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(平8.9.20裁決、裁決事例集No.52 18頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、弁護士であり、平成7年7月20日に○○地方裁判所において破産宣告を受けた株式会社F(以下「F社」という。)の破産管財人である。
 原処分庁は、F社の取締役であるG(以下「滞納者」という。)の別表に記載する滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)の納付を求めるため、請求人に対し、平成7年9月11日付で、国税通則法第52条《担保の処分》第2項の規定に基づき、F社を本件滞納国税に係る保証人とする納付通知書による告知処分をした。
 請求人は、この処分を不服として、平成7年11月2日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 主位的主張
 請求人は、本件滞納国税の納税を保証する旨の契約(以下「本件保証契約」という。)が締結されたことを明らかにする担保提供書及び納税保証書の控えの存在を確認できず、原処分庁からF社が本件滞納国税に係る保証人である旨の証明を受けていないので、F社の破産管財人として、F社を本件滞納国税に係る保証人であると認めることはできない。
 また、F社が本件保証契約を締結することは、取締役と会社間の利益相反取引に該当し、商法第265条第1項の規定により取締役会の承認を要するところ、請求人は、本件保証契約の締結を承認する旨の決議(以下「本件承認決議」という。)がされたとする取締役会議事録の存在を確認できない。したがって、本件承認決議に係る取締役会議事録の写しが原処分庁に提出されていない場合には、原処分庁の悪意は明らかであるから、本件承認決議を経ていない本件保証契約は無効である。
ロ 予備的主張1
 仮に、上記イの主位的主張が認められないとしても、次のとおり、本件承認決議が錯誤により無効であり、また、本件保証契約を締結した行為自体も錯誤により無効であるから、本件保証契約は無効である。
(イ)取締役と会社間の利益相反取引について取締役会の承認を得るためには、商法第265条第3項の規定に基づき、当該取締役が重要な事実を開示して取締役会に報告しなければならないこととされている。
(ロ)しかしながら、滞納者は、本件保証契約に係る国税(以下「本件保証国税」という。)に破産手続において他の一般債権に優先して配当要求できる効力のあることを認識していなかったことから、取締役会における滞納者の報告は、本件保証契約を締結してもF社が単なる一般の保証人の地位に就くにすぎないものである旨説明されたものであった。
(ハ)このため、上記の滞納者の報告を受けたF社及び同取締役会は、破産手続における本件保証国税の優先配当に関する事実を認識しないまま、本件保証契約を一般の保証契約と同視し、本件承認決議をし、本件保証契約を締結したものである。
(ニ)したがって、破産手続における本件保証国税の優先配当に関する事実は、本件保証契約の内容となるものであるにもかかわらず、その事実を認識せずに行われた本件承認決議及び本件保証契約の締結の行為は、要素の錯誤による意思表示に基づくものである。
 なお、滞納者及びF社が本件保証契約を一般の保証契約と同視していたことについては、平成7年7月10日にF社が○○地方裁判所に提出した破産宣告申告書の添付書類である一般債権者一覧表に、本件保証国税を保証債務として記載していることからも明らかである。
ハ 予備的主張2
 また、仮に、上記ロの予備的主張が認められないとしても、本件保証契約を締結した行為は、次のとおり詐欺による意思表示に基づくものであるから、これを取り消すべきである。
(イ)破産手続における本件保証国税の優先配当に関する事実は、本件保証契約を締結する際の一つの重要な内容であるから、原処分庁は、滞納者を通じて、その事実をF社に知らしめる信義則上の義務があったというべきである。
(ロ)しかるに、原処分庁は、あえてその事実を秘匿したまま、F社に本件保証契約の締結を承諾させた。
