ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 平成30年1月〜3月分 >>(平成30年1月22日裁決)
(平成30年1月22日裁決)
《裁決書(抄)》
1 事実
(1) 事案の概要
本件は、肉用牛の飼育販売業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、肉用牛の売却に係る事業所得につき租税特別措置法(平成29年法律第4号による改正前のもの。以下「措置法」という。)第25条《肉用牛の売却による農業所得の課税の特例》第1項に規定する課税の特例の適用に当たり、売却損が生じた肉用牛の収入金額及び必要経費を含めずに所得税の免除対象となる事業所得の金額を計算して所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)の確定申告をしたところ、原処分庁が、当該事業所得の金額の計算に誤りがあるなどとして各更正処分等を行ったことから、請求人が同処分の全部の取消しを求めた事案である。
(2) 関係法令等の要旨
- イ 国税通則法関係
国税通則法(平成28年法律第15号による改正前のもの。以下「通則法」という。)第65条《過少申告加算税》第1項は、期限内申告書が提出された場合において、修正申告書の提出又は更正があったときは、当該納税者に対し、その修正申告又は更正に基づき納付すべき税額に100分の10の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税を課する旨規定するところ、同条第4項は、同条第1項に規定する納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちにその修正申告又は更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められるものがある場合には、同項に規定する納付すべき税額からその正当な理由があると認められる事実に基づく税額として政令で定めるところにより計算した金額を控除して、同項の規定を適用する旨規定している。
なお、平成12年7月3日付課所4−16ほか3課共同「申告所得税及び復興特別所得税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて(事務運営指針)」(平成28年12月12日付課個2−39ほか3課共同による改正前のもの。以下「本件事務運営指針」という。)は、通則法第65条及び同法第66条《無申告加算税》の規定の適用についての課税実務上の留意事項を定めたものであるが、その第1「過少申告加算税の取扱い」の1《過少申告の場合における正当な理由があると認められる事実》は、通則法第65条の規定の適用に当たり、例えば、納税者の責めに帰すべき事由のない次のような事実は、同条第4項に規定する正当な理由があると認められる事実として取り扱うものとし、その(4)において、「確定申告の納税相談等において、納税者から十分な資料の提出等があったにもかかわらず、税務職員等が納税者に対して誤った指導を行い、納税者がその指導に従ったことにより過少申告となった場合で、かつ、納税者がその指導を信じたことについてやむを得ないと認められる事情があること」を掲げている。 - ロ 所得税法関係
- (イ) 所得税法第27条《事業所得》第1項は、事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう旨規定するとともに、同条第2項は、事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする旨規定している。
- (ロ) 所得税法第36条《収入金額》第1項は、その年分の各種所得の金額の計算上総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする旨規定している。
- (ハ) 所得税法第37条《必要経費》第1項は、その年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、事業所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他事業所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする旨規定している。
- ハ 租税特別措置法関係
