(令和元年7月8日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、納税者J2社(以下「滞納法人」という。)の滞納国税を徴収するために、滞納法人が運営する2つの店舗内にある動産(宝飾品)を差し押さえたのに対し、審査請求人(以下「請求人」という。)が、当該動産は請求人が滞納法人に販売を委託した請求人の所有財産であるとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

  • イ 民法第186条《占有の態様等に関する推定》第1項は、占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する旨規定している。
  • ロ 国税徴収法(以下「徴収法」という。)第56条《差押の手続及び効力発生時期等》第1項は、動産又は有価証券の差押は、徴収職員がその財産を占有して行う旨、同条第2項は、前項の差押の効力は、徴収職員がその財産を占有した時に生ずる旨規定している。

(3) 基礎事実及び審査請求に至る経緯

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人は、宝石等の製造販売を主たる事業とする法人で、代表取締役はK1(以下「K1社長」という。)である。
  • ロ 滞納法人は、宝石等の製造販売を主たる事業とする法人で、代表取締役はK2(以下「K2社長」という。)である。
     K2社長は、平成30年2月14日に代表取締役に就任(同年3月14日登記)しているところ、その前の代表取締役は、平成27年10月5日に就任(同月19日登記)し、平成30年2月14日に辞任(同年3月14日登記)したK3(以下「K3前社長」という。)であり、その前の代表取締役は、平成27年7月27日に就任(同年8月6日登記)し、同年10月○日に死亡(同月19日登記)したK4である。
  • ハ 請求人と滞納法人は、J3社(以下「親会社」という。)を中心とするグループ企業の一員である。
  • ニ 請求人及び滞納法人は、平成27年8月1日、売買基本契約書(以下「本件売買基本契約書」という。)により、要旨次のとおりの売買基本契約(以下「本件売買基本契約」という。)を締結した。
    • (イ) 第1条(目的)
       本契約は、請求人と滞納法人との間における宝飾品及びその原材料の売買における共通の取引条件を規定するものであって、請求人と滞納法人との間における宝飾品及びその原材料の全ての売買に適用される。ただし、個別売買契約において本契約と異なる事項を定めた場合は個別売買契約が優先する。
    • (ロ) 第2条(売買)
       請求人は宝飾品及びその原材料を継続的に滞納法人に売り渡し、滞納法人はこれを買い受ける。
    • (ハ) 第4条(引渡条件)
       請求人は滞納法人に対して、宝飾品及びその原材料を滞納法人の本店(a県b市e町○−○)において引き渡す。
    • (ニ) 第5条(所有権の移転)
       宝飾品及びその原材料の所有権は、第4条に定める引渡し時をもって、請求人から滞納法人に移転する。
    • (ホ) 契約当事者の記名欄
       請求人は「代表取締役K1」と、滞納法人は「代表取締役K4」との記名がある。
    • (へ) 記名欄の押印
       請求人、滞納法人共に、法務局に登録されていない印章(以下「認印」という。)で押印されている。
  • ホ 請求人及び滞納法人は、平成29年8月31日、譲渡契約書(以下「本件譲渡契約書」という。)により、要旨次のとおりの譲渡契約を締結した。
    • (イ) 第1条(目的)
       滞納法人は、滞納法人の有する権利を店舗目録に記載の譲渡日をもって、請求人に譲渡し、請求人はこれを譲り受ける。
    • (ロ) 第2条(譲渡対象となる権利)
       第1条で譲渡する権利は、店舗目録に記載の店舗の賃借権及び差入保証金等の返還請求権に加え、店舗の内装及び什器・備品一切の所有権である。
    • (ハ) 第3条(譲渡代金)
       譲渡代金は、平成29年8月末固定資産帳簿簿価価格により店舗ごとに個別算定し、店舗目録に記載のとおりとする。
    • (ニ) 契約当事者の記名欄
       請求人は「代表取締役K1」と、滞納法人は「代表取締役K3」との記名がある。
