(令和元年5月29日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、相続により取得した土地を不動産販売業者の試算した価格を基に評価し、また、被相続人名義の預金の一部を相続財産に含めずに相続税の申告をしたところ、原処分庁が、当該土地を財産評価基本通達に定める評価方法に基づき評価するとともに、当該預金を課税価格に加算するなどして更正処分等をしたのに対し、請求人が、当該土地の評価額には時価を上回る違法があることに加え、被相続人には委任契約に基づく請求人に対する報酬に係るとする未払債務及び請求人が立替払した費用償還請求権に係るとする債務があり、これらの金額を相続税の課税価格の計算上相続財産の価額から控除すべきであるなどとして、当該更正処分等の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令等

  • イ 相続税法(平成29年法律第4号による改正前のもの。以下同じ。)第22条《評価の原則》は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による旨規定している。
     そして、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56ほか国税庁長官通達。以下「評価通達」という。)1《評価の原則》の(2)は、財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による旨、また、同1の(3)は、財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべき全ての事情を考慮する旨、それぞれ定めている。
  • ロ 相続税法第13条《債務控除》第1項は、相続により取得した財産について、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から被相続人の債務で相続開始の際現に存するものの金額を控除した金額による旨規定している。
  • ハ 民法第648条《受任者の報酬》第2項は、委任契約における受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない旨規定し、同法第650条《受任者による費用等の償還請求等》第1項は、同受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用の償還を請求することができる旨規定している。
  • ニ 国税通則法(平成28年法律第15号による改正前のもの。以下同じ。)第65条《過少申告加算税》第1項は、期限内申告書が提出された場合において、更正があったときは、当該納税者に対し、その更正に基づき同法第35条《期限後申告等による納付》第2項の規定により納付すべき税額に100分の10の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税を課する旨、また、同法第65条第2項は、同条第1項の規定に該当する場合において、同項に規定する納付すべき税額がその国税に係る期限内申告税額に相当する金額と50万円とのいずれか多い金額を超えるときは、同項の過少申告加算税の額は、同項の規定にかかわらず、同項の規定により計算した金額に、当該超える部分に相当する税額に100分の5の割合を乗じて計算した金額を加算した金額とする旨規定している。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 相続について
     請求人の姉であるH(以下「本件被相続人」という。)は、推定平成27年7月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡し、その相続(以下「本件相続」という。)が開始した。本件相続に係る法定相続人は、請求人1名であり、請求人は、本件相続により、d市e町○−○に所在する宅地(以下「本件土地」という。)を含む本件被相続人の全ての財産を取得した。
  • ロ 本件相続開始日における本件土地の状況等について
    • (イ) 本件被相続人は、本件土地及びd市e町○−○に所在する昭和47年1月28日新築の居宅を所有していた。請求人は、本件相続により本件土地及び同居宅を取得したが、いずれも平成27年12月20日締結の売買契約により44,000,000円で売却した。なお、同居宅は、平成28年4月9日、買主によって取り壊された。
    • (ロ) 本件土地は、北側で幅員約4mの道路(以下「本件道路」という。)に接し、間口が約14.6m、奥行が約11mのほぼ長方形の画地であり、実測地積は164.61uであった。
       本件土地の東側と南側は、それぞれ幅員約4mの通路に接しており、本件道路と東側の通路が接する角及び東側の通路と南側の通路が接する角には、通路として利用されている隅切り用地がそれぞれ1.02u及び1.07u存していた(別図1参照)。
    • (ハ) 本件土地は、都市計画法上の第一種低層住居専用地域に所在し、建築基準法上の容積率は80%、建蔽率は40%であった。
       d市においては、第一種低層住居専用地域で建蔽率が50%以下の地域について、建築物の敷地面積の最低限度を100uと定めていた。
    • (ニ) 評価通達に基づきK国税局長が定めた平成27年分財産評価基準書には、本件道路の路線価は260,000円とされ、本件土地の南方約40mに位置する「L通り」(別図2参照)の路線価は275,000円とされていた。
    • (ホ) 本件土地は、文化財保護法第93条《土木工事等のための発掘に関する届出及び指示》第1項に規定する「周知の埋蔵文化財包蔵地」に該当する「M」として周知されている地域内に所在していた。
       d市においては、「周知の埋蔵文化財包蔵地」内で建築工事を行う際に所定の届出が必要であり、工事中に1日程度の立会調査又は試掘・確認調査が行われ、遺物等が発見された場合は本発掘調査が行われていた。しかし、本件土地のような崖下の低地にあってN川の流路に該当する地域においては、遺物等が出土する可能性が低いことから、分譲開発などの大規模開発以外で試掘が行われることはなく、現に「L通り」付近の地域で発掘が行われたことは一度もなかった。
    • (へ) 本件土地の南東方約300mには、地価公示法第2条《標準地の価格の判定等》第1項の規定に基づく地価公示の標準地「○○○○−○1」が、同北方約330mには、国土利用計画法施行令第9条《基準地の標準価格》第1項の規定に基づく都道府県地価調査の基準地「○○○○−○2」があり(別図2参照)、それらの都市計画法上の各地域区分並びに建築基準法上の各容積率及び各建蔽率は、いずれも本件土地と同一であった。また、上記「○○○○−○1」の地積は207u、前面道路の幅員は4.0mであり、上記「○○○○−○2」の地積は110u、前面道路の幅員は5.0mであった。