- (イ) 措置法第2条《用語の意義》第1項は、第2章《所得税法の特例》において、次に掲げる各号の用語の意義は、当該各号に定めるところによる旨規定しているところ、同項第7号は、「事業所得」は所得税法第2編第2章第2節第1款《所得の種類及び各種所得の金額》に規定する事業所得をいう旨、措置法第2条第1項第8号は、「事業所得の金額」は所得税法第2編第2章第2節第1款に規定する事業所得の金額をいう旨、また、措置法第2条第1項第9号は、「総所得金額」は所得税法第22条《課税標準》第2項に規定する総所得金額をいう旨それぞれ規定している。
また、租税特別措置法施行令(以下「措置法施行令」という。)第1条《用語の意義》第1項は、第2章《所得税法の特例》において、措置法第2条第1項各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる旨規定している。 - (ロ) 措置法第25条第1項は、農業を営む個人が、同項各号に掲げる売却の方法により当該各号に定める肉用牛を売却した場合において、その売却した肉用牛が全て免税対象飼育牛(家畜改良増殖法第32条の2《家畜登録事業に係る承認》第1項の規定による農林水産大臣の承認を受けた同項に規定する登録規程に基づく政令で定める登録がされている肉用牛又はその売却価額が100万円未満(その売却した肉用牛が、財務省令で定める交雑牛に該当する場合には80万円未満とし、財務省令で定める乳牛に該当する場合には50万円未満とする。)である肉用牛に該当するものをいう。以下同じ。)であり、かつ、その売却した肉用牛の頭数の合計が1,500頭以内であるときは、当該個人のその売却をした日の属する年分のその売却により生じた事業所得に対する所得税を免除する旨規定している(以下、同項の規定による課税の特例を「本件特例」という。)。そして、上記にいう「同項各号に掲げる売却の方法により当該各号に定める肉用牛を売却した場合」について、措置法第25条第1項各号は、家畜取引法第2条《定義》第3項に規定する家畜市場、中央卸売市場その他政令で定める市場において当該個人が飼育した肉用牛を売却した場合(措置法第25条第1項第1号)及び農業協同組合又は農業協同組合連合会のうち政令で定めるものに委託して、当該個人が飼育した生産後1年未満の肉用牛を売却した場合(同項第2号)をそれぞれ規定している。
なお、措置法第25条第7項は、同条第1項に定めるもののほか、同項の規定により免除される所得税の額の計算方法その他同項の規定の適用に関し必要な事項は、政令で定める旨規定するところ、同条第7項の規定の委任を受けた措置法施行令第17条《肉用牛の売却による農業所得の課税の特例》第4項は、措置法第25条第1項の規定により免除される所得税の額は、その年分の総所得金額に係る所得税の額から同項に規定する所得の金額がないものとして計算した場合における総所得金額に係る所得税の額を控除した金額とする旨規定している。 - (ハ) 租税特別措置法第67条の3《農業生産法人の肉用牛の売却に係る所得の課税の特例》(ただし、平成28年法律第15号による改正前のもの。以下同じ。)第1項は、農地法第2条《定義》第3項に規定する農業生産法人が、租税特別措置法第67条の3第1項各号に掲げる売却の方法により当該各号に定める肉用牛を売却した場合において、その売却した肉用牛のうちに免税対象飼育牛があるときは、当該農業生産法人の当該免税対象飼育牛の当該売却による利益の額(当該売却をした日を含む事業年度において免税対象飼育牛に該当する肉用牛の頭数の合計が1,500頭を超える場合には、1,500頭を超える部分の売却による利益の額を除く。)に相当する金額は、当該売却をした日を含む事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入する旨規定している。
- (イ) 措置法第2条《用語の意義》第1項は、第2章《所得税法の特例》において、次に掲げる各号の用語の意義は、当該各号に定めるところによる旨規定しているところ、同項第7号は、「事業所得」は所得税法第2編第2章第2節第1款《所得の種類及び各種所得の金額》に規定する事業所得をいう旨、措置法第2条第1項第8号は、「事業所得の金額」は所得税法第2編第2章第2節第1款に規定する事業所得の金額をいう旨、また、措置法第2条第1項第9号は、「総所得金額」は所得税法第22条《課税標準》第2項に規定する総所得金額をいう旨それぞれ規定している。
(3) 基礎事実
当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
- イ 請求人及びその肉用牛の売却について