    • (ホ) 記名欄の押印
       請求人、滞納法人共に、認印で押印されている。
  • へ M税務署長は、滞納法人が納付すべき別表1記載の国税(以下「本件滞納国税」という。)について、同表の「督促年月日」欄記載の各日付で、滞納法人に対し、それぞれ督促状によりその納付を督促した。
  • ト K1社長とK2社長は、平成30年3月26日、N公証役場において、要旨次のとおりの債務弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)を作成し、債務弁済契約を締結した。
    • (イ) 第1条(債務の確認)
       滞納法人は、請求人に対し、継続的宝飾品売買取引(取引期間:平成29年5月1日から平成30年2月28日まで)に基づく未払宝飾品売買代金として、195,394,821円の支払義務があることを認める。
    • (ロ) 第2条(弁済の方法)
       滞納法人は、請求人に対し、平成30年4月2日限りで191,287,581円を、同年5月1日限りで4,107,240円を、それぞれ請求人の指定する口座に振り込んで支払う。
    • (ハ) 第4条(強制執行認諾)
       滞納法人は、本件公正証書に記載の金銭債務を履行しないときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。
    • (ニ) 署名欄
       請求人はK1社長が、滞納法人はK2社長が、それぞれ署名している。
    • (ホ) 署名欄のなつ印
       請求人、滞納法人共に、法務局に登録された印章(以下「実印」という。)でなつ印されている。
  • チ 原処分庁は、平成30年3月28日までに、国税通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、本件滞納国税について、M税務署長から徴収の引継ぎを受けた。
  • リ 原処分庁所属の徴収職員(以下「徴収職員」という。)は、平成30年4月24日、本件滞納国税を徴収するため、徴収法第142条《捜索の権限及び方法》の規定に基づき、滞納法人の本社事務所、f店及びg店(以下、f店及びg店を併せて「本件各店舗」という。)内を捜索した。そして、徴収職員は、本件各店舗において、同法第47条《差押の要件》第1項第1号及び同法第56条第1項の規定に基づき、別表2−1及び別表2−2並びに別表3−1及び別表3−2記載の宝飾品を占有して差し押さえ(以下、これらの差押処分を併せて「本件各差押処分」といい、別表2−1及び別表2−2の各差押財産を併せて「動産1」といい、別表3−1及び別表3−2の各差押財産を併せて「動産2」といい、動産1及び動産2を併せて「本件各差押財産」という。)、本件各差押処分に係る差押調書謄本をそれぞれ滞納法人に交付した。他方、K2社長は、滞納法人の本社事務所において、徴収職員に対し、請求人の事務所内にあったとして、平成30年2月28日付の商品売買契約書(以下「本件商品売買契約書」といい、本件商品売買契約書による契約を「本件商品売買契約」という。)を提示した。その要旨は、次のとおりである。ただし、次の(ロ)の第2条で参照とされた明細別添資料は、添付されていなかった。
    • (イ) 第1条
       滞納法人は、店頭存置のものを含む全ての在庫商品を請求人に売り渡し、請求人はこれを買い受ける。
    • (ロ) 第2条
       商品の売買代金は133,673,494円(税抜き)(明細別添資料参照)とし、売買代金(税込み)は請求人が滞納法人に対して有する売掛金債権から控除充当(以下「本件相殺」という。)することとする。
    • (ハ) 第3条
       第1条の商品は、請求人の指定する場所において引渡しを行うものとし、所有権は本契約成立と同時に移転するものとする。
    • (ニ) 本契約の成立を証するため、本書2通を作成し、双方記名なつ印のうえ各1通を保有する。
    • (ホ) 契約当事者の記名欄
       請求人は「代表取締役K1」と、滞納法人は「代表取締役K3」との記名がある。
    • (へ) 記名欄の押印
       請求人、滞納法人共に、実印で押印されている。
  • ヌ 請求人は、平成30年7月24日、本件各差押処分に不服があるとして審査請求をした。

