(令和2年7月7日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、雇用者給与等支給額が増加した場合の所得税額の特別控除を行い所得税等の確定申告をしたところ、原処分庁が当該特別控除の適用がないとして更正処分等を行ったことに対し、請求人が当該特別控除の適用があるとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令等

  • イ 租税特別措置法(平成29年法律第4号による改正前のものをいい、以下「旧措置法」という。)第10条の5の3《雇用者給与等支給額が増加した場合の所得税額の特別控除》第1項は、青色申告書を提出する個人が、平成26年から平成30年までの各年において国内雇用者に対して給与等を支給する場合に、当該個人の雇用者給与等支給額から基準雇用者給与等支給額を控除した金額(以下「雇用者給与等支給増加額」という。)の当該基準雇用者給与等支給額に対する割合が増加促進割合以上であるときは、当該個人のその年分の総所得金額に係る所得税の額から、政令で定めるところにより、雇用者給与等支給増加額の100分の10に相当する金額を控除する旨規定し(以下、旧措置法第10条の5の3の規定による所得税の控除を、「本件特別控除」という。)、同項第1号は、本件特別控除の適用には、雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額以上である必要がある旨規定している。
  • ロ 旧措置法第10条の5の3第2項第1号は、国内雇用者は、個人の使用人(当該個人と政令で定める特殊の関係のある者を除く。)のうち当該個人の有する国内の事業所に勤務する雇用者をいう旨、同項第3号は、雇用者給与等支給額は、第1項の適用を受けようとする年(以下「適用年」という。)の年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額(その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額がある場合には、当該金額を控除した金額。)とする旨、同項第6号は、比較雇用者給与等支給額は、適用年の前年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額をいう旨それぞれ規定している。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人は、平成22年から「F」という屋号で医業を営んでおり、同年より青色申告の承認を受けていた。
  • ロ 請求人は、平成26年4月1日付でG医師と雇用契約を締結し、自らの医業に従事させていた。
  • ハ 請求人は、平成27年5月15日付でH会と、相互の円滑な運営を期することを目的とした医療機関診療協力要綱(以下「本件要綱」という。)を締結した。
     本件要綱では、要旨次のことが定められていた。
    • (イ) 請求人は、H会に対し、外来患者診療を目的とし、請求人に属する医師を○○するものとする。
    • (ロ) 請求人からH会へ○○される医師はG医師が担当する。
    • (ハ) 診療協力の期間は、平成27年5月20日からH会の内科常勤医師が就任するまでの期間とする。
    • (ニ) 診療協力の日は毎週水曜日を原則とし、診療時間は14時から17時までとする。
       ただし業務の都合により変更する場合があることを請求人及びH会は互いに承諾するものとする。
    • (ホ) 診療協力に伴う協力金は、1回当たり40,000円とし、H会は請求人に対し当月分を翌月末までに請求人による請求書に基づき支払うものとする。
  • ニ 請求人は、本件要綱の定めに基づき、H会に対しG医師がH会の診療に従事した月の翌月初めに請求書を作成し、H会からの協力金(以下「本件協力金」という。)として別表1のとおり受領した。
  • ホ 請求人は、G医師に対し賞与として、平成28年7月25日に840,000円、平成28年12月22日に960,000円の計1,800,000円、平成29年7月25日に480,000円をそれぞれ支給し、平成28年分及び平成29年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入した。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 請求人は、平成29年分の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)について、本件特別控除を適用し、別表2の「確定申告」欄のとおり記載した青色の確定申告書を法定申告期限までに提出した。
     なお、請求人は、平成29年分所得税等の本件特別控除の額の計算に当たり、別表3の「申告額」欄のとおり、平成28年分所得税等の事業所得の金額の計算上必要経費に算入した給与賃金の額○○○○円から、別表1の本件協力金の額1,987,200円(平成28年1月分から12月分の合計金額)を控除した金額○○○○円を比較雇用者給与等支給額とし、また、平成29年分所得税等の事業所得の金額の計算上必要経費に算入した給与賃金の額○○○○円から、別表1の本件協力金の額345,600円(平成29年1月分及び2月分の合計金額)を控除した金額○○○○円を雇用者給与等支給額としてそれぞれ算出し、これを基に、別表4の「申告額」欄のとおり、本件特別控除の額を算出した。
  • ロ 原処分庁は、原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)の調査結果に基づき、本件特別控除の適用を受けることができないとして、令和元年5月31日付で、別表2の「更正処分等」欄のとおりとする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
  • ハ 請求人は、原処分に不服があるとして、令和元年8月29日に審査請求をした。

