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(平4.6.2、裁決事例集No.43 166頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、昭和62年分の所得税の確定申告書に、分離長期譲渡所得の金額を148,905,000円及び納付すべき税額を38,572,200円と記載して、法定申告期限までに原処分庁へ提出した。
 その後、請求人は、原処分庁に対して昭和63年10月8日に分離長期譲渡所得の金額を98,905,000円及び納付すべき税額を23,608,100円とする更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
 原処分庁は、本件更正の請求に対して、平成元年5月9日付で更正をすべき理由がない旨の通知をした。
 請求人は、これを不服として平成元年7月5日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年10月3日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分になお不服があるとして、平成元年11月2日に審査請求をした。

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2 主張

(1) 請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 請求人は、請求人の亡兄A男(以下「A男」という。)と共に遺産相続をした○○市△△町5番1の宅地250.64平方メートル(以下「本件土地」という。)を、昭和61年4月25日、宗教法人B寺(以下「B寺」という。)に寄附する旨の契約(以下「本件贈与契約」という。)を締結した。
 その後、請求人は、株式会社C(以下「C社」という。)に対し、昭和62年12月24日、本件土地に係る請求人の持分2分の1(以下「本件請求人持分」という。)を157,900,000円で売却する旨の契約を締結し、同月28日に所有権を移転(以下「本件譲渡」という。)したので、本件譲渡について確定申告をした。
 しかしながら、その後、B寺から本件贈与契約の履行請求があったので、請求人は、本件贈与契約を解除するため、昭和63年7月26日、B寺との間で起訴前の和解(以下「本件和解」という。)を成立させ、その和解条項に従って違約金として50,000,000円(以下「本件和解金」という。)を支払った。
 この本件和解金は、所得税法第33条《譲渡所得》第3項に規定する資産の譲渡に要した費用(以下「譲渡費用」という。)に該当するので、本件更正の請求をした。
ロ これに対し、原処分庁は、本件和解金が譲渡費用に該当しないとする原処分をした。
 しかしながら、本件和解金は、次のとおり、本件譲渡に係る譲渡費用に該当する。
(イ) 本件和解金は、本件譲渡を実現するため既に締結した贈与契約を解除するためのものであり、しかも、この金員を支払っても本件譲渡をした方が有利となるものであるから、所得税基本通達33ー7《譲渡費用の範囲》の(2)(以下「本件通達」という。)に掲げる「既に売買契約を締結している資産を更に有利な条件で他に譲渡するため、当該契約を解除したことに伴い支出する違約金その他当該資産の譲渡価額を増加させるため当該譲渡に際して支出した費用」(以下「譲渡価額を増加させるため支出した費用」という。)に該当する。
(ロ) また、本件贈与契約は、手付金に関する条項が定められておらず、請求人が進んで解約権を行使し得ないため、請求人はやむを得ずこれを解除することなく本件譲渡をしたもので、本件和解金は、譲渡価額を増加させるために支出した費用に該当する。
(ハ) 原処分庁は、民法第177条《対抗要件一登記》に規定する対抗要件により本件和解金の譲渡に係る費用性を判断しているが、不動産の二重譲渡に関する対抗要件は正当な利益を有する者において権利抗弁を相互に主張し得るにすぎず、本件和解金の譲渡に係る費用性の検討には何ら意味をもたない。
 また、本件和解金が、本件土地の二重契約による債務不履行を原因とするものであるとしても、本件和解金の性質がいかなるものであるかを明確にすることなく、譲渡による贈与契約の不履行に基づく損害賠償金であるから費用性がないと判断するのは誤りである。

