずれか多い金額を超えるときは、同項の過少申告加算税の額は、同項の規定にかかわらず、同項の規定により計算した金額に、当該超える部分に相当する税額に100分の5の割合を乗じて計算した金額を加算した金額とする旨規定している。
ニ 通則法第65条第4項は、同条第1項又は第2項に規定する納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちにその更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められるものがある場合には、これらの項に規定する納付すべき税額からその正当な理由があると認められる事実に基づく税額として政令で定めるところにより計算した金額を控除して、これらの項の規定を適用する旨規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いはなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、2001年(平成13年)10月4日、J銀行a支店からL銀行h支店に送金しているところ、J銀行が請求人に交付した「電信送金/送金小切手依頼書兼告知書」と題する書面には、要旨次のとおり記載されている。
(イ) 送金外貨額 200,000.00ユーロ
(ロ) 円貨相当額 22,216,000円
(ハ) 換算率 111.08円/ユーロ
(ニ) 受取人 N社-EUR-CLASS
(ホ) 送金目的 SECURITIES INVESTMENT
ロ N社(○○国法人)が請求人に交付した2001年(平成13年)11月27日付の「N社 CONTRACT NOTE」と題する書面には、要旨次のとおり記載されている。
 なお、以下、請求人が当該書面の通知を受けて取得した社債を、「本件社債」という。
(イ) 約定日(Contract Date) 2001年(平成13年)10月19日
(ロ) 受取金額(Amount Received in EUR) 200,000.00ユーロ
(ハ) 利子の付加(Interest Added) 229.17ユーロ
(ニ) 社債1単位当たりの金額(Price per Bond in EUR) 1.0000ユーロ
(ホ) 社債単位数(Number of Bonds) 200,XXX
(ヘ) 投資金額合計(Total Consideration Invested) 200,XXX.00ユーロ
(ト) N社は、本件社債について請求人の名義で登録されたことを確認した。
ハ 請求人は、要旨次のとおり記載された2008年(平成20年)6月10日付の「Redemption instruction confirmation」と題する書面を、N社から交付された。
(イ) N社は、P社(株主業務エージェント(Shareholder Services Agent))を通じて、次のとおり、請求人からの「redemption」の申込みがあったことを確認した。
A 商品(Product) N社-EUR
B ユニット数(No. of Units) 200,XXX
(ロ) 上記(イ)の「redemption」は、本件社債の目論見書(the prospectus)である「N社 A GUARANTEED BOND STRUCTURE」(以下「本件目論見書」という。)に従って、次の取引日である2008年(平成20年)7月1日に手続を行う。
(ハ) N社は、金額の算定に必要な情報を受け取り次第、請求人の指示に従って、「redemption」金額を支払う。
ニ 請求人は、上記ハの(イ)の申込みに基づく本件社債の「redemption」(以下「本件取引」という。)の内容について、要旨次のとおり記載された「Contract note-redemption」と題する書面を、N社から交付された。
(イ) 約定日(Dealing date) 2008年(平成20年)7月1日
(ロ) 取引実行日(Execution date) 2008年(平成20年)7月17日
(ハ) 決済日(Settlement date) 2008年(平成20年)7月24日
(ニ) 取引数量(Quantity) 200,XXX
(ホ) 取引価額(Price) 1.4XXXユーロ
(ヘ) 取引金額(Amount) 287,596.01ユーロ
ホ Q銀行が請求人に交付した2008年(平成20年)7月22日付の「外国送金到着のご案内」及び「被仕向送金取扱計算書」と題する各書面には、要旨次のとおり記載されている。
(イ) 受取人 請求人
(ロ) 送金人 N社
(ハ) 送金額(外貨額) 287,596.01ユーロ
(ニ) 適用レート 167.7400円/ユーロ
(ホ) 円貨決済額 48,241,354円

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2 争点

(1) 争点1 本件取引は、社債の償還に当たるか、あるいは社債の譲渡に当たるか。
(2) 争点2 仮に、本件取引が社債の償還に当たり、これによる所得が課税されるとした場合、請求人が過少申告であったことについて、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当するか否か。

