ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.49 >> (平7.6.19裁決、裁決事例集No.49 585頁)

(平7.6.19裁決、裁決事例集No.49 585頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、銀行業を営む者であるが、原処分庁は、株式会社M(以下「滞納会社)という。)の別表1に記載する滞納国税について、請求人が滞納会社の株式会社S社(以下「S社」という。)に対する別表2に掲げる債権の譲渡担保権者であるとして、請求人に対し、平成5年5月20日付で国税徴収法(以下「徴収法」という。)第24条《譲渡担保権者の物的納税責任》第2項の規定による告知処分(以下「本件告知処分」という。)をした。
 その後、原処分庁は、平成5年6月1日付で、請求人に対し、本件告知処分のうち別表2の〔1〕に掲げる債権に係る部分を取り消す旨の通知をした。
 請求人は、上記通知により一部取り消された後の本件告知処分を不服として、平成5年7月5日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は同年10月1日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成5年10月29日に審査請求をした。

トップに戻る

2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 請求人は、「一括支払システムに関する契約書(代金債権担保契約書)」と題する書面により、平成4年12月8日付で一括支払システムに関する契約(以下「本件基本契約」という。)を滞納会社及びS社との間で締結した。
 本件基本契約は、〔1〕S社は、滞納会社に対する買掛金債務(以下、これに対応する滞納会社の債権を「代金債権」という。)の支払事務を請求人に委託すること、〔2〕請求人は、滞納会社との間で「一括支払システム当座貸越契約」(以下「本件貸越契約」という。)を締結し、本件貸越契約に基づいて、代金債権を担保とし、期日未到来分の代金債権残高を貸越限度額として、滞納会社に当座貸越を行うこと、及び、〔3〕滞納会社はS社に対する代金債権を、S社が「譲渡代金債権明細書兼承諾書」(以下「明細・承諾書」という。)を請求人に交付することにより、本件貸越契約に基づく当座貸越債権の担保として請求人に債権譲渡することを骨子としているが、その第3条の2第1項(以下「本件条項」という。)において、「貴行に担保のために譲渡した代金債権に対して国税徴収法第24条、地方税法第14条の18及びこれと同旨の規定に基づく譲渡担保権者に対する告知が発せられたときは、これを担保とした貴行の当座貸越債権は何らの手続を要せず弁済期が到来するものとし、同時に担保のため譲渡した代金債権は当座貸越債権の代物弁済に充当されるものとします」と定めている。
ロ 請求人は、本件基本契約に基づき、平成4年12月11日付で滞納会社と本件貸越契約を締結し、平成5年3月18日付の明細・承諾書により、滞納会社のS社に対する別表2の〔2〕に掲げる10,142,840円の代金債権の譲渡を受け、同月19日に明細・承諾書に公証人A役場の確定日付を徴し、また、同年4月16日付の明細・承諾書により、滞納会社のS社に対する同表の〔3〕に掲げる14,945,865円の代金債権の譲渡を受け、同月19日に、明細・承諾書に公証人A役場の確定日付を徴した。
ハ 原処分庁は、請求人が本件基本契約により滞納会社から譲渡を受けた滞納会社のS社に対する別表2の〔1〕ないし〔3〕に掲げる代金債権が譲渡担保財産であるとして、平成5年5月20日付で請求人に対して本件告知処分をしたが、同年6月1日付で、本件告知処分に係る代金債権のうち、同表の〔1〕に掲げる代金債権につき告知を取り消す旨の通知をし、同日付で、当該取消後の本件告知処分に係る代金債権(以下「本件代金債権」という。)につき、別表3のとおり差し押さえた。
