(令和5年3月23日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が不動産所得の金額の計算上必要経費に算入した貸金返還債務の遅延損害金の額について、原処分庁が、必要経費に算入できる遅延損害金は、貸金返還債務の履行を遅滞していた日が当該各年分に属する遅延損害金に限られ、遅滞していた日が過年分に属する日に係る遅延損害金については必要経費に算入できないとして更正処分等をしたのに対し、請求人が、本件の遅延損害金は分割払の合意をしているから支払った日の属する年分の必要経費に算入すべきであるとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令等

  • イ 所得税法第26条《不動産所得》第1項は、不動産所得とは、不動産の貸付けによる所得をいう旨規定し、同条第2項は、不動産所得の金額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする旨規定している。
  • ロ 所得税法第37条《必要経費》第1項は、その年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他当該所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする旨規定している。
  • ハ 所得税基本通達37−2《必要経費に算入すべき費用の債務確定の判定》は、所得税法第37条の規定によりその年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき償却費以外の費用で、その年において債務が確定しているものとは、別段の定めがあるものを除き、次に掲げる要件の全てに該当するものとする旨定めている。
    • (イ) その年12月31日(年の中途において死亡し又は出国をした場合には、その死亡又は出国の時。以下この項において同じ。)までに当該費用に係る債務が成立していること。
    • (ロ) その年12月31日までに当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。
    • (ハ) その年12月31日までにその金額を合理的に算定することができるものであること。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人の不動産所得について
     請求人は、自身が所有する建物において、医師としてJ病院を開業して医業に従事し、昭和59年には医療設備、病床等を増設するなどして病院として使用する建物等を拡大したが、平成4年に医療法人社団Kを設立し、その後、当該医療法人にJ病院を引き継がせ、当該建物等を当該医療法人に賃貸している。
  • ロ 上記イの請求人の賃貸業務に係る借入れの状況等について
    • (イ) L公庫からの借入れの状況等
      • A 請求人は、昭和59年2月2日、L公庫(現独立行政法人M機構、以下「M機構」という。)から、300,000,000円を次の約定で借り入れた(以下、当該契約を「M機構貸金契約」といい、M機構貸金契約により生じた貸金返還債務を「M機構元本債務」という。)。
        • (A) 弁済期 昭和78年12月10日
        • (B) 利 息 年○.○%
        • (C) 損害金 年○.○%
      • B 請求人は、平成25年8月20日、M機構との間で、M機構の請求人に対する貸金請求権について、要旨、次の約定の契約(以下「第一次契約」という。)を締結した。
        • (A) M機構元本債務の残額は29,540,000円であり、M機構元本債務に対する年○.○%の割合の利息を、毎月末日限り、別表1の「約定元本」欄及び「約定利息」欄のとおり弁済する。ただし、約定利息は平成25年8月20日から平成30年1月31日まで棚上げ(残元本に対して当該約定どおりの利息債権を発生させるが、当該利息債権に対する弁済は、指定期日まで猶予することをいう。以下同じ。)とし、同年2月から同年3月までの毎月の各末日限り、別表1の「棚上利息」欄のとおり弁済する。
        • (B) M機構貸金契約により生じた利息支払債務(以下「M機構利息債務」という。)の残額は82,629,592円であり、これを毎月末日限り、別表1の「未払利息」欄のとおり弁済する。
        • (C) M機構元本債務に対する遅延損害金支払債務(以下「M機構遅延損害金債務」という。)の残額は539,301,681円であり、このうち、209,495,863円を、毎月末日限り、別表1の「未払遅延損害金」欄のとおり弁済する。
        • (D) なお、第一次契約に係る契約書には、M機構の請求人に対する貸金請求権について「償還期限並びに元金の償還方法及び利息等の支払方法に係る変更契約を締結した」旨の記載がある。
      • C 請求人は、平成28年5月20日、M機構との間で、M機構の請求人に対する貸金請求権について、要旨、次の約定で契約(以下「第二次契約」という。)を締結した。
        • (A) M機構元本債務の残額は29,540,000円であり、M機構元本債務に対する年○.○%の割合の利息を、毎月末日限り、別表2の「約定元本」欄及び「約定利息」欄のとおり弁済する。ただし、約定利息は平成28年5月31日から平成31年5月31日まで棚上げとし、同年4月から同年6月までの毎月の各末日限り、別表2の「棚上利息」欄のとおり弁済する。
