(令和3年8月4日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、魚のあらの回収を業とする審査請求人(以下「請求人」という。)の所得税等について、事業所得の金額を推計の方法により算定して更正処分等をしたところ、請求人が、調査手続に違法又は不当があり、また、推計の必要性及び合理性がないなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

  • イ 国税通則法(以下「通則法」という。)第74条の2《当該職員の所得税等に関する調査に係る質問検査権》第1項柱書及び第1号は、税務署の当該職員は、所得税に関する調査について必要があるときは、所得税法の規定による所得税の納税義務がある者や当該納税義務がある者に金銭若しくは物品の給付をする義務があったと認められる者等に質問し、その者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査し、又は当該物件(その写しを含む。)の提示若しくは提出を求めることができる旨規定している。
  • ロ 通則法第74条の9《納税義務者に対する調査の事前通知等》(平成30年法律第16号による改正前のもの。以下同じ。)第1項は、税務署長は、国税庁等の当該職員に納税義務者に対し実地の調査において通則法第74条の2の規定による質問、検査又は提示若しくは提出の要求(以下「質問検査等」という。)を行わせる場合には、あらかじめ、当該納税義務者に対し、その旨及び次に掲げる事項を通知するものとする旨規定している。
    • (イ) 質問検査等を行う実地の調査を開始する日時(第1号)
    • (ロ) 実地の調査を行う場所(第2号)
    • (ハ) 実地の調査の目的(第3号)
    • (ニ) 実地の調査の対象となる税目(第4号)
    • (ホ) 実地の調査の対象となる期間(第5号)
    • (ヘ) 実地の調査の対象となる帳簿書類その他の物件(第6号)
    • (ト) その他実地の調査の適正かつ円滑な実施に必要なものとして政令で定める事項(第7号)
  • ハ 所得税法第156条《推計による更正又は決定》は、税務署長は、居住者に係る所得税につき更正又は決定をする場合には、その者の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額を推計して、これをすることができる旨規定している。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 請求人は、遅くとも平成27年以降、「H」の屋号で魚のあらの回収を業とする(以下「本件事業」という。)個人事業者である。
  • ロ 請求人は、肩書地において、J(以下「本件同居人」という。)と同居し、生計を一にしている。
     なお、請求人及び本件同居人との間には二人の子がいるところ、遅くとも平成17年頃には、請求人及び本件同居人とは独立して生活している。
  • ハ 本件同居人は、K信用金庫○○支店において開設された請求人と本件同居人との間の子であるL(以下「本件子」という。)名義の口座番号○○○○の普通預金口座(以下「本件普通預金口座」という。)から、平成28年7月30日に1,000,000円、同月31日に1,000,000円を引き出した(以下、これらの引き出された金額を併せて「平成28年出金分」という。)。
  • ニ 本件同居人は、平成28年8月1日、K信用金庫○○支店において請求人名義の口座番号○○○○の定期預金口座(以下「本件定期預金口座」という。)の開設手続をし、同口座に2,000,000円を入金(以下「本件定期預金」という。)した。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 請求人は、平成27年分、平成28年分及び平成29年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)について、それぞれ別表1の「確定申告」欄のとおり確定申告書に記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。
  • ロ 原処分庁所属の調査担当職員(以下「原処分調査担当職員」という。)は、平成30年10月3日、請求人に対する本件各年分の所得税等に関する調査(以下「本件調査」という。)を開始した。
  • ハ 原処分庁は、本件調査の結果に基づき、令和元年7月19日付で、請求人の本件各年分の事業所得の金額について、請求人の各年分の期首及び期末における資産及び負債の金額から所得金額を計算する推計の方法(以下「資産負債増減法」という。)を用いた推計の方法により算定し、別表1の「更正処分等」欄のとおり、本件各年分の所得税等の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をした。
  • ニ 請求人は、原処分を不服として、令和元年10月18日に再調査の請求をしたところ、再調査審理庁は、令和2年1月21日付で、いずれも棄却の再調査決定をした。
  • ホ 請求人は、令和2年2月20日、再調査決定を経た後の原処分に不服があるとして、原処分庁を経由して審査請求をした。

2 争点

(1) 本件調査の手続に、原処分の取消事由となるべき違法又は不当があるか否か(争点1)。

(2) 推計の必要性があるか否か(争点2)。

(3) 推計の方法に合理性があるか否か(争点3)。

3 争点についての主張

(1) 争点1(本件調査の手続に、原処分の取消事由となるべき違法又は不当があるか否か。)について

原処分庁 請求人
本件調査の手続には、以下のとおり、原処分の取消事由となるべき違法又は不当はない。 本件調査の手続には、以下のとおり、原処分の取消事由となるべき違法又は不当がある。
イ 通則法第74条の9第1項の制定経緯、事前通知の趣旨、国税庁等の当該職員の地位に照らせば、税務署長等は、所属の当該職員に事前通知に係る事務を行わせることができると解されるところ、原処分調査担当職員は、本件調査について事前通知を行っている。 イ 原処分庁は、本件調査に際して、通則法第74条の9第1項が規定する税務署長による事前通知を行わなかった。
ロ 納税者に対する調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知は、質問検査を行う上で、法律上一律の要件とされているものではなく、調査に当たり、納税者に対して具体的な調査理由の開示をしなければならない旨を定めた法律上の規定もない。そうすると、原処分庁が請求人に対して具体的な調査理由の開示をすることなく調査を行うことは違法ではない。 ロ 請求人は、本件調査の調査理由を開示するよう求めたものの、原処分庁はこれを開示しなかった。
ハ 所得税等に関する調査において、権限ある税務職員が質問検査権を行使するに当たり、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。
 そうすると、原処分調査担当職員が、税理士資格を有しない第三者(以下、単に「第三者」という。)が本件調査に同席することは、守秘義務に反するおそれがあると判断して、帳簿書類の確認等の質問検査を実施しなかったことは、質問検査の実施に関する合理的な選択であるといえる。
ハ 請求人は、原処分調査担当職員から依頼される都度、調査日程の調整に応じるとともに、原処分調査担当職員が請求人の自宅(以下「本件自宅」という。)に臨場した際には、手を伸ばせば届くところに事業所得の計算に必要な書類等を準備して本件調査の実施を促すなど調査に協力していた。それにもかかわらず、原処分調査担当職員は、守秘義務を理由にしつつも、その具体的な義務違反について説明することなく、請求人が希望した第三者の立会いを認めず、本件自宅における調査を実施しなかった。
ニ また、上記ハと同様に、調査に際して、調査担当職員が誰に話を聞くかといった事項は、質問検査の範囲の問題であり、当該職員の合理的な選択に委ねられているところ、原処分調査担当職員が、帳簿書類等の確認ができない状況下において、請求人の事業所得の金額を推計するに当たり、請求人の取引先又は取引が想定される者に対して調査を行うことは合理的な選択であって、当該調査は通則法上認められていることから、その実施が直ちに税務職員に課せられた守秘義務に反するものではない。 ニ 原処分調査担当職員は、ここ数年請求人が全く取引をしていなかった者に対して調査を行い、結果として、請求人が税務調査を受けているという事実を当該者に漏えいしたのであるから、当該調査は、原処分調査担当職員の守秘義務に反するものである。

