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(平10.4.24裁決、裁決事例集No.55 196頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、医療保険業(病院)を営む者であるが、平成5年分、平成6年分及び平成7年分(以下、併せて「各年分」という。)の所得税について、青色の確定申告書に次表のとおり記載して、いずれも法定申告期限までにP税務署長に申告した。

 その後、請求人は、原処分庁所属の職員の調査を受け、平成8年6月7日、各年分の所得税について、次表のとおりとする修正申告書をP税務署長に提出した。
 これに対し、P税務署長は、同年7月1日付で、修正申告により納付すべき税額を基礎として、次表の「過少申告加算税の額」欄のとおり各年分の過少申告加算税の賦課決定処分をした。

 さらに、P税務署長は、原処分庁所属の職員の調査に基づき、平成8年7月1日付で、次表のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「原処分」という。)をした。

 請求人は、これらの原処分を不服として、平成8年7月30日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 更正の理由附記について
(イ)請求人は、株式会社Fが所有するP市S町1丁目所在の鉄筋コンクリート造り陸屋根3階建ての病院用建物(延床面積4,030.99平方メートル)及び付属建物(延床面積4平方メートル、以下病院用建物と併せて「本件病院用建物」という。)を同社から賃借し、同社に対して支払った年間の賃料(以下「本件賃料」という。)を請求人の各年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入して申告した。
 これに対し、原処分庁は、本件病院用建物に係る月額賃料の建物床面積1平方メートル当たりの賃料(以下「本件月額賃料」という。)が、非同族関係者間での病院用建物の賃貸で、本件病院用建物とその賃貸の態様が類似している鉄筋コンクリート造りの建物の月額賃料の建物床面積1平方メートル当たりの賃料の平均値(以下「類似建物月額賃料」という。)と比較して高額な賃料となっていることから、所得税法第157条《同族会社等の行為又は計算の否認》の規定を適用して、本件賃料のうち原処分庁が認定した適正な賃料(類似建物月額賃料の年額相当額をいい、以下「本件適正賃料」という。)を超える部分の賃料は、請求人の事業所得の金額の計算上必要経費に算入しないとする本件更正処分をした。
(ロ)ところで、青色申告書についてなされた更正の通知書に関する附記すべき理由の程度について、最高裁判所昭和38年5月31日判決の判示に従えば、本件の類似建物月額賃料がいかにして算定され、それによることがどうして正当なのか、その記載自体から納税者がこれを知ることができる程度に理由附記が求められているのであるが、本件更正処分の更正通知書には、類似建物月額賃料を比較の基準とすることの合理性、かつ、その計算方法が合理的であると推測させるべき理由の記載がなく、理由附記に著しい不備があるから、本件更正処分は取消しを免れない。
(ハ)また、原処分庁は、更正の理由について、更正通知書では「類似建物月額賃料と本件月額賃料の差(賃料の開差)」としながら、答弁書においては「賃料の開差の度合いにより判断するものではなく税額のかい離(増差税額)によって判断すべきものである」として更正通知書の理由を否定し、さらに、平成8年12月11日付意見書では「増加税額だけをもって判断したのではなく、年額賃料の開差の大きさを判断基準とする」として答弁書の理由を否定した。
 以上のことは、原処分庁の処分理由に破たんがあることを示し、処分理由としては不当であり、理由附記としても不十分であるから、本件更正処分は取り消されるべきである。
ロ 本件更正処分について
(イ)所得税法第157条の適用の可否について
A 請求人は、株式会社Fとの間において、本件病院用建物の賃貸借契約を締結するに先立ち、本件病院用建物の賃料の決定が同族会社ゆえのし意的決定との判断を避ける目的で、不動産鑑定士に依頼して、本件病院用建物及びP市S町1丁目所在の鉄骨造り陸屋根2階建ての老人ホーム用建物(延床面積1,711.39平方メートル、以下「本件老人ホーム用建物」といい、本件病院用建物と併せて「本件建物」という。)の正常賃料を不動産鑑定評価(以下「本件鑑定評価」という。)によって求め、これを参考として本件病院用建物の賃料を決定したものである。
 すなわち、本件鑑定評価を求めることで、原処分庁が比較の基準として非同族間の取引事例を選定したのと同様に、非同族の第三者への新規賃貸の場合の合理的賃料を求めたものであり、この行為は、純経済人として極めて合理的な行為である。
B 不動産鑑定評価によって求める正常賃料の計算にあっては、本件建物の敷地である土地の権利が所有権によるものであっても、あるいは賃借権によるものであっても、求める値はほぼ同じ結論になるから、建物賃料を算出するに当たって、敷地の権利が所有権か賃借権かは大きな賃料変動要因ではない。
 このことは、原処分庁が選定した賃貸事例のA、B及びCの各物件が、いずれもこの区別をせずに選定したものであることからも明らかである。
 したがって、本件賃料は、本件鑑定評価によって得た正常賃料を参考にそれ以下で決定したものであるから、何ら不自然・不合理に高額なものではない。
C また、本件病院用建物と本件老人ホーム用建物との賃料配分比率を9対1としたのは、本件鑑定評価に係る平成元年8月1日付の付属意見書(以下「本件付属意見書」という。)に基づいたものであり、その根拠は、(a)本件病院用建物と本件老人ホーム用建物の積算価格の比率、(b)建物の構造及び維持費、(c)内装等の違い及び(d)本件病院用建物の敷地及び本件老人ホーム用建物の敷地(以下、これらを併せて「本件敷地」という。)の立地条件等による評価額の違いなどを総合的に比較考量した結果によるもので、もとより合理的なものである。
D 福岡地方裁判所平成4年5月14日判決において、不動産賃料は「種類、構造、立地条件、築年数等により大きく異なるものであるから、その合理的、正確な算出が極めて困難であり、仮に算出しても、その数値に合理性、正確性があるか疑問である」と判示しているとおり、不動産賃料の合理的、かつ、正確な算出はもともと困難である。
 また、病院用建物の場合、同一需給圏内における賃貸事例が極めて少ないため、賃貸事例比較法(以下「比準法」という。)のみでは合理的賃料の算出ができない。
 しかるに、原処分庁は、P税務署管内及び同税務署の近隣の税務署管内で、本件病院用建物に賃貸の態様が類似している鉄筋コンクリート造りの病院用建物を賃貸している事例を選定して、類似建物月額賃料を算出しているが、その算出に当たっては、不動産鑑定評価基準を無視し、比準法のみによっている点に誤りがある。
E 原処分庁の選定した事例は、場所の特定をP税務署管内及び同税務署の近隣税務署管内としただけで、わずかA、B及びCの三つの物件を選定するのみである。
 また、上記福岡地方裁判所の判決においても指摘するように、大きな賃料変動要因である立地条件、築年数についての調査が全くなされていない。
 したがって、原処分庁の賃料の算出方法は、立地条件等を無視したものであり、しかも、一つ又は二つの賃貸事例のみでは、広域にわたるP税務署管内のあらゆる場所にあるすべての病院用建物の合理的賃料基準を算出することなど不可能であり、そのような方法に基づく算出基準には何ら信用性がない。
F 原処分庁の選定したA、B及びCの各物件のうち、とりわけA物件の賃料が著しく低額なため、A、B及びCの平均値である類似建物月額賃料を下げる結果となっている。このことからみても、類似建物月額賃料の算出が極めて不合理、かつ、し意的になされていることは明白である。
G 原処分庁の調査した賃貸事例の基礎とした賃料は、現実に支払われた賃料(以下「名目賃料」という。)のみであるが、請求人の本件賃料は、共益費、保証金・権利金の償却利益・運用益に当たる部分、内装工事費用負担部分、広大な駐車場使用料等を含んだ実質賃料であるから、名目賃料のみを基礎とした類似建物月額賃料と比較すれば本件月額賃料の方が高額なのはむしろ当然であり、本件月額賃料には十分な合理的理由がある。
H ところで、所得税法第157条にいう「所得税の負担を不当に減少させるかどうか」の判定基準は、当該行為計算が、(1)非同族会社では通常なし得ないような行為計算か否か、(2)純経済人として不自然・不合理な行為計算か否かであり、東京地方裁判所平成元年4月17日判決は、「合理的に算出されたと認定できる標準的賃料と現実の支払管理料とを比較検討すると約8倍となり、著しく過大であり、純経済人の行為として極めて不合理である」としている。
 本件の場合も合理的な算出であることが立証された適正な賃料と現実の本件月額賃料を比較検討するのが合理的である。
 しかしながら、原処分庁は、基準となるべき適正な賃料に当たる類似建物月額賃料について、合理的な算出であるとの立証を全くしていないから、正当な比較ができず、所得税法第157条の適用要件である「所得税の負担を不当に減少させた」かどうかについて立証がないことになる。
I 仮に、類似建物月額賃料を一応の基準としたとしても、本件月額賃料は、原処分庁が認定した類似建物月額賃料の1.4倍程度のものであり、原処分庁が合理的と判断して選定したC物件とA物件との1平方メートル当たりの賃料の比率は1.36倍である。これに対し、平成7年分の本件月額賃料とC物件の1平方メートル当たりの賃料との比率は、これより低率の1.24倍でしかない。
 したがって、C物件を基準にみれば、本件月額賃料の偏差は極めて合理的な範囲にあり、著しく過大なものではないから、本件月額賃料の決定行為は不当なものではない。
(ロ)本件更正処分について
 以上のとおり、本件賃料は合理的に算定されて支払われているものであるから、所得税法第157条を適用してなされた本件更正処分は違法又は不当であり、その全部が取り消されるべきである。
ハ 過少申告加算税の賦課決定処分について
