(平成27年9月1日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の父が購入した車両について請求人の名義で登録されていることから、請求人が贈与によって取得したと認められるとして贈与税の決定処分等をしたのに対し、請求人が、単なる名義貸しであり贈与はないなどとしてその全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

平成26年3月12日付でされた平成20年分の贈与税の決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件決定処分と併せて「本件決定処分等」という。)についての審査請求(平成26年9月6日請求)に至る経緯は、別表のとおりである。

(3) 関係法令等の要旨

イ 相続税法基本通達(昭和34年1月28日付直資10国税庁長官通達。以下「相基通」という。)9−9《財産の名義変更があった場合》は、不動産、株式等の名義の変更があった場合において対価の授受が行われていないとき又は他の者の名義で新たに不動産、株式等を取得した場合においては、これらの行為は、原則として贈与として取り扱うものとすると定めている。

ロ 「名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて」(昭和39年5月23日付直審(資)22、直資68国税庁長官通達。以下「本件通達」という。)の5《過誤等により取得財産を他人名義とした場合等の取扱い》第1文は、「1」《他人名義により不動産、船舶等を取得した場合で贈与としない場合》に該当しない場合においても、他人名義により自動車等の取得等をしたことが過誤に基づき、又は軽率にされたものであり、かつ、それが取得者等の年齢その他により確認できるときは、これらの財産に係る最初の贈与税の申告又は決定の日前にこれらの財産の名義を取得者等の名義とした場合に限り、これらの財産については、贈与がなかったものとして取り扱う旨定めている。

(4) 基礎事実

以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。

イ 自動車の小売業者(ディーラー)であるD社(以下「本件ディーラー」という。)宛ての平成20年10月19日付「新車注文書」には、E車を、買主・注文者を請求人の父であるF(以下「父」という。)、使用者名義を請求人とし、代金○○○○円で注文する旨が記載されている。

ロ 上記イにより購入された車両(自動車登録番号:○○○○、以下「本件車両」という。)に係る自動車検査証には、「登録年月日/交付年月日」欄に平成20年12月22日と記載され、「所有者の氏名又は名称」欄に請求人の氏名が記載されている。

ハ 本件車両の代金は、平成20年12月25日までに、その全額が父名義の普通預金口座から本件ディーラーに対して支払われた。

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2 争点

(1) 争点1 請求人は本件車両の贈与を受けたか否か。

(2) 争点2 請求人の平成20年分の贈与税の調査(以下「本件調査」という。)の違法を理由として本件決定処分等が取り消されるべきか否か。

(3) 争点3 本件決定処分等に係る通知書(以下「本件通知書」という。)の理由附記に不備があるか否か。

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3 主張

(1) 争点1(請求人は本件車両の贈与を受けたか否か。)について

原処分庁 請求人
 次のとおり、請求人は本件車両の贈与を受けたと認められる。  次のとおり、請求人は本件車両の贈与を受けたとはいえない。
イ 本件車両はその代金全額を父が負担しているのに、請求人の名義で登録されているから、相基通9−9により、原則として贈与として取り扱うこととなる。 イ 本件車両は父が自己資金で取得した単独所有物であり、請求人も父もそのように認識している。このことは、本件車両の購入手続や税金及び維持費の支払は父が全て行っている反面、請求人は2、3回運転したことがあるだけで他に何もしていないことからも明らかである。請求人が本件車両の名義人とされたのは、G社の従業員である請求人の名義で登録すれば装備品の優遇が受けられたからである。
 このように、父が請求人の名義を借用したものであり、贈与ではない。
ロ 本件車両の名義を請求人として登録したことが過誤に基づき、又は軽率にされたものであり、取得者等の年齢その他により当該事実を確認できるに足る証拠は認められないため、本件通達の5を適用することはできない。 ロ 父が本件車両を請求人の名義で登録した理由は上記イのとおりであり、軽率にされたものである。
 また、本件通達の5は、最初の贈与税の申告若しくは決定又は更正の日前にこれらの財産の名義を取得した者の名義としたことを要件としているが、本件車両の名義を父に変更していないのは、調査を担当した職員(以下「本件調査担当職員」という。)の違法な調査によるものであるから、当該要件を満たすものとして取り扱うべきである。
 したがって、本件通達の5により、本件車両の贈与はなかったものとして取り扱われるべきである。

