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(令和7年5月20日裁決)
《裁決書(抄)》
1 事実
(1) 事案の概要
本件は、不動産賃貸業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、自己の所有する土地の借地権及び当該土地上の建物を裁判上の和解によって取得し、当該建物の賃借人らに移転補償料を支払って明渡しを受け、当該建物の取壊しを行った上、不動産所得の金額の計算において、当該建物の未償却残高及び取壊し費用、当該建物の賃借人らの移転補償料並びに当該裁判に係る弁護士報酬を必要経費に算入して所得税等の申告をしたところ、原処分庁が、当該各費用は、借地権の取得費に算入すべきであり、不動産所得の金額の計算上必要経費に算入することはできないなどとして所得税等の更正処分等を行ったのに対し、請求人が、原処分の一部の取消しを求めた事案である。
(2) 関係法令等
(3) 基礎事実
なお、当該工事代金の内訳は、本件建物の解体工事につき○○○○円(以下「本件建物解体工事費用」という。)、駐車場のアスファルトの撤去工事につき○○○○円(以下、本件建物解体工事費用と併せて「本件工事費用」という。)であった。
(4) 審査請求に至る経緯
2 争点
本件各費用は、本件借地権の取得費に算入すべきものか、又は請求人の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきものか。
3 争点についての主張
| 原処分庁 | 請求人 |
|---|---|
| 以下のとおり、本件各費用は、本件借地権の取得費に算入され、請求人の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。 | 以下のとおり、本件各費用は、本件借地権の取得費には算入されず、請求人の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきである。 |
| (1) 本件各費用を本件借地権の取得費に算入すべきことについて | (1) 本件各費用を本件借地権の取得費に算入すべきではないことについて |
| イ 建物の存する土地(借地権を含む。)をその建物と共に取得した場合において、その取得が当初からその建物を取り壊して土地を利用する目的であることが明らかである場合には、当該建物の取得に要した金額、取壊しに要した費用及び建物の賃借人の立ち退きに要した費用の額の合計額は、所得税法第38条第1項により、当該土地の取得費に算入すべきものである。また、弁護士報酬も、それが土地を利用するために要したものである場合には、当該土地の取得費に算入される。 | イ 所得税基本通達38−1は、当初から建物を取り壊して土地を利用する目的で土地と建物を取得する場合、買主は売買価額の交渉過程において建物の価値を評価せず、また取壊しを織り込むことになり、当該建物の取得価額及び取壊し費用等は実質的に借地権の取得価額を構成することを踏まえた定めであるところ、本件建物等については、本来の機能を有する個別の固定資産として不動産取引業者の査定額である客観的交換価値により取得しており、請求人の本件建物を取り壊して本件土地を使用するという目的は本件建物及び本件借地権の売買価額の決定に一切反映されていないという特別の事情がある。 |
| ロ 請求人は、当初から本件建物を取り壊して本件土地を保育園用地とするために本件借地権を利用する目的で本件建物等を取得したことが明らかであると認められ、本件各費用は、請求人が本件借地権を利用するために要したものといえる。したがって、本件各費用はいずれも本件借地権の取得費に算入される。 なお、請求人が本件建物を取得後に不動産賃貸業の用に供していたのは、本件賃借人らとの間の立退交渉期間及び立退猶予期間にすぎないことからすると、同事実をもって本件建物の取得が、本件建物を取り壊して本件土地を利用する目的でなかったとは認められない。 |
ロ 本件各費用を本件借地権の取得費に算入すると、本件借地権の取得費は客観的交換価値を超過することとなり、本件土地の譲渡により投下資本を回収できないこととなるから合理的とはいえない。 |
