(令和5年5月18日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、ブロック工事業を営んでいた者で、G社の代表者である審査請求人(以下「請求人」という。)に対して行った調査に基づき、所得税等及び消費税等の更正処分等をしたところ、請求人が、1調査手続には当該更正処分等を取り消すべき違法がある、2請求人の所得税等の事業所得の金額は、推計の方法により算定すべきである、3当初の調査結果の説明の際に認めていた消費税の仕入税額控除を認めるべきであるなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令等

関係法令等の要旨は、別紙のとおりである。
 なお、別紙で定義した略語については、以下、本文においても使用する。

(3) 基礎事実及び審査請求に至る経緯

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人の申告等の状況
    • (イ) 請求人は、ブロック工事業を営む個人事業者であった(以下、請求人が営んでいた事業を「本件事業」という。)。
    • (ロ) 請求人は、平成17年12月21日、原処分庁に対して、同年1月1日から同年12月31日までの課税期間を適用開始課税期間とする消費税課税事業者届出書及び消費税簡易課税制度選択届出書を提出した。
    • (ハ) 請求人は、平成26年分、平成27年分、平成28年分、平成29年分、平成30年分、令和元年分及び令和2年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)について、各確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。
       なお、請求人は、本件各年分の所得税等の各確定申告書について、「収入金額等」欄の各欄にいずれも金額を記載せず、収支内訳書も添付していなかった。
    • (ニ) 請求人は、平成26年1月1日から平成26年12月31日までの課税期間(以下「平成26年課税期間」といい、他の課税期間も同様に表記する。)、平成27年課税期間、平成28年課税期間、平成29年課税期間、平成30年課税期間、令和元年課税期間及び令和2年課税期間(以下、これらを併せて「本件各課税期間」という。)の消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という。)について、各確定申告書に別表2の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。
    • (ホ) 請求人は、令和3年11月2日、原処分庁に対して、同年8月31日に個人事業を廃業した旨の個人事業の開業・廃業等届出書及び事業廃止届出書を提出した。
  • ロ 原処分に係る調査の状況等
    • (イ) 原処分庁所属の調査担当職員(以下「H署職員」という。)及びJ国税局の調査担当職員(以下「国税局職員」といい、H署職員と区別せずに「本件調査担当職員」という。)は、令和3年11月16日、事前通知を行うことなく、請求人の本件各年分の所得税等及び本件各課税期間の消費税等に係る調査を開始した(以下、これにより開始された請求人に対する一連の調査を「本件調査」という。)。
    • (ロ) 本件調査担当職員は、請求人に対して令和3年11月16日及び同月17日に実施した質問検査の際における質問と応答の要旨を記録した質問応答記録書(以下「本件記録書」という。)を作成した上で、同月19日に請求人の自宅において、請求人に対して本件記録書の記載内容を読み上げ、かつ、請求人に閲読させたところ、請求人は、本件記録書の問答末尾及び各頁に署名した。
       なお、本件記録書には、要旨以下のとおり記載されている。
      • A 請求人は、請求書の控えから月ごと及び1年間の収入金額を集計し、必要経費については科目ごとに1年間の金額を集計し、当該各集計額を白地の用紙に記載(以下、当該各集計額を記載した用紙を「本件集計表」という。)して真実の収入金額及び必要経費の金額を把握していた。しかし、請求人は、税負担を少なくするために、1本件集計表に記載した収入金額に任意の割合を乗じて算定した金額、2本件集計表に記載した必要経費の金額、及び上記1から2を差し引いた金額を本件集計表とは別の用紙に記載した上で、これをK商工会に持参(以下、請求人がK商工会に持参した用紙を「本件集計メモ」という。)し、所得税等及び消費税等の各確定申告書の記載方法の指導を受けて、請求人が本件集計メモに基づき自ら作成した後に、当該各確定申告書の原処分庁への提出をK商工会に依頼した(以下、請求人がK商工会の記載指導により当該各確定申告書を作成したことを「本件申告書作成作業」という。)。
      • B 平成26年分以降、請求人は事業所得の申告用の所得金額を意図的に調整していた。具体的には、真実の収入金額に任意の割合を乗じて、うその収入金額を算定した上で、真実の必要経費の金額を差し引いて所得金額を計算した結果、○○○○円程度となれば、それを申告用の所得金額としていた。
         毎年、少ない所得金額で確定申告をすると、税務調査を受ける危険性があると考え、真実の収入金額が増加するのに合わせて申告用の所得金額も徐々に上げていき、令和元年分以降は○○○○円から○○○○円程度の所得金額になるように調整していた。
      • C 請求人は、本件集計表及び本件集計メモを残しておくと税務調査を受けた際に所得金額を意図的に少なく申告したことが露見すると考え、本件申告書作成作業の後、直ちに本件集計表及び本件集計メモを廃棄した。
    • (ハ) 請求人は、本件調査の開始を契機に、本件調査に関する事項について、L税理士法人の代表社員であるM税理士、税理士法人Nの代表社員であるP税理士及びQ税理士に税理士法第2条《税理士の業務》第1項第1号に規定する税務代理を委任する旨の税務代理権限証書を原処分庁に提出した。
    • (ニ) 本件調査担当職員は、令和3年12月9日、請求人、P税理士及びQ税理士に対し、通則法第74条の11第2項に規定する調査結果の内容の説明を行い(以下、この説明を「当初調査結果説明」という。)、本件各年分の所得税等及び本件各課税期間の消費税等の各修正申告の勧奨を行った。
    • (ホ) 本件調査担当職員は、令和4年2月1日、M税理士及びP税理士と面談し、その際、請求人が売上先への請求金額のほか、支払った給与賃金や外注工賃を記載したノートを作成していたとして、M税理士及びP税理士から本件調査担当職員へ、平成22年1月から令和3年12月までに係る6冊のノートの提示(以下、この6冊のノートのうち、平成26年1月から令和2年12月までの記載があるノート3冊を「本件ノート」という。)がされた。
  • ハ 審査請求に至る経緯
    • (イ) 原処分庁は、令和4年3月3日付で、本件各年分の所得税等について、別表1の「更正処分等」欄のとおり各更正処分(以下「本件所得税等各更正処分」という。)及び重加算税の各賦課決定処分(以下「本件所得税等各賦課決定処分」という。)を、本件各課税期間の消費税等について、別表2の「更正処分等」欄のとおり各更正処分(以下「本件消費税等各更正処分」という。)並びに過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分(以下「本件消費税等各賦課決定処分」という。)をした。
       なお、令和元年課税期間及び令和2年課税期間の消費税等の基準期間である平成29年課税期間及び平成30年課税期間における課税売上高は、平成29年課税期間及び平成30年課税期間の消費税等の各更正処分により、いずれも○○○○円を超えた。
    • (ロ) 請求人は、上記(イ)の各処分に不服があるとして、令和4年6月1日に審査請求をした。
       なお、請求人は、当審判所に対し、本審査請求において、原処分庁が認定した請求人の本件事業に係る収入金額については争わない旨を申し立てた。