ニ しかし、原処分庁が徴収法第24条第2項による告知をした平成5年5月20日現在、請求人は、滞納会社に対して本件代金債権と同額の貸付金を有しており、本件代金債権はこの貸付金の担保であったところ、本件告知処分が発せられた時に、本件代金債権は、本件条項に基づく代物弁済により消滅したから、当該告知が請求人に到達した時には、本件代金債権は存在しなかったものであり、したがって、原処分は無効に帰するものである。なお、本件条項は、徴収法第24条第2項の告知がされた後のことを定めているのではない。このような本件条項の効力を否定するためには、明確な法律上の根拠がなくてはならないのである。
 また、譲渡担保の実行の完了時点の定めは、契約自由の領域の問題であり、徴収法は、特段これを規制する明確な規定を置いていないが、このような重要な点につき同法上何らの規定も設けていないのは、これを譲渡担保権者と設定者との合意にゆだねたものとみるほかない。そのように解さない限り、関係者間の法的安定を害するというべきである。
 さらに、租税法律主義の建前からすれば、既に消滅している本件代金債権が、本件告知処分を受けた時点で、なぜ譲渡担保財産なのか、その積極的根拠をむしろ国税当局において明らかにすべきである。
ホ 平成7年2月23日付のE弁護士の意見書(以下「E意見書」という。)にあるように、故意に脱税を図る意図なしに正常な経済取引を円滑に進めている場合には、外見上は租税回避とみられる方式がとられていても、租税の賦課・徴収は差し控えるべきである。
 本件基本契約及びこれに基づき請求人が滞納会社との間において締結した本件貸越契約は、請求人の円滑な金融を通じて、事業者の経済活動を育成していくための重要なシステムであって、請求人はこの担保があるからこそ貸出しに応じているものであり、もとより税務当局の徴税活動を阻害する目的をもったものではなく、ことさら国税を排除する目的でなされた約定ではない。したがって、一括支払システムに関するこれら約定は、その内容が強行法規に反するものではなく、公序良俗に反することもないから、契約自由の原則により適法有効であって、当事者間のみならず租税債権者その他の第三者に対しても対抗し得るものである。
 また、相殺に関する昭和45年6月24日最高裁判所大法廷判決(民集24巻6号587頁。以下「大法廷判決」という。)が存するところ、この判例は実質租税回避の結果となる約定を合理性があるものとして第三者に対する効力を肯認しており、その趣旨からも本件条項は第三者に対しても有効である。
ヘ また、一括支払システムは手形割引と同様の機能を有するものであって、徴収法附則第5条《国税と他の債権との調整等に関する経過措置》第4項の規定の趣旨からも一括支払システムの有効性は肯認されるべきである。なぜなら、もし、この約定が国税に対抗できないというのであれば、手形割引を行った地位以下に陥ってしまい、貸付けそのものができなくなることになるからである。
 このような状況において、税務当局が、租税の優先権を主張することは、正当な経済活動を著しく阻害する結果になり、当を得ない。
 なお、原処分庁は、徴収法附則第5条第4項について、法形式が異なることを理由に請求人の主張を排斥するが、法律の規定を厳格に解釈したいのであれば、徴収法第24条の規定の解釈も厳格にすべきであり、原処分庁のような立場の不統一は、御都合主義のそしりを免れない。
ト 徴収法第24条第2項の告知処分をする場合には、一括支払システムに関する約定の存在を調査すべきであり、調査すれば、告知はできないことが明らかなものについてなされた本件告知処分は手続に瑕疵がある。
チ 本件告知処分につき、「その者の財産につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認められる」かどうかは不知であり、国税当局で立証すべき事柄である。
 なお、滞納会社は、平成4年6月30日現在の貸借対照表によれば、債務超過ではない。

