(平成25年11月28日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、会社員である審査請求人(以下「請求人」という。)の平成23年分の所得税の確定申告について、原処分庁が所得税を一旦還付した後に更正処分をしたことに対し、請求人が当該処分は信義誠実の原則に反し違法であるとして、当該処分の一部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成23年分の所得税について、別表1の「確定申告」欄のとおり記載した確定申告書を、平成24年1月23日に原処分庁に提出した(以下、この確定申告書を「本件確定申告書」といい、本件確定申告書に係る申告を「本件確定申告」という。)。
ロ 原処分庁は、これに対し、平成24年10月30日付で、給与所得の一部が申告漏れであること及び扶養控除の適用に誤りがあるとして、別表1の「更正処分」欄のとおりとする更正処分(以下「本件更正処分」という。)をした。
ハ 請求人は、本件確定申告により還付された金員○○○○円については、本件更正処分の対象とすることはできないとして、平成24年12月18日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成25年1月31日付で棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成25年2月12日に審査請求をした。

(3) 関係法令の要旨

 関係法令の要旨は、別紙2のとおりである。

(4) 基礎事実

 次の事実については、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件確定申告書の所得の内訳(源泉徴収税額)の各欄には、別表2のとおり記載されている。
ロ 本件確定申告書の所得から差し引かれる金額に関する事項の「扶養控除」の各欄には、別表3のとおり記載されている。
ハ 本件確定申告書には、支払金額○○○○円、社会保険料等の金額○○○○円、源泉徴収税額○○○○円及び支払者F社と記載されている平成23年分給与所得の源泉徴収票が添付されている。
ニ 請求人は、平成23年中において、F社及びG社から給与を得ている。
 なお、平成23年中にF社及びG社が請求人に支払った給与等の金額並びにF社及びG社が当該給与等から差し引いた社会保険料等の金額及び源泉徴収税額は、別表4「平成23年分の支払金額等」のとおりである。
ホ 原処分庁は、本件確定申告に基づき、○○○○円(以下「本件還付金」という。)を請求人名義の銀行預金口座(以下「本件口座」という。)へ振り込む手続を行い、平成24年2月3日、請求人に対して、本件還付金に係る国税還付金振込通知書(以下「本件通知書」という。)を送付し、本件還付金は同月6日に本件口座へ入金された。

2 争点

 原処分庁が、所得税を一旦還付した後に、本件更正処分をしたことが信義誠実の原則(以下「信義則」という。)に反し違法であるか否か。

3 主張

請求人 原処分庁
 本件更正処分は、次の(1)から(3)までの理由から、信義則に反し行われた違法な処分であり、原処分庁は、請求人に対し、本件更正処分により新たに納付すべき税額○○○○円のうち、すでに還付された○○○○円に係る処分をすることはできない。したがって、本件更正処分のうちすでに還付された税額に係る部分は取り消されるべきである。  信義則の適用により課税処分が違法となり、これを取り消すことができるのは、納税者間の平等、課税の公平という要請を犠牲にしても、なお、原処分を取り消して納税者を保護しなければ正義に反するといえるような特別な事情がある場合に限られるところ、請求人の各主張については、次の(1)から(3)までのとおり理由がなく、結局請求人には特別な事情が認められないことから、本件更正処分は信義則の適用により違法となる場合には当たらず、適法である。
(1) 原処分庁は、本件確定申告書の記載内容を認め、本件確定申告書に記載された「還付される税金」と同額である○○○○円を請求人に還付しており、これは原処分庁が請求人に対して本件確定申告書の記載内容は適正であるとの公的見解を表示したものである。 (1) 納税申告は、納税者が所轄税務署長に確定申告書を提出することによって完了する通知行為であり、税務署長による確定申告書の受理及び税金の収納又は還付は、当該申告書の記載内容を是認することを意味するものではない。
 したがって、本件確定申告に基づき○○○○円を還付したことは、原処分庁が本件確定申告書の記載内容を是認したことを意味するものではなく、原処分庁の公的見解を表示したものではない。
(2) 本件確定申告書の記載内容に誤りがあることを看過して還付したのは税務職員のミスである。そのミスを見逃し、原処分庁は、署長印のある原処分庁名で本件通知書を送付し、還付している。それなのにすでに還付された○○○○円を納付せよというのは問題である。 (2) 原処分庁が本件確定申告に基づき○○○○円を還付したのは、本件確定申告書の記載内容に誤りがあることを看過して還付したものにすぎないものである。
 また、本件通知書の発送は、国税収納金整理資金に関する法律の規定に基づき原処分庁名で送付したもので、単なる事務手続上の措置にすぎないものである。
(3) 本件確定申告書の記載内容を確認し、誤りがあれば還付前に訂正させるべきなのに、これを怠り、一旦還付しておいて半年も経てから訂正させようとするのはおかしい。 (3) 原処分庁は、本件確定申告書の記載内容に誤りがあることが明らかになった後、遅滞なく請求人に連絡しており、請求人への連絡が本件確定申告書の提出から半年経過していたとしても、それが直ちに不適切であるとまでは言えず、事務処理を怠った事実はない。
 また、通則法第70条は、その更正又は決定は法定申告期限から5年を経過した日以後はすることができない旨規定しているところ、本件更正処分は本件確定申告の法定申告期限である平成24年3月15日から5年以内に行われている。

