(令和3年5月20日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、宗教法人である審査請求人(以下「請求人」という。)の前住職が、自己名義の預金口座から請求人名義の預金口座へ金員を移動させたことについて、原処分庁が、当該金員の移動は持分の定めのない法人に対する財産の贈与であり、前住職の親族の相続税の負担が不当に減少する結果になるとして、相続税法第66条《人格のない社団又は財団等に対する課税》第4項の規定により、請求人を個人とみなして贈与税の決定処分等をしたのに対し、請求人が、当該金員の移動は前住職名義で管理していた請求人の財産を真実の所有者の預金口座へ移動させただけであるから、前住職から請求人への財産の贈与ではないなどとして原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

  • イ 相続税法第9条は、対価を支払わないで利益を受けた場合においては、当該利益を受けた時において、当該利益を受けた者が、当該利益を受けた時における当該利益の価額に相当する金額を当該利益を受けさせた者から贈与により取得したものとみなす旨規定している。
  • ロ 相続税法第66条第1項は、代表者又は管理者の定めのある人格のない社団又は財団に対し財産の贈与があった場合においては、当該社団又は財団を個人とみなして、これに贈与税を課する旨規定している。
  • ハ 相続税法第66条第4項は、前3項の規定は、持分の定めのない法人に対し財産の贈与があった場合において、当該贈与により当該贈与をした者の親族その他これらの者と相続税法第64条第1項に規定する特別の関係がある者の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるときについて準用し、この場合において、第1項中「代表者又は管理者の定めのある人格のない社団又は財団」とあるのは「持分の定めのない法人」と、「当該社団又は財団」とあるのは「当該法人」と読み替えるものとする旨規定している。
  • ニ 相続税法第66条第6項は、同条第4項の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるか否かの判定その他同項の規定の適用に関し必要な事項は、政令で定める旨規定している。
  • ホ 相続税法施行令第33条《人格のない社団又は財団等に課される贈与税等の額の計算の方法等》第3項(平成30年3月政令第134号による改正前のもの。以下「本件施行令」という。)は、贈与により財産を取得した相続税法第65条第1項に規定する持分の定めのない法人が、次に掲げる要件を満たすときは、同法第66条第4項の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められないものとする旨規定している。
    • (イ) その運営組織が適正であるとともに、その寄附行為、定款又は規則において、その役員等のうち親族関係を有する者及びこれらと一定の特殊の関係がある者(次号において「親族等」という。)の数がそれぞれの役員等の数のうちに占める割合は、いずれも3分の1以下とする旨の定めがあること(第1号)。
    • (ロ) 当該法人に財産の贈与若しくは遺贈をした者、当該法人の設立者、社員若しくは役員等又はこれらの者の親族等に対し、施設の利用、余裕金の運用、解散した場合における財産の帰属、金銭の貸付け、資産の譲渡、給与の支給、役員等の選任その他財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を与えないこと(第2号)。
    • (ハ) その寄附行為、定款又は規則において、当該法人が解散した場合にその残余財産が国若しくは地方公共団体又は公益社団法人若しくは公益財団法人その他の公益を目的とする事業を行う法人(持分の定めのないものに限る。)に帰属する旨の定めがあること(第3号)。
    • (ニ) 当該法人につき法令に違反する事実、その帳簿書類に取引の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装して記録又は記載をしている事実その他公益に反する事実がないこと(第4号)。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 請求人は、昭和28年5月○日にH宗(J派)の寺院として設立された宗教法人法に基づく宗教法人であり、法人税法第2条《定義》第6号に規定する公益法人等である。
  • ロ K(以下「前住職」という。)は、昭和42年7月から平成28年8月○日に死亡するまでの間、請求人の代表役員を務めていた。
     なお、前住職は、平成2年までは教員として勤務していた。
  • ハ 前住職の長男であるF(以下「現住職」という。)は、前住職の死亡後、請求人の代表役員を引き継いだ。
