(令和2年7月28日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、納税者M社が審査請求人(以下「請求人」という。)を所有者とする不実の登記がされている不動産を請求人に取得させた行為が第三者に利益を与える処分に該当するとして、請求人に対して第二次納税義務の納付告知処分を行った上、当該第二次納税義務に係る国税を徴収するため督促処分を行い、請求人が所有する不動産の差押処分をしたのに対し、請求人が、当該不動産は上記登記の原因である売買契約に基づいて請求人が取得したものであり、上記納税者の所有不動産ではないから第三者に利益を与える処分はなかったなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

  • イ 行政手続法第14条《不利益処分の理由の提示》第1項は、行政庁は、不利益処分をする場合には、その名宛人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない旨規定し、また、同条第3項は、不利益処分を書面でするときは、同条第1項の理由は、書面により示さなければならない旨規定している。
  • ロ 国税徴収法(以下「徴収法」という。)第39条《無償又は著しい低額の譲受人等の第二次納税義務》は、滞納者の国税につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合において、その不足すると認められることが、当該国税の法定納期限の1年前の日以後に、滞納者がその財産につき行った政令で定める無償又は著しく低い額の対価による譲渡、債務の免除その他第三者に利益を与える処分に基因すると認められるときは、これらの処分により権利を取得し、又は義務を免れた者は、これらの処分により受けた利益が現に存する限度(これらの者がその処分の時にその滞納者の親族その他滞納者と特殊な関係のある個人又は同族会社(これに類する法人を含む。)で政令で定めるものであるときは、これらの処分により受けた利益の限度)において、その滞納に係る国税の第二次納税義務を負う旨規定している。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 当事者等
    • (イ) 請求人は、平成18年4月○日、不動産売買等を目的として、N社の商号で出資金を300万円として設立された法人である。その商号は、平成20年5月1日、P社に変更され、平成30年7月9日、現在のJ社に変更された。
       設立当初の代表者は、K2のみであったが、K2は平成19年2月19日に辞任し、その後、平成23年6月8日に上記出資金全額の出資者であるK1が代表取締役に就任して現在も引き続きその職を務めている。
    • (ロ) M社(以下「本件滞納法人」という。)は、平成12年12月○日、不動産売買等を目的として設立された法人である。その商号は、設立当初はQ社であったが、平成20年5月1日、現商号に変更された。
       その代表取締役には、平成13年11月30日にK1が就任し、平成20年5月1日に退任した。
  • ロ 平成18年4月及び5月の不動産売買をめぐるやりとりの状況等
    • (イ) 本件滞納法人及びR社は、平成16年6月17日、別表1の各不動産(以下「本件各不動産」という。)を、R社が資金調達をし、本件滞納法人が買収業務に当たるなどして協力して買収し、これを転売して利益を上げることを合意し、同月30日、本件各不動産の買収等に係る業務をR社が本件滞納法人に委託する旨の業務委託契約を締結した。
    • (ロ) R社は、平成16年9月13日、本件各不動産を売買により取得し、同日、本件各不動産について、R社を所有者とする所有権移転登記がされた。
    • (ハ) 本件滞納法人及びR社は、平成18年4月○日、本件各不動産について、売主をR社、買主を本件滞納法人とする売買契約(以下「本件4月売買契約」という。)を締結した。本件4月売買契約の契約書には、要旨、以下のとおりの条項がある。
      • A 買主は売主に対し、売買代金3,700,000,000円を、平成18年5月23日限り本件各不動産の所有権移転登記手続に必要な書類の受領と引換えに支払う。
      • B 本件各不動産の所有権は、買主が売買代金の全額を売主に支払ったときに移転する。
      • C 買主は、売主が本件各不動産の賃借人から預託されている敷金(平成17年6月30日時点で241,174,804円)を本契約とともに売主から免責的に引き受け、承継する。
    • (ニ) 本件滞納法人及びR社は、本件4月売買契約の締結に当たり、契約日と同日付で「不動産売買に関する確認書」を作成した。同確認書には、本件4月売買契約で代金支払日とした平成18年5月23日までの間に本件各不動産の買主が変更される場合があり、その場合には、R社が本件滞納法人が指定する新たな買主との間で本件4月売買契約と同一内容の契約を締結することを確認する旨の記載がある。
    • (ホ) 本件滞納法人及びR社は、平成〇年〇月〇日、本件4月売買契約を合意解除する旨の記載がある合意書を作成した(以下、この合意書を「本件解除合意書」といい、本件解除合意書に記載された合意を「本件解除合意」という。)。
    • (ヘ) 請求人及びR社は、平成〇年〇月〇日付で、売主をR社、買主を請求人、売買代金を3,700,000,000円とする、本件各不動産の売買契約書を作成した(以下、この売買契約書を「本件5月売買契約書」といい、本件5月売買契約書に記載された合意を「本件5月売買契約」という。)。本件5月売買契約書には、上記(ハ)のAないしCと同様の条項が記載されている。
    • (ト) S銀行○○支店において、平成18年5月22日、同支店の本件滞納法人名義の預金口座から3,740,746,300円が引き出され、同日、請求人を振込依頼人としてR社名義の預金口座に3,700,000,000円が振り込まれた。
       本件滞納法人は、上記取引の会計処理について、本件滞納法人名義の預金口座から引き出された金額を仮払金として計上した。
    • (チ) 本件各不動産について、平成18年5月23日、同日付売買を原因とするR社から請求人への所有権移転登記がされた。