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3 主張

(1) 争点1(本件取引は、社債の償還に当たるか、あるいは社債の譲渡に当たるか。)について

原処分庁 請求人
イ 本件取引は、本件目論見書に定める償還手続(Procedure for Redemption)である償還期限の到来前の償還の手続に従い、請求人の申出に基づいて行われ、これによりN社と請求人との債権債務(社債法律)関係は終了していることから、N社は、債務の本旨に従った弁済行為として確定的に社債法律関係を終了させる意思を有していた。加えて、本件社債の償還金額は、本件目論見書の定めに基づき、償還が行われた取引日直前の価値評価日における1社債当たりの純資産価額を参考に算出されていることからすれば、本件取引は、社債の償還に当たると評価するのが相当である。
ロ なお、租税特別措置法第37条の15第1項第1号の規定の趣旨は、公社債の値上がり益は経過利子を反映した部分が多く、また、公社債を譲渡した時点での経過利子に対する所得税相当額は、譲渡した者が実質的に負担するのが取引の実務であることから、当該所得が非課税とされているものと解されているところ、本件社債の償還金額は上記イのとおり算出されており、当該規定の趣旨に当てはまるものではなく、この点からも、本件取引が社債の譲渡であるとは認められず、社債の償還に当たる。
イ 本件取引は、満期償還に伴う償還手続に従ってされたものではなく、請求人が、N社のホームページに公表されている買入価格を基に売却の意思決定を行い、N社にその旨を申し出て、本件社債の売却が行われたものであるから、請求人からの申込みにより、N社が一定の価格で取得することに同意して行われた取引であるとみることができ、正に本件取引は、請求人の個別の同意に基づく売却である。そして、請求人は、N社が提供する買入価格に納得しない場合には、取引が行われないところ、本件取引においては、N社が公表した買入価格に請求人が合意した上での金額で行われたことから、本件取引は、N社による社債の任意買入れにほかならず、社債の譲渡に当たる。
ロ なお、仮に、原処分庁が、買入価格の算出について、あらかじめ本件目論見書に定められた計算方法によることをもって、本件取引が社債の償還であることの理由である旨主張するのであれば、相手方となり得る者が多数存在する社債の任意買入れにおいて、売買契約の一方当事者であるN社があらかじめ任意の金額を定めておくことは、極めて合理的であり、これをもって本件取引が社債の償還であるということはできないから、原処分庁の認定には根拠がない。

(2) 争点2(仮に、本件取引が社債の償還に当たり、これによる所得が課税されるとした場合、請求人が過少申告であったことについて、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当するか否か。)について

請求人 原処分庁
イ 税務官庁の解釈がいまだ確定しておらず、納税者が合理的な判断によって課税の有無を判断しようとしても、一義的な判断が困難と認められる場合は、租税法律主義の趣旨に鑑みて、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当すると考えられる。
ロ 本件取引が社債の償還と譲渡のいずれに当たるかについて、原処分庁は、国税庁の判断を仰ぐとして検討に2年もの時間をかけており、このことは、税務官庁の解釈がいまだ確定していないことを示すものであるから、請求人が過少申告であったことについて、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当する。
イ 通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」とは、税法の解釈に関して、申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い修正申告又は更正を受けた場合など、申告当時に適法とみられた申告が、その後の事情の変更により、納税者の故意又は過失に基づかずに過少申告となった場合のように、過少申告が真にやむを得ない理由によるものであり、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当若しくは酷になる場合をいうものと解される。
ロ 請求人が主張する事情は、上記イに該当するとは認められないから、請求人が過少申告であったことについて、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当しない。