請求人は、平成25年分、平成26年分及び平成27年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)において、肉用牛の飼育販売、牧草等の栽培及び販売を行っており、措置法第25条第1項に規定する「農業を営む個人」に該当する。
請求人は、本件各年分において、自ら飼育し売却した肉用牛のうち、平成26年4月16日に売却した7頭を除く全ての肉用牛を措置法第25条第1項第1号に規定する方法により売却した。そして、当該売却した肉用牛は全て免税対象飼育牛に該当し、かつ、その売却頭数の合計は本件各年分いずれも1,500頭以内であった。 - ロ 肉用牛の売却による所得税の免税制度について
肉用牛の売却による所得税の免税制度は、肉用牛の増産対策を税制面から助成することを目的として、昭和42年に創設された。
創設当初の租税特別措置法第25条の2《肉用牛の売却による農業所得の免税》第1項は、農業を営む個人が、その飼育した肉用牛を昭和42年6月1日から昭和47年3月31日までの間に家畜取引法第2条第3項に規定する家畜市場、中央卸売市場その他政令で定める市場において売却した場合には、政令で定めるところにより、当該個人のその売却をした日の属する年分のその売却により生じた事業所得に対する所得税を免除する旨規定していたところ、その後、免税範囲(売却対象となる肉用牛ないし売却市場)の拡充、適用期限の延長、免税対象飼育牛の売却頭数の制限等に関する改正を経て、上記(2)のハの(ロ)のものとなっている。
(4) 審査請求に至る経緯
- イ 確定申告
請求人は、本件各年分の所得税等について、青色の確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載し、それぞれ法定申告期限までに申告した(以下「本件各申告」という。)。
なお、請求人の本件各申告に係る事業所得の金額の計算は、別表2の「確定申告」欄のとおりであるところ、請求人は、本件各申告において、本件特例の対象とした事業所得の金額について、売却損が生じた肉用牛(以下「売却損牛」という。)に係る収入金額及び必要経費を含めずに計算していた。 - ロ 修正申告
請求人は、平成28年10月24日、平成26年分の所得税等について、別表1の「修正申告」欄のとおりとする修正申告書を提出した。
なお、当該修正申告書は、請求人の本件各年分の所得税等に係る調査(以下「本件調査」という。)において、請求人が、原処分庁所属の調査担当職員から、平成26年4月16日に売却した肉用牛7頭については本件特例の適用がない旨の指摘を受けたため、これを受けて提出したものであった。 - ハ 修正申告に係る過少申告加算税の賦課決定処分
原処分庁は、請求人の平成26年分の所得税等について上記ロの修正申告書が提出されたことに伴い、平成28年12月9日付で別表1の「賦課決定処分」欄のとおりの過少申告加算税の賦課決定処分をした。 - ニ 原処分
原処分庁は、本件調査の結果に基づき、本件特例を適用して所得税を免除する事業所得の金額の計算に当たっては、売却損牛に係る収入金額及び必要経費も含めるべきであるとして、本件各年分の所得税等について、平成29年3月8日付で別表1の「更正処分等」欄のとおりの各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をした。
なお、原処分庁が本件各更正処分により認定した事業所得の金額は、別表2の「更正処分」欄のとおりである。 - ホ 審査請求
請求人は、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分を不服として、平成29年4月19日に審査請求をした。
2 争点
- (1) 本件特例を適用して所得税を免除する事業所得の金額の計算に当たっては、全ての免税対象飼育牛を対象とすべきか否か(争点1)。
- (2) 原処分は、信義誠実の原則(以下「信義則」という。)及び課税の公平の観点から違法であるか否か(争点2)。
- (3) 請求人には、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」があるか否か(争点3)。
3 争点についての主張
(1) 争点1(本件特例を適用して所得税を免除する事業所得の金額の計算に当たっては、全ての免税対象飼育牛を対象とすべきか否か。)について
原処分庁 | 請求人 |
---|---|
本件特例を適用して所得税を免除する事業所得の金額の計算に当たっては、次の理由により、全ての免税対象飼育牛を対象とすべきである。 | 本件特例を適用して所得税を免除する事業所得の金額の計算に当たっては、次の理由により、売却損牛を含めずに計算すべきである。 |