2 争点

(1) 本件調査に、原処分の取消事由となるべき違法又は不当があるか否か(争点1)。

(2) 請求人の事業所得の金額は、推計の方法により算定すべきか否か(争点2)。

(3) 令和元年課税期間及び令和2年課税期間の消費税について、仕入税額控除が適用されるか否か(争点3)。

(4) 請求人の本件各年分の所得税等及び本件各課税期間の消費税等について、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があるか否か(争点4)。

(5) 請求人に、通則法第70条第5項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実があるか否か(争点5)。

3 争点についての主張

(1) 争点1(本件調査に、原処分の取消事由となるべき違法又は不当があるか否か。)について

請求人 原処分庁
以下のとおり、本件調査は違法又は不当な調査であり、原処分は取り消されるべきである。 以下のとおり、本件調査に、原処分を取り消すべき違法又は不当はない。
イ 事前通知について
 通則法が改正され、同法第7章の2《国税の調査》として調査手続が明確化された趣旨は、納税者の権利を尊重し、原処分庁の恣意的な判断を排除して、一方的な税務調査を規制するものであるところ、本件調査は無予告無通知で行われた。
 調査手続通達には、通則法第74条の10に規定する「違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれ」がある場合を具体的に列挙しているが、本件調査はそのいずれにも該当しない。
 そのため、本件調査は、通則法第74条の10に規定する事前通知を要しない場合の要件には該当しない。
イ 事前通知について
 請求人が原処分庁に提出した本件各年分の所得税等の各確定申告書に収入金額の記載がないものの、本件各課税期間の消費税等の各確定申告書に記載されている課税標準額と原処分庁が保有する情報から、売上除外等の不正取引が想定された。このため、本件調査において、請求人に対して事前通知を行ったのでは、売上げに係る原始記録及び帳簿書類等が破棄、移動、隠匿、改ざん、変造又は偽造され、不正取引の全貌を明らかにすることが困難になるおそれがあることから、原処分庁は、通則法第74条の10に規定する「違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれ」があると認めたのであり、本件調査では事前通知を要しないと判断したことに違法はない。
ロ 新型コロナウイルス感染症の感染防止策について
 国税庁がホームページにおいて、調査事務における新型コロナウイルス感染症の感染防止策として、調査官の人数に配慮することを公表していたにもかかわらず、本件調査は、国税局職員3名及びH署職員2名で実施されており、その配慮がされていない。さらに、本件調査の初日、H税務署内で新型コロナウイルス感染者の濃厚接触者が発生したことから、H署職員1名を帰署させたにもかかわらず、国税局職員が本件調査を続行したことは、国民の健康と安全を確保する公務員としての任務を怠るものであり、不当である。
ロ 新型コロナウイルス感染症の感染防止策について
 本件調査において、本件調査担当職員は、国税庁の調査事務における新型コロナウイルス感染症の感染防止策に基づき、本件調査を行う前に、検温を実施し、手洗い又は手指の消毒並びにうがいを行い、咳、発熱、けん怠感等の風邪症状がないことを確認している。また、本件調査の初日に新型コロナウイルス感染者の濃厚接触者が発生した際、H署職員は濃厚接触者に該当はしていなかったが、感染拡大をより一層防止する観点から帰署させ、国税局職員のみで調査を行った。
 これらのことは、質問検査の必要があり、かつ、これと請求人の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまっており、権限のある調査担当職員の合理的な選択の中で、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、必要な感染防止策を行った上で調査を行ったことにほかならない。
ハ 調査結果の内容の説明について
 調査結果の内容の説明は、通則法に規定された調査手続における厳格な要件であるにもかかわらず、説明を行うことなく原処分を行ったことは違法である。
 なお、原処分庁は、調査結果の内容の説明を行うよう試みたが、請求人の同意を受けたM税理士がこれに応じなかった旨主張する。しかし、原処分庁が法令を遵守する立場であるなら、本件調査に係る税務代理を委任されたほかの代理人にも連絡をすべきである。
ハ 調査結果の内容の説明について
 本件調査担当職員は、請求人の同意を受けたM税理士に対して調査結果の内容の説明を行うよう試みるも、M税理士は、本件調査担当職員の調査結果の説明を忌避するかのような対応を続けていた。このような状況において、調査結果の内容の説明を行わなかったことのみをもって直ちに本件調査の調査手続に瑕疵があったとは認めがたいことに加え、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなど重大な違法を帯びるとは認められない。

(2) 争点2(請求人の事業所得の金額は、推計の方法により算定すべきか否か。)について

請求人 原処分庁
原処分庁が、領収書等の具体的な裏付けがない費用を必要経費の一部として認め、請求人の事業所得の金額を算定したことは、必要経費の一部を推計により算定したものであるから、本件各年分における請求人の事業所得の金額についても、原処分庁が長年にわたり実務で使用した所得率や同業者比率を活用した推計の方法により算定すべきである。 原処分庁は、請求人の本件各年分の事業所得の金額を原始記録に基づき、実額にて算定している。

(3) 争点3(令和元年課税期間及び令和2年課税期間の消費税について、仕入税額控除が適用されるか否か。)について

原処分庁 請求人
本件調査において、本件調査担当職員が請求人に対し帳簿の作成及び原始記録の保存について質問したところ、請求人は、外注工賃に係る振替依頼書やクレジットカード決済の利用明細などの原始記録は保存しているが、帳簿は作成していない旨回答している。
 そして、その回答のとおり、本件調査担当職員は、一部の原始記録の保存は確認したが、帳簿の把握はできなかった。
 したがって、消費税法第30条第7項の規定により、事業者が当該課税期間の仕入税額控除に係る帳簿を保存しない場合に該当し、仕入税額控除を適用することができない。
 なお、請求人が提出した本件ノートには、課税仕入れを行った年月日及び課税仕入れに係る役務の内容が記載されていない上に、外注工賃支払先の記載も屋号や略称のみで課税仕入れの相手先が特定できず、課税仕入れの相手先の正式な氏名、名称、それらの略称が記載されている取引先名簿等も見受けられないことから、消費税法第30条第8項の要件を満たしていない。
令和元年課税期間及び令和2年課税期間の消費税等の各更正処分の理由には、本件調査時に帳簿を提示しなかった旨記載されているが、請求人は、本件調査に惜しみなく協力しており、帳簿の提示を求められ、それを拒否した事実はなく、不提示の意思はない。また、当初調査結果説明の後に本件ノートの存在が明らかになると、請求人は、本件調査担当職員の求めに応じて本件ノートを提示しており、さらに、請求書等の原始記録から課税仕入れを行った年月日や役務の内容及び課税仕入れの相手先を確認することで、原処分庁は仕入税額を把握できたのだから、仕入税額控除が適用されるべきである。
 そもそも、当初調査結果説明の際に、原処分庁は令和元年課税期間及び令和2年課税期間の消費税について仕入税額控除の適用を認めていたのであるから、仕入税額控除を適用すべきである。

