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(令和7年7月25日裁決)
《裁決書(抄)》
1 事実
(1) 事案の概要
本件は、病院を運営する法人である審査請求人(以下「請求人」という。)が、雇用する医師の定年を定める旨の就業規則の改正を行ったことに伴い、当該改正時、既に定年に達していた医師らに対して退職金として支払った金員について、原処分庁が、当該医師らは退職扱いとなった後も引き続き勤務しており、勤務の内容等に重大な変動はなく、退職の事実又は退職に準じた事実がないことから、当該金員は給与等(賞与)に該当するとして、請求人に源泉所得税等の納税告知処分等をしたのに対し、請求人が、当該金員は、当該医師らの退職という事実に基因して支払ったものであるから、退職手当等に該当するなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。
(2) 関係法令
(3) 基礎事実
当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
また、本件旧就業規則には、本件旧給与規則が附属する(本件旧就業規則附則30)。
なお、本人が希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない者は、65歳まで継続雇用することとし(本件旧就業規則第16条第2項)、定年延長又は再雇用は、1年ごとの契約更新とし、65歳を迎える年度の末日を限度とする(本件旧就業規則第16条第4項)。
また、65歳を超える場合は、業務の都合により特に必要と認めた者に限り、更に再雇用することができる(本件旧就業規則第16条第5項)。
なお、本件各旧規則の改正案のうち、上記イの(ロ)の記載に係る改正内容は、要旨次のとおりである。
また、定年延長の定めを廃止し、本人が希望し、解雇事由に該当しない者は、65歳まで再雇用する。
なお、本件医師らの令和4年2月10日時点の役職は、別表1の「役職」欄のとおりであった(L医師の役職である本件病院「院長」について、本件旧就業規則では「病院長」と表記されているが、以下「院長」と統一する。)。
本件一時金は、本件医師らがそれぞれ65歳に達した年度の末日までの勤続年数(別表1の「65歳に達した年度の末日」欄及び「勤続年数」欄のとおり。)や基本給などを基準に、本件旧給与規則における退職手当の定めに基づき算出されていた。
(4) 審査請求に至る経緯
2 争点
本件一時金は、所得税法第28条第1項に規定する給与等又は同法第30条第1項に規定する退職手当等のいずれに該当するか。
3 争点についての主張
| 原処分庁 | 請求人 |
|---|---|
| (1) 所得税法第30条第1項における退職の事実の有無は、従来の勤務関係からの離脱があったかどうかという実質的な観点から判断されるべきである。 請求人は、法律的形式的には、退職した本件医師らとの間で新たな雇用契約を締結しているが、 そうすると、本件医師らに退職すなわち従来の勤務関係からの離脱があったものとみるべき事実関係がないから、本件一時金は、所得税法第30条第1項に規定する「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に該当しない。 |
(1) 本件一時金は、本件医師らが退職したという事実に基因して支払ったものであるから、所得税法第30条第1項に規定する「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に該当する。 なお、請求人は、本件医師らそれぞれとの間で本件各雇用契約を締結しているところ、 |
| (2) 本件医師らに対する本件一時金の支給の契機となった医師の定年を定める旨の本件規則改正は、医師の求めに応じて言われるがまま改正したものであるから、本件一時金は、合理的な理由による退職金制度の実質的改変により精算の必要があって支給されたものとは認められない。 また、請求人と本件医師らの勤務関係は上記(1)のとおりであり、その性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があったとは認められない。 以上のことからすれば、本件一時金は、課税上、「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものということはできず、所得税法第30条第1項に規定する「これらの性質を有する給与」にも該当しない。 |