  • ハ 本件被相続人及び請求人が締結した委任契約について
     本件被相続人及び請求人は、平成16年12月9日、委任者を本件被相続人、受任者を請求人とする、「委任契約及び任意後見契約公正証書」(以下「本件公正証書」という。)を作成した。本件公正証書上の記載は、要旨下記(イ)ないし(ホ)のとおりである。
    • (イ) 本件被相続人と請求人は、平成16年12月9日、次の二つの契約を締結する。
      • A 委任契約。この契約は、本件被相続人が、本日以降、請求人に本件被相続人の生活、療養看護及び財産管理についての事務を委任することを可能にするものである(第1条《趣旨》第1項の(1))。
      • B 任意後見契約。この契約は、本件被相続人の判断能力が不十分になったときに、請求人に本件被相続人の生活、療養看護及び財産管理についての事務を委任するものである(同(2))。
    • (ロ) 本件被相続人は、請求人に対し、下記AないしEの事務(以下「本件委任事務」という。)を委任し、その処理のための代理権を与える(第1章「委任契約」第2条《事務の範囲》第1項、別紙代理権目録)。
      • A 本件被相続人に帰属する全ての財産の保存、管理及び処分に関する事項
      • B 金融機関、証券会社、保険会社及びP社との全ての取引に関する事項
      • C 本件被相続人の生活費の送金及び生活に必要な財産の取得、物品の購入その他の日常生活関連取引並びに定期的な収入の受領及び費用の支払に関する事項
      • D 医療に関する契約及び介護契約その他の福祉サービス利用契約(施設入所契約を含む。)に関する事項
      • E 以上の各事項に関連する一切の事項
    • (ハ) 請求人が本件委任事務を処理するために必要とする費用は本件被相続人の負担とし、請求人はその管理する本件被相続人の財産の中からこれを支出することができる(第1章「委任契約」第4条《費用の負担》)。
    • (ニ) 請求人に対する報酬は無償とする(第1章「委任契約」第5条《報酬》第1項)。報酬を無償とすることが不相当となったときは、本件被相続人及び請求人が協議して報酬を定めることとする(同条第2項)。
    • (ホ) 請求人は、本件被相続人に対し、預貯金通帳等の証書等を預かったときから3か月ごとに、請求人が管理する本件被相続人の財産の管理状況、本件被相続人の生活、療養看護について行った措置、費用の支出及び使用の状況、報酬を定めたときの報酬の受領額について、書面で報告するものとする(第1章「委任契約」第6条《報告》第1項)。請求人は、そのほか、本件被相続人の請求があるときは、その求められた事項について報告するものとする(同条第2項)。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 請求人は、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)について、別表1の「期限内申告」欄のとおり記載した申告書を法定申告期限までに原処分庁に提出した。
  • ロ 請求人は、平成28年11月7日、相続税の総額の計算に誤り等があったとして、別表1の「更正の請求」欄のとおり記載した更正の請求書を原処分庁に提出した。
  • ハ 原処分庁は、平成28年12月27日付で、別表1の「減額更正処分」欄のとおり、上記ロの請求の全部を認めて本件相続税を減額する旨の更正処分をした。
  • ニ 原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)は、平成29年9月1日、本件相続税についての調査(以下「本件調査」という。)を行い、請求人に対し、Q銀行○○支店の名を挙げた上で、申告しているもの以外に被相続人名義の預金がなかったか尋ねた。これに対し、請求人は、他にはないと答えたほか、本件被相続人が亡くなる10年位前に、請求人が成年後見人となっていることを聞かされた旨や、時々身の回りの世話をしていた旨をそれぞれ申述した。
  • ホ 請求人は、平成29年10月31日の本件調査時、本件調査担当職員に対し、平成15年か平成16年に、本件被相続人の成年後見人であることを知らされた後、月に2回程度、fにある病院にタクシーで送り迎えをしていた旨、当初は無償で送り迎えをしていたが、その後月20万円の報酬とすることを決めた旨、実際に報酬を受け取ったことはない旨をそれぞれ申述した。
  • へ 請求人は、平成29年11月16日の本件調査時、本件調査担当職員に対し、本件公正証書の写し及び「H対応の報酬・費用請求明細」と題する書面を提出し、また、Q銀行○○支店の本件被相続人名義の預金2,000万円を申告しなかったが、口頭で決めていた月20万円の報酬をもらっていなかったため、この預金は自分のものだと考えていた旨を申述した。
  • ト 原処分庁は、本件調査の結果に基づき、平成30年4月25日付で、本件土地の価額は評価通達に定める評価方法に基づき評価した価額(42,798,600円。以下「本件通達評価額」という。)であり、本件被相続人名義の預貯金21,000,000円余を課税価格に加算すべきであるなどとして、請求人に対し、別表1の「更正処分等」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
  • チ 請求人は、平成30年7月4日、本件土地の価額は不動産販売業者が試算した売買価格(35,000,000円。以下「本件試算価格」という。)の70%相当額とするのが相当であることに加え、本件被相続人には委任契約に基づく請求人に対する報酬に係るとする未払債務及び請求人が立替払した費用償還請求権に係るとする債務があり、これらの金額を本件相続税の課税価格の計算上相続財産の価額から控除すべきであるなどとして、本件更正処分のうち、上記ハの減額更正処分における課税価格及び納付すべき相続税額を上回る部分の取消し及び本件賦課決定処分の全部の取消しを求めて、審査請求をした。
     なお、請求人は、本件公正証書の作成後、本件被相続人との間で、預貯金通帳等の証書等の引渡し、同預り証の交付及び書面による報告が行われた事実はなく、また、本件公正証書上の二つの契約のうち、任意後見契約について効力が生じることはなかったことについて争っておらず、当審判所もこれらを相当と認める。

