(平成27年7月28日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、裁判所の発した株式譲渡命令により株式を譲渡したところ、原処分庁が、当該株式の譲渡は、法人が自己の株式を取得したものであるから、請求人の当該株式の譲渡による所得は配当所得に該当するとして所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、当該株式の譲渡による所得は、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における資産の譲渡による所得であるから、所得税法第9条《非課税所得》第1項第10号により非課税所得に該当するとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

請求人は、平成22年分の所得税の決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件決定処分と併せて「本件各処分」という。)について、平成26年10月3日に審査請求をした。
 この審査請求に至る経緯は、別表記載のとおりである。

(3) 関係法令等の要旨

別紙のとおりである。

(4) 基礎事実

以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。

イ 3件の損害賠償請求訴訟の判決言渡し
 D地方裁判所は、請求人に対し、次のとおり、損害賠償金及びこれに対する遅延損害金を支払うよう命じる判決を言い渡した(以下、請求人に対する次の事件3件を併せて「本件各事件」という。)。

(イ) 平成○年(○)第○号事件(以下「第1事件」という。)
 請求人ほか1名に対し、E社に対して連帯して161,XXX,XXX円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じる旨の判決(平成20年○月○日言渡し。同年○月○日に控訴取下げにより確定。)。

(ロ) 平成○年(○)第○号事件(以下「第2事件」という。)
 請求人ほか3名に対し、E社に対して連帯して338,XXX,XXX円及びこれに対する遅延損害金の支払を、F社に対して連帯して162,XXX,XXX円及びこれに対する遅延損害金の支払をそれぞれ命じる旨の判決(平成22年○月○日言渡し。控訴棄却判決後の平成23年○月○日に確定。)。

(ハ) 平成○年(○)第○号事件(以下「第3事件」という。)
 請求人ほか2名に対し、E社に対して連帯して39,XXX,XXX円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じる旨の判決(平成22年○月○日言渡し。控訴棄却判決後の平成23年○月○日に確定。)。

ロ 第1事件に係る株式譲渡命令
 D地方裁判所は、平成22年○月○日、第1事件の損害賠償債務等の支払に代えて、請求人の有するE社の株式600株(以下「本件株式」という。)を138,XXX,XXX円でE社に譲渡する旨の譲渡命令を発した(抗告棄却により、平成22年○月○日に確定。以下「本件譲渡命令」といい、本件譲渡命令が確定した時を「本件譲渡時」という。)。

ハ 本件譲渡時における請求人の所有する株式とその後の譲渡命令
 請求人は、本件譲渡時において、1E社の株式を1,200株(うち600株が本件譲渡命令の対象である本件株式)、2F社の株式を8,500株所有していた。
 その後、請求人は、上記1の株式のうち、残りの600株については、191,XXX,XXX円でF社に譲渡する旨の譲渡命令(平成23年○月○日に確定)により、上記2の株式については、212,XXX,XXX円でE社に譲渡する旨の譲渡命令(平成24年○月○日に確定)により、いずれも譲渡した。

ニ 本件各処分
 原処分庁は、本件譲渡命令に基づいて、E社が本件株式を138,XXX,XXX円で取得したことは、所得税法第25条第1項第4号に規定する自己株式の取得に該当するから、当該法人の資本金等の額のうち、その交付の基因となった当該法人の株式に対応する部分(○○○○円)を超える○○○○円は、配当等とみなされる金額に該当するとして、本件各処分を行った。

(5) 争点

本件株式の譲渡による所得(以下「本件所得」という。)は、本件非課税規定の非課税所得に該当するか否か。

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2 主張

(1) 請求人

本件所得は、次の理由から非課税所得に該当する。

イ 本件非課税規定は、資産の譲渡が本人の意思に基づかない強制的な譲渡であり、現実として課税をすることが困難であること等の観点から設けられたものである。この趣旨からすれば、本件において、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合の判断は、本件各事件がいずれも結審し、債務の状況が明らかになっていた原処分時において判定するべきである。そうすると、請求人は、原処分時において、多額の損害賠償債務を負って担税力がないことは明らかである。
 また、請求人は、本件各事件はいずれも平成18年に提起され、密接に関連した一連の事件であるため、裁判所に対して本件各事件の同時判決を求めていたものであり、もし、本件各事件の判決が同時に下されれば非課税所得に該当したにもかかわらず、判決の時期の違いで非課税所得に該当しないこととなるのは不合理である。

ロ 仮に、本件基本通達に基づき、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合の判定を「資産を譲渡した時の現況」によるとしても、本件譲渡時において、第2事件及び第3事件の訴訟が係属中であり、いずれも敗訴の可能性が高かったことからすれば、本件譲渡時においても、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合に該当する。

ハ 請求人は、平成19年10月1日にF社の株式を第三者へ譲渡したところ、詐害行為に当たるとして譲渡が取り消された。すなわち、当該株式は、換価できない株式であり、財産価値が極めて低いものである。
 E社の株式についても同様に換価することができない株式であるから、財産価値は皆無に等しいものである。

(2) 原処分庁

本件所得は、次の理由から非課税所得に該当しない。

イ 本件非課税規定における「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合の判断は、「資産を譲渡した時の現況」により判定することとなる。
 そして、請求人は、本件譲渡時の現況において、E社の株式1,200株を所有しており、同株式の価額は、第1事件に係る損害賠償債務の額を上回る価額であることから、請求人が債務超過であったとは認められず、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合に該当しない。

