(平成30年1月11日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が滞納者から預金債権等を無償で譲り受けたとして、原処分庁が、請求人に対し、国税徴収法(平成28年法律第15号による改正前のもの。以下「徴収法」という。)第39条《無償又は著しい低額の譲受人等の第二次納税義務》に基づく第二次納税義務の納付告知処分をしたところ、請求人が、当該預金債権等は離婚に伴う財産分与として譲り受けたものであり、必要かつ合理的な理由があるから、同条に規定する無償による譲渡には該当しないとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令の要旨

  • イ 徴収法第32条《第二次納税義務の通則》第1項は、税務署長は、納税者の国税を第二次納税義務者から徴収しようとするときは、その者に対し、政令で定めるところにより、徴収しようとする金額、納付の期限その他必要な事項を記載した納付通知書により告知しなければならない旨規定している。
  • ロ 徴収法第39条は、滞納者の国税につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合において、その不足すると認められることが、当該国税の法定納期限の1年前の日以後に、滞納者がその財産につき行った無償又は著しく低い額の対価による譲渡、債務の免除その他第三者に利益を与える処分(以下、これらの処分を「無償譲渡等の処分」という。)に基因すると認められるときは、無償譲渡等の処分により権利を取得し、又は義務を免れた者は、無償譲渡等の処分により受けた利益が現に存する限度(これらの者がその処分の時にその滞納者の親族その他の特殊関係者であるときは、無償譲渡等の処分により受けた利益の限度)において、その滞納に係る国税の第二次納税義務を負う旨規定している。
  • ハ 民法第768条《財産分与》第1項は、協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる旨規定している。
     また、民法第768条第2項本文は、同条第1項の財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる旨規定し、同条第3項は、同条第2項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める旨規定している。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人と滞納者の関係について
    • (イ) 納税者J(昭和○年○月○日生まれ。以下「本件滞納者」という。)は、平成○年○月○日に、請求人の父であるK及び請求人の母であるLと養子縁組の届出をし、養親の氏である「○○」を称することとなった。
    • (ロ) 請求人と本件滞納者は、平成○年○月○日に、本件滞納者を夫とし、請求人を妻とする旨の婚姻届出をした。その後、本件滞納者及び請求人は、請求人の両親と同居し、子を3人もうけた。
  • ロ 本件滞納者の事業について
     本件滞納者は、平成○年○月○日に、Kがa市b町○−○において「M」の屋号で営んでいた○○製造業を引き継いだ(以下、「M」の屋号で営まれている事業を「本件事業」という。)。
  • ハ 離婚協議等について
    • (イ) 請求人と本件滞納者は、請求人の両親及び本件滞納者の両親同席の下、平成27年1月23日に離婚協議を行い(以下、同日に行われた離婚協議を「本件協議」という。)、離婚をすること及び3人の子(離婚当時長女○歳、長男○歳、次男○歳)の親権者及び監護者を請求人にすることに合意し、離婚合意書と題する書面(以下「本件合意書」という。)を作成した。
       なお、本件合意書の第三条には、「離婚後は金銭要求を行わない事を定める。」と記載されている。
    • (ロ) Kは、本件協議の場において、「平成27年1月26日以降に○○解約後、300万円を渡すことを約束する」と記載した契約書と題する書面(以下「本件契約書」という。)に署名押印し、本件滞納者は、本件契約書を受領した。
    • (ハ) 本件滞納者は、平成27年1月26日以降、請求人から現金3,000,000円を受領した。
    • (ニ) 請求人と本件滞納者は、平成○年○月○日に、離婚及び3人の子の各親権は全て請求人が行う旨の届出をした(以下、この離婚を「本件離婚」という。)。
    • (ホ) 本件滞納者とK及びLは、平成○年○月○日に、養子離縁の届出をし、本件滞納者は、氏を「○○」に復した。
  • ニ 本件滞納者名義の預貯金口座等について
    • (イ) 平成27年1月3日現在、本件滞納者名義の預貯金口座には、別表1のものがあった(以下、別表1の順号1ないし12の預貯金口座を併せて「本件各預金口座A」といい、同表の順号1ないし7の預貯金口座を併せて「本件各預金口座B」という。)。
    • (ロ) 平成27年1月3日現在、本件滞納者が契約者となっている生命保険契約及び生命共済契約には、別表2のものがあった(以下、別表2の順号1ないし7の生命保険契約及び生命共済契約に係る解約返戻金を「本件各返戻金」という。)。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 原処分庁は、本件滞納者が納付すべき別表3記載の滞納国税を徴収するため、請求人に対し、徴収法第39条の規定に該当する事実があるとして、同法第32条第1項の規定に基づき、平成28年2月26日付の納付通知書により、納付すべき金額の限度額を○○○○円とする第二次納税義務の納付告知処分(以下「本件告知処分」という。)をした。
  • ロ 請求人は、本件告知処分を不服として、平成28年3月30日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月20日付で棄却の異議決定をした。
  • ハ 請求人は、異議決定を経た後の本件告知処分に不服があるとして、平成28年7月19日に審査請求をした。