(2) 争点2(推計の必要性があるか否か。)について

原処分庁 請求人
以下のことから、請求人の本件各年分の事業所得の金額の計算上、推計の必要性が認められる。 以下のことから、請求人の本件各年分の事業所得の金額の計算上、推計の必要性は認められない。
イ 原処分調査担当職員が、請求人に対し、第三者の立会いのない状態で、本件事業に係る帳簿書類を提示するよう再三にわたり求めたにもかかわらず、請求人がこれに応じなかったため、原処分調査担当職員は、本件各年分の請求人の事業所得の金額を実額により把握することができなかった。 イ 上記(1)の「請求人」欄のハのとおり、原処分調査担当職員が、第三者の立会いのない状態に固執せずに、請求人に資料の提出を求め、説明を聞くなどして十分な調査を尽くせば、請求人の事業所得の金額について、実額による算定は可能であった。
ロ 納税者が、実額反証によって推計課税の適法性を覆すためには、その主張する所得額が真実に合致することを主張立証する責任を負うものというべきである。そして、その主張する所得額が真実に合致すると認められるためには、その主張する収入及び経費の各金額が存在することなどについて、合理的な疑いを容れない程度に証明される必要がある。しかしながら、請求人が再調査の請求の際に提出した書類には、収入の存在を証する書類がなく、必要経費についても支払の事実を証する書類が不足していることから、請求人が主張する収入及び経費の各金額が存在することについて、合理的な疑いを容れない程度に証明はされていない。 ロ 請求人は、大半の売上先からは、売上金を毎月定額で直接受領し、その他の売上先からは振込入金により受領しているので、本件事業に係る収入金額を把握することは容易である。加えて、請求人が再調査の請求の際に提出した計算資料及び必要経費の根拠資料並びにその他の保存している根拠資料によれば、請求人の事業所得の金額を実額で把握することは可能である。

(3) 争点3(推計の方法に合理性があるか否か。)について

原処分庁 請求人
原処分庁は、請求人の本件各年分の事業所得を算定するに当たり、資産負債増減法を採用しているところ、当該方法は、当該年の純資産が増加した部分と所得の処分に相当する事由に係る費用等は当該年の事業所得をもって充てられるという経験則を基礎とするものである。具体的には、請求人及び請求人と生計を一にする本件同居人に係る資産及び負債の各年分の期首と期末の価額を比較して求めた純資産の増加額に、生活費、租税公課等の金額を本件各年分の加算調整項目として加算した上、預貯金利息、国民年金等の事業所得以外の収入を本件各年分の減算調整項目として減算することによって、本件各年分における請求人の事業所得の金額を算出している。当該算出方法は、資産負債増減法として相当なものであるから、推計の方法に合理性がある。
 なお、請求人は、原処分庁による請求人の事業所得の金額の算定について、推計の方法に合理性がない旨主張するが、以下のとおり、いずれも理由がない。
原処分庁は、請求人の本件各年分の事業所得の金額を算定するに当たり、資産負債増減法を採用している。当該方法は、純資産の増減という「結果」からその原因である事業所得の存在を逆算するところに特徴があることから、純資産の増減額は恣意的でない客観的な計上が当然求められるところ、原処分庁は、以下のとおり、恣意的かつ主観的な計上をしており、推計の方法に合理性がない。
イ 次のとおり、請求人の加算調整項目に係る主張には理由がない。 イ 次のとおり、原処分庁が算定した加算調整項目の金額には誤りがある。
(イ) 請求人は、生活費の額の算定において、請求人の生活実態を踏まえるべきである旨主張するが、総務省統計局の家計調査による年報「第4表 世帯人員・世帯主の年齢階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出(総世帯)」(以下「家計調査年報」という。)における家計調査の結果は、調査対象とされた世帯の標準的な家計支出等に関する統計として信頼性が高く、その数値の合理性及び客観性は、相当程度担保されているから、本件各年分の請求人に係る生活費の額を家計調査年報の消費支出の額を基に算定したことには合理性がある。
 なお、請求人の生活費が家計調査年報における消費支出とかけ離れているとする事実はない。
(イ) 原処分庁は、生活費の額の算定において、請求人の生活費の月額として、家計調査年報の数字をそのまま引用しているが、生活費の月額は、請求人の生活実態を考慮して計算すべきである。そして、請求人の生活実態を踏まえると、生活費の月額は、家計調査年報における消費支出の各項目のうち、「住居」、「光熱・水道」、「保健医療」、「交通・通信」、「教育」、「教養娯楽」及び「その他消費支出」の各項目の金額を除いて計算した上、「光熱・水道」の項目については、水道光熱費の実額から、事業上の必要経費となる金額を差し引いた金額とすることが相当である。
(ロ) 本件自宅に係る固定資産税(以下「本件固定資産税」という。)は、その主たる部分が本件事業の遂行上必要であるとは認められず、本件事業の遂行上必要な部分を明らかに区分できるとも認められないことから、所得税法第45条《家事関連費等の必要経費不算入等》第1項第1号の規定等により、本件固定資産税は本件事業に係る必要経費とはならない。 (ロ) 原処分庁が加算調整項目とした租税公課等のうち、本件固定資産税は、本件自宅を本件事業に使用している部分があるため、その使用割合に基づいて算出した金額を当該租税公課等の金額から減算すべきである。
ロ また、請求人は、事業所得の金額の算定に当たり、減算調整項目として減算すべき金額がある旨の主張をするが、次のとおり、請求人の主張には理由がない。 ロ 次のとおり、原処分庁は、請求人の事業所得の金額の算定に当たり、減算調整項目として減算すべき金額があるにもかかわらず、これを考慮していない。
(イ) 平成27年中に本件普通預金口座から引き出された2,000,000円について、請求人及び本件同居人が生活費等として費消したとする事実はない。 (イ) 本件普通預金口座から、平成27年中に引き出された2,000,000円は、請求人及び本件同居人が、生活費等に費消しているものであるから、当該金額は平成27年分の請求人の事業所得から減算すべきである。
(ロ) 本件同居人が、平成28年出金分により本件定期預金口座を開設したとの事実を裏付ける証拠はない。
 また、請求人が、本件子に対して2,000,000円を貸し付けたこと及び本件子がその返済をしたことについても、いずれもこれを裏付ける証拠はない。
(ロ) 原処分庁は、本件定期預金を平成28年分の資産の増加として反映しているが、本件定期預金は、本件普通預金口座の預金を原資とするものであって、その他に原資となる預金はない。
 なお、本件定期預金の額が増えたのは、請求人が本件子に対し、車の購入資金として貸し付けた2,000,000円の返済に基因するものである。
 そうすると、本件定期預金口座に入金された2,000,000円は、請求人の事業外収入であり、減算調整項目として平成28年分の請求人の事業所得から減算すべきである。
(ハ) 請求人が本件同居人に対して月額80,000円の給与を支払った事実はない。 (ハ) 原処分庁は、本件同居人について配偶者控除及び専従者控除を認めていないのであるから、本件同居人に対して給与として毎月支払った80,000円は、事業所得に係る必要経費に該当することになる。そうすると、本件同居人が受け取った給与相当額については、減算調整項目として、本件各年分の請求人の事業所得から減算すべきである。