2 争点

本件各差押財産は、本件各差押処分時において滞納法人の所有財産であるか否か。

3 争点についての主張

原処分庁 請求人
(1) 動産1については、滞納法人が、本件各差押処分時に、所持し、占有していたことから、民法の規定により、所有の意思をもって占有しているものと推定される。そして、次のイないしホのことから、本件各差押処分時において本件商品売買契約書に記載された内容の売買契約には滞納法人の意思表示はなく、請求人が平成30年2月28日付で動産1の所有権を取得したとは認められず、上記推定は破られないから、動産1は、本件各差押処分時においては滞納法人の所有財産である。 (1) 動産1については、滞納法人の所有財産であったものの、次のイないしホのことから、本件各差押処分時においては請求人の所有財産である。
イ K2社長は、平成30年4月13日、徴収職員が現況の商品仕入れに係る契約・形態について聴取した際、請求人から買取りで仕入れている旨説明し、後日これを証する契約書を用意しておくと述べた上で、本件各差押処分の当日、上記契約書として本件売買基本契約書を提示するとともに、本件売買基本契約書を有効であると述べていた。 イ 動産1は、平成30年2月28日に締結した本件商品売買契約により、その所有権は、平成30年2月28日をもって滞納法人から請求人に移転しており、かつ、請求人から滞納法人に販売を委託したものである。本件譲渡契約書のとおり、滞納法人は、f店、g店等の一部店舗を除く各店舗の賃借権及び什器備品一切を請求人に譲渡する旨の契約を締結し、平成30年1月頃にその全てが完了したことに伴い、動産1を含む滞納法人所有の全ての在庫商品を本件商品売買契約によって、平成30年2月28日付で滞納法人が請求人に譲渡することにしたものである。上記譲渡については、税理士等も交えて平成29年12月下旬には決定していた。このような経緯からしても、滞納法人が請求人に対して当該譲渡を行う意思があったことは疑いの余地がなく、本件商品売買契約が作成日付で成立していることは明らかである。
 なお、K2社長が平成30年4月13日に徴収職員に説明したのは、同年2月までの取引についてであった。
ロ K2社長は、徴収職員が本件売買基本契約書に基づき本件各差押処分をしようとしたところ、突然、商品の仕入形態は委託販売であると聞いている旨を申し出た。そして、その段階では委託販売を証する契約書の提示はなく、滞納法人の事務所内を捜索しても存在しなかった。 ロ K2社長は、本件各差押処分の当日においては当初から滞納法人と請求人との取引について委託販売であると説明しており、途中で取引形態に関する説明を変更していない。
ハ 本件商品売買契約書は、本件各差押処分の当日、K2社長が上記ロの本件売買基本契約書の提示後にK3前社長等と複数回電話で連絡を取り合った後で請求人の事務所内で発見され、請求人の従業員から提示されたものである。また、K2社長は、本件各差押処分の当日において、本件商品売買契約書の存在を知らなかったことから、本件商品売買契約書は、請求人の事務所内で、代表者であるK2社長の意思に基づかずに作成されたものと認められる。そして、本件各店舗の従業員らも本件商品売買契約書の存在を知らなかった。 ハ K2社長が滞納法人の代表取締役として実質的に就任したのは就任登記がなされた平成30年3月14日以降であり、滞納法人の取引関係や契約関係を十分に把握していなかったことから、徴収職員に対し正確に説明するためK3前社長等に確認しても何ら不自然ではない。
ニ 本件商品売買契約書には、滞納法人を代表する立場にないK3前社長の氏名が記載され、親会社に保管されていた代表者印が押なつされている。そして、本件商品売買契約書は、2通作成の上、請求人と滞納法人が各1通ずつ保有することになっているにもかかわらず、滞納法人は保有していない。 ニ K3前社長の辞任は、商業登記簿上平成30年2月14日であるが、登記がされた同年3月14日頃までは、K3前社長が滞納法人の代表取締役としての職務を行っていたものであり、本件商品売買契約書上の滞納法人の代表取締役がK3前社長であることは、むしろ実態に即している。また、本件商品売買契約書に押なつされた滞納法人の印影は実印であり、その他の事項も含め、原処分庁の主張する左欄(1)のニの各事実は本件商品売買契約の効力に何ら影響するものではない。
ホ 本件公正証書は、請求人が滞納法人に対して195,394,821円の債権額を有していることを確認するものであり、請求人と滞納法人の間で、平成30年3月26日に作成されたものであることが認められるところ、上記債権額の中には、本件相殺の額が含まれているというのであるから、本件商品売買契約書は、少なくとも本件公正証書の作成日より前には成立していなかったと解される。また、本件公正証書の金額に本件相殺の額が含まれているのであれば、本件相殺の経理処理前であったとしても本件公正証書と本件商品売買契約書の内容は矛盾する。さらに、平成30年4月26日に本件相殺の仕訳処理をしたというものの、その後も本件公正証書の債権債務の誤りを訂正した事実は認められない。なお、そもそも本件相殺の額が本件公正証書の金額の約7割を占めているにもかかわらず、本件公正証書に本件相殺が反映されていないということは、極めて不自然である。 ホ 本件公正証書は、請求人が滞納法人に対して有する売掛金債権について、公的な書面によりその債権を確定し、執行力ある証書によって保全するために、親会社からの要請に基づき作成したものであり、本件公正証書に記載した請求人の滞納法人に対する債権額の中に、本件相殺の額が含まれてしまったのは、本件公正証書作成時、請求人の2月末決算の集計作業中であり、経理担当者に本件相殺のことが伝えられていなかったため、本件相殺前の金額に基づいて作成されてしまったからにすぎない。なお、本件公正証書の作成時点では本件相殺の仕訳処理がされていなかったが、平成30年4月26日に行った。
(2) 動産2についても、滞納法人が本件各差押処分時に、所持し、占有していたことから、民法の規定により、所有の意思をもって占有しているものと推定されるところ、当該推定を破る事実は認められないから、本件各差押処分時において滞納法人が所有する財産である。なお、K2社長は、本件各差押処分の当日、委託販売に関する事実を証明できる書類は今のところないと申述した。 (2) 動産2については、本件商品売買契約を締結した後の平成30年3月1日以降、請求人と滞納法人との間で本件売買基本契約に基づく取引を行った事実はなく、請求人から滞納法人に販売を委託したものであるから、請求人の所有財産である。
(3) したがって、本件各差押財産は、いずれも本件各差押処分時において滞納法人の所有財産である。 (3) したがって、本件各差押財産は、いずれも本件各差押処分時において請求人の所有財産である。