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2 争点

本件滞納者から請求人に対して、徴収法第39条に規定する無償による譲渡があったか否か。

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3 主張

原処分庁 請求人
次のことから、本件滞納者から請求人に対して、徴収法第39条に規定する無償による譲渡があった。 次のとおり、本件滞納者から請求人に対して、徴収法第39条に規定する無償による譲渡はなかった。
(1) 本件滞納者は、次のことから、平成27年1月3日に、本件各預金口座Aに係る各預金債権及び本件各返戻金に係る請求権(以下「本件各債権」という。)を請求人に対し、無償で譲渡した。 (1) 後記(2)のとおり、本件滞納者から請求人への財産の譲渡は、本件離婚に伴う財産分与の趣旨でされたものであるから、徴収法第39条に規定する無償による譲渡には当たらない。
 なお、次のとおり、原処分庁が認定した事実には誤りがある。
イ 請求人は、平成27年1月3日に、本件滞納者から本件事業の引継ぎを受け、同日から本件事業を経営していたところ、本件滞納者は、本件事業の継続に必要となることから、請求人に本件各債権を譲渡した。
イ 平成27年1月3日の時点では本件事業の引継ぎは行われておらず、本件滞納者は、本件事業を行っていたのであるから、同日における財産の譲渡はない。
ロ 請求人は、本件各預金口座Aに係る各預金債権について、本件各預金口座Aそれぞれの1日の払出許容金額の範囲内で預金を引き出し、請求人名義の預金口座に移し替えており、本件事業を経営していくための預金であるとの認識で本件各預金口座Aに係る各預金債権を譲り受けた。
ロ 請求人が本件滞納者から譲り受けた預金債権は、本件各預金口座Aに係る各預金債権ではなく、本件各預金口座Bに係る各預金債権である。
なお、別表1の順号7の預金口座の平成27年1月3日現在の残高には、取引先であるN社からの過入金620,592円が含まれており、これは請求人が本件滞納者から譲り受けた財産には含まれない。
ハ 本件滞納者は、請求人に対し、本件各返戻金の交付又は返還を求めていないことからすると、請求人に対して本件各返戻金に係る請求権を譲渡する黙示の意思表示があった。
 
