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(平5.3.15、裁決事例集No.45 285頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 原処分庁は、P市R町6丁目10番6号に所在する納税者A株式会社(以下「A社」という。)の滞納国税を徴収するため、平成3年11月19日付で、株式会社○○銀行△△支店のA社名義の普通預金(口座番号087909、以下「本件預金」という。)に係る債権の差押え(以下「本件差押え」という。)をした。
 審査請求人(以下「請求人」という。)は、この処分を不服として平成3年12月4日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、これに対し平成4年3月2日付で棄却の異議決定をし、異議決定書謄本は、平成4年3月3日に請求人に送達された。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分を不服として、平成4年4月3日に審査請求をした。

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2 主張

(1) 請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その取消しを求める。
イ 原処分庁は、本件預金及び株式会社□□銀行△△支店の普通預金(口座番号038510、以下「別件預金」といい、本件預金と併せて「本件預金等」という。)の名義及びその出捐者がA社であること等から、A社の財産であるとして本件差押えをしている。
 しかしながら、本件預金債権は、次のとおりA社に帰属するものではなく、A社の通常の財産とは切り離されたところでの特別な財産として扱われるべきであるから、A社の差押えの対象となる財産には該当しない。
(イ) 破産法第6条《破産財団の範囲》によれば、破産者の財産は、破産者から切り離され、すべて破産財団に帰属する旨規定されており、この理は任意整理においても全く同じであると解すべきところ、本件預金債権は、次のとおり、法律の規定に基づく裁判上の制度・手続によらずに経済的破綻状態にあるA社の財産を整理し、これを原資にして債権者に公平に分配するという清算業務(以下「本件任意整理業務」という。)遂行上の財産である。
 したがって、本件預金債権は、本件任意整理業務遂行上の財産としてA社の通常の財産から切り離された別個の特別な財産となるものである。
A 請求人は、弁護士のB男とともに、平成2年12月27日に、A社との間で「A社の資産を確保し、同社に対する債権者に公平に弁済することにより、同社を任意整理する」旨の本件任意整理業務に関する委任契約を締結したこと。
B 請求人は、B男とともに、A社の債権者集会において、出席した同社の債権者から、本件任意整理業務の遂行上の原資となる同社の財産を管理するよう求められたこと。
C 本件預金債権は、前記A及びBの事実に基づき、本件任意整理業務の原資として請求人及びB男がA社から預かったものであること。
D 本件任意整理業務の遂行上の共益費のほか、請求人及びB男の報酬等も、本件預金から支払われる予定となっていること。
E A社の代表者は、当初からA社の資産のすべてを請求人及びB男に管理されることに不満を述べており、同代表者から本件預金等の一部でもよいから取締役報酬として早急に同人に払い渡してもらいたい旨の数回にわたる申入れが請求人に対してなされたが、請求人はこれを断っていたこと。
(ロ) 原処分庁は、本件預金等の名義及びその出捐者がA社であるから、その帰属を同社であると認定しているが、本件預金は次のとおり同社に帰属するものではない。
A 預金債権の帰属についての判断は、自らの出捐及び自らの意思によって、銀行に対して自ら又は使者・代理人を通じて預金契約をしたものを預金者とするのが相当と解されているところ、次のとおり、A社には、本件預金等を自らの預金とする意思はない。
(A) 本件預金等は、出捐者たるA社から預金口座を開設する旨の委任を受けて開設したものではなく、請求人が、単に本件任意整理業務の遂行上、預金という形で保管したにすぎないこと。
(B) 本件預金等は、その名義を請求人の氏名として開設してもA社からの委任の趣旨には反しなかったところ、A社の債権者への説明及び弁済等の便宜上並びに同社の債権回収に当たり同社の名義でないと回収が困難となるおそれがあると判断したことから、単に名義のみA社としたものにすぎないこと。
(C) A社の代表者は、本件預金等の存在自体知らなかったこと。