(4) 争点4(請求人の本件各年分の所得税等及び本件各課税期間の消費税等について、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があるか否か。)について

原処分庁 請求人
請求人は、本件集計表により正しい事業所得の収入金額及び必要経費の金額を把握していたにもかかわらず、本件集計メモに基づき本件各年分の所得税等及び本件各課税期間の消費税等の各確定申告書(以下「本件各確定申告書」という。)を作成していた。
 そして、請求人は、税務調査を受けた場合に所得金額を意図的に少なく申告したことが露見することを恐れ、本件申告書作成作業の後に本件集計表及び本件集計メモを廃棄していた。
 本件集計表及び本件集計メモを廃棄したことは、通則法第68条第1項に規定する「事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し」に該当する。
 また、請求人は、本件ノートにより正しい収入金額を把握していたにもかかわらず、本件各課税期間の消費税等の各確定申告書に過少の課税売上高を記載し、本件集計表に基づかず過少な事業所得の金額を記載した本件集計メモに基づき本件各年分の所得税等の各確定申告書を作成し、その後、本件集計表及び本件集計メモを廃棄していたことは、過少申告の意図を外部からうかがい得る特段の行動に該当することから、通則法第68条第1項に規定する「事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し」に該当する。
本件記録書は、本件調査担当職員による作文であり、その内容は事実に反する。
 請求人は、本件記録書の内容には誤りがあったが、本件調査を早く終わらせたかったため、本件調査担当職員に内容の訂正を求めず、署名をしたものである。
 請求人は、収入金額については、月ごとに本件ノートに請求金額を記載し、確定申告の時期に、本件ノートから1年分の合計金額をメモ用紙のようなものに記載しており、また、現金払いの必要経費については、領収書を保存するとかメモをしておくという感覚がなく、丼勘定で計算していた。
 そして、請求人は、メモ用紙のようなものに1年分の収入金額を記載し、そこから丼勘定で計算した現金払いの必要経費を引いた金額を確定申告の収入金額としたほか、外注工賃と給与賃金は本件ノートから、クレジットカード決済の必要経費はその利用明細から集計して附箋に記載して本件申告書作成作業を行っていた。
 また、本件申告書作成作業をするために必要な金額を請求人が記載したメモ用紙のようなもの及び附箋(以下「本件申告用資料」という。)は、本件各確定申告書を作成した後に必要がなくなったから廃棄しただけであり、請求人に、通則法第68条第1項に規定する「事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実はない。

(5) 争点5(請求人に、通則法第70条第5項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実があるか否か。)について

原処分庁 請求人
上記(4)の「原処分庁」欄のとおり、請求人は、本件集計表により正しい事業所得の収入金額及び必要経費の金額を把握していたにもかかわらず、本件集計メモに基づき本件各確定申告書を作成した後に本件集計表及び本件集計メモを廃棄しており、このことは、通則法第70条第5項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実があった。 上記(4)の「請求人」欄のとおり、本件申告用資料を廃棄したとしても、請求人に隠蔽又は仮装に該当する事実はなく、通則法第70条第5項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実もない。