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4 判断

(1) 法令解釈

イ 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の適用により、当該課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて信義則の適用の是非を考えるべきものである。
 そして、上記の特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくともまる1税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、まる2納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、まる3のちに上記表示に反する課税処分が行われ、まる4そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、まる5納税者が税務官庁の上記表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであると解される。
ロ 所得税法第138条第1項の規定を受けた所得税法施行令第267条第4項の規定は、納税者から還付を求める旨の申告書の提出があった場合には、税務署長は、遅滞なく、還付等の手続をしなければならないことが原則であることを前提とした上で、還付金額が過大であると認められる事由がある場合には、その例外として、還付等の手続をしないことができる旨を規定したものであり、確定申告書に記載された還付金額が正当でなければ還付の手続をしてはならない旨を規定したものではないと解される。

(2) 認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 平成25年4月23日、請求人は、当審判所に対して、本件確定申告書は、請求人の妻が、パンフレットを見ながら作成した旨答述した。
ロ 本件確定申告書は、郵送により原処分庁へ提出されている。

(3) 本件への当てはめ

 信義則が適用されるためには、上記(1)のイのとおり、まる1ないしまる5の要件が満たされなければならないことから、本件においてこれらの要件が満たされているか判断する。
イ まる1税務官庁が請求人に対し信頼の対象となる公的見解を表示したか否か
(イ) 本件確定申告書の作成について
 上記(2)のとおり、本件確定申告書は、請求人の妻がパンフレットを見ながら作成し、郵送により原処分庁へ提出されており、また、当審判所の調査において、税務官庁が本件確定申告書の作成について指導した事実が確認できない。
 したがって、本件確定申告書の作成について税務官庁が請求人に対して信頼の対象となる公的見解を表示したとは認められない。
(ロ) 本件確定申告書に記載された「還付される税金」と同額である○○○○円が還付されたことについて
 原処分庁は、上記(1)のロのとおり、所得税法第138条第1項及び所得税法施行令第267条第4項の規定に従い、本件還付金を還付したにすぎず、このことが本件還付金が正当であることを意味するものでないから、原処分庁が請求人に対して本件確定申告書の記載内容は適正であるとの公的見解を表示したものであるとは認められない。
(ハ) 署長印のある原処分庁名で本件通知書を送付したことについて
 本件通知書の送付は、国税収納金整理資金に関する法律第6条第1項の規定に基づき、国税収納金整理資金事務取扱規則第76条第2項及び同規則第78条第2項により送付したもので、本件還付金の還付に伴う単なる事務手続上の措置にすぎないものである。したがって、本件通知書を送付したことは、原処分庁が請求人に対して、本件確定申告書の記載内容が適正であることを通知したものとは認められない。
(ニ) まとめ
 上記(イ)ないし(ハ)のとおり、本件において、税務官庁が請求人に対し信頼の対象となる公的見解を表示したとは認められない。
ロ まる2ないしまる5の要件について
 上記イのとおり、税務官庁が請求人に対し信頼の対象となる公的見解を表示したとは認められない。したがって、まる2ないしまる5の要件について判断するまでもなく、請求人には、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお本件更正処分に係る課税を免れしめて請求人の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情があるとは認められず、本件更正処分に信義則を適用する余地はないものというべきである。
ハ 以上のとおり、本件更正処分に信義則を適用する余地はないことから、原処分庁が所得税を一旦還付した後に本件更正処分をしたことが、信義則に反し違法とはいえない。
 なお、請求人は、確定申告書の記載内容に誤りがあれば還付前に訂正させるべきなのに、これを怠り、一旦還付した後、半年も経ってから訂正させようとするのはおかしい旨主張するが、確定申告書の記載内容に誤りがある場合に、還付前に訂正させなければならないとする規定はなく、また、通則法第70条は、更正は法定申告期限から5年を経過した日以後はすることができない旨規定しているところ、本件更正処分は法定申告期限である平成24年3月15日から5年以内に行われていることから、請求人の主張には理由がない。