 以上のとおり、本件更正処分はその全部が取り消されるべきであるから、これに伴い本件賦課決定処分もその全部が取り消されるべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 更正の理由附記について
 青色申告者に対し更正処分を行う場合には、更正の理由を附記しなければならないが、本件のように帳簿書類の記載自体を否認しているのではない場合は、帳簿書類記載の法的評価を覆すに足りるだけの信ぴょう力のある資料を摘示する必要はないとされており、本件更正処分の通知書には、計算の異なった項目、計算過程及び適用条文を明示してあり、その結果納付すべき税額の記載もあり、処分庁のし意抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨を充足しているから、何ら違法はない。
ロ 本件更正処分について
(イ)所得税法第157条の適用の可否について
A 所得税法第157条の規定の趣旨は、同族会社は少数の株主ないし社員によって支配されているため、当該会社又はその関係者の税負担を不当に減少させるような行為や計算が行われやすいことにかんがみ、税負担の公平を維持するため、そのような行為や計算が行われた場合に、それを正常な行為や計算に引き直して更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものであると解されている。
 本件の場合、請求人のし意が含まれないとする本件鑑定評価は、下記Cで述べるとおり、その賃料鑑定の過程において、前提条件の相違があるにもかかわらず、請求人は、これに基づいて賃料を決定していることから、その行為は、純経済人の行為として、不自然・不合理なものと認めざるを得ない。
 また、請求人と株式会社Fとの間で結ばれた本件病院用建物の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)が、所得税負担の回避を目的としたものであるか否かにかかわらず、結果として、本件適正賃料による場合の所得税負担と、本件賃料による場合の所得税負担との間に、下記Dで述べるような著しい開差が生じており、また、本件賃料が特別に高額となる要因もなく、本件賃貸借契約に基づく行為又は計算を容認した場合には、請求人の所得税の負担を不当に減少させる結果となるから、所得税法第157条の規定を適用したことに違法はない。
B 類似建物月額賃料について
(A)一般に賃貸建物の賃料の妥当性を判断するに当たり、一定の妥当な条件の下に選定した類似建物の賃貸借事例を参考にできないほど建物の賃料が個性を有するものとはいえず、経済社会におけるあるものの価値ということを念頭に据えて、その不動産の経済的価値を金額に置き換えて比較対照することができ、その結果、単位面積当たりの金額が類似する物件の存在は当然に考え得るところである。
 したがって、建物の賃料も、その経済的価値に見合った額が算出されるはずであり、格別個性的とまではいえるものではないから、本件においても、本件病院用建物と比較すべき類似建物を選定するに当たり、その選定条件として経済的価値に及ぼす影響の大きい基本的な条件を設定して選定したものであるから、選定された類似建物の同一年分の賃料の平均値である類似建物月額賃料は、少なくとも本件月額賃料の妥当性・客観性を判断するための基準として十分機能し得るものといえる。
 また、適正な賃料の算定方法には数通りの方法があるとしても、その採用した方法が合理的であれば足りるのであるから、比準法を採用したことをもって違法であるということにはならない。
(B)本件更正処分において選定した賃貸事例は、建物の床面積が請求人のそれの0.5倍以上2倍以下であること、鉄筋コンクリート造りであること及び病院として使用していること並びに賃貸人及び賃借人が同族関係でないことを基準に選定しており、しかも、P税務署及びその近隣税務署並びにQ市内を管轄する税務署の管轄地域から選定したものであるから、その類似性は十分担保されており、賃貸事例は合理的な基準によりし意なく選定されている。
 なお、本件更正処分において選定した類似賃貸事例は、当初から病院として賃貸する目的で建築されたもの又は既に病院として使用されているものを賃貸した事例を選定しており、修繕費等の負担についても、資本的支出に関するものについては賃貸人が負担するとする事例を採用している等、請求人の個別事情を考慮した上で賃貸事例を選定している。
 また、駐車場の利用については、本来病院として建物を賃貸する以上、その敷地を来院者等の駐車場として使用することは、賃貸条件に含まれているものと考えられ、本件更正処分において選定した賃貸事例についても駐車場の地代を別途徴収している例はない。
(C)また、請求人は、本件賃料のうち、選定された賃貸事例における賃料の最高額を超える部分のみ否認できる旨主張するが、請求人自身が主張するように賃料の額は、その条件等により開差が生じることは避けられないため、可能な限り件数を多く採ることがその平均としての賃料の額の計算を合理的ならしめるものであり、上記(B)に記載したとおり、請求人の個別事情等にも配慮した上で賃貸事例を選定しており、選定の方法も合理的である。また、各事例の個別性、特殊性からくるところの賃料の通常における高低は、算出された平均値に吸収され捨象されるものである。
 したがって、賃貸事例の選定に当たり本件病院用建物における主要な類似点を求め、選定の過程でし意が介在する余地もなく、かつ、得られた数値が正確なものであることを考慮すれば、賃貸事例を基に求めた単位当たりの平均値は、正に客観的合理的な基準というべきものであり、結果的に平均値が請求人における適正な賃料の近似値となるのであるから、請求人の主張には理由がない。
C 本件鑑定評価について
(A)本件鑑定評価に係る鑑定評価書の作成時期は、平成元年7月20日であり、一方、株式会社Fの設立、本件敷地の賃貸借契約及び本件賃貸借契約が締結されたのは、いずれも同年8月である。
 仮に、本件鑑定評価が鑑定時点では正当であるとしても(鑑定時点では土地及び建物の所有権は請求人にある。)、請求人は、同族会社である株式会社Fを設立し、同時に本件病院用建物及び本件老人ホーム用建物を株式会社Fに譲渡し、いずれも株式会社Fとの間で本件敷地の賃貸借契約と本件賃貸借契約を締結していることから、本件鑑定評価がなされた時期とはその基礎事実が異なっており、本件鑑定評価の数値を採用すべきではない。
(B)また、本件鑑定評価は、建物及びその敷地双方の所有権を有している前提で積算法により本件建物の賃料を算出しているが、本件においては、本件建物の所有者は株式会社Fであり、その敷地は請求人であることから、土地の運用利回りの計算上、本件鑑定評価のように、土地の更地価格の運用利回りを適用するのではなく、借地権の設定に係る権利金の授受がある場合には、借地権相当額の運用利回りを適用すべきであるものの、本件病院用建物のように借地権の設定を行わず、権利金の授受がない場合は、手法として投下資本の回収を目的として標準賃料の額を算出する積算法で算定する以上、実際の投下資本の金額で算出すべきである。
 なお、地域相場と開差が生じることがあれば、調整をすることを妨げるものではないが、本件鑑定評価においては、単に更地価格の運用利回りを適用していることから、本件鑑定評価を用いて算定した賃料の額を採用すべきではない。
(C)さらに、本件においては、株式会社Fの設立時における同族会社と株主の間の二重の取引(土地の賃貸借及び建物の賃貸借)であり、土地の賃貸借金額及び権利金の授受の有無(借地権の設定)を建物の賃貸借金額に反映させなければ、経済的投資効果としての理論値を求める積算法においても、取引の実態においても不当な結果を招くものである。
 すなわち、本件敷地の支払地代31,200,000円は、本件病院用建物及び本件老人ホーム用建物を併せたところの地代であり、これらを区分する必要があるが、それぞれの使用部分は必ずしも明確でないため、おおむねの面積比である70パーセント程度を本件病院用建物が使用しているとすると、本件病院用建物に係る敷地の支払地代の額は、約22,000,000円程度となり、本件鑑定評価で採用した土地の更地価格の運用利回り76,274,000円との開差は3倍以上となること及び株式会社Fが負担しない本件敷地に係る固定資産税を含めて評価していることからも明らかである。
 また、本件鑑定評価においては、再調達価格を建物の価格として運用利回りを算出しているが、本件病院用建物の譲渡と本件賃貸借契約の締結時期が同一であることから、単に譲渡価額を建物の価格として運用利回りを考慮すれば足りるというべきである。
(D)加えて、仮に、本件鑑定評価を採用して計算することが正当であるとしても、請求人は、本件賃料の算定に際し、本件病院用建物と本件老人ホーム用建物との比率を9対1としているが、その根拠が明らかでなく、実際の本件病院用建物の譲渡価額は449,816,142円、本件老人ホーム用建物の譲渡価額は217,476,174円であって、その比率は本件病院用建物が0.674、本件老人ホーム用建物が0.326である。
 また、株式会社Fは本件敷地の所有権を有しておらず、しかも、地代を本件病院用建物部分と本件老人ホーム用建物部分とに区分せずに一括契約して支払っていることから、積算法により本件建物の家賃を求めても、本件老人ホーム用建物の賃料が低くなる理由にはならない。
 したがって、実際の金額は9対1とはならないことから、請求人の主張する本件鑑定評価を採用したとしても、本件月額賃料には合理性がない。
D 所得税法第157条の趣旨は、同族会社の行為又は計算に基づいて算出された税額とのかい離によって判断すべきものであるから、単に本件月額賃料と類似建物月額賃料の開差の度合いのみによって判断するものではない。
 そうすると、請求人の本件月額賃料により本件賃料を必要経費に算入した場合における納付すべき税額と類似建物月額賃料により計算した本件適正賃料を必要経費に算入した場合における納付すべき税額は、次表のとおり各年分ともかい離していることが認められるところ、請求人が株式会社Fとの間で締結した本件賃貸借契約は、請求人の長男であるKが株式会社Fの株主である株式会社Jの発行済株式の80パーセントを所有する株主であり、かつ、株式会社Fの代表取締役であるという関係であるがゆえに可能な行為又は計算であり、請求人のこれらの行為は純経済人としては不自然・不合理なものといわざるを得ない。

