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(平9.5.14裁決、裁決事例集No.53 334頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)審査請求に至る経緯

 審査請求人Fほか3名(以下「請求人ら」といい、審査請求人を各別に「F」、「G」、「H」及び「J」という。)及びK(以下、請求人ら及びKを「本件相続人」という。)は、いずれも平成4年2月23日(以下「本件相続開始時」という。)に死亡したL(以下「本件被相続人」という。)の共同相続人であるが、この相続(以下「本件相続」という。)開始に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告から審査請求に至る経緯は、別表1のとおりである。
 なお、本件相続人は、Fを総代として選任し、その旨を平成7年1月6日及び同年5月17日に届け出た。
 その後、Kは、平成7年10月2日に死亡したので、同人の相続人である請求人らは本件審査請求における審査請求人の地位を承継したものであり、請求人らの納付義務の承継額は別表2のとおりである。

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(2)原処分の概要

 本件相続人は、本件相続税について、別表1の番号1欄のとおり記載した申告書(以下「本件申告書」という。)を法定申告期限までに提出した。
 その後、本件相続人は、本件被相続人に係る平成3年分の所得税について、平成5年3月19日に分離長期譲渡所得に係る修正申告書を提出し、さらに、平成5年3月24日に不動産所得等に係る修正申告書を再度提出したことに伴い、これによる所得税及び地方税(以下「所得税等」という。)の額190,629,800円を、本件相続開始に係る相続税の課税価格の計算上、本件被相続人から承継した債務として控除されるべきであるとして別表1の番号2欄のとおり更正の請求をした。
 原処分庁は、これに対し、上記所得税等の額の算定誤りを訂正した後の190,476,800円を控除すべき債務の額として認容したものの、本件相続人が相続財産として申告したP市R町2丁目3番13所在の土地(以下「本件土地」という。)87.17平方メートルに係る借地権(以下「本件借地権」という。)については、租税特別措置法(平成6年法律第24号による改正前のものをいい、以下「措置法」という。)第69条の3《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》第1項(以下「本件特例」という。)の適用がないとして別表1の番号3欄の更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をし、次いでその調査の結果を基に別表1の番号4欄の更正処分及び賦課決定処分(以下、更正処分を「本件更正処分」といい、賦課決定処分を併せて「本件更正処分等」という。)をした。
 本件相続人は、これらの処分に対し、別表1の番号5欄のとおり異議申立てをしたところ、異議審理庁は、各人の相続税額のあん分計算に誤りがあったとして、同表の番号6欄の異議決定においてKについては一部取消しの決定(以下、Kに係る本件更正処分等は、この異議決定後のものである。)をしたが、請求人らに対してはいずれも棄却の異議決定をしたので、本件相続人は異議決定を経た後の本件通知処分及び本件更正処分等に不服があるとして同表の番号8欄のとおり審査請求をした。
 なお、原処分庁は、請求人らについて、相続税額のあん分計算の誤りがあったとして別表1の番号7欄の再更正処分及び賦課決定処分(以下、再更正処分を「本件再更正処分」といい、賦課決定処分を併せて「本件再更正処分等」という。また、番号4欄及び番号7欄の賦課決定処分を併せて「本件賦課決定処分」という。)をしたので、請求人らは、別表1の番号9欄のとおり異議申立てをしたところ、異議審理庁は、国税通則法第90条《他の審査請求に伴うみなす審査請求》第1項の規定により、その異議申立書等を平成7年4月26日に国税不服審判所長に送付したので、同条第3項の規定により、本件再更正処分等に対し、同日審査請求がされたものとみなされ、本件通知処分及び本件更正処分等に対する審査請求と併合審理をする。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、本件通知処分についてはその一部の取消しを、本件更正処分、本件再更正処分及び本件賦課決定処分についてはその全部の取消しを求める。