        • (B) M機構利息債務の残額は59,540,617円であり、これを毎月末日限り、別表2の「未払利息」欄のとおり弁済する。
        • (C) M機構遅延損害金債務の残額は94,055,863円であり、これを毎月末日限り、別表2の「未払遅延損害金」欄のとおり弁済する。
        • (D) なお、第二次契約に係る契約書には、M機構の請求人に対する貸金請求権について「償還期限並びに元金の償還方法及び利息等の支払方法に係る変更契約を締結した」旨の記載がある。
      • D 請求人は、平成29年4月24日、M機構との間で、M機構の請求人に対する貸金請求権について、要旨、次の約定で契約(以下「第三次契約」という。)を締結した。
        • (A) M機構元本債務の残額は29,540,000円であり、M機構元本債務に対する年○.○%の割合の利息を、毎月末日限り、別表3の「約定元本」欄及び「約定利息」欄のとおり弁済する。ただし、約定利息は平成29年4月30日から平成32年2月29日まで棚上げとし、同年3月から同年4月までの毎月の各末日限り、別表3の「棚上利息」欄のとおり弁済する。
        • (B) M機構利息債務の残額は43,153,996円であり、これを毎月末日限り、別表3の「未払利息」欄のとおり弁済する。
        • (C) M機構遅延損害金債務の残額は394,897,196円であり、このうち65,091,378円を、毎月末日限り、別表3の「未払遅延損害金」欄のとおり弁済する。
        • (D) なお、第三次契約に係る契約書には、M機構の請求人に対する貸金請求権について「償還期限並びに元金の償還方法及び利息等の支払方法に係る変更契約を締結した」旨の記載がある。
      • E 請求人は、平成28年1月から令和元年8月までの間、M機構に対し、M機構元本債務、M機構利息債務及びM機構遅延損害金債務(以下、これらを併せて「M機構各債務」という。)を、別表4のとおり弁済した。
      • F M機構は、請求人に対し、令和元年9月から令和2年1月までの間、M機構各債務の弁済を猶予した。
    • (ロ) Q金庫からの借入れの状況等
      • A 請求人は、昭和58年8月31日、Q金庫(以下「Q金庫」という。)から、2回に分けて合計620,000,000円を、いずれも次の約定で借り入れた(以下、当該各契約を「N貸金契約」といい、N貸金契約により生じた貸金返還債務を「N元本債務」という。)。
        • (A) 弁済期 昭和78年7月31日
        • (B) 利 息 年○.○%
        • (C) 損害金 年○.○%
      • B Q金庫は、平成21年9月28日、N元本債務に係る債権及びN元本債務の遅延損害金支払請求権(以下、当該遅延損害金支払請求権に係る債務を「N遅延損害金債務」といい、N元本債務と併せて「N各債務」という。)をN社(日本で事業を行っていた当時の社名。)へ譲渡し、N社は、令和2年7月30日、N元本債務の遅延損害金支払請求権(N元本債務は完済している。)をP社に譲渡した。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 請求人は、平成28年分、平成29年分、平成30年分及び令和元年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)について、各確定申告書に別表5の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。
     なお、各確定申告書に添付して提出した本件各年分の所得税青色申告決算書(不動産所得用)には、要旨、別表6のとおり記載されていた。
  • ロ 原処分庁は、令和4年2月25日付で、N遅延損害金債務及びM機構遅延損害金債務(以下、これらを併せて「本件各遅延損害金債務」という。)の金額のうち、本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は別表7の付表の「1本件各遅延損害金債務」欄のとおりであり、本件各年分の不動産所得の金額は別表7のとおりであるなどとして、別表5の「更正処分等」欄のとおり、本件各年分の所得税等の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をした。
  • ハ 請求人は、これらの処分を不服として、令和4年4月26日に再調査の請求をした。
  • ニ 再調査審理庁は、令和4年7月1日付で別表5の「再調査決定」欄のとおり平成29年分の所得税等の更正処分及び本件各年分の過少申告加算税の各賦課決定処分については、いずれもその一部を取り消し、その他の各処分については、いずれも棄却する旨の再調査決定をした(以下、本件各年分の所得税等の各更正処分(平成29年分の所得税等の更正処分については、令和4年7月1日付でその一部が取り消された後のもの)を「本件各更正処分」といい、本件各年分の過少申告加算税の各賦課決定処分(令和4年7月1日付でその一部が取り消された後のもの)を「本件各賦課決定処分」という。)。
     なお、再調査決定において、別表5の本件各年分の「不動産所得の金額」欄の「更正処分等」欄及び「再調査決定」欄のとおり、本件各年分の不動産所得の金額に変動は生じていない。
  • ホ 請求人は、再調査決定を経た後の原処分に不服があるとして、令和4年8月3日に審査請求をした。

