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(平10.2.19裁決、裁決事例集No.55 1頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)の養親であるF(平成7年3月21日死亡。以下「被相続人」という。)は、平成6年分の所得税について確定申告書に納付すべき税額を2,903,300円と記載して法定申告期限までに申告したものの、当該納付すべき税額を納付しなかった。
 原処分庁は、これに対し、平成7年5月16日付で督促状を発送したが、被相続人は死亡していたため、被相続人と同居の請求人、被相続人の妻であるG及び被相続人の長女で請求人の妻であるH(以下、これら3人を併せて「請求人ら」という。)に送達された。
 その後、原処分庁は、被相続人の死亡を確認したため、請求人らが相続人であり、国税通則法(以下「通則法」という。)第5条《相続による国税の納付義務の承継》の規定に基づき納付義務を承継したとして、平成7年8月3日付で納税義務承継通知(以下「本件納付義務通知」という。)をするとともに、請求人らに係る次表の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、請求人が所有する別表1記載の不動産(以下「別表1の不動産」という。)につき、平成9年3月4日付で差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。

 請求人は、この処分を不服として、平成9年3月17日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月11日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成9年6月26日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 原処分庁は、請求人が被相続人の相続人として被相続人が納付すべき国税の納付義務を承継している旨主張するが、請求人は、以下のとおり、被相続人の相続人に当たらないから、原処分庁の認定には事実誤認がある。
(イ)請求人は、平成7年9月22日、相続放棄申述書を提出し、同申述書はW家庭裁判所において受理されているから、請求人は有効に相続の放棄をしており、初めから相続人とならなかったものとみなされる。
 原処分庁は、別表2記載の不動産(以下「別表2の不動産」という。)について、請求人が上記相続放棄申述書を提出する以前の平成7年3月31日付で相続を原因として被相続人から所有権移転登記を経由しているので、請求人は、遅くともこの時から相続の開始があったことを知っており、民法第921条第2号の規定により単純承認をしたものとみなされる旨主張するが、請求人は、上記所有権移転登記が経由されたことはもとより、自己のために相続の開始があったことすら知らず、請求人が自己のために相続の開始があったことを知ったのは、本件納付義務通知を受けた時であり、その時から3か月以内に相続の放棄をしており、請求人は相続人にならない。
(ロ)原処分庁は、請求人らが平成7年1月14日付で株式会社Jセンター(以下「Jセンター」という。)と別表3記載の不動産(以下「別表3の不動産」という。)及び別表2の不動産を売り渡す旨の契約書(以下「本件売買契約書」という。)に請求人及びHが署名捺印して売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、さらに、同年6月29日にその残代金を受領しているから、請求人は相続財産を処分したものであり、民法第921条第1号の規定により単純承認したものとみなされる旨主張する。
 しかしながら、本件売買契約当時、別表2の不動産は請求人の所有に係るものではないから請求人が勝手に処分し得るものではない。請求人が本件売買契約で処分したものは別表2の不動産ではなく、請求人が共有持分を有する別表3の不動産である。
 したがって、請求人は、相続財産を処分していないので、相続人にはならない。
ロ 上記イのとおり、請求人は相続人ではないので、請求人が被相続人の滞納税額の納付義務を承継しているとして行われた本件差押処分は、違法である。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 請求人は、被相続人の死亡当日相続の開始があったことを知っており、また、相続財産である別表2の不動産について、平成7年3月31日受付で、同表符号一から三は持分2分の1、同表符号四は持分4分の1の所有権移転登記をいずれも同月21日相続を原因として被相続人から経由しているので、遅くともこの時に相続の開始があったことを知っているにもかかわらず、その時から3か月以内に相続の放棄をしなかったから、民法第921条第2号の規定により単純承認をしたものとみなされ、無限に被相続人の権利義務を承継する。