(ハ)したがって、このような原処分庁の秘匿の行為は、不作為による欺罔行為に該当するものである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 原処分庁は、国税徴収法第151条《換価の猶予の要件等》第1項第2号の規定に基づき、本件滞納国税について換価の猶予をした際、滞納者から担保提供書及びその担保物件としてF社の納税保証書を受領するとともに、F社の取締役会議事録の写しを提出させて、本件承認決議が行われたことを確認しているから、F社が本件保証契約を原処分庁と締結していることは明らかである。
 なお、国税の納付を保証する保証人が破産宣告を受けた場合、原処分庁が破産管財人に対して、破産者が保証人となっていることを証明しなければならないとする法令上の規定はない。
ロ 請求人は、仮に、本件承認決議に係る取締役会議事録が存在していたとしても、F社及び同取締役会は、破産手続における本件保証国税の優先配当に関する事実を認識しないままに、本件承認決議及び本件保証契約の締結を行ったのであるから、これらの法律行為の要素に錯誤があるとして、本件保証契約が無効である旨主張し、又は、仮に、本件保証契約が無効でないとしても、原処分庁が請求人を通じてF社に対して当該優先配当に関する事実を説明しなかったことが詐欺に当たるとして、本件保証契約を取り消すべき旨主張する。
 しかしながら、そもそも保証人とは、主たる債務者が債務不履行に陥った場合に、その債務を履行すべき地位に就くものであって、国税に係る保証人においてもこれと同様であるから、破産財団に対する債権の優先配当関係がどのようなものであったとしても、そのことによって、本件保証契約の効力が影響されることはない。
ハ 以上のとおり、請求人の主張はいずれも理由がなく、F社が本件滞納国税に係る保証人であることは明らかであるから、これに基づき行った原処分に何ら違法な点はない。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、F社が本件滞納国税に係る保証人であるか否かにあるので、以下審理する。
(1)原処分関係資料によれば、次の事実が認められる。
イ 滞納者は、平成4年5月11日に原処分庁に赴き、本件滞納国税の納付方法について相談していること。
 その際、滞納者は、原処分庁から、滞納者所有の不動産のほか、F社を保証人とする納税の保証を換価の猶予に係る本件滞納国税に対する納税の担保として提供する旨指導されたこと。
ロ 滞納者は、上記イの指導に基づき、平成4年6月18日に、不動産に係るもののほか、納税の保証に係る担保に関する書類として、(a)担保提供書、(b)印鑑証明書、(c)納税保証書、(d)取締役会議事録の写し及び(e)商業登記簿謄本を原処分庁に提出していること。
ハ 原処分は、上記ロにより、本件滞納国税を充足する担保の提供があったとして、平成4年8月7日付で、本件滞納国税について、国税徴収法第151条第1項第2号の規定に基づき、平成4年6月1日から平成5年5月31日までの間、換価の猶予をしたこと。
(2)当審判所が、滞納者から原処分庁に提出された上記(1)のロの各書類を調査したところ、次の事実が認められる。
イ 担保提供書には、滞納者が原処分庁に対し、換価の猶予に係る本件滞納国税に対する納税の担保としてF社による納税の保証を提供する旨及びF社がこれに同意する旨記載された上、滞納者及びF社の署名、押印がされていること。
ロ 印鑑証明書は、F社の代表取締役Hの印鑑について○○法務局登記官が平成4年6月5日付で証明したものであること。
ハ 納税保証書には、F社が原処分庁に対し、換価の猶予に係る本件滞納国税の納税を保証する旨記載された上、保証人欄にF社の代表取締役Hの署名、上記ロの印鑑証明書によって証明された印鑑による押印がされていること。
ニ 取締役会議事録の写しには、次のとおり記録された上、出席した取締役全員の署名、押印がされていること。
(イ)平成4年6月10日午後一時からF社会議室において、Hが議長となり、本件滞納国税の納税の保証に関する可否を議事として、取締役会が開催された。
(ロ)F社取締役総数5名のうち、4名の取締役が出席した。
(ハ)出席した取締役のうち、滞納者は、特別利害関係人のために決議に参加せず、他の2名が賛成したので、議事は承認可決した。
ホ 商業登記簿謄本には、5名の取締役が登記されていること。
(3)請求人が当審判所に提出した滞納者の陳述書には、次のとおり記載されている。