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(2) 原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
 本件和解金は、次のとおりB寺に対する本件贈与契約の履行不能を原因とする損害賠償金と認められ、本件譲渡を実現するために直接かつ通常要した費用ではなく、譲渡費用に該当しない。
イ 所得税法第33条第3項に規定する譲渡費用とは、その譲渡を実現するために直接かつ通常要した費用であると解されており、具体的には次の費用が譲渡費用とされている。
(イ) 資産の譲渡に際して支出した仲介手数料、運搬費、登記若しくは登録に要する費用その他当該譲渡のために直接要した費用
(ロ) 借家人等を立ち退かせるための立退料、土地(借地権を含む。)を譲渡するためにその土地の上にある建物等の取壊しに要した費用、その他その資産の譲渡価額を増加させるために支出した費用
ロ 本件和解金の支払原因は、本件和解調書によれば、請求人がB寺に贈与することとしていた本件請求人持分について、贈与登記がされていないことを奇貨としてC社に譲渡し、本件贈与契約の履行不能による損害賠償金と認められる。
ハ ところで、本件のように不動産を二重譲渡した場合、民法第177条に規定する対抗要件である登記を先に備えた者が権利者となり、その結果他方の者に対する譲渡は履行不能となるが、この他方の者は、債務不履行による損害賠償として、民法第415条《債務不履行》に規定する本来の不動産の引渡しに代わる賠償の請求ができるほか、同法第543条《履行不能による解除権》に規定する契約解除権の行使をして自分の債務を免れた上、損害の賠償を請求することができるとされている。
ニ そうすると、不動産を二重に譲渡した者が負担する損害賠償金は、その責任上必然的に支払わなければならなくなったもので、本件和解金は、上記イの(ロ)に述べる譲渡価額を増加させるために支出した費用とは認められない。
 すなわち、同一の不動産を二重譲渡した場合、二つの譲渡のいずれが実現するかは、いずれが先に対抗要件を備えるかどうかで決まるのであって、その実現した譲渡による価値は、その損害賠償金すなわち本件和解金の支払の有無により左右されるものではないからである。

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3 判断

 本件和解金が、本件譲渡に係る譲渡費用に該当するか否かに争いがあるので、以下審理する。

(1) 次の事実については、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。

イ 本件贈与契約は、昭和61年4月25日付で契約書が作成され、その内容は、次のとおりであること。
(イ) 請求人は、B寺に対し本件土地の全部を寄附し、B寺はその寄附を受け入れた。
 ただし、その所有権移転登記手続の時期について、本件請求人持分は、その相続登記がなされた時から3日以内とし、A男の持分2分の1(以下「本件A男持分」という。)は、A男の相続人8人(以下「A男の相続人」という。)に対する持分移転登記手続請求事件の判決が確定し、その移転登記手続を経由した日から3日以内とする。
(ロ) 本件土地に対する公租公課は、持分移転登記がB寺になされる日までは請求人の負担とし、それ以後はB寺の負担とする。
ロ 請求人とB寺は、公証人役場において昭和61年5月1日に本件贈与契約に基づく贈与契約公正証言を作成していること。
ハ 請求人は、本件請求人持分を昭和62年12月24日C社に157,900,000円で譲渡し、同月28日、同社は当該所有権の移転登記をしたこと。
ニ 昭和63年7月26日に請求人とB寺との間で成立した本件和解の内容は、次のとおりであること。
(イ) 本件贈与契約は、本件譲渡契約に伴い解除されたことを相互に確認する。
(ロ) 請求人は、本件贈与契約解除に伴う違約金として、B寺に対して本件和解金の支払義務があることを認め、昭和63年7月31日までに、同月21日に支払った内金の25,000,000円を除く残金の25,000,000円を支払う。

(2) 当審判所が、請求人及び原処分関係資料を調査したところ、次の事実が認められる。

イ 本件土地には、昭和62年12月8日に本件請求人持分及び本件A男持分の相続登記が行われたこと。
 なお、A男の相続人は、昭和62年11月15日、本件A男持分をC社に譲渡していること。
ロ B寺が、本件土地の譲渡の事実を知ったのは、C社に本件請求人持分の所有権の移転登記がされた昭和62年12月28日以降であること。
ハ B寺は、上記ロの事実を知ったことにより、昭和63年1月6日、請求人に対し本件贈与契約の履行を求めたこと。
ニ 請求人は、B寺の前住職の長女であること。
ホ 請求人の四男は、原処分庁に対して、A男の相続人が××国で生活に困窮していることをみかねて、その生活を支援するため、本件請求人持分の売買をした旨申述していること。
ヘ B寺の代理人であった○○弁護士は、本件和解金の金額の決定については、B寺から本件譲渡に係る譲渡価額を聴取した上決めたいと思っていたが、先方は、最後まで当該譲渡価額を明かさなかったため、結局、50,000,000円で解決していること。