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4 判断

(1) 争点1(本件取引は、社債の償還に当たるか、あるいは社債の譲渡に当たるか。)について

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、本件目論見書には、要旨次のとおり定められていることが認められる。なお、要旨の文言は、基本的に証拠資料の翻訳文に基づき、必要に応じ補足したものであるところ、本件では当該目論見書に記載された「redemption」及び「redeem」(「redemption」の動詞形)の意義(償還又は譲渡)が争われていることから、同「redemption」及び「redeem」については原文(英単語)のまま記載している。
(イ) 購入価格(Purchase Price)
 募集期間中の社債の購入価格は、1社債当たり1ユーロである。
(ロ) 報告(Reporting)
 社債の資産価値は毎月評価され、社債保有者は毎月の評価額を提供する月次報告を受ける。
 R社(投資運用会社(Investment Manager))は、自社のウェブサイトを通じて直接上記評価額を提供する。
(ハ) 申込みの手続(Procedure for Applications)
 社債の申込みは、2001年(平成13年)8月27日午前9時(○○国時間)から同年10月5日午後5時(同時間)までに、申込用紙を株主業務エージェントに送付することにより行う。
 申込みが無事成立した者には、「Contract Note」(契約報告書)が登録機関より発行される。
 申込者は、最低50,000ユーロから申し込み、それを上回る場合は10社債の倍数単位で申し込む。
(ニ) 応募口座(Subscription Account)
 N社は、i島のL銀行に利子付きの応募口座を開設している。応募口座に預けられた資金は、社債未発行の応募者のために第三者に預託される。応募口座の資金には利子が付く。応募者に配分される社債数を調整し、経過利子を反映する。社債発行時に応募口座の貸方にある全ての資金は完全にN社の所有になるものとする。
 最低募集金額(10,000,000ユーロ)が集まらなかった結果として、目論見書に従いN社が社債を発行しない場合には、申込金は全て手数料を差し引き、経過利子がある場合はこれとともに申込者に返金されるものとする。
(ホ) 社債の譲渡(Transfer of Bonds)
 決済システムであるユーロクリア(Euroclear)又はクリアストリーム(Clearstream)に自己の勘定を保有する直接の参加者(Direct Participants)間の譲渡は、該当する決済システムの通常のルール及び運用手順に従う。
 また、受益権を有する社債保有者(Beneficial Bondholders)には、通常又は共通の様式で、譲渡人又は譲渡人の代理人により署名された書面による文書をもって、社債を譲渡する権利が与えられている。
(ヘ) 「redemption」の手続(Procedure for Redemption)
 社債が「redeem」される初回取引日は、2001年(平成13年)12月の最初の営業日である。社債保有者は、社債の「redemption」を行う取引日の前暦月の最終営業日の16日前に、書面により通知することにより「redemption」することができる。
 「redemption」の対象となる社債の数は、額面価格の合計が最低「redemption」金額(20,000ユーロ)以上に相当する数以上でなければならず、「redemption」の結果、社債保有者が保有する額面価格の合計が最低保有数(50,000単位)以下になってはならない。
 「redemption」される各社債に支払われる「redemption」価額は、「redemption」が行われる取引日直前の価値評価日における1社債当たりの純資産価額を参考にして計算され、社債発行後6年間は後記(ト)に定める手数料が差し引かれる。
 なお、2008年(平成20年)6月30日(価値評価日)における評価額は1.4XXXユーロであるとして、上記(ロ)のウェブサイトに公表されている。
(ト) 社債の期限前「redemption」の手数料(Fee for Early Redemption of Bonds)
 満期日に確実に保証が提供されるという前提で、社債は財力があり満期日まで社債を保有したいと望む投資家による購入を意図している。募集期間中の全てのマーケティング及び関連費用は、取次ブローカーが負担する。N社は、かかる費用をいずれも負担しない。したがって、2007年(平成19年)11月30日前の取引日の「redemption」の場合、「redemption」される社債の「redemption」価額は、以下のとおりの期限前「redemption」の手数料を差し引いて、N社が社債保有者に支払い、当該手数料は、主に上記のマーケティング費用を補償するために取次ブローカーに支払われる。

以下の日付前の取引日の「redemption」 1社債当たりの期限前「redemption」の手数料
2003年(平成15年)11月30日 1社債当たり純資産価額の○○%
2005年(平成17年)11月30日 1社債当たり純資産価額の○○%
2007年(平成19年)11月30日 1社債当たり純資産価額の○○%