| (2) 本件未償却残高について 上記(1)のロのとおり、請求人は、当初から本件建物を取り壊して本件借地権を利用する目的で本件建物等を取得したことが明らかであると認められるから、本件建物を取得するための費用に相当する本件未償却残高は、本件借地権の取得費に算入される。 当初から取壊しを予定し、取り壊した建物は、所得税法第51条第1項に規定する固定資産に当たらないから、その取壊しによる損失は、同項により不動産所得の金額の計算上必要経費に算入される損失に当たらない。 |
(2) 本件未償却残高について 本件建物は独立の固定資産として、短期間とはいえ事業の用に供しており、所得税法第51条の資産損失の必要経費算入については、貸家の取得時期及び取壊し時期にかかわらず貸家が事業用資産としての実態を有していたかどうかという経済的な実質に基づき客観的に判断されるべきである。 これに、上記(1)の事情を併せると、本件未償却残高は所得税法第38条第1項による本件借地権の取得費には該当せず、令和2年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきである。 |
| (3) 本件建物解体工事費用及び本件移転補償料について 上記(1)のロのとおり、請求人は、当初から本件建物を取り壊して本件借地権を利用する目的で本件建物等を取得したことが明らかであると認められ、本件建物解体工事費用及び本件移転補償料は、請求人が本件借地権を利用するために要したとものといえるから、本件借地権の取得費に算入される。 当初から取壊しを予定していた建物の解体撤去費用は、所得税法第37条第1項にいう不動産所得を生ずべき業務について生じた費用には当たらず、本件移転補償料も同様である。 |
(3) 本件建物解体工事費用及び本件移転補償料について 上記(1)の事情に加え、本件建物解体工事費用及び本件移転補償料は、土地に対する地盛りや地ならしのために支出する資本的支出とは異なり、本件借地権の客観的な交換価値が増加する支出ではなく、新たな収益性の高い貸家事業を始めるための環境を整えるための支出であるから、費用収益対応の観点から、所得税法施行令第7条《繰延資産の範囲》第1項第1号に規定する「開業費」に準ずる費用として令和2年分の繰延資産に計上し、その償却費として令和3年分の必要経費に算入することが合理的である。 |
| (4) 本件弁護士報酬について 上記(1)のロのとおり、請求人は、本件建物等の取得の時点において、本件建物を取り壊して本件土地を保育園用地とするために本件借地権を利用する目的を有していることが明らかであり、本件弁護士報酬は、請求人が本件借地権を利用するために要したものであるから、本件借地権の取得費に当たる。 また、請求人が本件訴訟を提起した時点において、本件借地権はFが有していたことからすると、本件借地権の取得は、請求人の本件土地の正常な利用を回復するための費用とは認められないから、不動産所得の金額の計算上必要経費には算入されない。 |
(4) 本件弁護士報酬について 本件弁護士報酬は、本件土地の賃貸借契約違反を原因とする契約解除に伴う土地明渡請求に係る弁護士費用である。本件土地の所有権や借地権には争いはなく、基本的に土地の正常な利用を回復し、不動産賃貸事業を運営管理するための費用であった。 これに、上記(1)の事情を併せると、本件弁護士報酬は、所得税法第37条第1項に規定する一般管理費その他不動産所得を生ずべき業務について生じた費用として、請求人の令和元年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきである。 |
4 当審判所の判断
(1) 法令解釈等
一方、所得税法第38条第1項は、譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とする旨規定しているところ、所得税基本通達38−1は、建物の存する土地(借地権を含む。以下この項において同じ。)をその建物と共に取得した場合において、その取得が当初からその建物を取り壊して土地を利用する目的であることが明らかであると認められるときは、当該建物の取得に要した金額及び取壊しに要した費用の額の合計額は、当該土地の取得費に算入する旨定めている。