イ 所得税法第27条において、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額が事業所得の金額である旨規定していることから、措置法第25条第1項における「その売却により生じた事業所得」とは、その年中に売却した全ての免税対象飼育牛の売却により生じた全体の収入金額から必要経費を控除した事業所得と解すべきである。 このことからすれば、措置法第25条第1項は、売却益が生じた免税対象飼育牛に係る所得のみに対し適用することはできない。 したがって、売却損牛を含め、その年中に売却した全ての免税対象飼育牛に係る事業所得の金額について措置法第25条第1項を適用する必要があり、売却損牛に係る売却金額や育成費用等を、免税対象飼育牛の売却により生じた事業所得の総収入金額や必要経費から除外して計算することは認められない。 |
イ 措置法第25条第1項は「売却により生じた事業所得に対する所得税を免除する。」と規定しているだけで、所得税を免除する事業所得の金額の計算方法について規定しているものではない。 措置法第25条の適用要件に該当する牛の売却所得が事業所得と譲渡所得に分かれることになるため、所得税を免除する事業所得の対象となるのは事業所得に該当する牛の売却だけであると規定するために「事業」という文言を挿入したものである。 |
ロ 措置法施行令第17条第4項において、措置法第25条第1項の規定により免除される所得税の額は、その年分の総所得金額に係る所得税の額から同項に規定する所得の金額がないものとして計算した場合における総所得金額に係る所得税の額を控除した金額とする旨規定している。 措置法第25条第1項の規定により免除される所得とは、上記1の(2)のハの(ロ)のとおり、「当該個人のその売却をした日の属する年分のその売却により生じた事業所得」と規定されている。 |
ロ 措置法施行令第17条第4項によれば、「措置法第25条第1項の規定により免除される所得税の額は、その年分の総所得金額に係る所得税の額から同項に規定する所得の金額がないものとして計算した場合における総所得金額に係る所得税の額を控除した金額とする。」と規定されているが、「同項に規定する所得の金額」の具体的な明示はされていない。 また、「所得の金額がないものとして」との文言からは、それぞれが黒字の場合を前提としており、赤字の場合は零円として(なかったものとみなして)計算すると推定するのが妥当な考えである。 上記の解釈については、措置法第25条第4項で「財務省令で定める事項を証する書類の添付がある場合に限り適用する。」と規定した文言からみても明らかで、書類の添付のない免税対象飼育牛の売却は免税の対象とはならず、個々に書類を添付しないで申告すれば総合課税の方法で申告することも認めることとなることからも妥当な解釈である。 |
ハ 平成23年12月27日付23生畜第2123号農林水産省生産局長通知「肉用牛売却所得の課税の特例措置について」(平成26年6月30日付26生畜第431号農林水産省生産局長通知による一部改正後のもの。以下「本件通知」という。)は、所得税法等の一部を改正する法律及び地方税法の一部を改正する法律により、措置法第25条に規定する特例及び租税特別措置法第67条の3に規定する特例の適用期限が3年間延長されたことを通知した文書であり、併せて、従来からある農業生産法人の課税の方法を改めて周知するものであって、法令の異なる個人の所得税を免除する事業所得の金額から売却損牛の損失が除かれることを定めたものではない。 | ハ 本件通知の「第5 課税の方法」の「1 個人の場合(所得税等)」には売却損牛を除外して計算することはできないとは記載されてなく、「2 農業生産法人の場合(法人税)」にのみ売却損牛に係る教示文が記載されていることからみても、個人の所得税を免除する事業所得の計算では売却損牛を除外して計算する方法を認めているものと考える。 |
(2) 争点2(原処分は、信義則及び課税の公平の観点から違法であるか否か。)について
請求人 | 原処分庁 |