イ 本件通知処分、本件更正処分及び本件再更正処分について
(イ)本件被相続人がM株式会社(以下「M社」という。)に平成3年11月19日付の借地権付建物売買契約(以下「本件売買契約」という。)により1,018,085,000円で売却した本件借地権及び同上所在の建物(以下「本件建物」といい、本件借地権と本件建物を併せて「本件借地権等」という。)には、本件売買契約締結後も本件被相続人、K及びF(以下「本件被相続人等」という。)が本件建物に居住するとともに、本件被相続人が代表取締役になっていた有限会社N(以下「N社」という。)にその一部を賃貸し、さらに、本件相続開始時以後も、平成5年7月末日に本件建物を引き払うまで、引き続きKとF及びその家族が本件建物に居住し、その間M社に地代もきちんと支払っており、平成5年8月2日に本件借地権等の引渡しに伴い、保証金の返還を受けたのであるから、本件相続開始時においては、その引渡しが未了であり、いわゆる売買契約中であったので、本件相続人が本件相続により取得した財産は、本件借地権等であり、その価額は本件売買契約に係る売買価額に基づく本件建物の額及び本件借地権の額とすべきである。
 また、本件被相続人は、上記のとおり本件相続開始時まで本件建物に居住し、同建物の1階部分の約8坪程度を、N社に賃貸し、同法人が米穀及びたばこの販売業を営んでいたので、本件借地権は本件被相続人の居住の用及び事業の用に供されていたものとなるから、本件借地権の価額は、本件特例を適用して算定すべきである。
(ロ)また、本件売買契約に基づき、本件借地権等について本件相続開始時までに受領した売買代金の一部700,000,000円は、これを預り金として本件相続の債務の額に算入すべきである。
(ハ)原処分庁が認定した本件相続に係る次表の財産及び債務の価額については、争わない。

(ニ)以上の結果、本件申告書に係る納付すべき税額は過大となるから、本件通知処分は、その一部を取り消し、本件更正処分及び本件再更正処分は、いずれもその全部を取り消すべきである。
ロ 本件賦課決定処分について
 以上のとおり、本件更正処分及び本件再更正処分は、いずれもその全部を取り消すべきであるから、これに伴い本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、各審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件通知処分、本件更正処分及び本件再更正処分について
(イ)原処分庁の調査によれば、次の事実が認められる。
A 本件相続人は、平成5年1月4日に本件借地権の価額を1,013,470,000円と算定し、この価額を基に本件特例を適用して本件申告書を原処分庁に提出していること。
B 本件被相続人は、平成3年11月19日にM社との間で本件借地権等に係る売買契約を締結し、その売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)によれば、要旨次のとおり記載されていること。
(A)本件被相続人は、本件借地権等を1,018,085,000円でM社に売却する。
(B)本件借地権等の所有権は、上記Aの売買代金全額が授受されたときに本件被相続人からM社に移転する。
 また、これと同時に本件被相続人は、本件借地権等を何ら瑕疵のない完全な状態でM社に引き渡すものとする。
C 本件売買契約に係る売買代金の支払状況は次のとおりであること。
(A)平成3年11月19日 150,000,000円
(B)平成3年12月20日 550,000,000円
(C)平成4年3月31日 230,000,000円
(D)平成4年7月29日  44,000,000円
(E)平成5年8月2日  44,085,000円
(ロ)ところで、土地等(土地又は土地の上に存する権利をいう。以下同じ。)の売買契約の締結後、当該土地等の売主から買主への引渡しの日前に当該売主又は買主に相続が開始した場合には、当該相続に係る相続税の課税上、当該売主又は買主たる被相続人の相続人その他の者が当該売買契約に関し当該被相続人から相続等により取得した財産及び当該被相続人から承継した債務は、それぞれ次によるものと解されている。
A 売主に相続が開始した場合には、当該被相続人から相続等により取得した財産は、当該売買契約に基づく相続開始時における残代金請求権とする。