(2) 本件各債権の譲渡は、次のことから、本件離婚に伴う財産分与として行われたものとは認められない。 (2) 請求人と本件滞納者は、本件協議を行い、その結果、請求人は、本件滞納者から財産分与の趣旨で、本件各預金口座Bに係る各預金債権(上記(1)のロの過入金相当額を除く。)及び本件各返戻金に係る請求権を譲り受けた。
 そして、請求人が本件滞納者に請求できる財産分与額は、少なくとも○○○○円(清算的財産分与額○○○○円+扶養的財産分与額○○○○円+慰謝料的財産分与額○○○○円)であるところ、実際に請求人が得た財産は、大きく見積もっても○○○○円にすぎないから、財産分与として不相当に過大なものではない。
 なお、清算的財産分与額は、平成27年1月22日現在の夫婦共有財産の合計額である○○○○円の2分の1の金額である。
イ 本件滞納者は、離婚当時の本件各預金口座Aの残高及び本件各返戻金の額を把握していなかったのであるから、財産分与の話ができる状態ではなかった。
イ 預金残高や解約返戻金の具体的な金額が不明であっても、預金や解約返戻金を財産分与の目的で譲渡することに合意することは可能であるし、具体的な額を把握せずに財産分与の合意を行うことは何ら異常なことではない。
ロ 本件合意書には、財産分与に関する記載がなく、離婚後はお互いに金銭要求を行わないことに合意したことが明記されている。
 また、本件滞納者及び請求人が、財産分与について確認したことを証明する具体的な証拠書類等はない。
ロ 本件合意書作成時点では既に、財産分与の協議がなされ、財産分与の合意が成立していたことから、離婚後は、これ以上お互いに新たな金銭要求は行わない旨を、本件合意書に記載したものである。
ハ 離婚に際して、請求人が夫婦共有財産の大半を占有し、その財産の内容について本件滞納者に知らせることもなく、十分な話合いやお互いの了解もない状態で、一方的に財産を自己のものとするような行為は財産分与とはいえない。
ハ 仮に、請求人が本件滞納者の了解もない状態で一方的に財産を自己のものとしているならば、それは本件滞納者による財産の譲渡とはいえず、原処分庁の主張は、徴収法第39条の処分要件を無視したものである。

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4 当審判所の判断

(1) 認定事実

請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 別居の経緯について
     本件滞納者は、平成27年1月8日までは請求人と同居し、本件事業に関与していたが、同日外出後に請求人等に連絡することなく帰宅せず、同日以降、請求人と別居している。
  • ロ 本件協議において作成された書面について
    • (イ) 本件協議において作成された書面は、本件合意書、本件契約書、離婚届及び養子離縁届の4つである。
    • (ロ) 本件合意書には、財産に関する事項としては、上記1の(3)のハの(イ)のとおり、「離婚後は金銭要求を行わない事を定める。」と記載があるのみで、その他に財産分与その他財産の処分に関する記載はない。
  • ハ 本件契約書の作成目的について
     本件契約書は、離婚に伴い、○○○○(別表4の順号1の○○○○)を解約し、解約返戻金のうち3,000,000円を本件滞納者に支払うことを約する目的で作成された。
  • ニ 平成27年1月22日現在の財産について
     平成27年1月22日現在の本件滞納者名義の財産は、別表1、別表2及び別表4記載のとおりであり、請求人名義の財産は別表5記載のとおりである。
  • ホ 運転免許証の謄写について
     本件協議の場において、本件滞納者から請求人に対して本件滞納者の運転免許証が手交され、その場で謄写された。

(2) 請求人らの答述等

  • イ 請求人の答述について
     請求人は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
    • (イ) 請求人は、本件協議において、本件滞納者から、仕事がなくなるから養育費は払えない、預金を養育費として渡すから、今後はそれで生活をしてくれと言われた。保険についても養育費としてもらったと思っている。
    • (ロ) 請求人は、本件滞納者から、本件事業を誰に引き継ぐとは言われていない。
  • ロ 請求人の申述について
     請求人は、平成28年2月25日に原処分庁所属の徴収担当職員に対し、本件離婚に至った経緯として、○○○○を挙げ、○○○○を申述した。
  • ハ 本件滞納者の答述について
     本件滞納者は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
    • (イ) 本件協議において、本件滞納者名義の預貯金及び保険をどうするか並びに本件滞納者名義の普通乗用車についてどうするかのいずれについても話をしなかった。
    • (ロ) 自分には財産がないと思っていたので、請求人と預貯金や保険を分けるという意識はなかった。また、○○家に財産を置いてきた又は贈与したという認識もなかった。
    • (ハ) 本件事業を誰に引き継ぐかについては話をしていない。本件事業はもともと○○家のものであるから、別居に伴い自分が本件事業から抜けただけという認識である。
    • (ニ) 離婚当時も、今も、請求人に金銭を請求しようとは思っていない。本件各債権について何か行動を起こす気持ちもない。
  • ニ 本件滞納者の申述について
    • (イ) 本件滞納者は、平成28年2月23日に原処分庁所属の徴収担当職員に対し、いくら預金があったかは分からないが、自分としては請求人にくれてやったようなものである旨を申述した。
    • (ロ) 本件滞納者は、平成28年4月21日に異議審理庁所属の異議事務担当職員に対し、慰謝料については、離婚の原因についての認識がお互いに違ったから、お互いに請求しないことにした旨を申述した。