ロ 請求人らは、平成7年1月14日付でJセンターと本件売買契約を締結し、別表2の不動産については請求人らの責任で同年7月31日までに所有権移転をするという特約の下、同年6月29日にこれを了して残代金を受領しているから、請求人は相続財産を処分したものであって、民法第921条第1号の規定により単純承認をしたものとみなされ、無限に被相続人の権利義務を承継する。
ハ 請求人は、上記イ及びロのとおり、相続人であるから、通則法第5条の規定により、本件滞納国税を承継したにもかかわらず、これを完納しなかったので、原処分庁は、国税徴収法第47条《差押の要件》第1項第1号の規定に基づき別表1の不動産に対して本件差押処分を行ったものである。
 また、その後において、課税額が取り消された事実もなく、ほかに何らの違法性も存していない。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、請求人が相続人として納付義務を承継することの適否にあるので、以下審理する。
(1)原処分関係資料等及び当審判所が調査したところによれば、次の事実が認められる。
イ 平成7年1月14日当時、別表2の不動産は被相続人が所有し(なお、同表符号四は持分2分の1)、別表3の不動産は請求人らが所有していた。
ロ 請求人ら(GはHが代理)は、平成7年1月14日、Jセンターとの間で別表2及び別表3の不動産を78,000,000円で売り渡す旨の本件売買契約を締結し、同日手付金として30,000,000円を受領した。
 なお、本件売買契約書には、次の条項がある。
(イ)売買代金の授受
A Jセンターは、契約締結と同時に手付金30,000,000円を請求人らに支払い、請求人らはこれを受領した。
B Jセンターは、残金48,000,000円を所有権移転登記に必要な一切の書類及び物件引渡しと引き換えに平成7年7月31日までに支払う。
(ロ)特約条項
A 請求人らは、その責任において被相続人の所有する別表2の不動産についても、これを取得してJセンターに売り渡す義務を負う。
B 請求人らが平成7年7月31日までに上記Aの義務を履行しない場合は、請求人らは連帯してJセンターに手付金を返還し、かつ、これと同額の金員を支払う。
C 請求人らは、手付金30,000,000円の受領後、直ちに別表3の不動産についてJセンターに所有権移転登記をする。
 ただし、被相続人の所有する別表2の不動産に係る所有権移転登記については、平成7年7月31日までとする。
ハ 請求人らは、別表3の不動産について、平成7年1月17日受付で、同月14日売買を原因としてJセンターに対し所有権移転登記をした。
ニ 被相続人は平成7年3月21日に死亡した。
 被相続人の死亡当時、請求人らの住民票上の住所は被相続人の住所と同じであり、被相続人の死亡当日死亡届出を請求人が行った。
ホ 登記簿謄本によれば、別表2の不動産について、同表符号一から三は平成7年3月31日受付で請求人及びHがそれぞれ持分2分の1、同表符号四は請求人及びHがそれぞれ持分4分の1の所有権移転登記をいずれも同月21日相続を原因として被相続人から経由されている。
ヘ Jセンターは、次表のとおり本件売買契約の売買代金を支払っており、本件売買契約書の売主の欄の署名と同一と認められる請求人らの署名捺印のある領収証を受領している。

日付摘要金額領収証発行名義
平成7年1月14日手付金30,000,000円E、H及びG代理人H
平成7年3月31日中間金3,000,000円H並びにG及びE代理人H
平成7年4月19日中間金1,000,000円H及びE
平成7年6月8日中間金600,000円E
平成7年6月29日残金43,400,000円H及びE

ト 請求人らは、別表2の不動産について、H持分については平成7年6月19日受付で同日売買を原因として、請求人持分については同月29日受付で同日売買を原因として、それぞれ、Jセンターの役員であるKに所有権移転登記を経由した。
チ 請求人は、平成7年9月22日、W家庭裁判所に相続放棄申述書を提出し、同裁判所は、請求人の申述を受理する旨の審判をした。
リ 原処分庁は、請求人らに対して、平成7年8月3日付で納税義務承継通知書を送付しており、同通知書には、「同封の納付書で、日本銀行(本店、支店、代理店若しくは歳入代理店)、郵便局又は税務署に、至急納付してください。」と記載されている。
(2)Jセンターの取引先で本件売買契約の立会業者である株式会社Lの代表取締役であるMは、原処分庁に対し、次のとおり申し立てている。
イ 平成6年12月ころ、請求人及びHから株式会社Lに別表2及び別表3の不動産を売りたい旨の連絡があった。