トップに戻る

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり正当であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 請求人の主張のイからハまでの各事実については、請求人の主張のとおりであり、争わない。
ロ 本件条項の国税に対する効力について
 請求人は、請求人が滞納会社及びS社との間で締結した本件基本契約の第3条の2の本件条項は、合理性があり、その内容は強行法規に反するものではなく、かつ、公序良俗に反することもないから、契約自由の原則により適法有効なものであって、当事者間のみならず租税債権者その他の第三者に対しても対抗し得るものである旨主張する。
 しかしながら、本件条項の国税に対する効力は、次のとおりであることから、国税に対してその有効性を主張できない。
(イ)本件条項の下では、国税の徴収権者が、徴収法第24条の定める要件を充足していると認めて同条の徴収手続の着手として告知書の発付を行うと、これと同時に譲渡担保の実行が完了し、譲渡担保権者への告知書の到達はこれに遅れることになるから、告知書の到達をもって発生するはずの効果(譲渡担保権者を第二次納税義務者とみなし、譲渡担保財産に対して滞納処分を行うことができる。)は、常に発生する機会がなくなることになる。徴収法第24条の規定は、租税との関係において「担保物権に対して与えられている保護以上のものを譲渡担保に与えることは、租税の徴収の確保並びにその公平の実現を図るため、適当でない」ことに基づき、抵当権と同様に取り扱おうとして(租税徴収制度調査会答申)創設されたものであるから、上記の結果は同条の趣旨・目的を没却するものである。
(ロ)本件条項は、譲渡担保権の実行完了時点の定めを利用して、徴収法第24条の規定を排除するものである。
 徴収法第24条第5項の規定に照らせば、債務不履行等により譲渡担保権が消滅し、譲渡担保権者が確定的に譲渡担保財産を取得した場合には、その後同条第2項による告知がなされたとしても、譲渡担保権者の信頼を保護しなければならず、徴収対象財産から排除されることとの対比において、同条は、譲渡担保権者の信頼を害さない限り、告知を契機として、譲渡担保財産が徴収対象財産から除外される事態を広く排除しようとしたものと解することができるから、告知が発信されたことを停止条件として、譲渡担保財産を徴収対象財産から任意に除外することを許容したものとは解し難い。
(ハ)請求人は、本件条項には合理的事由があり、国税に対しその有効性を主張できるとするが、その合理的事由なるものは、一括支払システムは従来の手形割引制度を手続の簡素化及び印紙税節約の観点から改善した制度であり、その代替手段であること、そして、手形割引制度の下で認められていた地位を確保するため、滞納処分を排除する必要があるというものである。
 そして、請求人は、この約定が国税に対抗できないというのであれば、手形割引を行った地位以下に陥ってしまい、貸付けそのものができなくなってしまうという。
 確かに、手形割引の場合は、手形の売買という法形式により、手形そのものについて滞納処分の介入する余地はなく、国税に優先して債権回収をすることができる地位にあったわけであるが、徴収法では、約定担保権について、いわゆる予測可能性の理論、すなわち、担保権を設定するときに租税があることを知りながら設定したときは、担保権者は租税に劣後することが妥当であるということを出発点とし、現実に知っているということではなく、知り得る状態にある時で租税との優先劣後を判定するという考え方が採られている。したがって、一括支払システム下においても譲渡担保に優先する租税の存在を調査した上で貸付けを行うことにより、優先的地位を確保することができると考えられるのであり、従前とは異なる譲渡担保という法形式を選択した以上は、これとの調整を図っている徴収法を排除する合意に合理性が認められるとは解し難い。
 また、請求人は、徴収法附則第5条第4項の規定の趣旨からして一括支払システム及び本件条項が有効であるとし、このことは、手形割引と実質的に同一の機能を有する手形の譲渡担保においても手形割引におけると同等の地位が認められているから、一括支払システムにおいても同様の地位が認められるべきであり、これを実現する本件条項には合理性があるとする趣旨と考えられるが、これは手形の適用除外の規定が置かれた結果であって、同様の地位を認める目的で除外したものとは即断できないものであり、そこには、譲渡担保を規制する徴収法の下で、譲渡担保に優先する租税の調査確認、対抗要件の具備のはん雑さ、困難性等を考慮した法政策的判断がなされた上でのことであると十分に予測できるのである。したがって、法政策的判断を経てはじめて保護された地位との比較において、本件条項の有効性を基礎づけることは、直ちに首肯できない。
(ニ)さらに、請求人は、本件条項の効力について、大法廷判決の趣旨からしても、国税に対して有効であると主張しているが、当該判決は、相殺予約との関係において、弁済期の先後という問題、相殺をしようとする債権者はいずれ相殺できるという信頼すべき利益及び保護すべき利益があることを前提にして、相殺権者が相殺予約により国税債権に対して優先的な地位を一方的に得るような形でも、そもそも保護すべき利益があることを理由として有効性を認めたものである。
 一方、本件の場合においては、そもそも徴収法に法定納期限等と担保権設定の先後で優劣関係を決するという建前があり、その中での信頼すべき利益、保護すべき利益を考えるべきであると解されるので、上記大法廷判決の趣旨からしても本件条項は国税に対して有効とは解し難い。
(ホ)以上のとおり、本件条項は、告知書の発信から到達までの間に時間的較差が存在することを利用して、当事者の合意のみをもって代物弁済の効力発生の時期をそ及させることにより、譲渡担保財産が徴収対象とされることを回避したものにほかならず、徴収法第24条を潜脱する行為と認められるから、その効力を国税に対抗できないというべきである。
ハ 本件告知処分の適法性について
 原処分庁は、本件告知処分に係る告知書を発する時の現況において、代金債権は、請求人を譲渡担保権者とする滞納会社の譲渡担保財産となっていると認定し、かつ、滞納会社の財産につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認められ、本件譲渡担保の設定が滞納会社の国税の法定納期限等以後にされているため、本件告知処分を行ったものであり、告知書到達時に譲渡担保財産として存続しているか否かという点を除いては適法に手続が行われている。
 そして、本件告知処分の告知書到達時に譲渡担保財産として存続していたか否かという点については、上記ロのとおり、本件条項は、国税に対してその有効性を主張できないと解されるので、上記告知書到達時になお譲渡担保財産として存続していたわけであるから、本件告知処分は有効にその効力を生じているのである。