 また、本件預金等に入金された金員は、請求人が、本件任意整理業務の遂行の中で、A社の債権を直接回収したものであること。
(D) 本件預金等に入金された金員は、いずれもA社の預金とするために預かったものではなく、本件任意整理業務の遂行上からA社の債権者への弁済の原資として預かったものであること。
B また、預金債権の帰属の判断として、預金の預入れに際し、取扱金融機関に届け出た印章・預金証書を実質的に支配し得る地位にある者を預金者とすると解されているところ、本件預金等に係る預金通帳及び印章は、本件任意整理業務の遂行上、請求人が保管し、その入出金についてもすべて請求人が管理しており、前記(ロ)のAの(C)のとおりA社の代表者は本件預金等の存在すら知らなかったのであるから、請求人は、本件任意整理業務の遂行者として本件預金債権を実質的に支配し得る地位にある者である。
(ハ) 原処分庁は、本件預金等の開設行為がA社の代理行為であるから、本件預金はA社の財産であると認定しているが、弁護士の任意整理の遂行上の諸行為は、商行為には当たらないところ、請求人は、弁護士を業としており、本件預金等の開設に当たっては、代理行為に必要な顕名を一切行っておらず、また、請求人には代理行為をする意思もなかったのであるから、本件預金等の開設行為は代理行為には当たらない。
ロ また、仮に、前記イの主張が認められない場合においても、次のとおり本件預金に係る債権は請求人に帰属するものである。
(イ) 請求人は、本件任意整理業務に係る委任契約の時点で、A社が有するすべての資産を同社から分離させ、本件任意整理業務の遂行上の原資並びに請求人及びB男の報酬とする意思をもって取得、管理しており、本件預金等は、この意思に基づきA社の意思とは無関係に、請求人の独自の判断で開設したものである。
 そうすると、預金の出捐者と預金行為者とが異なり、その預金行為者が出捐者の金員を横領した場合等特別な場合には、その預金は、預金行為者に帰属すると解すべきであるとされており、本件預金等は、その例と類似した特別な場合に該当する。
(ロ) 請求人は、任意整理業務の遂行上から、平成3年4月4日付の「資産包括譲渡及び報酬合意書」(以下「譲渡等合意書」という。)による契約に基づき、平成3年2月20日にA社から同社のすべての財産を譲り受けており、その財産はその時点で請求人に移転している。

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(2) 原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法である。
イ 本件預金に関し、次の事実が認められる。
(イ) 請求人は、平成2年12月27日に、B男とともに、A社から本件任意整理業務を委任されたこと。
(ロ) 請求人は、平成3年1月21日に開催された債権者会議及び平成3年4月9日に開催された主要債権者協議会に、A社の代理人として、B男及びA社の代表取締役C男(以下「C男」という。)とともに出席していること。
(ハ) A社の債権者委員会、債権者及び債務者に対する諸通知の発信人は、A社の代理人としての請求人及びB男の両名又はB男となっていること。
(ニ) A社の債権者又は債務者からの諸通知、領収書等の名あて人は、A社、A社代理人弁護士B男、A社代理人弁護士請求人又はA社代理人弁護士B男及び請求人となっていること。
(ホ) B男は、平成3年1月21日に開催された債権者会議において、A社の印鑑をA社の代理人が預かる旨述べていること。
(ヘ) 別件預金は、平成3年1月29日に開設されており、別件預金には、A社の売掛金を回収した金員、在庫商品の売却代金等が入金され、また、別件預金から出金された金員でA社の買掛金、廃棄物の処理代等が支払われていること。
(ト) 本件預金は、別件預金から出金された資金で平成3年5月17日に開設されており、本件預金には、A社の事務所の入居保証金の返還金等が入金され、また、本件預金から出金された金員でA社の買掛金、借入金、住民税、厚生年金掛金、健康保険料及び従業員の給与等が支払われていること。
(チ) 本件預金等の出金明細として、本件預金に係る預金通帳には、「B男・請求人立替分」、「諸立替(印紙・交通費)」及び「ワープロ・コピー代(領)」と記載されたものがあり、そのうち「諸立替(印紙・交通費)」及び「ワープロ・コピー代(領)」は、請求人の所属する◎◎法律事務所が領収書を発行していること。
(リ) 本件預金等の届出印の印影は、いずれも前記(イ)の委任状に押印されたA社の印鑑の印影と同じものであること。
ロ 前記イの事実を総合すると、請求人及びB男は、代理人として、A社の任意整理業務の遂行上、銀行と本件預金等の預金契約をし、A社の資産を資金化して入金し、A社の債務を弁済するために出金していたものと認められる。