イ 平成4年8月ごろ、原処分庁から、F社による納税保証書を差し入れるよう言われたので、それに従った。
ロ 原処分庁からは、「保証」としか聞いておらず、特に説明を受けることもなかったので、本件保証契約を一般の保証契約と同じものと理解していたものであり、本件保証国税が一般の債権や従業員の給料に優先して配当を受ける効力のあるものとは知らなかった。このため、破産の申立てにおいても、他の保証債務と同様に届け出ている。
(4)請求人が当審判所に提出した平成7年7月10日付○○地方裁判所第△民事部受付に係る破産宣告申立書には、(a)平成3年までは売上高が順調に増加していたが、その後は減少の一途をたどった旨及び(b)平成7年7月10日支払期日の約束手形の決済不渡りの事態を避けて会社再建を図りたいと考えたが、その再建の前提となる売上確保の見込みが立たず、平成7年7月5日の取締役会において破産申立てを決議した旨記載されている。
 また、この破産宣告申立書の添付書類目録には、一般債務者一覧表及び優先債権者一覧表が掲げられているところ、本件保証国税は、一般債権者一覧表に保証債務として記載されている。
(5)請求人の主張は、主位的主張と予備的主張とに区分されるので、以上の事実に基づき、以下順次判断する。
イ 主位的主張について
(イ)請求人は、担保提供書及び納税保証書の控えの存在を確認できず、原処分庁からF社が本件滞納国税に係る保証人である旨の証明を受けていないことから、F社が本件滞納国税に係る保証人ではない旨主張するので、検討したところ次のとおりである。
A 担保提供書及び納税保証書については、前記(1)のとおり、取締役会議事録の写し及び印鑑証明書等と併せて、いずれも換価の猶予に係る本件滞納国税に対する納税の担保に関する書類として、滞納者を通じ原処分庁に提出されていることが認められる。
 そこで、これらの提出書類を見てみると、前記(2)のとおり、(a)担保提供書にはF社が本件滞納国税に係る保証人となることに同意する旨記載されていること、(b)納税保証書にはF社が保証人として本件滞納国税の納税を保証をする旨記載されていること及び(c)取締役会議事録写しにはF社取締役会が本件承認決議をした旨記録されていることが認められ、印鑑証明書及び商業登記簿謄本と照らしても、これらの提出書類にされた署名、押印等を含めて、その内容に瑕疵は認められないから、本件保証契約は、F社の真意に基づき締結されたものと認めるほかはない。
B また、国税通則法第52条第2項によれば、税務署長が保証人にその保証する国税を納付させる場合には、納付通知書による告知をしなければならない旨規定されており、当該保証人が破産の宣告を受けていることが明らかなときには、破産管財人の住所等に当該納付通知書を送達することが相当であると解されるところ、その送達に当たって、破産の宣告を受けた者が保証人であることを証明しなければならない旨の法令の規定はないから、原処分庁が請求人に対して、このことをしなかったとしても、これによって原処分が違法となるものではない。
(ロ)請求人は、本件承認決議に関する取締役会議事録の写しが原処分庁に提出されていない場合には、原処分庁の悪意は明らかであるから、本件承認決議を経ていない本件保証契約を無効である旨主張するが、上記(イ)のとおり、本件承認決議が記録された取締役会議事録の写しが原処分庁に提出されており、その記録内容を見ても、本件承認決議に瑕疵は認められない。
(ハ)したがって、請求人の主位的主張については、いずれも理由がなく、本件保証契約は有効に成立しているといわざるを得ない。
ロ 予備的主張について
(イ)請求人は、仮に、上記イの主位的主張が認められないとしても、破産手続における本件保証国税の優先配当に関する事実を認識せず行われた本件承認決議及び本件保証契約の締結が要素の錯誤により無効であるから、本件保証契約は無効である旨主張するので、検討したところ次のとおりである。
A まず、滞納者が破産手続における本件保証国税の優先配当に関する事実を認識していなかったとすることについては、前記(3)の滞納者の答述書の記載内容のみによって直ちに推認することはできないところ、前記(4)のとおり、原処分がされる以前において、F社が破産宣告を申し立て、破産宣告申立書の添付書類目録に本件保証国税を優先債権ではなく一般債権として記載していることが認められるから、F社については、一応、破産手続における本件保証国税の優先配当に関する事実を認識していなかったものと推認することができる。