     なお、現住職は、平成10年から継続して請求人の責任役員を務めており、前住職の死亡当時、教員として勤務していた。
  • ニ 現住職の妻であるL(以下「現住職の妻」という。)は、平成18年に前住職から請求人の経理担当を引き継ぎ、請求人の法要収入等を記録しているノート(以下「本件ノート」という。)も併せて引き継いだ。
  • ホ 前住職は、平成27年4月22日、M銀行○○出張所の前住職名義の普通預金(口座番号○○○○。以下「前住職名義口座1」という。)から○○○○円を払い出し、同日、同出張所に開設した請求人名義の普通預金口座(口座番号○○○○。以下「請求人名義口座1」という。)へ入金した(以下、この資金移動を「本件資金移動1」という。)。
  • ヘ 前住職は、平成27年4月27日、前住職名義の債券(国債)の売却代金19,985,514円を、また、翌28日、前住職名義の投資信託の解約金9,050,601円を、それぞれ前住職名義口座1へ入金した。
     そして、前住職は、平成27年4月28日、前住職名義口座1から○○○○円を払い出し、請求人名義口座1へ入金した(以下、この資金移動を「本件資金移動2」という)。
  • ト 前住職は、平成27年4月28日、N銀行○○支店の前住職名義の定期預金(口座番号○○○○。以下「前住職名義口座2」という。)を解約し、その解約金のうち○○○○円を同支店の請求人名義の定期預金(口座番号○○○○)として預け入れた(以下、この資金移動を「本件資金移動3」といい、本件資金移動1ないし本件資金移動3を併せて「本件各資金移動」という。また、本件各資金移動のために前住職名義口座1及び前住職名義口座2から払出し等をした金員の合計○○○○円を「本件金員」という。)。
  • チ P県に提出された請求人の財産目録によれば、本件金員に相当する預金等について、平成26年3月31日現在までの各財産目録には記載がなく、本件各資金移動の後に提出された平成27年3月31日現在以後の各財産目録には記載がある。
  • リ 請求人は、平成26年に、現住職の子であるQ(以下「現住職の子」という。)が居住する建物(以下「本件建物」という。)を請求人の敷地内に新築した。
  • ヌ 請求人の寺院規則「宗教法人『E寺』規則」(以下「本件寺院規則」という。)は、要旨次のとおり定めている。
    • (イ) 代表役員は、請求人の住職の職にある者をもって充てる(第6条第1項)。
    • (ロ) 代表役員は、この法人を代表し、その事務を総理する(第7条)。
    • (ハ) 請求人に責任役員を3名置く(第8条)。
    • (ニ) 代表役員以外の責任役員は、請求人に僧籍を有する者のうちから代表役員が総代の同意を得て選定した者1名及び総代が選定した者1名とする(第9条)。
    • (ホ) 請求人に門徒から選定した3名の総代を置く(第16条第1項及び第2項)。
    • (ヘ) 総代は、この寺院の業務について勧告及び助言をすることができる(第17条第2項)。
    • (ト) 主要建物の新改築並びに主要な境内建物及び境内地の用途の変更等については、あらかじめ総代の同意を得なければならない(第18条)。
    • (チ) 基本財産は、不動産、有価証券、現金及び預金について、総代の同意を得て設定した財産とする(第23条)。
    • (リ) 請求人が合併し、又は解散しようとするときは、責任役員の定数の全員及び総代並びに門徒の3分の2以上の同意を得て、管長の承認及びR県知事の認証を受けなければならない(第37条)。
    • (ヌ) 請求人が解散したときは、その残余財産は解散当時の住職に帰属する(第39条第1項)。
       前項の規定によることができないときは、清算人は総代の同意を得て○○姓を名乗る解散直前の住職の遺産継承者にその財産を公平に分配しなければならない(第39条第2項)。
       前二項の規定によることができないときは、清算人は総代の同意を得て、J派、J派に包括される宗教団体、又は公益事業のためにその財産を処分することができる(第39条第3項)。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 原処分庁は、原処分庁所属の調査担当職員の調査に基づき、相続税法第66条第4項の規定により請求人を個人とみなして、令和2年1月21日付で、請求人に対して、平成27年分の贈与税について、取得した財産の価額を○○○○円及び納付すべき税額を○○○○円とする決定処分並びに無申告加算税の額を○○○○円とする賦課決定処分(以下、決定処分と併せて「本件決定処分等」という。)をした。
  • ロ 請求人は、令和2年4月3日、本件決定処分等を不服として再調査の請求を行ったところ、再調査審理庁は、同年6月29日付でいずれも棄却する旨の再調査決定をした。
  • ハ 請求人は、令和2年7月28日、再調査決定を経た後の本件決定処分等に不服があるとして審査請求をした。