4 当審判所の判断

(1) 争点1(本件調査の手続に、原処分の取消事由となるべき違法又は不当があるか否か。)について

  • イ 法令解釈
    • (イ) 通則法第74条の2第1項に規定する質問検査権は、質問検査等を行う調査の権限を有する税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿書類の記入・保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合に、職権調査の一方法として行使できるものであり、この場合の質問検査等の範囲、程度等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査等の必要性があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解される。
    • (ロ) 財務省組織規則第556条《国税調査官》第2項は、国税調査官は、命を受けて「内国税の課税標準の調査及び内国税に関する検査に関する事務」を処理する旨規定しているところ、当該事務には、通則法第74条の9第1項に規定する税務署長等の行う事前通知も含まれるのであるから、命を受けた国税調査官が、通則法第74条の9第1項に規定する「当該職員」として当該事務を実施すると解するのが相当である。そうすると、命を受けた国税調査官である「当該職員」が納税者に対し実地の調査を行う旨を事前通知する際には、上記規定に基づいて、税務署長等の名において通知したものと解すべきである。
  • ロ 認定事実
     請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。
    • (イ) 原処分調査担当職員は、平成30年9月12日、本件自宅に電話をしたものの、請求人が不在であったことから、応答した本件同居人に対し、再度連絡する旨を伝えたところ、同日、請求人が、M税務署を訪れた。
       原処分調査担当職員は、来署した請求人に対して、本件自宅において平成30年9月19日午前10時から実地の調査を開始すること、その調査対象税目は本件各年分の所得税等であり、調査の目的は確定申告書の記載内容の確認であって、帳簿書類並びにその基になった請求書及び領収書等を対象とすること等を通知した。
    • (ロ) 原処分調査担当職員は、平成30年9月18日、請求人から、仕事の都合により上記(イ)で通知した実地の調査を開始する日を変更してほしいと求められたことから、同年10月3日に変更した。
    • (ハ) 原処分調査担当職員は、平成30年10月3日、実地の調査を行うため本件自宅に臨場した。その際、請求人以外の6名の男女の立会いがあった。
       そのため、原処分調査担当職員は、請求人に対し、税務職員には守秘義務が課せられているため、第三者の立会いがある状態では調査を行うことはできない旨説明し、第三者を退席させて、本件調査に協力するよう求めたが、請求人はこれに応じなかった。
       そこで、原処分調査担当職員は、請求人に対して、第三者の立会いがあるところでは調査を行うことができない旨及びこのまま請求人が調査に応じない場合には、取引先や金融機関等への調査を行うことになる旨を説明し、後日改めて連絡する旨を伝えて本件自宅を退去した。
    • (ニ) 原処分調査担当職員は、平成30年10月4日、請求人に電話をし、第三者の立会いがない状態で帳簿書類等を提示するよう本件調査への協力を求め、改めて実地の調査の日程調整を依頼したところ、請求人は、第三者の立会いがない状態で調査に応じる旨を申し述べた。
    • (ホ) 原処分調査担当職員は、あらかじめ日程を調整した平成30年10月17日に、実地の調査を行うため本件自宅に臨場した。その際、請求人以外の3名の男女の立会いがあった。
       そのため、原処分調査担当職員は、請求人に対し、税務職員には守秘義務が課せられているため、第三者の立会いがある状態では調査を行うことはできない旨説明し、第三者を退席させて、本件調査に協力するよう求めたが、請求人はこれに応じなかった。
       そこで、原処分調査担当職員は、請求人に対して、第三者の立会いがあるところでは調査を行うことができない旨及びこのまま請求人が調査に応じない場合には、取引先や金融機関等への調査を行うことになる旨等を説明し、後日改めて連絡をする旨を伝えて本件自宅を退去した。
    • (ヘ) 原処分調査担当職員は、平成30年10月18日、請求人に電話をし、第三者の立会いがない状態で帳簿書類等を提示するよう求めるとともに、第三者の立会いがない状態で調査に応じることができるか検討するよう伝えた。
    • (ト) 原処分調査担当職員は、平成30年10月23日、請求人に電話をし、請求人に対して、第三者の立会いがない状態で調査に応じることができるか否かを確認したところ、請求人はこれに応じない旨を申し述べた。
    • (チ) 原処分調査担当職員は、上記(ト)の対応を受けて、請求人の取引先及び取引が想定される者に対して調査を行った(以下「本件取引先等調査」という。)上、請求人の本件各年分の所得金額等を算出し、請求人に対して、通則法第74条の11《調査の終了の際の手続》第2項及び第3項に基づき、調査結果の内容の説明及び修正申告の勧奨を行ったところ、請求人は修正申告書を提出しない旨を申し述べたことから、原処分庁は、前記1の(4)のハのとおり、令和元年7月19日付で原処分を行った。
  • ハ 検討及び請求人の主張について
    • (イ) 事前通知について
       請求人は、前記3の(1)の「請求人」欄のイのとおり、原処分庁が、本件調査に際し、通則法第74条の9第1項が規定する税務署長による事前通知を行わなかったことには原処分の取消事由となるべき違法又は不当がある旨主張する。
       しかしながら、上記イの(ロ)のとおり、命を受けた国税調査官による(実地の調査を行う旨の)事前通知は、通則法第74条の9第1項の規定に基づいて、税務署長等の名において通知されたものと解すべきである。そして、上記ロの(イ)のとおり、原処分調査担当職員は、請求人に対して、命を受けた国税調査官として実地の調査を行う旨及び同項各号に規定する事項を通知しているのであるから、当該通知は、同項に規定する事前通知として適法に行われたものであり、その他、原処分調査担当職員がした実地の調査に係る通知について、違法又は不当となるべき事情は認められない。
       したがって、請求人の主張には理由がない。
    • (ロ) 調査理由の開示について
       請求人は、前記3の(1)の「請求人」欄のロのとおり、原処分庁が、請求人の求めに応じず、本件調査の調査理由を開示しなかったことには、原処分の取消事由となるべき違法又は不当がある旨主張する。
       しかしながら、調査に際して、税務職員が納税者に対して具体的な調査理由を開示することは法律上の要件とされていないところ、原処分調査担当職員は、上記ロの(イ)のとおり、本件調査に当たり、確定申告書の記載内容の確認のための調査である旨を請求人に通知していることも併せ検討すれば、原処分調査担当職員は、一定の調査理由を開示しているものといえ、それ以上の具体的な調査理由を開示しなかったとしても、本件調査が違法又は不当となるものではない。
       したがって、請求人の主張には理由がない。
    • (ハ) 第三者の立会いについて
       請求人は、前記3の(1)の「請求人」欄のハのとおり、事業所得の計算に必要な書類等を準備して調査に協力していたにもかかわらず、原処分調査担当職員が具体性のない守秘義務を理由にして第三者の立会いを認めず、本件自宅において本件調査を実施しなかったことには、原処分の取消事由となるべき違法又は不当がある旨主張する。
       しかしながら、質問検査権に基づく税務調査に際し、第三者の立会いを認めなければならない旨を定めた法令上の規定はなく、税務職員は、国家公務員法第100条《秘密を守る義務》第1項及び通則法第127条の規定により守秘義務を負うところ、第三者を立ち会わせるか否かについても、権限ある税務職員の合理的な判断に委ねられていると解するのが相当である。そして、原処分調査担当職員は、本件調査に際し、上記ロの(ハ)ないし(ト)のとおり、請求人及び取引先等の営業に関する事項の秘密を守るためなどの配慮から法律上守秘義務を負わない第三者の立会いを認めなかったものであるから、原処分調査担当職員のこの判断は合理的なものと認められる。
       そうすると、原処分調査担当職員が、本件自宅において本件調査を行うに当たり、守秘義務が課されていることを説明の上、第三者の立会いを認めなかったことは、違法又は不当となるものではない。
       したがって、請求人の主張には理由がない。
    • (ニ) 取引先等に対する調査について
       請求人は、前記3の(1)の「請求人」欄のニのとおり、原処分調査担当職員は、ここ数年請求人が取引をしていなかった者に対して調査を行い、その者に請求人が税務調査を受けているという事実を漏えいしたのであるから、当該原処分調査担当職員の行為は、守秘義務に反するものであって、原処分の取消事由となるべき違法又は不当がある旨主張する。
       しかしながら、上記ロの(ハ)ないし(ト)のとおり、原処分調査担当職員は、請求人に対し、再三にわたり第三者が同席しない状態で帳簿書類等を提示するよう求めたにもかかわらず請求人はこれに応じなかったことから、上記ロの(チ)のとおり、やむを得ず本件取引先等調査を行ったものである。
       そうすると、本件取引先等調査は、帳簿書類等を確認できない状況下において、請求人の所得金額等を確認するために客観的な必要性があり、その方法等も取引先等の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるものといえるから、本件取引先等調査は、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられたものであって、違法又は不当となるものではない。
       したがって、請求人の主張には理由がない。
  • ニ 小括
     以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、上記に述べるほか、当審判所の調査及び審理の結果においても、本件調査の手続において違法又は不当とすべき事実があったとは認められず、本件調査の手続に、原処分の取消事由となるべき違法又は不当はない。