2 争点

(1) 本件通達評価額に時価を上回る違法があるか否か(争点1)。

(2) 本件相続開始日において、本件相続税の課税価格の計算上相続財産の価額から控除する請求人主張の債務が存在していたか否か(争点2)。

3 争点についての主張

(1) 争点1(本件通達評価額に時価を上回る違法があるか否か。)について

原処分庁 請求人
本件通達評価額は事実上時価と推認されるものであり、請求人において当該推認の基礎となる事実関係の認定に誤りがあるなどと具体的に指摘するか、本件通達評価額が時価を上回ることを立証して、当該推認を覆すことがない限り、原処分は適法である。
 この点、本件試算価格は、特定の不動産販売業者が本件相続開始日後に試算した本件土地の取引価格の参考にすぎず、これに70%を乗じた価額(24,500,000円)が本件相続開始日において不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額とは認められない。 したがって、本件通達評価額に時価を上回る違法はない。
    • (イ) 本件土地は、近隣のL通り沿いの地区と路線価が同じであるにもかかわらず、当該地区と比べて住宅環境が劣る。
    • (ロ) 本件土地は約50坪であるため、d市の条例によって分割して売買することができず、購入者が限定される。
    • (ハ) 本件土地は、隅切り、セットバックが必要なため、最大限活用できない。
    • (ニ) 本件土地は、隣接する公道が4.0mしかなく、車の出入りがしにくい。
    • (ホ) 本件土地は、その地下に遺跡が存在することから、活用に制限を受ける。
    • (イ) 本件試算価格は、請求人が本件土地を売買するに当たって試算を依頼した不動産販売業者4社の試算した価額のうちで一番説得力があったものであり、これに70%を乗じた価額(24,500,000円)が本件土地の時価であって、本件通達評価額はそれを上回る。
    • (ロ) 本件土地を所有することにより固定資産税や維持管理費の負担があることから、当該負担を早期に解消するため短期間に売買せざるを得ない事情があった。