E 請求人は、所得税法第157条の適用の可否について判断する場合、税額のかい離により判断するのは誤りである旨主張する。
 しかしながら、所得税法第157条の適用について判断する場合、請求人が当初算定した建物賃料が、適正に算定されているかどうかが問題であり、適正に算定されていない場合のみ同条の適用を判断するものであるから、原処分庁は増差税額だけをもって判断したものではない。
 本件更正処分において、所得税法第157条を適用したのは、更正通知書に記載したとおり、適正な類似建物月額賃料と決算書上の本件月額賃料に開差が生じ、それぞれの賃料を基に算出した所得税額がかい離していることから、所得税の負担を不当に減少させる結果となったと認められるためであり、税額のかい離というのは、最終的な結果にすぎない。
 本件においては、請求人は本件月額賃料を本件鑑定評価により算定しているものの、その鑑定条件に不適当なものがあるため、結果として、算定された賃料が適正な賃料とかい離しており、そのかい離を原因として本件適正賃料に基づいて算出した所得税額が申告所得税額とかい離していたため、所得税法第157条を適用したものである。
F 請求人は、本件月額賃料は適正な賃料との開差が1.4倍程度のものであるから、極めて合理的な偏差の範囲内にあり、著しく過大なものではない旨主張する。
 しかしながら、所得税の負担を不当に減少させる結果となるかどうかの判断をする場合には、単に標準となる賃料との比率の開差の大小のみで判断すべきものではなく、その金額的な開差の程度も判断する際の一要件となることは当然である。
 すなわち、1平方メートル当たりの月額賃料の開差の割合あるいはその額が小さくても、事業規模が大きい場合は、結果的に年額賃料において金額的開差が大きくなるものであり、請求人の場合も、適正な月額賃料は1平方メートル当たり約2,500円、請求人が計上した月額賃料は1平方メートル当たり約3,700円となっていて、その開差は約1,200円程度であるが、年間の支払賃料の額は大きな開差となり、これは著しい開差であるといわざるを得ない。
 同様に、所得税の負担を不当に減少させる結果となったか否かについても、単に比率によって判断すべきものではなく、その開差の金額の大きさが、正に所得税の負担を不当に減少させる結果となった要因であることは当然である。
 したがって、請求人の本件月額賃料の算定に不合理があるため、適正な類似建物月額賃料を算定し、これを適用して所得税額を算出した結果、その税額と請求人の申告額とに開差があり、請求人は、同族会社との取引を通じて所得税の負担を不当に減少させる結果となっていることから、所得税法第157条を適用したものである。
(ロ)本件更正処分について
A 上記(イ)のDのとおり、本件賃料は、同族会社の行為又は計算に基づくものであり、請求人の所得税の負担を不当に減少させるものであると認められることから、次表のとおり、本件賃料のうち本件適正賃料との差額は、所得税法第157条の規定により、各年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することを認めなかったものである。

B 以上の結果、請求人の各年分の総所得金額及び分離長期譲渡所得の金額は、次表のとおりとなり、これらの金額は、いずれも本件更正処分に係る総所得金額及び分離長期譲渡所得の金額と同額となるから、本件更正処分はいずれも適法である。

ハ 過少申告加算税の賦課決定処分について
 過少申告加算税の賦課決定処分については、請求人の場合、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当しないので、同条第1項の規定に基づき各年分の過少申告加算税を賦課決定したことは適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、(a)更正通知書に記載された更正の理由附記が適法になされているか否か、(b)請求人と株式会社Fとの間でなされた本件賃料の支払に関する行為又は計算が、所得税法第157条に規定する請求人の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるか否かであるので、以下審理する。

(1)更正の理由附記について

イ 請求人は、各年分の更正通知書には、類似建物月額賃料によることがどうして正当なのか、その合理性を推測させる理由の記載がなく、理由附記に著しい不備があるから、本件更正処分は取消しを免れない旨主張するので、以下審理する。
(イ)当審判所が原処分関係資料を調査したところ、各年分の更正通知書には、更正の理由が別紙のとおり記載されている。
(ロ)ところで、青色申告書に係る更正を行う場合において、所得税法が更正通知書にその更正の理由を附記すべき旨を定めたのは、課税庁の判断の慎重・合理性を担保し、そのし意を抑制するとともに、処分の理由を相手方納税者に理解させて不服申立てに便宜を与えようとする趣旨によるものであり、その理由附記の程度としては、納税者の申告のいかなる点にどのような誤りがあり、また、更正された数値がどのようにして算定されたものであるかが理解できる程度であれば足りるものであり、それ以上に事実関係の細部にわたり、法的評価及び判断の根拠となった事実関係までも記載することは要しないものと解される。
(ハ)これを本件についてみると、原処分庁は、請求人が株式会社Fに支払った本件月額賃料は、類似建物月額賃料に比較して高額になっているから、これらの行為又は計算に基づいて事業所得の金額を計算することは、請求人の所得税の負担を不当に減少させるものであると認定し、所得税法第157条の規定を適用してその一部を請求人の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができないとしたものであり、処分の内容は特定され、その金額及び計算根拠も明示されているものであるから、請求人は、処分の理由を具体的に知ることができるものであって、理由附記としては十分なものと認められる。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ロ 請求人は、原処分庁は更正通知書に記載の更正の理由を答弁書及び意見書で否定しているが、このことは処分理由に破たんがあることを示しており、処分理由としては不当であり、理由附記としても不十分であるから、原処分は取り消されるべきであるとも主張する。
 ところで、原処分庁の答弁書並びに平成8年12月11日付及び平成9年4月21日付の各意見書に記載された主張を整理すると、上記2の(2)のロの(イ)のAからFまでに記載のとおりである。
 そして、原処分庁が主張するその趣旨は、(a)類似建物月額賃料は適正な月額賃料に相当するものであること、(b)本件鑑定評価はその前提条件が実態とは異なって、適正な事実関係を反映したものとなっていないこと、(c)本件鑑定評価の基礎とされた本件敷地に係る純賃料相当額が実際の支払地代に比較して高額となっていること及び(d)仮に、本件鑑定評価を採用して本件月額賃料を計算する場合であっても、本件付属意見書に基づいて賃料配分を9対1にしたことには合理性がないことなどの点で、請求人と株式会社Fとの間の不合理な行為又は計算によって本件賃料が高額となっているというものと認められるから、更正処分の理由及び答弁書等の理由に破たんがあるとはいえない。
 したがって、上記イに記載のとおり、更正通知書に記載された更正の理由としては十分なものであるから、この点に関する請求人の主張には理由がない。