B 買主に相続が開始した場合には、当該被相続人から相続等により取得した財産は、当該売買契約に係る土地等の引渡請求権とし、当該被相続人から承継した債務は、相続開始時における残代金支払債務とする。
 なお、上記土地等の引渡請求権の価額は、当該売買契約に基づく土地等の取得価額の金額となる。
(ハ)上記(イ)のB及びCの事実によれば、本件被相続人は、本件売買契約に係る売買代金総額1,018,085,000円のうち700,000,000円を本件相続開始時までに既に受領しており、仮に本件借地権等の所有権が本件被相続人に残っているとしても、その実質は、売買代金債権を確保するための機能を有するものにすぎず、もはやその独立性を喪失したものというべきであって、本件借地権等は、本件相続税の課税価格を構成する財産とは認められない。
(ニ)さらに、相続税の課税対象となる財産は被相続人に属する財産の総体であることを考慮すれば、本件借地権等に関し本件相続人が本件相続により取得した財産は、本件借地権等ではなく、本件売買契約に基づく本件相続開始時における残代金請求権318,085,000円及び受領済みの売買代金700,000,000円の化体財産である。
(ホ)また、本件特例は、個人が相続により取得した財産のうちに当該相続の開始の直前において、当該相続に係る被相続人若しくは被相続人と生計を一にしていた親族(以下「被相続人等」という。)の事業の用若しくは居住の用に供されていた宅地等(宅地又は宅地の上に存する権利をいう。以下同じ。)がある場合には、当該個人が取得した宅地等で200平方メートルまでの部分(以下「小規模宅地等」という。)については、相続税法第11条の2《相続税の課税価格》に算入すべき価額は、当該小規模宅地等の価額に一定割合を乗じて計算した金額とする旨規定している。
(ヘ)上記(ホ)のとおり、本件特例の対象となる財産は、被相続人から相続等により取得した宅地等に限られるところ、本件の場合、本件被相続人は、本件売買契約締結後、本件借地権等の引渡し前に死亡しており、本件相続人が本件相続により取得した財産は、上記(ニ)のとおりであるから、本件借地権の利用状況を検討するまでもなく、本件特例の適用はない。
(ト)以上のほか、本件相続により本件相続人が取得した相続財産の種類別価額及び納付すべき税額等は別表3のとおりとなる。
(チ)以上の結果、本件相続に係る本件相続人の納付すべき税額は、異議決定を経た後の再更正処分の額と同額であるから、本件通知処分、本件更正処分及び本件再更正処分はいずれも適法である。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件更正処分及び本件再更正処分はいずれも適法であり、本件相続人の場合、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づき行った本件賦課決定処分は適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件相続人が本件相続により取得した財産が本件借地権等であるか否か及び本件特例の適用の可否であるので、以下審理する。
(1)当審判所が原処分関係資料、請求人らから提出された証拠資料、参考人及び請求人を調査したところ、次のとおりである。
イ 原処分関係資料等によれば、次の事実が認められる。
(イ)本件被相続人は、平成3年11月19日にM社との間で、本件借地権等を1,018,085,000円で売り渡す旨の本件売買契約を締結したこと。
(ロ)本件相続人は、平成5年3月19日に本件借地権等に係る譲渡所得について、本件被相続人の平成3年分の所得として、措置法第31条の3《居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例》及び同法第35条《居住用財産の譲渡所得の特別控除》を適用し、同人の平成3年分所得税の修正申告書を、原処分庁に提出していること。
 その後、平成5年3月24日に不動産所得、給与所得及び雑所得に誤りがあったとして、再度修正申告書を提出していること。なお、これらに係る所得税等は190,476,800円であること。
(ハ)本件売買契約書によれば、上記2の(2)のイの(イ)のBのほか、要旨次のような記載があること。
