(平成28年1月15日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)が納税者K社(以下「本件滞納法人」という。)との間でした裁判上の和解に基づき本件滞納法人から受けた販売手数料の支払義務の免除が国税徴収法第39条《無償又は著しい低額の譲受人等の第二次納税義務》の規定(以下「本件法規定」という。)の「債務の免除」に該当するなどとして、請求人に対して第二次納税義務の納付告知処分をしたところ、請求人が、本件法規定の「債務の免除」を受けていないなどと主張して、当該処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、別表1記載の本件滞納法人が納付すべき滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、請求人に対し、本件法規定の要件に該当する事実があるとして、平成26年11月17日付の納付通知書により、国税徴収法第32条《第二次納税義務の通則》第1項の規定に基づき、納付すべき限度の額をX,XXX,XXX円とする第二次納税義務の納付告知処分(以下「本件納付告知処分」という。)をした。

ロ 請求人は、本件納付告知処分を不服として、平成26年11月20日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成27年2月2日付で棄却の異議決定をした。

ハ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成27年2月26日に審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

イ 国税徴収法第32条第1項は、税務署長は、納税者の国税を第二次納税義務者から徴収しようとするときは、その者に対し、政令で定めるところにより、徴収しようとする金額、納付の期限その他必要な事項を記載した納付通知書により告知しなければならない旨規定している。

ロ 本件法規定は、滞納者の国税につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合において、その不足すると認められることが、当該国税の法定納期限の1年前の日以後に、滞納者がその財産につき行った政令で定める無償又は著しく低い額の対価による譲渡(担保の目的でする譲渡を除く。)、債務の免除その他第三者に利益を与える処分に基因すると認められるときは、これらの処分により権利を取得し、又は義務を免れた者は、これらの処分により受けた利益が現に存する限度において、その滞納に係る国税の第二次納税義務を負う旨規定している。

ハ 国税徴収法基本通達第39条関係の4《債務の免除》は、本件法規定の「債務の免除」には、民法第519条(免除)の規定による債務免除のほか、契約による免除も含まれる旨定めている。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。

イ 請求人の概要
 請求人は、平成10年9月○日に設立されたホテル等の保守、企画、運営及び管理並びに不動産の販売等を業とする法人である。

ロ 本件滞納法人の概要
 本件滞納法人は、平成17年4月○日に設立されたリゾート会員権の販売等を業とする法人である。

ハ 裁判上の和解の成立等
 請求人と本件滞納法人は、いずれも本件滞納法人を原告とし、請求人を被告としてL地方裁判所d支部で併合審理されていた平成○年(○)第○号手形金請求異議事件及び平成○年(○)第○号業務委託料請求事件(以下、両事件を併せて「本件各訴訟事件」という。)について、平成23年11月○日の和解期日において、裁判上の和解(以下「本件和解」といい、本件和解に係る和解条項を「本件和解条項」という。)をした。

(イ)平成○年(○)第○号手形金請求異議事件の概要

 請求人が振り出した約束手形を所持する本件滞納法人が、請求人に対し、約束手形金11,000,000円及び遅延損害金の支払を求める手形訴訟を提起し、本件滞納法人の請求を認容する手形判決がされたところ、請求人が、これに対して異議を申し立てたものである。

(ロ)平成○年(○)第○号業務委託料請求事件の概要

 本件滞納法人が、請求人との間で、請求人がその運営するホテルの会員権の販売業務を本件滞納法人に委託し、その対価として請求人が本件滞納法人に販売委託料を支払う旨の業務委託契約を締結したとして、請求人に対し、未払となっている販売委託料等36,480,868円及び遅延損害金の支払を求めたものである。

(ハ)本件和解条項の概要

A 第1項 請求人は、本件滞納法人に対し、販売手数料としてXX,XXX,XXX円の支払義務があることを認める。

B 第2項 請求人は、本件滞納法人に対し、前項の金員のうち9,500,000円を、平成23年12月から平成25年6月まで、毎月末日限り、500,000円ずつ、本件滞納法人の指定する口座に振り込む方法により支払う。ただし、振込手数料は請求人の負担とする。