2 争点

 本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき本件各遅延損害金債務の金額はいくらか。

3 争点についての主張

原処分庁 請求人
(1) 貸金返還債務の遅延損害金支払債務の金額は、借主が当該貸金返還債務の弁済を遅滞した場合に、その延滞日数に応じて当該貸金返還債務に遅延損害金に係る利率を乗じて計算するものであることからすれば、遅延損害金は、借主が貸金返還債務の弁済を遅滞した後、当該貸金返還債務が弁済されるまで日々発生し、発生と同時に弁済期日が到来することから、その遅滞の発生した日をもって遅延損害金支払債務が確定する。
 なお、所得税基本通達37−2の2《損害賠償金の必要経費算入の時期》の注書は、金額が未確定である損害賠償債務を年金として支払う場合について定めたものであり、貸金返還債務の遅延損害金支払債務には適用されない。
(1) 貸金返還債務の弁済を遅滞したとしても、当該貸金返還債務の遅延損害金支払債務は日々確定するものではない。遅延損害金支払債務は、消滅時効の援用の有無や、支払総額、支払時期、充当関係など借主と貸主との間の合意内容により、債務が確定する時期が左右される。
 そして、かかる合意が遅延損害金の分割払の合意であるときは、所得税基本通達37−2の2の注書の趣旨から、遅延損害金の必要経費算入時期は、支払った日の属する年とすべきである。
 このように解することは、法人が遅延損害金の支払を受けた場合に当該支払日の属する事業年度の益金に算入することを認める取扱い(法人税基本通達2−1−43《損害賠償金等の帰属の時期》)とも整合するものである。
(2) M機構元本債務については、平成28年から令和元年にかけて、弁済を遅滞した事実はないから、平成28年から令和元年にかけて新たに発生したM機構遅延損害金債務はない。
 したがって、請求人の本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきM機構遅延損害金債務の金額はいずれも零円となる。
(2) M機構貸金契約については、第一次契約、第二次契約及び第三次契約により、当該各契約当時生じていた未払遅延損害金の支払総額や支払時期、充当関係などについて定めた上、分割払とする旨を合意しており、当該各契約は準消費貸借契約であり、その性質は更改契約であるから、当該各契約の締結日に新しい債務が発生し、当該各契約で定めた支払時期に確定したといえる。そして、当該分割払の合意に基づき支払われたM機構遅延損害金債務は以下の金額であるから、本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきM機構遅延損害金債務の金額は、以下のとおりとなる。
  イ 平成28年分34,825,080円
  ロ 平成29年分20,346,963円
  ハ 平成30年分23,091,135円
  ニ 令和元年分16,837,288円
(3) N元本債務は、その支払を遅滞したものの平成28年中に完済した。したがって、平成28年中においては、N元本債務の弁済を遅滞しており、新たに発生して確定したN遅延損害金債務の金額は834,748円である一方で、平成29年分以降の年分については、N元本債務の弁済を遅滞したことはなく、新たに発生して確定したN遅延損害金債務の金額は零円となる。
 したがって、請求人の本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきN遅延損害金債務の金額は、平成28年分が834,748円となり、平成29年分以降の年分はいずれも零円となる。
(3) N貸金契約については、平成21年10月頃、請求人とN社との間で、N遅延損害金債務の支払総額などを合意しており、かかる合意に基づき定められた支払時期に債務が確定したといえる。そして、当該合意ではN遅延損害金債務について毎月20万円の分割払の合意(平成29年1月に一部繰上弁済及び毎月の弁済を10万円に変更する合意)をしており、当該分割払の合意に基づき平成28年から令和元年にかけて支払われたN遅延損害金債務の金額は、以下の各金額であるから、本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきN遅延損害金債務の金額は、以下のとおりとなる。
  イ 平成28年分2,400,000円
  ロ 平成29年分3,898,114円
  ハ 平成30年分1,200,000円
  ニ 令和元年分1,200,000円