(2) 争点2(推計の必要性があるか否か。)について

  • イ 法令解釈
     所得税法第156条は、所得税につき更正をする場合において、所得金額を推計して課税することができる旨規定しているが、飽くまで課税処分における課税標準の認定は直接資料に基づく実額計算の方法によるのが原則であり、推計による課税が認められるのは、やむを得ず推計によらざるを得ない場合、すなわち、1納税義務者が収入及び支出を明らかにし得る帳簿書類を備え付けていないこと、2帳簿書類の備付けがあってもその記載内容が不正確であること、又は3納税義務者が資料の提供を拒否するなど税務調査に非協力であることなどにより、実額計算の方法による課税を行うことが不可能又は著しく困難な場合に限られると解される。
  • ロ 認定事実
     請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、請求人は、令和元年12月11日、再調査審理庁に対して、通則法第84条《決定の手続等》第6項の規定に基づき、次の(イ)ないし(ニ)の各書面等を提出した事実が認められる。
    • (イ) 本件各年分に係る「所得税の自主計算用紙」と題する書面(以下「本件各自主計算用紙」という。)
       本件各年分に係る売上金額及び経費の項目別の金額がそれぞれ記載された上、これらの金額に基づき算定された所得金額が記載されている。
    • (ロ) 本件各年分の取引先別の売上げについて、各月の金額等を記載して年間の金額を集計した書面(以下「本件各売上集計書面」という。)
    • (ハ) 本件各年分の経費の各項目に係る内訳について、各月の金額を記載して年間の金額を集計した書面(以下「本件各経費集計書面」という。)
    • (ニ) 本件各年分の自動車関連業者及び石油販売業者等に対する支払や納税等に係る領収書等
  • ハ 検討及び請求人の主張について
    • (イ) 請求人は、前記3の(2)の「請求人」欄のイのとおり、原処分調査担当職員が第三者の立会いのない状態に固執せず、請求人に資料の提出を求めるなどして調査を尽くせば、請求人の事業所得を実額で算定することができたのであるから、原処分において推計の必要性はなかった旨主張する。
       しかしながら、原処分調査担当職員は、上記(1)のロの(ハ)ないし(ト)のとおり、第三者の立会いを希望する請求人に対し、複数回にわたり、税務職員には守秘義務が課せられていること、そのため調査において第三者の立会いを認めることはできないことなどを説明しているところ、請求人は、当該説明を受けてもなお、調査において第三者の立会いを希望し、その退席に応じなかったことが認められる。
       そして、原処分調査担当職員が守秘義務を理由として本件事業に係る帳簿書類等の確認ができないとした判断は、上記(1)のハの(ハ)のとおり、合理的なものである。
       そうすると、原処分調査担当職員は、本件事業に係る帳簿書類等の確認をすることができず、原処分庁は、帳簿書類等の直接資料に基づき、請求人の本件各年分の事業所得の金額を実額計算の方法により算定し課税することが不可能又は著しく困難であったことから、やむを得ず推計の方法により算定したものと認められる。
       よって、本件において推計による課税の必要性はあったというべきである。
    • (ロ) 請求人は、前記3の(2)の「請求人」欄のロのとおり、請求人の売上金の受領状況や上記ロの(イ)ないし(ニ)の各書面等及びその他の書類によれば、請求人の事業所得の金額を実額で把握することができる旨主張する。
       ところで、原処分の段階で推計の必要性があると認められ、その後の審査請求の段階で、請求人が所得金額について実額計算の方法によることを主張して、原処分庁の行った推計の方法による課税の合理性を否定するためには、その主張する収入金額が全ての取引先からの全ての取引についての捕捉漏れのない収入金額であり、かつ、その収入と対応する必要経費が実際に支出され、当該事業との関連性を有することを合理的な疑いを容れない程度にまで立証しなければならないものと解される。
       しかしながら本件の場合、本件各自主計算用紙に記載された本件各年分の売上金額、経費の各項目の金額は、本件各売上集計書面及び本件各経費集計書面において集計された年間の金額と一致するものの、本件各売上集計書面の記載を裏付ける具体的な資料の提出はなく、本件各自主計算用紙及び本件各売上集計書面に記載された収入に係る具体的な説明もないことなどからすれば、その主張する収入金額が全ての取引先からの全ての取引についての捕捉漏れのない収入金額であることを合理的な疑いを容れない程度にまで立証されているとはいい難い。加えて、必要経費についても、上記ロの(ニ)の領収書等は、本件各経費集計書面に記載された経費の全てを網羅するものではなく、その他の必要経費に係る資料の提出はない上、本件各自主計算用紙及び本件各経費集計書面に記載された経費に係る具体的な説明もないことなどからすれば、その収入と対応する必要経費が実際に支出され、本件事業との関連性を有することを合理的な疑いを容れない程度にまで立証されているとはいい難い。
    • (ハ) 以上のことからすると、当審判所においても、請求人の本件各年分の事業所得の金額を実額計算の方法により算定することができないことから、推計の方法により本件各年分の事業所得の金額を算定する必要性が認められる。
       よって、請求人の主張はいずれも採用できない。

