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(平9.10.15裁決、裁決事例集No.54 4頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、会社役員であるが、平成2年分の贈与税について、申告書を提出しなかったところ、原処分庁は、平成8年3月15日付で、課税価格を191,277,000円及び納付すべき税額を125,538,900円とする決定処分(以下「本件決定処分」という。)並びに無申告加算税の額を18,829,500円とする賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件決定処分と併せて「本件決定処分等」という。)をした。
 請求人は、これらの処分を不服として、平成8年3月19日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月18日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成8年7月15日に審査請求をした。

2 主張

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(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により根拠がなく違法であるので、その全部の取消しを求める。
イ 本件決定処分等の効力について
(イ)原処分庁は、請求人の住所がP市R町一丁目15番13号(以下「本件住所」という。)に一貫して存在することを前提として本件決定処分等に係る通知書(以下「本件通知書」という。)の送達の効力を認定している。
 しかしながら、住所とは民法上生活の本拠地をいい、生活の本拠という客観的事実は、居住者の居住意思が具体化されて定着された事実関係であって、居住者の意思を無視し得ないものであるところ、請求人は、平成8年3月上旬に転居の意思を形成し、次のとおり同年3月14日に本件住所からQ市S町に所在する家屋(以下「Q市の家屋」という。)にその住所を移転していたから、同月15日(以下「本件期日」という。)における請求人の住所は本件住所には存在していなかった。
A 平成6年当時から、Q市の家屋は居住用の建物として存在していること及び請求人は同家屋へ家財道具等を含めた物の主要部分についての移動を順次完了していること。
B 平成8年3月14日現在、本件住所に所在する家屋(以下「本件家屋」という。)は、表札の取り外し、入口門扉の閉鎖、郵便受けの撤去、口頭による郵便局に対する転居届出及び新聞販売店に対する配達の1週間の留置き依頼などの外形的事実により閉鎖され、本件住所における請求人の生活は明らかに終了していること。
C 平成8年3月14日にQ市の家屋に家族全員が移動を完了したこと。
D 平成8年3月14日に本件住所に配達している郵便配達員に対し、同月14日から17日までの郵便物を同月18日まで留置きしてもらいたい旨話し、了解してもらったこと。
E Q市の家屋には「○○(請求人の名字)」という表札が取り付けてあり、誰が見ても○○さんが住んでいるとわかる玄関になっていること。
(ロ)国税通則法(以下「通則法」という。)第70条《国税の更正、決定等の期間制限》第3項によれば、決定は、その決定に係る国税の法定申告期限から5年を経過した日以後においては、することができないこととされており、平成2年分の贈与税については、本件期日にその決定に係る除斥期間が満了するから、平成8年3月16日以降は決定をすることができず、また、同条第4項第2号において、賦課決定は、申告書の提出を要しない国税については、申告書の提出期限から5年を経過した日以降においては、することができないこととされているから、平成2年分の贈与税に係る無申告加算税の賦課決定についても平成8年3月16日以降はこれをすることができない。
 原処分庁は、請求人の住所の認定に当たり、平成8年3月16日以降の状況も根拠とし、本件期日に本件通知書の送達を完了した旨主張するが、問題は本件期日において本件住所が請求人の住所であったかどうかであり、その後の事情は問題にすべきではない。
 したがって、上記(イ)に述べたとおり、本件期日においては本件住所に請求人の住所はなかったのであるから、同日に本件通知書を本件住所に送達してもその送達は無効であり、決定処分及び賦課決定処分は決定通知書又は賦課決定通知書が送達されたことをもってその効力が発生するものであるところ、請求人が本件通知書の送達を受けたのは平成8年3月16日であるから、本件決定処分等は除斥期間経過後にされた無効なものである。
 また、原処分庁は、上記(イ)のBに述べたような外形的事実がある状況下であれば、通常請求人の住民登録等の住居調査を完了して、まず、住所の確定をしてからその場所に送達の手続をすべきであり、仮に、請求人の住所が確定できない場合には、課税庁としては公示送達の方法により送達を完了させれば済むことであるのに、このような周到な手続をとった形跡がない。
(ハ)本件通知書の送達については、本件期日中に差し置かれたかどうか及び当該送達が調査担当職員の職務として行われたかどうかについて確認されておらず、専ら課税当局の便宜のために形式上差置送達(交付に代えて、送達すべき場所に書類を差し置く方法による交付送達をいう。以下同じ。)の課税処分の合法性を取り繕ってつじつまを合わせたにすぎないものである。
(ニ)本件通知書の差置送達は本件家屋の門扉の所に貼り付ける方法で行われているが、このような方法では、本件通知書の中身が理解し得る状況になかったので、無効である。
(ホ)差置送達の制度は、受領拒否の場合は別としても、本件のように審査請求人が課税処分の内容をその除斥期間の期限内に認識し得る期間を確保した上で行わなければ送達として認められるべきではなく、本件の場合、仮に、本件住所に請求人の住所があったとしても、本件期日当日の差置送達では、外泊等の場合、一般的にその内容を認識し得るのは早くても翌日の16日になることが当然予測されるものである。
(ヘ)本件決定処分等の課税原因となっている上場株式の市場外取引は平成2年1月に行われ、本件決定処分等の除斥期間満了日よりかなり以前に、次のとおり当該取引の状況を示す関係書類を税務署に提出するなどしたが、いずれの段階においても何ら指摘がなかったのに、除斥期間最終日に差置送達という例外的手段で送達し、決定処分をするということは不自然かつ不合理であり、納税者として疑問を感じるとともに、納得することができない。
A 請求人は上記取引に係る税金を納付していること及びa税務署から上記取引についての調査票が送られてきて、遅くとも平成2年5月までにはそれに対する回答をしていること。
B 平成2年11月30日にM株式会社(以下「M社」という。)は、平成元年10月1日から平成2年9月30日までの間の事業年度に係る法人税の確定申告書の別表2において、同社の株主の異動状況を記載してb税務署に提出していること。
C 平成3年3月15日までに、平成6年3月4日に死亡した請求人の父N(以下、「N」といい、請求人と併せて「請求人ら」という。)は、平成2年分の所得税の確定申告書を提出しており、その際、T株式会社の株式(以下「本件株式」という。)及びM社の株式の取引についての明細を提出していること。
ロ 本件評価額について
 請求人は、平成2年1月12日に、Nから本件株式318,000株を327,063,000円で譲り受けた(以下、この取引を「本件取引」という。)が、この価額は、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56ほか国税庁長官通達。平成2年3月28日付直評3による改正前のもの。以下「評価基本通達」という。)169《上場株式の評価》の定めに基づいて、平成元年11月の最終価格の月平均額である1,028円50銭(以下「本件評価額」という。)に基づき算定した正当なものである。
 これに対し、原処分庁は、本件取引における価額を平成2年1月12日の最終価格である1,630円と認定しているが、この認定は、次に述べるとおり誤まっている。
(イ)評価基本通達169は、偶発的な財産の移転を前提とし、予測が難しい株価を評価する基準として定められたものと解釈すべきである。
 したがって、納税者は当該規定が定める基準に従うことによって、財産評価の意図、動機の是非等の事情を考慮することなく、納税に関する法的予測可能性と安定性を得ることとなるのであるから、仮に、納税者がこの規定の趣旨を前提として取引を行うことがあったとしてもそのこと自体非難されるべきものではない。
 また、評価基本通達は、いわゆる公表通達であり、納税者が課税上の評価基準として事実上遵守するものであることに鑑みると、評価基本通達を形式的に適用して財産の評価額を算定した以上、これをもって適正な価額とみなすべきである。
 原処分庁は本件取引において評価基本通達169の定めを形式的に適用することこそ、課税の安定を害し、混乱を招く事態となる旨主張するが、これでは課税の有無を実質的な理由によるとの根拠で課税当局の恣意的な判断により課税の有無を左右することができる結果となり、かつ、これを是認すべきであるとの結論に至るから、ひいては租税法律主義の精神にもとることになる。