4 当審判所の判断

(1) 法令解釈

所得税法第37条第1項は、必要経費に算入すべき費用の範囲及びその費用の額をどのような段階で控除するかという課税上の年分帰属について、その通則を規定したものであり、必要経費の範囲に例示を加えて示すとともに、費用の計上時期については減価償却費を除き、その債務の確定の日をもってその計上時期としており、いわゆる債務確定主義を採用しているものと解される。
 また、「債務確定主義」について、所得税基本通達37−2は、必要経費に算入すべき償却費以外の費用で、その年において債務が確定しているものとは、別段の定めがあるものを除き、いずれもその年12月31日までに1当該費用に係る債務が成立していること、2当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること及び3その金額を合理的に算出することができるものであることという要件の全てに該当するものとする旨定めているところ、この取扱いは、必要経費に算入すべき費用について、債務が確定しているか否かを判断する上での具体的な基準を示したものであり、当審判所においても相当と認められる。
 そして、貸金返還債務が約定に従って弁済されない場合に生じる遅延損害金支払債務は、1その本質が債務不履行(履行遅滞)に基づく損害賠償債務であるから、債務自体は弁済期を経過した時点で成立するものの、2その元本の弁済がされるまで遅滞が積み重なることで日々給付の金額が増加することから、各日ごとに具体的な給付をすべき原因となる事実が発生しており、3遅延損害金利率と弁済期からの経過日数によりその金額が算出することができるから、各日ごとにその金額を合理的に算出することができる。
 そうすると、貸金返還債務が約定に従って弁済されない場合に生じる遅延損害金支払債務は、遅滞が生じた日以後、日々経過するごとに上記所得税基本通達37−2が定める1から3までの要件の全てを満たすものと解するのが相当であり、約定に従った弁済がなされない日(その日の属する年がその年の前年以前の場合には、その年の1月1日)からその元本の弁済がされる日(その年の12月31日までに弁済されない場合には、その年の12月31日)までの日数に応じて、約定に従った弁済がなされない貸金返還債務の金額に約定で定められた遅延損害金利率を乗じて計算した金額が、その年に債務が確定した遅延損害金支払債務の金額となる。