(3) 争点3(推計の方法に合理性があるか否か。)について

  • イ 推計の合理性の判断基準
     資産負債増減法は、所得の処分ないし留保の状態から所得の金額を把握しようとするものであって、その年における純資産の増加額はその年の所得により賄われるものであるとの合理的な経験則に基づき、当該純資産の増加額に、その年中に処分(消費)した所得の額を加算し、事業所得以外の収入や非課税所得に該当する額を減算するなどの調整を施して事業所得の金額を算定するものであり、推計の基礎となるべき各項目の金額を正確に把握し得る限り、所得の推計方法として十分な合理性を有すると解される。
  • ロ 認定事実
     請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。
    • (イ) 原処分庁が採用した推計方法
       原処分庁は、本件各年分の事業所得の金額の推計方法として資産負債増減法を採用し、請求人及び請求人と生計を一にする本件同居人に係る1資産及び負債の各年分の期首(年初)と期末(年末)の価額を比較するなどして求めた純資産の増加額に、2生活費、租税公課等の処分(消費)した所得の額を本件各年分の加算調整項目として加算し、3預貯金利息及び年金収入等の事業所得以外の収入の額を本件各年分の減算調整項目として減算して、請求人の本件各年分の事業所得の金額を別表2−1の14欄の各金額のとおり算定したことが認められるところ、原処分庁が認定した上記各項目及び金額(原処分庁主張額)は、次のとおりである。
      • A 純資産の増加額
         原処分庁は、平成26年12月31日、平成27年12月31日、平成28年12月31日及び平成29年12月31日(以下、順次「平成26年末」、「平成27年末」、「平成28年末」及び「平成29年末」といい、これらを併せて「本件各年末」という。)における純資産の額を算定し、本件各年末の純資産の額から本件各年末に対応する年初の純資産の額(前年末の純資産の額)を差し引いて純資産の増加額を算定しているところ、その算定の基となった資産の種類及び本件各年末の価額は、次のとおりである。
         なお、原処分庁は、純資産の算定において、請求人及び本件同居人に負債の額はないとした。
        • (A) 預貯金(別表2−1の1欄)
           請求人名義及び本件同居人名義の各預貯金口座の本件各年末における預貯金の残高(内訳は別表3−1)
        • (B) 売掛金(別表2−1の2欄)
           本件事業の売上げに係る本件各年末における売掛金の額(内訳は別表4−1)
      • B 加算調整項目(別表2−1の7欄ないし9欄)
        • (A) 生活費の額(別表2−1の7欄)
           家計調査年報の二人世帯に係る年平均1か月当たりの「消費支出」の額に月数(12月)を乗じて算定した本件各年分の生活費の額(内訳は別表5)
        • (B) 租税公課等の額(別表2−1の8欄)
           本件各年分において、請求人又は本件同居人が納付した所得税等(以下「申告所得税等」という。)の額、市県民税の額、国民健康保険税の額、介護保険料及び固定資産税の額並びに請求人及び本件同居人が支払ったN社及びP社に係る生命保険料の額(内訳は別表6)
      • C 減算調整項目(別表2−1の10欄ないし13欄)
        • (A) 預貯金利息の額(別表2−1の10欄)
           本件各年分における上記Aの(A)の各預貯金に係る預貯金利息の額(内訳は別表7−1)
        • (B) 年金収入等の額(別表2−1の11欄)
           本件各年分において、請求人又は本件同居人が受領した国民年金の額並びにQ社及びN社に係る個人年金の額並びに一般財団法人R及びS社(現、T社。以下同じ。)に係る保険金の額(内訳は別表8)
    • (ロ) U社に係る平成26年末の売掛金の額について、請求人に、同年末において、同社に対する売掛金があることを裏付ける資料はなかった。
    • (ハ) V社に対する売上げについて、平成29年11月15日から同年12月31日までの期間に16,200円の売掛金が認められ、平成29年末において当該売掛金が未回収であった。
  • ハ 判断
    • (イ) 争点について
       原処分庁が採用した資産負債増減法の基礎となる各項目及びその金額について検討すると次のとおりである。
      • A 基礎となる各項目の人的範囲
         上記ロの(イ)のとおり、原処分庁は、請求人及び本件同居人に係る資産、負債及び処分(消費)した所得から、資産負債増減法におけるその基礎となる各項目の金額を算定しているところ、納税者に生計を一にする者がある場合には、生活費等の支出すなわち所得の処分(消費)が一体としてなされることが通常であり、両者の資産及び負債は混在し、相互に関連して増減することとなるから、その生計内の特定の者に係る資産、負債及び処分(消費)した所得を他の者のものと明瞭に区分して、推計の基礎となるべき各項目の金額を正確に把握することは困難であるし、上記資産等の実態を考慮することなく、名義などの形式のみに着目して、その特定の資産、負債及び処分(消費)した所得を抽出し、これを推計の基礎とするのは適切でない。
         したがって、このような場合においては、両者の資産、負債及び処分(消費)した所得を区分せずに推計の基礎とした上で、各種調整を加え、その際に当該納税者と生計を一にする者に係る固有の収入等を控除するなどの調整を施すことによって、当該納税者の事業所得の金額を算出する方法を採るのが合理的である。
         これを本件についてみると、前記1の(3)のロのとおり、本件同居人は、本件各年分において請求人と生計を一にしていたのであるから、原処分庁が、基礎となる項目の人的範囲として、請求人及び本件同居人に係る資産、負債及び処分(消費)した所得から、資産負債増減法におけるその基礎となる各項目の金額を算定したことは相当と認められる。
      • B 純資産の増加額
        • (A) 預貯金
           原処分庁は、上記ロの(イ)のAの(A)のとおり、請求人及び本件同居人の本件各年末の預貯金の残高を認定している。