トップに戻る

3 判断

 本件告知処分の適法性について争いがあるので、以下審理する。

(1)当審判所の調査によれば、次の各事実が認められる。

イ 請求人は、滞納会社及びS社との間で本件基本契約を締結したこと。
ロ 本件基本契約は、要旨次のとおりの約定を含むものであること。
(イ)滞納会社は、滞納会社のS社に対する代金債権を、S社から請求人への明細・承諾書の交付により、請求人に債権譲渡し、請求人は、滞納会社との間で本件貸越契約を締結し、同契約に基づいて代金債権を担保として期日末到来分の代金債権残高を貸越限度額として、滞納会社に貸付けを行う。
(ロ)代金債権について徴収法第24条、地方税法第14条の18《譲渡担保権者の物的納税責任》及びこれと同旨の規定に基づき譲渡担保権者に対する告知が発せられたときは、請求人の滞納会社に対する当座貸越債権は、当然に期限の利益を失い、同時に代金債権は当座貸越債権の代物弁済に充当される(本件条項)。
ハ 請求人は、本件基本契約に基づいて、平成4年12月11日付で滞納会社と本件貸越契約を締結したこと。
ニ 滞納会社は、請求人に対し、本件基本契約に基づき、明細・承諾書の交付によって別表2の〔1〕ないし〔3〕に掲げる代金債権を担保のため譲渡し、請求人は、滞納会社に対し、これを担保として、本件貸越契約に基づく当座貸越を別表4のとおり実行したこと。
ホ 別表4の当座貸越はその実行後弁済されておらず、また、本件告知処分の告知書が発された平成5年5月20日現在において、請求人主張の代位弁済による消滅を仮にないとした場合、当該当座貸越債権は消滅していないこと。
ヘ 別表2の〔2〕及び〔3〕に掲げる本件代金債権の担保のための譲渡がされた日付は、上記2の(1)のロに記載のとおりであること。
 また、これらの日付は、いずれも別表1に掲げる滞納国税の法定納期限等の後であり、かつ、本件告知処分が発された平成5年5月20日の前であること。
ト 滞納会社に対し、滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認められること。

トップに戻る

(2)請求人は、本件告知処分が発せられた時点で、本件条項の効力により、本件代金債権が譲渡担保財産でなくなっているから、本件告知処分は違法であると主張し、原処分庁は、本件条項はその効力を国税に対抗できないから、本件代金債権は本件告知処分の時点においてなお譲渡担保財産であって、本件告知処分は適法であると主張するので、以下、この点について検討する。