A 第3条の定めによれば、売買代金は、次のとおり分割して支払い、本件被相続人は、下記(B)の第1回中間金の受領と引換えにM社に本件建物の所有権移転の本登記を行うこと(以下「本件登記条項」という。)を了承する。この際、本件被相続人はM社のために本件売買契約の所有権移転登記申請に必要な一切の書類を交付するものとする。
(A)手付金    契約締結と同時に      150,000,000円
(B)第1回中間金 平成3年12月20日までに 550,000,000円
(C)第2回中間金 平成4年3月 末日までに 230,000,000円
(D)第3回中間金 平成4年7月 末日までに  44,000,000円
(E)残金     平成4年12月 末日までに  44,085,000円
B 第4条の定めによれば、本件借地権及び本件建物の所有権は、売買代金全額が授受されたときに、本件被相続人からM社に返還、移転し、これと同時に、本件被相続人は、本件借地権等をM社に引き渡す。
C 第7条の定めによれば、(a)本件建物に対する固定資産税、都市計画税その他の賦課金は、納税通知書等のあて名名義の如何にかかわらず、平成4年4月1日を起算日として、本件借地権等の引渡しの日の属する月までの分は甲(売主)の負担、それ以降の分は乙(買主)の負担とする。(b)甲乙間の土地賃貸借契約に基づく地代については、本件借地権等の引渡しの日の属する月をもって区分し、その月までの分を、甲は乙に支払うものとする。
D 第13条の定めによれば、本件借地権に係る土地賃貸借契約は、本件借地権等の引渡しをもって終了するものとする。
(ニ)本件売買契約に基づく売買代金の支払状況は次のとおりであること。
A 平成3年11月19日 150,000,000円
B 平成3年12月20日 550,000,000円
C 平成4年3月31日 230,000,000円
D 平成4年7月29日  44,000,000円
E 平成5年8月2日  44,085,000円
ロ 請求人らが提出した土地賃貸料通帳及び敷金預り証写しによれば、次の事実が認められること。
(イ)土地賃貸料通帳には、その表紙に発行人としてM社の表示があり、次葉にはあて名として本件被相続人の氏名、本件土地の所在地番及び面積87.17平方メートルである旨の表示があり、月額の賃貸料及び通帳発行日がそれぞれ記載されているほか領収年月日、摘要及び領収印欄が設けられている。
 これらの記載内容によれば、平成元年4月分から平成5年7月分までの地代の領収年月日が記載され、かつ、領収印欄にM社の担当者の押印がある。
(ロ)昭和52年6月30日付で作成された敷金預り証には、本件土地の賃貸の敷金として預かった旨及び契約期間満了の際当該預り証と引換えに返還する旨が記載され、M社の記名押印があること。
 また、その裏面には平成5年8月2日付で預かり敷金を受領した旨の記載及びFの署名押印がある。
ハ M社の地所部次長X(以下「X」という。)は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述していること。
(イ)正確には覚えていないが、本件売買契約については、契約締結1年くらい前から、本件被相続人に話を持ちかけていたと思う。
(ロ)本件被相続人は、米屋を営んでいたため、本件売買契約を締結するに当たって代替地を確保する必要があったようで、当時の担当者がその世話もしていたようであるが、金銭的なことやその商売柄移転先は近所がいいとのことで代替地はP市R町1丁目に決まったようである。
(ハ)本件売買契約書の第3条第2項のなお書に第1回中間金をM社が支払うのと引換えに本件登記条項を承諾する旨の定めがあるが、その理由は、本件売買契約は、売買代金の総額が10億円余りと多額であること及び本件被相続人等が移転先の代替地購入のため中途で代金の一部を受領したい旨の申し出があり、代金を数回の分割払いにしたことなどから、売買代金の半分以上を支払った後に急に売るのをやめると言われたり、第三者に担保権を付けられたり、第三者に売却されたりしては困るので、それを防ぐために、第1回中間金と引換えに本件登記条項を本件被相続人に承諾してもらったものである。そして、本件建物を平成3年12月20日にM社に所有権移転登記をしたことから、平成3年度の平成4年1月分から同年3月分の固定資産税を、同日、本件被相続人に支払ったので、本件被相続人から領収書を受け取った。
(ニ)本件借地権等の引渡しについては、引渡しを受けた旨の書面の作成はしていない。
ニ 本件建物に係る固定資産税について本件被相続人がM社あてに発行した領収書には、要旨次の事項が記載されていること。