           なお、別表3−1のうち、原処分庁が請求人名義のX信用金庫(旧名称はY信用金庫。以下同じ。)○○支店の定期預金口座として認定した口座番号○○○○及び口座番号○○○○の各口座は、実際にはX信用金庫○○支店の口座であるから、当該各口座の預金の残高については、X信用金庫○○支店の定期預金口座の預金の残高としてそれぞれ認定するのが相当である。
           請求人及び本件同居人の各名義のその他の預貯金口座に係る本件各年末の預貯金の残高については、別表3−1の各金額のとおりとするのが相当である。
           よって、請求人及び本件同居人の本件各年末の預貯金の残高は、別表3−2の各金額のとおりとなる。
        • (B) 売掛金
           原処分庁は、上記ロの(イ)のAの(B)のとおり、本件各年末の売掛金の額を認定していることから、売掛金の額について、以下のとおり検討する。
          • a U社の売掛金の額について
             原処分庁は、U社に係る平成26年末の売掛金の額を、別表4−1の該当欄のとおり16,200円としているものの、上記ロの(ロ)のとおり、請求人には、平成26年末において、同社に対する売掛金があったことを裏付ける資料がなく、当該事実は認められないことから、零円と認定するのが相当である。
          • b V社の売掛金の額について
             原処分庁は、V社に対する平成29年末における売掛金を計上していないところ、上記ロの(ハ)のとおり、請求人には、平成29年11月15日から同年12月31日までの期間に係る同社に対する売掛金16,200円が認められ、平成29年末においてそれが未回収であったことから、当該金額については、平成29年末におけるV社に対する売掛金の額として認定するのが相当である。
          • c 上記a及びbを除く他の売掛金の額は、別表4−1の各金額のとおりとするのが相当である。
            よって、本件各年末の売掛金の額は、別表4−2の各金額のとおりとなる。
        • (C) 小括
           以上のとおり、原処分庁が純資産の増加額の算定に際し基礎とした資産の内容については一部誤りが認められるものの、その他に当該算定において不合理な点はない。
      • C 加算調整項目
        • (A) 生活費の額
           原処分庁は、上記ロの(イ)のBの(A)のとおり、家計調査年報の「消費支出」の額を基に請求人に係る本件各年分の生活費の額を算定している。家計調査年報における家計調査は、総務省統計局が、国民生活における家計収支の実態を明らかにすることを目的として、一定の統計上の抽出方法に基づき選定された全国約9,000世帯を対象に、家計の収入、支出、貯蓄及び負債などを毎月調査し、その調査結果を公表するというものであって、その調査結果は、調査対象とされた世帯の標準的な家計収支等に関する統計として信頼性が高いものとされており、その数値の合理性及び客観性は、相当程度担保されていると認められる。そうすると、原処分庁が、本件各年分の請求人に係る生活費の額を家計調査年報の「消費支出」の額を基に算定したことには合理性が認められる。
           したがって、原処分庁が、上記ロの(イ)のBの(A)のとおり、本件各年分の請求人に係る生活費の額を算定し、別表2−1の7欄の各金額のとおりとしたことは、相当と認められる。
        • (B) 租税公課等の額
           原処分庁は、上記ロの(イ)のBの(B)のとおり、本件各年分の租税公課等の額について、別表6の「合計」欄の各金額のとおり認定している。これらの各項目のうち、申告所得税等の額、市県民税の額、国民健康保険税の額、介護保険料の額及び固定資産税の額については、家計調査年報の「非消費支出」に分類され、いずれも「消費支出」の金額に含まれていないから、原処分庁がこれらの各項目を加算調整項目としたこと及び各項目の額を別表6の「申告所得税等」欄ないし「固定資産税」欄の各金額のとおり認定したことは、相当と認められる。
           また、原処分庁が認定した租税公課等の額のうち、各生命保険料の額については、N社に係る生命保険契約及びP社に係る生命保険契約がいずれも、養老保険、終身保険又は拠出型企業年金保険に係る契約であり、当該各保険契約に基づく保険料の支出は、いずれも家計調査年報の「実支出以外の支払」に分類され、「消費支出」の額に含まれていないから、原処分庁が当該各生命保険契約に係る保険料の支出を加算調整項目としたこと及び当該保険料の額を別表6の「生命保険料(N社)」欄及び「生命保険料(P社)」欄の各金額のとおり認定したことは、相当と認められる。
      • D 減算調整項目
        • (A) 預貯金利息の額
           原処分庁は、上記ロの(イ)のCの(A)とおり、本件各年分の預貯金利息の額を認定している。
           なお、別表7−1のうち、原処分庁が請求人名義のX信用金庫○○支店の定期預金口座として認定した口座番号○○○○及び口座番号○○○○の各口座は、実際にはX信用金庫○○支店の口座であるから、当該各口座に係る預貯金利息については、X信用金庫○○支店の定期預金口座に係る預貯金利息としてそれぞれ認定するのが相当である。
           また、原処分庁は、本件同居人名義のK信用金庫○○支店の定期積金口座(口座番号○○○○)に係る平成29年分の預貯金利息の額を、別表7−1の該当欄のとおり147円と認定しているが、当審判所の調査の結果によれば、当該認定は誤りであり、66円と認定するのが相当である。
           その他の預貯金利息の額は、別表7−1の各金額のとおりとするのが相当である。
           よって、本件各年分の預貯金利息の額は、別表7−2の各金額のとおりとなる。
        • (B) 年金収入等の額
           原処分庁が、上記ロの(イ)のCの(B)のとおり、請求人及び本件同居人が受領した年金収入等の額を認定し、別表2−1の11欄の各金額としたことは、原処分関係資料によっても相当と認められる。
        • (C) その他の事業外所得の額
           請求人は、前記3の(3)の「請求人」欄のロの(ロ)のとおり、本件定期預金口座に入金した2,000,000円(本件定期預金)は、本件普通預金口座の預金を原資とするものであるとして、事業外所得の存在を主張する。
