(平成28年12月20日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、国内にある不動産を貸し付けている審査請求人(以下「請求人」という。)が、当該貸付けにより支払を受ける不動産の賃貸料等について、支払者における所得税等の源泉徴収義務の免除を受けるべく、原処分庁に対し、所得税法第214条《源泉徴収を要しない非居住者の国内源泉所得》第1項に規定する源泉徴収の免除証明書の交付を申請したところ、原処分庁が、請求人は同項各号に掲げる者に該当しないとして、当該証明書を交付できないことの通知処分をしたため、請求人がその取消しを求めた事案である。

(2) 基礎事実及び審査請求に至る経緯

以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査及び審理の結果によってもその事実が認められる。

  • イ 請求人は、a国に住所を有する非居住者であり、また、当該住所地において建築士事務所を経営している。
  • ロ 請求人は、平成25年11月15日、b市h町○-○及び同-○に所在する○階建ての建物(g)の○号室(床面積86.35u。以下「本件g物件」という。)の2分の1の共有持分を売買により取得した。
     また、請求人は、平成26年3月25日、d市j町○-○に所在する○階建ての建物(i)の○号室(床面積54.06u。以下、「本件i物件」といい、本件g物件と併せて「本件各物件」という。)の2分の1の共有持分を売買により取得した。
  • ハ 請求人は、本件g物件の取得後、同物件を平成26年4月までH社に貸し付け、同年中における賃貸料等を得ていた。また、請求人は、本件i物件の取得後、同物件を平成26年4月から同年12月までJ社に貸し付け、同年中における賃貸料等を得ていた。
  • ニ 請求人は、原処分庁に対し、所得税法(平成26年法律第10号による改正前のもの。以下同じ。)第214条第1項に規定する非居住者に対する源泉徴収の免除証明書(以下「本件証明書」という。)の交付を受けるために必要となる次表の「名称」欄の各書類を、「提出年月日」欄の日に提出している。
    順号提出年月日名称
    1平成26年6月3日個人事業の開廃業等届出書
    2納税管理人の届出書(外国人用)
    3平成27年3月12日平成26年分の所得税及び復興特別所得税の確定申告書
    (同年分の青色申告決算書(不動産所得用)が添付されている。)
  • ホ 請求人は、平成27年5月7日、原処分庁に対し、所得税法施行令(平成26年政令第179号による改正前のもの。以下同じ。)第331条《非居住者が源泉徴収の免除を受けるための手続等》第1項の規定に基づき、「非居住者に対する源泉徴収の免除証明書交付申請書」(以下「本件申請書」という。)を提出して、本件証明書の交付を申請した。
     なお、請求人は、1所得税法第214条第1項第3号において引用する同法第164条《非居住者に対する課税の方法》第1項第3号に規定する非居住者に自身が該当し、また、2国内にある不動産の貸付けにより自身が支払を受ける賃貸料等が同法第214条第1項第3号に規定する代理人等(別紙の3及び4参照)を通じて行う事業に帰せられる国内源泉所得であるとして、本件申請書を提出している。
  • ヘ 原処分庁は、上記ホの交付申請に対し、請求人の貸し付けている不動産が貸間一室であることから、所得税法第214条に規定する本件証明書の交付要件を備えていないとして、平成27年7月30日付で本件証明書を交付できないことの通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
  • ト 請求人は、本件通知処分を不服として、平成27年9月25日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年12月18日付で棄却の異議決定をした。
  • チ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成28年1月15日に審査請求をした。