C 第3項 請求人が前項の分割金の支払を2回以上怠り、その額が1,000,000円に達したときは、当然に同項の期限の利益を失い、請求人は、本件滞納法人に対し、第1項の金員から前項による既払金を控除した残金及びこれに対する期限の利益を喪失した日の翌日から支払済みまで年6パーセントの割合による遅延損害金を直ちに支払う。

D 第4項 請求人が前項により期限の利益を失うことなく第2項の9,500,000円を完済したときは、本件滞納法人は、請求人に対し、第1項のその余の金員の支払義務を免除する。

E 第7項 本件滞納法人は、その余の請求を放棄する。

F 第8項 本件滞納法人及び請求人は、本件滞納法人と請求人との間にはこの和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務がないことを相互に確認する。

ニ 支払義務の消滅
 請求人は、本件和解条項第3項の期限の利益を失うことなく、同第2項に従い平成25年6月までに9,500,000円の支払を履行したことから(ただし、このうちX,XXX,XXX円については原処分庁が平成24年5月7日にした債権差押えに基づき、請求人が原処分庁に支払ったものである。)、同第4項に基づき、請求人が本件滞納法人に対して負うX,XXX,XXX円(XX,XXX,XXX円−9,500,000円)の支払義務が消滅した。

トップに戻る

2 争点

(1)争点1 請求人が、本件法規定の「債務の免除」を受けたといえるか否か。

(2)争点2 争点1の要件に該当する場合、請求人には、本件法規定の「受けた利益が現に存する」といえるか否か。

トップに戻る

3 主張

(1)争点1(請求人が、本件法規定の「債務の免除」を受けたといえるか否か。)について

原処分庁 請求人

本件和解条項第1項は、本件滞納法人と請求人が、互いにその権利義務の存在を確認する意思表示をした条項である。また、債務不履行時の過怠約款は同第3項で定められたもの以外には存在しない。さらに、同第4項は、本件和解が成立した後、条件成就の場合には、新たに、本件滞納法人が請求人に対し、権利を消滅させる効果を生じる合意である。
 以上のことから、本件和解条項第4項に基づいて本件滞納法人が請求人に対してX,XXX,XXX円の支払義務を免除したことにより、請求人が本件法規定の「債務の免除」を受けたといえる。

本件法規定にいう「滞納者がその財産につき行った…無償又は著しく低い額の対価による譲渡…、債務の免除その他第三者に利益を与える処分」とは、経済的合理性を欠き第三者に対して一方的に不相当な利益を与える処分をいうところ、本件和解条項第1項で請求人が支払義務を負うとされたXX,XXX,XXX円は、その数字自体に特別な根拠はなく、同第2項で請求人が本件滞納法人に対し支払うとされた9,500,000円の履行を確保するためのものにすぎず、請求人が期限の利益を喪失した場合を除いて何ら意味を持つ条項ではないから、同第4項による「債務の免除」は、請求人に対して一方的に不相当な利益を与えるものということはできない。
 以上のことから、請求人が本件法規定の「債務の免除」を受けていないことは明らかである。

(2)争点2(争点1の要件に該当する場合、請求人には、本件法規定の「受けた利益が現に存する」といえるか否か。)について

請求人 原処分庁
イ 請求人は、本件滞納法人がした不正な行為に関し、本件滞納法人に合計42,509,985円の損害賠償請求権等を有し、また、本件滞納法人の行為を原因として、請求人は顧客から損害賠償等を請求される危険を負っていたが、本件和解条項第8項の清算条項により、これらについて、本件滞納法人の責任を問わないこととし、今後、顧客から損害賠償等請求を受けて、請求人の損害が増大するかもしれない危険を引き受けた。
 このように、請求人は、本件和解に当たり相応の対価を出捐しているから、本件法規定の「受けた利益が現に存する」といえない。
イ 請求人と本件滞納法人は、本件和解条項第8項により、請求人の本件滞納法人に対する損害賠償請求権等の不存在を確認し、その後、請求人が同第2項に基づき9,500,000円を支払ったことによりX,XXX,XXX円の支払義務が免除されている。
 したがって、本件滞納法人から受けた上記X,XXX,XXX円の債務の免除の対価として請求人が出捐したものはないから、請求人には、上記X,XXX,XXX円について、本件法規定の「受けた利益が現に存する」といえる。
ロ 請求人の「受けた利益が現に存する」か否かは、本件和解条項第4項の免除の効果が生じた時点ではなく、本件和解成立時において判断すべきである。 ロ 本件和解の成立時には本件和解条項第4項の免除の意思表示は効力を生じていないから、「受けた利益が現に存する」か否かを本件和解成立時において判断することはできない。