4 当審判所の判断

(1) 争点1(本件調査に、原処分の取消事由となるべき違法又は不当があるか否か。)について

  • イ 法令解釈
    • (イ) 通則法は、第7章の2において、国税の調査の際に必要とされる手続を規定しているが、同章の規定に反する手続が課税処分の取消事由となる旨を定めた規定はなく、また、調査手続に瑕疵があるというだけで納税者が本来支払うべき国税の支払義務を免れることは、租税公平主義の観点からも問題があると考えられるから、調査手続に単なる違法があるだけでは課税処分の取消事由とはならないものと解される。
       もっとも、通則法は、同法第24条《更正》の規定による更正処分、同法第25条《決定》の規定による決定処分及び同法第26条《再更正》の規定による再更正処分について、いずれも「調査により」行う旨規定しているから、課税処分が何らの調査なしに行われたような場合には、課税処分の取消事由となるものと解される。そして、これには、調査を全く欠く場合のみならず、課税処分の基礎となる証拠資料の収集手続(以下「証拠収集手続」という。)に重大な違法があり、調査を全く欠くのに等しいとの評価を受ける場合も含まれるものと解され、ここにいう重大な違法とは、証拠収集手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなどの場合をいうものと解するのが相当である。
       他方で、証拠収集手続自体に重大な違法がないのであれば、課税処分を調査により行うという要件は満たされているといえるから、仮に、証拠収集手続に影響を及ぼさない他の重大な違法があったとしても、課税処分の取消事由となるものではないと解される。
    • (ロ) 通則法第74条の10は、税務署等が保有する情報に鑑み、違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれその他国税に関する調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める場合には、事前通知を要しない旨規定しているところ、その趣旨は、これらの行為が行われることが合理的に推認される場合にまで事前通知を行うと、適正かつ公平な課税の実現に反する結果が生ずることとなる一方で、これらの行為が行われることが合理的に推認される場合に事前通知を行わないこととしても、納税者の正当な権利利益を侵害するものではないと考えられるところにあると解される。
       そして、調査手続通達5−9は、通則法第74条の10に規定する「違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれ」があると認める場合とは、例えば、事前通知をすることにより、納税義務者において、調査に必要な帳簿書類その他の物件を破棄し、移動し、隠匿し、改ざんし、変造し、又は偽造することが合理的に推認される場合などである旨定めているところ、当該通達の定めは同条の上記趣旨に沿うものであり、当審判所もこれを相当と認める。
    • (ハ) 処分の不当とは、処分を行うにつき、法の規定から処分行政庁に裁量権が付与されていると認められている場合において、処分行政庁の行った処分が、裁量権の逸脱又は濫用により違法であるとまではいえないが、当該処分の基礎となる法や制度の趣旨及び目的に照らして不合理であることをいうと解される。
  • ロ 認定事実
     原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
    • (イ) 原処分庁は、請求人の本件各年分の所得税等の各確定申告書には、事業所得の収入金額の記載がないほか、原処分庁が保有する情報から売上除外等が想定されるため、事前通知を行った場合、売上げに係る帳簿書類等が破棄、隠匿等をされ、その全貌を明らかにすることが困難になるおそれがあるなどと判断したため、本件調査に先立ち事前通知を実施しなかった。
    • (ロ) 本件調査担当職員は、令和3年11月16日、請求人の自宅に臨場するに当たり、事前にH税務署内において、1マスクの着用、2手洗い又は手指の消毒、うがいの実施、3検温、4咳や発熱、けん怠感等の風邪症状がないか、5臨場する人数を最小限に留めているかについて、「新型コロナウイルス感染症の感染防止策チェックリスト(連記式)」と題する書面により新型コロナウイルス感染症の感染防止対策の実施状況を自ら確認し、その後、管理者の確認も受けていた。
    • (ハ) 本件調査担当職員は、令和3年12月22日、P税理士に対して、当初調査結果説明を修正する必要があるため、後日、改めて通則法第74条の11第2項に規定する調査結果の内容の説明を行う旨伝えた。
    • (ニ) 本件調査担当職員は、令和4年1月14日、M税理士及びP税理士に対して、通則法第74条の11第2項に規定する調査結果の内容の説明ではない旨を明示した上で、説明資料を示して現時点における問題点等を詳細に説明する旨を伝えたところ、M税理士から、当該説明資料で分かるため、当該説明資料をもって説明したということでよい旨の申出を受けた。
       また、本件調査担当職員は、後日行う調査結果の内容の説明を誰が受けるのかについて、請求人の意思を確認する必要がある旨を両税理士に伝えた。
    • (ホ) 請求人は、令和4年2月24日、本件調査担当職員に対し、M税理士が調査結果の内容の説明を受けることに同意する旨を電話で伝えた。この電話を受けた本件調査担当職員は、同日、M税理士に電話した後、調査結果の内容の説明に関する参考資料をファックスで送信した。
    • (ヘ) 本件調査担当職員が、令和4年2月25日、通則法第74条の11第2項に規定する調査結果の内容の説明を行うためM税理士に電話したところ、M税理士は、上記(ホ)の参考資料に記載された消費税等の税額が上記(ニ)の説明資料から増えていることを捉えて、仕入税額控除の適用の要否に係る説明が変遷していること、また、所得税等について所得率を用いて所得金額を算定すると説明していたにもかかわらず、その説明も変遷していることから、本件調査担当職員の話は信用ならない旨を発言し、電話を切った。
    • (ト) 本件調査担当職員は、上記(ヘ)以降、令和4年2月28日から同年3月2日にかけて、延べ23回、M税理士又はL税理士法人に電話し、調査結果の内容の説明を試みたが、M税理士は、これに一度も応答することはなく、また、本件調査担当職員への折り返しの連絡依頼にも対応することはなかった。
    • (チ) 本件調査担当職員は、令和4年3月3日、請求人の自宅において、請求人へ原処分に係る各通知書を交付するに当たり、その内容について説明しようとしたところ、請求人は、当該各通知書の受取を拒否したため、本件調査担当職員は、当該各通知書を請求人の自宅に差し置いた。
    • (リ) 新型コロナウイルス感染症対策本部が作成・公表している「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針(令和3年9月28日変更)」には、政府が国民等及び事業者に周知すべき感染症対策として「三つの密の回避」、「人と人との距離の確保」、「マスクの着用」、「手洗いなどの手指衛生」、「咳エチケット」、「発熱等の症状が見られる従業員の出勤自粛」等が示されている。
  • ハ 当てはめ及び請求人の主張について
    • (イ) 事前通知について
       請求人は、上記3の(1)の「請求人」欄のイのとおり、通則法第7章の2として調査手続が明確化された趣旨は、納税者の権利を尊重し、原処分庁の恣意的な判断を排除して、一方的な税務調査を規制するものであるところ、無予告無通知で行われた本件調査は、通則法第74条の10に規定する事前通知を要しない場合の要件に該当しない旨主張する。
       しかしながら、請求人は、上記1の(3)のイの(ハ)のとおり、本件各年分の所得税等の各確定申告書には、「収入金額等」欄の各欄にいずれも金額を記載せず、また、事業所得に係る収支内訳書も添付していないなど、所得税法の規定に基づかない確定申告書を提出しており、そのような事業所得の金額の計算の明細が必ずしも明らかではない状況の下ではあったが、上記ロの(イ)のとおり、原処分庁が保有する情報及び請求人の本件各確定申告書の記載内容を検討した結果、売上除外等が想定されたため、本件調査は実施されたものである。このため、原処分庁は、事前通知をすることにより、請求人が売上げに係る原始記録及び帳簿書類等を破棄するなど不正取引の把握を困難にするおそれがあるとして、通則法第74条の10に規定する事前通知を要しない場合に該当すると判断したものであり、その判断に全く事実に基づかず明白に合理性に欠けるなど裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったとは認められないことから、原処分庁が事前通知をしなかったことに違法又は不当はない。
    • (ロ) 新型コロナウイルス感染症に対する感染防止策について
       請求人は、上記3の(1)の「請求人」欄のロのとおり、国税庁がホームページにおいて、調査事務における新型コロナウイルス感染症の感染防止策として、調査官の人数に配慮することを公表していたにもかかわらず、その配慮がされていない旨、また、H税務署内で新型コロナウイルス感染者の濃厚接触者が発生したことから、H署職員1名を帰署させた後も本件調査を続行したことは、国民の健康と安全を確保する公務員としての任務を怠るものであり、不当である旨主張する。
       しかしながら、上記ロの(ロ)のとおり、本件調査担当職員は、令和3年11月16日に請求人の自宅へ臨場するに当たり、H税務署内において、新型コロナウイルス感染症の感染防止対策として、1マスクの着用、2手洗い又は手指の消毒、うがいの実施、3検温、4咳や発熱、けん怠感等の風邪症状がないか、5臨場する人数を最小限に留めているかの計5項目について、「新型コロナウイルス感染症の感染防止策チェックリスト(連記式)」と題する書面に基づき、自ら確認を行い、管理者からも臨場前にその実施状況の確認を受けていたことが認められる。そして当該書面において確認する事項は、国税庁がホームページで公表している新型コロナウイルス感染症の感染防止策に則っており、当該感染防止策は、上記ロの(リ)の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」に沿ったものとなっていることからすれば、本件調査の初日における調査官の人数やH署職員1名を帰署させた後も本件調査を続行したことについて、裁量権の逸脱又は濫用があったとは認められず、本件調査が不当に行われたとは認められない。
    • (ハ) 調査結果の内容の説明について
       請求人は、上記3の(1)の「請求人」欄のハのとおり、原処分庁が法令を遵守する立場であるなら、調査結果の内容の説明について請求人の同意を受けたM税理士に当該説明を行えない場合、本件調査に係る税務代理を委任されたほかの代理人にも連絡をすべきである旨主張する。
       しかしながら、上記ロの(ト)のとおり、本件調査担当職員は、相当の回数をもってM税理士に調査結果の内容を伝えるべく連絡しているところ、M税理士は、上記ロの(ヘ)以降、本件調査担当職員からの連絡に一度も対応することがなかったことに加え、折り返して返答することもしなかったことが認められる。この点、上記ロの(ホ)及び(ヘ)のとおり、1本件調査担当職員は、請求人から、M税理士が調査結果の内容の説明を受けることに同意する旨の連絡を受けたことに伴い、当該説明の参考資料をファックスで送信していること、2M税理士は、参考資料の送信を受け、本件調査担当職員に対し、本件調査に係る所得税等や消費税等の内容に変遷があるため本件調査担当職員の話は信用できない旨述べたことなどの経緯に照らすと、M税理士は、本件調査担当職員による調査結果の内容の説明を忌避する目的で、本件調査担当職員の調査結果の内容の説明に関する連絡に応じなかったものであり、請求人は、通則法第74条の11第2項に規定する調査結果の内容の説明を受ける機会を自ら放棄したものと認められる。
       また、上記イの(イ)のとおり、課税処分に関する証拠収集手続に重大な違法があり、調査を全く欠くのに等しいとの評価を受ける場合には、課税処分の取消事由となると解されるところ、調査結果の内容の説明は調査終了の際の手続であって、既に行われた証拠収集手続自体に影響を及ぼすものではないことからすれば、請求人に対する本件調査に係る調査結果の内容の説明がなかったことをもって、原処分の取消事由となるべき違法があるとは認められない。
    • (ニ) 小括
       以上のことからすれば、事前通知をしなかったことに違法又は不当はなく、また、原処分庁が行った新型コロナウイルス感染症に対する感染防止策は適切であることから、本件調査が不当に行われたとは認められない。さらに、調査結果の内容の説明がなかったことをもって、原処分の取消事由となるべき違法があるとは認められない。
       したがって、本件調査に、原処分の取消事由となるべき違法又は不当があるとは認められない。