    • (リ) 本件滞納法人、請求人及び請求人の代表者であったK2は、平成18年5月付の合意書(以下「本件5月合意書」という。)により、要旨次のとおりの合意をした。
      • A 請求人の設立に当たり、出資金は全て本件滞納法人が出資したことを確認する。
      • B 本件5月売買契約に係る売買代金は全額本件滞納法人からの借入れにより支払うものであること、平成18年5月23日に本件5月売買契約に係る売買代金を支払った後の本件各不動産の実質的所有者は本件滞納法人であること、請求人は本件各不動産の再開発のための登記名義人となるべく設立されたものであることを確認する。
      • C 請求人は、再開発に関する一切の行為は本件滞納法人の指示に従う。
      • D 請求人の一切の印鑑、預金通帳及び本件各不動産の登記済証等は、本件滞納法人が保管する。
      • E 本件滞納法人は、請求人の株主として理由を問わずK2を解任できる。
  • ハ 本件滞納法人の申告状況及び滞納等
     本件滞納法人は、平成18年10月31日、T税務署長に対し、平成17年9月1日から平成18年8月31日までの事業年度(以下「平成18年8月期」という。)の法人税確定申告書を提出した。
     その際、本件滞納法人は、同申告書の仮払金の内訳書に、相手先を「○○○○他」とする仮払金○○○○円を記載した。また、本件滞納法人は、同申告書により○○○○円の所得を申告し、これにより納付することとなった法人税○○○○円を滞納した。
  • ニ 本件滞納法人への〇〇調査及び更正処分等
     U国税局○○部(以下「○○部」という。)は、平成〇年〇月〇日、本件滞納法人及びK1に対し、○○○○により〇〇調査(以下「○○調査」という。)に着手した 。
     ○○調査の結果、平成〇年〇月〇日付で更正処分及び賦課決定処分がされ、滞納が累積した。
  • ホ 本件滞納法人の会計処理の変更等
     本件滞納法人は、平成19年8月31日、仮払金に計上していた4,005,393,289円を請求人に対する貸付金に振り替える会計処理をした。
  • ヘ 本件滞納法人及びK1の○○○○事件の刑事訴追
     本件滞納法人及びK1は、平成〇年、○○○○でV地方裁判所に起訴された。同事件の公訴事実には、本件滞納法人が所得金額を偽った法人税確定申告書を提出して不正の行為によって○○の支払を免れたとの事実が含まれており、同事件の審理において、本件滞納法人が本件各不動産の賃料収入を申告していないことについて、同賃料収入が請求人と本件滞納法人のいずれに帰属するのかが争われた。
  • ト ○○○○事件の刑事判決
     V地方裁判所は、平成○年○月○日、上記ヘの刑事事件の○○○○について、本件滞納法人に対して○○○○、K1に対して○○○○を宣告し、同判決は、控訴審及び上告審で棄却となり確定した。同判決において、本件各不動産の賃料収入は平成18年8月期の本件滞納法人の売上げとすべきであると認定された。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 原処分庁は、平成18年12月13日付で、国税通則法(以下「通則法」という。)第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、本件滞納法人の滞納国税について、T税務署長から徴収の引継ぎを受け、その後も滞納が発生する都度、徴収の引継ぎを受けた。
  • ロ 原処分庁は、令和元年6月26日、別表2の本件滞納法人の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、本件滞納法人が、平成19年8月31日に請求人に対し所有する本件各不動産の所有権を移転させたとし、これが徴収法第39条に規定する第三者に利益を与える処分に該当するとして、請求人に対し、徴収法第32条《第二次納税義務の通則》第1項の規定に基づき、納付すべき限度の金額を○○○○円、納付の期限を令和元年7月26日などとした納付通知書(以下「本件納付通知書」という。)により告知した(以下、この告知処分を「本件納付告知処分」という。)。
  • ハ 本件納付通知書に記載された本件納付告知処分の処分理由の要旨は、以下のとおりである。
    • (イ) 本件滞納法人は、平成19年8月31日、請求人に対し本件各不動産(平成19年8月31日時点の価額:○○○○円)の実質的所有権を移転するとともに、請求人に対する貸付債権○○○○円(平成19年8月31日時点の価額:○○○○円)を取得した。
    • (ロ) 令和元年6月26日現在、本件滞納法人は本件滞納国税に充てるべき財産を有しておらず、本件滞納法人の財産に滞納処分を執行してもなお本件滞納国税に不足すると認められ、上記(イ)の行為がなければその徴収不足は生じなかった。
    • (ハ) K1は、平成19年8月31日時点において、本件滞納法人及び請求人の発行済株式総数の100%を保有しているから、請求人は本件滞納法人の親族その他の特殊関係者に該当し、請求人は、徴収法第39条の規定により、上記(イ)によって受けた利益(○○○○円)を限度として、本件滞納国税について第二次納税義務を負う。
  • ニ 請求人は、令和元年7月24日、本件納付告知処分を不服として審査請求をした。
  • ホ 原処分庁は、令和元年7月29日、別表3の請求人の第二次納税義務に基づく滞納国税が上記ロの本件納付通知書で定めた納期限である令和元年7月26日までに完納されていないとして、請求人に対し、徴収法第32条第2項の規定に基づき、納付催告書により納付を督促した(以下、この督促を「本件督促処分」という。)。
  • ヘ 請求人は、令和元年8月2日、本件督促処分を不服として審査請求をした。
  • ト 原処分庁は、令和元年8月9日、請求人の第二次納税義務に基づく滞納国税が完納されていないとして、徴収法第68条《不動産の差押の手続及び効力発生時期》第1項の規定に基づき、本件各不動産のうち番号12ないし15、19ないし22、25及び26の不動産を差し押さえた(以下、この差押えを「本件差押処分」という。)。
  • チ 請求人は、令和元年8月19日、本件差押処分を不服として審査請求をした。
  • リ 当審判所は、通則法第104条《併合審理等》第1項の規定に基づき、上記ニ、ヘ及びチの各審査請求を併合審理する。