(ロ)本件取引は、請求人が当時、税理士を介してc国税局の税務相談室又は税務署(以下、これらを併せて「税務相談室等」という。)に上場株式の評価について電話で問い合わせた結果に基づき行ったものである。
 その際、請求人が当時の時価である1,630円で本件株式を譲り受けたなら、本件評価額との差額について、Nに贈与税が発生することとなる旨の指摘があったことも請求人の株式評価の正当性を裏付けるものである。
(ハ)評価基本通達169は、平成2年8月3日付直評12ほかの国税庁長官通達により平成2年9月1日から一部改正され、個人間の対価を伴う取引により取得した上場株式の価格は、証券取引所の公表する課税時期の最終価格によって評価する旨の定めが追加された(以下、この改正を「本件改正」という。)が、本件改正は同年5月、6月ころから周知されたものであって、本件取引当時は通達改正の動きが全く見られなかったものであるから、本件取引当時は評価基本通達169によって株式評価をする以外に方法がない。
(ニ)相続税法第7条は、著しく低い価額の対価で財産を譲り受けた場合の規定であるが、本件評価額は、本件取引当時の最終価格の62パーセント相当であるから、逆算すると38パーセント相当の株価の動きを想定したことになり、著しく低い価額の対価に該当しない。
(ホ)本件取引は、Nが投機目的で本件株式の取得を請求人に依頼したが、請求人が保全処置として行った本件株式の信用売りが、Nの知るところとなり、株式投機の意味がなくなったことから親子間で決済処理を行ったものである。
 したがって、上記の信用売りが、結果的にリスクヘッジを講じたことになるとしても、それはやむを得ず行ったものであり、また、2,000株についてはその対象外であるから、本件取引は、当初より贈与税の課税を逃れるための意図的な取引ではない。
ハ 本件決定処分について
 本件決定処分は、上記イ及びロに記載したとおり、その根拠がないのであるから、その全部は取り消されるべきである。
ニ 本件賦課決定処分について
 以上のとおり、本件決定処分はその全部は取り消されるべきであるから、これに伴い本件賦課決定処分もその全部は取り消されるべきである。

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(2)原処分庁の主張

 請求人の主張には、以下に述べるとおりいずれも理由がなく、本件決定処分等は適法、かつ、正当に行われているから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件決定処分等の効力について
(イ)原処分庁の調査によれば、次の事実が認められる。
A 原処分に係る調査の担当職員(以下「調査担当職員」という。)が本件期日に本件家屋に臨場した際、平成7年12月4日時点で同家屋の1階車庫(以下「本件車庫」という。)の柱(以下「本件柱」という。)の脇に設置されていた郵便受箱(以下「本件郵便受箱」という。)が撤去されており、また、本件柱に設置されているインターホーンによる呼出しにも応答がなかったこと。
B 本件家屋の玄関に至る門は、針金で開閉できないように固定され、本件車庫のシャッターも開閉できなかったこと。
C 本件柱には電気スイッチ及び上記のインターホーンが設置され、本件柱の脇には本件郵便受箱が設置されていた経緯があることから、差置送達の方法として、本件通知書が請求人により容易に発見可能で、しかも、請求人の支配管理下にあると認められる場所として、本件柱の玄関側側面に貼付することとし、d税務署の封筒に封かんした本件通知書を透明なビニールのケースに入れて密封した上、本件期日の午後6時10分に本件柱に貼付して差し置く方法で送達を完了したこと。
D 調査担当職員が、平成8年3月18日午前10時ころに本件家屋の状況を確認したところ、撤去されていた本件郵便受箱は従前の場所に設置されており、本件通知書は既にはがされていたこと。
E 平成8年3月14日付のP市長発行の転出証明書に準ずる証明書(以下「本件証明書」という。)によれば、請求人、請求人の妻W(以下「W」という。)、請求人の長男X(以下「X」という。)及びWの亡母であるYの養子であった次男Z(以下、「Z」といい、WとXとを併せ「請求人の家族」といい、X及びZの2人を「Xら」という。)は、同日、本件住所からQ市S町e5(以下「eの住所」という。)に転出する旨の届出を行ったこと。
 また、平成8年3月18日付のP市長発行の住民票によれば、請求人及び請求人の家族は同月16日にQ市S町f1162番地5(以下「fの住所」という。)から本件住所に転入する旨の届出を同月18日に行ったが、fの住所へは転入届がされていなかったこと。
(ロ)上記(イ)のA及びBの本件期日における本件家屋の状況及び上記(イ)のEの請求人の本件住所からの転出届からすれば、請求人は、原処分庁から本件通知書が本件期日に送達されることを想定し、郵便による送達又は交付送達によって同日に本件通知書が送達されることを阻止するためにこれらの状況を故意に一時的に作り出したものと認められ、これ以外には何ら合理的な理由は認められない。
 したがって、このような状況をもって本件期日における請求人の住所が本件住所に存在しなかったとはいえない。
 なお、仮に、本件期日における請求人の住所が本件住所でないとした場合であっても、本件通知書を差置送達するに至ったのは、請求人が調査担当職員に対し、本件期日にd税務署を訪れる旨の電話連絡を平成8年3月13日に行ったものの、調査担当職員に何ら連絡することなく、本件期日の前日である同月14日に請求人のみならず、請求人の家族についても本件住所から住民登録を異動させ、本件期日には本件郵便受箱の撤去や門を閉じるなどした上で本件家屋を不在にしていたことによるものであることからすると、本件の場合、通則法第30条《更正又は決定の所轄庁》第2項に規定する、納税地に異動があった場合において、旧納税地を所轄する税務署長においてその異動の事実が知れないこと又は判明しないことについてやむを得ない事情があるときに該当することは明らかであるから、原処分庁が本件決定処分等を行ったことに違法はない。
(ハ)また、差置送達は、送達を完了したときにその効力が発生するものであって、送達を受けた者が実際に送達に係る書類をいつ確認するかは、送達の効力に何らの影響を及ぼすものではない。
(ニ)通則法第70条第3項及び第4項の規定によれば、法定申告期限から5年を経過する日までは適時に決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をすることができることとされている。
 そして、本件通知書の送達が本件期日に差置送達の方法によって行われたのは、請求人は、自ら本件期日を指定したにもかかわらず、本件期日に何ら連絡をすることなくd税務署を訪れなかったため、調査担当職員が本件通知書を請求人に交付する目的で本件家屋に臨場したところ、請求人が不在であったことに起因するものである。
 したがって、本件通知書の送達が本件期日に差置送達の方法によって行われたことに対し、不自然かつ不合理である旨の請求人の主張は失当である。
(ホ)以上のとおり、本件通知書は本件期日に適法に送達されているから、本件決定処分等は有効である。
ロ 本件株式の価額について
 本件株式の価額を、評価基本通達169の定めによらず、証券取引所の公表する課税時期の最終価格によって評価したことは、次の理由により合理的である。
(イ)相続税法第7条は、著しく低い価額で財産の譲渡を受けた場合は、当該財産の譲渡があった時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす旨規定している。
(ロ)また、相続税法第22条《評価の原則》は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得の時における時価による旨規定し、この時価とは、財産の取得の時における客観的な交換価額をいうものと解されている。
 しかし、財産の客観的な交換価額は、必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上、特別の事情がある場合を除き、相続財産等を評価するための一般的な基準としての評価基本通達に基づき画一的な評価方式によって相続財産等の評価を行うこととされている。
 この画一的な評価方式により評価することとされている趣旨は、相続財産等の客観的な交換価額を個別に評価する方式を採るとその評価方式や基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることが避け難く、また、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあること等からして、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の削減という見地から見て合理的であるという理由に基づくものと解されている。
 したがって、上記の趣旨からすれば、評価基本通達に定められた評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等の特別な事情がある場合には、例外的に他の合理的な評価方式によることが許されると解されている。