(2) 争点2(本件調査の違法を理由として本件決定処分等が取り消されるべきか否か。)について

請求人 原処分庁
 請求人や父は、本件調査において、本件調査担当職員から本件車両の購入代金相当額が贈与税の課税対象となるとの指摘を受けたことから、本件調査担当職員に対して、本件車両の真の所有者は父であり、本件通達に従い直ちに本件車両の登録名義を父に変更する旨の意思を複数回にわたって表明したが、「それは税務調査中ですので待ってください。」と本件調査担当職員から言われたので、これに従っていた。
 それにもかかわらず、原処分庁は、請求人に対して、何らの説明もしないまま、本件決定処分等を行った。
 このように、本件調査には、請求人が本件通達により贈与がなかったものと取り扱われるための手続をする機会を奪ったという重大な違法があるから、本件調査に基づいてなされた本件決定処分等も違法であり、取り消されるべきである。
 本件通達は、財産の名義変更又は他人名義による財産の取得が行われた場合において、それが贈与の意思に基づくものでなく、種々の目的から見て他のやむを得ない理由に基づいて行われたことが明らかなものについてまで形式的に課税することが適当でない場合に、贈与税を課税しないこととする取扱いを定めたものである。
 しかしながら、本件においては、上記(1)のとおり、本件車両の名義を請求人として登録したことが、過誤に基づき、又は軽率にされたものであり、かつ、それが取得者等の年齢その他により確認できるものではないことから、本件通達の5の適用は認められない。
 そうすると、本件決定処分等の前に名義変更手続を行ったとしても本件決定処分等に影響はなく、本件調査が違法とまではいえないから、本件決定処分等を取り消す理由はない。

(3) 争点3(本件通知書の理由附記に不備があるか否か。)について

原処分庁 請求人
 本件通知書には、請求人が父からの贈与により本件車両を取得したとの認定及びこの認定の理由が具体的な事実に即して記載されているし、納付すべき税額及び加算税についても記載されているから、十分な理由が示されているといえる。
 なお、原処分庁は、その後の手続においても、相基通9−9が適用されることが理由である旨を一貫して説明しており、課税の根拠を変更したことはない。
 したがって、本件通知書の理由附記に不備はない。
 本件調査において、本件調査担当職員は、みなし贈与であるから贈与の意思は関係ない旨説明したにもかかわらず、本件通知書には贈与による取得である旨が記載されている。また、異議決定書及び審査請求における答弁書には相続税法第9条のみなし贈与として処分したと記載されているが、その後に提出された意見書では、みなし贈与には該当しないから答弁書の記載は撤回する旨が記載されている。
 このように、本件通知書には課税の根拠が明確に記載されておらず、その後の説明が一貫しないことからしても、恣意性が排除されておらず、根拠がなかったことは明らかであるから、本件通知書の理由附記には不備があるというべきである。

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4 判断

(1) 争点1(請求人は本件車両の贈与を受けたか否か。)について

イ 法令等解釈
 相基通9−9は、贈与が親族間で行われることが多く贈与であるか否かの事実認定が困難であることや、贈与税も相続税も課税できないという事態を避ける必要性があることを踏まえ、一般に不動産登記等の名義(外観)が権利関係を公示するものであることに着目し、通常は外観と実質が一致すること、すなわち財産の名義人とされている者がその真実の所有者であるとの経験則が存することを前提として、他の者の名義で新たに財産を取得した場合等には、反証がない限り、名義と実質が一致するものとして贈与があったことを事実上推認する取扱いを定めたものであると解され、当審判所においても相当と認められる。
 したがって、反証として上記推認の前提となる経験則の適用を妨げる事情の存在が認められる場合には、上記推認は働かないことになる。

ロ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。

(イ) 請求人は、G社の従業員である。

(ロ) 父は、本件車両の前にもE車(以下「前車両」という。)を購入したことがあり、父が代金を支払い、父の名義で登録していたが、本件車両の購入に当たって前車両を処分した。

(ハ) G社においては、その従業員がディーラーに紹介した客が車両を購入すると、当該従業員が商品券等の特典を受け取ることができる紹介制度(以下「本件紹介制度」という。)が設けられている。このこともあり、父は、請求人がG社に就職して以来、父が経営する法人の社用車等を購入する際には本件紹介制度を用いて請求人の紹介という形式を採ってきた。

(ニ) E車等の車両を製造販売するH社は、平成20年10月から同年末までの間、同社が費用の一部を負担して、同社と取引関係を有する企業(G社を含む。)及びその従業員向けのキャンペーン(以下「本件キャンペーン」という。)を実施することとし、ディーラーに対してこれを周知するとともに、この機会を活用して積極的に営業活動を行うよう求めた。本件キャンペーンの内容は、購入車両を上記対象企業及び従業員が本人名義で登録することを条件として、車種に応じて(E車の場合は100,000円分)購入車両の装備品等の割引をするとともに、購入者に20,000円分のプリペイドカードを贈呈するというものである。

(ホ) 本件車両についても本件キャンペーンが適用され、本件車両に装備されるカーナビゲーションが100,000円分割引された。

(ヘ) 本件車両の購入後の保険料及び自動車税は、全て父が負担していた。

(ト) 請求人は、本件車両の購入以前から平成24年3月までは父の自宅に住んでいたが、同年4月から平成25年12月までの間はdで生活をしていた。その間、本件車両は父の自宅に保管されていた。

(チ) 本件車両は、父の判断によって平成26年5月に売却され、売却代金は父が受領した。そして、父は、同月中に新たにE車を購入し、自らの名義で登録を行った。

ハ 判断

(イ) 本件においては、前記1の(4)のロ及びハのとおり、本件車両の代金全額を父が負担しているのに自動車検査証には請求人の名義で登録されており、相基通9−9に定める「他の者の名義で新たに不動産、株式等を取得した場合」に該当するから、反証のない限り、父から請求人への贈与として取り扱われる。そこで、反証の成否について検討する。