2 争点

(1) 本件納付告知処分の理由の提示に不備があるか否か(争点1)。

(2) 本件4月売買契約に基づいて本件滞納法人が本件各不動産の所有権を取得したか、それとも本件5月売買契約に基づいて請求人が本件各不動産の所有権を取得したか(争点2)。

(3) 本件滞納法人は、平成19年8月31日に請求人へ本件各不動産の所有権を移転させたか否か(争点3)。

(4) 争点3の所有権移転があったと認められる場合、これが徴収法第39条に規定する「第三者に利益を与える処分」に該当するか否か(争点4)。

(5) 本件各不動産の平成19年8月31日当時の時価はいくらか(争点5)。

(6) 請求人は、受けた利益の限度で第二次納税義務を負うか否か(争点6)。

3 争点についての主張

(1) 争点1(本件納付告知処分の理由の提示に不備があるか否か。)について

原処分庁 請求人
本件納付通知書には、本件滞納法人が本件各不動産に係る実質的な所有権を請求人に移転し、その対価として請求人に対する貸付債権を取得したことを前提として、請求人が本件滞納法人から受けた利益の額の算出過程を示して処分理由の記載がされており、本件納付告知処分の理由となった事実等が具体的に示されているから、行政手続法第14条第1項の趣旨を満たす程度に処分の理由が記載されている。
 したがって、本件納付告知処分の理由の提示に不備はない。
本件納付通知書には、本件の事実関係を前提として、徴収法第39条の「処分」、「対価」及び「利益」に該当する事実がどの事実であるかが全く提示されておらず、本件納付通知書の記載から本件納付告知処分の処分理由を探知することは不可能である。
 したがって、本件納付告知処分には理由の提示に不備がある。

(2) 争点2(本件4月売買契約に基づいて本件滞納法人が本件各不動産の所有権を取得したか、それとも本件5月売買契約に基づいて請求人が本件各不動産の所有権を取得したか。)について

原処分庁 請求人
本件滞納法人は、本件4月売買契約によりR社から本件各不動産の所有権を取得した。R社が請求人に本件各不動産を売買する旨の本件5月売買契約は、その締結に請求人が関与しておらず、事前に承諾もしていなかったことなどから成立していないものであるが、仮に成立していたとしても、本件4月売買契約を合意解除する旨の本件解除合意及び本件5月売買契約は、以下のとおり、いずれも心裡留保あるいは通謀虚偽表示により無効である。 以下のとおり、本件解除合意及び本件5月売買契約は成立しており、これを無効とすべき事情はないから、本件4月売買契約は解除されており、本件5月売買契約に基づいて、本件各不動産は請求人が取得した。
 本件各不動産についての所有権移転登記からしても、本件各不動産の所有権が本件5月売買契約により請求人に移転したことは明らかである。
イ 本件5月売買契約について イ 本件5月売買契約について
(イ) 請求人の認識について
 以下の事情からすれば、請求人は本件5月売買契約の締結によっても、本件各不動産は本件滞納法人が所有するものと認識しており、同所有権を請求人が取得する意思は有していなかった。
  • A 本件5月売買契約当時の請求人の代表者であったK2は、請求人は実質的には本件滞納法人と一体の会社であり、本件各不動産の実質的所有者は本件滞納法人である旨認識していると申述しており、本件5月売買契約の締結に関与していないことなどからしても、R社から本件各不動産の所有権を買い受ける意思を有していなかった。
  • B 請求人は、本件4月売買契約締結の直前にK1が全額出資して設立された実体のない会社であり、その実質的な経営判断は全て本件滞納法人の当時の代表者であるK1が行っていたほか、請求人の当時の代表者であるK2は、K1から頼まれて代表者に就任したにすぎない者であって、請求人の設立手続には何ら関与しておらず、本件5月売買契約の作成にも立ち会っていなかった。
  • C 請求人は、平成18年5月に、本件滞納法人との間で本件5月合意書を締結し、本件5月売買契約後も登記名義人にかかわらず本件各不動産の実質的所有者は本件滞納法人であることをわざわざ確認し、更に請求人は登記名義人となるべく設立されたものであることを確認している。
  • D 本件5月合意書は、本件滞納法人がK3弁護士に、K2が本件各不動産を勝手に売却しないようにするために作成を依頼したものである。
  • E 本件5月合意書により、本件滞納法人が請求人の一切の印鑑や預金通帳、本件各不動産の登記済証等を保管することが合意され、この合意に基づいて、上記各物が本件滞納法人において保管されていた。
  • F 本件5月売買契約後も、本件各不動産の賃料収入を受領していたのは本件滞納法人であり、請求人にはその受領権限はなかった。
  • G 本件5月売買契約の代金を負担したのは本件滞納法人であり、請求人が本件滞納法人から同代金について融資を受けるなどの手続はとられていない。
  • H K1は、請求人のことをトンネル会社の意味でSPCと述べていたところ、本件滞納法人に関与していたK4税理士らも、K1が請求人のことをトンネル会社の意味でSPCと述べていることを認識していた。
     また、本件滞納法人から、請求人に関する書類作成等の依頼を受けたK3弁護士も、K1から、所有者と違う会社で交渉をする方がやりやすい旨の説明を受けるなどしたことから、本件各不動産の実質的な所有者は本件滞納法人であると認識していた。
(イ) 請求人の認識について
 以下のとおり、請求人が本件5月売買契約によって、本件各不動産の所有権を取得する意思がなかったということはできない。
  • A 請求人は、本件5月売買契約の代金を本件滞納法人から借り入れてR社に支払ったことにより、R社から本件各不動産の所有権を取得している。この借入れについて、請求人は、本件滞納法人に返済を続けて完済しているのであって、請求人が代金相当額の借入れを現実に行ったことは明らかである。
  • B 本件5月合意書には、本件各不動産の実質的所有者が本件滞納法人である旨の記載があるが、本件5月合意書には日にちの記載がなく、本件5月売買契約よりも前に作成されている可能性が高いことからすれば、本件5月売買契約の締結によって本件5月合意書の意味はなくなっているといえる。これらのことから、本件5月合意書の記載内容を本件各不動産の所有者が本件滞納法人であることの根拠とすることはできない。
     本件5月合意書にある本件滞納法人が請求人に資本金の全額を出資した旨の記載は、出資者がK1であるとの請求人の定款の記載と矛盾するものであるが、仮に本件滞納法人が全額出資していたとすれば、本件5月合意書にある本件5月売買契約後の本件各不動産の実質的所有者が本件滞納法人である旨の記載は、本件滞納法人が請求人を100%支配していることの帰結を意味し、請求人の取締役であったK2に対し社員(株主)総会の決議なく本件各不動産を処分することができないことを注意するための記載にすぎない。
     また、本件5月合意書にある、請求人が登記名義人となるべく設立されたとの記載も、請求人が本件各不動産の所有権を取得するために設立されたものであることを意味するものである。
  • C 請求人及び本件滞納法人は、本件各不動産の賃借人に対し、本件滞納法人に賃料等の受領権限を与えた旨を通知している。これは請求人が本件各不動産の所有者であることを前提とする通知を、本件滞納法人も同意の上でしているものであるから、このことからも請求人が本件5月売買契約により本件各不動産の所有権を取得する認識であったといえる。
(ロ) R社の認識について
 以下の事情から、R社は、請求人が、本件5月売買契約によって、本件各不動産の所有権を取得する意思がなく、本件各不動産の所有権は本件滞納法人が有することを認識していた。
  • A R社において本件各不動産を担当していたK5は、本件各不動産の売却先は本件滞納法人であると認識していた。
     そして、K5から担当を引き継いだK6は、K1から、売却先を請求人とする理由について、本件各不動産を取り仕切っている暴力団関係者との関係で、本件滞納法人の名前を出すことができない旨説明を受け、また、K2が本件5月売買契約に出席していないことなどから、請求人はにわかに設立されたペーパーカンパニーであると認識していた。
  • B R社は、本来請求人に引き継ぐべき敷金と、本件滞納法人がR社のために預かっていた賃料との相殺処理をするという、本件各不動産の所有者である本件滞納法人と請求人が同一の法人であることを前提とする処理をしている。
(ロ) R社の認識について
 R社は、請求人、本件滞納法人及びK1と全く関係のない第三者であるから、R社には刑事罰の制裁を覚悟してまで不実の登記の作出に協力する動機はない。
ロ 本件解除合意について ロ 本件解除合意について
(イ) 本件滞納法人の認識について
 上記イの(イ)記載の事情によれば、本件滞納法人は、本件解除合意によっても、本件4月売買契約を解除する意思は有していなかったといえる。
(イ) 本件滞納法人の認識について
 上記イの(イ)記載の事情によれば、本件滞納法人は、本件解除合意によって、本件4月売買契約を解除する意思を有していなかったとはいえない。
(ロ) R社の認識について
 上記イの(ロ)記載の事情によれば、R社は、本件解除合意によっても、本件滞納法人が本件4月売買契約を解除する意思のないことを知っていた。
(ロ) R社の認識について
 上記イの(ロ)のとおり、R社は本件滞納法人及びK1と全く関係のない第三者であるから、本件解除合意によって、本件滞納法人が本件4月売買契約を解除する意思を有していると認識していた。