(2) 争点2(本件相続開始日において、本件相続税の課税価格の計算上相続財産の価額から控除する請求人主張の債務が存在していたか否か。)について

請求人 原処分庁
次のとおり、本件相続開始日において、相続税の課税価格の計算上相続財産の価額から控除する債務が存在していた。 次のとおり、本件相続開始日において、相続税の課税価格の計算上相続財産の価額から控除する債務は存在していなかった。
イ 以下のとおり、本件被相続人は請求人に対し報酬として、次の(イ)の25,600,000円(月額200,000円に平成○年○月から平成○年○月までの128月を乗じた金額)と次の(ニ)の950,000円を支払う債務をそれぞれ負っていた。 イ 以下のとおり、本件被相続人が請求人に対し報酬を支払う債務を負っていたとは認められない。
(イ) 本件公正証書には、報酬は無償としつつも、報酬を無償とすることが不相当となったときは、本件被相続人と請求人とが協議して報酬を定める旨の定めがあり、請求人は、本件被相続人に対し、報酬がなければ受任できない旨を伝え、本件被相続人は納得していた。そして、委任契約の締結後に本件被相続人と請求人との間で報酬額を月200,000円とする旨の取決めが口頭で交わされた。 (イ) 本件公正証書上、報酬は無償とすることが定められている一方、その後口頭で報酬を定めた理由、月額200,000円との報酬額の算定根拠及び報酬を定めた時期について、請求人から具体的かつ合理的な説明がされていない。
(ロ) 本件被相続人の生前中に報酬が支払われることはなかった。 (ロ) 請求人が現実に本件被相続人から報酬を受け取っていたのであれば、それを所得として申告すべきであるにもかかわらず、請求人の所得税及び復興特別所得税の確定申告書にはそれが計上されていない。
(ハ) 本件被相続人は、長年教員生活をしていたことからプライドが高く、他人の世話になることを拒んでいたため、請求人は、週に1回程度生活必需品を届けるなど犠牲的なサポートをせざるを得なかった。 (ハ) 具体的に請求人が行ったとする本件委任事務の内容が明らかでない。
(ニ) 本件被相続人は、本件土地に係る抵当権設定登記等の抹消を求めて訴えを提起していた。かかる裁判において、請求人は、本件被相続人に代わってR地方裁判所や本件被相続人が依頼した弁護士の事務所へ代理で出頭していた。出頭の報酬として主張する金額950,000円は、本来なら通常この程度は要するであろうと請求人が積算した金額(1回25,000円に平成22年10月から平成24年3月までの間の代理出頭回数38回を乗じた金額)である。 (ニ) 請求人が民法上及び本件公正証書上の受任者としての報告義務を履行している事実も認められない。
(ホ) 代理出頭報酬についても、本件被相続人と請求人との間で取決めがされたと認めるに足る証拠はない。
ロ 本件被相続人は、○○であり、○○ことから、一人での外出ができにくくなっていた。本件被相続人が病院や銀行等へ外出するときには、請求人が付き添う必要があり、その際のタクシー代3,456,000円(病院への往復1回25,000円、銀行への往復1回2,000円に平成○年○月から平成○年○月までの128月をそれぞれ乗じた金額)を請求人が負担していた。 ロ 以下のとおり、本件被相続人が請求人に対し費用償還債務を負っていたとも認められない。
  • (イ) 請求人が、本件委任事務の処理に当たり、実際にいついかなる費用が生じ、請求人がそのうちいずれの費用をどのように負担したのか具体的に明らかでない。
  • (ロ) 請求人が本件委任事務を履行した場合に生じる報告義務を履行している事実も認められない。