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(2)本件更正処分について

 請求人と株式会社Fとの間においてなされた本件病院用建物の賃貸借に関する行為又は計算が、所得税法第157条に規定する請求人の所得税の負担を不当に減少させる結果となるか否かについて争いがあるので、以下審理する。
イ 請求人が提出した資料、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)次の事実については、請求人と原処分庁との間に争いがない。
A 株式会社Fは、平成元年8月8日に不動産の売買、賃貸及び管理業務を目的として設立された法人で、株式会社Jが発行済株式の全部を所有する法人税法第2条《定義》第10号に規定する同族会社であり、請求人の長男であるKが代表取締役に就任していること。
 なお、株式会社Jは、請求人の妻であるLが代表取締役であり、Kがその発行済株式の80パーセントを所有する同族会社であること。
B 請求人は、平成元年8月31日付で請求人が所有していた本件病院用建物及び本件老人ホーム用建物を株式会社Fに667,300,000円で譲渡したこと。
C 株式会社Fは、平成元年8月31日、請求人及び株式会社Jとの間で本件病院用建物の月額賃料を13,500,000円(1平方メートル当たり3,346円、以下「当初月額賃料」といい、当初月額賃料の12か月分162,000,000円を「当初賃料」という。)及び本件老人ホーム用建物の月額賃料を1,500,000円(1平方メートル当たり876円)とする賃貸借契約を締結したこと。
 なお、上記各建物に係る月額賃料は、平成3年2月から、本件病院用建物は15,000,000円、本件老人ホーム用建物は2,000,000円と改定され、1平方メートル当たりの単価は、それぞれ3,717円及び1,169円となったこと。
D 請求人は、平成元年8月31日付で、請求人所有の本件病院用建物及び本件老人ホーム用建物の敷地である本件敷地5,970.38平方メートルを株式会社Fに月額2,600,000円の地代で賃貸する契約をしたこと。
 なお、地代の額は平成元年以降改定されていないこと。
E 上記の本件敷地の賃貸借に際して、株式会社Fは権利金等の支払をしていないこと。
F 本件病院用建物の修繕及び改修工事等の必要性の判断並びに工事等の立会いは、請求人の職員又はKが行っており、小修繕以外の修繕及び改修工事費用については、その発生の都度、請求人と株式会社Fとの協議により負担割合を決定するものとされ、実際に請求人がその費用を支払ったことがあること。
 また、使用上通常発生する修繕については、賃借人の負担となっていること。
(ロ)本件病院用建物は、昭和55年8月に建築された鉄筋コンクリート造り陸屋根地上3階建て(延床面積2,243.14平方メートル)に、昭和60年1月延床面積1,787.85平方メートルが増築されたものであること。
 なお、昭和60年1月に付属建物として、コンクリートブロック造り陸屋根平屋建て(床面積4平方メートル)の汚物庫が建築されていること。
 したがって、本件病院用建物の合計床面積は4,034.99平方メートルであること。
(ハ)本件老人ホーム用建物は、昭和55年8月に建築された鉄骨造り陸屋根地上2階建て(延床面積1,177.66平方メートル)に、昭和60年1月延床面積533.73平方メートルが増築されたものであること。
(ニ)請求人は、上記(イ)のDの本件敷地の賃貸に係る地代の額を法人税法施行令第137条《土地の使用に伴う対価についての所得の計算》に規定する相当の地代として、昭和62年から平成元年までの3年間の本件敷地の相続税評価額の平均額503,130,000円を基礎として、次の算式により月額2,600,000円としていること。
503,130,000円(相続税評価額の平均額)×0.06(年率)=約30,190,000円(年間地代)
30,190,000円(年間地代)÷12か月=約2,600,000円(月額地代)
(ホ)本件病院用建物の賃料は、本件鑑定評価で求められた月額実質賃料15,424,000円の100万円未満の端数を切り捨て、本件付属意見書に記載された本件病院用建物と本件老人ホーム用建物との配分比率に従って、次のとおり算定されていること。
15,000,000円(月額実質賃料)×0.9(配分比率)=13,500,000円(当初月額賃料)
(ヘ)本件鑑定評価の基礎とされた不動産は、本件敷地、私道(以下、本件敷地と併せて「本件土地」という。)、本件病院用建物及び本件老人ホーム用建物であり、その所有者はいずれも請求人であるとして鑑定評価されていること。
(ト)本件鑑定評価での鑑定事項は、本件建物及び本件土地を新規に一括して賃借するとした場合の適正な月額実質賃料であり、その価格時点は平成元年7月1日であるとされていること。
(チ)本件鑑定評価における評価対象不動産の概況として、地域要因及び個別要因を要旨次のとおりとして鑑定評価していること。
A 地域要因としては、G鉄道Y線「R」駅のほぼ北東方、この付近を東西に貫通する幹線道路である国道○号線の北側で、□□川の西方に位置する都市計画法上市街化調整区域内に指定された地域で一戸建て一般住宅、共同住宅、病院等の公共施設、文化施設が集まるほか、空地も多く見受けられる地域である。
B 個別要因のうち、位置及び交通については、「R」駅の北東方約530メートル、バス停「S町神社前」のほぼ北東方約150メートルに所在する。
 また、最有効使用については、現況の病院等の敷地としての利用、あるいは県開発審査会の許可を経て区画分割し、戸建住宅の敷地としての利用としている。
C 建物の概況については、本件病院用建物は、一般内科、老人内科病院で病室約40室、本件老人ホーム用建物は60室とし、両建物とも仕様、資材及び普請の程度は普通、維持管理は比較的に良好で経年減価以外の減価は認められないとしている。
(リ)本件鑑定評価においては、鑑定評価額を「不動産鑑定評価基準によれば、建物及びその敷地の正常賃料は、積算賃料、基準賃料及び収益賃料を関連付けて決定するものとされている。しかしながら、本件の場合、収益賃料を求めることは実質的に困難であり、かつ、対象建物は病院並びに療養所であり、本件では対象建物を一括して賃貸することを前提とするという特殊な事情もあること等から、近隣地域及び同一需給圏内の類似地域における適切な比較すべき賃貸借事例が見当たらなかったので、主として積算法による積算賃料(基礎価格に期待利回り率を乗じて得た純賃料相当額に必要経費等を加算することによって得られる賃料)を標準とし、さらに、近隣の賃貸住宅、事務所ビルの賃料水準との比較による賃料及び市場性等をも十分に考慮する」として、実質賃料を下記の手順により求めていること。
A 積算法による積算賃料
(A)基礎価格
 土地については主として比準法及び収益還元法(土地残余法)を、建物については原価法を適用している。
a 本件土地の価格
 比準法に基づいて求めた1平方メートル当たりの比準価格320,000円に、収益還元法によって求めた1平方メートル当たりの収益価格201,000円を関連付け、地価公示価格を基準として求めた1平方メートル当たりの比準価格221,000円との均衡を保ち、信頼できる世評価格、地域の需給の動向等を総合的に勘案して1平方メートル当たりの標準価格を310,000円と求めている。
 また、私道部分は、標準価格の50パーセント相当額としている。
(a)本件敷地の価格
310,000円(1平方メートル当たりの標準価格)×5,970.38平方メートル(面積)=約1,850,817,000円(本件敷地の価格)
(b)私道の価格
(310,000円×0.5)(1平方メートル当たりの標準価格)×361.64平方メートル(面積)=約56,054,000円(私道の価格)
(c)本件土地の価格
1,850,817,000円(本件敷地の価格)+56,054,000円(私道の価格)=1,906,871,000円(本件土地の価格)
b 本件建物の価格(再調達価格、経年等減価を含む)
(a)本件病院用建物の価格
(い)旧建物
169,000円(1平方メートル当たりの再調達価格)×2,243.14平方メートル(面積)=約379,090,000円(旧建物価格)
(ろ)増築部分
197,000円(1平方メートル当たりの再調達価格)×1,787.85平方メートル(面積)=約352,206,000円(増築部分価格)
(は)本件病院用建物の価格
379,090,000円(旧建物価格)+352,206,000円(増築部分価格)=731,296,000円(本件病院用建物の価格)
(b)本件老人ホーム用建物の価格
(い)旧建物
88,400円(1平方メートル当たりの再調達価格)×1,177.66平方メートル(面積)=約104,105,000円(旧建物価格)
(ろ)増築部分
110,000円(1平方メートル当たりの再調達価格)×533.73平方メートル(面積)=約58,710,000円(増築部分価格)
(は)本件老人ホーム用建物の価格
104,105,000円(旧建物価格)+58,710,000円(増築部分価格)=162,815,000円(本件老人ホーム用建物の価格)
(c)本件建物の価格
731,296,000円(本件病院用建物の価格)+162,815,000円(本件老人ホーム用建物の価格)=894,111,000円(本件建物の価格)
(B)純賃料相当額
 最近における金利動向等を考慮し、期待利回りを土地については年4パーセント、建物については年7パーセントとして求めている。
a 土地賃料
1,906,871,000円(本件土地の価格)×0.04(期待利回り率)=約76,274,000円(土地賃料)
b 建物賃料
894,111,000円(本件建物の価格)×0.07(期待利回り率)=約62,587,000円(建物賃料)
c 純賃料相当額
76,274,000円(土地賃料)+62,587,000円(建物賃料)=138,861,000円(純賃料相当額)
(C)必要諸経費等
a 減価償却費
 本件病院用建物及び本件老人ホーム用建物ともに、主体と設備の割合を8対2に分け、残価率をゼロとして、定額法を採用している。
(a)本件病院用建物(経済的耐用年数:主体45年、設備20年)
(い)旧建物(残存耐用年数:主体36年、設備11年)