(ハ)ところで、評価基本通達169は、上場株式の価額は、その株式が上場されている証券取引所の公表する課税時期の最終価格又は課税時期の属する月以前3か月の最終価格の月平均額のうち最も低い価額によって評価する旨定めている。
 証券取引所における取引価格が毎日公表されている上場株式に関しては、本来、課税時期における証券取引所の最終価格が当該上場株式の時価そのものであるということができるが、評価基本通達に基づいて評価することが予定されている相続、贈与による財産の移転が、主に夫婦間及び親子間などにおいて行われるような対価を伴わないものであり、特に相続は、被相続人の死亡という偶発的な要因に基づき発生するものであるところ、証券取引所における上場株式の価格は、その時々の市場の需給関係によって値動きすることから、時には異常な需給関係に基づき価格が形成されることもあり得るので、こうした一時点における需給関係に基づく偶発的な価格及び偶発的な要因等によって無償取得した上場株式が評価される危険性を排除し、評価の安全性を確保するため、評価基本通達169は、課税時期における証券取引所の最終価格のみならず、ある程度の期間の最終価格の月平均額をも考慮して上場株式の評価を行うこととしたものであると解されている。
(ニ)原処分庁の調査によれば、次の事実が認められる。
A 平成2年1月4日付のA銀行g支店(以下「A銀行」という。)のNに係るりん議書(以下「本件りん議書1」という。)によれば、株式購入資金として550,000,000円の借入依頼があり、その返済は株式売却により一括して行う旨記載され、そのりん議番号は○×であること。
 また、平成2年1月4日付のA銀行の請求人に係るりん議書(以下「本件りん議書2」という。)によれば、株式購入資金として710,000,000円の借入依頼があり、同月5日に360,000,000円及び同月12日に350,000,000円と分割して取り組むことが予定されており、その返済は株式売却により一括して行う旨記載され、そのりん議番号は○△であること。
B Nは、平成2年1月5日に、B証券h支店(以下「B証券」という。)を通じて、本件株式318,000株を1株当たり、1,650円で現物買いをし、手数料を含めて525,999,757円を支払い、同時に請求人も本件株式316,000株を1株当たり、1,650円として521,400,000円で信用売りしたこと。
 この際、請求人らがB証券に提出した「Bの総合取引申込書」(以下「本件申込書」という。)によれば、Nの取引口座番号は○○×であり、請求人の取引口座番号は○○△であること。
C Nは、平成2年1月5日に、上記Bの株式の購入代金524,700,000円に充てるため、A銀行から本件りん議書1に基づいて536,000,000円を借り入れたこと。
D 請求人は、平成2年1月5日に、上記Bの信用売りに係る信用取引委託保証金315,655,000円に充てるため、A銀行から本件りん議書2に基づいて357,000,000円を借り入れたこと。
E Nは、平成2年1月12日に、上記Bで取得した本件株式318,000株を1株当たり1,028円50銭として327,063,000円で請求人に譲渡したこと。
F 平成2年1月12日の証券取引市場における本件株式の最終価格は、1,630円であることから、本件株式318,000株の価額は518,340,000円となること。
G 請求人は、平成2年1月12日に、本件取引による株式の購入代金に充てるため、A銀行から本件りん議書2に基づいて333,000,000円を借り入れたこと。
H 請求人は、平成2年1月12日に、本件取引によって取得した本件株式318,000株をB証券に預けたこと。
I 請求人は、平成2年2月5日に、上記HでB証券に預けた本件株式318,000株のうち2,000株については1株当たり1,680円で現物売りして、手数料等を除いて3,280,023円を受領し、316,000株は信用売りの借株の返済に充当することにより、上記Bの請求人に係る信用売りを決済してB証券から決済差金514,614,484円を受領し、また、信用取引委託保証金315,655,000円の返還を受けたこと。
J 請求人らは、上記C、D及びGに記載したA銀行からの借入金を、次表のとおり返済したこと。

(単位 円)
返済年月日返済金額
請求人N
平成2年1月8日35,000,000
平成2年1月12日900,000331,690,000
平成2年1月26日710,000
平成2年2月8日654,100,000
平成2年2月9日203,600,000
合計690,000,000536,000,000

K 株式会社Dが平成元年6月16日付で作成した「M社の事業承継に関する提案書」と題する文書(以下「本件提案書」という。)によれば、「対策の具体的内容」のうち、「1.上場株式の親子間売買」として、「上場株式を活用して、社長より専務に実質的に1億円を贈与する。具体的には、値上がりの激しい上場株式を社長が取得して、これを専務が相続税評価額で社長より購入する。その上で、市場で売買することによって上記資金を調達する。」と記載されており、当時、NはM社の代表取締役であり、請求人はM社の専務取締役であったこと。
L 請求人は、平成8年5月27日に、異議審理庁の担当職員(以下「異議担当職員」という。)に対し、要旨次のとおり申述していること。
(A)Nが本件株式を大量に現物買いしたことが分かったので、万一暴落した際の資金手当を考慮し、リスクヘッジとして信用売りを行った。
(B)請求人の信用売りの決済は、Nの所有する本件株式の現物で行う以外に方法がないことから本件取引を行ったものである。
(C)Nが本件取引によって約2億円の譲渡損となったことについては、担当税理士に相談した結果、Nが所有するM社の株式を買い取ることによって穴埋めをすることにしたものである。
(D)請求人は、税務相談室か税務署かは覚えていないものの、一度電話で相談したことがあり、その内容は、次のとおりであった。
a 上場株式を市場外で売買する場合にはどのようにすればよいかとの質問に対し、評価基本通達169に従って3か月平均で行う旨の回答があった。
b 評価基本通達169によらず、相場で行った場合にはどうなるのかとの質問に対し、贈与のおそれがある旨の回答があった。
(ホ)以上の事実等を総合勘案すると、次のとおり判断される。
A 本件取引は、上記(ニ)のA及びBによれば、(a)本件りん議書1及び本件りん議書2のりん議番号並びに本件申込書における取引口座番号が連続していること、(b)上記(ニ)のKのとおり、Nが取得した本件株式を請求人が相続税評価額で譲り受け、請求人が市場で売買したこと及び(c)上記(ニ)のAのとおり、請求人がB証券に信用売りを行う前日に作成された本件りん議書2において、既に、上記(ニ)のDの信用取引委託保証金を支払った平成2年1月5日に360,000,000円及び本件取引を行った同月12日に350,000,000円と分割して貸し付けることが予定されていたことからみれば、Nの本件株式の現物買いと請求人の本件株式の信用売りとを同時に行うこと、更に本件取引を本件評価額で行うことが当初から計画されていたものと認められる。
 また、上記(ニ)のAないしJによれば、請求人らは、本件取引に先立ち、平成2年1月5日に、B証券に対し、本件株式318,000株の現物買いの注文と本件株式316,000株の信用売りの注文を依頼していることから、当該注文に基づいて証券市場において売買が成立することは容易に予想されるところであって、請求人らの間においては、本件株式の価格を実質的に固定し、本件株式の取得から売却までの間における株式価格の変動による危険を防止し、請求人はNから本件株式の購入価額や取引時の市場価格を無視した金額で本件株式を購入したこと及び請求人は、自己が行った信用売りの決済をNから取得した本件株式の現物を充当し、信用売りに係る譲渡代金を受領したことが認められる。
 上記の一連の取引によって、Nは、株式売買に係る諸費用及びA銀行からの借入金に係る利子(以下「諸費用等」という。)を除いて197,637,000円の経済的損失を受ける一方、請求人は、諸費用等を除いて、この経済的損失とほぼ同額の197,697,000円の経済的利益を受けたことが認められ、このことからすれば、本件取引は、本件株式の市場価格と評価基本通達169に基づいて計算される価額との間に相当の開差があることを利用して、Nから請求人への実質的な財産の移転につき贈与税の負担を回避するために行われたものであると認められる。
 したがって、本件取引について評価基本通達169を適用して本件株式の価額を算定することは、上記(ハ)に述べた、偶発的な財産の移転を前提として株式の市場価格の需給関係による偶発性を排除し、評価の安全を図ろうとする評価基本通達の趣旨に反することは明らかであるから、本件取引において、評価基本通達169に定める評価方式を形式的に適用することこそ、課税の安定を阻害し、混乱を招来する事態となるというべきである。