(4) 本件更正処分について

イ 課税総所得金額
(イ) 総所得金額(給与所得の金額)は、上記1の(4)のニのとおり、給与等の収入金額が、G社及びF社からの給与等の支払金額の合計額○○○○円であることから、所得税法第28条《給与所得》の規定により、本件更正処分と同額の○○○○円となる。
(ロ) 所得控除のうち、扶養控除については、所得税法第2条《定義》第1項第34号の2において、控除対象扶養親族とは、扶養親族のうち年齢16歳以上の者をいう旨規定されているところ、当審判所の調査の結果によれば、請求人が本件確定申告で扶養控除の対象とした扶養親族2名は、いずれも16歳未満であり、控除対象扶養親族に該当せず、扶養控除は適用できない。したがって、所得控除の合計額は、本件更正処分と同額の826,603円となる。
(ハ) よって、課税総所得金額は、本件更正処分と同額の○○○○円となる。
ロ 源泉徴収税額
(イ) 所得税法第120条第1項第5号に規定する「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」とは、給与その他の所得についてその支払者が源泉徴収したか否か、又はこれを納付したか否かに関わらず、所得税法の源泉徴収の規定に基づき正当に源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額を意味すると解するのが相当である。
(ロ) 当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
A 請求人のG社での勤務期間は、平成22年10月18日から平成23年2月28日までであり、G社が請求人に支払った平成23年中の月ごとの給与等の金額並びにG社が当該給与等から差し引いた社会保険料等の金額及び源泉徴収税額は、別表5「G社の源泉徴収の状況」のとおりである。
 なお、請求人は、G社に対し、所得税法第194条《給与所得者の扶養控除等申告書》に規定する「平成23年分給与所得者の扶養控除等申告書」を提出しているが、G社は、当該扶養控除等申告書に記載された16歳未満の扶養親族2名については、上記イの(ロ)のとおり、控除対象扶養親族に該当しないにも関わらず、控除対象扶養親族2人として、源泉徴収税額を算出した。
B 請求人の平成23年中におけるF社での勤務期間は、同年4月1日から同年12月31日までであり、この勤務期間中にF社が請求人に支払った月ごとの給与等の金額並びにF社が当該給与等から差し引いた社会保険料等の金額及び源泉徴収税額は、別表6「F社の源泉徴収の状況」のとおりである。
 なお、請求人は、F社に対し、所得税法第194条に規定する「平成23年分給与所得者の扶養控除等申告書」を提出しているが、F社は、当該扶養控除等申告書に記載された16歳未満の扶養親族2名については、上記イの(ロ)のとおり、控除対象扶養親族に該当しないにも関わらず、控除対象扶養親族2人として、源泉徴収税額を算出した。
C 請求人は、F社に対し、前勤務先であるG社の平成23年分給与所得の源泉徴収票を提出しなかったため、F社は、請求人の年末調整を行わなかった。
(ハ) 原処分庁は、請求人の源泉徴収税額を○○○○円であると主張する。しかしながら、請求人の源泉徴収税額は、上記(イ)のとおり、所得税法の源泉徴収の規定に基づき正当に源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額、すなわち、扶養控除等申告書等の記載に基づき正当に算出された源泉徴収税額をいうところ、上記(ロ)のとおり、請求人は、G社及びF社へ「平成23年分給与所得者の扶養控除等申告書」を提出しているが、G社及びF社は、控除対象扶養親族の適用を誤って源泉徴収税額を算出していることから、G社及びF社が請求人に支払った給与等の金額から社会保険料等の金額を控除した金額を基に控除対象扶養親族0人により算出すると、別表7「源泉徴収税額(審判所認定額)」の「合計」欄のとおり、○○○○円となる。
ハ まとめ
 納付すべき税額を計算すると、別表8「納付すべき税額の計算」のとおり、納付すべき税額は○○○○円(還付金の額に相当する税額は○○○○円)となり、本件更正処分における納付すべき税額○○○○円を下回るから、本件更正処分は、その一部を別紙1「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。

(5) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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