2 争点

(1) 本件各資金移動は、いずれも前住職から請求人への財産の贈与に該当するか否か(相続税法第66条第4項に規定する財産の贈与の有無(争点1))。

(2) 本件各資金移動により相続税法第66条第4項に規定する相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるか否か(争点2)。

3 争点についての主張

(1) 争点1(本件各資金移動は、いずれも前住職から請求人への財産の贈与に該当するか否か(相続税法第66条第4項に規定する財産の贈与の有無)。)について

原処分庁 請求人
イ 本件金員の帰属について
 一般的には、財産は名義人がその真実の所有者であり、外観と実質が一致するのが通常と考えられること及び贈与事実の認定には困難が伴うことからすると、贈与事実の認定は、その実質が贈与でないという反証が特にない限り、外観によって認定すべきである。
 前住職名義口座1及び前住職名義口座2は、1その原資が前住職に帰属する収入や前住職名義の債券、投資信託及び定期預金から形成されており、2いずれも現住職の妻に引き継がずに前住職が管理していたことなどからすれば、いずれも前住職に帰属するものと認められる。
 そうすると、本件各資金移動は、前住職に帰属する本件金員が請求人に帰属する預金口座に入金されたものになる。
イ 本件金員の帰属について
 前住職名義で管理している金融資産には、請求人の余剰金を原資とする請求人に帰属する財産と、前住職の個人収入を原資とする個人に帰属する財産が存在しており、請求人に帰属する財産は、〇千万円程度あり、主に定期預金及び国債等で管理されてきた。
 この点、本件金員の額を教員時代の給与や年金収入で蓄財できたとは考え難い上、前住職から現住職の妻へ経理が引き継がれた平成18年以後の請求人の収支から発生する余剰金からみて、平成17年以前において本件金員程度の蓄財がされて請求人に帰属していたものと認められる。
 また、本件金員のうち、過去から定期性預金等として運用してきた元金○○○○円の推移をみても、前住職がこれらを個人的に費消した事実は一切ないから、前住職もこれらを請求人に帰属する財産であると認識していたものと考えられる。
 したがって、本件金員は、実質的に請求人に帰属する財産である。
ロ 贈与に該当するか否かについて
 本件金員が前住職以外の者に帰属すると認められる証拠や、本件金員が前住職又はその法定相続人に対し返還された事実といった、本件各資金移動を贈与と認定することに対する反証は認められない。
 したがって、本件各資金移動は、いずれも前住職から請求人への贈与と認められる。
 仮に、本件各資金移動が本来の贈与であるとは認められないとしても、請求人は、本件各資金移動により財産が増加していることから、実質的に贈与と同様の経済的利益を受けていると認められ、贈与契約の有無にかかわらず前住職から贈与を受けたとみなされることになる。
ロ 贈与に該当するか否かについて
 本件各資金移動は、いずれも実質的に請求人に帰属する財産を本来の権利者の名義の預金口座へ移動させたものにすぎないから、前住職から請求人への贈与ではない。

(2) 争点2(本件各資金移動により相続税法第66条第4項に規定する相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるか否か。)について