4 当審判所の判断

(1) はじめに

  • イ 原処分庁は、滞納法人が本件各店舗において占有していた本件各差押財産について、民法第186条第1項の規定により、その所有者が滞納法人であると推定されること、及び本件売買基本契約書が存在していることをもって、本件各差押財産の所有者はいずれも滞納法人であるとして本件各差押処分をしている。
  • ロ 請求人は、本件各差押財産を滞納法人が占有していたこと、及び本件売買基本契約が本件各差押処分時においても有効であったことについては争わず、当審判所の調査及び審理の結果によっても、これらのことは認められる。
     そうすると、本件売買基本契約は、上記1の(3)のニのとおり、請求人と滞納法人との間における宝飾品の全ての売買に適用され(第1条)、請求人と滞納法人は継続的に売買し(第2条)、請求人は滞納法人に対して宝飾品を滞納法人の本店において引渡しをし(第4条)、この引渡しをもって宝飾品の所有権は請求人から滞納法人に移転する(第5条)旨、及び個別売買契約において異なる事項を定めた場合は個別売買契約が優先する(第1条ただし書)旨定めているのであるから、本件各差押財産について、本件売買基本契約以外の契約に基づき請求人から滞納法人に引渡しがされたと認められる特段の反証のない限り、請求人から滞納法人に引渡しがされている宝飾品は、本件売買基本契約に基づき、請求人から滞納法人に所有権が移転したものと認めるのが相当である。
  • ハ そこで、動産1については、本件商品売買契約により、本件各差押処分時までに、その所有権が滞納法人から請求人に移転していると認められるか否かについて、また、動産2については、本件売買基本契約によらず、請求人から滞納法人に販売を委託したものであると認められるか否かについて、以下、検討する。