 平成3年12月20日領収6,300円。ただし、P市R町2―3所在の建物に係る固定資産税のうち平成4年1月から平成4年3月分として。
ホ Fは、当審判所に対し、要旨次のとおり答述していること。
(イ)平成3年初めころから、本件被相続人とM社との間で本件土地を有効に利用しようなどという話が出ていたが、米穀販売業は許可制のため、近所に移転できるところがないと事業を続けることができず、当初は移転しようにもできなかった。
 その後、M社から本件土地の200メートル程度離れた場所にちょうどいい移転先があるという話があり、実際に現地を確認したところ移転先として納得できたので、本件売買契約を締結することとなった。
(ロ)本件売買契約書の第3条第2項に定める、第1回中間金の受領と引換えに本件登記条項を本件被相続人が承諾する旨の特約に関しては、本件売買契約当時は、j不動産やk不動産が本件借地権を売ってほしいと本件被相続人方を頻繁に訪れていたという事情があり、また、M社が権利保全のため移転登記をしてほしい、もし契約が履行されずに終わった場合には名義を元に戻すということなので、これを承諾し、そして、移転登記をしたものである。
ヘ 本件被相続人等の戸籍の附票の写し及び本件建物の閉鎖登記簿謄本によれば、次の事実が認められること。
(イ)本件被相続人等は、いずれも昭和28年7月17日から本件相続開始まで、また、KとF及びその家族は、その後も引き続き平成5年8月1日まで本件建物所在地に住所を定めていた。
(ロ)本件建物は、昭和38年3月25日に本件被相続人名義で所有権保存の登記がされ、その後、平成3年12月20日に同日付の売買を原因でM社に所有権移転の登記がされ、さらに、平成5年10月25日に取り壊され、平成5年11月10日付で登記簿は閉鎖されている。
ト 本件被相続人は、本件売買契約と同日付の平成3年11月19日に、売主Yほか5名との間で、P市R町1丁目17番2所在の宅地87.40平方メートル及び同所所在の建物を総額650,000,000円で買い受ける旨の売買契約を締結し、本件相続開始時までに130,000,000円、平成4年3月31日に520,000,000円を支払ったので、F及びKは、同日、その引渡し及び所有権移転登記を受けたこと。
(2)以上の事実を基に、本件について審理したところ、次のとおりである。
イ 本件借地権等に関し本件相続人が本件相続により取得した財産
(イ)相続税法第2条《相続税の課税財産の範囲》の規定によれば、相続又は遺贈に因り財産を取得した個人でこの法律の施行地に住所を有するものは、相続又は遺贈に因り取得した財産の全部に対し、相続税を課することとされているところ、同条に規定する相続又は遺贈に因り取得した財産とは、相続開始の時被相続人に帰属していた積極財産をいうものと解される。
(ロ)これを本件についてみると、請求人らは、本件相続開始時においては、本件売買契約書第4条に上記(1)のイの(ハ)のBのとおり本件借地権の移転時期、本件建物の所有権移転時期及び本件借地権等の引渡時期を代金完済時とする旨の定めがあり、本件借地権等は引渡未了であり、いわゆる売買契約中であったので、本件相続人が本件相続により取得した財産は、本件借地権等であり、その価額は本件売買契約に基づく本件建物の価額及び本件借地権の価額とすべきである旨主張する。
 しかしながら、本件売買契約書の第3条によれば、上記(1)のイの(ハ)のAのとおり第1回中間金550,000,000円の受領と引換えに本件登記条項を本件被相続人が了承する旨の定めがあり、かつ、上記(1)のヘの(ロ)の本件建物の閉鎖登記簿謄本によれば、上記(1)のイの(ニ)のBの日と同日を売買原因として、同日付でM社に本件建物の所有権移転登記がされていることが認められる。
(ハ)このことについては、上記(1)のハ及びホのX及びFの答述によれば、いずれも本件売買契約に当たり、本件被相続人が主宰しているN社の事業を継続するための代替地確保の資金を得るため本件借地権等の売買代金の受取を数回に分割してほしい旨の申し出をして合意に至ったことから、買主であるM社は、本件売買契約完結以前に売買代金の総額の7割相当を支払うことになるので、中途で本件売買契約をほごにされたり、本件建物へ第三者に担保権の設定あるいは本件建物が第三者に権利移転されることがないよう、本件売買契約の履行の確保ないし権利保全の必要上、売買代金をある程度支払った時点で本件建物の所有権移転登記手続きをしてほしい旨を本件被相続人に依頼し、本件被相続人がこれを承諾したことに基づいて本件登記条項が本件売買契約書に記載され、これが実行されたものである旨答述している。