主体379,090,000円×0.8×1/36=約8,424,000円
設備379,090,000円×0.2×1/11=約6,892,000円
合計15,316,000円

(ろ)増築部分(残存耐用年数:主体40.5年、設備15.5年)

主体352,206,000円×0.8×1/40.5=約6,957,000円
設備352,206,000円×0.2×1/15.5=約4,544,000円
合計11,501,000円

(は)本件病院用建物の減価償却費
15,316,000円(旧建物)+11,501,000円(増築部分)=26,817,000円(本件病院用建物の減価償却費)

(b)本件老人ホーム用建物(経済的耐用年数:主体30年、設備20年)
(い)旧建物(残存耐用年数:主体21年、設備11年)

主体104,105,000円×0.8×1/21=約3,965,000円
設備104,105,000円×0.2×1/11=約1,892,000円
合計5,857,000円

(ろ)増築部分(残存耐用年数:主体25.5年、設備15.5年)

主体58,710,000円×0.8×1/25.5=約1,841,000円
設備58,710,000円×0.2×1/15.5=約 757,000円
合計2,598,000円

(は)本件老人ホーム用建物の減価償却費
 5,857,000円(旧建物)+2,598,000円(増築部分)=8,455,000円(本件老人ホーム用建物の減価償却費)

(c)本件建物の減価償却費
26,817,000円(本件病院用建物の減価償却費)+8,455,000円(本件老人ホーム用建物の減価償却費)=35,272,000円(本件建物の減価償却費)
b 建物維持管理費
 建物価格総額の1.5パーセントとしている。
894,111,000円(本件建物の価格)×0.015=約13,411,000円(建物維持管理費)
c 公租公課
 土地、建物の固定資産税及び都市計画税の実額6,495,000円
d 損害保険料
 建物価格総額の1,000円に付き1円を乗じている。
894,111,000円(本件建物の価格)÷1,000円×1円=約894,000円(損害保険料)
e 空室等損失相当額
 本件では一括賃貸を前提としているため計上していない。
f 必要諸経費等の合計額

本件建物の減価償却費35,272,000円
建物維持管理費13,411,000円
公租公課6,495,000円
損害保険料894,000円
合計56,072,000円