(2) 動産1について

  • イ 認定事実
     請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
    • (イ) 滞納法人の平成30年2月14日付の取締役会議事録には、K3前社長の代表取締役の辞任及びK2社長の代表取締役の就任を決議した旨記載され、K3前社長及びK2社長を含む出席者全員の記名押印がされている。そして、当該取締役会議事録に、滞納法人の業務を執行する取締役としてK3前社長を選定する旨の記載はない一方、K2社長は、平成30年2月14日付で、滞納法人の代表取締役に就任することを承諾している。
    • (ロ) 動産1について、平成30年3月1日以降、請求人が滞納法人に対して販売を委託したと認められる契約書、委託書等はない。
    • (ハ) 本件公正証書は、滞納法人の請求人に対する債務を確定させること、滞納法人が返済不能となった場合に返済不能となった額を請求人において損金処理できるようにすることなどのために作成したものである。そして、本件公正証書の第1条(債務の確認)に記載されている滞納法人の請求人に対する未払宝飾品売買代金の金額には、本件相殺がされていない金額が記載されている。
    • (ニ) 本件商品売買契約書は、本件各差押処分の当日、滞納法人から本件商品売買契約書を所持しているとして呈示されることなく、徴収職員の捜索によっても、滞納法人の本社事務所内で発見されなかった。また、K2社長は、本件各差押処分時、本件商品売買契約書の存在を知らなかった。
    • (ホ) 本件相殺に係る会計処理は、請求人は平成30年4月26日に行い、滞納法人は同年11月21日に行った。
    • (へ) 請求人が、本審査請求後の平成30年10月22日、本件商品売買契約書の第2条に記載されている明細別添資料として提出した「製品在庫明細」と題するA4版で110枚の書面(以下「本件売買対象商品明細」という。)によると、本件商品売買契約の対象とされた商品は24,928個(133,673,494円)であり、このうち、f店に係る商品は464個(5,044,573円)、g店に係る商品は1,299個(3,078,649円)である。
  • ロ 本件商品売買契約書に関する関係人の答述要旨
    • (イ) K1社長
      • A 私は、グループの会長であり父であるK5の指示に従って、本件商品売買契約書に請求人の実印を押印した。
      • B 本件商品売買契約書に押印されている滞納法人の実印は、私が管理している実印をK3前社長に渡したので、K3前社長が押印したものと思う。
    • (ロ) K3前社長
      • A 平成30年12月13日の答述内容
        • (A) 本件商品売買契約書の文面は、私が作成した。
        • (B) 本件商品売買契約書の文面は、平成30年1月末で作成する予定だったが、滞納法人における実地棚卸しが同年2月末に予定されていたことから、これを待って正確な金額が判明する同月28日時点の作成とした。
        • (C) 本件商品売買契約書の文面は、2月末の実地棚卸しの際には商品の評価損の計算が必要であること、また、私が、K5から滞納法人を平成30年3月9日に退職し、同月10日から別会社の職に就くようにと告げられていたことから、退職予定日である同月9日の週に作成した。
        • (D) 本件商品売買契約書の明細別添資料は、商品部が作成した資料で数枚あったと思う。
        • (E) 本件商品売買契約書の文面は作成したが、本件商品売買契約書に押印された印が実印なのであれば、私は押印していない。
        • (F) 本件商品売買契約書に滞納法人の印を押したのは、誰なのか分からない。
        • (G) 私が管理していた印章は、右上の部分が欠けており、印影を見れば判別できる。私は滞納法人の実印を見たことはないが、本件商品売買契約書に押印されている印影は右上の部分が欠けていないので、滞納法人の実印ではないか。
        • (H) 滞納法人の実印の押印が必要な場合は、押印の必要な書類を親会社に持って行き、押印が済んだら連絡が来るので、取りに行っていた。
      • B 平成31年2月28日の答述内容
        • (A) 本件商品売買契約書の文面は、平成30年3月1日から私が滞納法人の代表取締役として業務を行っていた同月9日までの間に、滞納法人の商品部から在庫商品の金額を確認し、作成した。
        • (B) 本件商品売買契約書の明細別添資料は、別途保管という認識であったことから、私が作成した時点では本件商品売買契約書に添付していない。
        • (C) 平成30年3月5日から9日の間のいずれかの日に、親会社へ本件商品売買契約書を持参し滞納法人の実印の押印を依頼した。その後、時期は定かでなく、また、自分で取りに行ったのか、親会社の社員が持ってきてくれたのかも定かではないが、滞納法人の実印が押印された本件商品売買契約書が私のところに戻ってきたのではないかと思う。
  • ハ 検討
     本件商品売買契約により、本件各差押処分時までに、動産1の所有権が滞納法人から請求人に移転していると認められるためには、1本件商品売買契約書によって本件商品売買契約が本件各差押処分より前に成立していること、2本件商品売買契約時においてK3前社長が滞納法人の業務について執行する権限を有していたこと、3本件商品売買契約に基づき滞納法人から請求人に対し本件各差押処分より前に動産1の引渡し(占有改定)が行われていることが必要であるので、以下、検討する。
    • (イ) 本件商品売買契約書によって本件商品売買契約が本件各差押処分より前に成立しているか否かについて