これは、当初から建物を取り壊して土地を利用する目的で、建物の存する土地を、その建物と共に取得した者は、建物の商品価値に着目しておらず、むしろ、建物除却後の土地の更地価値に着目して取得に係る売買金額の意思決定等をしているとみられるから、建物の取得に要した金額と取壊しに要した費用の額の合計額を土地の取得費に算入することとしたものであり、この取扱いは、当審判所においても相当であると認められる。
また、当初から建物を取り壊して土地を利用する目的で、建物の存する土地をその建物と共に取得し、当該建物に居住していた賃借人を退去させるために費用を支払った場合も、上記と同様、当該費用は当該土地を利用するために要する費用であり、実質的には当該土地の取得の対価的性質を有するものと認められるから、当該費用も土地の取得費に算入するのが相当である。
そして、不動産所得の金額の計算上、このように当初から取壊しを予定していた建物の解体撤去費用及び当該建物に居住していた賃借人を退去させるための費用は、所得税法第37条第1項にいう不動産所得を生ずべき業務について生じた費用には当たらないし、取り壊した建物は、同法第51条第1項にいう不動産所得を生ずべき事業の用に供される固定資産には当たらないから、その取壊しによる損失も、同項により不動産所得の金額の計算上必要経費に算入される損失に当たらないと解するのが相当である。
(2) 認定事実
請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
(3) 検討
請求人は、上記(2)のイないしハのとおり、遅くとも平成31年3月には本件土地を保育園の敷地として利用することを計画していたものであり、本件建物等を取得した令和○年○月○日の本件和解成立時点において、本件建物に居住する本件賃借人らを立ち退かせた上、本件建物を取り壊して本件土地を含めた本件各土地を保育園の敷地とするために、本件借地権を利用する目的を有していたと認められる。このような本件建物等の取得時点の請求人の目的は、上記(2)のニないしチのとおり、請求人が、本件賃借人らに対し、本件和解成立後2か月以内である令和○年○月○日及び令和○年○月○日にFからの本件建物の譲受けは保育園設置の準備の一環であることを明示して転居を依頼する通知を行い、本件賃借人らを転居させた上、令和2年7月○日までに本件建物を解体し、実際に令和4年4月○日からP社に対し、本件和解前から交渉していたJ社に対して賃貸する保育園用建物の敷地として、本件土地の賃貸を開始したことからも裏付けられる。
以上から、請求人の本件建物等の取得は、当初から本件建物を取り壊して本件借地権を利用する目的でされたものであることが明らかであると認められる。
上記イのとおり、本件建物等の取得は、当初から本件建物を取り壊して本件借地権を利用する目的でされたものであることが明らかであると認められ、本件建物の取得に要した金額の一部、本件建物の取壊しに要した費用及び本件建物の賃借人を退去させるための費用である本件未償却残高等は、上記(1)のイのとおり、請求人が本件借地権を利用するために要したものといえるから、本件借地権の取得費に算入すべきものであり、所得税法第37条第1項及び同法第51条第1項に基づき不動産所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。
上記1の(3)のロの(ホ)のとおり、請求人は主位的に本件土地に係る賃借権の無断譲渡による解除消滅を理由として、予備的に賃借期間の満了及び更新拒絶を理由として、Fに対して本件土地及び本件建物につき、建物収去土地明渡しを求める本件訴訟を提起したものであり、本件訴訟においては、過去に本件土地について借地権が存在していたことを前提として、本件借地権の存否が争いとなっていたと認められる。そして、上記1の(3)のハの(イ)のとおり、本件和解において請求人は、Fが本件借地権を有していることを確認した上で、本件借地権を買い受けることに合意していることからすれば、請求人が本件訴訟の代理人弁護士から受けた役務の提供は、借地権という権利の買戻しのためのものと認められ、また、請求人は、本件借地権とともに本件建物を買い受けており、上記イのとおり、本件建物は、当初から本件借地権を利用するために取壊しが予定され、その予定に従って取り壊された建物であるから、上記(1)のロのとおり、本件弁護士報酬は、全て本件借地権の取得に関連して発生した費用であるといえる。したがって、本件弁護士報酬は、本件借地権の取得費に算入されるべきであり、不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきものとは認められない。