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イ 請求人は、昭和○年から畜産業を営み、当初から今回の申告方法と同じ方法で所得税を免除する事業所得の金額を計算して、申告しており、原処分庁からの調査も過去○回受けているが、今回のような指摘や指導を受けたことはなく、過去の調査でも請求人の所得税を免除する事業所得の金額の計算方法を認めてきているのに、請求人の計算方法は誤りであるという今回の処分は信義則に反するものである。 | イ 租税法律関係において信義則の適用があるのは、少なくとも、税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しそれに基づいて何らかの行為をしたことが前提である旨解されている。 そして、公的見解があったというためには、原則として税務署長など一定の責任ある立場の者が正式に見解を表示する必要があると解されていることから、仮に請求人の主張のとおり、過去の調査において当該調査の調査担当者が本件特例の適用に係る指摘をしなかったとしても、これにより信義則の法理の適用の前提となる税務官庁の公的見解が示されたということはできない。 |
ロ 請求人の代理人は、他の畜産関与先に対して請求人と同一の所得税を免除する事業所得の金額の計算方法で申告しているが、今まで一度も指摘や指導を受けたことはない。多くの畜産家が請求人と同じ所得税を免除する事業所得の金額の計算方法で申告しているのに、なぜ本件調査だけが問題なのか何ら明確な説明はされず、課税の公平の観点からも違法な処分である。 | ロ 本件調査は、請求人に対する調査により把握した事実関係に則り、法令の規定に従って適法な手続により行われている。 |
(3) 争点3(請求人には、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」があるか否か。)について
請求人 | 原処分庁 |
---|---|
請求人の申告を過去○度の税務調査があったにもかかわらず長期間にわたり認容し、請求人の申告(課税の取扱い)が法的に定着しているように信じさせた原因は課税庁側にあり、納税者の責めに帰すべき事由はなく、本件事務運営指針の第1の1の(4)に該当するから、請求人に、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」がある。 | 請求人は、昭和○年の開業当初から売却損牛の損失を、所得税を免除する事業所得の金額に含めずに確定申告書を作成し、原処分庁に提出していたものと認められる。 また、本件各年分の所得税等の確定申告書については、関与税理士を介して原処分庁に提出されており、確定申告の税務相談において税務職員等が請求人に対して誤った指導を行った事実も認められない。 そうすると、請求人は、自己の責任において独自の法令の解釈に基づき所得税を免除する事業所得の金額を計算した確定申告書を原処分庁に提出していたものであり、本件事務運営指針第1の1の(4)には該当せず、請求人に通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」はない。 |
4 当審判所の判断
(1) 争点1(本件特例を適用して所得税を免除する事業所得の金額の計算に当たっては、全ての免税対象飼育牛を対象とすべきか否か。)について
- イ 検討
- (イ) 措置法第25条第1項は、上記1の(2)のハの(ロ)のとおり、農業を営む個人が、同項各号に掲げる売却の方法により当該各号に定める肉用牛を売却した場合において、その売却した肉用牛が全て免税対象飼育牛であり、かつ、その売却した肉用牛の頭数の合計が1,500頭以内であるときは、当該個人のその売却をした日の属する年分のその売却により生じた事業所得に対する所得税を免除するとした規定である。そして、同条第7項の規定の委任を受けた措置法施行令第17条第4項は、措置法第25条第1項の規定により免除される所得税の額は、その年分の総所得金額に係る所得税の額から同項に規定する所得の金額がないものとして計算した場合における総所得金額に係る所得税の額を控除した金額とする旨規定している。
- (ロ) 措置法第25条第1項の規定の文理に照らせば、同項に規定する「その売却により生じた事業所得」とは、農業を営む個人において同項各号に掲げる売却の方法により売却した当該各号に定める肉用牛の全てが免税対象飼育牛であり、かつ、その売却頭数の合計が1,500頭以内である場合の「その売却により生じた事業所得」を意味することは明らかというべきである。また、措置法施行令第17条第4項にいう「同項に規定する所得の金額」とは、措置法第25条第1項に規定する「その売却により生じた事業所得」の金額を意味することも、また、その文理上、明らかというべきである。
