(令和5年6月27日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、相続により取得した賃貸倉庫に係る修繕工事の請負代金相当額について相続税の課税価格の計算上控除すべき債務として申告したところ、原処分庁が、当該修繕工事に係る債務は相続開始の際現に存する被相続人の債務で確実と認められるものに当たらないとして更正処分等をしたのに対し、請求人が、当該修繕工事に係る債務はその存在と履行が確実と認められるとして、当該更正処分等の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

  • イ 相続税法第13条《債務控除》第1項は、相続により取得した財産について、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(同項第1号)及び被相続人に係る葬式費用(同項第2号)の金額のうち、当該相続により財産を取得した者の負担に属する部分の金額を控除した金額による旨規定している。
  • ロ 相続税法第14条第1項は、同法第13条の規定によりその金額を控除すべき債務は、確実と認められるものに限る旨規定している。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 相続について
    • (イ) D(以下「本件被相続人」という。)は、令和元年8月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡し、本件被相続人に係る相続(以下「本件相続」という。)が開始した。本件相続に係る共同相続人は、いずれも本件被相続人の子である請求人、E及びFの3名である。
    • (ロ) 請求人は、a市b町○−○及び○に所在する建物(家屋番号:○○○○、種類:倉庫・事務所、構造:鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺2階建、延べ床面積:2,535.81平方メートル。)を本件相続により取得した。
  • ロ 上記イの(ロ)の建物に係る修繕工事に至る経緯等について
    • (イ) 本件被相続人は、平成26年10月1日以降、上記イの(ロ)の建物(倉庫・事務所)をG社に賃貸し、同社(以下「本件賃借人」という。)は、賃貸借契約で定める使用目的に従い、当該建物(以下「本件賃貸倉庫」という。)を本件賃借人の配送センター及び事務所として使用していた。
    • (ロ) 本件賃借人は、本件賃貸倉庫に係る土間床の沈下について、建築コンサルタント会社に調査を依頼したところ、平成30年8月10日に、同社から、地盤沈下により部分的に沈下しており、最大で10p弱沈下していることが確認された旨の指摘を受けた。
    • (ハ) 本件賃借人は、平成30年11月27日に、本件被相続人に対し、本件賃貸倉庫に係る土間床が沈下していることを伝え、その修繕工事について相談したところ、平成31年3月下旬に、本件被相続人から、当該修繕工事を行う旨の連絡を受けた。
    • (ニ) 本件被相続人は、H社(以下「本件施工業者」という。)との間で、令和元年5月7日付の注文書及び注文請書を取り交わし、同日に本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕工事に関する請負契約を締結した。
       なお、上記の注文書及び注文請書には、着工日が令和元年5月20日、請負代金が21,556,800円(工事価格19,960,000円及び消費税等の額1,596,800円)と記載されているほか、添付されていた民間建設工事標準請負契約約款(以下「本件約款」という。)の第27条第1項には、工事完了後、監理者による検査(以下「完了検査」という。)に合格したときは、受注者は発注者に目的物を引き渡し、同時に、発注者は受注者に請負代金の支払を完了する旨定められている。
    • (ホ) 本件被相続人は、令和元年5月10日頃に本件賃借人からの要請を受けて、本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕工事の着工日を令和元年9月下旬以降に変更することとし、これに基づき本件施工業者との間で、令和元年5月14日付の注文書(変更)及び注文請書(変更)を取り交わし、同日に上記(ニ)の請負契約を変更した(以下、当該注文書(変更)及び注文請書(変更)により変更された後の請負契約を「本件請負契約」という。)。
       なお、上記の注文書(変更)及び注文請書(変更)には、着工日を令和元年10月1日、請負代金を21,956,000円(工事価格19,960,000円及び消費税等の額1,996,000円。以下「本件請負代金」という。)に変更する旨記載されている。
    • (ヘ) 本件施工業者は、本件請負契約に基づき、令和元年9月下旬から同年11月上旬までの間に、本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕工事を実施した(以下、本件請負契約に基づく当該修繕工事を「本件修繕工事」という。)。
       なお、本件施工業者は、令和元年10月下旬に、請求人及び本件賃借人の立会いの下、本件修繕工事に係る完了検査を実施した。その後、本件施工業者は、当該完了検査の際に本件賃借人から指摘された箇所の手直し工事を行い、同年11月上旬に、請求人に対して本件請負代金に係る請求書を発行した。
    • (ト) 請求人は、上記(ヘ)の請求書に基づき、令和元年11月15日に、本件請負代金を本件施工業者に支払った。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 請求人は、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)について、別表の「当初申告」欄のとおり記載した申告書を法定申告期限までに原処分庁に提出した。
     なお、請求人は、上記申告書において、本件請負代金相当額を債務控除の額として計上していた。
  • ロ 次いで、請求人は、本件相続税について、原処分庁所属の調査担当職員の調査を受け、令和4年4月14日に、別表の「修正申告」欄のとおり記載した修正申告書を原処分庁に提出した。
     なお、請求人は、上記修正申告書においても、本件請負代金相当額を債務控除の額として計上していた。
  • ハ 原処分庁は、これに対し、上記ロの調査に基づき、本件請負代金相当額を債務控除することはできないとして、令和4年4月28日付で、請求人に対し、本件相続税について、別表の「更正処分等」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
  • ニ 請求人は、令和4年7月15日に、これらの処分を不服として、再調査の請求をしたところ、再調査審理庁は、同年10月13日付でいずれも棄却の再調査決定をした。
  • ホ 請求人は、令和4年11月8日に、再調査決定を経た後の本件更正処分及び本件賦課決定処分に不服があるとして、審査請求をした。