 なお、請求人は、本件代金債権が消滅しているというところ、本件条項が有効であったとして、本件告知処分が発せられた時点で消滅するのは本件貸越契約による当座貸越債権であり、それゆえに本件代金債権が譲渡担保財産でなくなるのであって、本件代金債権が消滅するのではないことは明らかであるから、請求人の当該主張を上記のとおり解して検討する。
イ 本件告知処分の効力が発生するのは、その告知書が請求人に到達した時点であることについては、請求人及び原処分庁の間に争いがなく、当審判所としても相当と認める。
ロ 徴収法第24条は、〔1〕一定の条件の下で譲渡担保財産から滞納者の国税を徴収することができる(同条第1項)とし、〔2〕そのためには、譲渡担保権者に書面により告知しなければならない(同条第2項)とした上で、〔3〕上記告知後に被担保債権が、担保権の実行によって消滅した場合にも、当該財産はなお譲渡担保財産として存在するものとみなす(同条第5項)とする一方、〔4〕譲渡担保権者が、国税の法定納期限等以前に当該財産が譲渡担保財産となっている事実を証明した場合には、上記〔1〕の規定を適用しない(同条第6項)としている。
 なお、徴収法第24条第5項に規定する弁済に本件条項による代物弁済が含まれないことは、これが担保権の実行として行われていることに照らし明らかであり、請求人及び原処分庁は、いずれも、このことを前提として、主張しているものと認められる。
ハ 仮に、本件条項が国税債権者に対し効力を有するとした場合、本件告知処分が効力を有する前に、滞納者の当座借越債務は期限の利益を喪失し、本件代金債権により代物弁済がされて、本件貸越契約による当座貸越債権は消滅していることになるから、徴収法第24条第5項の規定により、本件告知処分が違法となることは明らかである。
 しかし、このことは、請求人の提出した昭和62年10月20日付のV教授の意見書(以下「V意見書」という。)に明確に記されているとおり、本件条項の下においては、徴収法第24条第2項による告知の発されたときに譲渡担保権の実行が完了し、譲渡担保権者への上記告知の到達はこれに常に遅れることになるから、徴収法第24条による物的納税義務の効果は、常に発生する機会がないことになり、このような方式は、国税債権者に対し、徴収法第24条による物的納税義務を追及する余地を全く否定するものであるということを意味する。
ニ 請求人は、譲渡担保権の実行の完了時点の定めは、契約自由の領域の問題であり、徴収法は、特段これを制限する明確な規定を置いていないとし、このような重要な点につき同法上何らの規定も設けていないのは、これを譲渡担保権者と設定者との合意にゆだねたものとみるほかないと主張し、また、そのように解しない限り、関係者間の法的安定を害するとし、さらに、本件条項の効力を否定するためには、明確な法律上の根拠が必要であると主張する。
ホ そこで、上記イからハに記したところを踏まえ、(2)冒頭記載の請求人の主張につき判断し、特に上記ニに記載の論点についても検討する。
(イ)徴収法第24条第5項は、同条第2項による告知の後に担保権が実行されても当該財産はなお譲渡担保財産として取り扱う旨を規定しているところであり、その趣旨は、上記の告知後は当該財産は滞納国税の引当てとされ、譲渡担保権者及び滞納者が担保権の実行により、これを譲渡担保財産から除外し、滞納国税の引当ての対象外とすることを認めないことを原則としつつ、告知前に譲渡担保財産となっていた財産を確定的に取得した者については、その地位を保護することとし、譲渡担保権者と国税債権者との利益の調整を図ることに存すると解される。
(ロ)しかるに、本件条項の下においては、徴収法第24条第2項による告知が発された時に担保が実行されたことになるが、上記告知が発されたかどうか、また、いつの時点で発されたかは、告知書を受領して初めて知ることができるのであり、かつ、その際にも正確な時間を知ることは通常不可能というべきである。
 そうすると、譲渡担保財産は、譲渡担保権者と同設定者が認識しない間に、正確にはいつの時点か不明であるが、ともかく告知書が到達する前に、担保権の実行により代物弁済に充てられて、その確定的権利が変動したことになる。
 このような権利関係の変動を、当事者間においてはともかく、第三者である国税債権者に主張し得るかという点については、問題があるといわざるをえない。
 すなわち、上記の変動は、もっぱら国税債権者に対し譲渡担保権の消滅を主張するために、当事者間で存在したこととされたものであり、しかも、上記ハのとおり、かかる変動を認めることは、本件条項又はこれに類する条項を有する契約が存すれば、徴収法第24条による物的納税義務の規定が機能しなくなることを意味するのであるから、徴収法第24条の規定が、このような擬制による権利変動を保護しているとは解されず、同条の規定の適用上、担保権の実行は同条第2項による告知の告知書が到達した後に行われたものとして取り扱われるべきである。