(2) 本件各遅延損害金債務の検討

  • イ M機構遅延損害金債務について
     M機構遅延損害金債務についてみると、上記1の(3)のロの(イ)のAからDまでのとおり、請求人及びM機構は、M機構貸金契約、第一次契約、第二次契約及び第三次契約を順次締結しているところ、第一次契約、第二次契約及び第三次契約は、いずれも、同Bの(C)及び(D)、同Cの(C)及び(D)並びに同Dの(C)及び(D)のとおり、それまでに生じていたM機構遅延損害金債務の残額を確認した上で、M機構遅延損害金債務を含めたM機構各債務の弁済期及び弁済額を変更するものにすぎないから、M機構各債務を消滅させて新たな債務を発生させる更改契約ではなく、M機構貸金契約の変更契約であると認められる。そうすると、請求人が平成28年から令和元年にかけて支払ったM機構遅延損害金債務は、第一次契約、第二次契約及び第三次契約によって新たに発生した債務ではなく、当初のM機構元本債務の弁済を遅滞したことによって平成27年中までに生じて確定した遅延損害金支払債務にほかならない。
     そして、上記1の(3)のロの(イ)のBからFまでのとおり、請求人は、適時にM機構各債務の弁済期及び弁済額に係る変更契約を締結し、また、M機構から弁済の猶予を受けており、その結果、平成28年から令和元年までの期間には、M機構元本債務が約定に従って弁済されないという事実が生じていないのであるから、当該各年中に請求人がM機構元本債務の支払を遅滞したことはなく、当該各年中に生じて確定したM機構遅延損害金債務は存在しない。
     したがって、本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきM機構遅延損害金債務の金額は、いずれも零円である。
  • ロ N遅延損害金債務について
     N遅延損害金債務については、平成28年から令和元年までの期間に約定に従って弁済されなかったN元本債務及びその金額によることとなるから、以下検討する。
    • (イ) 認定事実
       請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。
      • A 平成21年7月24日のQ金庫によるN元本債務の連帯保証人に係る預金債権と相殺した後のN元本債務の残額は90,601,886円であった。
      • B 平成21年9月28日のQ金庫からN社へ譲渡された時点のN元本債務の残額は88,601,886円であった。
      • C N社代理人弁護士を作成名義とする請求人宛の平成26年6月6日付の「ご連絡」と題する書面(以下「本件連絡書面」という。)には、平成26年5月21日の分割金の弁済を反映させた同日時点のN元本債務の残額が31,301,886円、N遅延損害金債務の残額が1,071,890,246円である旨記載されている。
      • D P社がN社から引き継いで保管していた「平成26年4月30日残高」と題する表(以下「本件残高表」という。)には、同日時点のN元本債務の残額が31,301,000円、N遅延損害金債務の残額が1,071,890,000円である旨、その後N遅延損害金債務に対する弁済が毎回200,000円ずつ予定されているが、その後のN遅延損害金債務の予想残額はいずれも1,000円未満の端数がある金額が記載されている。
      • E 請求人は、平成26年5月以降、N社に対し、N元本債務について毎月1,000,000円(完済月は残元本全額)を弁済した。なお、請求人は、平成26年4月以前も、Q金庫又はN社に対し、N元本債務の残元本について毎月1,000,000円を弁済していたと認識している。
      • F 請求人のN元本債務の平成28年1月から平成29年1月までの弁済日は、平成28年1月22日、同年2月22日、同年3月23日、同年4月21日、同年5月23日、同年6月22日、同年7月21日、同年8月23日、同年9月20日、同年10月21日、同年11月24日、同年12月21日及び平成29年1月6日であった。
    • (ロ) 検討
      • A 本件連絡書面は、上記(イ)のCのとおり、その作成名義はN社の委任を受けた代理人弁護士が作成したものであり、N社と利害が対立する関係にある債務者である請求人に対して送付された書面であるから、N社の認識を正確に示したものである蓋然性が高い。また、上記(イ)のAのとおり、N元本債務の平成21年7月24日時点の残額は90,601,886円、同Bのとおり、同年9月28日時点の残額は88,601,886円であったが、同Eのとおり、請求人は、平成26年4月以前も、N元本債務について毎月1,000,000円を弁済していたと認識しており、かかる請求人の認識を前提とした弁済状況に基づいた平成26年5月分の分割金の弁済後のN元本債務の残額は31,601,886円となり、本件連絡書面の残額とは300,000円異なるが、10,000円未満の端数が完全に一致する。
         そうすると、本件連絡書面は本件残高表に比して信用性が高いといえるから、N元本債務の平成26年5月分の分割金の弁済後の残額は本件連絡書面によって判断すべきであり、その残額は31,301,886円である。そして、上記(イ)のEのとおり、請求人は、N元本債務について、平成26年6月以降毎月1,000,000円を弁済していたのであるから、N元本債務は、別表8の「元本残高(充当前)」欄のとおり、平成28年中及び平成29年1月6日の入金までは消滅していない。そして、N社が請求人にN元本債務について弁済を猶予したことをうかがわせる事実は認められないから、請求人は、平成28年中のみならず、平成29年中においても、N元本債務の履行を遅滞したこととなる。
      • B この点、本件残高表の記載に基づけば、平成26年5月分の分割金の弁済後のN元本債務は30,301,000円となるはずであり、原処分庁も、N元本債務がこの金額であることを前提として平成28年分及び平成29年分の所得税等の各更正処分をしている。
         しかし、上記(イ)のDのとおり、本件残高表は、P社がN社から引き継いだN社作成の表にすぎないし、P社自身も、本件残高表の正確性を裏付ける、N貸金契約の内容や平成26年5月以前のN各債務の弁済状況を示す資料を有していない。そのうえ、上記(イ)のDのとおり、本件残高表によれば、平成26年4月30日時点のN各債務の残額がいずれも1,000円未満の端数がない金額となっているが、N貸金契約における利息及び遅延損害金利率が年利で定められており(上記1の(3)のロの(ロ)のA)、日割り計算をしなければならない毎月の分割金の場合1,000円未満の端数が生じるのが通常であること、本件残高表も平成26年5月分以降のN遅延損害金債務の残額がいずれも1,000円未満の端数がある金額を記載していることからすれば、平成26年4月分の分割金の弁済後のN各債務の金額は1,000円未満の端数が生じている可能性が極めて高い。
         したがって、本件残高表の平成26年4月30日時点のN各債務の残額は、端数を省略していることがうかがわれ、正確な金額を記載したものとは認められないから、これを採用できない。
    • (ハ) そうすると、本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきN遅延損害金債務の金額は、別表8の「元本残高(充当前)」欄の金額に、同表の「遅延損害金利率」欄(上記1の(3)のロの(ロ)のAの(C))及び「日数」欄(上記(イ)のF)の数値を乗じ、これを年の日数(365日)で除した金額の各合計であり、平成28年分は○○○○円、平成29年分は○○○○円、平成30年分以降はいずれも零円となる。
  • ハ 小括
     以上のことから、本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき本件各遅延損害金(審判所認定額)は、別表9の付表の「1本件各遅延損害金債務」欄のとおりである。

