(令和3年3月23日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、相続税の期限内申告において申告していなかった死亡保険金について修正申告をしたところ、原処分庁が、当該死亡保険金を申告しなかったことは隠蔽に基づくものであるとして重加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、隠蔽の事実はないとして、当該賦課決定処分のうち、過少申告加算税相当額を超える部分の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

国税通則法(以下「通則法」という。)第68条《重加算税》第1項は、通則法第65条《過少申告加算税》第1項の規定に該当する場合において、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し、その隠蔽し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、当該納税者に対し、過少申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額に係る過少申告加算税に代え、当該基礎となるべき税額に100分の35の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税を課する旨規定している。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人は、F(以下「本件被相続人」という。)の養子であり、専ら製品の品質管理等の業務に従事してきた会社員である。
  • ロ 本件被相続人は、平成18年9月25日、本件被相続人の一切の財産を請求人に相続させる旨及びG信託銀行(取扱店 ○○支店)を遺言執行者として指定する旨の公正証書遺言をした。
  • ハ 本件被相続人は、平成27年10月21日、H社(以下「本件保険会社」という。)の代理店であるJ銀行の○○支店(以下「本件銀行支店」という。)において、本件被相続人を保険契約者及び被保険者、本件保険会社を保険者、請求人を死亡保険金受取人とし、一時払保険料を100,000,000円とする、基本保険金額100,000,000円の終身保険契約の申込みを行い、同月22日、上記契約(以下「本件保険契約」という。)は成立した。
     本件保険契約の申込みの際、請求人は、その場に同席し、本件被相続人が当該申込みを行うことについて確認する旨のJ銀行宛の書面に署名をした。
  • ニ 本件被相続人は、平成29年8月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡し、同日、その相続(以下「本件相続」という。)が開始した。本件相続に係る相続人は、請求人のみである。
  • ホ 請求人は、平成29年8月25日付で、本件保険会社に対し、本件保険契約に係る死亡保険金の支払の請求を行い、当該死亡保険金100,000,000円(以下「本件保険金」という。)は、同年9月7日、本件銀行支店の請求人名義の普通預金口座(以下「本件請求人口座」という。)に振り込まれた。
  • ヘ 請求人は、平成29年10月12日、本件被相続人を保険契約者及び被保険者、K社を保険者とし、請求人を受取人とする生命保険契約に係る死亡保険金61,800,000円(以下「本件K社保険金」という。)について、本件請求人口座への振込みの方法により支払を受けた。
     その際、請求人は、同社から、本件K社保険金に係る支払明細書の送付を受けた。
  • ト 請求人は、本件保険会社から、平成29年10月16日付の本件保険金に係る支払調書の送付を受けた。
  • チ 請求人が本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告書の作成を依頼したL税理士(以下「本件税理士」という。)は、平成30年2月17日、請求人に対し、電子メールで、本件相続開始日以降の本件被相続人に関する医療費の支払の有無や葬儀費用の支払金額などを尋ねるとともに、生命保険の支払があったかどうかについて質問をした。
     請求人は、当該質問を受けて、本件税理士に対し、医療費や葬儀費用の支払金額などの回答と併せて、生命保険の支払の件はK社の件のことだと思う旨回答するとともに、本件K社保険金に係る支払明細書を交付したものの、本件保険金については告げず、その支払調書を交付しなかった。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 請求人は、法定申告期限内に、別表の「期限内申告」欄のとおり記載した本件税理士の作成に係る本件相続税の申告書を原処分庁に提出して申告を行った(以下、当該申告を「本件申告」といい、本件申告に係る申告書を「本件申告書」という。)。
     その際、本件申告書には、死亡保険金として本件K社保険金のみが記載されており、本件保険金は記載されていなかった。
  • ロ 原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)は、令和元年8月21日、請求人の自宅に赴き、本件相続税に係る実地の調査を行った。
     その際、本件調査担当職員が、請求人に対し、請求人が提示した本件請求人口座に係る通帳に記録された平成29年9月7日の本件保険会社からの入金について質問をしたのに対し、請求人は、本件被相続人が生前に契約した生命保険契約により受領した死亡保険金である旨回答した。また、本件調査担当職員は、請求人に対し、本件保険金について申告しなかった理由及び本件税理士に対して報告や相談をしなかった理由について質問をしたが、請求人は回答しなかった。
  • ハ 本件調査担当職員は、令和元年10月17日、M税務署において、請求人に対して質問調査を行った。
  • ニ 請求人は、令和元年10月17日、本件調査担当職員の調査に基づき、本件保険金を本件相続税の課税価格に算入して、別表の「修正申告」欄のとおり記載した修正申告書を提出し、修正申告をした(以下、当該修正申告を「本件修正申告」という。)。
  • ホ 原処分庁は、令和2年1月28日付で、請求人は、本件保険金が本件相続税の課税財産であることを知りながら、これを隠蔽し、課税財産として申告していなかったと認められるとして、別表の「賦課決定処分」欄のとおり、本件修正申告に基づき新たに納付すべきこととなった税額を基礎として、重加算税の賦課決定処分をした(以下「本件賦課決定処分」という。)。
  • ヘ 請求人は、令和2年4月15日、本件賦課決定処分に不服があるとして、審査請求をした。