(ハ)譲渡担保権の実行の完了時点の定めについては、徴収法がこれを制限する規定を置いていないことは確かであるが、そのことのみをもって、いかなる定めをもなし得、徴収法の規定の適用上、その効果を主張し得ることになるとはいえない。
 私法上の当事者間の合意は基本的に尊重すべきものであることはもとよりであるが、少なくとも、上記(ロ)のような擬制的な担保権実行時点の定めについては、徴収法第24条の立法趣旨に照らし合理的に考量して、その採否を判断すべきことは当然である。
 したがって、このことをもって法的安定を害するということはできず、また、上記の解釈は徴収法の立法趣旨からなされるものであるから、かかる事項についてまで、明文の法律上の根拠を逐一要するものとは解されない。
(ニ)なお、V意見書は、上記の見解の前提として、徴収法第24条第5項により、譲渡担保権の実行が完了する前に告知が到達しなければ、第二次納税義務を追及できない関係は、抵当権の実行としての競売手続において、配当要求終期までに交付要求又は滞納処分をしない限り、たとえ抵当権に優先する租税債権であっても、配当にあずかれないこととなるのと類似の関係にあるとし、そうとすれば、それは手続に属する問題というべきで、形式的に時間の先後で割り切って進んでいかざるを得ない性質の問題であるとする。
 そして、請求人は、主張において、上記記載を引用している。
 しかし、徴収法第24条第5項の規定は、譲渡担保権者に対する物的納税義務、さらに第二次納税義務とみなしての義務を課するための実体的要件の規定とみるべきであり、民事執行法上の配当要求における手続的規定とは、その性質を異にするものというべきである。
 したがって、徴収法第24条第5項の適用に当たり、「告知又は前項の適用を受ける差押をした後」との規定を、上記のように純形式的に解することは相当でない。
ヘ 請求人は、大法廷判決に言及して、相殺に関し、判例は、実質租税回避の結果となる約定も、合理性があるものとして第三者に対する効力を肯認しているとし、その趣旨からも、本件条項は、第三者に対しても有効であると主張する。
 この点に関しては、次のとおりである。
(イ)大法廷判決の判断の対象となったのは、債務の期限の利益の喪失の特約の効力及び被差押債権の第三債務者が、相殺を主張し得る債権の範囲に関する事案であるところ、本件では、期限の利益の喪失の特約は同様に含まれているが、相殺ではなく代物弁済予約が問題となっているのであり、事案を異にするというべきである。
 特に、相殺については、民法第506条第2項により、基本的に遡及効が認められているのであるから、本件のごとき代物弁済の効力発生時期の問題とは、そもそも衡量の基盤となる法律関係が異なるというべきである。
 さらに、現行徴収法制定の経緯をみれば、昭和33年12月8日の租税徴収制度調査会の答申は、譲渡担保につき、「租税との関係においてこれらの担保物権に対して与えられている保護以上のものを譲渡担保に与えることは、(中略)適当でない」とし、「譲渡担保権がその設定者の租税の一定期限前に設定されたものであるときは、その財産の価額から譲渡担保の被担保債権額を控除した額を限度とする」としている。
 これは、譲渡担保についても、抵当権、質権等の典型担保と同様に、法定納期限等と担保権の設定の先後を基本として、保護を加えるとしているものと思われる。
 それに対し、上記答申は、相殺については、「相殺による担保的効果を他の担保と同一視することには疑問があるから、租税との関係において法律上特別の規定を設けることは適当でないと考える」としている。
 現行徴収法は、上記答申の考え方を基礎として立法されているのであり、立法趣旨からして、相殺と譲渡担保とでは、徴収法上の考え方は異なるところである。
(ロ)大法廷判決の前提となる事実関係は、金融機関の預貸金取引であるのに対し、本件の事実関係においては、金融機関の貸出取引はあるものの、預金取引は関連していない。
 すなわち、前者においては金融機関の債権と債務の双方が関連しているのに対し、後者においては債権のみが関連している。
 大法廷判決の事案のような事実関係においては、通常、金融機関の当該取引先に対する貸出金の総額の一部が、いわゆる拘束性があるか否かはともかくとして、事実上の引当て的機能を期待され、又は、貸出金利の調整のためのコンペンサトリー・アカウント的な機能を期待されて預入されているのであるから、預金の総額は貸出金の総額の一部であって、かつ、経済的に後者が存在してはじめて前者が存在する関係にあると言える。そのような関係において、相殺を認めなければ、金融機関は、預金債権については国税債権者により回収され、貸出金債権については、一般に国税債権者に劣後することとなるのであるが、これは、経済取引の実態、取引当事者双方の期待に反するといっても過言ではないと考えられる。
 しかるに、本件においては、上記のとおり、かかる債権、債務の経済必然的な両建ての関係は存在しないのであって、単なる貸出金債権とその担保物件の関係にすぎないのであり、このような関係については、徴収法は、上記(イ)のとおりの調整をしているのであるから、大法廷判決の事案と本件との前提となる事実関係は全く異なるというべきである。