(3) 争点3(本件滞納法人は、平成19年8月31日に請求人へ本件各不動産の所有権を移転させたか否か。)について

原処分庁 請求人
本件滞納法人は、以下のとおり、平成〇年〇月〇日の○○調査の着手を契機として、本件各不動産の所有権を請求人に移転させることとし、○○調査が着手された本件滞納法人の事業年度の末日である平成19年8月31日に、請求人に本件各不動産の所有権を移転させた。 以下の理由により、原処分庁が主張する事情は、いずれもその前提を欠くか、本件滞納法人が本件各不動産の所有権を請求人に移転したことを何ら推認させないものである。
イ K1は、平成〇年〇月〇日以降、○○調査を頻繁に受け、本件各不動産に係る賃料収入を本件滞納法人あるいは請求人の収入として計上していなかったことなどについて、○○○○をかけられていた。このような状況において、K1は、次第に、○○調査をどう切り抜けるか、○○○○をどのようにして受けるかということに執着するようになっていたといえ、○○○○から逃れるため、他にも慌ただしく事後工作をするなかで、賃料収入についても、調査が着手された本件滞納法人の事業年度中には請求人に本件各不動産を帰属させ、本件各不動産に係る賃料収入を請求人の収入として売上げに計上しなければならないという認識を持つようになった。 イ K1の○○○○の中で、本件各不動産に関する○○○○の金額は○○○○円であり、全体の○○○○の額が○○○○円を超える中で、その占める割合はごくわずかであるから、同人が○○○○判決を得るために請求人に本件各不動産を帰属させ、請求人に家賃収入を計上しようとしたなどという推測は誤りである。
ロ 本件滞納法人の会計帳簿上、平成19年8月31日付で本件各不動産に係る購入代金の支払として計上されていた仮払金が請求人に対する貸付金へと振り替えられた。
 他方、請求人の会計帳簿上では、請求人が本件各不動産の登記の名義人となって以降、K1の指示により本件各不動産に係る賃料収入は全く計上されていなかったところ、平成19年11月30日付で平成18年6月以降の毎月の賃料収入が遡って計上され、その後、これら一連の会計処理が反映された本件滞納法人及び請求人の法人税確定申告書及び決算報告書が提出された。
ロ 平成17年12月1日から平成18年11月30日までの事業年度の確定申告を担当したK4税理士らは、本件各不動産の賃料が受領権限のある本件滞納法人に振り込まれ、本件滞納法人から請求人に遅れて入金があることもあり得るという実態を知らなかったため、平成18年6月以降の毎月の賃料収入を仕訳計上していなかった。平成18年12月1日から平成19年11月30日までの事業年度の申告は、K4税理士らの業務を引き継いだ別の税理士が、K4税理士らの誤った会計処理を修正して適正に申告したものにすぎない。
ハ 本件滞納法人及び請求人は、法人格は別であるがK1の完全支配下にある会社であり、同人の単独の意思のみによって、あらゆる法律行為を思いどおりに行うことが可能であった。 ハ K1は本件滞納法人の代表者ではなく、同人の思いどおりに本件滞納法人の権利が変動する理由はない。
ニ K1は、平成19年9月1日付で本件滞納法人が請求人に4,000,000,000円を貸し付けたとする金銭消費貸借契約書を作成しているが(平成30年12月以前は、本件滞納法人及び請求人の両者の代表者印を管理していたのはK1であった。)、その記載から、同契約書は平成20年5月8日以降に作成されたにもかかわらず、平成19年9月1日に日付を遡って作成されたものであることが分かる。K1が同契約書を日付を遡ってまでわざわざ作成したことからしても、上記ロの平成19年8月31日付の貸付金処理によって、同日に本件各不動産の所有権を請求人に帰属させようという強い意志を有していたことがうかがえる。 ニ 平成19年9月1日付の金銭消費貸借契約書は偽造されたものであり、K1はその作成経緯を全く知らない。偽造書類によっては何らの事情も推認できない。