2 争点

 本件相続税の課税価格の計算上、本件請負代金相当額を債務控除することができないか否か。具体的には、請求人の主張する債務(本件請負代金の支払債務及び本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務)が相続税法第14条第1項にいう「確実と認められる」債務に当たるか否か。

3 争点についての主張

原処分庁 請求人
次の(1)及び(2)のとおり、本件相続税の課税価格の計算上、本件請負代金相当額を債務控除することはできない。 次の(1)及び(2)のとおり、本件相続税の課税価格の計算上、本件請負代金相当額を債務控除することができる。
(1) 本件請負代金の支払債務について
 本件約款には、本件請負代金の支払は、目的物の引渡しと同時に完了する旨定められているところ、本件相続開始日時点では本件修繕工事が着工すらされていない状況にあったことからすれば、本件相続開始日時点において、本件施工業者は、本件被相続人に対して本件請負代金を請求する権利を有しておらず、本件被相続人も、本件請負代金を支払う義務はなかったと認められる。
 さらに、本件約款には、発注者は受注者の損害を賠償すればいつでも契約を解除できる旨定められていることから、請求人は、本件相続開始日後に請求人の意思によって本件請負契約を解除することが可能であった。また、本件相続開始日時点で本件請負契約を解除したとしても、請求人が本件施工業者に対し賠償すべき損害はなかったものと認められる。
 したがって、本件請負代金の支払債務は、本件相続開始日時点において、債務として存在せず、その履行が確実であったとも認められないから、本件請負代金相当額を債務控除することはできない。
(1) 本件請負代金の支払債務について
 本件相続開始日時点において、本件請負契約が有効に成立していたことからすれば、本件被相続人は、本件相続開始日時点で、本件施工業者に対し、未払金債務として本件請負代金の支払債務を負っていたと認められる。
 また、請求人は、本件請負契約に従い、本件相続開始日後に本件請負代金を支払っていることからすれば、本件相続開始日時点において、本件請負代金の支払債務はその履行が確実であったと認められる。
 したがって、本件請負代金の支払債務は、本件相続開始日時点において、債務として存在しており、その履行も確実であったと認められるから、本件請負代金相当額を債務控除することができる。
(2) 本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務について
 本件被相続人と本件賃借人との間で本件修繕工事の着工日を令和元年9月下旬以降にする旨合意していたことからすれば、本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務の内容は、同時期以降に本件修繕工事を実施することである。そうすると、本件賃借人が本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務に基づいて本件被相続人に対しその履行を求めることができるのも、同時期以降であるから、本件相続開始日時点において、当該修繕義務は債務として認識されない。
 また、本件被相続人と本件賃借人は、本件賃借人の希望する令和元年9月下旬以降に本件修繕工事を実施する旨合意していたこと、及び本件賃借人は、少なくとも地盤沈下が発覚してから本件修繕工事の着工日(令和元年9月下旬)までの間、本件賃貸倉庫を使用収益できていたことからすれば、本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務が債務として認識されたとしても、そのタイミングは早くとも本件修繕工事の着工日(令和元年9月下旬)であることから、本件相続開始日(令和元年8月○日)時点において、その債務の履行義務が法律的に強制され、あるいは、事実上履行せざるを得ない蓋然性があったとは認められない。
 したがって、本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務については、本件相続開始日時点において、債務として存在せず、その履行が確実であったとも認められないから、本件請負代金相当額を債務控除することはできない。
(2) 本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務について
 本件被相続人は、民法第606条《賃貸人による修繕等》第1項の規定に基づき、本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務を負っていることからすれば、本件被相続人が当該修繕義務に基づく修繕工事の実施を本件賃借人に連絡した時点(平成31年3月下旬)で、債務の存在は確実なものとなっていた。
 また、本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務は、本件被相続人が本件請負契約を締結したことによって、その履行が法的に拘束されることとなり、履行せざるを得ない蓋然性が整っていたと評価できることや、請求人が本件相続開始日後に本件請負契約に従って本件修繕工事を実施し本件請負代金を支払っていることからすれば、本件相続開始日時点において、その履行も確実であったと認められる。
 したがって、本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務は、本件相続開始日時点において、債務として存在しており、その履行も確実であったと認められるから、本件請負代金相当額を債務控除することができる。