(ハ)以上のとおりであるから、大法廷判決の趣旨をもって、本件条項の効力に影響があるということはできない。
ト 請求人は、一括支払システムは手形割引と同種の機能を有するものであって、徴収法附則第5条第4項の趣旨からも、有効性は肯認されるべきであると主張する。
 しかし、徴収法附則第5条第4項は、法律上の手形割引に適用されるものではなく、手形割引は手形の売買であるから、そもそも徴収法第24条の適用される余地のないものであるところ、上記附則の規定は、銀行取引において、個々に手形の割引を受けることに代え、手形を譲渡担保として融資を受ける場合において、当該譲渡担保物件となった手形を、当分の間、徴収法第24条の適用除外とするものである。手形割引にあっては、個々の手形ごとに額面、期間、信用度がまちまちであることから、これらをまとめて担保として譲渡し、その担保力により融資を受けることが便であるところ、通常、受信者の振り出した手形であるいわゆる表紙手形による手形貸付又は手形割引の担保として、受信者の受領した多数の手形が付されるわけであるが、これらの付された手形は割り引きされているわけではない。
 ここから明らかなように、徴収法附則第5条第4項の規定は、手形割引を実質的に補完するところの表紙手形による貸付け又は割引における譲渡担保物件となった手形につき、適用することを目的として、設けられているものであるが、上記租税徴収制度調査会の答申の「手形を譲渡担保とするものについては、その特殊な性質にかえりみ、この制度を適用することにつきなお検討すべきである」との意見を受け、当分の間の措置として、法律により特に設けられたものである。
 したがって、一括支払システムが、上記の手形割引又は表紙手形制度と機能として類似するからといって、法律による明文の規定なく、同システムの一環をなす本件条項が有効とされるものではないというべきである。
チ 請求人は、E意見書を引用し、〔1〕故意に脱税を図る意図なしに、正常な経済取引を円滑に進めている場合には、外見上は租税回避とみられる方式がとられても、租税の賦課・徴収は差し控えるべきであるとし、〔2〕本件条項を含む一括支払システムに関する約定は、ことさら国税を排除する目的でなされた約定ではなく、仕入先、支払金額、銀行間における従前の手形割引による支払の方式を、手形を省いて合理化したものにすぎず、第三者に従前以上の新たな不利益を与えるものではないとし、〔3〕一括支払システムの約定は、その内容が強行法規に反するものではなく、公序良俗に反することもなく、契約自由の原則により適法有効であると主張し、さらに、〔4〕このような状況において、税務当局が、租税の優先権を主張することは、正当な経済取引を著しく阻害する結果にもなり、当を得ないと主張する。
 しかし、上記〔3〕については、既に上記ホ及びトで判断したとおりであり、また、上記〔1〕、〔2〕及び〔4〕については、次のとおりである。
(イ)上記〔1〕については、何をもって「故意に脱税を図る意図」といい、何をもって「外見上は租税回避とみられる」というか必ずしも明らかではなく、総じてその主張するところの意味は定かでないが、たとえ、正当な経済取引を行うに当たっての取引方式であっても、これが租税法の賦課・徴収の対象となるものであり、これを回避する方式であって、法制度の趣旨に反すると認められれば、賦課・徴収を差し控える必要性があるとは認め難く、これは「故意に脱税を図る意図」を有するか否かにかかわるものではないというべきである。
(ロ)上記〔2〕については、本件条項は、本件基本契約に、後に追加されたものであり、その追加の経過は、およそ一般に明らかになっているところ、関係者の主観的意思として脱税を図るとの意思があったか否かはともかく、ことさら、徴収法第24条の物的納税義務を回避するために設けられたものであることは明らかである。さらに、第三者に従前以上の新たな不利益を与えるものではないとの主張については、従来の手形割引又は表紙手形制度による融資が一括支払システムに移行する限りにおいては、そのような主張も、直ちに否定し難いが、本件条項の有効性の問題は、一括支払システムに限って論ずることができるものではないのであるから、本件条項が有効とした場合、第三者に新たな不利益を与えないとはいいきれないというべきで、さらに、上記トで記したとおり、新たな支払・融資等のシステムが仮に合理的であっても、徴収法第24条の適用を免れるためには、同法附則第5条第4項のような新たな立法措置を要するというべきであって、請求人の主張は、政策論としてはともかく、解釈論としては相当でない。
(ハ)上記〔4〕については、これまで記したところから、本件において徴収法第24条第1項及び第2項を適用することが不当とは認められない。
リ 以上のとおりであるから、本件条項を国税債権者に対しても有効とする請求人の主張はいずれも採用できず、徴収法第24条の適用に当たっては、本件代金債権は、本件告知処分が効力を発した時点において、なお譲渡担保財産であったと認められる。