(3) 法令解釈

  • イ 徴収法第39条が規定する第二次納税義務の趣旨
     徴収法第39条が規定する第二次納税義務の制度は、本来の納税義務者である滞納者が、その者の国税の法定納期限の1年前の日以後に、その者の財産について無償譲渡等の処分を行ったため、その者の財産に対して滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められることとなった場合に、当該処分により権利を取得し、又は義務を免れた第三者に対して、補充的に当該国税について履行責任を負わせることによって、当該国税の徴収確保を図ろうとする制度であると解される。
  • ロ 離婚における財産分与の法的性質
     民法第768条が規定する離婚における財産分与は、夫婦が婚姻中に有していた実質上の共同財産を清算分配するとともに、離婚後における相手方の生活の維持に資することにあるが、分与者の有責行為によって離婚をやむなくされたことに対する精神的損害を賠償するための給付の要素をも含めて分与することを妨げられないものというべきである(最高裁昭和58年12月19日第二小法廷判決・民集37巻10号1532頁参照)。このことからすると、離婚における財産分与は、1清算的要素、2扶養的要素、3慰謝料的要素の三要素(以下「財産分与の三要素」という。)から構成されると解される。
  • ハ 離婚における財産分与と徴収法第39条
    • (イ) 離婚における財産分与請求権は民法第768条第1項によって認められた権利であるから、離婚における財産分与として分与者の財産の譲渡等の処分が行われた場合、当該分与の額が同条に基づいて分与者が負担する法律上の義務の履行として認められる相当な限度を超えないものである限り、徴収法第39条が規定する無償譲渡等の処分に当たるものではないと解するのが相当である。
    • (ロ) このように、離婚における財産分与が徴収法第39条に規定する無償譲渡等の処分に当たるか否かは、当該分与が民法第768条の規定の趣旨に反して不相当に過大であるか否かによって判断することとなるところ、財産分与の額及び方法を定めるについては、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮すべきものであることは同条第3項の規定上明らかであり、このことは、裁判上の財産分与であると協議上のそれであるとによって、何ら異なる趣旨のものではないと解される(前掲最高裁昭和58年12月19日第二小法廷判決参照)。
       そうすると、財産分与が民法第768条の規定の趣旨に反して不相当に過大であるか否かは、1夫婦双方がその協力によって得た財産や夫婦それぞれの財産の額、並びにこれらの財産の形成への協力や貢献の状況等、2婚姻期間の長短や、婚姻期間中の生活状況等、3離婚後の扶養の必要性、及び4離婚の原因等の諸事情を考慮して、次のとおり、財産分与の三要素に相当する額をそれぞれ算定した上で判断するのが相当である。
      • A 清算的要素
        • (A) 財産分与における清算的要素とは、夫婦が婚姻中に有していた実質上の共同財産を清算分配するための給付の要素である。
           清算の対象財産は、婚姻中に夫婦の協力により取得した共同形成財産(取得名義が夫婦の共有となっている財産(共有財産)には限られない。以下「共同形成財産」という。)であるから、夫婦の一方が婚姻前から有する財産や、夫婦の一方が婚姻中に第三者から無償取得(相続・贈与)した財産は、夫婦各人の特有財産(民法第762条《夫婦間における財産の帰属》第1項)として、清算対象財産とはならないのが原則である。もっとも、特有財産であっても、婚姻中の夫婦の協力によってその価値が維持・増加したと認められる部分については、清算的財産分与の対象になると解するのが相当である。
        • (B) そして、清算割合は、配偶者の法定相続分が最低でも2分の1であること(民法第900条《法定相続分》)等を踏まえると、特に寄与の程度が異なることが明らかでなければ、2分の1であるとみるのが相当である。
      • B 慰謝料的要素
         財産分与における慰謝料的要素とは、分与者の有責行為によって離婚をやむなくされたことに対する精神的損害を賠償するための給付の要素である。
         慰謝料的要素に相当する額の算定は、有責行為の種類と態様、有責性の程度、婚姻期間や年齢、当事者双方の資力や社会的地位等、諸般の事情を考慮して行うのが相当である。
      • C 扶養的要素
         財産分与における扶養的要素とは、離婚後生活に困窮するものに対し経済的に余裕がある他方が行う、相手方の生活の維持に資するための給付の要素であり、本来離婚後は夫婦各自が経済的自立を求められることからすると、清算的財産分与や慰謝料などにより取得した財産では生計を維持することができない場合にのみ補充的に認められるものである。
         そうすると、扶養的財産分与の程度(離婚後の生計を維持できる程度)とは、生活保護において支給される最低生活費の程度というべきであり、扶養的要素に相当する額の算定に当たっては、1分与を求める者の要扶養状態を判断する事情として、離婚時の財産状況(資産・収入)、離婚後の所得稼得能力、養育すべき子の存在、離婚後他の親族により扶養を受ける可能性などを考慮し、2分与者の扶養能力を判断する事情として、離婚時の財産状況(資産・収入)、離婚後の所得の見込み、扶養義務を負う他の親族の存在などを考慮して行うのが相当である。