(2) 争点2(請求人の事業所得の金額は、推計の方法により算定すべきか否か。)について

  • イ 法令解釈
     所得税法第156条は、税務署長は、青色申告の承認を受けた者の事業所得等の金額を除き、納税者の各年分の各種所得の金額を推計によって更正することができる旨規定しているが、この推計課税の規定は、課税庁が納税者の各種所得の金額の計算に当たり、当該納税者の収入金額、必要経費等の実額を把握することが不可能又は著しく困難な場合等、いわゆる実額課税によって各種所得の金額を計算できない場合に、飽くまでも実額課税を補完するものとして設けられているものであり、当該納税者の保存、提示した帳簿書類等によって当該納税者の収入金額、必要経費等の実額を把握することが可能な場合には当然に推計課税によることなく、把握した収入金額、必要経費等の実額により各種所得の金額を計算することとなる。
  • ロ 認定事実
     原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
    • (イ) 請求人は、本件ノートのほか、売上げに係る請求書の控え、本件事業に係る入出金の決済口座であるR信用組合○○支店及びS銀行○○支店の請求人名義の各普通預金口座の通帳、クレジットカード決済の利用明細、給与支払明細書の控え、R信用組合の振込伝票の控え及び現金払いの必要経費の領収書の一部を保存(以下、本件ノート以外のこれらの書類を「本件請求書控等」という。)をしていた。
    • (ロ) 本件調査担当職員は、本件請求書控等を基に、本件事業における収入金額を算定するとともに、事業遂行上必要と認められるものを請求人の必要経費の金額として算定した。
    • (ハ) 請求人は、当審判所に対し、平成25年12月31日から令和2年12月31日までの各年末日における請求人の資産、負債、事業主貸及び事業主借の各勘定科目の金額を基に、資産負債増減法により事業所得の金額を算定したとする内容の補充書を提出したが、当該補充書に記載された各金額について、算定過程が分かるような証拠資料の提出はなかった。
  • ハ 検討
     上記ロの(イ)及び(ロ)のとおり、請求人は、本件ノートのほか本件請求書控等を保存しており、原処分庁はこれらの書類を基に請求人の収入金額、必要経費の各金額を把握して事業所得の金額を算定していると認められる。
     以上のことからすると、本件調査において、請求人の収入金額、必要経費等の金額を把握することが不可能若しくは著しく困難であったとは認められず、本件各年分における請求人の事業所得の金額を推計の方法により算定すべきものとは認められない。
  • ニ 請求人の主張について
     請求人は、上記3の(2)の「請求人」欄のとおり、原処分庁が、領収書等の具体的裏付けのない費用を必要経費の一部として認め、請求人の事業所得の金額を算定したことは、必要経費の一部を推計により算定したものであるから、本件各年分における請求人の事業所得の金額についても、原処分庁が長年にわたり実務で使用した所得率や同業者比率を活用した推計の方法により算定すべきである旨主張するとともに、上記ロの(ハ)のとおり、資産負債増減法により請求人の事業所得の金額を算定した旨の補充書を当審判所に提出している。
     しかしながら、本件各年分の請求人の事業所得の金額につき、これを推計の方法により算定する必要があると認められないことは、上記ハのとおりであり、請求人の主張を採用することはできない。