4 当審判所の判断

(1) 認定事実

請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 本件賃借人は、上記1の(3)のロの(ロ)のとおり、建築コンサルタント会社から本件賃貸倉庫に係る土間床の沈下について指摘を受けたが、その後も、少なくとも本件修繕工事の着工日(令和元年9月下旬)までは、従前どおり本件賃貸倉庫を配送センター及び事務所として引き続き使用収益していた。
     なお、上記1の(3)のロの(ホ)の本件賃借人からの着工日変更に係る要請は、繁忙期である夏場に工事のため倉庫の一部が使用できないと業務に支障が生ずることを理由としたものであった。
  • ロ 本件修繕工事は、本件賃貸倉庫のうち配送センターとして使用されている部分の土間床の全面について実施する予定で着工し、その内容は本件賃借人にも伝えられていたが、実際には予定の約半分の面積分しか実施されていなかった。
  • ハ 本件賃借人は、令和4年1月に、上記1の(3)のロの(ロ)の建築コンサルタント会社による再調査によって上記ロの事実を知り得たが、その後1年以上、残りの面積分について工事未了のまま引き続き本件賃貸倉庫を使用収益していた。

(2) 法令解釈

相続税法第14条第1項は、同法第13条の規定によりその金額を控除すべき債務は、確実と認められるものに限る旨規定しているところ、同項にいう確実と認められる債務とは、相続開始当時の現況に照らし、その履行が確実と認められるものをいうと解される。

(3) 検討

これを本件についてみると、本件請負代金の支払債務又は本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務が債務控除すべき債務に当たるというには、上記(2)のとおり、本件相続開始日当時の現況に照らし、その履行が確実と認められる債務であることを要するから、これらの支払債務ないし修繕義務について以下検討する。