 しかしながら、M社が本件売買契約の履行の確保ないし権利保全が必要であるならば、本件建物に所有権移転の仮登記若しくは抵当権等の設定登記を行えばそれで足りることであり、所有権移転の登記をする必要性があったとはいえない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張は採用することができない。
(ニ)また、売主が売買代金の全額確保のため売買物件の引渡時期を売買代金完済時とすることは、通常の売買契約においても極めて一般的なことであるが、本件売買契約は、上記(1)のイの(ハ)のAの本件登記条項の第1回中間金を被相続人が受領と同時に、上記(1)のへの(ロ)のとおり本件建物をM社に所有権移転登記していること、さらに、本件被相続人は、本件売買契約における売買代金を、上記(1)のイの(ニ)のとおり本件相続開始時までに売買代金の総額の7割相当を受領している事実及び本件売買契約時から本件相続開始時までの期間等から勘案すれば、本件借地権等が本件相続開始時において、既に買主側に属していたものと認められる。
 なお、本件売買契約書の第7条では、本件建物の固定資産税の負担については、本件建物の引渡しの日の属する月までは売主、それ以降は買主の負担とする旨が定められており、また、上記(1)のハの(ハ)のとおり、Xは本件建物に係る所有権移転登記をした日の翌月以降の固定資産税について、本件建物の名義がM社となったことから平成4年1月分以降をM社が負担した旨を答述し、さらに、本件建物の所有権移転登記をした平成3年12月20日に上記(1)のニのとおり、平成4年1月分から同年3月分までの固定資産税相当額6,300円を、M社が本件被相続人に支払ったことを証する領収書があることからすれば、本件売買契約書の第7条の定めのとおり本件登記条項が実行されたものと認められる。
 そうすると、本件建物の所有権移転登記がされた平成3年12月20日に本件借地権等の引渡しがあったものと解するのが相当である。
(ホ)請求人らは、本件売買契約書の第7条には、本件借地権に係る地代は本件借地権の引渡しの日の属する月までの分を支払うこととする旨が定められており、また、上記(1)のロのとおり平成元年4月分から平成5年7月分までの本件借地権に係る地代を支払っていること及び本件土地の賃貸借の敷金の返還が平成5年8月に行われていることから、本件相続開始日には本件借地権等は引渡しが未了であった旨主張する。
 しかしながら、上記(2)のイの(ロ)、(ハ)及び(ニ)の事実等に照らせば、本件相続人からM社へのこれらの金員の支払は、その名目はとにかくとして、本件借地権の地代から本件建物の家賃等へ実質的に変化したもの又は本件借地権等の引渡遅延損害金の性格を有しているとみるのが相当である。また、敷金の授受の時期については、当事者の賃貸借等の一切の終結した時期として捉えるのが相当である。
 したがって、この点に関する請求人らの主張は採用することができない。
(ヘ)さらにまた、本件相続人は、上記(1)のイの(ロ)のとおり本件借地権等に係る譲渡所得について本件被相続人の平成3年分の所得として、平成5年5月19日に措置法第31条の3及び同法第35条を適用して同人の平成3年分所得税の修正申告書を提出し、その後平成5年3月24日に不動産所得等に係る修正申告書を提出して、これらに係る所得税等の額190,476,800円が本件相続の債務に当たるとして本件相続税の更正の請求を提出して、原処分庁に認容されていることが認められる。この平成3年分所得税の修正申告書の提出そのものは、本件相続開始後のものであるが、本件借地権等が本件相続開始時において、既に買主側に移転しており、売主側には、もはや属していなかったことを請求人らは自認していたことにほかならないと考えるのが相当である。
(ト)以上の事実等から判断すると、本件借地権等は、本件建物が上記(1)のへの(ロ)のとおりM社に所有権移転登記された平成3年12月20日に、買主であるM社に引き渡されたものと解するのが相当であると認められるから、本件相続開始時に本件被相続人は本件借地権等を所有していたとはいえない。