       本件商品売買契約書については、本件商品売買契約書に記名のあるK1社長が、上記ロの(イ)のAのとおり、本件商品売買契約書に請求人の実印を押印したと答述していること、同じく記名のあるK3前社長が、上記ロの(ロ)のAの(A)ないし(C)及び同Bの(A)のとおり、本件商品売買契約書の文面を作成したと答述していること、及び本件商品売買契約書に滞納法人の実印が押印されていることからすると、請求人及び滞納法人作成部分は両当事者の意思表示により、真正に成立したものと認められる。そうすると、特段の事情のない限り、本件商品売買契約書に記載されたとおりの意思表示がされたと認められることになる。
       しかしながら、その意思表示をした時期については、必ずしも本件商品売買契約書に契約日として記載された日に意思表示がされたとはいえない。
       そこで、本件商品売買契約の意思表示がされた日について検討するに、1本件商品売買契約書に押印されている滞納法人の実印を誰が押したかについて、K1社長及びK3前社長の答述は、上記ロの(イ)のB並びに同(ロ)のAの(E)ないし(H)及び同Bの(C)のとおり、食い違っていること、2本件商品売買契約書の明細別添資料であるとして、請求人が提出した本件売買対象商品明細は、上記イの(ヘ)のとおり、A4版で110枚の書面であるところ、本件商品売買契約書の文面を作成したと認められるK3前社長は、上記ロの(ロ)のAの(D)のとおり、本件売買対象商品明細を正解しない答述をし、さらに、同Bの(B)のとおり、合理的な理由なく答述を変遷させていること、3本件商品売買契約書については、上記イの(ニ)のとおり、本件各差押処分の当日、滞納法人から所持しているとして呈示されることなく、また、徴収職員の捜索によっても滞納法人の本社事務所内で発見されなかったこと、4本件相殺に係る会計処理は、上記イの(ホ)のとおり、請求人は本件各差押処分後の平成30年4月26日に行い、滞納法人に至っては本審査請求がされた後の同年11月21日に行っていること、5上記イの(ハ)のとおり、本件公正証書には、その第1条(債務の確認)に、本件相殺がされていない金額が記載されていることから、本件商品売買契約書が平成30年2月28日に成立していたとすると、本件商品売買契約書は、請求人と滞納法人との間で真正に成立し意思の合致があったと認められる本件公正証書とその内容において矛盾すること、及び6上記イの(ロ)のとおり、平成30年3月1日以降、動産1について、請求人が滞納法人に対して販売を委託したと認めるに足りる証拠がないことを踏まえると、本件については、請求人と滞納法人との間で、本件商品売買契約の意思表示がされたことは否定できないものの、請求人が主張する平成30年2月28日に、その意思表示がされたと認められない事情があるといえる。
       したがって、本件商品売買契約書から、滞納法人が平成30年2月28日に本件商品売買契約の意思表示をしたと認めることはできないと解するのが相当である。そして、K3前社長が平成30年3月9日までに本件商品売買契約書を作成し親会社に持ち込んで押印した旨の答述は、K1社長の答述(上記ロの(イ)のB)と食い違っていること、及びK3前社長の答述(上記ロの(ロ)のAの(E)ないし(H)及び同Bの(C))が変遷していることからして信用できず、他に本件各差押処分より前に本件商品売買契約が成立していたことを認めるに足りる証拠はない。
       よって、本件商品売買契約書によって本件商品売買契約が本件各差押処分より前に成立しているとは認められない。
    • (ロ) 本件商品売買契約時においてK3前社長が滞納法人の業務について執行する権限を有していたか否かについて
       滞納法人は、平成30年3月31日までは取締役会設置会社であったところ、同日までの滞納法人の業務を執行する権限は、会社法第363条《取締役会設置会社の取締役の権限》第1項の規定により、代表取締役及び代表取締役以外の取締役であって、取締役会の決議によって取締役会設置会社の業務を執行する取締役として選定されたものが有することになる。また、代表取締役の選定及び解職は、会社法第362条《取締役会の権限等》第2項第3号の規定により取締役会の職務とされており、さらに、同条第3項の規定により、取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならないとされている。そして、代表取締役の解職は、取締役会決議により直ちに発生し、会社代表機関たる地位が失われることの効果として、その会社を代表する権限も当然消滅するものと解されている(最高裁昭和41年12月20日第三小法廷判決・民集20巻10号2160頁参照)。
       これを本件についてみると、上記イの(イ)のとおり、平成30年2月14日付の取締役会において、K3前社長の代表取締役の辞任及びK2社長の代表取締役の就任が決議されている。そして、代表取締役を解職されたK3前社長が、滞納法人の業務を執行する取締役として選定されたと認めるに足る証拠はない。したがって、平成30年2月14日以降、滞納法人の業務について執行する権限を有するのは、代表取締役として選定されたK2社長であり、K3前社長は、滞納法人の業務について執行する権限を有しない。
       また、K2社長は、上記イの(ニ)のとおり、本件各差押処分時に本件商品売買契約書の存在を知らなかったのであるから、本件各差押処分時より前に、K2社長がK3前社長のした本件商品売買契約を事後的に追認したと解することもできない。
       以上のとおり、K3前社長は、本件商品売買契約書に締結日として記載されている平成30年2月28日以前の同月14日以降、滞納法人の業務について執行する権限を有していなかったのであるから、当該権限を有していないK3前社長と請求人との間で本件商品売買契約について意思の合致があったとしても、その効力を認めることはできない。
    • (ハ) 本件商品売買契約に基づき滞納法人から請求人に対し本件各差押処分より前に動産1の引渡し(占有改定)が行われているか否かについて