2 争点

請求人に、通則法第68条第1項に規定する隠蔽又は仮装の行為があったか否か。

3 争点についての主張

原処分庁 請求人
1請求人が本件K社保険金を本件申告に含めていること、2本件保険金に係る支払調書には税務の申告に利用されたい旨の記載が付されていること、3本件税理士が請求人に対して送信した電子メールには、生命保険金の支払の有無を問い合わせる内容の記載があること、及び4本件銀行支店の担当者が、本件保険金が相続税の対象となることを本件保険契約の締結時に請求人に説明したことからすれば、請求人は、本件保険金が相続税の課税対象であることを十分に理解していたものと認められる。
 そして、請求人は、本件保険金及び本件K社保険金のいずれもが相続税の課税の対象となることを理解しながら、あえて本件K社保険金に関する資料のみを本件税理士へ交付し、本件保険金に関する資料を本件税理士へ交付しないことにより、本件保険金を本件相続によって取得したものとみなされる財産に含めない申告書を本件税理士に作成させ、当該申告書を原処分庁に提出することで過少申告をしたものと認められる。
 したがって、請求人は、当初から財産を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたといえるから、請求人には、通則法第68条第1項に規定する隠蔽又は仮装の行為があった。
請求人が本件保険金を申告しなかったのは、本件銀行支店の担当者から、本件保険金は相続税の納税のための資金であり、振り込まれても請求人のものではない旨の説明を受けて、請求人が、本件保険金は相続トラブルが生じた場合にも相続の対象とならずに相続税の納税に充てることができる保険金であって、請求人に帰属しない財産であるから、申告の対象に含める必要はないものと理解していたことによるものである。
 そして、本件税理士に本件保険金に関する資料を交付しなかったのは、1上記のとおり、請求人が、本件保険金は相続税の納税のための保険金であって、請求人に帰属しない財産であると理解しており、その取扱いが本件K社保険金とは異なるものと認識していたことに加え、2本件保険契約は、本件被相続人と請求人が本件銀行支店の担当者の説明を受けた上で締結したものであり、本件銀行支店と提携しているG信託銀行○○支店の遺言執行担当者から本件銀行支店と連絡を取りながら遺産整理を進める旨の話があったことから、請求人は、G信託銀行においても本件保険金について当然に確認しており、G信託銀行と連携して本件相続に係る申告書を作成している本件税理士も本件保険金について当然に承知しているものと認識していたことによるものである。
 したがって、請求人は、当初から財産を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたとは全くいえず、請求人に、通則法第68条第1項に規定する隠蔽又は仮装の行為はない。

4 当審判所の判断

(1) 法令解釈

通則法第68条第1項に規定する重加算税の制度は、納税者が、過少申告をするについて隠蔽、仮装という不正手段を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を科することによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものである。
 したがって、重加算税を課するためには、納税者のした過少申告行為そのものが隠蔽、仮装に当たるというだけでは足りず、過少申告行為そのものとは別に、隠蔽、仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がされたことを要するものである。しかし、上記の重加算税制度の趣旨に鑑みれば、架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく、納税者が、当初から過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合には、重加算税の賦課要件が満たされるものと解すべきである(最高裁平成7年4月28日第二小法廷判決・民集49巻4号1193頁参照)。

(2) 認定事実

原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 本件銀行支店の担当者は、平成27年10月21日、本件銀行支店において、本件被相続人及び請求人に対して本件保険契約を勧め、その際、請求人に対し、本件被相続人の本件銀行支店における預金残高からすると将来の相続税の負担が多額になることから、本件保険契約を締結することにより、請求人が生命保険金を受領し、相続税の納付の心配が軽減される旨を説明した。
     また、本件銀行支店の担当者は、請求人に対し、本件保険契約について説明をする中で、本件保険契約に係る死亡給付金に対する課税について、契約者及び被保険者が本件被相続人で、死亡給付金受取人が請求人であることから、税金の種類としては相続税の対象となることを説明した。
  • ロ 請求人は、令和元年10月17日、本件調査担当職員に対し、本件被相続人が本件保険契約の申込みをする際に本件銀行支店の担当者から、預金のままにしておくと将来相続が発生した時に、すぐにこの預金が相続税の納税のために使えるかどうか分からないとの話があったことから、請求人以外の相続人が出てきたときに、納税期限までに相続税を納付できない場合もあると考えた旨を申述した。
     また、請求人は、本件銀行支店の担当者から、「この新しい生命保険契約は納税のための生命保険契約であり、全て税金を納めるためのものですから、○さんの財産にはなりません」との話があったことから、本件保険契約は申告しなくてもよいものと解釈した旨の申述もした。