そして、措置法第25条第1項にいう「事業所得」は、所得税法第27条第1項に規定する事業所得をいい(措置法第2条第1項第7号)、措置法施行令第17条第4項にいう「所得の金額」、すなわち事業所得の金額は、所得税法第27条第2項に規定する事業所得の金額であってその年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額をいうものである以上(措置法施行令第1条第1項及び措置法第2条第1項第8号)、措置法第25条第1項に規定する「その売却により生じた事業所得」の金額及び措置法施行令第17条第4項に規定する「同項に規定する所得の金額」の計算上売却損牛に係る収入金額及び必要経費を除外して当該事業所得の金額を計算することが許容されていると解する余地はないというべきである。 - (ハ) 以上によれば、本件特例を適用して所得税を免除する事業所得の金額の計算に当たっては、個々に売却損が生じたか否かにかかわらず、全ての免税対象飼育牛を対象とすべきである。
- ロ 請求人の主張について
- (イ) 請求人は、措置法第25条第1項の規定は、所得税を免除する事業所得の金額の計算方法について規定しているものではなく、また、措置法施行令第17条第4項の規定も、「同項に規定する所得の金額」の具体的な明示はされていないとした上で、同項が「所得の金額がないものとして」と規定していることからすれば、それぞれが黒字の場合を前提とし、赤字の場合は零円として(なかったものとみなして)計算すると推定するのが妥当である旨主張する。また、かかる解釈の妥当性は、措置法第25条第4項所定の書類の添付がない免税対象飼育牛の売却は本件特例の対象とされず、個々に当該書類を添付しないで申告すれば総合課税の方法による申告が認められることからも明らかである旨主張する。
しかしながら、本件特例により免除される所得税の額の計算方法は、上記イのとおり、措置法第25条第1項及び措置法施行令第17条第4項の各規定により明らかであり、また、当該各規定の文理上、売却損牛に係る収入金額及び必要経費を除外して事業所得の金額を計算することが許容されていると解する余地のないことも上記イのとおりである。
したがって、この点に関する請求人の主張は採用できない。 - (ロ) また、請求人は、本件通知において、法人についてのみ売却損牛を除外して利益の額を計算することができないことに留意する旨の教示があり、本件特例の対象となる個人については当該教示に相当する記載がないことからみても、本件特例においては売却損牛に係る収入金額及び必要経費を除外して事業所得の金額を計算することが認められている旨主張する。
しかしながら、肉用牛の売却に係る課税の特例措置については、上記1の(2)のハの(ロ)及び(ハ)のとおり、そもそも個人と法人でその根拠条文を異にするものである上、本件特例の適用上、売却損牛に係る収入金額及び必要経費を除いて事業所得の金額を計算することが許容されると解する余地のないことは上記イのとおりである。
したがって、この点に関する請求人の主張は採用できない。
- (イ) 請求人は、措置法第25条第1項の規定は、所得税を免除する事業所得の金額の計算方法について規定しているものではなく、また、措置法施行令第17条第4項の規定も、「同項に規定する所得の金額」の具体的な明示はされていないとした上で、同項が「所得の金額がないものとして」と規定していることからすれば、それぞれが黒字の場合を前提とし、赤字の場合は零円として(なかったものとみなして)計算すると推定するのが妥当である旨主張する。また、かかる解釈の妥当性は、措置法第25条第4項所定の書類の添付がない免税対象飼育牛の売却は本件特例の対象とされず、個々に当該書類を添付しないで申告すれば総合課税の方法による申告が認められることからも明らかである旨主張する。
(2) 争点2(原処分は、信義則及び課税の公平の観点から違法であるか否か。)について
-
イ 請求人は、昭和○年以後、本件各申告と同様の方法で肉用牛の売却に係る事業所得の金額を計算し申告しており、過去の税務調査においても、請求人による当該事業所得の金額の計算方法が許容されていたのであるから、当該計算を誤りとする本件各更正処分は信義則に反し違法である旨主張する。
租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の法理の適用については、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて信義則の法理の適用の是非が考慮されるべきものと解されている。
肉用牛の売却による所得税の免税制度は、上記1の(3)のロのとおり、その創設以降、肉用牛の売却により生じた事業所得に対する所得税を免除するという点において変更はなく、また、課税実務において、請求人の主張する所得計算の方法を是認する取扱いがされていたとも認められないから、請求人の主張する事情が上記にいう「特別の事情」に当たらないことは明らかというべきである。 - ロ また、請求人は、多くの畜産家が請求人と同様の方法で肉用牛の売却に係る事業所得の金額を計算し申告しているのであるから、本件各更正処分は課税の公平の観点からも違法な処分である旨主張する。