(4) 争点4(争点3の所有権移転があったと認められる場合、これが徴収法第39条に規定する「第三者に利益を与える処分」に該当するか否か。)について

原処分庁 請求人
徴収法第39条に規定する「第三者に利益を与える処分」とは、滞納者の積極財産の減少の結果、第三者に利益を与えることとなる処分をいうところ、本件滞納法人は、積極財産である本件各不動産を請求人に移転させ、その対価として本件滞納法人が平成19年8月31日に仮払金から振り替えた貸付金債権(本件各不動産に係る承継敷金の額を差し引いた金額のもの。)を取得したことにより、その差額となる利益を請求人に与えたといえることからこれらの行為は徴収法第39条に規定する「第三者に利益を与える処分」に該当する。
 なお、これらの行為は、K1が本件滞納法人及び請求人の実質的支配者であったことから同人の意思のみにより可能であった行為である。
徴収法第39条に規定する「処分」とは、「第三者に対して、権利を取得させ、又は義務を免れさせる」原因行為、すなわち、権利義務の発生等の私権の変動をもたらす法律行為を意味するところ、原処分庁は、「処分」、すなわち、法律行為の内容も全く特定しておらず、「対価」の存在も何ら基礎付けていない。
 したがって、これらの行為は「第三者に利益を与える処分」には該当しない。

(5) 争点5(本件各不動産の平成19年8月31日当時の時価はいくらか。)について

原処分庁 請求人
原処分庁は、平成19年8月31日当時の本件各不動産の時価の評価を鑑定人に委託しているところ、同鑑定人は、本件各不動産の評価に当たって、原価法及び収益還元法を適用した試算価格を算出し、本件各不動産の需要者にとって購入動機となる収益価格を重視して鑑定評価額○○○○円を適正に算出している。本件各不動産の評価額は、このように適正に算出された鑑定評価額を採用したものであり、妥当なものであるから、本件各不動産の平成19年8月31日当時の時価は、○○○○円である。 上記のとおり、そもそも「第三者に利益を与える処分」は存在しないが、これをおくとしても、原処分庁の本件各不動産の評価額は誤りである。
 すなわち、本件各不動産は、平成16年6月30日にR社がX社から4,125,000,000円で購入した後、原処分庁の主張によれば、これを平成〇年〇月○日に本件滞納法人がR社から3,700,000,000円で購入したことになるが、それから1年半足らずの後の平成19年8月31日の時点で、本件各不動産の価額が○○○○円となるというのは不自然である。
 また、本件各不動産は、平成19年から不動産価額が上昇した平成21年8月1日時点に行われた鑑定において1,500,000,000円と評価されており、さらに、同時期に請求人と訴訟で本件各不動産からの立退料の金額を争っていた相手方当事者でさえ、本件各不動産を約4,420,000,000円と評価していた。
 これらの事実からすれば、平成19年当時の本件各不動産の評価額が○○○○円であるというのは誤りである。

(6) 争点6(請求人は、受けた利益の限度で第二次納税義務を負うか否か。)について

原処分庁 請求人
本件滞納法人の株式は、平成19年8月31日当時、K1がその全てを保有していた。
 そして、請求人の株式について、平成19年8月31日当時の株主の状況は明らかでないものの、K2が請求人の株主は設立時からK1のみであると述べていることに加え、請求人が設立時から一貫してK1の支配下にあった事情も踏まえると、請求人の株式も、設立以来一貫してK1が保有していたといえる。
 そうすると、請求人は、滞納者の親族その他の特殊関係者に該当するから、請求人は、受けた利益の額(○○○○円)の限度で第二次納税義務を負うことになる。
否認ないし争う。

4 当審判所の判断

(1) 争点1(本件納付告知処分の理由の提示に不備があるか否か。)について

  • イ 法令解釈
     行政手続法第14条第1項本文が、不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは、名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解されるから、当該処分の理由が、上記の趣旨を充足する程度に具体的に明示するものであれば、同項本文の要求する理由の提示として不備はないものと解するのが相当である。
  • ロ 当てはめ
     上記1の(4)のハのとおり、本件納付通知書には本件納付告知処分の理由として、1本件滞納法人が平成19年8月31日、請求人に対し本件各不動産の実質的所有権を移転させた旨、2本件滞納法人の財産に滞納処分を執行してもなお本件滞納国税に不足し、上記1の行為等がなければ徴収不足が生じなかった旨、1請求人は本件滞納法人の特殊関係者に該当する旨、4上記1ないし3の事実から、請求人は受けた利益を限度として本件滞納国税について第二次納税義務を負う旨が記載されている。
     本件納付通知書の記載内容からすれば、徴収法第39条が規定する第二次納税義務の要件に沿って各要件に該当する旨を示し、そのため請求人が第二次納税義務を負うと認めたものと分かるから、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与えるという行政手続法第14条第1項本文の趣旨に照らし、同項本文の要求する理由の提示として欠けるものではないというべきであり、本件納付通知書の理由の提示に不備はない。
  • ハ 請求人の主張について
     請求人は、上記3の(1)の「請求人」欄のとおり、本件納付通知書は、徴収法第39条に規定する「処分」、「対価」及び「利益」に該当する事実は提示されていないから理由の提示に不備がある旨主張する。
     しかしながら、本件納付通知書の理由の提示は、上記ロのとおり、行政手続法第14条第1項本文の要求する理由の提示として欠けるものではないから、請求人の主張には理由がない。

(2) 争点2(本件4月売買契約に基づいて本件滞納法人が本件各不動産の所有権を取得したか、それとも本件5月売買契約に基づいて請求人が本件各不動産の所有権を取得したか。)について