B 原処分庁の調査によれば、請求人が主張するような税務相談室等における相談事実は確認できず、仮に、請求人が申述するように上場株式を市場外で売買する場合には評価基本通達169により3か月の平均値を基に行えばよいこと及び当該規定によらず、相場で売買した場合には贈与となるおそれがある旨の回答があったとしても、税務相談室等の担当者は、あくまでも相談の対象となっている株式売買は正当な取引に基づくものであることを前提として回答したことが容易に推認できる一方、請求人又は請求人の担当税理士は本件取引に至る複雑な経緯を説明することなく一般的な質問によって回答を引き出しているものと推認されるから、税務相談室等の回答が本件取引に対する回答となり得ないことは明白である。
C 上記Aに記載したとおり、本件取引を含む本件株式に係る一連の取引は、専ら贈与税の負担を回避するために、財産をいったん株式に化体させた上、通常第三者間では成立し得ない著しく低い価額により本件取引を行い、かつ、証券取引所における株価の変動による危険を防止する措置も講じた上、Nから請求人へ贈与する目的で計画的に行われたものというべきであり、このような取引についても、評価基本通達を形式的、画一的に適用して財産の時価を評価すべきものとすれば、経済的合理性を無視した異常な取引により、多額の財産の移転につき贈与税の負担を免れるという結果を招来させることになり、このような異常な取引を行うことなく財産の移転を行った納税者との間での租税負担の公平を著しく害し、また、相続税法第7条の立法趣旨に反する著しく不相当な結果をもたらすこととなる。
 したがって、評価基本通達169に定める評価方法を形式的に適用することが、著しく不合理、不適正であることから、評価基本通達169を適用せず、本来的に上場株式の客観的な市場価格であることが明らかな証券取引所の公表する課税時期の最終価格によって本件株式の評価を行ったものであり、本件改正の動向が、このことに何ら影響を及ぼすものではない。
D 相続税法第7条は、著しく低い価額の対価について、譲渡を受けた財産の時価と譲渡を受けた財産の対価の割合をもって規定しているのではなく、著しく低い価額の対価であるか否かの判断に当たっては、当該時価と当該対価の差について、個々の具体的事実を基にその適用の可否を判定すべきものであるところ、本件取引においては、請求人が譲渡を受けた本件株式318,000株の時価は518,340,000円、対価は327,063,000円であり、その差額は191,277,000円となることから、本件取引における対価は、相続税法第7条に規定する著しく低い価額の対価に該当する。
ハ 本件決定処分について
 平成2年1月12日における本件株式の1株当たりの価額は、同日における本件株式の最終価格1,630円であり、本件株式318,000株の価額518,340,000円となるところ、請求人は、本件取引により、本件株式318,000株を327,063,000円で譲り受けており、このことは、相続税法第7条に規定する時価に比し著しく低い価額で財産を譲り受けた場合に該当すると認められるので、この差額に相当する金額191,277,000円をNから贈与により取得したものとみなされる。
 したがって、請求人の平成2年分の贈与税の納付すべき税額は、125,538,900円となり、この金額と同額でした本件決定処分は適法である。
ニ 本件賦課決定処分について
 上記ハのとおり、本件決定処分は適法であり、請求人が法定申告期限までに申告しなかったことについて、通則法第66条《無申告加算税》第1項ただし書に規定する「正当な理由があると認められる場合」に該当しないから、同条第1項の規定に基づいて行った本件賦課決定処分は適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件通知書の送達の効力の有無並びに本件取引時における本件株式の価額の多寡及び本件取引が相続税法第7条にいう資産の低額譲受けに当たるか否かであるので、以下審理する。
(1)請求人は、本件通知書は、本件決定処分等に係る除斥期間経過後の平成8年3月16日に送達されているから無効であり、本件決定処分等も無効である旨主張するのに対し、原処分庁は、本件通知書は、本件決定処分等に係る除斥期間内である本件期日に適法に送達されているから有効であり、本件決定処分等も有効である旨主張するので審理したところ、次のとおりである。
イ 当審判所が原処分関係資料を調査したところ、次の事実が認められる。
(イ)調査担当職員は、平成8年3月13日午後1時ころ、電話で請求人に対し、本件通知書を渡したいので、同月14日午後2時ころに本件家屋に臨場する旨伝えたこと。
(ロ)請求人は、平成8年3月13日午後2時ころ電話で調査担当職員に対し、同月14日は都合が悪いので本件期日の午後にd税務署を訪れる旨の申し出をしたのに対し、調査担当職員はこれを了承したこと。
(ハ)調査担当職員は、本件期日に、請求人が何の連絡もないまま午後5時までにd税務署を訪れず、本件家屋に電話をしても応答がなかったことから、本件通知書を請求人に送達するため本件家屋に臨場したこと。
(ニ)調査担当職員が、本件期日に本件家屋に臨場したところ、本件家屋の状況は次のとおりであり、本件柱に設置されているインターホーンによる呼出しにも応答がなかったため、同職員は封筒に封かんした本件通知書を透明なビニールケースに入れて密封した上、本件期日の午後6時10分に本件柱に貼付したこと。
A 平成7年12月4日時点で設置されていた本件郵便受箱が撤去されていて、表札もなかった。
B 本件家屋の玄関に至る門は、針金で開閉できないように固定され、また、本件車庫のシャッターも開閉できなかった。
C 本件柱には電気スイッチ及び上記インターホーンが設置されていた。
(ホ)本件期日の午後6時10分に、調査担当職員が本件通知書を本件柱に貼付する方法により送達した旨の送達記録書(以下「送達記録書」という。)が作成されていること。
(ヘ)調査担当職員が、平成8年3月18日午前10時ころ本件家屋の状況を確認したところ、撤去されていた本件郵便受箱が再び設置されており、本件通知書は既にはがされていたこと。
(ト)請求人は、平成8年3月18日午後4時ころ調査担当職員に対し、本件通知書を受け取った旨の電話をしたこと。
(チ)請求人は、平成8年5月27日に異議担当職員に対し、要旨次のとおり申述していること。
A 平成5年末にQ市の家屋を建築し始めたころから完成後には住もうという希望があった。平成6年初冬の完成後は同家屋を利用しており、健康面、生活面を考えて本件住所から同家屋へ移転するつもりがあった。
B 本件証明書における転出先がeの住所となっているのは、不明瞭な記憶に基づいて転出届を記載したからであり、fの住所が正しい。
C 請求人は、もともと本件通知書を受領するために原処分庁に行くことが不本意であり、調査担当職員に住所を移転する旨連絡しなかったのは、その必要がないからである。
D Q市の家屋にはとりあえず生活できるものがあることから、平成8年3月14日に、身の回りのものと布団を持って請求人の車で移動した。
E 引越しを考えて本件郵便受箱を撤去した。
F Xらについては、引き続き本件家屋から学校へ通わせるつもりでいたことから転校手続の必要はなかった。
 請求人の家族が平日に本件家屋にいても、週末にQ市の家屋に来ればよいことである。
 また、平成8年3月14日及び同月15日においては、学校は既に休みになっているはずである。いずれにせよ、学校を休ませてまでXらをQ市の家屋へ行かせたということはない。
G 本件期日に原処分庁に行かなかったのは忘れていたからであり、気がついた時は原処分庁に行ける時間ではなかった。
H 本件期日に大雪に見舞われたので、Q市の家屋で生活することが困難であると考え、現時点の引越しは中止せざるを得なかったため、結果的にfの住所から本件住所に戻った。
I fの住所に転入届をしなかったのは、落ち着いてから行うつもりであったからであり、また、すぐに届出をする必要はないので、結果的に届出をする必要がなくなったためである。
J 住民登録以外に住所移転に関する手続きをしたかどうかはよく覚えていないが、手続きが必要であれば、そのときに行っても問題はないはずである。
K 請求人は、平成8年3月16日に本件住所に戻り、その際、本件家屋の壁に貼り付けてある本件通知書を確認した。
ロ 請求人から提出された証拠資料によれば、次の事実が認められる。
(イ)本件証明書によれば、請求人及び請求人の家族は平成8年3月14日に、本件住所からeの住所へ転出する旨の届出を行ったこと。
(ロ)請求人から当審判所に対し、平成8年12月27日付で提出された4枚の写真の内容は次のとおりであること。
A 4枚の写真のうち、平成8年3月16日に撮影したとする2枚の写真によれば、本件家屋の鋼鉄製の門は、針金で開閉できないように固定され、表札を取り外してあること。
B Q市の家屋であるとする他の2枚の写真によれば、「○○」という表札が玄関ほか1か所に取りつけてあること。
(ハ)平成9年4月14日に、請求人から当審判所に対し提出された領収書等の内容は次のとおりであること。
A 平成8年3月14日付のE高速道路のF料金所及びG料金所発行の領収書
B 「H」発行の平成8年3月14日付の8,540円の領収書
C 「J店」発行の平成8年3月15日付の3,980円のKカード利用控
D 「L」発行の平成8年3月15日付の12,009円の飲食代に係るクレジットカード利用控
 なお、「L」の住所は、Q市i町129―1となっていること。