(3) 関係法令の要旨

関係法令は、別紙のとおりである。なお、別紙で定義した略語については、以下、本文でも使用する。

2 争点

請求人が支払を受ける不動産の賃貸料等が、代理人等を通じて行う事業に帰せられる国内源泉所得に該当するか否か。

3 争点についての主張

(1) 請求人

  • イ 所得税法第214条第1項第3号が引用する同法第164条第1項第3号の「国内源泉所得」を定義する同法第161条《国内源泉所得》のうち、同条第3号をみると、単に、国内にある不動産の貸付けによる対価を国内源泉所得というとしており、上記各規定のいずれにおいても、一定の貸付規模を要する旨明記されていない。加えて、所得税法に「事業」についての一般的な定義規定が置かれていないことからすれば、上記各規定にいう「事業」とは、家事活動に対する経済活動を意味するものにすぎず、原処分庁が下記(2)のイのとおり主張するような意味ではない。原処分庁の当該主張は、所得税法第214条の規定を独自に解釈した上で、条文上明記されていない新たな要件を付すものであるから、租税法律主義に反し、許されない。
  • ロ そうすると、請求人が国内で不動産を貸し付けている以上、その貸付けにより支払を受ける不動産の賃貸料等は、代理人等を通じて行う事業に帰せられる国内源泉所得に該当する。

(2) 原処分庁

  • イ 不動産の賃貸料等が、代理人等を通じて行う事業に帰せられる国内源泉所得に該当するためには、代理人等を通じて行われる国内にある不動産の貸付けが事業として行われている必要がある。所得税法に「事業」についての一般的な定義規定は置かれていないが、過去の裁判例等を踏まえると、「事業」とは、自己の計算と危険において営利を目的として対価を得て継続的に行う経済活動をいい、これに該当するか否かは、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における事業遂行性の有無 、取引に費やした精神的・肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、取引の目的、事業を営む者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して、社会通念によって判断するのが相当であると解される。
  • ロ 上記イを前提に、請求人の行う不動産の貸付けについてみると、下記(イ)ないし(ホ)の諸点を総合勘案すれば、当該貸付けは事業として行われているとまではいえない。
    • (イ) 請求人は、本件i物件の貸付けにより、J社から5年間安定的に賃貸料等を得られ、それによって貸付物件の取得に要した資金を回収することができ、また、当該貸付物件が空室となるリスクも低い。さらに、請求人には、当該貸付けによる賃貸料等を返済の原資とする借入れを行う必要がなかったものと認められ、これらのことからすれば、請求人の危険と計算における事業遂行性が高いとはいえない。
    • (ロ) 請求人は、賃借人の募集を行う必要がなく、また、本件i物件の貸付けに係る賃貸料等の集金業務を行っていないものと認められることから、請求人が当該貸付けに費やした精神的・肉体的労力の程度は著しく低いといえる。
    • (ハ) 請求人は、本件i物件を管理するための設備を有しているとは認められない。
    • (ニ) 請求人は、本件申請書が提出された時点で、国内において、本件i物件の貸付け以外に不動産の貸付けを行っていない。
    • (ホ) 請求人は、平成26年1月から同年12月までの間に○○○○円の賃貸料を得ているが、同年分の不動産所得の金額の計算上○○○○円損失が生じていることからすると、本件i物件の貸付けは副次的なものと認められる。
  • ハ 以上によれば、請求人が支払を受ける不動産の賃貸料等は、代理人等を通じて行う事業に帰せられる国内源泉所得に該当しない。