ロ 本件売買契約を締結した当時、被相続人は健在であったが、病気で入院していたため、同人に対して別表2の不動産を売却する意思があるか確認に行った。
ハ 本件売買契約は、売却不動産である別表2及び別表3の不動産の所在地である請求人らの自宅で、請求人及びHと行った。
ニ 売買代金は、すべて上記ハと同じ場所で請求人及びHに対して現金で支払った。
(3)Hは、原処分庁に対し、上記(2)のMの申立てと同趣旨の申立てをしている。
(4)ところで、通則法第5条第1項によれば、相続があった場合には、相続人は被相続人に課されるべき又はその被相続人が納付し、若しくは徴収されるべき国税を納付する義務を承継するものとされており、同条第2項において、相続人が2人以上あるときは法定相続分(民法第900条)・代襲相続分(同法第901条)・指定相続分(同法第902条)の規定による相続分によりあん分して計算した額を承継する旨規定されている。
 また、民法第915条第1項の規定によれば、相続人は、自己のために相続があったことを知った時から3か月以内に単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。
 この民法第915条第1項の規定する「自己のために・・・知った時」とは、相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時をいうと解すべきであるが、相続人が当該各事実を知った場合であっても、当該各事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続の放棄をしなかったのが被相続人に相続すべき積極及び消極の財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続すべき積極及び消極の財産の有無の調査を期待することが著しく困難な状態があって、相続人において相続すべき積極及び消極の財産が全くないと信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が相続すべき積極及び消極の財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解するのが相当である。
 そして、民法第938条、家事審判法第9条第1項甲類第29号並びに家事審判規則第99条、第114条及び第115条の規定によれば、相続の放棄は、相続人たるべき者が管轄の家庭裁判所に適式の申述書を提出して行い、家庭裁判所の受理審判によって効力を生ずるが、家庭裁判所の受理審判は権利関係を終局的に確定する作用を持たず、実体的権利関係は訴訟によってのみ終局的に確定されるから、相続の放棄が効力を有するための実体的要件(例えば、法定単純承認とみられる事実のないことなど。)を欠き、相続の放棄が無効である場合には、利害関係人は相続の放棄の無効を主張できると解されている。
(5)以上の事実等に基づき、請求人が相続人として納付義務を承継することの適否について検討したところ、次のとおりである。
イ 上記(4)によれば、家庭裁判所の受理審判は権利関係を終局的に確定する作用を持たず、実体的権利関係は訴訟によってのみ終局的に確定され、法定単純承認とみられる事実のないことなど相続の放棄が実体的要件を欠き、相続の放棄が無効である場合には、利害関係人は相続の放棄の無効を主張できると解されているから、上記(1)のチのとおり、W家庭裁判所において請求人の相続の放棄の申述を受理する旨の審判がなされているが、請求人の相続の放棄が実体的要件を具備していたか否かを検討する必要がある。
ロ 上記(1)のニのとおり、被相続人は、その死亡当時、請求人と住所を同じくしており、請求人が被相続人の死亡当日に死亡届出を行っているのであるから、請求人は被相続人が死亡した事実を被相続人が死亡した平成7年3月21日に知ったと認めるのが相当である。
 なお、上記(1)のホのとおり、別表2の不動産については、平成7年3月31日受付で相続を原因として請求人の法定相続分と異なる持分による所有権移転登記がなされているから、当該受付の前に請求人らの間で遺産分割協議が行われたものと推認され、また、不動産登記法第35条の規定によれば、所有権移転登記に関し登記原因を証する書面等が必要であるから、上記相続を原因とする所有権移転登記を行うためには、遺産分割協議書及び印鑑証明書の提出が必要となり、請求人は遅くとも同日までに遺産分割協議書に署名捺印することによって、被相続人が死亡した事実を知ったことになる。
 そうすると、請求人は、上記1のとおり、被相続人の養子であるから、平成7年3月21日、遅くとも同月31日までには相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知ったということになる。