原処分庁 請求人
イ 請求人における本件施行令各号に掲げる要件の該当性については、第4号の要件を満たしているほかは、次のとおりである。 イ 請求人における本件施行令各号に掲げる要件の該当性については、第4号の要件を満たしているほか、次のとおりである。
(イ) 本件施行令第1号について
 本件寺院規則においては、請求人の役員等のうち、親族関係を有する者及び本件施行令第1号に規定する特殊の関係がある者の数がそれぞれの役員等の数のうちに占める割合をいずれも3分の1とする旨の定めはない。
 したがって、本件施行令第1号の要件を満たさない。
(イ) 本件施行令第1号について
 本件寺院規則は、役員等のうち親族関係を有する者の占める割合を3分の1以下とする定めはない。
 したがって、本件施行令第1号の要件を形式的には満たしていない。
 しかしながら、本件寺院規則は、請求人の本山であるJ派の準則に基づき制定しており、J派の○○や規則にも本件施行令第1号の要件を満たすような条文はないことから、これを満たす規定を末寺である請求人が独自に制定することは困難である。
(ロ) 本件施行令第2号について (ロ) 本件施行令第2号について
A 生活費の供与
 本件ノートには、請求人の支出として平成19年に3,000,000円、平成20年に2,400,000円の生活費を計上している。
 そして、現住職の妻は、再調査時において、請求人の収入から月額20万円ほどを生活費として費消していた旨申述している上、当該月額20万円については、給与として源泉徴収された事実がなく、労務の対価としての具体的な金額や内容を示す根拠もない。
 これらのことから、請求人の収入から前住職及びその親族(以下「前住職ら」という。)の家計費が支出されていたと認められる。
A  生活費の供与
 前住職らの通常の生活は、前住職の年金収入、請求人からの給与収入及び現住職の教員の給与収入で賄っている。
 そして、請求人の収入からの月額15万円から20万円程度の支出については、寺院の運営上の支出であって、労務の対価を含め、請求人の業務に関連する請求人の経費となるものであり、仮にその全額を給与としても過大な給与ではない。
 なお、現住職の妻は、生活費を請求人の収入から費消している旨の申述はしていない。
B 住居の供与
 請求人は、本件建物に現住職の子を居住させている上、居住させることについて、総代から同意を得たという記録がない。
 また、本件各資金移動の時点で、現住職の子が本件建物に居住する必要がある程度に請求人の業務に従事していた事実も認められない。
B 住居の供与
 本件建物は、僧侶として平成24年から寺院の業務に従事していた現住職の子を居住させるために境内に新築した庫裏であり、職務遂行上やむを得ない必要に基づくものであって、前住職らは何ら特別な利益を受けていないし、建築に当たり総代の同意も得ている。
C  小括
 以上のとおり、請求人が前住職らに対して特別の利益を与えていると認められるから、本件施行令第2号の要件を満たさない。
C  小括
 以上のとおり、請求人が前住職らに対して特別の利益を与えているとは認められないから、本件施行令第2号の要件を満たしている。
(ハ) 本件施行令第3号について
 本件寺院規則第39条は、請求人が解散した時の残余財産は、第1順位として解散当時の住職に帰属する旨定めており、国等その他の公益を目的とする事業を行う法人に帰属する旨の記載がない。
 したがって、本件施行令第3号の要件を満たさない。
(ハ) 本件施行令第3号について
 本件寺院規則及び寺の存続を願う現住職の理念を踏まえると、本件寺院規則第39条第1項及び第2項は死文化している上、同条第3項には、「公益事業のために、その財産を処分することができる」旨の規定がある。
 したがって、本件施行令第3号の要件を満たしているといえる。
ロ 請求人は、上記イのとおり、本件施行令第1号ないし第3号の各要件をいずれも満たしていないことに加え、次の事情も含めて総合的に考慮すれば、前住職らが請求人を私的に支配しているといえるから、本件各資金移動により相続税が不当に減少する結果となると認められる。 ロ 請求人は、本件施行令各号の要件を形式的には満たしていないとしても、上記イのことに加え、次の事情も含めて総合的に考慮すれば、前住職らが請求人を私的に支配しているとはいえず、本件各資金移動により相続税を不当に減少する結果になるとは認められない。
(イ) 役員の構成
 本件寺院規則第6条は、代表役員は住職の職にある者をもって充てると定められており、また、当該住職は、J派の○○により○○姓を名乗る男子たる教師が任命される、いわゆる「世襲制」による旨定められている。
 さらに、本件各資金移動時の代表役員は前住職であり、責任役員のうち1名は現住職が務めているから、3名の責任役員のうち3分の2が前住職らで占められていた。
 したがって、前住職らは、請求人の業務を自由に裁量できる立場であったと認められる。
(イ) 役員の構成
 請求人は、本件寺院規則に則って総代3名を含めた6名による合議制で寺院運営を行っている。
 門徒代表である総代3名は、主要建物の新築、境内地の用途変更等の重要事項の承認など、寺院の適正な運営に欠かすことができないものである。
 そして、これら役員等6名でみると前住職の親族は3分の1以下となる。
(ロ) 特別の利益の供与
 上記イの(ロ)のとおり、請求人は前住職らに対して、月20万円程度の生活費の供与及び本件建物を前住職の親族の居住に利用させるという特別の利益を与えている。
(ロ) 特別の利益の供与
 上記イの(ロ)のとおり、請求人が、前住職らに対して特別の利益を与えているとは認められない。
(ハ) 収入支出の経理及び財産管理の状況
 前住職は、P県に対して提出した貸借対照表、収支計算書等に正確な収入や檀家数を報告しようとする意思があったとは認められず、また、本件ノートに、請求人の収入及び支出が正確に記録されているとも認められない。
(ハ) 収入支出の経理及び財産管理の状況
 請求人の収入及び支出については、本件ノートや現住職の妻が記録している金銭出納帳に基づき整理しており、その数値はかなり信頼のおけるものである。
 なお、P県に対して提出した請求人の貸借対照表及び収支計算書が不正確なのは、本山等への納入義務金を考慮した前住職の指示に基づいて作成されたためである。
(ニ) 解散時の財産の帰属
 上記イの(ハ)のとおり、本件寺院規則によれば、本件金員は、最終的に前住職らに帰属することとなる状況にある。
(ニ) 解散時の財産の帰属
 上記イの(ハ)のとおり、本件金員が、最終的に前住職らに帰属するとは限らない。