しかしながら、本件各更正処分が適法であるとすれば(後記(4)参照)、仮に、他の畜産家が請求人と同様の方法で申告をし、それにもかかわらず請求人と同様の課税処分を受けていなかったとしても、そのことによって直ちに本件各更正処分が課税の公平に反し違法となるものではない。 - ハ 以上のとおりであるから、原処分に信義則又は課税の公平の観点からの違法があるとは認められない。よって、かかる違法があることを前提とする請求人の主張には理由がない。
(3) 争点3(請求人には、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」があるか否か。)について
- イ 法令解釈
通則法第65条に規定する過少申告加算税は、過少申告による納税義務違反の事実があれば、原則としてその違反者に対して課されるものであり、これによって、当初から適法に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに、過少申告による納税義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図り、もって納税の実を挙げようとする行政上の措置である。
このような過少申告加算税の趣旨に鑑みれば、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」があると認められるものがある場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解されている。 - ロ 当てはめ
請求人は、過去○度の税務調査があったにもかかわらず請求人の申告を長期間にわたり認容し、課税の取扱いが法的に定着しているように信じさせた原因は課税庁側にあり、納税者の責めに帰すべき事由はなく、請求人には、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」がある旨主張する。
しかしながら、本件各申告を含め、過去の請求人による所得計算の方法ないし申告が原処分庁による誤った指摘又は指導に従ってされていたとする証拠は認められず(この点において、本件事務運営指針の第1の1の(4)に掲げる事実には該当しない。)、また、請求人の主張する所得計算の方法が課税実務上の取扱いとして一般に是認されていたとも認められない以上、仮に、請求人の申告を長期間にわたって原処分庁が認容し、あるいは、過去の税務調査において本件調査におけるような指摘、指導がなかったという事情があったとしても、かかる事情をもって真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情ということはできない。
したがって、本件各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」があるとは認められない。
(4) 本件各更正処分の適法性について
上記(1)及び(2)のとおり、本件各更正処分には、争点1及び2についてこれを取り消すべき理由はない。そして、争点以外の点につき、請求人は、本件各更正処分の納付すべき税額の計算の基礎となる金額及びその計算方法を争わず、当審判所においても、本件各年分の所得税等の課税標準ないし納付すべき税額は、本件各更正処分におけるそれと同額であると認められる。
したがって、本件各更正処分はいずれも適法である。
(5) 本件各賦課決定処分の適法性について
上記(4)のとおり、本件各更正処分はいずれも適法であり、通則法第65条第1項所定の要件を充足するところ、本件各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、同条第4項に規定する「正当な理由」があるとは認められないことは、上記(3)のとおりである。そして、他に計算の基礎となる金額及び計算方法につき請求人は争わず、当審判所においても、本件各年分の所得税等に係る過少申告加算税の額は、本件各賦課決定処分におけるそれと同額であると認められる。
したがって、通則法第65条第1項の規定に基づいてされた本件各賦課決定処分はいずれも適法である。
(6) 結論
よって、審査請求には理由がないから、いずれも棄却することとする。
別表1 審査請求に至る経緯及び内容(省略)
別表2 各年分の事業所得の金額(省略)