       本件商品売買契約後の平成30年3月1日以降、滞納法人から請求人に対し動産1の引渡し(占有改定)がされているか否かについては、上記イの(ロ)のとおり、請求人から滞納法人に販売を委託したと認めるに足りる証拠はないものの、本件商品売買契約書によれば、その第3条において、商品は請求人の指定する場所において引渡しを行うものとされていることから、動産1については、同条に基づき滞納法人から請求人に対し引渡し(占有改定)がされることが予定されていたと解する余地はある。
       しかしながら、本件商品売買契約書が真正に成立していたとしても、その第3条の文言に従って引渡場所が指示されたとか、滞納法人に動産1の占有を委任する旨の意思表示がされたと認めるに足りる証拠はないから、請求人が滞納法人から動産1の引渡しを受けたと認めることはできない。
    • (ニ) まとめ
       以上のとおり、上記(イ)ないし(ハ)のいずれからしても、本件商品売買契約により、本件各差押処分時までに、動産1の所有権が滞納法人から請求人に移転していたとは認められない。
  • ニ 請求人の主張について
    • (イ) 請求人は、上記3の「請求人」欄の(1)のイのとおり、動産1については、本件商品売買契約によってその所有権が請求人に移転した後、請求人から滞納法人に販売を委託した旨主張し、その証拠として、「委託納品伝票」と題する書面(以下「本件委託納品伝票」という。)を提出する。
       しかしながら、請求人は、少なくとも平成30年2月2日までは「委託書」という書面によって滞納法人に販売を委託していたと認められるところ、本件委託納品伝票は、当該委託書と体裁を大きく異にするとともに、一般企業間における取引を証する書面とはいい難いものである。また、本件商品売買契約書において売買の対象とされた商品は、上記イの(ヘ)のとおり、f店は464個(5,044,573円)であり、g店は1,299個(3,078,649円)であると認められるところ、本件委託納品伝票において請求人から滞納法人に販売を委託したとする商品は、f店については778個(10,443,428円)と、g店については1,550個(4,995,958円)とされ、本件商品売買契約書の売買対象商品数と大きく齟齬している。そうすると、本件委託納品伝票は、本件商品売買契約により滞納法人から請求人に所有権移転した商品について、請求人が滞納法人に販売を委託したことを証する書面とは認められない。
       以上のことから、本件委託納品伝票によって、平成30年3月1日以降、動産1について、請求人が滞納法人に販売を委託したとは認められない。
    • (ロ) 請求人は、上記3の「請求人」欄の(1)のイのとおり、本件商品売買契約の経緯等からすると、滞納法人が請求人に対して滞納法人所有の全ての在庫商品を請求人に譲渡する意思があったことは疑いの余地がなく、本件商品売買契約が作成日付である平成30年2月28日に成立していることは明らかである旨主張する。
       確かに、滞納法人が請求人に対して滞納法人所有の全ての在庫商品を請求人に譲渡する意思があったことは認められる。
       しかしながら、当該意思があったとしても、上記ハの(イ)のとおり、平成30年2月28日に本件商品売買契約の意思表示がされたと認められない事情があることに変わりはない。
    • (ハ) 請求人は、上記3の「請求人」欄の(1)のニのとおり、K3前社長の辞任は商業登記簿上平成30年2月14日であるが、登記がされた同年3月14日頃までは、K3前社長が滞納法人の代表取締役としての職務を行っていたものであり、本件商品売買契約書上の滞納法人の代表取締役がK3前社長であることは、むしろ実態に即している旨主張する。
       しかしながら、K3前社長が、平成30年3月14日頃まで代表取締役としてその職務を行っていたとしても、上記ハの(ロ)のとおり、代表取締役の解職は取締役会決議により直ちに発生し、会社代表機関たる地位が失われることの効果として、その会社を代表する権限も当然消滅するものと解されている(最高裁昭和41年12月20日第三小法廷判決・民集20巻10号2160頁参照)ことから、これに反して、代表取締役の地位にないK3前社長が、滞納法人の業務について執行する権限を有していたと認めることはできない。
    • (ニ) 請求人は、上記3の「請求人」欄の(1)のホのとおり、本件公正証書に記載した請求人の滞納法人に対する債権額の中に、本件相殺の額が含まれてしまったのは、請求人の2月末決算の集計作業中であり、経理担当者に本件相殺のことが伝えられていなかったため、本件相殺前の金額に基づいて作成されてしまったからにすぎない旨主張する。
       しかしながら、本件公正証書の作成目的は、上記イの(ハ)のとおり、滞納法人の請求人に対する債務を確定させること、滞納法人が返済不能となった場合に返済不能となった額を請求人において損金処理できるようにすることなどのためであると認められるところ、仮に、本件商品売買契約が成立しているのであれば、本件公正証書作成時点における請求人の滞納法人に対する売掛金債権残額の約74%を占め、金額的にも1億4千万円(税込み)を超える多額の売掛金債権については既に回収が済んでいるのであるから、上記本件公正証書の作成目的に鑑み、このような多額の売掛金債権の相殺処理を失念することは、営利活動を行っている法人、特にいわれなき多額の債務を負うこととなる滞納法人としては極めて不自然であるといわざるを得ず、決算の集計作業中における連絡不徹底という理由も、決算処理は法人としての当然の業務であることからすれば、合理的な理由とは認められない。
    • (ホ) 以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がない。