(3) 争点3(令和元年課税期間及び令和2年課税期間の消費税について、仕入税額控除が適用されるか否か。)について

  • イ 認定事実
     原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
    • (イ) 本件調査担当職員が、令和3年11月16日及び同月17日、請求人に消費税法第30条第7項に規定する帳簿及び請求書等の提示を求めたところ、請求人は、外注工賃やクレジットカード決済の必要経費に係る請求書等の一部は保存していたが、本件各課税期間の本件事業に係る帳簿は作成していなかった。
    • (ロ) 本件ノートには、おおむね、左頁には作業日付ごとの作業内容、従業員の出勤状況及び日給額が、右頁には月ごとの売上先別の売上金額及びその入金月日、外注工賃支払先別の金額及びその支払月日並びに従業員別の給与明細が記載されていた。
  • ロ 検討
     上記イの(イ)のとおり、請求人は、請求書等の一部は保存していたものの、本件各課税期間の本件事業に係る帳簿は作成していなかった。
     また、上記イの(ロ)のとおり、本件ノートには消費税法第30条第8項第1号に規定する課税仕入れを行った年月日及び課税仕入れに係る役務の内容が記載されておらず、加えて、外注工賃支払先については略称などで記載されており、課税仕入れの相手先を特定できないことから、本件ノートは消費税法第30条第8項に規定する帳簿の要件を満たしていないと認められる。
     これらのことからすると、請求人については、消費税法第30条第7項に規定する事業者が当該課税期間の課税仕入れの税額の控除に係る帳簿を保存しない場合に該当する。
     そして、請求人においては、課税仕入れの税額の控除に係る帳簿を保存することができなかったことについて、消費税法第30条第7項ただし書に規定する「災害その他やむを得ない事情」も認められない。
     したがって、令和元年課税期間及び令和2年課税期間の消費税について、仕入税額控除は適用されない。
  • ハ 請求人の主張について
     請求人は、上記3の(3)の「請求人」欄のとおり、本件調査担当職員の求めに応じて本件ノートを提示していること、また、提示した資料によって、課税仕入れの年月日等の情報を確認し、原処分庁は仕入税額を把握できたのだから、仕入税額控除が適用されるべきである旨主張する。
     しかしながら、課税仕入れの年月日等の情報を確認できたとしても、請求人が帳簿を作成していなかったこと及び本件ノートが消費税法第30条第8項に規定する帳簿に該当しないことは、上記ロのとおりであるから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
     また、請求人は、当初調査結果説明の際に、原処分庁は令和元年課税期間及び令和2年課税期間の消費税について仕入税額控除を認めていたのであるから、仕入税額控除を適用すべきである旨主張する。
     しかしながら、仕入税額控除が適用されるか否かは、消費税法第30条の規定に該当しているか否かで判断すべきであり、請求人の令和元年課税期間及び令和2年課税期間の消費税について仕入税額控除が認められないことは、上記ロのとおりである。
     したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(4) 争点4(請求人の本件各年分の所得税等及び本件各課税期間の消費税等について、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があるか否か。)について

