(令和5年4月12日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、法人の代表取締役であった審査請求人(以下「請求人」という。)が、当該法人から役員報酬等の一部について不当利得返還請求訴訟を提起され、認容判決を受けたことに伴い当該法人に役員報酬等の一部を返還した後、当該返還した役員報酬等に係る源泉徴収税額が過大であるとして所得税等の更正の請求をしたところ、原処分庁が、納付すべき税額が過大であったとは認められないなどとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分を行ったことに対し、請求人がその処分の全部の取消しを求めた事案である。 

(2) 関係法令

  • イ 国税通則法(以下「通則法」という。)第23条《更正の請求》第1項第1号は、納税申告書を提出した者は、当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときは、当該申告書に係る国税の法定申告期限から5年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正をすべき旨の請求をすることができる旨規定している。
  • ロ 所得税法(平成31年法律第6号による改正前のもの)第120条《確定所得申告》第1項第5号は、居住者は、その年分の総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額が雑損控除その他の控除の額の合計額を超えるなど一定の場合において、同法第123条《確定損失申告》第1項の規定による申告書を提出する場合を除き、その年の翌年の2月16日から3月15日までの期間において、税務署長に対し、総所得金額若しくは退職所得金額又は純損失の金額の計算の基礎となった各種所得につき源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額がある場合には、算出所得税額からその源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額を控除した金額を記載した申告書を提出しなければならない旨規定している。 

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人について
    • (イ) 請求人は、平成26年6月○日から平成29年11月○日までの間、F社(以下「本件法人」という。)の代表取締役であり、本件法人から役員報酬及び賞与(以下、これらを併せて「役員給与」という。)の支給を受けていた。
    • (ロ) 請求人は、本件法人から役員給与の支給を受ける際、平成28年分の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)として○○○○円を、平成29年分(以下、平成28年分と併せて「本件各年分」という。)の所得税等として○○○○円をそれぞれ本件法人により源泉徴収された(以下、請求人が本件法人に源泉徴収された本件各年分の所得税等を「本件各源泉所得税」という。)。 
    • (ハ) 請求人は、本件各年分の所得税等の各確定申告書(以下「本件各当初申告書」という。)を別表1の「確定申告」欄のとおり提出した。
       なお、本件各当初申告書の所得税等の源泉徴収税額欄に記載された金額には、本件各源泉所得税の額が含まれている。
  • ロ 役員給与の返還について
    • (イ) 本件法人の株主であったG(なお、同人は、平成29年○月○日に本件法人の代表取締役となった。)は、平成29年○月○日、本件法人を被告として、平成27年○月から平成29年○月までの請求人の毎月の役員報酬を月額○○万円から○○万円に増額する内容の株主総会決議、平成27年○月及び平成28年○月に各○○万円の賞与を請求人に支給する内容の株主総会決議、並びに平成28年○月及び平成29年○月に各○○円の賞与を請求人に支給する内容の株主総会決議が存在しなかったことの確認を求め、H地方裁判所J支部に提訴した。その後、G、本件法人及び請求人の間で、平成30年○月○日、上記各株主総会決議がいずれも存在しなかったという事実を相互に確認する内容の和解が成立した。
    • (ロ) 本件法人は、請求人に対し、上記(イ)の和解内容を基に、平成27年○月から平成29年○月までに請求人が受領した役員報酬の増額分及び各賞与の額の合計額○○○○円(以下「本件役員給与」という。)について、平成30年○月○日、H地方裁判所J支部に不当利得返還請求訴訟を提起した。 
    • (ハ) H地方裁判所J支部は、令和2年○月○日、上記(ロ)の訴訟において、請求人に本件役員給与の返還を命ずる判決を言い渡した。請求人はこれに対しK高等裁判所に控訴したものの、令和3年○月○日、これを取り下げたことから、上記判決は確定した。
    • (ニ) 請求人は、令和3年○月○日、本件法人に対して、本件役員給与相当額を支払った。 