(D)積算賃料
a 年額積算賃料
138,861,000円(純賃料相当額)+56,072,000円(必要諸経費合計額)=194,933,000円(年額積算賃料)
b 月額積算賃料
194,933,000円(年額積算賃料)÷12か月=約16,244,000円(月額積算賃料)
c 1平方メートル当たりの月額積算賃料
16,244,000円(月額積算賃料)÷5,742.38平方メートル(本件建物総面積)=約2,828円(1平方メートル当たりの月額積算賃料)
B 本件建物の月額実質賃料の決定
 積算賃料は、供給者賃料としての性格を持ち経済賃料の上限値を示す傾向があることから、近隣の賃貸住宅の賃料水準及び市場性等をも総合考慮の上、月額実質賃料を上記月額積算賃料の5パーセント減と判断し、端数を調整して下記のとおり決定している。
(A)1平方メートル当たりの月額実質賃料
2,828円(1平方メートル当たりの月額積算賃料)×(1−0.05)=約2,686円(1平方メートル当たりの月額実質賃料)
(B)月額実質賃料
2,686円(1平方メートル当たりの月額実質賃料)×5,742.38平方メートル(本件建物総面積)
=約15,424,000円(月額実質賃料)
(ヌ)本件鑑定評価に基づく上記月額実質賃料の本件病院用建物と本件老人ホーム用建物への配分に関する請求人の照会に対する本件付属意見書には、「本件病院用建物及び本件老人ホーム用建物の各建物積算価格、利用状況、品等並びに敷地に占める位置などを総合的に比較考量した結果、その配分比率は概ね本件病院用建物9に対し本件老人ホーム用建物1程度が妥当と判断致しました」と記載されていること。
(ル)請求人が本件建物を株式会社Fに譲渡した際の譲渡価額は、本件建物に付属する電気・給排水・空調・昇降機・消火設備等建物付属設備のほか、構内のアスファルト舗装、ブロック擁壁、花壇などの構築物が含まれた請求人の帳簿価額であり、本件病院用建物が449,821,322円、本件老人ホーム用建物が217,478,678円であること。
ロ 本件鑑定評価について
 請求人は、本件病院用建物を株式会社Fに賃貸するに際して、本件賃料の決定が同族会社ゆえのし意的決定との判断を避ける目的で、合理的な賃料を求めるため本件鑑定評価を行い、当該鑑定評価額を参考として本件賃料を決定したものであるから、この行為は純経済人として極めて合理的な行為である旨主張するので、以下審理する。
(イ)本件鑑定評価の鑑定条件等について
A 本件鑑定評価は、上記イの(ト)に記載のとおり、請求人が所有する本件建物及び本件土地を第三者に一括賃貸する場合を鑑定の前提条件としていて、上記イの(リ)のAの(A)に記載のとおり対象不動産の基礎価格を本件土地については時価、本件建物については再調達価格により月額実質賃料を求めているものであるが、請求人と株式会社Fとの間の実際の取引は、本件敷地は株式会社Fに賃貸し、本件建物は株式会社Fに譲渡した上で、本件病院用建物のみを改めて賃借するというものであって、その鑑定の前提となるべき事実関係が全く異なっている。
 また、本件鑑定評価は、上記イの(リ)のAに記載のとおり積算法によって新規に賃貸する場合の賃料を求めたものであるが、積算法は、対象不動産について価格時点における基礎価格を求め、これに期待利回り率を乗じて得た純賃料相当額に必要諸経費等を加算して対象不動産の試算賃料を求める手法と定義され、原価法及び比準法により対象不動産の基礎価格を的確に把握することが可能であり、かつ、期待利回り及び必要諸経費等の把握が適正に行い得る場合に有効であると解されているものである。
 したがって、本件の場合のように、本件病院用建物の譲渡価額あるいは株式会社Fから受領する本件敷地の地代などが明確となっている場合、当該金額を対象不動産の基礎価格あるいは必要諸経費として採用すれば、より適正な試算賃料を求めることができるものである。
B 本件鑑定評価において採用した期待利回り率及び必要経費率をそのまま適用して、上記イの(ル)に記載した本件建物の売買等実額を対象不動産の基礎価格として純賃料相当額及び必要諸経費を算出して本件鑑定評価と対比すると、別表1「本件鑑定評価の年額積算賃料と売買等実額を対象不動産の基礎価格とした場合の推定年額積算賃料の対比表」に記載のとおり、本件鑑定評価における年額積算賃料は194,933,000円となっているのに対し、売買等実額を対象不動産の基礎価格として算定した推定年額積算賃料は119,787,577円となり、特に本件病院用建物の推定年額積算賃料は79,395,421円となって大幅に減少する。また、本件老人ホーム用建物の推定年額積算賃料は40,392,156円となり、両者の比率は66対34となるから、下記(ニ)において詳述する本件付属意見書の賃料配分比率の不合理性をも証明している。
 したがって、本件鑑定評価は、本件建物の貸付けにおける条件とその前提となるべき鑑定条件が異なるほか、対象不動産の基礎価格及び必要諸経費も上記Aで述べたとおり売買実額と異なった額で月額実質賃料が求められていることから、当該鑑定賃料を本件建物の賃料算定の基礎とすることには合理性は認められない。
 なお、本件土地の純賃料相当額を売買等実額に基づいて算定する場合、株式会社Fは上記イの(ニ)に記載のとおり、本件敷地の使用の対価としての権利金の支払に代えて相当の地代を支払っているものであるから、本件敷地に係る支払地代は必要諸経費に加算した。
(ロ)本件鑑定評価における本件土地の純賃料相当額と本件敷地に係る支払地代のかい離について
 請求人は、本件敷地の地代として、本件敷地の相続税評価額の3年間の平均値を基礎として年額31,200,000円を受領しているが、本件鑑定評価においては、本件土地の基礎価格を時価として、本件土地に係る純賃料相当額が年額76,274,000円と求められており、その開差が過大なものとなっている。
 このように、実際の地代と約2.4倍と大きくかけ離れた地代の額を基礎数値として算定された本件建物の月額実質賃料を基にした本件建物に係る賃料を株式会社Fに支払う一方で、株式会社Fからは本件敷地に係る相続税評価額の3年間の平均値に年6パーセントを乗じたところの本件敷地に係る地代を受領するという請求人の行為又は計算は不合理であるといえる。
(ハ)本件鑑定評価における本件病院用建物の再調達価格と譲渡価額のかい離について
 本件鑑定評価における本件病院用建物の再調達価格は731,296,000円とされ、これを基礎価格として本件鑑定評価が採用した期待利回り率7パーセントを乗ずると本件病院用建物の純賃料相当額は約51,190,000円となる。
 これに対して、請求人の株式会社Fに対する本件病院用建物の譲渡価額は、上記イの(ル)に記載のとおり449,821,322円であるから、これに本件鑑定評価が採用した期待利回り率7パーセントを乗ずると約31,487,000円となる。
 したがって、本件鑑定評価は、この点についても合理性があるとは認められない。
(ニ)本件建物の賃料配分に関する本件付属意見書について
 請求人は、本件病院用建物と本件老人ホーム用建物との賃料配分比率は本件付属意見書に基づくもので合理的である旨主張する。
 ところで、本件鑑定評価を行った不動産鑑定士は、請求人からの月額実質賃料の本件病院用建物及び本件老人ホーム用建物の賃料配分比率についての照会に対して、上記イの(ヌ)に記載のとおり、その配分比率をおおむね本件病院用建物9に対し本件老人ホーム用建物1程度が妥当とする本件付属意見書を提出している。
 しかしながら、当審判所が本件鑑定評価を行った不動産鑑定士にその配分比率の根拠について質問したところ、当該不動産鑑定士は、その配分については「ラフな見方をすれば建物の価格でもいいし、建物の面積でもいいと思うが、9対1と判断した根拠については記憶がない」旨答述している。
 そこで、本件鑑定評価で算定された年額積算賃料(上記イの(リ)のAの(D)のaの194,933,000円をいう。)を本件建物の年額賃料(当初賃料162,000,000円に本件老人ホーム用建物の年額賃料18,000,000円を加算したものをいう。)に置き換えて、本件病院用建物及び本件老人ホーム用建物の別にそれぞれの積算賃料を算出して当初賃料と対比したものが、別表2「本件鑑定評価及び本件付属意見書による当初賃料決定の当否の検討表」であるが、本件病院用建物の積算賃料は134,442,460円となるのに対して、当初賃料は162,000,000円となっていて、明らかに高額となっている。
 このことは、本件病院用建物と本件老人ホーム用建物との積算賃料比が76対24となることから、合理的な賃料配分比率として76対24程度を採用すべきであったところ、本件付属意見書の配分比率9対1を適用したことで本件病院用建物の当初賃料が殊更高額になったものであり、結果として本件賃料自体が不合理に高額となっているものということができる。
 したがって、本件付属意見書の配分比率が合理的であるとの請求人の主張には理由がない。
(ホ)以上のとおり、(a)本件鑑定評価で求めた年額積算賃料が、売買等実額を対象不動産の基礎価格として算出した推定年額積算賃料に比較して高額であることに加えて、実態を反映しない本件付属意見書の配分比率によって本件病院用建物と本件老人ホーム用建物の賃料をゆえなく9対1としたために、本件賃料は殊更不合理に高額となったものであること、また、(b)本件賃料に含まれる本件土地の純賃料相当額に比較して本件敷地の支払地代が低額であることから、結果として、本件鑑定評価が不合理である以上、本件賃料の決定に際して、本件鑑定評価及び本件付属意見書を求めたことのみをもって経済的合理性があるということはできず、本件鑑定評価に基づく鑑定評価額を基礎として本件賃料を決定した行為は、純経済人として極めて合理的な行為であるとの請求人の主張は認めることができない。
(ヘ)また、請求人は、不動産鑑定評価によって求める建物の正常賃料の計算にあっては、本件建物の敷地上の権利が所有権によるものであるか、あるいは賃借権によるものであるかは大きな賃料変動要因ではないから、本件鑑定評価に基づく本件賃料には合理性がある旨主張する。
 不動産鑑定評価において建物の正常賃料を求める場合、その敷地が所有権に基づくものであるか、あるいは権利金の支払などによって確定している借地権に基づくものであるかによって結果に極端な差がないことは首肯できるが、本件の事例においては上記(イ)ないし(ホ)に記載のとおり、本件賃料の決定に関する請求人の不合理な行為又は計算によって本件賃料が不自然・不合理に高額になっているものであるから、この点に関する請求人の主張は認めることができない。
ハ 類似建物月額賃料について
(イ)類似建物月額賃料の算定方法の合理性について
 請求人は、不動産賃料の合理的、正確な算出は困難なものであって、特に病院用建物の場合、同一需給圏内における賃貸事例が極めて少ないため、比準法のみでは合理的賃料の算出ができないにもかかわらず、原処分庁が不動産鑑定評価基準を無視して、比準法のみによって類似建物月額賃料を算定している点に誤りがある旨主張する。
 不動産鑑定評価基準によれば、新規賃料を求める鑑定評価の手法としては、本件鑑定評価において採用された積算法のほか、比準法、収益分析法の手法があり、このうち、比準法は「多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行い、これらに係る取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を行い、かつ、地域要因の比較及び個別要因の比較を行って求められた価格を比較考量して求める手法」と定義されるものである。
 これは、市場において現実に発生した取引の経済事象を価格判定の基礎とするもので、その事例を豊富に収集し、それを詳細に分析、検討することにより、正常な事情による取引において成立するであろう適正な価格を求めることが可能となるものであると解されている。
 したがって、比準法そのものは合理性が認められる方法であり、新規賃料を求める有力な手法であると認められるから、原処分庁が比準法によって算定したことのみをもって不合理であるということはできず、この点に関する請求人の主張は認めることができない。
(ロ)原処分庁の類似建物の賃貸事例選定の適否について
 請求人は、原処分庁が選定した類似建物の賃貸事例は3件と少なく、立地条件や築年数についての調査も全く行われていないことから、病院用建物の合理的賃料基準を算出することは不可能であり、そのような算出方法に何ら信用性がない旨主張するので、以下審理する。
A 類似建物の選定条件の適否について
 不動産鑑定評価基準によれば、比準法における事例の収集及び選択について、(a)賃貸形式、(b)賃貸面積、(c)契約期間並びに経過期間及び残存期間、(d)一時金の授受に基づく賃料内容、(e)賃料の算定期間及びその支払方法、(f)修理及び現状変更に関する事項、(g)賃貸借に供される範囲及びその使用方法、などに留意して、賃貸借等の事例に係る契約内容と、鑑定評価によって求める賃料に係る契約内容とについて類似性を有する賃貸借等の事例を選択すべきものとされている。
 また、選択された事例について、(h)事情補正、(i)時点修正、(j)地域要因の比較及び(k)個別要因の比較を行うものであるから、これを原処分庁の事例選定の条件に当てはめて検討すると、以下のとおりである。
(A)P税務署及びその近隣税務署並びにQ市内を管轄する税務署の管轄地域から選定したことについては、本件病院用建物の所在する上記(j)の地域要因の類似性を求めたものと認められること。
(B)当初から病院として賃貸する目的で建築されたもの又は既に病院として使用されているものを賃貸した事例を選定したことについては、上記(a)の賃貸形式及び上記(g)の賃貸借に供される範囲及びその使用方法についての類似性を求めたものと認められること。
(C)建物の面積が請求人のそれの0.5倍以上2倍以下のものを選定したことについては、上記(b)の賃貸面積に関する類似性を求めたものと認められること。
(D)鉄筋コンクリート造りであることを条件として選定したことについては、建物の構造の類似性を求めたものと認められること。
(E)賃貸人及び賃借人が同族関係でないことについては、求めるべき賃料の類似性を求め、上記(h)の事情補正を避けるためのものと認められること。
(F)修繕費等の負担について、資本的支出に関するものについては賃貸人が負担するとする事例を選定したことについては、上記(f)の修理及び現状変更に関する事項についての類似性を求めたものと認められること。
(G)選択された各事例の各年分ごとの賃料から類似建物月額賃料を算定することで上記(i)の時点修正にも対処していること。
B 以上の結果、不動産鑑定評価基準が留意すべき類似性として掲げる上記Aの7項目のうち(c)の契約期間並びに経過期間及び残存期間、(d)の一時金の授受に基づく賃料内容及び(e)の賃料の算定期間及びその支払方法、などについての類似性が問われることになるが、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次のとおりである。
(A)原処分庁が選定した各事例とも最寄り駅から6分以内の位置にあり、各事例の建築後の経過年数は32年から8年の間にあり、本件病院用建物はその中位に位置するものであること。
 また、共に盛業中の病院であって賃貸借契約はいずれも継続が見込まれるものであること。
(B)各事例の平均駐車台数は約32台であること、各事例ともに契約一時金の支払があること及び各事例ともに月額賃料として毎月支払われていることなど、類似性があるほか、上記Aの(A)ないし(F)に記載のとおり、地域要因や個別要因にも留意して選定されていることから、類似性は十分担保されていることが認められること。
 また、駐車場使用料に関しては、各事例ともに病院用建物とは別個に駐車場土地の賃貸借契約をしているものはなく、本件賃貸借契約と同様であると認められること。
C 当審判所の調査によれば、原処分庁は、P税務署管内を中心に、近隣の各税務署管内及びQ市内から病院用建物の賃貸借事例を収集し、さらに上記Aに記載の条件に該当する事例を3件選定したものと認められ、他に上記Aに記載の条件に該当する賃貸借事例はないから、その選定にし意が介在する余地はなく、事例の選定は合理的に行われていると認められる。
D 以上のとおり、原処分庁が事例選定のために設定した条件は、本件賃貸借契約内容との類似性を求める上で必要な条件を一応満たしていると認められ、また、実際に選定された事例も本件賃貸借契約の契約内容と類似している上に、事例の選定も合理的に行われているから、各事例の月額賃料の平均値は基準となるべき標準賃料として採用できるものと認められる。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ハ)類似建物月額賃料の適否について
A 請求人は、原処分庁の選定した事例A、B及びCのうち、とりわけA物件の賃料が著しく低額なために、その平均値である類似建物月額賃料を下げる結果となっており、不合理、かつ、し意的である旨主張する。
 しかしながら、上記(ロ)に記載のとおり、原処分庁は、類似建物月額賃料を求めるために、類似建物の賃貸事例を選定する各種の条件を設定し、収集した賃貸事例の中から当該条件に該当した3件を選定したものであり、他に該当する事例はないものであるから、その選定にし意が介在する余地はなく、不合理ということはできない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
B 請求人は、仮に類似建物月額賃料を一応の基準としても本件月額賃料は類似建物月額賃料の1.4倍程度のものであり、しかも、一番高額のC物件とは1.24倍でしかなく、類似建物月額賃料との比率の開差は極めて合理的な偏差の範囲にあり、著しく過大なものではないから、本件賃料の決定行為に不当なものはない旨主張する。
 しかしながら、所得税の負担を不当に減少させる結果となったか否かについては、下記ニの(イ)で述べるとおり、単に基準となるべき適正な賃料との比率の開差の大小のみによって一律に判断すべきものではなく、その基準となるべき適正な賃料に基づいて算出した納付すべき税額と請求人が決定した賃料に基づいて算出した納付すべき税額とを比較し、その税額のかい離がどの程度であるかを考慮した上で判断すべきものと解するのが相当である。
 請求人の場合、上記ロの(ホ)に記載のとおり、本件病院用建物に係る本件月額賃料の決定は、本件建物の所有者である株式会社Fが請求人の親族が支配する同族会社であるがゆえになし得た行為又は計算であることが認められ、請求人のこのような行為は、純経済人の行為として不自然・不合理な行為又は計算によるものであり、その結果、本件月額賃料が不相当に高額なものとなっているものと認められる。
 また、下記Cの(A)のとおり、当審判所が本件病院用建物の適正な賃料として算定した類似建物の賃貸事例の月額の実質賃料の平均値(以下「標準賃料」という。)に基づいて算出した請求人の納付すべき税額と修正申告後の請求人の本件月額賃料に基づいて算出した納付すべき税額とは、次表のとおり各年分ともその開差は2,000万円を超えるものであり、結果として、請求人の所得税の負担を不当に減少させていると認められる。