(4) 検討

徴収法第39条は、上記1の(2)のロのとおり規定しているのであるから、請求人に第二次納税義務を負わせるに当たっては、本件滞納者による無償譲渡等の処分があり、当該行為によって、請求人が権利を取得することを要するものである。
 そこで、以下、本件滞納者による無償譲渡等の処分があったか否かを検討する。

  • イ 事業の引継ぎに伴う無償譲渡の有無について
     原処分庁は、本件事業の引継ぎに伴い、本件各債権は本件滞納者から請求人に無償による譲渡がされた旨主張することから、本件事業の引継ぎに伴い、本件滞納者による本件各債権の無償による譲渡があったか否かを検討する。
     この点、請求人と本件滞納者との間で、本件事業の引継ぎに伴い、本件滞納者が請求人に対し本件各債権を譲渡したことを示す書面は見当たらない。
     また、本件滞納者は、上記(2)のハの(ハ)のとおり、本件事業を誰に引き継ぐかについては話をしていない、本件事業はもともと○○家のものであるから、別居に伴い自分が本件事業から抜けただけという認識である旨の答述をするところ、その答述内容は、上記1の(3)のロのとおり、Kにより営まれていた本件事業が、Kらとの養子縁組及び請求人との婚姻後数年して、Kから本件滞納者へ引き継がれたものであることからすると不自然とはいえない。さらに、上記(2)のイの(ロ)のとおり、請求人も、本件滞納者から請求人に本件事業を引き継ぐとは言われていない旨答述しており、少なくとも請求人と本件滞納者との間では、本件事業の引継ぎに関する協議や合意がなかったという点ではその答述内容は一致するものであるから、その限りでは各答述に信用性が認められる。
     そうすると、本件滞納者は、請求人に本件事業を引き継ぐための何らかの行為をしたとは認められず、さらに、当審判所の調査の結果によっても、本件滞納者が事業の引継ぎに伴い、本件各債権を請求人に無償による譲渡をしたと認めるに足りる証拠はない。
     したがって、本件事業の引継ぎに伴い、本件滞納者による本件各債権の無償による譲渡があったとは認められない。
  • ロ 本件離婚に伴う財産分与の有無について
     請求人は、本件滞納者から請求人への財産の譲渡は、本件離婚に伴う財産分与の趣旨で本件各預金口座Bに係る各預金債権及び本件各返戻金に係る請求権を譲り受けたものである旨主張することから、本件離婚に伴う本件滞納者から請求人への財産分与があったか否かを検討する。
     本件協議において作成された書面は上記(1)のロの(イ)のとおりであり、本件滞納者から請求人に対して、本件各預金口座Bに係る各預金債権及び本件各返戻金に係る請求権を財産分与として譲渡することについて、請求人と本件滞納者との間で、直接的に協議又は合意したことを示す書面は見当たらない。
     しかしながら、1請求人と本件滞納者は、上記1の(3)のハの(イ)及び(ロ)のとおり、平成27年1月23日に本件協議を行い、同日に本件合意書及び本件契約書を交わした後、同(ハ)及び(ニ)のとおり、本件契約書に基づいて本件滞納者は3,000,000円を受領し、平成○年○月○日に両者の離婚届が提出されていること、2本件合意書には、上記(1)のロの(ロ)のとおり、「離婚後は金銭要求を行わない事を定める。」旨記載されていること、3本件滞納者は、上記(2)のハの(ニ)のとおり、請求人に対して本件各債権の返還を求めておらず、その意思も有していないことを踏まえれば、請求人と本件滞納者との間で、本件離婚に当たって、本件滞納者は共同形成財産のうち3,000,000円を受け取り、その余は放棄する旨の財産分与の協議が成立したと解するのが相当である。
     このことは、上記(2)のニのとおり、本件滞納者の「いくら預金があったかは分からないが、自分としては請求人にくれてやったようなものである」、「慰謝料についてはお互いに請求しないことにした」旨の申述や、同イの(イ)のとおり、請求人の「預金や保険は養育費としてもらった」旨の答述からも裏付けられるほか、上記(1)のホのとおり、本件協議の場において、一般に預金の引出しや生命保険契約の解約時に本人確認用書類として利用される運転免許証が、本件滞納者から請求人に対して手交され、その場で謄写されている事実からも、強く推認されるものである。