  • イ 法令解釈
     通則法第68条第1項に規定する重加算税の制度は、納税者が過少申告をするについて隠蔽、仮装という不正手段を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を科することによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものである。
     したがって、重加算税を課するためには、納税者のした過少申告行為そのものが隠蔽、仮装に当たるというだけでは足りず、過少申告行為そのものとは別に、隠蔽、仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がされたことを要するものである。しかし、上記の重加算税制度の趣旨に鑑みれば、架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく、納税者が、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合には、重加算税の上記賦課要件が満たされるものと解すべきである(最高裁平成7年4月28日第二小法廷判決・民集49巻4号1193頁参照)。
  • ロ 認定事実
     原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
    • (イ) 請求人は、本件事業に係る入出金の管理や通帳記帳などの全てを自ら行っていた。
    • (ロ) 請求人は、現金払いの必要経費について、領収書等が発行されないものが一部あり、上記(2)のロの(イ)のとおり、領収書の一部しか保存せず、また、現金払いの必要経費の内容を帳簿等に記録していなかった。
    • (ハ) 請求人は、上記(3)のイの(ロ)のとおり、本件ノートに月ごとの売上金額、外注工賃、給与明細などを記載しており、それらの中には、請求書の控えのない売上げや領収書の保存のない外注工賃が含まれていた。
    • (ニ) 請求人は、本件各年分の所得税等の確定申告において、上記1の(3)のイの(ハ)のなお書のとおり、「収入金額等」欄の各欄に金額を記載せず申告したが、事業所得の金額については、別表3の「6申告割合(43)」欄のとおり、原処分庁が認定した事業所得の金額の〇〇%から〇〇%までに相当する金額で申告した。
    • (ホ) 請求人が本件各年分の所得税等の確定申告において、現金払いの必要経費であるとした金額(以下「本件必要経費」という。)は、別表3の「5本件必要経費(34)」欄のとおり、平成26年分は〇〇〇〇円、平成27年分は〇〇〇〇円、平成28年分は〇〇〇〇円、平成29年分は〇〇〇〇円、平成30年分は〇〇〇〇円、令和元年分は〇〇〇〇円、令和2年分は〇〇〇〇円で、その総額は〇〇〇〇円となり、原処分庁が認定した本件各年分の事業所得の金額に占める本件必要経費の割合は、別表3の「7認定所得金額に占める本件必要経費の割合(53)」欄のとおり、〇〇%から〇〇%までに相当する。
    • (ヘ) 請求人は、事前に作成した確定申告用のメモをK商工会に持参したものの、本件ノートは持参せず、対応した同会の職員に対し、所得金額の算定過程について相談はしていなかった。
  • ハ 検討及び請求人の主張について
    • (イ) 原処分庁は、上記3の(4)の「原処分庁」欄のとおり、請求人の申述を基に、請求人が本件申告書作成作業の後に本件集計表及び本件集計メモを廃棄したことは、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があると主張する。これに対し、請求人は、上記3の(4)の「請求人」欄のとおり、本件記録書の内容には誤りがある旨主張するため、本件記録書に記載された請求人の申述内容の信用性について、以下検討する。  
      • A 原処分庁は、上記1の(3)のロの(ロ)のAのとおり、請求人が、請求書の控えから月ごと及び1年間の収入金額を集計し、科目ごとに1年間の必要経費の金額を集計して、当該各集計額を記載して本件集計表を作成した旨申述したとしているところ、請求人は、上記3の(4)の「請求人」欄のとおり、本件ノートから1年間の売上げを集計し、その集計額をメモ用紙のようなものに記載した旨主張する。
         そこで、原始記録と本件ノートの記載内容を確認したところ、上記ロの(ハ)のとおり、本件ノートには、請求書の控えのない売上げや領収書等の保存がない外注工賃も記載されていることが認められ、上記(3)のイの(ロ)のとおり、作業日付ごとの作業内容、従業員の出勤状況及び日給額が記載されていることを踏まえると、本件ノートは、帳簿とまでは評価することはできないものの、請求人が本件事業における日々の稼働状況を記録したものと推認できる。
         そして、上記(3)のイの(ロ)及び上記ロの(ハ)の本件ノートの記載状況を踏まえると、確定申告書を作成するために収入金額及び必要経費の金額を集計する方法としては、申述にあるように原始記録から1年間の収入金額及び必要経費の金額を集計するよりも、請求人が主張するように、売上げ、外注工賃及び給与賃金に関する情報が既に記載されている本件ノートを基に集計する方が、自然かつ合理的であると推認される。
         また、請求人は、本件集計表により真実の必要経費の金額を把握していた旨申述したとしているが、上記ロの(ロ)のとおり、必要経費については、領収書の一部しか保存せず、現金払いの必要経費の内容も帳簿等に記録していないことから、請求人が必要経費の金額を正確に把握できる状況にはなかった。そうすると、請求人が真実の必要経費の金額を把握していたとする申述内容と矛盾していることが認められ、この点についての申述は信用性に欠けるといわざるを得ない。
      • B つぎに、原処分庁は、上記1の(3)のロの(ロ)のBのとおり、請求人が、真実の収入金額に任意の割合を乗じて算定した、うその収入金額から真実の必要経費の金額を差し引き、その結果が目安とする所得金額となれば、それを申告用の所得金額として本件集計メモに記載した旨申述したとしている。しかしながら、請求人が正確な必要経費の金額を把握できる状況にないことは、上記Aのとおりであり、この点についての申述は信用性に欠けるといわざるを得ない。
      • C つぎに、原処分庁は、請求人が、上記1の(3)のロの(ロ)のCのとおり、税務調査を受けた場合に所得金額を意図的に少なく申告したことが露見すると考え、本件申告書作成作業の後に本件集計表及び本件集計メモを廃棄していた旨申述したとしているところ、請求人は、本件申告用資料は本件各確定申告書を作成した後に必要がなくなったから廃棄した旨主張する。
         この点については、原処分庁が主張する本件集計表及び本件集計メモあるいは請求人が主張する本件申告用資料を廃棄したことに当事者間に争いはなく、その実物を確認することはできないが、上記A及びBのとおり、本件集計表及び本件集計メモを作成したとする請求人の申述については、信用性に欠けるといわざるを得ないことから、これらを廃棄した理由についての申述も信用性は認めがたい。
      • D 以上のことからすると、請求人が主張する本件申告用資料は、請求人が集計過程を備忘的かつ一時的に記載した手控えと認めるのが相当であり、原処分庁が主張する、請求人が本件申告書作成作業の後に本件集計表及び本件集計メモを廃棄したことのみをもって、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実と認めることはできない。
         したがって、この点に関する原処分庁の主張には理由がない。
    • (ロ) つぎに、原処分庁は、上記3の(4)の「原処分庁」欄のとおり、請求人が正しい収入金額を把握していたにもかかわらず、本件各課税期間の消費税等の各確定申告書に過少の課税売上高を記載し、本件集計表に基づかず過少な事業所得の金額を記載した本件集計メモに基づき本件各年分の所得税等の各確定申告書を作成していたなどの一連の行動は、過少申告の意図を外部からもうかがい得る特段の行動であるから、請求人には、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実が認められる旨主張するため、この点について、以下検討する。  
      • A 所得税等について
        • (A) 上記(2)のロの(イ)及び上記ロの(イ)のとおり、請求人は、本件事業において、1本件請求書控等を保存し、2入出金の管理や通帳記帳も自ら行い、3本件ノートを記載していたのであるから、それによって、本件事業に係る収入金額、必要経費及び事業所得の金額については、おおむね把握していたと推認される。
           それにもかかわらず、請求人は、上記ロの(ニ)のとおり、原処分庁が認定した本件各年分の事業所得の金額の〇〇%から〇〇%までに相当する金額を本件各年分の事業所得の金額とする本件各年分の所得税等の確定申告をした。
        • (B) 請求人は、上記(イ)のAのとおり、本件ノートを基に収入金額や必要経費の集計を行っていたと推認されるところ、請求人は、本件申告書作成作業のために、本件事業に関し、領収書が保存されたもの以外にも現金支出があったとして、収入金額から本件必要経費を差し引いた金額を、本件事業に係る収入金額(以下「本件申告作業用収入金額」という。)としていたと認められる。
           請求人は、本件必要経費について、その内訳は地方出張の際の宿泊費や現金払いの備品購入代などである旨主張しているところ、上記ロの(ロ)及び(ホ)のとおり、本件必要経費に係る領収書等は一部しか保存されておらず、請求人は、その内容の記録がないのにもかかわらず、本件各年分の本件必要経費として7年間で総額〇〇〇〇円を収入金額から差し引いていた。この場合、原処分庁が認定した本件各年分の事業所得の金額に占める本件必要経費の割合は、別表3の「7認定所得金額に占める本件必要経費の割合(53)」欄のとおり、〇〇%から〇〇%までに上ることとなる。
           このように、原処分庁が認定した本件各年分の事業所得の金額と比較して、本件必要経費が大きな割合を占めているところ、請求人は、上記ロの(ロ)のとおり、現金払いの必要経費について領収書等が発行されないものが一部あり、これを理由に、領収書等が発行されたとしてもその大部分を保存しようともせず、さらに、領収書等が発行されなかった必要経費に係る帳簿等を作成することもしなかったと認めるのが相当である。そうすると、請求人は、あえて本件必要経費について1年間の正しい金額を把握しようとしなかったと推認できる。
           そして、請求人は、根拠もなく本件各年分7年間の合計で〇〇〇〇円といった膨大な金額を本件必要経費として収入金額から差し引いた金額である本件申告作業用収入金額に基づき、本件申告書作成作業に必要な金額を確定申告用のメモに記載していたことが認められる。
        • (C) 請求人は、上記(A)のとおり、本件各年分の本件事業に係る収入金額、必要経費及び事業所得の金額をおおむね把握していたにもかかわらず、原処分庁が認定した本件各年分の事業所得の金額と比べ、最大でも5割程度となる過少な所得金額を記載した本件各年分の所得税等の各確定申告書を継続的に提出し続けていたと認められる。
           そして、請求人は、上記(B)のとおり、7年間もの長期にわたり、根拠のない膨大な金額を本件必要経費として、収入金額から差し引いた金額である本件申告作業用収入金額に基づき算定した金額を確定申告用のメモに記載して、本件申告書作成作業により本件各年分の所得税等の各確定申告書を作成し、また、事業所得の金額の算定根拠となる収支内訳書を確定申告書に添付することをせず、さらに、本件事業に係る帳簿の作成や領収書等の原始記録の保存も怠っていたことが認められる。
           これらの請求人の一連の行動に加え、上記ロの(ヘ)のとおり、請求人が、本件申告書作成作業に当たり、K商工会に本件ノートを持参せず、自身が作成した確定申告用のメモのみを持参し、同会の職員に対し、所得金額の算定過程について相談していないことも併せ考慮すれば、請求人は、本件各年分の所得税等の申告において、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をしたと評価するのが相当である。
      • B 消費税等について
         上記Aの事情によれば、請求人は、本件必要経費を本件各年分の収入金額から差し引き、本件申告作業用収入金額を算定していたことが認められ、この本件申告作業用収入金額を基に算定した本件各課税期間の消費税の課税標準額を確定申告用のメモに記載して申告していたと認められる。
         また、請求人は、平成17年課税期間から消費税等の申告をしており、本件各課税期間においては、K商工会から消費税等の確定申告書の作成について指導を受けて自ら作成していたことを考慮すると、消費税の簡易課税制度の内容について、十分に知っていたと推認される。
         そうすると、請求人が、消費税の簡易課税制度の内容について知りながら、根拠のない膨大な金額である本件必要経費を本件各年分の収入金額から差し引いて、本件申告作業用収入金額を算定し、これを基に本件各課税期間の課税標準額を算定していたと認められる。
         このように、確定申告に係る消費税の課税標準額と真実の課税標準額との開差が大きいことは、一般的に、当該納税者の故意を相当程度推認し得る事実といえ、請求人が、本件必要経費を本件各年分の収入金額から差し引いた金額を基に本件申告作業用収入金額を算定し、これを基に本件各課税期間の課税標準額を算定していたことは、上記Aと同様に、本件各課税期間における消費税等の申告において、当初から課税標準額及び税額を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をしたと評価するのが相当である。
    • (ハ) 小括
       上記(イ)で検討したとおり、原処分庁が通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実について、請求人の申述のみをもって認定することはできないが、上記(ロ)で検討したとおり、請求人は、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合に該当するというべきであるから、本件各年分の所得税等及び本件各課税期間の消費税等について、通則法第68条第1項に規定する重加算税の賦課要件を満たすと認められる。