(2) 本件医師らに対する本件一時金の支給の契機となった医師の定年を定める旨の本件規則改正は、請求人における人事給与制度改革の一環で、近隣の同規模の病院に合わせて医師の定年を65歳とし、請求人の理事会及び社員総会の正式な手続を経て行ったものであるから、所得税基本通達30−2《引き続き勤務する者に支払われる給与で退職手当等とするもの》の(1)に該当する。 また、本件医師らは定年に達した後引き続き勤務する使用人であり、本件一時金は本件医師らが定年に達する前の勤続期間に係る退職手当として支払われる給与であるから、所得税基本通達30−2の(4)にも該当する。 そうすると、本件一時金は、所得税法第30条第1項に規定する「これらの性質を有する給与」に該当する。 |
| (3) したがって、本件一時金は、所得税法第30条第1項に規定する退職手当等に該当せず、同法第28条第1項に規定する給与等に該当する。 | (3) したがって、本件一時金は、所得税法第30条第1項に規定する退職手当等に該当する。 |
4 当審判所の判断
(1) 法令解釈
所得税法第30条第1項が、退職所得を「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」に係る所得をいうものとし、これにつき所得税の課税上、他の給与所得と異なる優遇措置を講じているのは、一般に、退職を原因として一時に支給される金員は、その内容において、退職者が長期間特定の事業所等において勤務してきたことに対する報償及びその期間中の就労に対する対価の一部分の累積たる性質を持つとともに、その機能において、受給者の退職後の生活を保障し、多くの場合いわゆる老後の生活の糧となるものであって、他の一般の給与所得と同様に一律に累進税率による課税の対象とし、一時に高額の所得税を課することとしたのでは、公正を欠き、かつ、社会政策的にも妥当でない結果を生ずることになることから、このような結果を避ける趣旨に出たものと解される。従業員が退職に際して退職手当又は退職金その他種々の名称で支給を受ける金員が、所得税法にいう退職所得に当たるかどうかについては、その名称に関わりなく、退職所得の意義について規定した同項の規定の文理及び退職所得に対する優遇課税についての立法趣旨に照らし、これを決するのが相当である。
このような観点から、ある金員が、所得税法第30条第1項にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に当たるというためには、それが、
退職、すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること、
従来の継続的な勤務に対する報償又はその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、
一時金として支払われること、との要件を備えることが必要であり、また、同項にいう「これらの性質を有する給与」に当たるというためには、それが、形式的には
から
までの各要件の全てを備えていなくとも、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである。そして、継続的な勤務の中途で支給される退職金名義の金員が、同項にいう「これらの性質を有する給与」に当たるというためには、当該金員が定年延長又は退職年金制度の採用等の合理的な理由による退職金支給制度の実質的改変により精算の必要があって支給されるものであるとか、あるいは、当該勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があることを要するものと解すべきである。
(2) 認定事実
請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
本件病院等においては、医師及び看護師の人数が減少しており、a市の地理的条件から、安定した人材の確保が困難な状況にある。
また、請求人の職員の全職種で高齢化が進んでおり、役職者の後任とすべき人材も不足している。
本件旧就業規則には、上記1の(3)のイの(ロ)のAのとおり、病院長等に適用しないことがある旨の条項(本件旧就業規則第2条第2項ただし書)があるが、当該条項により適用が除外された事実はない。
令和2年当時、請求人においては、医業収益の減少・収益の悪化、職員の全体的な高年齢化に伴う給与費・退職金の増加、雇用環境悪化や働き方改革・同一労働同一賃金等の施策に伴う人件費の高騰、少子高齢化が進む中での新卒採用・中途採用の確保・職員の定着などの課題が認識されていた。
また、N医師は、令和6年4月1日付の新たな雇用契約により、同月に○○○○の役職を退任し、同○○○○の医師として業務に従事しており、役職を退任する際に、年俸が減額された。
なお、L医師は、平成9年、本件病院の院長に就任し、同年から令和5年3月31日まで本件病院の院長として職務に従事していた。
また、請求人において、役員に対する退職金の定めはない。
なお、上記の退職功労金については、平成19年3月26日に開催された請求人の定時社員総会において、上記(イ)のとおり、L医師が同年4月1日付で○○職員から請求人の職員へ身分変更になることに伴い、退職金等において不利益となること及び本件病院に対する功績並びに今後の活躍を考慮し、L医師の本件病院退職時に加算して支給することが承認されており、その金額は、令和3年分の使用人としての給与を基礎として算出されたものであった。