     この点、本件滞納者は、上記(2)のハの(イ)及び(ロ)のとおり、本件協議において本件滞納者名義の財産の取扱いについて話をせず、自分には財産がないと思っていたので、請求人と預貯金や保険を分けるという意識はなかった旨、上記認定に相反する答述もしているが、本件契約書に基づき3,000,000円を受領し、本件協議の場において運転免許証を手交するなど、本件滞納者には上記答述に沿った行動や上記答述を裏付ける事実が認められないことに加え、同ニの本件滞納者の申述は、本件告知処分がされる前又はその直後の申述であることからすると、当該申述は信憑性が高く、本件滞納者の上記答述は採用することができない。
     以上のことからすれば、本件各預金口座Bに係る各預金債権及び本件各返戻金に係る請求権は、本件離婚に伴う財産分与により本件滞納者から請求人に譲渡されたものと認めることが相当である。
  • ハ 不相当に過大な財産分与かどうかについて
     上記ロのとおり、本件各預金口座Bに係る各預金債権及び本件各返戻金に係る請求権は、本件離婚に伴う財産分与により本件滞納者から請求人に譲渡されたものと認められるところ、上記(3)のハのとおり、離婚における財産分与が民法第768条の規定の趣旨に反して不相当に過大である場合には、不相当に過大である部分について徴収法第39条に規定する無償譲渡等の処分に該当するというべきであるから、本件滞納者から請求人への財産の譲渡が本件離婚に伴う財産分与として相当であるかについて、以下検討する。
     そして、検討に当たっては、上記(3)のロの財産分与の三要素に相当する額をそれぞれ算定した上で判断するのが相当である。
    • (イ) 清算的要素
      • A 上記(3)のハの(ロ)のAの(A)のとおり、清算の対象財産となるのは共同形成財産であるところ、本件において、請求人は、上記3の(2)のとおり、共同形成財産の評価額は合計○○○○円(別表6の「請求人主張の評価額」欄の合計)であると主張する。
         しかしながら、当審判所の調査によれば、当審判所において認定した平成27年1月22日現在における共同形成財産及びその評価額は別表6の「当審判所の認定評価額」欄記載のとおりであり、次のとおり、請求人が算定した上記共同形成財産の評価額には、評価の時点や計算に誤りがあるものや共同形成財産とすべき財産が含まれていないことから、これを採用することができない。
        • (A) 別表6の順号13の預貯金等の評価額については、請求人は平成27年1月27日現在の残高を採用しているが、同月22日現在の残高は286,877円である。
        • (B) 別表6の順号16ないし19の預貯金等及び順号30ないし33の解約返戻金は、請求人名義であるが、共同形成財産であると認められる。
        • (C) 別表6の順号20ないし33の解約返戻金については、平成27年1月22日現在の解約返戻金相当額で評価すべきである。
        • (D) 別表6の順号28及び29の解約返戻金は、本件滞納者名義であるが、共同形成財産であると認められる。
        • (E) 別表6の順号36の在庫商品については、請求人は同商品の1個当たりの小売価格(19,440円)を基準として5,054,400円としているが、同商品の1個当たりの卸売価格(3,200円)に個数(260個)を乗じた832,000円に、請求人の平成27年分収支内訳書(一般用)に基づき算出した原価率62.7%を乗じて算定した521,664円を評価額とすべきである。
        • (F) 別表6の順号39の売掛金債権については、平成27年1月15日に同表の順号4の普通預金口座に入金済みである366,726円を減額した1,272,826円をもって、評価額とすべきである。