 したがって、請求人が主張するように、本件月額賃料と類似建物月額賃料の比率の開差が小さいこと及び類似建物の賃貸事例の中で一番高い賃料と比較した場合の比率の開差が小さいことのみを理由として、本件月額賃料が合理的であると判断することは相当でないから、この点に関する請求人の主張は認めることができない。
C 請求人は、原処分庁の調査事例は名目賃料を基礎としたものであり、請求人の本件賃料は実質賃料に基づくものであるから、類似建物月額賃料より本件月額賃料の方が高額なのは当然であり、十分合理的理由がある旨主張する。
(A)当審判所が調査したところ、原処分庁が算定した各事例のA、B及びCの各賃料については、契約一時金の運用益の額をいずれも加算していないことが認められる。
 ところで、通常、契約一時金の有無は、支払賃料の額に影響するものであるから、類似建物月額賃料は、各事例の賃料に契約一時金の運用益を含めた実質賃料に置き換えたところで、その適否について判断するのが相当である。
 そこで、事例A、B及びCの各年分の消費税抜きの賃料に各年分の契約一時金の運用益の額を含めた建物床面積1平方メートル当たりの月額の実質賃料を求めると次表のとおりとなり、標準賃料はいずれも類似建物月額賃料を上回ることとなる。

(単位 円)
区分年分平成5年分平成6年分平成7年分
事例A2,3572,357
事例B2,6502,7522,802
事例C2,8582,9503,045
標準賃料(消費税抜き)2,7542,6862,735
類似建物月額賃料約2,435約2,528約2,579
上段消費税抜き
下段消費税込み2,5092,6042,657

 なお、事例Aは、平成5年中途において建物所有者が変わり、新たな賃貸借契約が締結されているが、事例Aの平成5年における旧建物所有者に対する支払賃料の額は確認することができるものの、標準賃料として算出するための契約に伴う一時金等の額を確認することができないので、平成5年分の事例Aについては賃貸事例として採用しないこととする。
(B)当審判所が各事例の賃料に基づいて契約一時金の運用益の額を含めた実質賃料である標準賃料を上記のとおり算定した結果、当該標準賃料は、各年分とも本件月額賃料をいずれも下回るものである。
(C)以上のとおり、原処分庁が算定した類似建物月額賃料に契約一時金の運用益の額が加味されていなかったという点に関する請求人の主張には理由があるが、本件月額賃料が各事例の標準賃料より高額となるのは当然であるという請求人の主張には理由がない。
D 請求人は、所得税法第157条の適用に当たって、原処分庁は、その基準となるべき適正な賃料に当たる類似建物月額賃料が合理的なものであるとの立証をしていない旨主張する。
 しかしながら、原処分庁が類似建物月額賃料を算定するに当たって選定した賃貸事例は、上記ハの(ロ)のとおり、本件賃貸借契約の契約内容に関して主要な類似点を求め、かつ、し意なく選定したものと認められるから、各事例の実質賃料の平均値は、所得税法第157条の適用に当たっての判断の基準となるべき適正な賃料として採用できると認められるものである。
 なお、上記Cに記載のとおり、原処分庁が算定した類似建物月額賃料には契約一時金の運用益の額が加算されていなかったが、当審判所が契約一時金の運用益の額を加算して算定した標準賃料は、所得税法第157条の適用に際しての合理的な基準と認められるべきものである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ニ 所得税法第157条の適用の可否について
 請求人は、本件賃料は合理的に算定され支払われているものであるから、所得税法第157条の規定を適用してされた本件更正処分は違法又は不当であり、その全部が取り消されるべきである旨主張する。
(イ)ところで、所得税法第157条の規定によれば、同族会社の行為又は計算で、これを認容した場合にはその株主若しくは社員である居住者又はこれと特殊な関係にある居住者の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その居住者の所得税に係る更正又は決定に際し、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その居住者の所得金額及び納付すべき税額を計算することができることとされている。
 この趣旨は、同族会社は少数の親族等の特殊な関係者によって資本金額の大半が所有され、その少数の株主等が多数の議決権を有しているため、少数の株主等の意思によって法人の行為又は計算を自由にすることが可能であることから、会社自体の租税負担のみならず、その少数の株主等の租税負担をも回避できるので、これを防止して租税負担の公平を図ろうとするものである。
 すなわち、同族会社の選択した行為又は計算が実在し、それが私法上有効であっても、その私法上許された形式を濫用し、異常な取引形式を選択した場合において、それが所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合には、税務署長は、租税負担公平の原則の見地から、これを通常あるべき行為又は計算に引き直し、納付すべき税額を算出しようとするものである。
 そして、「所得税の負担を不当に減少させる結果となる」と認められるか否かは、同族会社の経済的合理性を欠いた行為又は計算によって算出された税額と通常あるべき行為又は計算に引き直して算出された税額とのかい離によって判断すべきであり、また、経済的合理性を欠いた行為又は計算の結果として所得税の負担を減少させる結果となっていれば十分であって、租税回避の意図若しくは所得税の負担を減少させる意図が存在することは必要ないと解されている。
(ロ)そこで、上記(イ)の法の趣旨に照らして、請求人と株式会社Fとの間の本件病院用建物の賃貸借に関する行為又は計算が、請求人の所得税の負担を不当に減少させる結果となっているかどうかを検討すると、次のとおりである。
 請求人は、上記イの(イ)のCに記載のとおり、平成元年8月31日、株式会社Fとの間で本件病院用建物の当初月額賃料を13,500,000円とする本件賃貸借契約を締結し、さらに、平成3年2月から月額賃料を15,000,000円に改定し、現在に至っているが、本件賃料決定に関しては、上記ロのとおり、請求人と株式会社Fの間で各種の不合理な行為又は計算が行われている結果、本件賃料は不合理に高額となっていることが認められる。
 そうすると、本件賃料のうち標準賃料の年額(標準賃料の12か月分をいう。)を超える部分の金額は、本件賃料決定に関する請求人と株式会社Fとの間の各種不合理な行為又は計算によって生じたものであり、これを容認した場合は、上記ハの(ハ)のBで述べたとおり請求人の所得税の負担を不当に減少させる結果となるものに該当するから、次表のとおり、本件賃料の額のうち標準賃料の年額を超える額(以下「標準賃料超過額」という。)は、請求人の事業所得の金額の計算上必要経費の額に算入すべきではないというべきである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