トップに戻る

(3)上記(1)の事実に基づき、また、上記(2)の判断を踏まえ、本件告知処分の適法性について判断すれば、次のとおりである。

イ 本件代金債権は、本件告知処分を発した時点の直前まで、上記(1)のニ、ホ及びヘのとおり、滞納会社が請求人に供した譲渡担保財産であったと認められる。
ロ また、上記(2)から、本件代金債権は、本件告知処分の告知書が請求人に到達した時点においても、譲渡担保財産であったと認められる。
ハ 別表4の当座貸越債権は、上記(1)のホのとおり、本件告知処分がされた後においても弁済によって消滅してはいないと認められる。
ニ 本件代金債権は、上記(1)のヘのとおり、別表1の滞納国税の法定納期限等の後に、担保のために譲渡されたと認められる。
ホ 上記(1)のトのとおり、滞納会社に対し滞納処分を執行しても、なお徴収すべき国税に不足すると認められる。
 なお、請求人は、滞納会社は、平成4年6月30日現在の貸借対照表によれば、債務超過ではないと主張するが、このことは上記判断に影響するものではない。
ヘ 上記イからホを総合すれば、本件告知処分は、徴収法第24条の要件に適合し、適法と認められ、また、上記(2)のチの(ハ)のとおり、本件告知処分を不当とすることもできない。

(4)なお、請求人は、上記2の(1)のトのとおり、本件告知処分の手続に瑕疵があると主張するが、当審判所の調査によれば、原処分庁は一括支払システムに関する本件基本契約その他の約定を調査の上、原処分をしていると認められ、さらに、調査をすれば原処分ができないことが明らかになるとの主張については、当審判所としては、上記(2)のとおり相当と認められないが、当該部分の主張をもってしては、そもそも手続の瑕疵とすることはできないといわざるを得ない。

 したがって、請求人のこの部分に関する主張は採用することができない。

(5)以上のとおり、原処分は相当であり、請求人の主張には理由がない。

 原処分のその他の部分について、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る