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 請求人は、令和3年4月8日、更正の請求をする理由等の欄に「不当利得返還請求訴訟により確定した役員報酬の一部返還による。」と記載した本件各年分の所得税等の更正の請求書を原処分庁へ提出した(以下、本件各年分の所得税等の更正の請求を「本件各更正の請求」という。)。 
  • ロ 原処分庁は、本件各更正の請求に対し、令和4年3月10日付で、更正をすべき理由がない旨の各通知処分(以下「本件各通知処分」という。)を行った。
  • ハ 請求人は、本件各通知処分に不服があるとして、令和4年5月9日に審査請求をした。

2 争点

 本件各更正の請求は、通則法第23条第1項の規定による更正の請求ができる場合に該当するか否か。具体的には、本件役員給与の返還後において、本件各源泉所得税の額が所得税法第120条第1項第5号に規定する「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」に該当することを理由に、本件各更正の請求により本件各年分の算出所得税額から控除し又は還付を受けることができるか否か。

3 争点についての主張

請求人 原処分庁
請求人の税負担は、役員給与が減額された一方で源泉徴収税額が減額されていないことにより過大となっているところ、原処分は、税額等が過大だった場合に税務署長の処分を待って適正な租税負担とするという通則法第23条の趣旨に反し、また、応能負担の原則から乖離した違法なものである。
 請求人は、過大となった源泉徴収税額について、本件法人に対しその返還を求めたが、本件法人はこれに応じず、請求人は原処分庁に対しても「源泉徴収票不交付の届出書」を提出するとともに本件法人に対する行政指導を求めたが是正には至らなかったところ、本件のように源泉徴収義務者が源泉徴収税額の精算をしない場合は、給与の受給者が源泉徴収義務者に対して支払った源泉所得税を国は収納し利益を得ているのであるから、所得税法第120条第1項第5号の「源泉徴収された又はされるべき所得税の額」は、実際に源泉徴収された所得税等の額と解するのが相当である。
 そうすると、本件各源泉所得税の額は、本件各年分の算出所得税額から控除することになり、請求人が提出した本件各当初申告書に記載した課税標準等又は税額等の計算は、国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときに該当するから、請求人は、本件各更正の請求により本件各源泉所得税の額の還付を受けることができる。
 なお、地方税においては、請求人に対して後発的事由による所得減を事由とした市民税・県民税額決定がされているから、国税においても、通則法第23条を適用して請求人の過大となっている租税負担について適正な処分を行う必要がある。
「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」(所得税法第120条第1項第5号)は、正当に徴収された又はされるべき所得税等の額を意味すると解されているところ、源泉徴収による所得税等の納税に関し、国と法律関係を有するのは源泉徴収義務者のみで、国とその所得の受給者との間には直接の法律関係を生じないのであるから、給与の受給者である請求人と国との間で源泉徴収による所得税等の徴収過不足額を精算することはできない。
 したがって、通則法第23条第1項第1号及び第3号に規定する「納税申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大である」とは認められないから、請求人は、本件各更正の請求により本件各源泉所得税の額の還付を受けることはできない。
 なお、個人道府県民税及び個人市町村民税の賦課決定は地方税当局の判断に委ねられるものであり、その金額が変更されたとしても、原処分の内容に影響を及ぼすものではない。