4 当審判所の判断

(1) 法令解釈

  • イ 国内における不動産の貸付けの対価を得ている者が、所得税法第214条第1項第3号において引用する同法第164条第1項第3号に規定する非居住者に該当するとして、所轄税務署長から本件証明書の交付を受けるためには、所得税法施行令に規定された要件等(別紙の6及び7)を満たすほか、当該不動産の貸付けの対価が代理人等を通じて行う事業に帰せられるもの(国内源泉所得)である必要がある(別紙の3)。
     そこで、ここにいう「事業」の意義について検討すると、所得税法は、居住者の所得金額を計算するに当たって、事業から生ずる所得と、事業に至らない業務から生ずる所得とを明確に区分して規定しており(同法第51条《資産損失の必要経費算入》第1項と同条第4項、同条第2項と同法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となつた場合等の所得計算の特例》第1項など)、これらの規定は非居住者にも準用されている(同法第165条《総合課税に係る所得税の課税標準、税額等の計算》)。
     そうすると、非居住者に適用される源泉徴収の免除に関する規定(同法第214条第1項第3号)における「事業」の意義についても、所得税法の他の規定における事業と同一の概念に解するのが相当であって、これと異なる解釈(事業に至らない業務を含むとする解釈)をすべき理由は見当たらない。
     したがって、同号に規定する「事業」の意義については、所得税法における事業の概念をそのまま当てはめることが妥当である。
  • ロ 所得税法における事業の意義については、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における企画遂行性の有無、その取引に費やした精神的肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴、社会的地位・生活状況などの諸点を総合して、社会通念上事業といい得るか否かによって判断されるべきものと解するのが相当である。
  • ハ これに対し、請求人は、所得税法第214条第1項第3号にいう「事業」とは家事活動に対する経済活動を意味するものにすぎないから、請求人が国内で不動産を貸し付けていれば、当該貸付けにより支払を受ける不動産の賃貸料等は、代理人等を通じて行う事業に帰せられる国内源泉所得に該当する旨主張するが、上記イ及びロの解釈と異なる見解をいうものであり、これを採用することはできない。なお、所得税法第214条第1項第3号に規定する「事業」という文言の意義を、所得税法一般における「事業」と同義と解したことをもって、租税法律主義に反するとはいえない。

(2) 認定事実

請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 請求人は、本件g物件の取得後、同物件を平成26年4月までH社に貸し付け(上記1の(2)のハ)、その後、遅くとも平成26年9月1日までに、J社との間で、同社が本件g物件を転貸することを目的とし、契約期間を平成26年9月1日から平成31年8月31日までとするマスターリース契約を締結した。
     また、請求人は、本件i物件の取得後、遅くとも平成26年4月30日までに、J社との間で、同社が本件i物件を転貸することを目的とし、契約期間を平成26年4月30日から平成31年4月29日までとするマスターリース契約を締結した。
  • ロ 上記イの各マスターリース契約は、J社が本件各物件を転貸することを目的として締結されたものであるところ、次のとおりの契約内容からすれば、本件各物件の貸付けに係る費用及び損失の負担は、原則として、請求人が負うこととなっている一方で、賃借人(転借人)の選定や賃貸料等の集金等、本件各物件の貸付けに係る主な業務は、J社等が行うこととなっている。
    • (イ) 本件各物件の賃借人は、J社が選定し、請求人は、当該賃借人が本件各物件を利用することをあらかじめ承諾する。なお、賃借人との間の契約の内容、条件及び使用する書式に関しては、J社が決定することができる。
    • (ロ) 請求人は、本件各物件の貸付けに当たり、J社が賃借人に対していかなる義務も負わないことを承諾する。なお、本件各物件の貸付けに関してJ社に損害が生じた場合、請求人は、理由のいかんを問わず、当該損害を全て賠償する。
    • (ハ) J社は、賃借人から受領した賃貸料(共益費を含む。)、礼金・更新料等を請求人に対して支払う。なお、賃貸料等の集金及び未払の場合の督促については、本件各物件の鍵の管理及び保管とともに、請求人がB社に委託する。
    • (ニ) J社は、賃借人から敷金の預託を受けた場合、当該敷金を請求人に対して差し入れる。
    • (ホ) J社は、本件各物件に修繕を要する不具合等を発見した場合、直ちに請求人に通知し、請求人は自らの負担で当該不具合等を修繕する。
    • (ヘ) マスターリース契約の終了時における空室の原状回復義務は、原則として、J社が負担する。
  • ハ 請求人とJ社が締結した上記イの各マスターリース契約の契約期間は、それぞれ5年間であるが、いずれの契約についても、契約期間満了の6か月前までに、請求人又は同社から期間満了により当該契約を終了させる旨の書面の通知がない場合には、同一条件をもって自動更新される(ただし、更新後の契約期間は2年間となる。)。
  • ニ 請求人は、平成26年において、本件各物件の貸付けにより賃貸料等を○○○○円得ている一方で、当該賃貸料等に対応する必要経費の金額が○○○○円生じており、この結果、同年分の請求人の不動産所得の金額の計算上○○○○円損失が生じている。
  • ホ 請求人は、a国において建築士事務所を経営する一方(上記1の(2)のイ)、国内にある本件各物件の貸付けにより賃貸料等を得ているところ、請求人は、本件各物件以外に国内にある不動産を所有しておらず、また、請求人には、本件各物件の貸付けによる対価以外の国内源泉所得は生じていない。さらに、平成26年における本件各物件の貸付けに係る収支の状況が赤字であることが認められ(上記ニ)、これらのことからすれば、請求人は、a国での建築士事務所の経営により生活の主たる収入を得る傍ら、資産運用のために国内にある不動産(本件各物件)を購入し、その貸付けによる賃貸料等を得ているものと推認される。
  • ヘ 請求人は、本件g物件の取得価額が13,373,655円で、本件i物件の取得価額が16,483,111円であるとして、請求人の不動産所得に係る必要経費(減価償却費)の額を算定しており、このことからすれば、請求人が、本件各物件を取得するに当たって、少なくとも約3,000万円の資金を投下していた。