2 争点

請求人に、本件特別控除の適用があるか否か。具体的には、本件協力金は、旧措置法第10条の5の3第2項第3号括弧書きに規定する「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」に該当するか否か。

3 争点についての主張

原処分庁 請求人
本件協力金は、次のことから「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」に該当しないため、本件特別控除の適用はない。 本件協力金は、次のことから「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」に該当するから、本件特別控除の適用がある。
(1) 請求人は、G医師との間に雇用契約を結び給与賃金及び賞与を支給したと認められ、また、H会は、本件要綱の定めに則り、本件協力金を委託費として請求人に支払っていたことから、本件協力金はH会が請求人へG医師の給与賃金及び賞与に充てるために支払ったものであるとは認められない。 (1) H会とG医師との間には、契約書の作成はないものの、雇用契約が存在する。
 本件要綱は、G医師の在籍出向(出向元の身分のまま、出向先でも雇用契約のある身分)のために作成されたものであり、請求人は、H会が負担するG医師の給与を本件協力金として受領したものであるから、本件協力金は実質的に出向に伴う給与負担金である。
(2) 旧措置法第10条の5の3第2項第3号の解釈に当たって、他の者から支払を受ける金額が給与としての性質が強いかどうか、当該金額が給与等に充てられることが明確であるかどうか、あるいは、当該金額と給与等の関連性が強いかどうかにより判定することを示した裁判例等は確認できないところ、H会は、本件協力金を委託費として経理処理をし、H会経理担当者は、本件調査担当職員に対して、本件協力金は、飽くまで請求人に対しG医師○○に対する協力金として支払ったものであり、G医師の給与に充てるためでないと申し述べていることから、H会にG医師の給与等に充てるために支払ったとの認識がない。 (2) 旧措置法第10条の5の3第2項第3号の趣旨は、自己の経済的負担に基づく実質的な給与支給額を税額控除の対象とするため、給与等に充てるため他の者から収受したことが明確な金額を控除することを求めているものと考えられる。そのため、控除される金額は給与等に充てられることが明確であるか給与等の関連性の強さに基づき判断すべきである。
 そして、本件協力金がG医師の給与等の増加の原資とされたのは明らかである。

4 当審判所の判断

(1) 認定事実

請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 請求人とG医師との雇用契約には、年俸制が採用されており、賞与を支給する定めはなかった。
  • ロ G医師に支払われる年俸額は、H会に対する診療協力を行っていた期間において、満額が支払われていた。
  • ハ 請求人は、本件要綱締結前に、H会に対する診療協力についてG医師と合意した。
  • ニ H会は、本件協力金を毎月末締めの翌月末払いで請求人へ支払うとともに、委託費として経理処理をした。
  • ホ 請求人が、G医師に賞与として支給した金額(上記1の(3)のホ)は、診療協力1回当たりの金額40,000円に、G医師が実際に診療に従事した別表1の「診療協力回数」欄の回数を乗じて計算されており、平成28年7月25日に支給した賞与は、平成27年12月分ないし平成28年5月分の診療協力回数21回分の840,000円、平成28年12月22日に支給した賞与は、平成28年6月分ないし平成28年11月分の診療協力回数24回分の960,000円、平成29年7月25日に支給した賞与は、平成28年12月分ないし平成29年2月分の診療協力回数12回分の480,000円であった。