(5) 争点5(請求人に、通則法第70条第5項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実があるか否か。)について

  • イ 法令解釈
     通則法第70条は、国税の更正、決定等の期間制限を定めているところ、同条第5項において「偽りその他不正の行為」によりその全部若しくは一部の税額を免れた国税についての更正決定等の除斥期間を7年と規定し、それ以外の場合よりも長い除斥期間を規定している。これは、偽りその他不正の行為によって国税の全部又は一部を免れた納税者がある場合に、これに対して適正な課税を行うことができるよう、より長期の除斥期間を規定したものである。
     このような通則法第70条第5項の趣旨からすれば、同項が規定する「偽りその他不正の行為」とは、ほ脱の意思をもってその手段として税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為をいうと解するのが相当である。
  • ロ 当てはめ及び請求人の主張について
     請求人は、上記3の(5)の「請求人」欄のとおり、請求人に「偽りその他不正の行為」に該当する事実はない旨主張するところ、本件についてみると、上記(4)のとおり、請求人が本件事業における利益をおおむね把握していたにもかかわらず、原処分庁が認定した本件各年分の事業所得の金額と比べ、最大でも5割程度という殊更に過少な所得金額のみを確定申告書に記載し、本件事業に係る所得金額を算定するために必要な収入金額や必要経費の金額を記載する収支内訳書の作成も行わなかったという請求人の一連の行為は、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為と認められるから、請求人には、平成26年分及び平成27年分の所得税等並びに平成26年課税期間及び平成27年課税期間の消費税等について、通則法第70条第5項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実があったものと認められる。
     したがって、請求人の主張には理由がない。

(6) 原処分の適法性について

  • イ 本件所得税等各更正処分の適法性について
     上記(1)のハのとおり、本件調査に、原処分の取消事由となるべき違法又は不当はなく、上記(2)のハのとおり、請求人の本件各年分の事業所得の金額の算定について、所得税法第156条に規定する推計の方法によるべきとは認められない。
     これに基づき、当審判所において、請求人の本件各年分の総収入金額及び納付すべき税額を計算すると、いずれも本件所得税等各更正処分の金額と同額となる。
     また、本件所得税等各更正処分のその他の部分について、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
     したがって、本件所得税等各更正処分はいずれも適法である。
  • ロ 本件消費税等各更正処分の適法性について
     上記(3)のロのとおり、請求人の令和元年課税期間及び令和2年課税期間の消費税について、仕入税額控除は適用できない。
     これに基づき、当審判所において、請求人の本件各課税期間の消費税の課税標準額及び納付すべき税額並びに地方消費税の納付すべき税額を計算すると、いずれも本件消費税等各更正処分の金額と同額となる。
     また、本件消費税等各更正処分のその他の部分について、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
     したがって、本件消費税等各更正処分はいずれも適法である。
  • ハ 本件所得税等各賦課決定処分の適法性について
     上記イのとおり、本件所得税等各更正処分は適法であり、上記(4)のハの(ハ)のとおり、本件各年分の所得税等については、請求人に通則法第68条第1項に規定する隠蔽又は仮装の行為があったと認められるため、同項所定の重加算税の賦課要件を満たすものということができる。
     そして、当審判所において請求人の本件各年分の所得税等に係る重加算税の額を計算すると、いずれも本件所得税等各賦課決定処分の金額と同額となる。
     したがって、本件所得税等各賦課決定処分はいずれも適法である。
  • ニ 本件消費税等各賦課決定処分の適法性について
     上記ロのとおり、本件消費税等各更正処分は適法であり、上記(4)のハの(ハ)のとおり、本件各課税期間の消費税等については、請求人に通則法第68条第1項に規定する隠蔽又は仮装の行為があったと認められるため、同項所定の重加算税の賦課要件を満たすものということができる。
     また、令和元年課税期間及び令和2年課税期間の消費税等の過少申告加算税の各賦課決定処分については、当該各課税期間の各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実がこれらの処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められない。
     そして、当審判所において本件各課税期間の消費税等に係る過少申告加算税及び重加算税の額を計算すると、いずれも本件消費税等各賦課決定処分の金額と同額となる。
     したがって、本件消費税等各賦課決定処分はいずれも適法である。

(7) 結論

よって、審査請求は理由がないから、いずれも棄却することとする。

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