4 当審判所の判断

(1) 法令解釈

  • イ 通則法第23条第1項第1号は、納税申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときには、更正の請求をすることができる旨規定しているところ、同号の納付すべき税額が過大であるという実体的要件が満たされているか否かについては、各租税実体法の定めるところによって判断すべきものと解される。
  • ロ 所得税法第120条第1項第5号にいう「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」とは、所得税法の源泉徴収の規定に基づき正当に徴収をされた又はされるべき所得税の額を意味するものであり、給与その他の所得についてその支払者がした所得税の源泉徴収に誤りがある場合に、その受給者が、所得税の確定申告の手続において、支払者が誤って徴収した金額を算出所得税額から控除し又は当該誤徴収額の全部若しくは一部の還付を受けることはできないと解するのが相当である(最高裁平成4年2月18日第三小法廷判決・民集46巻2号77頁参照)。
  • ハ 所得税法上、源泉所得税について徴収・納税の義務を負う者は源泉徴収の対象となるべき所得の支払者とされ、その納税義務は、当該所得の受給者に係る申告所得税の納税義務とは別個のものとして成立、確定し、これと並存するものであり、そして、源泉所得税の徴収・納付に不足がある場合には、不足分について、税務署長は源泉徴収義務者たる支払者から徴収し(所得税法第221条《源泉徴収に係る所得税の徴収》)、支払者は源泉納税義務者たる受給者に対して求償すべきものとされており(同法第222条《不徴収税額の支払金額からの控除及び支払請求等》)、また、源泉所得税の徴収・納付に誤りがある場合には、支払者は国に対し当該誤納金の還付を請求することができ(通則法第56条《還付》)、他方、受給者は、何ら特別の手続を経ることを要せず直ちに支払者に対し、本来の債務の一部不履行を理由として、誤って徴収された金額の支払を直接に請求することができる(最高裁平成4年2月18日第三小法廷判決・民集46巻2号77頁参照)。

(2) 当てはめ

請求人は、上記1の(3)のロのとおり、本件法人に本件役員給与を返還したところ、所得税法第120条第1項第5号にいう「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」とは、上記(1)のロのとおり、所得税法の源泉徴収の規定に基づき正当に徴収をされた又はされるべき所得税等の額を意味するものであるから、本件役員給与の返還に伴い源泉徴収の規定により正当に徴収された又はされるべき所得税等の額も減少することとなる(別表2の「審判所認定額」の本件各年分の「源泉徴収税額(給与所得分)」欄のとおり。)。すなわち、本件役員給与の返還後においては、本件各源泉所得税の額は「正当に徴収された又はされるべき所得税等の額」とは認められず、別表2の「審判所認定額」の本件各年分の「源泉徴収税額(給与所得分)」を超える金額は、誤って源泉徴収された金額となり、上記(1)のハのとおり、本件法人が国(原処分庁)に対して当該誤納金の還付を請求することができ、他方、請求人は本件法人に対し、誤って徴収された金額の支払を直接に請求することになる。
 したがって、請求人は、本件各更正の請求において、本件各源泉所得税の額のうち、「正当に徴収された又はされるべき所得税等の額」を超える金額を本件各年分の算出所得税額から控除し又は還付を受けることはできない。

(3) 請求人の主張について

  • イ 請求人は、上記3の「請求人」欄のとおり、原処分は、税額等が過大だった場合に税務署長の処分を待って適正な租税負担とするという通則法第23条の趣旨に反し、また、応能負担の原則から乖離している旨主張する。
     しかしながら、上記(2)のとおり、本件役員給与の返還後においては、本件各源泉所得税の額のうち、「正当に徴収された又はされるべき所得税等の額」を超える金額を本件各年分の算出所得税額から控除し又は還付を受けることはできないのであるから、本件役員給与の返還後の請求人の本件各年分の給与所得に係る所得税等の計算に当たり、納付すべき税額が過大となることはなく、本件各通知処分は、通則法第23条の趣旨に反するものではない。
     また、上記(1)のハのとおり、源泉所得税の徴収・納付に誤りがある場合には、受給者は何ら特別の手続を経ることを要せず直ちに支払者に対し、誤って徴収された金額の支払を直接に請求することができることからすれば、誤って徴収された金額の精算を受給者が国に求めることができないことが応能負担の原則から乖離しているということもできない。
     したがって、これらの点についての請求人の主張には理由がない。
  • ロ 請求人は、上記3の「請求人」欄のとおり、源泉徴収義務者が源泉徴収税額の精算をしない場合は、給与の受給者が源泉徴収義務者に対して支払った源泉所得税を国は収納し利益を得ているのであるから、所得税法第120条第1項第5号の「源泉徴収された又はされるべき所得税の額」は、実際に源泉徴収された所得税等の額と解するのが相当である旨主張する。
     しかしながら、上記(1)のロのとおり、所得税法第120条第1項第5号にいう「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」とは、実際に源泉徴収された所得税等の額ではなく、所得税法の源泉徴収の規定に基づき正当に徴収をされた又はされるべき所得税等の額を意味するものであり、仮に源泉徴収義務者である本件法人が源泉徴収税額の精算をしない場合であっても、請求人が原処分庁に対して、本件各源泉所得税の額のうち、「正当に徴収された又はされるべき所得税等の額」を超える金額の還付を請求することはできないことから、請求人の主張は採用できない。
  • ハ 請求人は、上記3の「請求人」欄のとおり、地方税においては、請求人に対して後発的事由による所得減を事由とした市民税・県民税額決定がされているから、国税においても、通則法第23条を適用して請求人の過大となっている租税負担について適正な処分を行う必要がある旨主張する。
     しかしながら、個人道府県民税及び個人市町村民税の賦課決定は地方税当局の判断に委ねられるものであり、地方税当局の判断(各賦課決定)があった場合に通則法第23条に更正の請求が認められる旨規定されていない以上、上記(2)の判断に影響を及ぼすものではない。
     したがって、請求人の主張には理由がない。