(4) 請求人の主張について
しかしながら、当初から取り壊す目的で建物を取得した場合における建物の取得に要した金額及び建物の取壊しに要した費用を土地の取得費に算入するとした趣旨は、請求人が主張するように、売買当事者間の価額交渉の過程において、建物を取り壊す目的を売買価額に織り込むことになることから、建物の取得に要した金額及び取壊し費用等が実質的に借地権の取得費を構成することを踏まえたことによるものではなく、上記(1)のイのとおり、当初から建物を取り壊して土地を利用する目的で、建物の存する土地(借地権を含む。)を建物と共に取得した者は、建物の商品価値に着目しておらず、むしろ、建物除却後の土地の更地価値に着目して売買価額の意思決定等をしているとみられるから、建物の取得に要した金額及び建物の取壊しに要した費用の額の合計額を土地の取得費に算入することとしたものであって、請求人による本件建物等の取得が、当初から本件建物を取り壊して本件借地権を利用する目的でされたものと認められる以上、本件和解において、本件建物の取壊しの目的が売買価額に反映されていたか否かは、本件各費用が本件借地権の取得費に該当するとの判断に影響しない。
また、所得税法第38条第1項に規定する「資産の取得に要した金額」には、当該資産の売買代金の額のほか、登録免許税、仲介手数料等の当該資産を取得するために通常必要と認められる付随費用の額も含まれると解されており、「資産の取得に要した金額」が当該資産の売買代金の額を上回ることは法の予定するところである。このことからすれば、本件各費用を本件借地権の取得費に算入すると本件借地権の取得費が不動産取引業者の査定額である客観的交換価値を超過することとなること並びに本件建物解体工事費用及び本件移転補償料の各支出が本件借地権の客観的交換価値を増加させるものではないといった請求人の主張は、本件各費用を本件借地権の取得費に算入すべきかどうかの判断に影響するものではなく、上記(2)のニないしヘのとおり、請求人が本件建物を本件賃借人らに賃貸していたのは、立退交渉及び立退猶予期間にすぎないことからすれば、同事実も本件各費用を本件借地権の取得費に算入すべきとの判断を左右しない。
そして、上記(3)のロ及びハのとおり、本件各費用は本件借地権の取得費に算入すべきであり、本件建物解体工事費用及び本件移転補償料は所得税法第37条第1項の必要経費に算入すべきものとは認められない以上、上記(1)のハのとおり、繰延資産に計上すべき費用にも該当しない。
したがって、請求人の主張は理由がない。
しかしながら、上記(3)のハのとおり、本件訴訟は借地権の存否が争いとなった上、本件和解により本件借地権の取得に至ったものであるから、本件弁護士報酬は、本件借地権の取得費に算入すべきものである。
よって、本件弁護士報酬は、請求人の不動産所得を生ずべき業務について生じた費用ではないから必要経費とは認められず、請求人の主張は理由がない。
(5) 本件各更正処分の適法性について
上記(3)のとおり、本件各費用は、いずれも本件借地権の取得費に算入され、本件各年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入されない。
これに基づき、本件各年分の所得税等の総所得金額及び納付すべき税額を計算すると、いずれも原処分における額を下回らない。
そして、本件各更正処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
したがって、本件各更正処分はいずれも適法である。
(6) 本件各賦課決定処分の適法性について
上記(5)のとおり、本件各更正処分に取り消すべき違法はなく、本件各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第5項第1号に規定する正当な理由があるとは認められない。そして、当審判所においても、本件各年分の所得税等に係る過少申告加算税の額は、本件各賦課決定処分における金額といずれも同額であると認められる。
したがって、本件各賦課決定処分はいずれも適法である。
(7) 結論
よって、審査請求は理由がないから、これを棄却することとする。
別表1 本件建物の賃借人の内訳(省略)
別表2 審査請求に至る経緯(省略)