 この点、請求人は、上記相続を原因とする所有権移転登記が経由されたことはもとより、自己のために相続の開始があったことすら知らず、自己のために相続の開始があったことを知ったのは本件納付義務通知を受けた時である旨主張するが、上記認定したところに照らせば、請求人の主張には理由がない。
ハ ところで、上記(4)によれば、請求人が上記事実を知った場合であっても、上記事実を知った時から3か月以内に相続の放棄をしなかったのが被相続人に相続すべき積極及び消極の財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて請求人に対し相続すべき積極及び消極の財産の有無の調査を期待することが著しく困難な状態があって、請求人において相続すべき積極及び消極の財産が全くないと信ずるについて相当な理由があると認められるときには、請求人が相続すべき積極及び消極の財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきということになる。
 しかしながら、上記(1)のロ及びヘの事実並びに(2)及び(3)の申立てによれば、請求人らは、被相続人が所有する別表2の不動産及び請求人らが所有する別表3の不動産を売り渡す旨の本件売買契約書に請求人自ら署名捺印して本件売買契約を締結するとともに、売買代金を受領しているから、請求人は、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時点において、被相続人に相続すべき積極及び消極の財産として別表2の不動産があることを了知していたと認めるのが相当であり、そうだとすれば、民法第915条第1項の規定する3か月の起算点を相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時点以降とすべき事情は存しないといわざるを得ない。
ニ したがって、請求人が相続の単純若しくは限定の承認又は放棄を選択できる民法第915条第1項の3か月の期間は、平成7年3月21日遅くとも同月31日から起算すべきところ、請求人が上記相続の放棄をしたのは、同年9月22日であるから、請求人は同法第921条第2号の規定する同法第915条第1項の期間内に相続の放棄をしなかったときに該当するから、請求人のなした上記相続の放棄は実体的要件を欠いて無効であり、同法第921条の規定により請求人は単純承認をしたものとみなされる。
ホ なお、原処分庁は、請求人が本件売買契約書を締結し、相続すべき積極及び消極の財産である別表2の不動産について、平成7年7月31日までに所有権を移転するという特約の下、同年6月29日にこれを了するとともに、残代金を受領しているから、請求人は相続財産を処分したものであり、民法第921条第1号に該当する旨主張するが、同号が適用されるためには、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか、又は、少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要すると解されるところ、上記(1)のロのとおり、本件売買契約は、被相続人の死亡前に締結されたものであるから、本件売買契約の締結をもって請求人が相続財産の全部又は一部を処分したときに該当するとは認められない。ただし、上記(1)のロのとおり、請求人らは本件売買契約により、被相続人の所有する別表2の不動産を取得してJセンターに取得させる義務を負っており、上記(1)のロによれば、請求人はこの義務を履行するため、相続開始後、上記(1)のホのとおり、別表2の不動産について、所有権移転登記を経由した上、同年6月29日にこれをJセンターの役員であるKに売り渡す旨の売買契約を締結していることが認められるから、民法第921条第1号の相続財産の全部又は一部を処分したときに該当し、同条の規定により請求人は単純承認したものとみなされる。
ヘ 以上の結果、請求人は、民法第920条の規定により、無限に被相続人の権利義務を承継し、上記(4)のとおり、相続人として通則法第5条第1項及び第2項の規定に基づき、法律上当然に被相続人の滞納国税のうち請求人の法定相続分である4分の1の額725,825円を承継し、同条第3項により請求人は相続によって得た財産の価額のうち承継税額を超える範囲で他の相続人であるH及びGが承継する税額を納付する責任も負うことになる。
 そして、請求人が承継した本件滞納国税を徴収するために行った本件差押処分の手続には違法な点はない。
 よって、本件差押処分は適法である。
(6)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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