4 当審判所の判断

(1) 法令解釈

  • イ 相続税法第66条第4項の趣旨は、持分の定めのない法人に財産の贈与があったときに、その財産の贈与者の親族等が当該贈与財産の使用、収益を事実上享受し、又は当該財産が最終的にこれらの者に帰属するような状況にある場合に、相続税又は贈与税の負担に著しく不公平な結果をもたらすことになることを防止するため、当該持分の定めのない法人を個人とみなして、財産の贈与があった時に、当該法人に対し贈与税を課することとしたものである。
     このような趣旨からすれば、同項所定の贈与者の親族等の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるかどうかは、持分の定めのない法人に対して財産の贈与等があり、その時点において、その法人の社会的地位、寄附行為、定款等の定め、役員の構成、収入支出の経理及び財産管理の状況等からみて、財産の提供者等ないしはその特別関係者が、当該法人の業務、財産の運用及び解散した場合の財産の帰属等を実質上私的に支配している事実があるかによって判断すべきである。
  • ロ また、財産の贈与については、相続税法上、明確に定義する規定はなく、相続税法上の贈与は、民法第549条に規定する贈与をいうものと解される。
     そして、相続税法第9条は、法律的には贈与により取得した財産でなくても、その取得した事実によって実質的に贈与と同様の経済的利益を生ずる場合においては、税負担の公平の見地から、その取得した財産について、当該利益を受けさせた者からの贈与により取得したものとみなして贈与税を課税することとしたものと解される。