4 当審判所の判断

(1) 争点1(本件通達評価額に時価を上回る違法があるか否か。)について

  • イ 法令解釈
     相続税法第22条は、相続財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得の時における時価によるべき旨を規定しており、ここにいう時価とは相続開始時における客観的な交換価値をいうものと解するのが相当である。
     しかし、客観的な交換価値というものが必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、国税庁において、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減等の観点から評価通達を定め、各税務署長が、評価通達に定められた評価方法に従って統一的に相続財産の評価を行ってきたところである。このような評価通達に基づく相続財産の評価の方法は、当該財産の客観的な交換価値を算定する方法として一定の合理性を有するものと一般に認められており、その結果、評価通達は、単に課税庁内部における行為準則というにとどまらず、一般の納税者にとっても、納税申告における財産評価について準拠すべき指針として通用してきているところである。
     このように、評価通達に基づく相続財産の評価の方法が、当該財産の客観的な交換価値を算定する方法として一定の合理性を有するものと一般に認められていることなどからすれば、評価通達の定めに従って相続財産の価額を評価したものと認められる場合には、その価額は当該財産の時価であると事実上推認することができるというべきである。
     したがって、このような場合には、請求人において、財産評価の基礎となる事実関係に誤りがある等、その評価方法に基づく価額の算定過程自体に不合理な点があることを具体的に指摘して上記推認を妨げ、あるいは、当該財産に関する個別的な事情等を考慮した合理的な方法により、評価通達の定めに従って評価した価額が当該財産の客観的な交換価値を上回るものであることを主張立証するなどして上記推認を覆すことなどがない限り、評価通達の定めに従って評価した価額が時価であると認めるのが相当である。
  • ロ 検討
    • (イ) 当審判所の調査の結果によれば、本件土地を評価通達の定めに従って評価すると、その評価額は別表2のとおり、本件通達評価額と同額となり、その算定過程に誤りは認められない。したがって、本件通達評価額は評価通達の定めに従った評価額と認められる。
       そこで、上記イの法令解釈に照らし、本件試算価格に70%を乗じた価額が、本件通達評価額における事実上の推認を覆すか否かという点について検討する。
    • (ロ) 本件土地の住宅環境が、路線価を同じくする近隣のL通り沿いの地区と比べて劣るとの点については、上記1の(3)のロの(ニ)のとおり、L通りの路線価は275,000円であるのに対し、本件道路の路線価は260,000円であり、その前提を誤っている。
    • (ハ) 本件土地は約50坪(164.61u)あり、d市の条例で分割して売買することができず、購入者が限定されるとの点については、上記1の(3)のロの(ハ)のとおり、本件土地の存する地域では、建築物の敷地面積の最低限度が100uに制限されていることは認められるものの、同(へ)のとおり、本件土地の近隣地域に存する地価公示の標準地及び都道府県地価調査の基準地の地積はそれぞれ207u及び110uであって、本件土地と同程度の規模であり、地価公示の標準地及び都道府県地価調査の基準地は、土地の用途が同質と認められるまとまりのある地域において、土地の利用状況、環境、地積、形状等が通常であると認められるものが選定されることからすれば(地価公示法第3条《標準地の選定》及び地価公示法施行規則第3条《標準地の選定》。国土利用計画法施行令第9条第1項も同旨。)、本件土地の地積が近隣地域の標準的な土地の地積と比較して格別に大きいものとは認められない。
       そうすると、本件土地は、その存する地域において標準的な規模といえるのであり、必ずしも分割して売却する必要性は認められない。