  • イ 本件請負代金の支払債務について
    • (イ) 上記1の(3)のロの(ニ)のとおり、本件請負契約においては、本件修繕工事の終了後、完了検査に合格することが本件請負代金の請求及び支払との関係で先履行とされていたことに加え、同(ヘ)のとおり、本件修繕工事は、令和元年9月下旬から同年11月上旬までの間に実施されたものである。そうすると、本件修繕工事の着工日(令和元年9月下旬)前である本件相続開始日(令和元年8月○日)時点において、本件被相続人は本件施工業者から本件請負代金の支払債務の履行を求められる状況になく、その履行の要否すらも不確実な状況にあったといえるから、本件請負代金の支払債務は、本件相続開始日当時の現況に照らし、その履行が確実と認められる債務には当たらないというべきである。
    • (ロ) この点、請求人は、上記3の「請求人」欄の(1)のとおり、本件相続開始日後に本件請負代金を支払っていることからすれば、本件請負代金の支払債務は、本件相続開始日時点においてその履行が確実であったと認められる旨主張する。
       しかしながら、請求人が本件相続開始日後に本件請負代金を支払っているからといって、上記(イ)で述べたとおり、本件修繕工事の着工日(令和元年9月下旬)前である本件相続開始日(令和元年8月○日)時点で、本件被相続人は本件施工業者から本件請負代金の支払債務の履行を求められる状況になく、その履行の要否すらも不確実な状況にあったことに変わりはないから、その履行が確実と認められる債務には当たらないとした判断が左右されるものではない。
       したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
  • ロ 本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務について
    • (イ) 本件賃借人は、上記(1)のイのとおり、土間床の沈下について指摘を受けた以降も、少なくとも本件修繕工事の着工日までは、従前どおり本件賃貸倉庫を引き続き使用収益していた。さらに、本件賃借人は、上記(1)のロ及びハのとおり、本件修繕工事が当初予定の約半分の面積分しか実施されていなかったにもかかわらず、その事実を知った以降も工事未了のまま引き続き本件賃貸倉庫を使用収益していた。そして、当審判所の調査によっても、本件賃借人が、本件被相続人に対し、土間床の沈下を理由とする賃料の減額や本件修繕工事の履行を強く要請したような事情も見当たらない。そうすると、本件修繕工事は、本件相続開始日の前後を通じ、飽くまで本件被相続人ないし請求人による任意の履行が事実上期待されていたにすぎないものであったとみるのが相当であり、本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務は、本件相続開始日当時の現況に照らし、その履行が確実と認められる債務には当たらないというべきである。
    • (ロ) この点、請求人は、上記3の「請求人」欄の(2)のとおり、本件被相続人が本件請負契約を締結したことによって、本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務は、その履行が法的に拘束されることになり、履行せざるを得ない蓋然性が整っていたと評価できることや、請求人が本件相続開始日後に本件請負契約に従って本件修繕工事を実施し本件請負代金を支払っていることからすれば、その履行が確実であったと認められる旨主張する。
       しかしながら、そもそも本件請負契約は、本件修繕工事の完了・引渡し後に本件請負代金の支払を本件被相続人に義務付けるものではあるが、本件被相続人に対して本件賃貸倉庫に係る土間床の修繕義務の履行を法的に強制することまでを内容とするものではない。また、請求人が本件相続開始日後に本件請負契約に従って本件修繕工事を実施し本件請負代金を支払っているからといって、上記(イ)で述べたとおり、本件修繕工事は、本件相続開始日の前後を通じ、飽くまで本件被相続人ないし請求人による任意の履行が事実上期待されていたにすぎないものであったとみるのが相当であることに変わりはないから、その履行が確実と認められる債務には当たらないとした判断が左右されるものではない。
       したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
  • ハ 小括
     以上によれば、本件相続税の課税価格の計算上、本件請負代金相当額を債務控除することはできない。

(4) 請求人のその他の主張について

請求人は、本件請負代金相当額については、その全額が資本的支出ではなく修繕費に該当し、工事業者2社から見積りを徴し決定した金額として妥当なものである旨主張する。
 しかしながら、仮に請求人の主張を前提としても、上記3の「請求人」欄の(1)及び(2)において請求人の主張する債務はいずれもその履行が確実と認められる債務には当たらないとした上記(3)のイの(イ)及び同ロの(イ)の判断が左右されるものではない。
 したがって、上記請求人の主張には理由がない。

(5) 本件更正処分の適法性について

上記(3)のハのとおり、本件相続税の課税価格の計算上、本件請負代金相当額を債務控除することはできず、これを前提に本件相続税の課税価格及び納付すべき税額を計算すると、いずれも本件更正処分の金額と同額となる。
 なお、本件更正処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 したがって、本件更正処分は適法である。

(6) 本件賦課決定処分の適法性について

上記(5)のとおり、本件更正処分は適法であり、また、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項第1号に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づいてされた本件賦課決定処分は適法である。

(7) 結論

よって、審査請求には理由がないから、これを棄却することとする。

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