(3) 請求人の主張について

請求人は、上記3の「請求人」欄のとおり、遅延損害金支払債務は、消滅時効の援用の有無や、支払総額、支払時期、充当関係など借主と貸主との間の合意内容に債務が確定する時期が左右され、それが分割払の合意であるときは、所得税基本通達37−2の2の注書や法人税基本通達2−1−43の趣旨から、遅延損害金の必要経費算入時期は、支払った日の属する年となることを前提に、M機構及びN社との間の未払遅延損害金の分割払の合意に基づき実際に支払った金額は、本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきである旨主張する。
 しかしながら、貸金返還債務の遅延損害金支払債務は、その元本の弁済がされるまで各日ごとに具体的な給付をすべき原因となる事実が発生し、債務が確定することは上記(1)のとおりであり、既に発生した遅延損害金支払債務について、消滅時効の援用の有無にかかわらず、また、借主と貸主との間で支払総額や支払時期、充当関係などを合意したとしても、債務の確定時期が左右されることはないから、請求人の主張はその前提を欠く。
 なお、所得税基本通達37−2の2の注書は、損害賠償金を年金として支払う場合には支払日の属する年分の必要経費に算入する旨定めるが、そもそも同通達37−2の2は、賠償すべき金額が確定しないために債務が確定していない場合に申出額の必要経費への算入を許容したものであるから、同通達の注書も既に債務が確定している損害賠償金を分割払とする場合は対象としていないと解するのが相当である。
 また、法人税基本通達2−1−43は、損害賠償金の支払を受ける法人について、その損害賠償金の益金の算入時期について実際に支払を受けた日の属する事業年度とすることを許容したものにすぎず、損害賠償金を支払う側の損金の算入時期に当然に影響を及ぼすものではないし、益金の算入時期について現金主義的処理を原則的な取扱いと定めたものでもないから、所得税法における遅延損害金の必要経費の算入時期の解釈に影響を及ぼすものではない。
 したがって、請求人の主張には理由がない。

(4) 本件各更正処分の適法性について

本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき本件各遅延損害金債務の金額は上記(2)のハのとおりであり、本件各年分の不動産所得の金額は別表9のとおりであるから、これを前提に本件各年分の納付すべき税額を計算すると、平成30年分及び令和元年分は原処分の金額といずれも同額となるが、平成28年分及び平成29年分は、原処分の金額をいずれも下回る。
 したがって、本件各更正処分のうち、平成30年分及び令和元年分の所得税等の各更正処分はいずれも適法であるが、平成28年分及び平成29年分の所得税等の各更正処分はいずれもその一部を別紙1及び別紙2の「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。
 なお、本件各更正処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

(5) 本件各賦課決定処分の適法性について

上記(4)のとおり、本件各更正処分のうち平成30年分及び令和元年分の所得税等の各更正処分はいずれも適法であるが、平成28年分及び平成29年分の所得税等の各更正処分はいずれもその一部を取り消すべきであり、平成28年分及び平成29年分の各賦課決定処分の基礎となる税額は、それぞれ○○○○円及び○○○○円となる。
 また、これらの税額の計算の基礎となった事実が本件各更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについては、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められない。
 そして、平成28年分の過少申告加算税の額については○○○○円となり、平成28年分の過少申告加算税の賦課決定処分の金額を下回るから、当該賦課決定処分はその一部を別紙1の「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。一方で、平成29年分、平成30年分及び令和元年分の各過少申告加算税の額については、当審判所においても過少申告加算税の各賦課決定処分の金額といずれも同額となるから、当該各賦課決定処分は適法である。

(6) 結論

よって、審査請求には理由があるから、原処分の一部を取り消すこととする。

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