 2007年(平成19年)11月30日以降の取引日の「redemption」については、いかなる「redemption」手数料も生じない。
 N社は、社債保有者の「redemption」対象社債の購入をあっせんすることができる。その場合は、このような期限前「redemption」は実際には行われないこととなるが、この場合であっても、「redemption」が行われたとしたならば受け取ることができるであろう収入金額と同額の金額を受け取るであろう(つまり、1単位当たりの純資産価額から上記の手数料相当分を差し引いた金額で払戻しが行われる。)。このような場合、上記の手数料は、取次ブローカーに対する管理費用の支弁として支払われることとなる。
 社債発行に関する約款に従い、「redemption」請求によって、N社には、「redemption」請求の対象とされる社債の全部又は一部の移転を有効に行う権限が自動的に付与される。かかる社債の全部又は一部が移転・売却された場合に社債保有者に支払われる金額は、「redemption」が行われるに際して支払われる金額(上記の「redemption」手数料を差し引いた金額)と常に同額となるものとする。
(チ) 満期での社債の「redemption」(Redemption of Bonds at Maturity)
 社債は、原則として、2013年(平成25年)3月31日に満期となる。
(リ) 社債の強制「redemption」(Compulsory Redemption of Bonds)
 社債発行に関する約款に従い、N社は、取締役らの自由選択で社債が附属書類2のセクション8で定義される非適格者により獲得又は保有される場合、かかる社債の「redemption」(又は譲渡)を請求する権利を有する。
(ヌ) 附属書類2のセクション1「法人格の付与」(Incorporation)
 N社を組織し法人化する主な目的の一つに、投資持株会社の業務の遂行を掲げ、かかる目的により、社債の認可、発行、提供、販売、送付、そして社債の譲渡、「redeem」、購入(to transfer、redeem and purchase Bonds)を行う。
ロ 検討
(イ) 本件取引と本件目論見書について
 本件目論見書、「Redemption instruction confirmation」と題する書面(上記1の(4)のハ)及び「Contract note-redemption」と題する書面(同ニ)によれば、N社は、請求人からの「redemption」請求を受け、その約定日(Dealing date)である2008年(平成20年)7月1日において、社債の「redemption」を行ったと認められる。
 そして、N社が、上記の請求に基づき、満期前に社債の「redemption」を行うという取引自体、上記イの(ヘ)のとおり、本件目論見書に定められた手続(Procedure for Redemption)に基づくものである上に、請求人が本件社債を取得してから上記「redemption」が行われるまでの間の取引も、次のとおり、本件目論見書の定めに基づいて順次実行されたと認められる。
A 請求人が社債金額の払込みをした日、払込方法及びその払込先は、上記イの(ハ)及び(ニ)のとおり、本件目論見書の「申込みの手続」(Procedure for Applications)及び「応募口座」(Subscription Account)に定められた、送金期限(2001年(平成13年)10月5日)前の同月4日に、L銀行h支店のN社名義の応募口座(Subscription Account)へ送金されていること。
B 社債1単位当たりの取得価格は、上記イの(イ)のとおり、本件目論見書の「購入価格」(Purchase Price)に定められた、1単位当たり1ユーロであること。
C 請求人の取得した社債は、上記イの(ハ)のとおり、本件目論見書の「申込みの手続」(Procedure for Applications)に定められた、最低取得単位の50,000単位を上回っていること。
D 請求人は、上記イの(ハ)のとおり、本件目論見書の「申込みの手続」(Procedure for Applications)に定められた、本件社債の申込みをした後に、取得した社債単位数等が記載された「Contract Note」(契約報告書)の交付を受けたこと。
E R社(投資運用会社(Investment Manager))は、上記イの(ロ)のとおり、本件目論見書の「報告」(Reporting)に定められた、自社のウェブサイトに本件社債の評価額を公表していること。そして、請求人の「redemption」の取引価額が、上記1の(4)のニの(ホ)のとおり、1.4XXXユーロであるところ、上記イの(ヘ)のとおり、その取引日直前の価値評価日である2008年(平成20年)6月30日の評価額として上記ウェブサイトに公表された額と同額であること。
F 上記イの(ト)のとおり、本件目論見書の「社債の期限前『redemption』の手数料」(Fee for Early Redemption of Bonds)の定めによれば、2007年(平成19年)11月30日以降に行われる本件社債の満期前の「redemption」には手数料が不要であるところ、請求人は本件取引に際し、手数料を支払っていないこと。
 以上のことから、2008年(平成20年)7月1日において行われた本件取引は、本件目論見書に記載された社債の「redemption」であると認められる。