(ロ) 上記ロの(ハ)及び(ニ)によれば、本件車両の購入時点では、本件紹介制度(その内容に鑑み、客を紹介したG社の従業員に与えられる商品券等の特典の額はせいぜい数万円相当のものであると推認される。)と本件キャンペーンが存したが、両者は車両の登録名義人をG社の従業員(請求人)本人とするか否かという点で両立しないので、いずれか一方しか利用できないものであったと認められる。そして、本件車両を購入する場合の両者の効果を比較すると、本件紹介制度を利用するより本件キャンペーンを利用する方が、少なくない額(装備品の割引額及びプリペイドカードの合計額120,000円と本件紹介制度による特典の差額相当額)を節約できることになる点で有利である。したがって、本件車両の代金を負担する父としては、本件紹介制度ではなく本件キャンペーンの利用を選択するのが経済的に合理性のある行動であるといえる。
 このことに加え、上記ロの(ハ)ないし(ホ)の事実を併せると、父は、本件キャンペーンの利用条件を満たすために、請求人の名義を使用して本件車両を購入した(すなわち、あえて実質と一致しない外観を作出した)ことは容易に推測されるところである。

(ハ) さらに、上記ロの(ロ)のとおり、前車両は父が代金を支払い、父が登録名義人であったから、父が自己所有物として購入したものであることは明らかであるが、当審判所の調査によっても、請求人の家族について、本件車両の購入前後(すなわち前車両の所有時と本件車両の所有時)で、その使用状況に変化を生じさせるような生活環境等の変動はなかった。そうすると、父所有の前車両が本件車両に変更された際に、これを請求人に贈与する必要性は特別見当たらないから、父が本件車両を請求人に贈与する動機はなかったと認められる。

(ニ) また、請求人及び父は、当審判所の調査に対し、本件車両を主に使用していたのは、父及び請求人の妹であるJであり、請求人は本件車両をほとんど利用していなかったと認められる(上記ロの(ト)のとおり、請求人が平成24年4月以降dで生活するようになっても本件車両が父の自宅で保管されていたことからすれば、少なくともその頃からは請求人が日常的に本件車両を使用していなかったことは明らかである。)。そして、一般に、利用しない者に対して車両を贈与するとは考え難いことに照らせば、このことは請求人への贈与の事実を疑わせる事情といえる。

(ホ) なお、請求人が父から本件車両の贈与を受けるつもりであったとすれば、請求人が好みの車種や色等の希望を述べ、これが購入する車両の決定に反映されるのが通常であるところ、当審判所の調査によっても、請求人が、購入すべき車両の選定や購入手続等に関与した事実は認められない。

(ヘ) 結局のところ、父は、自らの判断で購入すべき車両を選定して本件車両の取得資金を出捐し(前記1の(4)のハ)、本件車両の維持・管理に必要な費用を全て負担し(上記ロの(ヘ))、本件調査の開始後のこととはいえ自らの判断で本件車両を売却して同売却代金を受領し、新たな車両を購入しており(上記ロの(チ))、これは正に所有者らしい振る舞いであると評価できる。これに対して、請求人が本件車両の所有者であったことを伺わせる事情は特に認められず、かえって、上記(ハ)ないし(ホ)のとおり、贈与があったとすれば不自然ともいい得る事情の存在も認められる。
 上記(ロ)で説示した本件キャンペーンに関する事情に加え、上記の諸事情を総合すれば、本件においては、上記イの推認の前提となる経験則の適用を妨げるための反証がされているというべきである。
 したがって、請求人は本件車両の贈与を受けたとは認められない。

ニ 原処分庁の主張の当否
 原処分庁は、前記3の(1)の「原処分庁」欄のとおり、本件車両はその代金全額を父が負担しているのに、請求人の名義で登録されているから、相基通9−9により、原則として贈与として取り扱うこととなり、本件においては本件通達の5の要件を満たさず、これが適用されない旨主張する。
 確かに本件は、相基通9−9に基づき、原則、贈与として取り扱うべきものである。しかしながら、本件通達は、相基通9−9の要件を満たしているにもかかわらず課税庁の立場から贈与として取り扱わない場合を類型化したものにすぎず、相手方による反証はこれに限定されるものではないところ、上記ハのとおり、本件においては、本件車両の贈与の不存在について反証がされているといえるから、本件通達の5の要件を満たすか否かにかかわらず、上記結論は左右されない。
 したがって、原処分庁の主張には理由がない。

(2) 本件決定処分の適法性

上記(1)のとおり、父から請求人に対する本件車両の贈与の事実を認定することはできないから、本件決定処分は、争点2及び3について判断するまでもなく、その全部を取り消すべきである。

(3) 本件賦課決定処分の適法性

上記(2)のとおり、本件決定処分はその全部を取り消すべきであるから、本件賦課決定処分についても、その全部を取り消すべきである。

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