       仮に、宅地利用を前提とした場合に分割して売却できず、購入者が限定されるとしても、かかる事情は、当該地域に存する土地に共通するものであり、本件土地と近隣の土地の各売買価格に格差を生じさせるものではない。
    • (ニ) 本件土地は、隅切りやセットバックが必要なため、最大限活用できないとの点については、上記1の(3)のロの(ロ)のとおり、本件土地の東側には実際に隅切り用地が存するものの、本件土地上に建築物を建築する際の容積率及び建蔽率の算定における敷地面積から隅切り用地を除外する法令上の規定はないから、隅切り用地の有無は本件土地に建物を建築する上での制約となるものとは認められない。
       また、本件土地が北側で接している本件道路は、幅員約4.0mであり、建築基準法第42条《道路の定義》第2項に規定する道路には当たらないから、本件土地は、いわゆるセットバックを必要とする土地にも該当しない。したがって、隅切りやセットバックの存在が本件土地を最大限活用できない理由になるとは認められない。
    • (ホ) 本件道路の幅員が4.0mしかなく、車の出入りがしにくいとの点については、上記1の(3)のロの(へ)のとおり、本件土地の近隣地域に存する地価公示の標準地及び都道府県地価調査の基準地が接する前面道路の幅員はそれぞれ4.0m及び5.0mであって、本件道路の幅員と同程度の幅員であり、本件道路の幅員が近隣の標準的な宅地が接する前面道路の幅員と比較して格別に狭いとは認められないから、車の出入りがしにくいというのは、請求人の主観的な事情であって、本件土地の評価に当たり減額すべき要因とは認められない。
    • (へ) 本件土地の地下には遺跡が存在し、土地活用に制限を受けるとの点については、上記1の(3)のロの(ホ)のとおり、本件土地は「M」として周知されている地域内に存するものの、d市における「周知の埋蔵文化財包蔵地」内に所在する土地であっても、必ずしも試掘・確認調査や本発掘調査が行われるとは限らず、現に「L通り」付近の地域で発掘が行われたことは一度もなく、また、当審判所の調査によっても、本件土地について遺跡が存在することは確認されておらず、前提を欠くものである。
    • (ト) 本件試算価格は、請求人が本件土地を売買するに当たって試算を依頼した不動産販売業者4社が提示した価格のうちで一番説得力があったものであり、これに70%を乗じた価額(24,500,000円)が本件土地の時価であって、本件通達評価額はそれを上回るとの点については、本件試算価格は、飽くまで不動産販売業者が本件土地の売買価格を試算したものにすぎず、売買の成約に至っていない価格である。また、本件試算価格は、上記1の(3)のロの(イ)のとおり、売却後に取り壊された居宅を含む本件土地の実際の売買価額(44,000,000円)からも相当に低廉な価格であり、当該価格に更に70%を乗ずる理由も、単に、不動産販売業者の査定した買取価額のうちに本件試算価格の70%のものがあったことを根拠としているようであるから、本件土地の客観的な交換価値であると認めることはできない。
    • (チ) 本件土地を所有することにより固定資産税や維持管理費の負担があることから、当該負担を早期に解消するため短期間に売買せざるを得ない事情があるとの点については、本件土地について保有を継続した場合と売買した場合の利害得失を比較考量した結果の請求人自身の判断を述べるものであり、請求人の主観的な事情であるから、本件土地の客観的な交換価値に影響を及ぼす事情とは認められない。
  • ハ 小括
     以上のとおり、本件土地については、本件試算価格に70%を乗じた価額が本件相続開始日における本件土地の客観的な交換価値(時価)を的確に表すものとは認められず、また、その他に、本件土地を評価通達の定めに従って評価した価額が時価であるとの事実上の推認を妨げ、あるいは覆すに足りる事情は認められない。したがって、評価通達に定められた評価方法に従って算出した本件土地の価額(本件通達評価額)に時価を上回る違法はない。