  • イ 認定事実
     原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
    • (イ) 請求人の設立に至る経緯等
      • A R社との再開発プロジェクトのとん挫
         R社は、本件滞納法人との間で合意した再開発計画が思うように進まなかったことから、本件滞納法人に対し、本件各不動産を売却して同計画から離脱したいとの意向を示したところ、本件滞納法人から本件各不動産を本件滞納法人に売却するよう強く要求されたため、取得した価額を数億円下回る3,700,000,000円で売却することを承諾し、平成〇年〇月〇日、本件4月売買契約を締結した。本件4月売買契約においては、後に買主を変更することがある旨の合意がされた。
      • B 請求人設立の経緯等
         K1は、本件4月売買契約締結日と同日の平成〇年〇月〇日、資本金300万円を全額出資して、請求人を設立した。請求人の代表者にはK2が就任したが、同人は、請求人の設立手続には関与しておらず、請求人の定款や印鑑、預金通帳は設立当初からK1が管理していた。
         本件5月合意書により、本件滞納法人、請求人及びK2の間で、請求人が本件各不動産の再開発のための登記名義人となるべく設立されたものであることが確認されている。
    • (ロ) 本件5月売買契約書及び本件解除合意書の作成に至る経緯
      • A K1は、K2が本件各不動産を単独で売却しないために確約書が欲しいと顧問弁護士であるK3弁護士に依頼し、同人に作成させた本件5月合意書により、K2及び請求人との間で本件5月売買契約によっても本件各不動産の実質的所有者が本件滞納法人であることなどを確認した。
      • B 本件5月売買契約書は、平成〇年〇月〇日付で、K3弁護士の事務所において作成された。作成の際に立ち会ったのは、R社側はその担当者であるK5及びK6、請求人側は、K1及びK3弁護士であった。K2は、K1から本件5月売買契約の段取りや内容については聞いていたものの、立会いはしておらず、契約内容を決定したのはK1であった。
         本件滞納法人及びR社は、同日付の本件解除合意書を作成した。
    • (ハ) 本件5月売買契約書記載の売買代金の振込経緯
       本件5月売買契約書記載の売買代金は、平成18年5月22日、S銀行○○支店において、同支店の本件滞納法人名義の預金口座から3,740,746,300円が引き出され、同日、請求人を振込依頼人としてR社名義の預金口座に3,700,000,000円が振り込まれた。
       なお、これらの手続は本件滞納法人の預金口座がある上記○○支店においてされており、K2が行ったものではない。
    • (ニ) 上記売買代金に係る会計処理
       本件滞納法人は、平成18年5月22日の本件各不動産の売買代金に係る出金を、仮払金として会計処理した。
    • (ホ) 本件各不動産の賃料収入について
      • A 平成18年6月6日付で、本件各不動産の賃借人であるY社に対し、同月1日以後支払う本件各不動産の賃料及び管理費を、請求人がこれらの受領権限を与えた本件滞納法人名義の口座に振り込むよう依頼する旨の、本件滞納法人及び請求人の連名の通知がされた。
      • B 本件滞納法人は、平成18年8月期の法人税の申告書において、本件5月売買契約以降の本件各不動産の賃料収入を、前受金として記載していた。
      • C 本件各不動産を買い受けた後、請求人は、本件各不動産から発生する賃料収入を自身の収入として計上せず、平成19年11月30日に平成18年6月以降の賃料収入を遡って計上した。
    • (へ) 本件各不動産の賃借人から預託されていた敷金の引継ぎ
       本件5月売買契約書によれば、Y社からの預り敷金は、R社から請求人に引き継がれることとされているが、R社は、同敷金について、本件滞納法人に対する債権と相殺する処理を行った。
    • (ト) 本件5月売買契約の買主に係る関係者の認識等
      • A K2の認識
         K2は、請求人について、本件各不動産の名義人となるべく、K1が便宜的に設立した実体のない会社であり、自身は名義を貸しただけの者で、請求人宛の電話も本件滞納法人に繋がるようになっていて、実質的には本件滞納法人と一体の会社であったと認識しており、本件5月売買契約については、請求人が上記実体のない会社であって、売買代金も本件滞納法人から捻出されていることから、本件各不動産の実質的な所有者は本件滞納法人であると認識していた。
      • B R社の担当者K6及びK5の認識
         K6は、請求人について、にわかに設立されたいわゆるペーパーカンパニーであると認識していた。本件5月売買契約については、契約書や登記によれば請求人に譲渡したことになっており、売買代金は請求人から入金されたことになっているものの、もともとK1が本件各不動産については本件滞納法人が主体であると公言していたことや、上記代金入金後に本件滞納法人の従業員からかかってきた電話において、K1が領収証を早く送るように要求してきたことからしても、取引の実態は、本件滞納法人との取引であると認識していた。
         また、K5も、本件5月売買契約において本件各不動産を売却した先は本件滞納法人であったと認識していた。
      • C 本件滞納法人及び請求人の会計処理を担当していたK4税理士の認識
         K4税理士は、請求人について、本件滞納法人が地上げ屋として名が通っており、本件各不動産の名義人になるには支障があるので、名義人とするために設立されたいわゆるトンネル会社であり、K1は地上げが完了すれば請求人を潰してその収益を本件滞納法人に吸収させるつもりだと認識していた。
  • ロ 検討
    • (イ) 上記イの(ロ)のBによれば、請求人の当時の代表者であるK2が、本件5月売買契約において、請求人が買主になっていることや契約締結の段取りについてK1から聞いており、その上でK1に売買契約の締結行為について任せたものと認められる。