また、L医師に係る本件一時金算出の基礎となる基本給等の金額に上記(ハ)の理事報酬は含まれておらず、ほかにL医師に係る本件一時金が理事報酬の性質を有することをうかがわせる事情はない。
(3) 検討
上記1の(3)のイの(ニ)のとおり、L医師は、平成24年4月1日に請求人の理事に就任して以降、令和6年6月19日まで引き続き理事であったことから、M医師、N医師及びP医師(以下「本件医師3名」という。)とは事情が異なるので、以下、それぞれ検討する。
ある金員が、所得税法第30条第1項に規定する「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に該当するかについては、上記(1)のとおり、
そして、上記1の(3)のロの(ホ)のとおり、請求人と本件医師3名は、令和4年4月1日付で本件各雇用契約を締結しているところ、本件医師3名に係る本件各雇用契約は、上記(2)のニの(ハ)のBのとおり、雇用期間を1年とする有期雇用契約であった。また、本件医師3名に係る本件各雇用契約は、上記(2)のニの(ハ)の各雇用契約書の記載内容のほか、上記(2)のホの(ハ)のとおり、本件医師3名の業務内容等については、本件各雇用契約の前後において変更はなかったが、その後、N医師が、令和6年4月に○○○○の役職を退任した際に年俸が減額されたなどの事実に照らせば、契約更新の際に、労務の内容及び年俸が見直され得る契約であると認められる。
上記の事情に加え、上記(2)のニの(ハ)のCのとおり、令和4年4月1日以降の本件各雇用契約の期間に係る職務について退職金の支給はないことを併せ考えると、本件医師3名に係る本件各雇用契約は、同年3月31日までの期間の定めのない雇用契約とは雇用形態の法的性質が大きく異なるものであるということができる。
なお、本件医師3名は、上記(2)のホのとおり、本件各雇用契約期間中も本件各雇用契約前と同様の業務を行い、賃金の総額にも大きな変動はなく、年次有給休暇も繰越等がなされていたところ、請求人においては、同イのとおり、a市の地理的条件から、医師等の安定した人材の確保が困難な状況にあり、役職者の後任とすべき人材も不足していたことに照らせば、本件病院等の運営のために、本件医師3名を本件各雇用契約前の役職及び業務等で勤務させなければならないことに相当の理由があったと認められ、本件各雇用契約の前後で業務内容及び賃金等の変動がなく、年次有給休暇の繰越等がなされたことをもって、本件医師3名と請求人の間において従来の勤務関係が終了していないとみるのは相当ではない。
さらに、本件規則改正により医師の定年を65歳と明示した点についても、本件規則改正の一環であったほか、これまで医師の雇用には本件旧就業規則の定年の定めを適用していなかった取扱いを是正する目的もあったと認められる。
そして、請求人は、本件規則改正に伴い、事業の安定経営及び適正利益の確保等の目的で、本件医師3名と本件各雇用契約を締結したものと認められ、他方、本件医師3名も、このような人事給与制度改革を受け入れて、退職願の提出及び本件各雇用契約の締結に応じたものとみることができる。
そうすると、本件規則改正及び本件医師3名の雇用の目的には合理的な理由があり、税負担の軽減の意図があったとは認められない。
したがって、本件医師3名に係る本件一時金は、請求人における本件医師3名のこれまでの勤務関係の終了という事実によって初めて給付されたものと認められる。
本件医師3名に係る本件一時金は、上記1の(3)のロの(ニ)のとおり、本件旧給与規則に基づき、基本給等の金額を基準に、勤続期間に対応する金額として算出されていることからして、本件医師3名のこれまでの継続的な勤務に対する報償又はその間の労務の対価の一部の後払の性質を有するものと認められ、令和4年3月31日に、毎月の給与以外の一時金として支払われたものと認められる。
上記(イ)及び(ロ)のとおり、本件医師3名に係る本件一時金は、上記(1)の
L医師は、上記1の(3)のイの(ニ)のとおり、平成24年4月1日から令和6年6月19日までの間、請求人の理事であり、令和4年3月31日の前後を通じて理事の身分に変更はなく、同日をもって請求人における勤務関係が終了したとはいえないため、L医師に係る本件一時金は、請求人におけるL医師の退職という事実によって給付されたものとは認められない。
したがって、L医師に係る本件一時金は、上記(1)の「
上記(1)の