(ロ) 本件目論見書に記載された「redemption」の意義について
A 本件においては、請求人とN社との間で行われた本件取引が社債の償還であったのか、あるいは譲渡であったのかという点が争点となるところ、本件目論見書は、10,000,000ユーロもの多額の社債を一般投資家に販売するために作成された書面であり、同書面に記載された内容は、後日紛争が生じた場合に必要となる解釈の指針となるべきものであるから、本件目論見書において用いられる単語は、その意味内容に従って厳密に使い分けがなされているのが通常であって、債権が消滅してしまう償還と債権の同一性を保持したまま他人に権利を移転させる譲渡といった法的に全く意味の異なる概念を、明確に区分することなく使用しているとは考え難い。
 そして、上記イの(ヌ)のとおり、本件目論見書の附属書類2のセクション1「法人格の付与」(Incorporation)において、N社の設立目的が掲げられているところ、「to transfer、redeem and purchase Bonds」と記載されており、社債を「transfer」すること、「redeem」すること及び「purchase」することは、それぞれ明確に区分して用いられている。
 このうち、「transfer」は、社債を投資家間で売買する際の手続等を説明する定め(上記イの(ホ))において「Transfer of Bonds」と使用されていることからすれば、本件目論見書における「transfer」とは、社債を譲渡することの意味と解され、また「purchase」は、本件社債の購入価格を説明する定め(同(イ))において「Purchase Price」と記載されていることからすれば、本件目論見書における「purchase」とは、社債を取得することを意味しているものと解される。
 他方、「redeem」の名詞形である「redemption」は、社債の満期の際の手続等を説明する定め(上記イの(チ))において「Redemption of Bonds at Maturity」と使用されていることからすれば、本件目論見書における「redeem」あるいは「redemption」は、社債の償還の意味で使用されているものと解される。
 加えて、本件において「redemption」を償還以外の意味で使用していることをうかがわせる証拠も存在せず、また、「redemption」という英単語を社債に関連して使用する場合の用法に照らしても、それは社債の償還を意味するのが通常であるから、請求人の行った本件取引である「redemption」は、社債の償還と認めるのが相当である。
B ところで、本件目論見書に記載された「社債の期限前『redemption』の手数料」(Fee for Early Redemption of Bonds)には、「redemption」請求があった社債について、社債保有者による譲渡に当たる場合を想定していたと認められる記載がある。すなわち、まる1N社が「redeeming Bondholder’s Bond」の購入を第三者へあっせんできるとする条項と、まる2N社に「redemption」請求の対象となった社債の譲渡権限が付与されるとする条項である。
 そこで、本件取引がこれらの条項に当たるか否かについても検討すると、まる1の場合、期限前「redemption」は実際には行われないこととなるが、この場合であっても、「redemption」が行われたとしたならば受け取ることができるであろう収入金額と同額の金額を受け取るであろうと記載されており、また、まる2の場合には、社債の全部又は一部が移転・売却された場合に社債保有者に支払われる金額は、「redemption」が行われるに際して支払われる金額(上記イの(ト)の「redemption」手数料を差し引いた金額)と常に同額となるものとすると記載され、この場合には「redemption」が実際には行われないことを前提としていることになるから、上記まる1及びまる2のいずれの場合においても「redemption」は行われないこととなる。これに対し、本件取引においては、上記1の(4)のニのとおり、N社から請求人宛に「Contract note-redemption」が交付され、それには「redemption」が行われたことが記載されていることからすると、上記まる1及びまる2のいずれの場合における取引も行われていないことは明らかであるといえる。
 したがって、本件取引が社債の譲渡に当たるとする評価はできない。
ハ 結論
 以上のことから、本件取引は、本件目論見書に記載された社債の「redemption」手続に従って行われた取引であり、当該取引は社債の償還に当たると認められる。
ニ 請求人の主張について
 請求人は、本件取引は、満期償還に伴う償還手続に従ってされたものではなく、請求人が、N社のホームページに公表されている買入価格を基に売却の意思決定を行い、その旨の請求人の申出にN社が同意して行われたものであるとみることができ、本件取引においては、N社が公表した買入価格に請求人が合意した上での金額で行われたことから、N社による社債の任意買入れにほかならず、社債の譲渡に当たる旨主張する。
 しかしながら、本件取引は、上記ロの(イ)のとおり、正に本件目論見書の定めに基づいて行われたものであるところ、当該目論見書の定めから、本件取引が社債の償還に当たることについては、同(ロ)及び上記ハのとおりであるから、請求人の上記主張は、独自の見解であって、採用することができない。