トップに戻る

4 判断

(1)争点1

イ 法令等解釈

 本件法規定による第二次納税義務の制度は、本来の納税義務者が納付すべき国税の法定納期限の1年前の日以後に、その財産について「債務の免除」等をしたことにより、その本来の納税義務者の財産に対して滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められる場合に、「債務の免除」等により権利を取得し、又は義務を免れた第三者に対して、当該国税の納付義務を補充的に負わせることによって、当該国税の徴収確保を図ろうとする制度であると解される。
 また、国税徴収法基本通達第39条関係の4は、前記1の(3)のハのとおり、本件法規定の「債務の免除」には、民法第519条による(すなわち単独行為としての)債務免除のほか、契約による免除も含まれる旨定めているが、それらが上記のような本件法規定の制度趣旨に合致するといえるだけの実質を有するものである限り、法形式により取扱いに差異を設けるべき理由はないから、この定めは当審判所においても相当と認められる。

ロ 認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。

(イ)本件各訴訟事件における本件滞納法人及び請求人の主張等について

 前記1の(4)のハの(イ)及び(ロ)のとおり、本件滞納法人は、本件各訴訟事件において、請求人に対し約束手形金11,000,000円及び業務委託契約に基づく販売委託料等36,480,868円の合計47,480,868円及び各遅延損害金の支払を請求した。
 これに対し、請求人は、約束手形は偽造されたものであるなどと主張し、また、上記業務委託契約を締結したことは認めたが、本件滞納法人が請求する販売委託料等36,480,868円のうち、販売委託料2,685,500円及び立替金5,107,625円については算定誤り等があり支払義務がない旨主張した。
 さらに、請求人は、別表2の「本件各訴訟事件における請求人の主張額」欄のとおり、本件滞納法人に対し損害賠償請求権等43,176,110円(上記販売委託料及び立替金を併せると50,969,235円)を有しており、これらを本件滞納法人の請求債権と対当額で相殺する旨を主張した。なお、請求人は、審査請求においては、別表2の「審査請求における請求人の主張等」欄の「請求人の主張額」欄のとおり、当該損害賠償請求権等の額を34,716,860円(上記販売委託料及び立替金を併せると42,509,985円)に減額した上で、当審判所の釈明に応じて、別表2の「順号」欄の1、3、4及び7の項目については証拠資料等を提出したが、他の項目(合計15,114,360円分)については証拠資料等を提出しなかった。

(ロ)本件和解について

 本件和解は、請求人及び本件滞納法人のいずれにも訴訟代理人として弁護士が関与して成立した裁判上の和解であり、他に特別の事情も認められないことからすると、その内容は本件和解条項の文言どおりに解釈すべきであるから、請求人が本件滞納法人に対してXX,XXX,XXX円の支払義務を負うこと(第1項)と、本件滞納法人が本件和解に基づき9,500,000円の支払を受けることを停止条件として請求人に対して残額X,XXX,XXX円(XX,XXX,XXX円−9,500,000円)の支払を免除すること(第2項ないし第4項)等を約したものであると認められる。

(ハ)本件法規定の他の要件について

 別表1によれば、本件和解及びこれに基づく債務の免除は、本件滞納国税の各法定納期限の1年前の日以後に行われたものであることが認められる。
 また、本件滞納法人は、本件納付告知処分の時点において、原処分庁が滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められ、その不足すると認められることが本件滞納法人による債務の免除に基因すると認められる。

ハ 当てはめ

 本件和解は、上記ロの(ロ)のとおり、本件滞納法人が請求人に対して停止条件付でX,XXX,XXX円の債務を免除する旨の合意を含む契約であり、このような契約による免除も本件法規定の「債務の免除」に含まれることは上記イのとおりであるところ、本件においては、上記ロの(イ)、(ロ)及び(ハ)の事実が認められ、当審判所の調査の結果によっても他に特別の事情も認められないことからすると、本件和解に基づくX,XXX,XXX円の支払義務の免除が上記イのような本件法規定の制度趣旨に合致するといえるだけの実質を有するものと評価できるから、本件法規定の「債務の免除」があったといえる。