(2) 争点2(本件相続開始日において、相続税の課税価格の計算上相続財産の価額から控除する請求人主張の債務が存在していたか否か。)について

  • イ はじめに
     上記1の(2)のロのとおり、相続財産の価額から控除すべき債務は、被相続人の債務で相続開始の際現に存するものでなければならない。
     そして、同ハのとおり、委任契約における受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができず、同受任者が委任者に対し請求することのできる費用は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用でなければならない。
  • ロ 認定事実
     請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
    • (イ) 本件被相続人は、○○ものの、本件相続開始日の直前まで、判断能力が低下することなく、食事は自分で作り、一人で入浴をしていた。
    • (ロ) 本件被相続人は、本件相続開始日に至るまで、預貯金通帳や金銭の管理、銀行等での入出金の行為、病院での治療費等の支払について、いずれも請求人に任せることなく、本件被相続人自身で行っていた。
    • (ハ) 本件被相続人は、医療に関する契約や福祉サービス利用契約等に関する事項について、請求人に依頼したことはなかった。
    • (ニ) 請求人は、R地方裁判所や弁護士事務所に本件被相続人を代理して出頭していたとする(上記3の(2)の請求人欄のイの(ニ))事実を証する資料や、病院や銀行等まで本件被相続人に付き添った際に立替払したとするタクシー代(上記3の(2)の請求人欄のロ)について、その乗車日や支払金額を証する資料を、いずれも所持していない。
  • ハ 検討
     請求人が主張する債務控除の可否を、上記イ及びロも踏まえたところで、以下検討する。
    • (イ) 報酬について
       本件被相続人は、上記ロの(イ)のとおり、本件相続開始日の直前まで判断能力を喪失しておらず、同(ロ)及び(ハ)のとおり、預貯金通帳や金銭の管理はもとより、銀行等での入出金や病院での治療費等の支払など日常生活に関連する取引を自身で行い、医療に関する契約や福祉サービス利用契約等に関する事項も請求人に依頼することはなかったというのであるから、本件委任事務(上記1の(3)のハの(ロ)のAないしE)については、本件被相続人自らが行っていたものと認めるのが相当である。
       実際にも、請求人が未払であったとする本件委任事務の履行に対する報酬は、本件相続税の申告やその後の更正の請求においても債務として計上されておらず、上記1の(4)のニないしヘのとおり、本件調査担当職員から申告漏れの預貯金がある旨指摘を受けた後に、請求人から初めて申出があった経緯があったことからみて、請求人自身においても、本件委任事務を履行したとの認識があったとは言い難い。
       なお、請求人が本件被相続人に代わってR地方裁判所や弁護士事務所に本件被相続人を代理して約38回出頭したことに対する報酬があったとの点については、代理出頭が本件委任事務のうち「以上の各事項に関連する一切の事項」(上記1の(3)のハの(ロ)のE)に該当するとしても、そもそも代理で出頭した日時すらこれを証するものがないから、代理出頭の事実自体を認めることができない。
       以上のことからすれば、本件委任事務が請求人に委任され、現実に履行されることはなかったと認めるのが相当であり、そうである以上、報酬が無償であるか有償であるかを論ずるまでもなく、本件委任事務の履行に対する報酬が発生する余地はなく、本件相続開始日において、本件被相続人が請求人に対し報酬を支払うべき債務を負っていたと認めることはできない。
    • (ロ) 費用償還請求について
       請求人が病院又は銀行等まで本件被相続人に付き添った際に、本件被相続人に代わって、請求人が立替払したとするタクシー代についても、上記ロの(ニ)のとおり、その乗車日や支払金額を証する資料の提出はない。当該金額自体、病院及び銀行等への往復1回に要する仮定のタクシー料金に本件公正証書作成時から本件相続開始日までの月数である128を乗じて推計したものであり、実額ではない上、そもそも、上記ロの(ロ)及び(ハ)のとおり、本件被相続人は、本件相続開始日に至るまで、銀行等での入出金の行為や病院での治療費等の支払について、いずれも請求人に任せることなく、本件被相続人自身で行っていたのであるから、請求人がタクシーに同乗してその代金を支払う必要性を認めることも困難である。
       以上のことからすれば、本件相続開始日において、本件被相続人に、請求人が立て替えたとされるタクシー代に係る債務が存在していたと認めることはできない。
    • (ハ) 請求人の主張について
       請求人は、本件公正証書第5条第2項(上記1の(3)のハの(ニ))を根拠に、請求人は本件被相続人に対し報酬がなければ受任できない旨を伝え、本件被相続人は納得し、委任契約の締結後に本件被相続人と請求人との間で報酬額を月200,000円とする旨の取決めが口頭で交わされ、かつ、本件被相続人の生前中に報酬が支払われることはなかったなどとして、かかる報酬や費用償還請求に係る債務が存在していた旨主張するが(上記3の(2)の「請求人」欄)、上記(イ)のとおり、そもそも本件委任事務が履行された事実を認めることができない以上、報酬も費用償還請求も認める余地がないのであるから、請求人の主張には理由がない。

(3) 本件更正処分の適法性について

上記(1)のハのとおり、本件通達評価額に時価を上回る違法は認められず、また、上記(2)のハのとおり、本件相続開始日において、請求人主張の債務が現に存していたとは認められない。これを前提に、当審判所において算出した請求人の本件相続税の納付すべき税額は、本件更正処分における請求人の納付すべき税額と同額であると認められる。
 なお、本件更正処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。したがって、本件更正処分は適法である。

(4) 本件賦課決定処分の適法性について

上記(3)のとおり、本件更正処分は適法であり、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められない。そこで、請求人の過少申告加算税の額を同条第1項及び第2項の規定に基づき計算すると、別紙の付表の「加算税の額」の「裁決後の額」欄のとおりとなり、本件賦課決定処分の額を下回るから、本件賦課決定処分は、その一部を別紙の「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。

(5) 結論

よって、本件更正処分についての審査請求は理由がないから、これを棄却することとし、本件賦課決定処分については、その一部を別紙の「取消額等計算書」のとおり取り消すこととする。

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