(ニ)請求人は、平成6年6月16日にj郵便局に対し、fの住所を新住所とする旨の転居届をしたこと。
ハ 当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)平成9年5月14日付のP市長発行の住民票によれば、請求人及び請求人の家族は、平成8年3月18日に、同月16日にfの住所から本件住所に転入した旨の届出をしており、以降平成9年5月14日現在まで同人らの住民登録は本件住所にあること。
 なお、fの住所への転入届は未届である旨の記載があること。
(ロ)登記簿謄本によれば、Q市の家屋はfの住所に所在すること。
(ハ)株式会社k発行のm県都市地図によれば、Q市の家屋は海抜約980メートルに位置していること。
(ニ)n地方気象台の平成8年3月地域気象観測降水量月報のうち、Q市の住所に程近いQ市p町3005所在の無人観測所(海抜867メートルに位置し、以下「p観測所」という。)の観測記録によれば、平成8年3月15日の降水量は、15ミリメートルであったこと。
 また、n地方気象台の平成8年3月気象観測積雪月原簿によれば、平成8年3月14日、15日及び16日の各日の午前9時現在、p観測所における積雪はないこと。
(ホ)Q市の家屋の南側約400メートルの所にあり、海抜809メートルに位置するG消防署の平成8年3月の気象観測表によれば、毎日午前9時に気象が観測されており、同月15日の天気が雪であったことは認められるが、同月14日から16日までについては、各日とも10ミリメートル以上の積雪量の記録は認められないこと。
(ヘ)請求人は、平成9年5月8日に当審判所に対し、要旨次のとおり答述していること。
A 調査担当職員から請求人に対し、説明したいことがあるから平成8年3月14日に請求人宅に伺いたい旨の電話連絡があった。
B 請求人は、平成8年3月13日午後2時ころ調査担当職員に対し、同月14日は都合が悪いので、同月15日の午後に原処分庁を訪れる旨の電話連絡をした。
C 請求人は、平成8年5月27日に異議担当職員に対して、上記イの(ト)AないしKのとおりの申述を行ったことになっているが、次の点については、内容が異なり、それ以外の部分については、申述のとおりである。
(A)上記イの(ト)のCに「・・・受け取るのが不本意だ」とあるが、申述した平成8年5月27日の時点で、原処分に対しては不本意であるという話をしていたので、異議担当職員にそういうふうに感じ取られたのかもしれない。住所を移転したことを調査担当職員に連絡しなかったのは、その必要はないと思ったからである。
(B)上記イの(ト)のFに「・・・引き続き本件家屋から通わせるつもり・・・」とあるが、請求人は、Q市の家屋から通学させることを前提として転居したのであるから、「・・・Q市の家屋から通わせるつもり・・・」と申述したものである。
 また、後段の「・・・平日に本件家屋にいても・・・」は、「・・・平日に本件家屋に滞在していても、週末にQ市の家屋に帰ればよい・・・」と申述したものである。
(C)上記イの(ト)のHに「・・・現時点の引越しは中止せざるを得なかった・・・」の「中止」は「延期」と申述したものである。
(D)上記イの(ト)のKに「・・・本件家屋の壁・・・」とあるが、「・・・車庫の柱」と申述したものと認識している。
D fの住所に転居するため◎◎を出発したのは平成8年3月14日の昼過ぎくらいだと思う。
E fの住所に到着したのは、平成8年3月14日の午後3時前後であると思う。
F 平成8年3月14日の夜から雪が降り始め、翌15日のお昼ころまで降り続いていたと思うが、約5センチメートルの積雪があり、このまま生活するのが困難であると判断して同月16日にfの住所から本件住所に戻った。
G 請求人及び請求人の家族は、平成8年3月14日及び15日はQ市の家屋に泊まり、同月16日は本件家屋に泊まった。
H 請求人は、XらのQ市の家屋からq市r町2695番地所在の学校法人s学園(以下「s学園」という。)までの通学について、次のとおり検討していた。
(A)電車であれば、t鉄道株式会社(以下「t鉄道」という。)w線(以下「w線」という。)のx駅で急行を利用してy駅へ行き、y駅でt鉄道z線(以下「z線」という。)に乗り換えてア駅へ行けば約2時間で到着する。
(B)Wが、自家用車で通うことも考えており、時間はE高速道路を利用して2時間程度だと思う。
(C)WがPTAの役員で、PTAのメンバーに対し立体絵の作成指導をしているので、毎日のように、学校近辺に行く必要があったことから、子供の送迎には支障はなかった。
(D)Xらの通学が困難であれば、地元の学校へ転校させるつもりもあった。
(E)Xらがクラブ活動等で遅くなれば、本件家屋に一時寝泊まりすることも可能なので、そのことも考えていた。
I Xらの通学先と、平成8年3月14日及び15日の通学状況については次のとおりである。
(A)Xは、s学園中等部(以下「中等部」という。)2年で、試験休みの期間中であったと思う。
(B)Zは、s学園初等部(以下「初等部」という。)6年で、春休みに入っていたと思う。
J 平日、Xらが、クラブ活動で遅くなったときは本件家屋に一時宿泊させることを考えていたにもかかわらず、表札及び本件郵便受箱の撤去並びに本件家屋に至る門を閉鎖した理由は、学校が春休みに入るので、1週間や2週間は本件家屋に戻ってくることは考えられなかったからである。
 また、本件家屋に滞在する予定はあったが、居住するつもりはなかったためでもある。
K 引越しするに当たって、平成8年3月14日の出発時点で、近隣の人にあいさつはしていない。時々滞在する予定であったので、その時にあいさつするつもりであった。
L 引越しするに当たって、◇◇新聞を取っていたので、とりあえず販売店に1週間配達しないで留置きをお願いしたと思う。
電気、ガス及び水道はそのままにしておいた。
M 平成6年にQ市の家屋を建築した時から、ずっと転居のことを考えていて、何度か転居を試みたこともあるが、平成8年3月14日に転居することを決めたのは、同月上旬である。
N 平成8年3月16日以降平成9年5月8日の答述日現在まで、Q市の家屋へ転居せずに本件家屋に住んでいるが、これは、税金問題が起こったためにQ市で対応することが難しいので、平成8年3月16日に戻ってきてそのままとなっているからである。
(ト)Xらが通学していた初等部校長イ(以下「初等部校長」という。)及び中等部校長ウ(以下「中等部校長」という。)は、平成9年5月12日に当審判所に対し、要旨次のとおり答述していること。
A 初等部の朝礼開始時刻は午前8時35分である。
B 平成7年度の初等部の卒業式は、平成8年3月17日であった。
C Zは、平成8年3月14日及び15日は出席している。
D 中等部の授業開始時刻は午前8時40分である。
E 平成7年度の中等部の終業式は、平成8年3月18日であった。
(チ)s学園に午前8時35分までに到着するようにQ市の家屋からs学園まで通学するとした場合、その経路等は、次のとおりであると推認されること。
A 平成8年4月の時刻表により、電車を利用する場合を想定すると、Q市の家屋を午前5時20分に出て、自動車でw線エ駅に行き、午前5時52分発のw線オ駅行普通電車に乗車して午前7時17分にw線オ駅に到着後、同駅で午前7時30分着w線快速電車に乗り換え午前7時38分にw線y駅に到着し、同駅で午前7時42分発z線の電車に乗車して、午前8時14分にz線ァ駅に到着する。そこから徒歩約15分でs学園に到着する。以上により、この場合の所要時間は約3時間である。
B 自動車を利用する場合を想定すると、Q市の家屋を午前6時30分に出て、E高速道路Gインターチェンジまで約10キロメートルを平均時速40キロメートルで約15分、さらに同インターチェンジからE高速道路を平均時速80キロメートルで、約95キロメートル先のE高速道路yインターチェンジまで約1時間10分で到着する。同所から、国道○◇号を平均時速40キロメートルで約25キロメートル先のs学園に約40分で到着する。以上により、この場合の所要時間は、交通渋滞、悪天候等を考慮しなければ、約2時間である。
ニ ところで、通則法第12条《書類の送達》第1項は、税務署長の発する書類は、郵便による送達又は交付送達により、その送達を受けるべき者の住所又は居所に送達する旨規定し、また、同条第5項第2号は、書類の送達を受けるべき者が送達すべき場所にいない場合には、交付送達は、交付に代えて、送達すべき場所に書類を差し置くことができる旨規定している。
 そして、送達の効果は、送達を受けるべきものが了知し得べき状態に置かれた時点、すなわち、差置送達の場合は、送達すべき場所に書類を差し置いたときに生じると解され、また、郵便による送達と交付送達とのいずれの送達の方法を選択するかは税務署長の裁量に任されているものと解されている。
 なお、通則法第12条第5項第2号に規定する差置送達は交付送達の一態様であり、同号に掲げる場合には、送達すべき場所において送達すべき者に書類を交付する方法に代えて、送達すべき場所に書類を差し置く方法による送達を認めたにすぎないから、他の送達方法によることができない場合にのみ認められる例外的な送達方法であるということはできないと解するのが相当である。