(3) 当てはめ

  • イ 本件について、上記(1)のイ及びロの法令解釈を前提に検討すると、請求人は、a国に在住し同地で建築士事務所を経営する傍ら(上記1の(2)のイ)、平成25年11月に本件g物件の、平成26年3月に本件i物件の、それぞれ共有持分を売買により取得し(上記1の(2)のロ)、以後これらの物件を貸付けの用に供していることが認められるところ(上記(2)のイ)、請求人の平成26年分の不動産所得に係る総収入金額は約○○○○円、同所得の金額の計算上生じた損失の金額は約○○○○円であり(上記(2)のニ)、請求人がa国における建築士事務所の経営から生じる収入を生活の糧としていると推認されることからすると(上記(2)のホ)、請求人による本件各物件の貸付けは副次的なものと評価せざるを得ない。また、請求人とJ社との間のマスターリース契約の内容(上記(2)のロ)によれば、本件各物件の貸付けに係る費用及び損失は原則として請求人が負うこととされているものの、貸付けに係る主な業務を実際に行うのはJ社等であることからすると、本件各物件の貸付けに関する請求人の危険と計算における企画遂行性及び精神的肉体的労力の程度が大きいとはいえず、請求人が本件各物件の貸付けのための人的・物的設備を有しているとも認められない。
     請求人による本件各物件の貸付けがこのような規模や態様であることからすると、本件各物件の賃貸借契約の期間は5年で、自動更新もあり得ることから(上記(2)のイ及びハ)、長期の継続的な貸付けを予定しているといえる点や、本件各物件の取得資金として少なくとも約3,000万円を投下している点(上記(2)のヘ)を考慮しても、請求人による本件各物件の貸付けを社会通念上事業といい得る経済活動とみることは困難である。
  • ロ したがって、請求人による本件各物件の貸付けは、所得税法上、事業とはいえないことから、請求人が本件各物件の貸付けにより支払を受ける賃貸料等は、代理人等を通じて行う事業に帰せられる国内源泉所得に該当しない。

(4) 本件通知処分の適法性について

所得税法第214条第1項第3号において、請求人が本件証明書の交付を受けるためには、本件各物件の貸付けの対価が、代理人等を通じて行う事業に帰せられる国内源泉所得である必要があるところ(上記(1)のイ)、請求人が本件各物件の貸付けにより支払を受ける賃貸料等は、代理人等を通じて行う事業に帰せられる国内源泉所得に該当しないことから(上記(3)のロ)、請求人は、本件証明書の交付要件を備えていないこととなる。したがって、本件証明書を交付することはできないとしてなされた本件通知処分は適法である。

(5) 結論

よって、審査請求は理由がないからこれを棄却することとする。

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