           前記1の(3)のハ及びニのとおり、本件同居人は、平成28年7月30日及び同月31日に、本件子名義の口座である本件普通預金口座からそれぞれ1,000,000円を2日にわたり連続して引き出し、その翌日には、引き出した合計2,000,000円と同額を本件定期預金口座に入金していることが認められる。そして、本件同居人が、本件子の同意の下、本件普通預金口座に係る通帳及びキャッシュカードを管理していることや、本件普通預金口座の預金を請求人らが費消することに同意している旨の本件子の申述に加えて、本件普通預金口座から引き出された合計2,000,000円が本件定期預金口座への入金以外に充てられたことをうかがわせる事情がないことなどを併せ検討すれば、本件定期預金口座に入金された2,000,000円は、本件普通預金口座から引き出された合計2,000,000円を原資とするものであると認めることが相当である。
           そして、本件普通預金口座に係る預金が、口座の名義人である本件子に帰属するものであることからすれば、本件定期預金口座へ入金された2,000,000円は、少なくとも本件事業に係る収入を原資とするものとはいえず、当該金額は事業外所得に該当し、平成28年分の減算調整項目として認定するのが相当である。
      • E 原処分における推計の方法の合理性
         上記イのとおり、資産負債増減法は、所得の処分ないし留保の状態から所得の金額を把握しようとするものであって、その基礎となる各項目の正確性が担保される限り、所得の推計方法として十分な合理性を有する方法ということができるところ、上記AないしDのとおり、原処分庁が認定した資産負債増減法における各項目については、資産の増加額及び減算調整項目の一部に誤りが認められるものの、これらはいずれも是正可能なものであって、その他の項目の内容及び金額はいずれも相当と認められるから、一部の誤りを是正した後の純資産の増加額、加算調整項目及び減算調整項目により算出された所得金額は、正確性が担保された各項目に基づき算出された所得金額ということができる。
         以上によれば、原処分庁が採用した本件事業に係る所得の推計方法には合理性があるというべきである。
    • (ロ) 請求人の主張について
      • A 生活費の額について
         請求人は、前記3の(3)の「請求人」欄のイの(イ)のとおり、生活費の額について、家計調査年報の額をそのまま引用して算定するのではなく、家計調査年報の項目ごとに請求人の生活実態を考慮して算定すべきである旨主張する。
         しかしながら、請求人が、家計調査年報の「消費支出」の一部の項目についてのみ、それに対応する請求人自身の生活費の額と異なる旨を主張したとしても、合理性及び客観性が相当程度担保されている家計調査年報により生活費全体の額を推計することが著しく不合理となる特別の事情とはいえず、その他、当審判所の調査及び審理の結果によっても、請求人に家計調査年報による推計が著しく不合理となる特別な事情は認められない。
         したがって、請求人の主張には理由がない。
      • B 租税公課等の額について
         請求人は、前記3の(3)の「請求人」欄のイの(ロ)のとおり、原処分庁が資産負債増減法の加算調整項目とした租税公課等のうち、本件固定資産税について、本件自宅の1室を事業に使用しているため、その使用割合に基づき算定した金額を租税公課等の額から減算すべきである旨主張する。
         しかしながら、請求人が提示する証拠資料等によっても、本件自宅の1室を事業のために使用していることを認めることはできず、当審判所の調査及び審理の結果によっても同様である。
         したがって、請求人の主張は採用できない。
      • C 平成27年における本件普通預金口座からの出金について
         請求人は、前記3の(3)の「請求人」欄のロの(イ)のとおり、本件普通預金口座から平成27年中に引き出された2,000,000円は、請求人及び本件同居人の生活費等に費消しているため、請求人の事業所得から減算すべきである旨主張し、生活費等に費消したことは、平成27年中に請求人名義の預金口座から現金が引き出された頻度やその金額が少ないことから裏付けられるとする。確かに、当審判所の調査によれば、平成27年5月28日及び同年10月21日にそれぞれ1,000,000円が本件普通預金口座から引き出されたことが認められる。
         しかしながら、平成27年中における、請求人名義の預金口座からの現金の引出しの頻度及びその金額が他の年に比して少ないわけではなく、請求人が主張の裏付けとする事情はその前提を欠くものであり、また、本件子名義の預金口座(本件普通預金口座)から平成27年中に上記金額を出金した理由やその用途について、生活費等に費消したとの説明以上の具体的な説明をしていないことからすれば、当該2,000,000円について、請求人又は本件同居人が生活費等として費消したと認めることはできない。
         したがって、請求人の主張にはいずれも理由がない。
      • D 本件同居人に対する給与について
         請求人は、上記3の(3)の「請求人」欄のロの(ハ)のとおり、原処分庁は、本件同居人について配偶者控除及び専従者控除を認めていないのであるから、請求人が本件同居人に毎月支払った給与80,000円は、事業上の必要経費に該当し、資産負債増減法の減算調整項目として減算すべきである旨主張する。
         しかしながら、本件各自主計算用紙及び本件各経費集計書面には本件同居人に対する給与の支払金額の記載があるものの、当該支払の事実等を裏付ける資料の提示はなく、当審判所の調査及び審理の結果によっても、請求人が本件同居人に給与として毎月80,000円を支払った事実を認めることはできない。
         したがって、請求人の主張は採用できない。
    • (ハ) 原処分庁の主張について
       原処分庁は、上記3の(3)の「原処分庁」欄のロの(ロ)のとおり、本件同居人が、平成28年出金分により本件定期預金口座を開設したとの事実を裏付ける証拠はない旨主張する。
       しかしながら、本件定期預金は、本件普通預金口座から引き出された合計2,000,000円(平成28年出金分)が原資であることは上記(イ)のDの(C)のとおりである。また、原処分庁から提出された証拠資料及び当審判所の調査及び審理の結果によっても、本件定期預金の原資が、本件事業に係る所得であると認めることはできない。
       したがって、原処分庁の主張には理由がない。