ロ 第2事件及び第3事件は、本件譲渡時において、訴訟が係属中であり、いまだ損害賠償債務等は生じていなかったのであるから、本件所得が「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合の資産の譲渡による所得か否かの判定をする際に、第2事件及び第3事件の結果を考慮する必要はない。

ハ 請求人は、本件譲渡時において、本件株式を含むE社の株式を1,200株所有していたところ、本件譲渡命令において、本件株式が138,XXX,XXX円で譲渡されたことからすれば、請求人は、本件譲渡時の現況において、1株当たり2XX,XXX円、合計277,XXX,XXX円の価値のあるE社の株式を所有していたものと認められる。

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3 判断

(1) 法令解釈

本件非課税規定は、強制換価手続によって資産譲渡が行われる場合、当該資産所有者の経済状態が悪化していて、その保有資産の全部をもってしても債務全部の弁済が困難な状態になっていることが多く、このような場合に課税しても結果的に徴収不能となることが明らかなことから、かかる譲渡所得その他これに類する一定の所得を非課税とする趣旨で定められたものである。
 そして、本件基本通達は、上記趣旨に照らし、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難な場合とは、債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないだけでなく、近い将来においても調達することができないと認められる場合をいい、これに該当するか否かは、当該資産を譲渡した時の現況により判定すると定めているところ、本件非課税規定の該当性に係る判断を当該資産の譲渡時において行うことを明らかにしたものであり、当審判所においてもその内容は相当と認めるところである。
 この点について、請求人は、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難な場合に該当するか否かは、原処分時を基準として判断すべきである旨主張するが、上述のとおりであるから、これを採用することはできない。

(2) 判断

イ 上記1(4)ハによれば、請求人は、本件譲渡時において、E社の株式を1,200株所有していたことが認められる。そして、上記1(4)ロによれば、本件譲渡命令において、本件株式(600株)が138,XXX,XXX円(1株当たり2XX,XXX円)と評価されているところ、裁判所が、その選任した評価人の作成した株式鑑定評価書に基づき、本件株式の評価額を1株2XX,XXX円とする本件譲渡命令を発していることに照らせば、本件譲渡時において、E社の株式は、1株2XX,XXX円を下らないものと認めるのが相当である。
 そうすると、請求人は、本件譲渡時において、E社の株式を1,200株所有していたのであるから、その資産価値は、277,XXX,XXX円(1株当たりの単価2XX,XXX円×所有株式数1,200株)となる。
 一方、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、本件譲渡時における請求人の負債としては、第1事件の判決で支払を命じられた損害賠償金161,XXX,XXX円及び遅延損害金48,XXX,XXX円の合計209,XXX,XXX円の債務(以下「本件損害賠償債務」という。)が認められる。

ロ 以上の事実に照らせば、請求人は、本件譲渡時において、本件損害賠償債務の額を上回る価値のあるE社の株式を所有しており、請求人が他にF社の株式を8,500株所有していたことをも踏まえれば、請求人が、本件譲渡時において、債務超過の状態が著しく、その信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないだけでなく、近い将来においても調達することができないと認められる場合にあったとは認めることができない。
 なお、請求人は、本件譲渡時において、4名の債権者に対する合計XX,XXX,XXX円の借入金があった旨の記載がされた「財産明細」と題する書面を当審判所に提出したが、この借入金の存在を裏付ける証拠書類を何ら提出しない上、請求人の主張する借入金の額を考慮しても、上記判断を左右しない。

ハ 以上によれば、請求人は、本件譲渡時において、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合には該当しないから、本件所得は非課税所得に該当しない。

(3) 請求人の主張について

イ 請求人は、本件譲渡時において、第2事件及び第3事件の訴訟が係属中であったことも資産を譲渡した時の現況であり、いずれの訴訟も敗訴になる可能性が高かったことからすれば、本件譲渡時においても、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合に該当する旨主張する。
 しかしながら、上記1(4)イ(ロ)及び(ハ)のとおり、第2事件及び第3事件は、本件譲渡時において訴訟係属中であり、第2事件の第1審判決も確定していなかったのであるから、請求人の第2事件及び第3事件の各原告に対する債務については、その存否も額も明らかではなく、債務として確定していない。そうすると、かかる未確定の債務をもって債務超過の状態が著しいと認めることはできないし、また、課税しても結果的に徴収不能となることが明らかな場合に譲渡所得等を非課税とする本件非課税規定の趣旨に照らしても、これを考慮することはできないというべきである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

ロ また、請求人は、E社の株式は、換価できない株式であり、財産価値は皆無に等しいものである旨主張するが、同株式が換価できないと認めるに足りる証拠資料がなく、その前提を欠く。
 したがって、この点に関する請求人の主張にも理由がない。

(4) 本件決定処分について

以上のとおり、本件所得は非課税所得に該当せず、配当所得に該当するところ、これに基づいて平成22年分の総所得金額及び納付すべき税額を算定すると、いずれも本件決定処分の額と同額となるから、本件決定処分は適法である。

(5) 本件賦課決定処分について

上記(4)のとおり、本件決定処分は適法であり、また、期限内申告書の提出がなかったことについて、国税通則法第66条《無申告加算税》第1項ただし書に規定する正当な理由があると認められる場合に該当しないので、同条第1項及び第2項の規定に基づいて行われた本件賦課決定処分は適法である。

(6) その他

原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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