(2) 争点1について

  • イ 認定事実
     請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。
    • (イ) 前住職名義口座1には、前住職の年金及び給与のほか、投資信託の分配金及び債券の利金等が入金されていた。
       当該投資信託及び債券の原資は、前住職名義の定期預金や前住職名義口座1からの出金によるものである。
    • (ロ) 前住職名義口座2は、遅くとも平成2年4月11日には、前住職名義の定期預金口座として存在しており、同日時点における元金残高も○○○○円あり、それ以降も継続して定期預金として預け入れられてきたものである。
    • (ハ) 前住職は、本件各資金移動の時まで、前住職名義口座1及び前住職名義口座2をいずれも管理していた。
    • (ニ) 請求人は、前住職との間で金銭消費貸借契約を締結しておらず、本件金員の全部又は一部を前住職又はその法定相続人に対し、返還した事実はない。
  • ロ 検討
     本件では、請求人は、本件各資金移動が前住職からの贈与に当たらない理由として、本件金員の原資である預金等が請求人に帰属する旨主張している。
     この点、預金の帰属については、一般的にはその名義人に帰属するのが通常であるが、単に名義人が誰であるかという形式的事実のみにより判断するのではなく、その原資となった金員の出えん者、その管理、運用の状況等を総合的に勘案して判断するのが相当であるから、これを本件金員の原資となる預金等についてみると以下のとおりである。
    • (イ) 前住職名義口座1からの払出しによる○○○○円の帰属
       上記1の(3)のホ及びヘ並びに上記イの(イ)のとおり、本件資金移動1及び本件資金移動2により○○○○円が払い出された前住職名義口座1には、前住職名義の投資信託の分配金及び債券の利金等の入金があり、本件資金移動2の原資はこれら投資信託及び債券に係る解約金や売却代金である。
       そして、上記イの(イ)及び(ハ)のことからすれば、前住職名義口座1には、前住職の固有の収入が継続的に入金されており、本件資金移動2の原資である投資信託及び債券並びに前住職名義口座1は、いずれも前住職が自己の名義により管理し、運用してきたものである。一方、請求人の提出した証拠及び当審判所の調査によっても、これら投資信託及び債券並びに前住職名義口座1の原資が請求人の収入であることをうかがわせる事情は見当たらない。
       そうすると、上記投資信託及び債券並びに前住職名義口座1は、請求人に帰属するものではなく、いずれも前住職に帰属すると認めるのが相当であり、本件金員のうち、前住職名義口座1からの払出しによる○○○○円は、前住職に帰属すると認められる。
    • (ロ) 前住職名義口座2の解約による○○○○円の帰属
       上記イの(ロ)及び(ハ)のことからすると、前住職名義口座2は、前住職が自己名義の定期預金として、遅くとも平成2年4月11日以降、長年継続して管理してきたものである。一方、請求人の提出した証拠及び当審判所の調査によっても、前住職名義口座2の原資が請求人の収入であることをうかがわせる事情は見当たらない。
       そうすると、前住職名義口座2は、請求人に帰属するということはできず、前住職に帰属するとみるのが相当であり、本件金員のうち、前住職名義口座2の解約による○○○○円は、前住職に帰属するものと認められる。
    • (ハ) 贈与に該当するか否か
       本件金員は、請求人が法律的には贈与により取得した財産でないとしても、上記(1)のロによれば、請求人に、本件各資金移動によって実質的に贈与と同様の経済的利益が生ずる場合には、贈与により取得したものとみなされることとなる。
       本件金員は、上記(イ)及び(ロ)のとおり、前住職に帰属するものと認められるところ、本件各資金移動により請求人名義口座に移動したもので、上記イの(ニ)のとおり、前住職又はその法定相続人に対し返還されることもなく、また、消費貸借契約の締結など、本件金員に対価性があることも認められない。
       そうすると、本件各資金移動により前住職から請求人に対し実質的に贈与を行ったのと同様の経済的利益が生じているから、相続税法第9条の規定により、請求人は本件金員を贈与により取得したものとみなされる。
       したがって、本件各資金移動は、いずれも前住職から請求人に対する贈与に該当する。
    • (ニ) 請求人の主張について
       請求人は、平成18年以降の収支状況を踏まえ、それ以前において請求人には本件金員の額程度の蓄財があり、その蓄財は個人的に費消もされていないなどのことから、本件金員は実質的に請求人に帰属する旨主張する。
       しかしながら、本件金員が前住職に帰属することは上記(イ)及び(ロ)で述べたとおりであり、前住職の固有の収入の入金口座である前住職名義口座1から払い出された本件金員の原資が、請求人の収入であることを示す証拠はなく、また、長年にわたり前住職の名義により管理された定期預金等が費消されていないことをもって、当該預金等の帰属を請求人とすることにもならない。
       したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(3) 争点2について