ニ 請求人の主張について

 請求人は、本件和解条項第1項において支払義務を負うとされたXX,XXX,XXX円は、その数字自体に特別な根拠はなく、請求人が期限の利益を喪失した場合を除いて何ら意味を持つ条項ではないから、同第4項に基づく支払義務の免除は、請求人に対して一方的に不相当な利益を与えるものということはできない旨主張する。
 しかしながら、和解は当事者が互いに譲歩してその間に存する争いをやめることを約するものであり(民法第695条《和解》)、和解金額の数字自体に特別な根拠がないことは決して珍しいことではないから、請求人の主張は、それ自体が結論を左右するに足りる事情とはいえない。また、上記ロの(ロ)のような本件和解条項の解釈によれば、確かにXX,XXX,XXX円という額は請求人が期限の利益を失った場合を除いて大きな意味を持たないともいえるが、このことを換言すれば、請求人が期限の利益を失った場合にはXX,XXX,XXX円全額を支払わなければならないことになるという点で極めて重要な意味を持つともいえるのであって、請求人の主張は、前者が実現されることを前提としている点で一面的なものであるといわざるを得ず、やはり結論を左右するに足りる事情とはいえない。そして、こうした請求人の主張の性質を踏まえると、上記ロの(イ)、(ロ)及び(ハ)の事実が認められることといった本件の事実関係の下では、上記ハのとおり、本件和解に基づくX,XXX,XXX円の支払義務の免除が本件法規定の制度趣旨に合致するといえるだけの実質を有するものと評価できるから、本件法規定の「債務の免除」があったといえる。
 したがって、請求人の主張には理由がない。

(2)争点2

イ 検討
 本件法規定に係る、利益が現に存する額の判定は、納付通知書を発する時の現況によるべきであるところ、請求人は、本件滞納法人からX,XXX,XXX円の債務の免除を受けており、請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によっても、原処分庁が請求人に対して納付通知書を発した平成26年11月17日までの間に、上記の債務の免除による利益が消失したような事情も特に認められないことから、請求人には、上記「X,XXX,XXX円」という本件法規定の「受けた利益が現に存する」といえる。

ロ 請求人の主張について
 請求人は、本件和解条項第8項により、上記(1)のロの(イ)のとおり請求人が本件滞納法人に対して有していた損害賠償請求権等について、本件滞納法人の責任を問わないとしたことや、請求人が今後顧客から損害賠償等請求を受ける危険を引き受けたことから、本件和解に当たり相応の対価を出捐しているといえ、本件法規定の「受けた利益が現に存する」とはいえない旨主張する。
 しかしながら、前記1の(4)のハの(ハ)の事実及び既に述べたところによれば、本件和解は、請求人にXX,XXX,XXX円の支払義務があり、請求人が期限の利益を失うことなくそのうち9,500,000円を完済すれば本件滞納法人が残額のX,XXX,XXX円の支払義務を免除するということのほかに、何らの債権債務がないことを相互に確認するという内容の合意である。そして、本件和解条項第8項において清算の対象が明示的に限定されていないことも考慮すれば、本件和解においては、本件各訴訟事件の訴訟物にとどまらず、請求人が主張するような反対債権や、本件和解時点での両当事者間の事実関係・法律関係に基づき将来顕在化する可能性のある債権債務についても上記の清算の対象に含まれているというべきである。そうすると、本件和解においては、そうした債権債務の存否及び額の立証の難易等を含めた諸般の事情を勘案した上で、包括的な合意として請求人が負う支払義務の額、分割金の額及び免除すべき額が上記のとおり定められ、それと同時にその他の債権債務は清算されたものであるといえるから、そのようにして定められた免除すべき額について、本件法規定の「受けた利益が現に存する」か否かの判断に当たり、請求人の主張するような反対債権等が清算の対象とされていないことを前提として、改めて上記の諸般の事情を勘案することができると解する余地はない。
 したがって、請求人の主張には理由がない。

(3)本件納付告知処分の適法性

 以上のとおり、請求人が本件法規定の「債務の免除」を受けたといえ、その「受けた利益が現に存する」といえる。そして、上記(1)のロの(ハ)のとおり、本件納付告知処分は、本件法規定のその他の要件も満たしていることから、適法である。

(4)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所の調査によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る