 したがって、本件預金に係る債権はA社に帰属するものである。
ハ なお、本件差押えは、国税徴収法第47条《差押の要件》第1項第1号、同法第54条《差押調書》第2号及び同法第62条《差押の手続及び効力の発生時期》の規定に基づき適法に行われている。

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3 判断

 請求人は、原処分庁の本件預金に係る債権の差押えは違法であり、取り消すべきである旨主張するので、以下審理する。
(1) 当審判所が原処分関係資料及び請求人が当審判所に対して提出した譲渡等合意書等の関係資料を調査した結果並びに請求人の当審判所に対する答述によれば、次の事実が認められる。
イ A社に対し、破産法に基づく破産宣告が行われた事実は認められないこと。
ロ 平成2年12月27日に、A社は、請求人及びB男にA社の任意整理に関する一切の件を委任したこと。
ハ 本件預金等の口座開設に使用された届出印の印影は、いずれも前記ロの委任契約に係る委任状に押印されたA社の印影と同じであること。
 また、その印影は、A社の平成元年7月21日から平成2年7月20日までの課税期間分の消費税の確定申告書に押印された印影と一致すること。
ニ 別件預金口座は、平成3年1月29日に開設されており、当該預金口座には、A社の売掛金を回収した金員、在庫商品の売却代金等が入金されており、更に、A社の受取手形に係る入金も多数認められること。
 また、別件預金口座からA社の買掛金、廃棄物の処理代等が支払われていること。
ホ 本件預金口座は、別件預金口座から引き出された金員により平成3年5月17日に開設されていること。
ヘ 本件預金口座には、A社が賃借していたP市S町3丁目1番9号所在の事務所に係る貸室賃貸借契約の解除に伴いA社に返還されることとなった保証金6,911,700円が、平成3年9月13日に振り込まれており、また、本件預金口座からA社の買掛金、借入金、住民税、厚生年金掛金、健康保険料及び従業員の給与等が支払われていること。
ト 前記への保証金の返還を受けるに際し、請求人は、平成3年5月27日に内容証明郵便により、事務所の賃貸人である××男に対して通知書を送達しているが、その発信人は、A社の代理人として請求人とB男の氏名が記載され、本文の冒頭にも、A社の代理人として通知する旨記載されていること。
チ A社の債権者会議に係る照会状、債権者及び債務者に対する諸通知の発信人は、いずれもA社の代理人として請求人とB男の両名又はB男となっていること。
リ 本件任意整理業務における弁済に係る債権者からの領収書の名あて人は、いずれもA社の代理人として請求人及びB男の両名又はB男名若しくは請求人名が記載されていること。
ヌ 任意整理に係る債権者への配当金の支払に関し金融機関が発行した振込金(兼手数料)受領書の依頼人名はA社となっていること。
ル 請求人が原処分庁に提出した本件預金等に係る通帳写しには、出金に関して、摘要欄にメモが記載されているが、それらのうち平成3年5月28日には「諸立替(印紙・交通費)」と、平成3年6月28日には「B男・請求人立替分」とそれぞれ記載されていること。
ヲ 平成3年4月4日作成の譲渡等合意書にはA社の資産に余剰がない場合には、C男個人がその債務を負うこととする旨の記載があること。
ワ 譲渡等合意書によれば、A社が保有する現金、売掛金債権、在庫等のすべての資産を請求人にゆだね請求人が管理する旨の記載があるものの、A社及び請求人は、譲渡等合意書によりA社の資産の譲渡及び譲受けに関し、A社の債務者に対して何らその通知を行っていないこと。
(2) ところで、請求人は、破産法第6条の規定では、破産者の財産は破産者から切り離され、すべて破産財団に帰属する旨規定されていることから、本件のような任意整理の場合も同様に扱うべきである旨主張する。
 しかしながら、このような特別な取扱いは破産法に基づく破産宣告がなされていることが前提となるものであるところ、前記(1)のイのとおり、A社に対し、破産宣告があったとは認められず、また、滞納国税の徴収に当たり、本件のような任意整理の場合においても、破産宣告があった場合と同様に扱うべき旨を定めた法令上の規定もない。
 したがって、この点に関する請求人の主張を採用することはできない。
(3) 請求人は、前記2の(1)のイの(ロ)を理由として、本件預金はA社に帰属せず、本件預金に係る債権はA社に帰属する財産から切り離し本件任意整理業務の遂行上の財産として別個に取り扱われるべきである旨主張する。