(3) 動産2について

請求人は、上記3の「請求人」欄の(2)のとおり、動産2については、本件商品売買契約を締結した後の平成30年3月1日以降、請求人と滞納法人との間で本件売買基本契約に基づく取引を行った事実はなく、請求人から滞納法人に販売を委託したものである旨主張する。
 しかしながら、動産2について、請求人から滞納法人に販売を委託したと認めるに足りる証拠はなく、また、その他本件売買基本契約に基づくことなく取引されたと認めるに足りる証拠もない。
 したがって、動産2については、本件売買基本契約によらず、請求人から滞納法人に販売を委託したものであるとは認められない。

(4) 小括

以上のとおり、動産1については、本件商品売買契約により、本件各差押処分時までに、その所有権が滞納法人から請求人に移転しているとは認められず、また、動産2については、本件売買基本契約によらず、請求人から滞納法人に販売を委託したものであるとは認められないから、本件各差押処分時における本件各差押財産の所有者は、いずれも滞納法人であると認められる。

(5) 本件各差押処分の適法性について

以上のとおり、本件各差押財産は、本件各差押処分時において滞納法人の所有財産であると認められ、上記1の(3)のヘ、チ及びリのとおり、本件各差押処分は、徴収法所定の要件を充足している。
 また、本件各差押処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 したがって、本件各差押処分は適法である。

(6) 結論

よって、本審査請求は理由がないから、これを棄却することとする。

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