       もっとも、上記1の(3)のロの(リ)及び上記イの(ト)のAのとおり、K2は、本件5月合意書において、本件5月売買契約によっても本件各不動産の実質的所有者は本件滞納法人であって、請求人が本件各不動産の再開発のための登記名義人となるべく設立されたものであることを確認している。また、請求人の設立経緯や請求人の実態は上記イの(イ)のとおりであり、本件5月売買契約の代金の原資が上記イの(ハ)のとおり本件滞納法人の預金口座から引き出されたものであること、約定の敷金が上記イの(ヘ)のとおりR社から引き継がれていないこと、本件5月売買契約後も賃料を受領するのが上記イの(ホ)のA及びCのとおり本件滞納法人であったことも認められる。更に、請求人の印鑑や預金通帳、本件各不動産の登記済証も本件滞納法人が管理することが、上記1の(3)のロの(リ)のDのとおり、本件5月合意書によって合意されていることからすると、請求人に本件各不動産の処分権限があるとはいえない。これらに加えて、上記イの(ニ)及び上記イの(ホ)のBのとおり、本件滞納法人が、平成18年5月以降も、本件各不動産の売買代金を仮払金として計上し、本件各不動産の賃料収入を前受金として計上していたことや、上記イの(ト)の関係者の認識、特にR社の本件5月売買契約の担当者がともに本件5月売買契約の買主は本件滞納法人であると認識しており、担当者K6が請求人には実体がないと考えていたと認められることも併せ考慮すれば、K2が本件5月売買契約書を作成する意思については有していたといえるとしても、その作成によって、本件各不動産をR社から請求人が買い受ける旨の意思表示がされたものとは認められない。
    • (ロ) そして、上記(イ)と同様の事情によれば、K1が本件解除合意書を作成する意思については有していたといえるとしても、その作成によって、本件4月売買契約を解除する旨の意思表示がされたものとは認められない。
    • (ハ) したがって、本件5月売買契約書をもって本件5月売買契約が成立したと認めることはできず、また、本件解除合意書をもって本件解除合意が成立したと認めることもできず、他にこれらの合意が成立したと認めるに足りる証拠もない。
    • (ニ) 仮に、本件5月売買契約書や本件解除合意書の作成によって、請求人ないし本件滞納法人がこれらの書面に記載されたとおりの意思表示をしたと認められるとしても、上記各事実関係を前提とすれば、内心の意思とは異なる意思表示がされ、これをR社においても認識していたといえるから、いずれにしても民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)第93条《心裡留保》ただし書の規定により、本件5月売買契約及び本件解除合意は無効となる。
    • (ホ) 以上によれば、本件5月売買契約及び本件解除合意はいずれも成立したと認められず、仮に本件5月売買契約書の作成によって、請求人が本件各不動産をR社から買い受ける旨の意思表示をしたと認められ、また、仮に本件解除合意書の作成によって本件滞納法人が本件4月売買契約を解除する旨の意思表示をしたと認められるとしても、民法第93条ただし書により本件5月売買契約及び本件解除合意のいずれも無効となる。
       そして、上記認定事実によれば、本件4月売買契約締結後に本件滞納法人がR社に対して約定の売買代金を支払ったと認められるから、本件各不動産の所有権は本件4月売買契約により本件滞納法人が取得したと認められる。
  • ハ 請求人の主張について
    • (イ) 請求人は、上記3の(2)のイの(イ)のAの「請求人」欄のとおり、本件各不動産の売買代金は本件滞納法人から借り入れてR社に支払い、当該借入金は本件滞納法人に返済し完済しているから、売買代金相当額の借入れは現実に行っていると主張する。
       しかしながら、上記イの(ニ)のとおり、本件滞納法人は、上記売買代金の支払について、仮払金として会計処理をしているのであって、請求人の主張はこの事実と整合しない。また、請求人自身の原資によって、これが全額返還されたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、上記ロのとおり、請求人及び本件滞納法人が本件各不動産の買主を本件滞納法人であると認識していたことを裏付ける事情が認められるのであるから、請求人が本件滞納法人から本件各不動産の売買代金を支払うために借入れをしたとは認められず、請求人の主張には理由がない。
    • (ロ) 請求人は、上記3の(2)のイの(イ)のBの「請求人」欄のとおり、本件5月合意書について、本件5月売買契約よりも前に作成された可能性もあり、そうであれば本件5月売買契約の成立により本件5月合意書の意味はなくなったと考えるべきであると主張するが、上記イの(ロ)のAのとおり、本件5月合意書は、K1が本件各不動産の所有者を請求人として登記する場合に、請求人の代表者であるK2が本件各不動産を無断で処分する危険性があることを懸念し、これを回避するためにK3弁護士に相談して作成されたものである。このような作成経緯からすれば、本件5月売買契約書の作成によって本件5月合意書の合意の趣旨が失われるものとはいえない。
       また、請求人は、本件5月合意書にある、平成18年5月23日の売買代金支払後の本件各不動産の実質的所有者が本件滞納法人である旨の記載について、請求人の設立時の出資者はK1であるが、本件滞納法人のみが出資して設立した可能性もあり、これを前提とすれば、上記「実質的所有者」との記載は本件滞納法人が請求人を支配していることの帰結を意味するものにすぎないと主張する。しかしながら、本件5月合意書の作成経緯は上記のとおりであり、請求人の主張は、実質的所有者がなお本件滞納法人であることをわざわざ合意した理由として不十分であり、採用できない。
    • (ハ) 請求人は、上記3の(2)のイの(イ)のCの「請求人」欄のとおり、本件各不動産に係る賃料の受領権限を本件滞納法人に与えた旨を賃借人であるY社に通知していることは、本件各不動産の所有者が請求人であることを前提とするものであり、本件滞納法人もこれに同意しているから請求人が本件各不動産の所有権を取得するという認識であったと主張している。
       しかしながら、請求人と本件滞納法人の連名による上記通知が作成された事実は認められるものの、上記ロのとおりの事情からすれば、請求人に本件各不動産を買い受ける意思は認められないのであって、上記通知の存在によって、この認定は左右されないから、この点の請求人の主張も理由がない。