(4) 本件各通知処分の適法性について

上記(2)のとおり、本件各源泉所得税の額は、所得税法第120条第1項第5号に規定する「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」に該当せず、請求人は、本件各更正の請求において、本件各源泉所得税の額を請求人の本件各年分の算出所得税額から控除し又は還付を受けることはできない。
 ところで、原処分庁は、本件役員給与の返還により給与所得が減額となる旨主張する一方で、総所得金額については何ら主張しない。そのことについて、当審判所が釈明を求めたところ、原処分庁は、要旨、請求人の源泉徴収による所得税等の額は、本件法人が再計算するものであり、原処分庁が再計算するものではない旨、また、請求人が本件各更正の請求に関して提出した書類からは、本件役員給与減額後の給与所得の金額が本件各年分の所得税等の更正の請求書に記載された金額になることは認められるものの、請求人は、本件法人が発行した訂正後の源泉徴収票又はこれに代わる書類を提出していないから、本件法人によって再計算された請求人の給与所得に係る源泉徴収された所得税等の額や所得控除の額を確認することができない旨回答する。
 しかしながら、上記(1)のロで説示したとおり、所得税法第120条第1項第5号にいう「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」とは、所得税法の源泉徴収の規定に基づき正当に徴収をされた又はされるべき所得税等の額を意味するものであるから、「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」は、源泉徴収された所得税等の額に限らず、所得税法の源泉徴収の規定に基づき正当に徴収されるべき所得税等の額も当然に含まれるものであり、請求人が本件各更正の請求に関して提出した資料から正当に徴収されるべき所得税等の額が計算できる場合には、その計算をした所得税等の額を基に確定申告書に記載された納付すべき税額が過大となっているか否かを判断することになる。
 そして、当審判所に提出された証拠資料等により、請求人の本件各年分の所得税等の納付すべき税額を計算すると、別表2の「審判所認定額」の「納付すべき税額」欄のとおり、平成28年分の所得税等の納付すべき税額は○○○○円となり、確定申告書に記載された納付すべき税額が過大となっている。一方、平成29年分については、確定申告書に記載された納付すべき税額が過大となっていない。
 また、本件各通知処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 したがって、本件各通知処分のうち、平成28年分の更正をすべき理由がない旨の通知処分は、確定申告書に記載された納付すべき税額が過大となっている範囲で違法であるから、別紙の「取消額等計算書」のとおり、その一部を取り消すべきであり、平成29年分の更正をすべき理由がない旨の通知処分は、適法である。

(5) 結論

よって、審査請求には理由があるから、原処分の一部を取り消すこととする。

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