上記(2)のとおり、本件各資金移動はいずれも前住職から請求人への贈与に該当することから、本件各資金移動により相続税法第66条第4項に規定する前住職の親族等の相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるか否かについて、以下検討する。

  • イ 認定事実
     請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。
    • (イ) 請求人の経理及び財産管理の状況等
      • A 請求人の総代3名は、いずれも本件建物の建設及び現住職の子を本件建物に居住させることについて、前住職又は現住職から説明を受け、同意しているほか、請求人の業務や財政状況等について、議事録等の作成はしていないものの、前住職又は現住職から随時報告を受けていた。
      • B 本件ノートは、請求人の業務に係る収入等を継続的に記録したものであり、平成19年分の集計箇所に「支出442万、生300万」、平成20年分の集計箇所に「支出3580000、生活2400000」の記載がある(以下、これら記載を併せて「本件メモ」という。)。
         なお、本件ノートの他の年分には本件メモと同様の記載はない。
      • C 請求人は、上記1の(4)のロの再調査請求に当たり、再調査請求書に、現住職の妻が請求人の収入から生活関連費用として月額20万円を目途に費消してきた旨を記載したところ、再調査審理庁は、再調査において、当該20万円の具体的な使用者とその内訳など質問事項を取りまとめ、請求人に書面で送付した。
         これに対し、請求人は、令和2年5月20日に「『請求人に対する質問事項について』の回答」と題する文書(以下「本件回答書」という。)を再調査審理庁に提出した。
         本件回答書には、上記20万円に係る質問に対し、「月20万円は家族全員がそれぞれ必要に応じ、食費・外食費・交際費に使用したほか、衣服、書籍、日用品などの購入に充てました。なお、平成30年4月以降は、月20万円の支出は取り止めている。」と記載されている。
      • D 請求人の業務の費用に関して、平成17年以前は、前住職が、本件ノートに支出に係る領収書等を貼付しており、平成18年以後は、現住職の妻が、金銭出納帳に支出年月日、支出内容及び支出金額の記録を行っていた(以下、この金銭出納帳を「本件出納帳」という。)。
         なお、本件出納帳には、前住職らの生活費に係る記載はない。
    • (ロ) 現住職の子について
       現住職の子は、平成24年に大学を卒業後、教員として勤務する傍ら、僧侶として請求人の業務に従事している。
  • ロ 検討
    • (イ) 本件施行令の適用について
       本件寺院規則においては、上記1の(3)のヌのとおり、請求人の役員等のうち親族関係を有する者及び本件施行令第1号に規定する特殊の関係がある者の数がそれぞれの役員等の数のうちに占める割合をいずれも3分の1とする旨の定めはないから、本件寺院規則は、本件施行令第1号の要件を満たさない。
       したがって、請求人においては、本件施行令の規定には該当しない。
    • (ロ) 請求人の業務運営及び財産管理の状況について
       請求人の責任役員は、上記1の(3)のロ及びハのとおり、本件各資金移動の当時、同役員3名のうち2名については前住職及び現住職が務めており、その3分の2は前住職の親族が占めていたものではあるが、前住職又は現住職は、上記イの(イ)のAのとおり、本件建物の建設や現住職の子を本件建物に居住させることについて、本件寺院規則の規定に沿って、請求人の総代全員から同意を得ていたほか、請求人の業務や財政状況等に関する報告を総代に対して随時行っていたことが認められる。
       また、前住職又は現住職の妻は、上記1の(3)のニ並びに上記イの(イ)のB及びDのとおり、本件ノート及び本件出納帳により請求人の業務に係る収支を継続して記録しているほか、上記1の(3)のチのとおり、請求人が本件各資金移動の後にP県に提出した請求人の財産目録には、本件金員に相当する預金等が請求人の財産として記載されている。
       これらのことからすれば、前住職らによる請求人の業務運営及び財産管理については、請求人の総代が相当程度に監督しているものと認められるほか、前住職らが私的に業務運営や財産管理を行っていたとまでは認められない。