ホ 通則法第70条第3項及び第4項第2号は、同法第25条《決定》の規定による決定については、その決定に係る国税の法定申告期限から、また、課税標準申告書の提出を要しない賦課課税方式による国税については、その納税義務の成立の日から、それぞれ5年を経過した日以後においてはすることはできない旨規定していることからすれば、本件決定処分等に係る除斥期間の満了日は本件期日であり、除斥期間の満了日である本件期日まではいつでも決定処分又は賦課決定処分を行うことができると解するのが相当である。
ヘ 上記イないしハの事実を上記ニ及びホに照らせば、次のとおりである。
(イ)請求人は、本件期日において、請求人の住所は本件住所に存在しなかった旨主張するので検討したところ、次のとおりである。
A 上記イの(イ)及び(ロ)並びに上記ハの(ヘ)のA及びBによれば、調査担当職員が、平成8年3月13日午後1時ころ請求人に対し、翌14日に伺いたい旨の電話連絡をしたところ、請求人はその時点では都合が悪い旨の回答をせずに、同月13日の午後2時ころに調査担当職員に対して、翌日は都合が悪いので、本件期日の午後に原処分庁を訪れる旨の電話をしていることが認められる。
 そうすると、請求人は、調査担当職員から平成8年3月13日に電話があった時点で翌14日は転居の日であるから都合が悪いと直ちに回答できるにもかかわらず、あえて回答せず、この電話を受けてから約1時間後に電話をしたことになり、このことからすると、請求人が同月上旬に同月14日に転居することを決めていたとの答述はにわかには信用し難い。
B 上記ハの(ト)のとおり初等部校長及び中等部校長は、中等部2年のXの終業式は平成8年3月18日に行われていて、同月14日ないし16日は試験休みの期間中であり、初等部6年のZの卒業式は同月17日に行われていて、同月14日及び15日は通学していた旨答述していることからすると、Zは、同月14日はs学園に登校していて、転居に同行することには無理があると認められること及びXらを休ませてまで行かせたことはない旨の請求人の申述からすれば、同月14日は請求人及び請求人の家族全員がQ市の家屋に泊まったとする請求人の答述はにわかには信用し難い。
C 請求人は、平成8年3月14日に本件住所に配達している郵便配達員に対し、同日から17日までの間の郵便物を同月18日まで留置きしてもらいたい旨の依頼をし、郵便配達員の了解を得た旨主張するが、請求人は、上記ハの(ヘ)のJのとおり、学校が春休みに入るので1週間や2週間は本件家屋に戻ってこないから本件郵便受箱を撤去した旨答述していることからすると、同月19日以降は、郵便局で留置きしてもらった郵便物が配達される可能性があるにもかかわらず、本件郵便受箱を取りはずしたことになるから、その主張と答述内容とには整合性が認められない。
D 上記イの(チ)のH及びハの(ヘ)のFに記載したとおり、請求人は、大雪によりQ市の家屋で生活することが困難と判断して本件住所へ戻った旨申述ないし答述しているが、上記ハの(ニ)及び(ホ)に記載したとおり、p観測所において平成8年3月14日ないし16日の積雪は記録されておらず、また、G消防署の記録によれば、同月15日の午前9時の天気が雪であったことは認められるが、同月14日ないし16日において、10ミリメートル以上の積雪は認められない。
 したがって、本件期日に生活に困難を来すほどの雪が降った旨の請求人の答述は採用することができない。
E 上記イの(チ)のA及びハの(ヘ)のMによれば、請求人は平成5年末ころからQ市の家屋への転居を考え、何度か試みた旨申述ないし答述していることからすれば、fの住所周辺の気象条件については当然周知しているはずであるのに、積雪を理由に転居を断念するということは、極めて不自然であり、答述等の内容に信ぴょう性が認められない。
F XらのQ市の家屋からs学園までの通学については、上記ハの(チ)からすれば、電車、自動車いずれを利用した場合でも往復で4時間以上を見込まなければ通学することができないこと及び悪天候等の場合も考慮すれば、不可能とまでは言えないまでも、一般的に通学は困難であると認められる。
G ところで、住所がどこにあるのかについては、その場所に生活の本拠と認められるべき実質的な生活関係があるか否かによって判断すべきであるところ、具体的には、その者及び配偶者等家族構成員らの生活状況、その住所への移転目的、その他の諸事情を総合的に勘案し社会通念に照らして判断するのが相当である。
 確かに、当審判所においても、(a)本件期日における本件家屋は本件郵便受箱及び表札が撤去され、門扉及び本件車庫のシャッターが閉鎖された状況にあったこと、(b)平成6年3月16日にj郵便局に対してfの住所を新住所とする旨の届出がされていること、(c)請求人は、平成8年3月14日に本件住所からeの住所に転出する旨の届出を行ったこと及び(d)同年3月18日に同月16日にfの住所から本件住所に転入した旨の届出をしていることが認められ、また、請求人は、同年3月14日から本件期日にかけて本件住所には不在であったことや当時Q市の家屋に「○○」の表示がされていたことが推認できる。
 しかしながら、(a)請求人は、本件家屋の門扉の閉鎖等の理由について、Xらが春休みで1週間や2週間は帰ってこない旨答述していることからすれば、Q市の家屋への移動は必ずしも転居を要しないと認められること、(b)請求人及び請求人の家族の住民登録は昭和58年4月27日から平成8年3月14日まで及び同月16日以降は本件住所にあることなどからすれば、上記(b)の届出後においても請求人の住所は本件住所にあったものと推認されること、(c)fの住所への転入については未届であること及び(d)「○○」の表示がいつ頃からされているか確認できないことからすれば、請求人の生活の本拠が平成8年3月14日及び本件期日の2日間だけfの住所へ移転し、同住所を本拠として生活が営まれていたものと認めることはできない。
 さらに、(a)生活の本拠がわずか1日ないし2日の間に限り移転したり、また、わずか一晩の積雪を理由に移転するなどということは通常あり得ず、極めて不自然であると認められること、(b)上記AないしEに述べたとおり、請求人の答述には種々の点において信ぴょう性が認められないこと及び(c)仮に、本件住所からfの住所への移動が行われたとしても、上記のとおり生活の本拠が移転したこと及び生活が営まれていたことを証するに足る証拠はないことからすれば、平成8年3月14日から本件期日にかけて、請求人が真に居住の意思をもってfの住所へ転居した事実があると認めることもできない。
 以上のことからすれば、請求人が住民票を異動したり、本件郵便受箱を撤去するなどした行為は、本件通知書の送達を回避することを意図してなされたものと認められる。
 したがって、請求人の住所は本件期日のみならず、その前後を通じて本件住所にあると認めるのが相当である。
 よって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ロ)上記イの(ニ)及び(ホ)の各事実からすれば、本件通知書の送達は、本件期日の午後6時10分に調査担当職員が本件住所において差置送達の方法により適法に行われていると認められるので、請求人が本件通知書を確認したのは平成8年3月16日であり、本件期日に差し置かれたか否か及び当該差置が当該行政職員の職務執行として行われたものであるか否かについては確認されていない旨の請求人の主張には理由がない。
(ハ)上記イの(ニ)によれば、本件通知書は、透明なビニールケースに入れて密封した上、本件柱に貼り付ける方法により送達されていることが認められるところ、同通知書はこれをもって請求人の了知し得べき状態に置かれたものとみるのが相当であり、かつ、同時点をもってその効力を生じたものと判断される。
 したがって、本件通知書の送達方法は、同通知書を認識し得る期間を確保しておらず、その中身を理解し得る状況になかった旨の請求人の主張には理由がない。
(ニ)以上のとおり、本件通知書は適法に送達されているから有効であり、本件決定処分等も有効であると認められる。
(2)請求人は、本件株式は本件評価額である1,028円50銭により評価するのが妥当であり、本件取引は相続税法第7条に規定する低額譲受けに該当しない旨主張するのに対し、原処分庁は、本件取引の日である平成2年1月12日現在の証券取引所における最終価格である1,630円で評価する方が合理的であり、上記の低額譲受けに該当する旨主張するので、審理したところ次のとおりである。
イ 当審判所が原処分関係資料等を調査したところによれば、次の事実が認められる。
(イ)(a)本件りん議書1と本件りん議書2はいずれも平成2年1月4日付で、かつ、そのりん議番号は連続していること及びその扱者は同一であること、(b)本件りん議書1によれば、Nからの株式購入資金としての550,000,000円の借入依頼に対する融資が決定されていること、(c)本件りん議書2によれば、請求人からの株式購入資金としての総額710,000,000円(平成2年1月5日に350,000,000円、同月12日に360,000,000円と分割して実行)の借入依頼に対する融資が決定されていること及び(d)いずれのりん議書においても借入金は株式売却により一括して返済する旨記載されていることの各事実が認められること。