(3) 以上の事実に基づいて判断すると、次のとおりである。

イ 請求人は、本件土地につき昭和61年4月25日付で本件贈与契約を締結する一方で、その後、昭和62年12月24日に本件譲渡契約を締結し、同月28日に当該所有権の移転登記まで完了させていることからすれば、本件贈与契約は履行不能となっていたのであるから、本件和解金は、いわゆる二重譲渡による本件贈与契約の履行不能を原因とする損害賠償金であると認められる。
 このように、履行不能を原因とする債務不履行があった場合、すなわち、債務の本旨に従った給付をすることが不能な場合には、債権者はその本来の給付に代わる損害賠償を請求できることになっている。
 そして、この損害賠償は、金銭に見積もってこれを履行することになるが、この損害賠償は、本来の債務内容の変更であって、本来の債務と同一性を有するものと解されている。
ロ ところで、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりにより、その資産の譲渡によって所有者に帰属する値上がり益を所得とし、その資産が所有者の支配を離れる機会に、資産の値上がり益を清算して課税するものであるから、所得税法第33条第3項に規定する譲渡所得の金額の計算上控除される譲渡費用とは、資産の譲渡を実現するために直接かつ通常必要な費用であると解される。
 これを本件についてみると、本件和解金が、いわゆる二重譲渡による本件贈与契約の履行不能を原因とする損害賠償金である以上、本件和解金は、上記イのとおり本来の債務と同一性を有することになり、本件土地による贈与を金銭による贈与に変更した支出金そのものにほかならないと認められるから、譲渡のために直接かつ通常必要な費用とは認められない。
ハ 請求人は、本件通達が、既に売買契約を締結している資産を、更に有利な条件で譲渡するため当該契約を解除したことに伴い支出した違約金を譲渡費用であると認めていることをもって、本件和解金も費用性があると主張する。
 しかしながら、本件通達が、譲渡価額を増加させるために支出した費用として違約金を譲渡費用に含めるのは、より多くの所得を得るためには、譲渡者の努力や手腕などが必要であり、当該違約金がそのより多くの所得を得るために寄与したと認められる費用であるからである。
 すなわち、本件通達における違約金とは、当初の契約において得られる利益と、新たな契約によって得られる利益を相互に比較した上で当初の契約を解約した結果支払われるものであるが、本件和解金は、贈与という無償で財産的出捐を目的とする契約が締結された後に、売買という財産権の移転の対価として金銭を受け取ることを目的とする契約を締結するという、契約の動機や目的を全く異にする異質な二つの契約により、前者の契約が履行不能となったことにより支払われたものであって、譲渡するために贈与契約を解約したのでなく、譲渡したから贈与契約を解約せざるを得なくなったもので、譲渡者の努力や手腕により、より多くの利益を得るために寄与したものとは認められない。
ニ したがって、本件和解金の支払は、二重契約をしたため、当初契約が履行不能となったための支払ではあるが、本件贈与契約に基づく土地の贈与を損害賠償という形で金銭の贈与として履行したにすぎず、その支払の有無によって、実現した本件譲渡及びその譲渡価額が左右されるものではないことから、本件和解金は、本件譲渡との関係において何ら費用性はないとするのが相当である。
 したがって、本件和解金が本件譲渡の譲渡費用に該当しないとした原処分は相当であり、請求人の主張には理由がない。

(4) 原処分のその余の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された資料によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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