ホ 以上の結果、請求人の各年分の事業所得の金額は、次表のとおりとなり、これに争いのない不動産所得の金額、配当所得の金額、給与所得の金額、雑所得の金額及び譲渡所得の金額を加算して総所得金額を算定すると、平成5年分232,661,560円、平成6年分205,150,995円及び平成7年分213,304,563円となり、これらの金額は、いずれも各年分の更正処分の総所得金額に満たないから、更正処分はその一部を取り消すべきである。

(3)過少申告加算税の賦課決定処分について

 各年分の過少申告加算税については、上記(2)のホのとおり、その基礎となる更正処分の一部が取り消されることに伴い、その基礎となる税額は、次表のとおりとなる。
 また、これらの税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められない。
 したがって、請求人の過少申告加算税の額は、次表のとおりとなり、各年分とも過少申告加算税の賦課決定処分に係る金額に満たないので、本件賦課決定処分はいずれもその一部を取り消すべきである。

(4)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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別紙 平成8年7月1日付各年分の更正通知書に記載された更正の理由

1 平成5年分

処分の理由
必要経費から減算される支払家賃56,810,220円
 あなたは、株式会社F(以下「(株)F」といいます。)からP市S町1丁目2160番及び2164番1号所在の建物(以下「本件建物」といいます。)を賃借し、その家賃として174,757,284円を必要経費に算入していますが、このことは、次の理由から所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められます。
イ P税務署管内及び同税務署の近隣の税務署管内で、本件建物に係わる賃借の態様が類似している鉄筋コンクリート造の病院建物の1平方メートル当たりの月額賃料(以下「類似建物月額賃料」といいます。)は2,509円でありますが、あなたの支払っている1平方メートル当たりの月額賃料は、3,717円となっており類似建物月額賃料に比較して高額な賃料になっています。
ロ (株)Fは、法人税法第2条第10項《定義》に規定する同族会社に該当し、あなたは、本件建物に係る支払家賃の額について恣意的に決定できます。
 したがって、あなたが申告した支払家賃と次の算式で計算した適正賃料とでは、次表のとおり28,405,000円の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められますので、次の算式で計算した適正賃料の額を超える金額56,810,220円(174,757,284円−117,947,064円)は、所得税法第157条第1項《同族会社等の行為又は計算の否認》の規定により、事業所得の金額の計算上必要経費に算入しないで計算します。
(算式)
2,509円(類似建物月額賃料)×4,034.99平方メートル(本件建物床面積)=10,123,790円(税込)9,828,922円(税抜)(月額賃料)
9,828,922円(月額賃料)×12月(賃借月数)=117,947,064円(適正賃料)

(単位 円)
項目金額
(1)当初申告額の支払家賃での申告税額84,766,500
(2)適正賃料での更正税額113,171,500
((2)−(1))差額28,405,000
(注)申告税額及び更正税額は、源泉税額を控除する前の所得税額です。
2 平成6年分

処分の理由
必要経費から減算される支払家賃52,344,300円
 あなたは、株式会社F(以下「(株)F」といいます。)からP市S町1丁目2160番及び2164番1号所在の建物(以下「本件建物」といいます。)を賃借し、その家賃として174,757,284円を必要経費に算入していますが、このことは、次の理由から所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められます。
イ P税務署管内及び同税務署の近隣の税務署管内で、本件建物に係わる賃借の態様が類似している鉄筋コンクリート造の病院建物の1平方メートル当たりの月額賃料(以下「類似建物月額賃料」といいます。)は2,604円でありますが、あなたの支払っている1平方メートル当たりの月額賃料は、3,717円となっており類似建物月額賃料に比較して高額な賃料になっています。
ロ(株)Fは、法人税法第2条第10項《定義》に規定する同族会社に該当し、あなたは、本件建物に係る支払家賃の額について恣意的に決定できます。
 したがって、あなたが申告した支払家賃と次の算式で計算した適正賃料とでは、次表のとおり26,172,500円の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められますので、次の算式で計算した適正賃料の額を超える金額52,344,300円(174,757,284円−122,412,984円)は、所得税法第157条第1項《同族会社等の行為又は計算の否認》の規定により、事業所得の金額の計算上必要経費に算入しないで計算します。
(算式)
2,604円(類似建物月額賃料)×4,034.99平方メートル(本件建物床面積)=10,507,114円(税込)10,201,082円(税抜)(月額賃料)
10,201,082円(月額賃料)×12月(賃借月数)=122,412,984円(適正賃料)

(単位 円)
項目金額
(1)当初申告額の支払家賃での申告税額78,311,400
(2)適正賃料での更正税額104,483,900
((2)−(1))差額26,172,500
(注)申告税額及び更正税額は、源泉税額を控除する前の所得税額です。
3 平成7年分

処分の理由
必要経費から減算される支払家賃49,852,800円
 あなたは、株式会社F(以下「(株)F」といいます。)からP市S町1丁目2160及び2164番1号所在の建物(以下「本件建物」といいます。)を賃借し、その家賃として174,757,284円を必要経費に算入していますが、このことは、次の理由から所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められます。
イ P税務署管内及び同税務署の近隣の税務署管内で、本件建物に係わる賃借の態様が類似している鉄筋コンクリート造の病院建物の1平方メートル当たりの月額賃料(以下「類似建物月額賃料」といいます。)は2,657円でありますが、あなたの支払っている1平方メートル当たりの月額賃料は、3,717円となっており類似建物月額賃料に比較して高額な賃料になっています。
ロ(株)Fは、法人税法第2条第10項《定義》に規定する同族会社に該当し、あなたは、本件建物に係る支払家賃の額について恣意的に決定できます。
 したがって、あなたが申告した支払家賃と次の算式で計算した適正賃料とでは、次表のとおり24,926,500円の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められますので、次の算式で計算した適正賃料の額を超える金額49,852,800円(174,757,284円−124,904,484円)は、所得税法第157条第1項《同族会社等の行為又は計算の否認》の規定により、事業所得の金額の計算上必要経費に算入しないで計算します。
(算式)
2,657円(類似建物月額賃料)×4,034.99平方メートル(本件建物床面積)=10,720,968円(税込)10,408,707円(税抜)(月額賃料)
10,408,707円(月額賃料)×12月(賃借月数)=124,904,484円(適正賃料)

(単位 円)
項目金額
(1)当初申告額の支払家賃での申告税額257,091,150
(2)適正賃料での更正税額282,017,650
((2)−(1))差額24,926,500

(注)申告税額及び更正税額は、源泉税額を控除する前の所得税額です。