(2) 検討

本件特別控除は、個人所得の拡大を図り、所得水準の改善を通じた消費喚起による経済成長を達成するため、事業者の労働分配(給与等支給)の増加を促す措置として創設されたものであり、国内雇用者に対する給与等の支給額(事業所得の金額の計算上必要経費に算入されるもの。)が前年分を上回る等の要件を満たした場合に、一定額の税額控除を認めるものである。そして、本件においては、旧措置法第10条の5の3第2項第3号括弧書きに規定する「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」に本件協力金が当たるかどうかで、請求人において本件特別控除の適否が決まることから、以下検討する。
 請求人は、本件要綱に基づき、H会において不在であった内科常勤医師が就任するまでの期間として、H会の外来患者診療を目的として、上記(1)のハのとおり、G医師の合意を得て担当させ、請求人は、上記1の(3)のニのとおり、H会からG医師がH会の診療に従事したことに対し本件協力金の支払を受けていたものと認められる。
 そして、上記(1)のイ及びロのとおり、請求人は、G医師に雇用契約上支払っていた給与とは別に賞与として支給した額を、上記1の(3)のホのとおり、平成28年分及び平成29年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入しており、当該賞与の支給に当たっては、上記(1)のホのとおり、本件要綱で定められた金額(1回当たり40,000円)にG医師の診療協力回数を乗じて計算した金額と同額が支給されていたことが認められる。
 そうすると、請求人が、請求人とG医師との雇用契約に賞与を支給する定めがないにもかかわらず、請求人が支払う給与とは別にG医師に賞与として支給していたのは、G医師がH会への診療協力に従事し、その診療協力を遂行したことに対してH会から本件協力金の支払を受けたために他ならず、請求人には、G医師に対する賞与に充てるため本件協力金としてH会から支払を受ける金額があったというべきである。
 したがって、G医師に支給した賞与の額のうち本件協力金として診療協力回数に基づき支払を受けるものは、旧措置法第10条の5の3第2項第3号括弧書きに規定する「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」に該当するから、本件特別控除の適用があると認められる。
 そして、本件特別控除の適用に当たっては、上記1の(3)のホのとおり、G医師の賞与について、比較雇用者給与等支給額の算出に当たり、平成28年7月25日の840,000円及び同年12月22日の960,000円の合計額1,800,000円を、雇用者給与等支給額の算出に当たり、平成29年7月25日の480,000円をそれぞれ控除すべきである。

(3) 原処分庁の主張について

原処分庁は、本件要綱の定めに則り、H会が本件協力金を委託費として請求人に支払っていたことから、本件協力金はH会が請求人へG医師の給与賃金及び賞与に充てるために支払ったものであるとは認められない旨主張する。
 しかしながら、本件協力金は、上記(2)のとおり、G医師に対する賞与に充てるためにH会から支払を受けたものと認められ、H会が委託費として経理処理をしたことに左右されないから、原処分庁の主張には理由がない。

(4) 本件更正処分の適法性について

上記(2)のとおり、本件協力金のうち診療協力回数に基づきG医師に支給した賞与の額は、旧措置法第10条の5の3第2項第3号括弧書きに規定する「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」に該当するから、請求人の雇用者給与支給額及び比較雇用者給与等支給額は、別表3の「審判所認定額」欄のとおりとなる。これを基に請求人の納付すべき税額を計算すると、別表4の「審判所認定額」欄のとおりとなり、本件更正処分の金額を下回るから、その一部を別紙の「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。
 なお、本件更正処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

(5) 本件賦課決定処分の適法性について

上記(4)のとおり、本件更正処分の一部を取り消すべきであるから、国税通則法第65条《過少申告加算税》第1項の規定により過少申告加算税の額を計算すると○○○○円となるところ、同法第119条《国税の確定金額の端数計算等》第4項の規定により、過少申告加算税の額が5,000円未満であるときにはその全額を切り捨てることとなるので、本件賦課決定処分は、その全部を取り消すべきである。

(6) 結論

よって、審査請求には理由があるから、原処分の一部を取り消すこととする。

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