B 次に、本件保証契約の内容を見てみると、前記(2)のハのとおり、納税保証書には、F社が保証人として本件滞納国税の納税を保証する旨が記載されており、その保証の範囲等に関して何らの条件も付されていないことが認められる。
C ところで、民法第446条によれば、保証人は、主たる債務者がその債務を履行しない場合に、その履行を為す責を負担する旨規定され、同法第447条によれば、当該保証債務の範囲は、主たる債務に関する利息等その債務に従うすべてのものを包含する旨規定されている。
 また、民法第95条によれば、意思表示は法律行為の要素に錯誤があるときは無効とする旨規定されており、この場合の要素とは、錯誤がなかったなら、その意思表示をしなかったと考えられ、かつ、意思表示をしなかったことが、一般取引上の通念に照らしても当然と認められるような意思表示の内容の主要部分を指すものと解される。
D 以上のことを総合して勘案すると、本件保証契約は、滞納者が本件滞納国税の納税を履行できない状態に陥った場合に、F社がその不履行となった全額の納税を履行することを内容としているものであるから、本件保証契約は、請求人が主張する一般の保証契約と債務の履行範囲において何ら異なるところはないといえる。
 そして、本件保証契約が本件滞納国税の保証債務全額の履行を内容としている以上、仮に、F社及び同取締役会が、破産手続における本件保証国税の優先配当に関する事実を認識していたとしても、本件承認決議及び本件保証契約の締結をしたと考えるのが相当であり、かつ、本件承認決議及び本件保証契約の締結をすることが一般取引上の通念に照らしても当然と認められる。
 そうすると、破産手続において本件保証国税に優先配当権があるかどうかは、当然には本件保証契約の意思表示の内容の主要部分になるものではないから、F社が破産手続における本件保証国税の優先配当に関する事実を認識していなかったことを一応推認できるとしても、これによって、本件保証契約の効力が影響されることはないというべきである。
E したがって、本件承認決議及び本件保証契約の締結の意思表示に関して錯誤があったとは認められないから、本件保証契約を無効なものとすることはできない。
(ロ)さらに、請求人は、仮に、上記(イ)の予備的主張が認められないとしても、破産手続における本件保証国税の優先配当に関する事実は、本件保証契約を締結する際の一つの重要な内容であるところ、原処分庁がこの事実をF社に知らしめる信義則上の義務があったにもかかわらず秘匿していたことは、不作為による欺罔行為に該当するから、本件保証契約を締結した行為は詐欺による意思表示に基づくものであるとして、これを取り消すべき旨主張するので、検討したところ次のとおりである。
A 破産手続における本件保証国税の優先配当に関する事実が本件保証契約の意思表示の内容の主要部分とならないことについては、上記(イ)で判断したとおりである。
B F社は、前記(4)のとおり、平成3年ころから売上げが減少してきたとはいえ、会社再建が困難となったのは平成7年7月ころであることが認められるから、原処分庁はもとより、滞納者又はF社のいずれにおいても、本件保証契約を締結する時点において、F社が破産を宣告されるという事態に至ることを予測していたとは認められない。
C したがって、本件保証契約の意思表示の内容の主要部分とならない優先配当に関する事実について、まして、破産という特殊な事態を想定してまで、F社に対して知らしめるべき信義則上の義務が原処分庁にあったとは認められないから、本件保証契約の締結の行為が詐欺による意思表示に基づくものと認めることはできない。
(ハ)よって、請求人の予備的主張については、いずれも採用できず、本件保証契約は有効に成立しているとする上記イの判断を覆すことはできない。
(6)以上のとおり、F社は本件滞納国税に係る保証人であると認めざるを得ないから、これに基づき行われた原処分は適法である。
(7)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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