(3) 検討

  • イ 上記1の(3)のチのとおり、請求人は、本件税理士に対し、本件K社保険金に係る支払明細書を交付したものの、本件保険金については支払調書を交付しておらず、その存在も伝えていない。そして、その結果、上記1の(4)のイのとおり、本件税理士の作成に係る本件申告書には、死亡保険金として本件K社保険金のみが記載され、本件保険金については記載されなかった。
     もっとも、上記(2)のイに記載の本件銀行支店の担当者からの「本件保険契約を締結することにより、請求人が生命保険金を受領し、相続税の納付の心配が軽減される」旨の説明内容に加えて、本件保険契約に係る保険料が一時払であり、その支払額と基本保険金額が同額であって、本件保険契約は被相続人名義の預金を相続開始後に相続人名義の預金へと移すことができることに意義がある契約であるといえること、さらに、請求人が、上記(2)のロのとおり、調査の際に、本件銀行支店の担当者から、預金のままにしておくと将来相続が発生した時に、すぐにこの預金が相続税の納税のために使えるかどうか分からないとの話があった旨述べていることにも照らすと、本件保険契約は、それによって、本件被相続人に相続が開始した際に請求人以外の相続人が現れて本件被相続人の預金を本件相続税の納付に充てることができない事態が生じたとしても、同相続人の権利が及ばない本件保険金を本件相続税の納付に充てることが可能となるものであるといえる。
     そして、上記(2)のロのとおり、請求人が、本件保険契約について、本件銀行支店の担当者から納税のための生命保険契約であり、全て税金を納めるためのものであるから、「○さん」の財産にはならないとの話があった旨述べていることからすれば、同担当者から本件保険契約について説明がされる中で、上記の本件保険契約の趣旨の説明があったとも考えられ、その際に、本件被相続人を指して「○さん」の財産ではない(から他の相続人の権利が及ばない)、と説明がされたのを、本件被相続人と同じ姓の請求人の財産にはならず、みなし相続財産として相続税の課税の対象となることはないと誤って理解してしまうなどした可能性も直ちに否定できない。
     そうすると、請求人が、本件銀行支店の担当者から、本件保険契約の契約者及び保険金受取人等に応じた本件保険金の課税上の取扱いについて一般的な説明を受け、また、本件保険金に係る支払調書に税務の申告に利用されたい旨の記載が付されていたことを踏まえても、上記1の(3)のイのとおり、税務に関する知識や経験が豊富とはいえない請求人において、本件保険金は、本件K社保険金とは異なり、請求人の財産ではなく、相続税の課税の対象とならないものと誤解し、かかる誤解に基づいて本件保険金について本件税理士に伝えなかった可能性も否定できないものというべきである。
     この点、請求人は、上記1の(4)のロのとおり、本件相続税に関する請求人に対する調査の初日に、本件保険金の入金事績が記録された本件請求人口座に係る通帳を本件調査担当職員に提示するとともに、当該入金事績に関する本件調査担当職員の質問に本件保険金の入金である旨回答しており、このように、殊更に本件保険金の入金の事実を本件調査担当職員に対して隠そうとはしていない請求人の態度は、上記誤解があった可能性を高める事実ともいえる。
     なお、請求人は、上記1の(4)のロのとおり、上記調査時に本件調査担当職員から、本件保険金が申告漏れとなった理由を問われたのに対して沈黙している。この点については、請求人が、自身の理解と異なる事態に唖然として何も答えられなかった旨説明しており、即座に理由の説明がされなかったことをもって直ちに上記可能性が否定されることにはならない。
  • ロ したがって、本件において請求人が本件保険金の存在について本件税理士に伝えなかったことをもって、請求人が当初から過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をしたとまではいえず、他に請求人に特段の行動があったと認めるべき事情も見当たらない。
  • ハ 以上によれば、請求人が本件申告において本件保険金を申告しなかったことにつき、通則法第68条第1項に規定する隠蔽又は仮装の行為があったということはできない。

(4) 原処分庁の主張について

原処分庁は、上記3の「原処分庁」欄のとおり、請求人は、本件保険金及び本件K社保険金のいずれもが相続税の課税対象であることを十分に理解しながら、あえて本件K社保険金に関する資料のみを本件税理士に交付し、本件保険金に関する資料を本件税理士に交付せず、本件保険金を含めない申告書を本件税理士に作成させ、当該申告書を原処分庁に提出することで過少申告をしたことから通則法第68条第1項に規定する隠蔽又は仮装の行為があった旨主張する。
 しかしながら、請求人が、本件保険金が相続税の課税の対象とならないものと誤解し、かかる誤解に基づいて、本件保険金について本件税理士に伝えなかった可能性を否定できないことは上記(3)のイのとおりであり、原処分庁の主張には理由がない。

(5) 原処分の適法性について

上記(3)のとおり、請求人が本件申告において本件保険金を申告しなかったことについて、通則法第68条第1項に規定する隠蔽又は仮装の行為があったとは認められないことから同項の重加算税の賦課要件を満たさない。他方、請求人について通則法第65条第1項所定の要件を充足するところ、本件保険金が本件修正申告前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条第4項第1号に規定する正当な理由があるとは認められない。そして、本件賦課決定処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 したがって、本件賦課決定処分は、過少申告加算税相当額を超える部分の金額につき違法であり、別紙「取消額等計算書」のとおり取り消すのが相当である。

(6) 結論

よって、審査請求は理由があるから、原処分の一部を別紙「取消額等計算書」のとおり取り消すこととする。

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