      • B 以上によれば、平成27年1月22日現在における共同形成財産及びその評価額は、合計○○○○円(本件滞納者名義の共同形成財産:○○○○円、請求人名義の共同形成財産:○○○○円)であり、本件離婚に伴う財産分与について、請求人が本件滞納者に対して請求することができる清算的要素の額は、○○○○円((○○○○円×1/2)−○○○○円)とみるのが相当である。
    • (ロ) 慰謝料的要素
       請求人は、上記(2)のロのとおり、本件離婚に至った経緯として、○○○○を挙げ、当審判所に対して○○○○を説明するため○○○○を提出しているが、○○○○を証明するものではない。
       したがって、本件離婚に伴う財産分与における慰謝料的要素は認められない。
    • (ハ) 扶養的要素
       請求人は、本件離婚後、本件事業を営んでおり、離婚により職を失った本件滞納者に比べれば、所得稼得能力を十分に有していたと認められるが、上記1の(3)のハの(ニ)のとおり、3人の未成年の子を引き取っており、本件滞納者は、3人の子の年齢を考慮した監護費用を請求人に支払う義務があると認められること、また、本件滞納者は、職を失ったとはいえ、離婚当時の年齢が○歳と働き盛りであり再就職等も容易であったと認められ、所得稼得能力を十分に有していたといえることからすれば、請求人が扶養的要素に相当する金額として主張する○○○○円は3人の子の年齢を踏まえれば、成人するまでの監護費用としては、不相当に過大とまでは言い難い。
       したがって、本件離婚に伴う財産分与について、請求人が本件滞納者に対して請求することができる扶養的要素に相当する額は、○○○○円とみるのが相当である。
    • (ニ) 本件離婚に伴う財産分与の相当額
       上記(イ)ないし(ハ)によれば、請求人が本件滞納者に請求することができる1清算的要素の相当額は○○○○円であり、2慰謝料的要素は認められず、3扶養的要素の相当額は○○○○円とみるのが相当であるから、本件離婚に伴う財産分与の相当額は、上記1ないし3の額を合計した○○○○円とみるのが相当である。
    • (ホ) 請求人が取得した財産及びその価額
      • A 請求人は、上記3の(2)のとおり、請求人が得た財産の価額は大きく見積もっても○○○○円(別表7の「請求人主張の取得財産」欄の合計)であると主張する。
         しかしながら、当審判所の調査によれば、平成27年1月22日現在における本件滞納者名義の共同形成財産のうち、当審判所において認定した請求人が取得した財産及びその価額は別表7の「当審判所の認定取得財産」欄記載のとおりであり、次のとおり、請求人の主張する上記の取得財産には、評価の時点や計算に誤りがあるものや、取得した財産が含まれていないものなどがあることから、これを採用することができない。
        • (A) 別表7の順号8及び9の預貯金等は、本件滞納者が解約しており、本件離婚に伴う財産分与により請求人は取得していないものと認められる。
        • (B) 別表7の順号13ないし15の預貯金等については、請求人名義であるため、本件離婚に伴う財産分与により請求人が取得したものとは認められない。
        • (C) 別表7の順号16ないし22の解約返戻金については、平成27年1月22日現在の解約返戻金相当額で評価すべきである(上記(イ)のAの(C))。
        • (D) 別表7の順号24及び25の解約返戻金については、平成27年3月4日に解約した際の解約返戻金が、請求人が取得したと認められる同表の順号7の普通預金に入金されているため、請求人が取得した財産とするのが相当である。
        • (E) 別表7の順号29の売掛金債権については、同表の「当審判所の認定取得財産」欄の価額が相当である(上記(イ)のAの(F))。