 しかしながら、上記(2)で述べたとおり、本件任意整理業務の遂行上の財産を破産財団と同様に扱うべき旨を定めた法令上の規定もないところ、請求人は、前記(1)のロのとおりA社から同社の任意整理業務を委任され、同社の代理人として法律の規定に基づく裁判上の制度・手続によらずして同社の財産の整理業務を行ったものと認められ、本件預金口座の開設行為は、当該委任契約における委任の範囲内にある行為であって、当該委任契約に基づき本件任意整理業務の遂行上資産を管理するために行われたものであると認めるのが相当である。
 したがって、本件預金債権は、A社に帰属する財産であると認められるから、当該債権がA社に帰属する財産から切り離し本件任意整理業務の遂行上の財産として別個に取り扱われるべきである旨の請求人の主張には理由がない。
(4) 請求人は、本件預金等の口座を開設するに当たり、顕名行為は一切行っておらず、A社の代理行為をする意思もなかったとして、その行為は代理行為ではない旨主張する。
 しかしながら、本件預金等の名義はA社となっており、また、前記(1)のハのとおり、その開設に当たり使用された印章もA社の印章であると認められ、その出捐も前記(1)のニ及びホの事実からすれば、本件預金等の出捐者もA社であることが認められるから、仮に、請求人が顕名行為を行わなかったとしても、A社に代わり本件預金等に係る預金契約を行ったと認めるのが相当であり、これを覆す事実も認められない。
 また、前記(3)で述べたとおり、請求人が本件預金等の口座を開設したのは、本件任意整理業務の遂行に関する管理の必要から行ったものと認められ、その行為は、前記(1)のロの委任契約の範囲内の行為であり、請求人は、この委任契約に基づく受任者として本件預金等の口座を開設する預金契約を行ったものと認めるのが相当である。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(5) 請求人は、本件任意整理業務に係る委任契約の時点で、A社の資産を本件任意整理業務の遂行上の原資並びに請求人及びB男の報酬とする意思を持って取得、管理支配しており、A社には自らの預金とする意思はなく、本件預金等の存在自体知らなかったのであるから、本件預金等に係る債権は、横領などの特別な例の場合と同様、預金行為者である請求人に帰属する旨主張する。
 しかしながら、前記(3)のとおり、請求人が、金融機関と本件預金等についての預金契約を行ったのは、本件任意整理業務の遂行上、A社の資産を管理する手段として行ったものであるから、請求人が、本件預金等に係る預金契約に使用した印章及びその預金通帳を占有し、A社がその預金の存在自体知らなかったとしても、それらの行為はA社との委任契約における委任の範囲内の行為であると認めるのが相当である。
 また、前記(1)のヲのとおり、請求人及びB男の報酬は、A社の資産に余剰がない場合には、C男が個人的にその債務を負うこととされていることからすれば、本件預金に係る債権が直ちに請求人及びB男の報酬となるものではないと認めるのが相当である。
 したがって、本件預金に係る債権は請求人に帰属するとは認められず、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(6) 請求人は、譲渡等合意書によりA社の資産のすべてを譲り受けており、その帰属は請求人に移転している旨主張する。
 しかしながら、債権譲渡等の事実をもって差押権者に対抗する場合には、民法第467条《指名債権譲渡の対抗要件》の規定により、債務者に通知し又は債務者がこれを承諾することが必要とされているところ、譲渡等合意書による資産の譲渡について、前記(1)のワのとおり、A社の債務者に対する通知又は債務者の承諾がなされたとは認められず、このことは、前記(1)のヘないしルのとおり、譲渡等合意書の作成後においても、請求人は、本件預金等及びA社の預け保証金について、A社の資産として取り扱っていることからも明らかであって、請求人は、譲渡等合意書を根拠として、差押債権者たる原処分庁に対抗することはできないと解すべきである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(7) 以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、前記(1)の各事実から判断すれば本件預金に係る債権は、A社に帰属する債権であると認めるのが相当であるから、原処分庁がA社の滞納国税を徴収するため本件差押えをなしたことに違法は認められない。
(8) 原処分のその余の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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