    • (ハ) 私的な財産の使用・運用の有無(生活費の支出の有無)について
      • A 本件メモの記載内容は、上記イの(イ)のBのとおり、概括的なもので具体的内訳も示されていないため、本件メモは請求人の業務運営とは無関係の私的な支出が記載されたものとまでは認められない。
         また、本件メモは、本件各資金移動から6年以上前の年分に関する記載である上、上記イの(イ)のB及びDのとおり、平成21年以降の本件ノート及び本件出納帳には、前住職らの私的な生活費のために請求人の財産が支出されたことを示す記載はない。
         したがって、本件メモがあるからといって、前住職らが、本件各資金移動の時点において、請求人の財産を私的に生活費として費消していたとする事実を認めることはできない。
      • B 本件回答書における上記イの(イ)のCの回答内容は、支出された時期、頻度、金額等の具体的な内容が記載されていない概括的なものであり、毎月20万円の支出が請求人の業務に必要な支出である可能性も否定できないから、当該回答内容が、前住職らが請求人の財産から私的な生活費を支出した事実やその具体的金額を示しているものとは認められない。
      • C 以上のとおり、本件各資金移動の時点において、原処分庁が主張する前住職らの生活費として毎月20万円を請求人の財産から支出していた事実を認めることはできず、他にその事実を裏付ける客観的な証拠も認められない。
    • (ニ) 私的な財産の運用の有無(本件建物の私的利用の有無)について
       現住職の子は、上記イの(ロ)のとおり、平成24年に大学卒業後、現住職と共に僧侶として継続的に請求人の業務に従事していたものと認められる。
       また、前住職又は現住職は、上記イの(イ)のAのとおり、現住職の子が居住する本件建物を建設することについて、総代全員から同意を得ている。
       そして、本件建物が、現住職の子の居住及び請求人の業務以外に使用されていたことを示す証拠もない。
       これらのことからすると、本件建物は現住職の子が僧侶としての職務を遂行するに当たり必要な庫裏とみるのが相当であり、現住職の子を本件建物に無償で居住させたとしても請求人の財産を私的に利用したということはできない。
    • (ホ) その他私的な利益の享受の有無について
       上記(ハ)及び(ニ)のほか、前住職らが、本件各資金移動の時点において、請求人の財産から私的に財産上の利益を享受した事実は見当たらない。
    • (ヘ) 解散時の財産の帰属について
       本件寺院規則第39条第1項ないし第3項には、上記1の(3)のヌの(ヌ)のとおり、請求人が解散した際の残余財産について、国等その他の公益を目的とする事業を行う法人に帰属する旨の定めはない。
       しかしながら、上記1の(3)のヌの(リ)のとおり、本件寺院規則第37条は、法人の解散には、責任役員の定数の全員及び総代並びに門徒の3分の2以上の同意を得た上、管長の承認及びR県知事の認証を受けなければならない旨定めており、前住職らの意思のみで恣意的に解散等を行うことは事実上、困難と認められる。
       したがって、本件寺院規則第39条の定めをもって、前住職らが恣意的に請求人を解散し、その財産を私的に支配することができるとはいえない。
    • (ト) まとめ
       上記(イ)ないし(ヘ)のことからすれば、請求人は、本件施行令の適用はないものの、前住職らが、請求人の業務、財産の運用及び解散した場合の財産の帰属等を実質上私的に支配している事実は認められない。
       したがって、本件各資金移動により相続税法第66条第4項に規定する贈与者である前住職の親族等の相続税の負担が不当に減少する結果となるとは認められない。

(4) 本件決定処分等の適法性について

上記(2)及び(3)のとおり、本件各資金移動は、いずれも前住職から請求人への贈与に該当するとしても、本件各資金移動により相続税法第66条第4項に規定する前住職の親族等の相続税の負担が不当に減少する結果となるとは認められないから、本件決定処分等はいずれも違法であり、その全部を取り消すべきである。

(5) 結論

よって、審査請求には理由があるから、原処分の全部を取り消すこととする。

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