      • B 以上によれば、当審判所の認定した平成27年1月22日現在の本件滞納者名義の共同形成財産のうち、請求人が取得した財産及びその価額は別表7の「当審判所の認定取得財産」欄の合計額○○○○円であると認められる。
         ところで、請求人は、共同形成財産のうち別表6の順号36の在庫商品については、本件滞納者が本件離婚後に持ち去った旨主張するところ、当該事実の真偽は不明であるが、仮に、当該在庫商品を請求人が取得したとしても、当該在庫商品の評価額は、別表6の順号36の「当審判所の認定評価額」欄のとおり、521,664円であることから、請求人が取得した財産の価額は、大きく見積もっても○○○○円であると認められる。
    • (ヘ) 小括
       上記(ホ)のとおり、請求人が取得した財産の価額は、上記(ニ)で算定した財産分与相当額○○○○円を下回るものであり、民法第768条の規定の趣旨に反して不相当に過大ではないため、本件離婚に伴う財産分与について、徴収法第39条に規定する無償による譲渡があったとは認められない。
  • ニ 原処分庁の主張について
     原処分庁は、1本件滞納者は、離婚当時の本件各預金口座Aの残高及び本件各返戻金の額を把握していなかったのであるから、財産分与の話ができる状態ではなかった、2本件合意書には財産分与に関する記載がない、3離婚に際して、請求人が夫婦共有財産の大半を占有し、その財産の内容について本件滞納者に知らせることもなく、十分な話合いやお互いの了解もない状態で、一方的に財産を自己のものとするような行為は財産分与とはいえないこと等を理由に、本件各債権の譲渡は、本件離婚に伴う財産分与として行われたものではない旨主張する。
     しかしながら、1については、離婚に当たって共同形成財産の総額を把握していない場合であっても、財産分与の協議を行うことは可能であり、2については、本件合意書に財産分与に関する記載がなかったとしても、本件協議の場において、取り交わされた本件合意書及び本件契約書の内容等を踏まえると、上記ロのとおり、本件滞納者と請求人との間で財産分与の協議が成立したと解するのが相当であるから、原処分庁の主張はいずれも採用できない。また、3については、仮に、請求人が本件滞納者の了解なく一方的に本件滞納者の財産を自己のものとした場合には、当該財産の処分は本件滞納者の行為とはいえず、そもそも徴収法第39条の無償譲渡等の処分に当たらないこととなるから、本件告知処分の適法性の主張とは矛盾する主張であり、採用することはできない。
     さらに、原処分庁は、本件滞納者は本件事業の継続に必要となることから、請求人に本件各債権を譲渡した旨、請求人は本件事業を経営していくための預金であるとの認識で本件各預金口座Aに係る各預金債権を譲り受けた旨主張する。
     しかしながら、本件各債権については、上記ロのとおり、本件離婚に伴う財産分与により本件滞納者から請求人に譲渡されたと認めるのが相当であるから、原処分庁の主張は採用できない。
  • ホ まとめ
     上記イないしハから、本件滞納者から請求人に対して、徴収法第39条に規定する無償による譲渡があったとは認められない。
     なお、無償譲渡等の処分のその他の部分については、原処分庁は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、本件離婚に伴う財産分与以外に、本件滞納者から請求人に対して著しく低い額の対価による譲渡、債務の免除、その他利益を与える処分を行った事実は見当たらない。

(5) 本件告知処分の適法性について

上記(4)のとおり、本件滞納者から請求人に対して、原処分庁が主張する徴収法第39条に規定する無償譲渡等の処分があったと認めることはできないことから、本件告知処分は違法であり、その全部を取り消すべきである。

(6) 結論

よって、審査請求には理由があるから、原処分を全部取り消すこととする。

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