(3) 争点3(本件滞納法人は、平成19年8月31日に請求人へ本件各不動産の所有権を移転させたか否か。)について

  • イ 認定事実
     原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
    • (イ) ○○調査着手後の会計処理の変更
      • A ○○部は、平成〇年〇月〇日、本件滞納法人及びK1に対し、○○○○により〇〇調査に着手した。
      • B 本件滞納法人は、平成19年8月31日、本件各不動産を買い受けた時に計上した仮払金(本件各不動産の売買代金、これに関する登録免許税等の費用及び賃借人であるY社からの預り敷金)の合計4,005,393,289円を、請求人に対する貸付金に振り替えた。
      • C 請求人は、平成19年11月30日、本件各不動産に係る平成18年6月から平成19年11月までの賃料収入の合計637,822,674円を未収入金として計上した。
    • (ロ) 本件各不動産の賃料収入
       Y社からの賃料は、本件滞納法人名義口座に振り込まれてきたが、本件滞納法人が○○○○で告発された後の平成21年2月5日にY社から振込先を請求人に変更してほしい旨の連絡があったことを受けて、請求人の代理人は、同月6日、Y社に対し振込先を請求人名義口座に変更する旨を通知した。
    • (ハ) 金銭消費貸借契約書の作成
       平成19年9月1日付で、貸主を本件滞納法人、借主をP社とし、貸付金額を4,000,000,000円とする金銭消費貸借契約書(以下「本件消費貸借契約書」という。)が作成された。
       なお、本件消費貸借契約書の作成日付である平成19年9月1日当時、請求人の商号はN社であり、本件消費貸借契約書に記載されているP社に商号変更され、これが登記されたのは、8か月以上後の平成20年5月8日になってからであった。
    • (ニ) 請求人及び本件滞納法人の支配関係
      • A 請求人の定款によれば、設立時の出資者及び社員はK1のみである。
      • B 本件滞納法人の平成19年8月31日時点の代表取締役はK1であった。
      • C 請求人の平成19年8月31日時点の役員はK7のみであった。同人は、本件滞納法人の経理担当者であったが、K1から頼まれて請求人の取締役に就任した者であり、就任後もそれまでと変わらずK1の指示に従って本件滞納法人の経理事務に従事していた。
      • D 平成19年8月31日時点においても、請求人の通帳及び印鑑はK1が保管していた。
      • E 請求人の平成18年12月1日から平成19年11月30日までの事業年度の確定申告書に記載された株主はK1のみである。
  • ロ 検討
     上記認定事実によれば、本件滞納法人は、平成19年8月31日に、本件各不動産の売買代金として請求人名義でR社に支払った金額について、当初は仮払金として経理処理をしていたものを、請求人に対する貸付金に振り替えており、これにより本件各不動産を請求人が所有したこととした場合にも矛盾しないような会計処理に変更されたということができる。
     もっとも、これによって、直ちに本件滞納法人から請求人に本件各不動産の所有権が移転したものと認めることはできない。上記イの(イ)によれば、上記会計処理が、本件滞納法人及びK1に対する○○調査を受けてされたことがうかがえ、また、その後に請求人においても、本件各不動産の賃料収入が平成18年6月に遡って未収入金として計上し、本件各不動産があたかも平成18年6月以降は請求人の所有不動産であったかのような会計処理が行われたことが認められる。そして、上記イの(ハ)のとおり、平成19年9月1日付の本件消費貸借契約書が、平成20年5月8日以降に、わざわざ日付を遡ってまで作成されたこともうかがえ、更に、これが上記イの(ニ)のように、請求人と本件滞納法人のいずれもK1が実質的に支配している状況においてされたものであるとはいえるものの、上記イの(ロ)のとおり、平成19年8月31日以降も本件滞納法人が引き続き本件各不動産の賃料収入を受領していることにも照らせば、上記事情を考慮しても、本件滞納法人が平成19年8月31日に請求人に本件各不動産の所有権を移転させたものと認めることはできず、他に本件各不動産の所有権が、同日、請求人に移転したと認めるに足りる証拠もない。
     したがって、本件各不動産が、平成19年8月31日に請求人に移転したと認めることはできない。
  • ハ 原処分庁の主張について
     原処分庁は、上記3の(3)のハ及びニの「原処分庁」欄のとおり、平成19年8月31日の時点でK1が本件各不動産の所有権を請求人に帰属させようという強い意志を有していたから、K1が請求人及び本件滞納法人をいずれも実質的に支配している本件においては、同日をもって本件滞納法人から請求人に移転したものと主張する。
     しかしながら、これらの事情を考慮しても、平成19年8月31日に本件各不動産の所有権が請求人に移転したと認めるに足らないことは上記ロのとおりであり、原処分庁の主張は理由がない。

(4) 本件納付告知処分の適法性について

上記(3)のとおり、平成19年8月31日に本件滞納法人が本件各不動産の所有権を請求人に取得させたと認めることはできないから、そのほかの争点について判断するまでもなく、本件滞納法人から請求人に対して、原処分庁が主張する徴収法第39条に規定する第三者に利益を与える処分があったと認めることはできないことになる。
 したがって、本件納付告知処分は違法であり、その全部を取り消すべきである。

(5) 本件督促処分及び本件差押処分の適法性について

  • イ 第二次納税義務者に対する納付告知処分と、その滞納処分の前提要件としての督促処分及び滞納処分としての差押処分との関係についてみると、相互に関連性を持つものではあるものの、納付告知処分とはそれぞれ目的及び効果を異にし、それ自体で完結する別個の行政処分であるから、納付告知処分の違法性は、督促処分及び差押処分には承継されない。
  • ロ そして、審査請求において審判所が判断すべき事項は国税に関する法律に基づく処分が適法に行われたかどうかであるから、本件督促処分及び本件差押処分の適法性の判断については、処分時の事情を基礎として判断すべきである。
  • ハ そうすると、上記(4)のとおり、本件納付告知処分は取り消されるべきであるものの、本件督促処分及び本件差押処分は、その各処分時において、上記1の(4)のホ及びトのとおり、通則法及び徴収法所定の要件を充足している。また、本件督促処分及び本件差押処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
     したがって、本件督促処分及び本件差押処分は適法である。

(6) 結論

よって、本件納付告知処分に対する審査請求には理由があるから、処分の全部を取り消すこととし、また、その他の原処分に対する審査請求は理由がないから、これを棄却することとする。

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