(ロ)Nは平成2年1月5日に、B証券を通じて本件株式318,000株を買い受け、一方、請求人は、本件株式316,000株を信用売りしていること及び本件株式の1株当たりの約定価格はいずれも、1,650円であったこと。
 なお、請求人らが提出した本件申込書によれば、Nと請求人の口座番号とは連続していること及びその扱者は同一であること。
(ハ)Nは平成2年1月5日に、A銀行から536,000,000円を借り入れ、上記(ロ)の株式購入代金524,700,000円に充てたこと。
(ニ)請求人は平成2年1月5日に、A銀行から357,000,000円を借り入れ、上記(ロ)の信用売りに係る信用取引委託保証金315,655,000円に充てたこと。
(ホ)Nは平成2年1月12日に、上記(ロ)で取得した本件株式318,000株を1株当たり1,028円50銭、総額327,063,000円で請求人に譲渡したこと。
(ヘ)請求人は平成2年1月12日に、A銀行から333,000,000円を借り入れ、本件取引に係る株式の購入代金に充てたこと。
(ト)請求人は平成2年1月12日に、本件取引によって取得した本件株式318,000株をB証券に預けたこと。
(チ)請求人は平成2年2月5日に、上記(ト)でB証券に預けた本件株式の現物318,000株の内316,000株で信用取引の決済をしてB証券から決済差金514,614,484円を受領するとともに、信用取引委託保証金315,655,000円の返還を受けたこと及び残りの2,000株については1株当たり1,680円で現物売りし、手数料等を除いて3,280,023円を受領したこと。
(リ)請求人らは、A銀行からの借入金元本を、次表のとおり返済したこと。

(単位 円)
返済年月日返済金額
請求人N
平成2年1月8日35,000,000
平成2年1月12日900,000331,690,000
平成2年1月26日710,000
平成2年2月8日654,100,000
平成2年2月9日203,600,000
合計690,000,000536,000,000

(ヌ)本件提案書によれば、次のことが認められる。
A 「上場株式を活用して、社長より専務に実質的に1億円を贈与する。具体的には、値上がりの激しい上場株式を社長が取得して、これを専務が相続税評価額で社長より購入する。その上で、市場で売買することによって上記資金を調達する。」と記載されていること。
B 借入金を原資とし、社長が本件株式318,000株を現物取得し、専務が同株式316,000株を信用売りした場合の資金繰りを試算した計算明細書が作成されていること。
C 当時、NはM社の代表取締役であり、請求人は同社の専務取締役であったこと。
(ル)請求人は平成8年5月27日に、異議担当職員に対し、要旨次のとおり申述していること。
A Nが本件株式を大量に現物買いしたことが分かったので、万一暴落した際の資金手当を考慮し、リスクヘッジとして信用売りを行った。
B 請求人の信用売りの決済は、Nの所有する本件株式の現物で行う以外に方法がないことから本件取引を行ったものである。
C Nが本件取引によって約2億円の譲渡損となったことについては、担当税理士に相談した結果、Nが所有するM社の株式を請求人が買い取ることによって穴埋めをすることにしたものである。
D 請求人は、税務相談室か税務署かは覚えていないものの、一度電話で相談したことがあり、その内容は、次のとおりであった。
(A)上場株式を市場外で売買する場合にはどのようにすればよいかとの質問に対し、評価基本通達169に従って3か月平均で行う旨の回答があった。
(B)評価基本通達169によらず、相場で行った場合にはどうなるのかとの質問に対し、贈与のおそれがある旨の回答があった。
ロ 当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)◎◎証券取引所発行の◎証統計月報によれば、本件株式の平成元年11月、12月及び平成2年1月の各月における毎日の最終価格の平均額は、それぞれ次のとおりであること。
(1)平成元年11月 1,028円50銭
(2)平成元年12月 1,411円90銭
(3)平成2年 1月 1,592円11銭
(ロ)◎◎証券取引所発行の平成2年1月12日付◎◎証券取引所日報(株券)によれば、同日の本件株式の最終価格は1,630円であること。
ハ ところで、相続税法第7条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲渡のあった時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす旨規定している。
 そして、この規定の趣旨は、贈与税の課税原因を贈与という法律行為に限定した場合には、時価に比して著しく低い価額の対価で財産を移転することによって贈与税の負担を回避するとともに、本来、相続税の対象となるべき財産を生前に処分することで相続税の負担の軽減を図ることが可能となる結果、租税負担の公平が著しく害されることとなるという不都合を防止することにあり、これにより、時価より著しく低い価格で売買が行われた場合には、当事者に贈与の意思があったかどうかを問わず、その対価と時価との差額に相当する金額の贈与があったものとみなすこととしているものと解される。
ニ 相続税法第22条は、贈与により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価による旨規定しているところ、同条及び同法第7条に規定する時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち、客観的な交換価値を示す価額をいうものと解される。
 しかし、客観的な交換価値を示す価額は、必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、特段の事情がある場合を除き、財産評価の一般的基準としての評価基本通達の定めに基づく画一的な評価方法によって贈与により取得した財産を評価することとされている。
 これは、財産の客観的な交換価値を示す価額を個別に評価する方法を採るとその評価方式や基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生ずることが避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることから、あらかじめ定められた評価方法により、これを画一的に評価する方が、納税者間の公平及び便宜という見地から見て合理的であるという趣旨に基づくものと解される。
 そうすると、評価基本通達の定めに基づき財産の価額が合理的に算定されている限り、これが形式的にすべての納税者に適用されることによって租税負担の実質的な公平を実現することができるものと解されるが、他方、評価基本通達に定められた評価方式によるべきであるとする趣旨が上記のようなものであることからすれば、評価基本通達の評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害し、また、相続税法及び評価基本通達の趣旨に反する結果となる場合には、他の合理的な評価方式によることが許されるものと解するのが相当である。
ホ 評価基本通達169は、上場株式の価額は、その株式が上場されている証券取引所の公表する課税時期の最終価格によって評価する。ただし、その最終価格が課税時期の属する月以前3か月間の毎日の最終価格の各月ごとの平均額のうち最も低い価額を超える場合には、その最も低い価額によって評価する旨定めている。
 証券取引所における取引価格が毎日公表されている上場株式の価額については、本来、課税時期における最終価格が当該上場株式の時価であるということができるが、相続、贈与による財産の移転が、主に夫婦間及び親子間などにおいて行われるような対価を伴わないものであり、特に相続は、被相続人の死亡という偶発的な要因に基づき発生するものであるところ、証券取引所における上場株式の価格は、その時々の市場の需給関係によって値動きすることから、時には異常な需給関係に基づき価格が形成されることもあり得るので、こうした一時点における需給関係に基づく偶発的な価格によって、偶発的な要因等によって無償取得した上場株式が評価される危険性を排除し、評価の安全性を確保するため、評価基本通達169は、課税時期における証券取引所の最終価格のみならず、ある程度の期間の月平均額をも考慮して上場株式の評価を行うこととしたものであると解することができる。
ヘ 上記イ及びロの事実等をハないしホに照らして判断すれば、次のとおりである。
(イ)上記イの(イ)ないし(リ)の各事実によれば、請求人らは、本件取引に先立ち、平成2年1月4日にA銀行に対し、株式購入資金としてNは550,000,000円、請求人は710,000,000円をそれぞれ借入依頼した後、同月5日にB証券に対し、Nは本件株式318,000株を1株当たり1,650円で購入する注文を、一方、請求人は本件株式316,000株を1株当たり1,650円で信用売りする注文をそれぞれ行っていることから、証券市場において売買が成立することは容易に想定されるところであって、請求人らもこれを承知の上で、信用取引を介在させ、同日、同一銘柄、同額、ほぼ同株数の相対する取引を成立させることにより、請求人らの間にあっては、本件株式の取得から売却までの間に発生する証券市場における株価の変動による危険を防止しようとしたことがうかがわれる。