(2) 争点2(仮に、本件取引が社債の償還に当たり、これによる所得が課税されるとした場合、請求人が過少申告であったことについて、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当するか否か。)について

イ 法令解釈
 通則法第65条に規定する過少申告加算税は、過少申告による納税義務違反の事実があれば、原則としてその違反者に対し課されるものであり、これによって、当初から適法に申告し、納税した者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに、過少申告による納税義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図り、もって納税の実を挙げようとする行政上の措置である。
 このような過少申告加算税の趣旨に照らせば、通則法第65条第4項にいう「正当な理由があると認められる」場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である(最高裁平成18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁参照)。
ロ 当てはめ
 請求人は、上記3の(2)のとおり、本件取引が社債の償還と譲渡のいずれに当たるかについて、原処分庁は、国税庁の判断を仰ぐとして検討に2年もの時間をかけており、このことは、税務官庁の解釈がいまだ確定していないことを示すものであるから、納税者が合理的な判断によって課税の有無を判断しようとしても、一義的な判断が困難と認められる場合に当たり、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当する旨主張する。
 しかしながら、所得税法は、いわゆる申告納税制度を採用しており、納税者自らが課税標準を決定し、これに自らの計算に基づいて税率を適用して税額を算出し、これを申告して第一次的に納付すべき税額を確定させるという体系になっているところ、申告納税制度の下における所得税の確定申告は、納税者自身の判断と責任においてなされるべきであるから、請求人が主張するとおり、原処分庁が国税庁の判断を仰ぐとして検討に2年もの時間をかけたとしても、そのことは、請求人が平成20年分の所得税の確定申告書を法定申告期限までに提出した後に生じた事情でしかなく、請求人自身の判断と責任の下、現に請求人が作成し提出した当該確定申告書の内容に誤りがあったことについては、請求人自身の責任であるというべきである。そうすると、本件社債の償還に係る雑所得の金額を含めずに過少な確定申告をした理由として請求人が主張する上記の事情が、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情であるとはいえず、また、他に通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められる」場合に該当する事情があるとも認められない。
 したがって、請求人が過少申告であったことについて、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当せず、請求人の上記主張には理由がない。

(3) 本件更正処分について

イ 上記(1)のとおり、本件取引は社債の償還に当たるから、本件社債の償還による所得について、以下のとおり検討する。
(イ) 本件社債の償還金額のうち、その取得価額を超える部分については償還差益であり、その経済的実質が預金利子と類似しているものの、当該償還差益に係る所得は、所得税法第23条《利子所得》第1項に規定する利子所得には該当せず、また、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しないものであるから、同法第35条第1項に規定する雑所得に該当する。
 また、請求人の本件社債の取得及び償還は、いずれも外国通貨(ユーロ建て)で支払が行われており、所得税法第57条の3《外貨建取引の換算》第1項に規定する外貨建取引に該当するところ、同項の規定に基づき本件において行われた各取引を円換算すると、為替レートの変動に伴う為替差益が発生するから、当該為替差益の額は、償還差益と同様に雑所得に係る総収入金額に算入されることとなる。
(ロ) 本件社債の償還による請求人の平成20年分の雑所得の金額を計算すると、次のとおりとなる。
A 請求人は、上記1の(4)のロのとおり、平成13年10月19日に、本件目論見書の定め(上記(1)のイの(ニ))に基づく利子の付加後の200,XXXユーロで、社債1単位当たり1ユーロとする合計200,XXX単位(ユーロ)の本件社債を取得した。一方、上記1の(4)のハ及びニのとおり、本件社債は、平成20年7月1日に、取引金額287,596.01ユーロで償還された。
 したがって、本件社債の償還差益の額は、別表2−1のとおり、○○○○円となる。
B 請求人は、上記1の(4)のホのとおり、平成20年7月22日に、本件社債の償還金額287,596.01ユーロを送金されて円貨決済した48,241,354円を受領した。
 したがって、この受領した時点と本件社債の取得及び償還した時点の為替レートの変動に伴い発生する、本件社債の取得価額(元本相当額)及び償還差益に係る各為替差益の額の合計額は、別表2−2のとおり、○○○○円となる。
C 以上によれば、請求人の本件社債の償還による雑所得の金額は、償還差益の額及び為替差益の額の合計額○○○○円となる。
ロ 上記イのとおり、本件社債の償還による所得は雑所得に該当し、その所得金額が○○○○円であることから、これに基づいて請求人の平成20年分の総所得金額及び納付すべき税額をそれぞれ計算すると、別表1の「審判所認定額」欄のとおり、いずれも本件更正処分の額を上回る。
 したがって、本件更正処分は適法である。

(4) 本件賦課決定処分について

 上記(3)のとおり、本件更正処分は適法であり、また、上記(2)のとおり、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、当該更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいてなされた本件賦課決定処分は、適法である。

(5) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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