 したがって、本件相続人が本件相続により取得した財産は本件借地権等ではなく、本件売買契約に基づく本件相続開始時における残代金請求権を取得したとするのが相当であるので、本件売買契約に係る残代金請求権の額は、本件相続人が本件相続開始後にM社から受領した、上記(1)のイの(ニ)のCの230,000,000円、Dの44,000,000円及びEの44,085,000円の合計318,085,000円となる。
ロ 本件特例適用の可否
 請求人らは、本件被相続人は、本件相続開始時まで本件借地権等を同人の居住の用及び事業の用に供していたものであるから、本件借地権の価額の算定に当たっては本件特例が適用されるべきである旨主張するので、この点につき審理したところ、次のとおりである。
 本件特例については、措置法第69条の3によれば、個人が相続により取得した財産のうちに当該相続の開始の直前において、当該相続に係る被相続人等の事業の用若しくは居住の用に供されていた宅地等がある場合に、当該個人が取得した小規模宅地等について適用される旨規定されており、また、租税特別措置法(相続税法の特例のうち農地等に係る納税猶予の特例及び延納の特例関係以外)の取扱いについて(平成元年5月8日付直資2―208の国税庁長官通達、ただし、平成6年6月27日付課資2―115による改正前のもの。)69の3―6《同族会社の事業の用に供されていた宅地等》によれば、被相続人の有する宅地等で、被相続人等の有する株式又は出資金の金額の合計額が当該株式又は出資に係る法人の発行済株式の総数又は出資金額の10分の5以上に相当する法人の事業の用に供されていたものについては、被相続人等の事業用宅地等に当たるものとして取り扱うこととされており、この取扱いは妥当なものと認められる。
 これを本件についてみると、上記のとおり、本件特例の対象となる財産は被相続人から相続等により取得した宅地等に限られるところ、上記(2)のイの(ト)のとおり、本件相続人が本件相続により取得した財産は本件借地権等ではなく本件売買契約の残代金請求権となることから、本件借地権等の具体的な利用状況を検討するまでもなく、本件特例の適用は認められない。
ハ 債務について
 請求人らは、本件相続開始時において本件借地権等はM社に移転しておらず、その引渡しも未了であったので本件相続開始時までに本件被相続人が本件売買契約に係る手付金ないし中間金として受領した700,000,000円は、本件被相続人がいまだ引渡しをしていない資産に対してM社から支払われたものであるから、この金額は本件被相続人の預り金として本件相続の債務に計上すべきである旨主張するので、この点につき審理したところ次のとおりである。
 上記(2)のイの(ト)のとおり、本件借地権等は、本件相続開始時には既にM社に引き渡されていたものと解されるから、本件相続開始時までに本件相続人が受領した700,000,000円は本件相続の課税価格を構成する相続財産そのものであると認められるので、これらの金員を本件相続の債務とすることは相当ではない。
 したがって、この点に関する請求人の主張は採用することができない。
(3)本件借地権等以外の財産及び債務等について
イ 原処分庁が認定した次表の財産及び債務については、請求人ら及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によっても相当と認められる。

ロ 本件相続により本件相続人各自が取得した財産については、請求人ら及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によっても、相当と認められる。
(4)本件通知処分、本件更正処分及び本件再更正処分について
 以上の結果、本件相続に係る本件相続人の相続税の納付すべき税額等は、別表3のとおりとなり、これらの金額は、本件通知処分及び本件更正処分を上回り、かつ、本件再更正処分と同額であるから、これらの原処分はいずれも適法である。
(5)本件賦課決定処分について
 以上のとおり、本件通知処分、本件更正処分及び本件再更正処分は適法であり、また、本件更正処分及び本件再更正処分により納付すべき税額の基礎となった事実が、本件更正処分及び本件再更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいて行った本件賦課決定処分は適法である。
(6)原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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