 また、請求人が本件取引を行ったのは、Nが本件株式を取得し、請求人が上記の信用売りをしてから、わずか7日後であり、しかも、本件取引に係る取引価格である本件評価額相当額は、Nの取得価格や本件取引時の市場価格を無視した金額であること及び請求人は、自ら行った信用売りの決済にNから取得した本件株式の現物を充当し、信用売りに係る譲渡代金を受領していることが認められるところ、上記の一連の取引によって、Nは諸費用等を除いて197,637,000円の経済的損失を被る一方、請求人は諸費用等を除いて、Nが受けた経済的損失とほぼ同額の197,697,000円の経済的利益を受けたことが認められる。
 このことからすれば、本件取引は、専ら贈与税の負担を回避するために、通常第三者間では成立し得ないような著しく低い価額により売買を行い、かつ、証券取引所における株価の変動による危険を防止する措置も講じた上、本件株式の市場価格と本件評価額との間に相当の開差があることを利用して、Nから請求人への実質的な財産の移転につき贈与税の負担を回避するために行われたものであると認められる。
 そうすると、本件取引時における本件株式を本件評価額により評価することは、実質的な租税負担の公平を著しく損なうこととなり、かつ、相続税法及び評価基本通達の趣旨に反する結果にもなるものと認められるところ、このような場合には、評価基本通達169に定める評価方法を形式的に採用することなく、本来的に上場株式の客観的な市場価格である証券取引所の公表する課税時期の最終価格による評価を行うことには合理性があると判断できるから、同時点における本件株式の価額については、本件取引日における最終価格である1株当たり1,630円で評価するのが相当である。
 以上により、本件株式を評価基本通達169により評価すべきである旨の請求人の主張には理由がない。
(ロ)また、請求人は、評価基本通達169は株価を評価する上での基準として公表され事実上遵守されるものであるから、これにより評価した場合は適正とみなすべきであり、形式的にこれを適用しなければ、原処分庁の恣意的な判断を許し、租税法律主義にもとる旨主張する。
 しかしながら、評価基本通達を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、かえって、実質的な租税負担の公平を害することが明らかな場合は、他の合理的な評価方法により時価を算定することが許されることについては、上記ニに述べたとおりであり、また、通達は、上級行政庁の下級行政庁に対する命令であって法規たる性質を有せず、それ自体は納税者を拘束するものではなく、納税者は通達に示されている行政庁の解釈に当然に従わなければならないものでないことはいうまでもないことであるから、仮に原処分庁が評価基本通達の定めによらず評価を行ったとしても、そのことのみをもって租税法律主義に反したものということはできない。
(ハ)請求人は、本件株式の評価を評価基本通達169の評価額で行ったのは、請求人が担当税理士を介して電話で税務相談室等へ問い合わせた結果であるから、請求人の株式評価の正当性を裏付けるものである旨主張する。
 しかしながら、当審判所の調査によっても、請求人が上記イの(ル)のDにおいて申述するような税務相談室等に対する問い合わせ及び回答の事実は確認できず、仮に、そのようなことがあったとしても、それは、当然のこととして、株式の売買が正当な取引に基づいていることを前提としてされたものであると考えられ、本件取引に係る諸事情を考慮の上されたものとは考えられないから、この点に関する請求人の主張は採用することができない。
(ニ)請求人は、本件取引当時は本件改正の動きが全く見られなかったのであるから、本件改正前の評価基本通達169により評価する以外に方法がない旨主張する。
 しかしながら、本件改正は負担付き贈与又は個人間の対価を伴う取引により取得した上場株式の価額は、課税時期の最終価格によって評価することとしたものであり、その趣旨は、こうした負担又は対価を伴う経済的取引行為については、一般の相続や贈与のような偶発的な無償取得であること等に配慮した評価上のしんしゃくの必要性がないことを明確にし、取得の動機にかかわらず課税時期の最終価格によって評価することとしたものと解されるところ、本件取引の場合は上記(イ)に記載したとおり、本件株式を本件取引の日の証券取引所における最終価格により評価することが合理的であるから、本件改正の動向にかかわらず、本件取引の本件株式の評価額を本来的に上場株式の客観的な市場価格であることが明らかな証券取引所の公表する課税時期の最終価格を時価とすべきものである。
 したがって、請求人のこの点に関する主張には理由がない。
(ホ)ところで、相続税法第7条にいう、著しく低い価額の対価に該当するか否かは、当該財産の譲受けの事情、当該譲受けの対価、当該譲受けに係る財産の市場価額等を勘案して社会通念に従い判断すべきものと解するのが相当である。
 これを、本件取引についてみると、本件取引に係る経緯は上記(イ)に述べたとおりであり、請求人が譲渡を受けた本件株式318,000株の本件取引時の時価は518,340,000円であると認められるところ、その対価の額は327,063,000円であり、その差額は191,277,000円にも及ぶことからすれば、本件取引における対価の額は相続税法第7条に規定する著しく低い価額の対価に該当するものと認めるのが相当である。
 したがって、本件評価額は、本件取引の日の証券取引所における最終価格の62パーセント相当であり、逆算すると38パーセント相当の株価の動きを想定したことになり、著しく低い対価に該当しない旨の請求人の主張には理由がない。
(ヘ)請求人は、本件取引はNが投機目的で本件株式を取得したことに対し、保全処置として行った本件株式の信用売りをNが察知したため株式投機の意味がなくなったことから親子間で決済処理するため行ったものであり、当初より贈与税の課税を逃れるためにした取引ではない旨主張するので、検討したところ、次のとおりである。
A 本件取引に関して、次の各事実が認められる。
(A)上記イの(イ)に記載したとおり、本件りん議書1及び本件りん議書2のりん議番号は連続しており、その扱者は同一であること。
(B)上記イの(ロ)に記載したとおり、本件申込書における口座番号は連続しており、その扱者は同一であること。
(C)上記イの(ヌ)に記載した事実からすれば、上記イの(イ)ないし(リ)の一連の取引は、本件提案書の内容に基づいて行われたものと認められること。
(D)上記イの(イ)のとおり、本件りん議書2において、次のとおり分割して貸し付けることが予定されていたこと。

B 上記Aの各事実から判断すれば、Nの本件株式の現物買いと請求人の本件株式の信用売りとを同時に行うこと及び本件取引を本件評価額で行うことは当初より計画されていたものと認められ、また、上記(イ)に記載したとおり、本件取引は、本件株式の市場価格と本件評価額との間に相当の開差があることを利用して、Nから請求人へ実質的に財産を移転するとともに、贈与税の負担を回避するために行われたものであると認められる。
 したがって、この点に関する請求人の主張を採用することはできない。
(ト)なお、請求人は上記イの(ル)のCのとおり原処分庁に対し、Nが所有するM社の株式を請求人が買い取ることによって、本件取引によりNが被った約2億円の譲渡損の穴埋めをした旨申述し、当審判所に対し、上記2の(1)のイの(ヘ)のBのとおり、M社の申告書に同社の株主の異動状況を記載している旨主張するが、当審判所の調査したところによっても、M社の株式の売買があったことは認められるものの、これによって本件取引にかかるNの譲渡損失を補てんした事実は認められない。
(3)本件決定処分について
 本件取引に係る本件株式318,000株の譲受けの対価は327,063,000円であり、上記(2)のへの(イ)のとおり本件取引日における本件株式の1株当たりの時価は、1,630円と認められ、同株式318,000株の価額は518,340,000円となるところ、本件取引は上記(2)のニの(ニ)に述べたとおり、相続税法第7条に規定する時価に比し著しく低い価額で財産を譲り受けた場合に該当すると認められるので、請求人は、これらの価額の差額に相当する金額191,277,000円をNから贈与により取得したものとみなされる。
 したがって、請求人の平成2年分の贈与税の納付すべき税額は、125,538,900円となり、この金額と同額で、かつ、同年分の贈与税に係る除斥期間内に送達された本件決定処分は適法である。
(4)本件賦課決定処分について
 上記(3)のとおり、本件決定処分は適法であり、請求人が法定申告期限までに申告しなかったことについて、国税通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由があると認められる場合」に該当しないから、同条第1項の規定に基づいて行った本件賦課決定処分は適法である。
(5)その他
 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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