(4) 原処分の適法性について

  • イ 平成27年分及び平成29年分の各更正処分の適法性について
     上記(1)のとおり、本件調査に係る手続に原処分の取消事由となるべき違法又は不当はなく、上記(2)のとおり、請求人の本件各年分の事業所得の金額の算定においては、推計の必要性があると認められる。
     また、上記(3)のとおり、原処分庁が用いた資産負債増減法の項目の一部に誤りがあると認められるものの、その推計方法には合理性が認められることから、当審判所において、資産負債増減法を用いて、請求人の平成27年分及び平成29年分の事業所得の金額を算定すると、別表2−2の「平成27年分」欄及び「平成29年分」欄の14欄の各金額のとおりとなる。これに基づき、請求人の平成27年分及び平成29年分の総所得金額及び所得税等の納付すべき税額を計算すると、別表9の「平成27年分」欄及び「平成29年分」欄の「審判所認定額」欄のとおりとなり、平成27年分及び平成29年分の所得税等の納付すべき税額は、平成27年分及び平成29年分の各更正処分の金額をいずれも上回ると認められる。
     また、平成27年分及び平成29年分の各更正処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
     したがって、平成27年分及び平成29年分の各更正処分は、いずれも適法である。
  • ロ 平成28年分の更正処分の適法性について
     上記(1)のとおり、本件調査に係る手続に原処分の取消事由となるべき違法又は不当はなく、上記(2)のとおり、請求人の本件各年分の事業所得の金額の算定においては、推計の必要性があると認められる。
     また、上記(3)のとおり、原処分庁が用いた資産負債増減法の項目の一部に誤りがあると認められるものの、その推計方法には合理性が認められることから、当審判所において、資産負債増減法を用いて、請求人の平成28年分の事業所得の金額を算定すると、別表2−2の「平成28年分」欄の14欄の金額のとおりとなる。これに基づき、請求人の平成28年分の総所得金額及び所得税等の納付すべき税額を計算すると、別表9の「平成28年分」欄の「審判所認定額」欄のとおりとなり、平成28年分の所得税等の納付すべき税額は、平成28年分の更正処分の金額を下回るから、平成28年分の更正処分はその一部を別紙「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。
     なお、平成28年分の更正処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
  • ハ 平成27年分及び平成29年分の各賦課決定処分の適法性について
     上記イのとおり、平成27年分及び平成29年分の各更正処分はいずれも適法であり、また、本件において、通則法第65条《過少申告加算税》(平成27年分の所得税等については、平成28年法律第15号による改正前のもの。)第4項に規定する「正当な理由」があるとは認められない。そして、当審判所においても、請求人の平成27年分及び平成29年分の過少申告加算税の額は、平成27年分及び平成29年分の各賦課決定処分における金額といずれも同額であると認められる。
     したがって、平成27年分及び平成29年分の各賦課決定処分はいずれも適法である。 
  • ニ 平成28年分の賦課決定処分の適法性について
     上記ロのとおり、平成28年分の更正処分の一部が取り消されることに伴い、過少申告加算税の基礎となる税額は○○○○円となるところ、当該更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が当該更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」があるとは認められない。そして、これに基づき、平成28年分の過少申告加算税の額を計算すると○○○○円となり、平成28年分の賦課決定処分の金額を下回るから、平成28年分の賦課決定処分はその一部を別紙「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。

(5) 結論

よって、審査請求には理由があるから、原処分の一部を取り消すこととする。

トップに戻る

トップに戻る