そして、上記(2)のヘの(ニ)のとおり、L医師に係る本件一時金のうち○○○○円は、本件旧給与規則に基づき、その基礎となる基本給等の金額に理事報酬を含めず、L医師の請求人における使用人としての勤続期間に対応する金額として算出された退職手当であり、かつ、L医師に係る本件一時金のうち○○○○円は、L医師が理事に就任する以前である平成19年3月26日に開催された請求人の定時社員総会により、L医師の身分変更による退職金上の不利益及びL医師の本件病院に対する功績等を考慮して支給されることとなったもので、その金額は、令和3年分の使用人としての給与を基礎とし、理事報酬を含めず算出された退職功労金であること並びに上記(2)のヘの(ロ)のとおり、L医師が請求人の理事に就任した際に、それまでの使用人としての勤続期間に対応する退職金が支払われていないことからすれば、L医師に係る本件一時金は、理事としての職務に対するものではなく、使用人としての勤務や労務に対するものであると認められる。
なお、L医師に係る本件一時金は、上記1の(3)のロの(ニ)のとおり、令和4年3月31日に、毎月の給与以外の一時金として支払われたものと認められる。
そうすると、L医師に係る本件一時金は、L医師の請求人における使用人としての勤務関係の終了という事実によって初めて給付されるとともに、L医師のそれまでの使用人としての継続的な勤務に対する報償又はその間の労務の対価の一部の後払の性質を有する一時金であると認められる。
上記イの(ハ)及び上記ロの(ロ)のCのとおり、本件医師3名に係る本件一時金は、所得税法第30条第1項に規定する「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に、L医師に係る本件一時金は、同項に規定する「これらの性質を有する給与」にそれぞれ該当するから、本件一時金は、いずれも同項に規定する退職手当等に該当する。
(4) 原処分庁の主張について
しかしながら、本件医師3名については、上記1の(3)のロの(ロ)及び上記(2)のハの(ニ)のとおり、請求人の理事会において退職扱いとし年俸制の契約職員とする旨が承認されたこと、また、上記(3)のイの(イ)のAのとおり、本件医師3名に係る本件各雇用契約は、令和4年3月31日までの期間の定めのない雇用契約とは雇用形態の法的性質が大きく異なるものであること及び本件病院等の運営のために、本件医師3名を本件各雇用契約前の役職及び業務等で勤務させなければならない相当の理由があったことからすれば、本件各雇用契約の前後で本件医師3名の業務内容及び賃金等の変動がなく、年次有給休暇の繰越等がなされたことをもって、本件医師3名と請求人の間において従来の勤務関係が終了していないとみるのは相当でない。
そして、上記(3)のイの(イ)のCのとおり、本件医師3名は、令和4年3月31日付で請求人における従来の勤務関係の終了があったと認められ、上記(3)のイの(ハ)のとおり、本件医師3名に係る本件一時金は所得税法第30条第1項に規定する「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に該当するから、本件医師3名については、原処分庁の主張には理由がない。
また、L医師は、上記(3)のロの(ロ)のAのとおり、令和4年3月31日の前後を通じて理事の身分に変更はなく、同日をもって請求人を退職したとはいえないが、上記(3)のロの(ロ)のCのとおり、L医師に係る本件一時金は、実質的にみて上記(1)の
しかしながら、本件規則改正のきっかけが、請求人の事務局長が医師から定年を尋ねられたことにあったとしても、本件規則改正の経緯及び手続は上記(3)のイの(イ)のBのとおりであり、本件規則改正が医師の求めに応じて言われるがまま改正されたものであるとは認められず、本件規則改正には合理的な理由があるから、原処分庁の主張には理由がない。
しかしながら、上記(3)のイの(イ)のCのとおり、本件医師3名は、令和4年3月31日付で請求人における従来の勤務関係の終了があったと認められ、本件医師3名に係る本件一時金は、所得税法第30条第1項に規定する「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に該当するから、原処分庁の主張には理由がない。
また、上記(3)のロの(ロ)のCのとおり、L医師に係る本件一時金は、所得税法第30条第1項に規定する「これらの性質を有する給与」に該当すると認められるから、L医師についても、原処分庁の主張には理由がない。
(5) 本件各納税告知処分について
上記(3)のハのとおり、本件一時金は所得税法第30条第1項に規定する退職手当等に該当するから、本件一時金が同法第28条第1項に規定する給与等に該当するとしてされた本件各納税告知処分は違法であり、その全部を取り消すべきである。
(6) 本件賦課決定処分について
上記(5)のとおり、本件各納税告知処分は違法であり、その全部を取り消すべきであるから、本件賦課決定処分についても、その全部を取り消すべきである。
(7) 結論
よって、審査請求には理由があるから、原処分の全部を取り消すこととする。
別表1 本件医師らに支給された一時金等(省略)
別表2 審査請求に至る経緯及び内容(省略)