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(平10.5.27裁決、裁決事例集No.55 623頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成6年3月24日に死亡したEの共同相続人9人のうちの1人であるが、この相続(以下「本件相続」という。)開始に係る相続税の申告書に課税価格を1,346,722,000円及び納付すべき税額を723,427,200円と記載して、法定申告期限内の平成6年11月22日に申告するとともに、同日併せて、物納を求める税額を当該納付すべき税額である723,427,200円及び物納財産として別表記載の物件(以下「本件物納財産」という。)を記載した申告書を提出した。
 次いで、G税務署長は、本件相続開始に係る相続税について、請求人の更正の請求に基づき平成7年3月6日付で課税価格を1,347,891,000円及び納付すべき税額を438,874,900円とする更正処分をした。
 その後、原処分庁は、平成9年2月3日付で上記物納申請について却下処分(以下「本件却下処分」という。)をし、さらに、本件相続に係る相続税について納付がないため、同年2月25日付で督促処分(以下「本件督促処分」という。)をした。
 請求人は、本件却下処分及び本件督促処分を不服として、平成9年3月27日にそれぞれ異議申立てをしたところ、異議審理庁は同年6月10日付でいずれも棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分及び異議決定に不服があるとして、平成9年7月1日にそれぞれ審査請求をした。
 そこで、これらの審査請求について併合審理する。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分及び異議決定は、次の理由によりいずれも違法・不当であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件却下処分について
 原処分庁は、本件相続に係る財産全部が未分割であり、請求人が本件物納財産を相続することが確定していないこと及び物納申請が共同相続人全員によってされていないことを理由として本件却下処分をしたが、これは次のとおり違法・不当である。
(イ)相続財産が未分割であっても、遺産分割協議により請求人が本件物納財産を取得する可能性があるから、徴税当局としては遺産分割協議の推移を見守るのが相当である。もとより、請求人が遺産分割のための努力をせずに長期間放置し続けるなど特段の事情がある場合には、遺産分割協議を進めるよう促した上、事態に改善が見られなければ却下処分とすることもやむを得ないが、本件においては、次のとおり、遺産分割協議に長期間を要する事情があり、かつ、請求人は分割協議を成立させるための最大限の努力をしているものである。
A 本件相続に係る相続財産は、多数かつ巨額なものでそれが日本のみならずX国にも存在しているところ、相続財産の管理をしている相続人が、分割協議の対象たる相続財産(株式、預金、X国内の遺産)を明らかにせず、金庫の開扉にも立ち会わせないため、これらの調査等に相当な時間を要する。
B 共同相続人9人のうちX国に現住所のある者が4人いるため、全員集まれる機会が少ない。
C 上記A及びBの状況の下、請求人は、訴訟を活用するなどして遺産分割協議を促進すべく最大限尽力しており、その進行結果については、請求人及び代理人などから徴税当局に報告及び資料提供をしている。
(ロ)以上のとおり、遺産分割協議の内容によっては請求人が本件物納財産を取得し、物納財産としての要件を充足する可能性があるにもかかわらず、その推移を見守らず、また、物納申請財産の変更を求める方法をとることなく、物納申請をしてからわずか約2年2か月でした本件却下処分は、本件相続のように遺産分割協議に長期間を要する事案にあっては物納制度というものを事実上否定し排斥するものであり、法の趣旨をないがしろにするものであって違法・不当というほかない。
ロ 本件督促処分について
 上記イのとおり本件却下処分は違法・不当であるから、当該却下処分により滞納となった相続税に対してされた本件督促処分も違法・不当である。
ハ 異議決定について
(イ)本件却下処分の異議申立てに対する異議決定は、異議申立人の主張の要約が不適切であり、また、本件却下処分の違法・不当性についての異議申立人の主張を否定する理由を示していないから不当である。
(ロ)本件督促処分は、上記ロのとおり違法・不当であるから、当該督促処分の異議申立てを棄却した異議決定も不当である。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由によりいずれも適法であるから、審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 本件却下処分について
 本件却下処分は、次のとおり適法である。
(イ)相続税を含む国税は、金銭で一時に納付するのを原則とし、例外として、延納によっても金銭で納付することが困難な相続税については、相続財産によって納付することができるが、この物納も納付制度の一種であり、金銭で納付する者との均衡を図る必要がある。
 そこで、相続税法第42条は、(1)物納の許可を申請しようとする者は、相続税の納期限又は納付すべき日までに所要の事項を記載した物納申請書を税務署長に提出しなければならず、(2)税務署長は、当該申請に係る物納財産が管理又は処分するのに不適当であると認める場合は、その財産の変更を求め、(3)その旨の通知を受けた日から20日以内に、物納に充てようとする他の財産の種類等所要の事項を記載した申請書の提出がない場合、その者は、物納の申請を取り下げたものとみなす旨規定しているところである。
(ロ)これを本件についてみると、本件相続に係る相続財産はすべて未分割であるため本件物納財産も共有財産であるところ、物納申請は共同相続人の一部の者のみからされているのであって、共有物の変更・処分には共有者全員の同意を必要とするなどの制限を受けることにかんがみれば、本件物納財産は管理又は処分に不適当な財産というべきである。
 もっとも、比較的短期間に遺産分割が行われると見込まれるときには、直ちに却下することなく却下要因が速やかに取り除かれるよう納税者を指導することとしているところであるが、請求人は物納申請の際に、遺産分割を早急に行う旨述べていたにもかかわらず、その後、2年を超える長期間にわたり何らの進展も認められず、相続財産の全部について未分割状態が継続していたため、やむなく物納財産の変更要求をすることなく、本件却下処分を行ったものである。
ロ 本件督促処分について
 本件督促処分は、本件相続に係る相続税が完納されなかったことから、国税通則法第37条《督促》第1項の規定に基づき行ったものであり適法である。

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3 判断

(1)本件却下処分について

イ 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)本件物納財産に係る物納申請は、平成6年11月22日に請求人及び本件相続に係る共同相続人の1人であるJの2名のみからされている。
(ロ)G税務署の担当職員は、請求人に対し、本件物納財産は共有財産なので管理又は処分に不適当である旨説明したところ、請求人から早急に遺産分割協議を完了する見込みであるから却下処分を猶予してほしい旨の要請があり、また、その旨記載した平成6年11月30日付及び平成7年6月28日付の各上申書が提出された。
 また、請求人は、平成8年2月16日付の上申書を原処分庁に提出し、分割協議が整わなかったため平成7年6月22日にH家庭裁判所に遺産分割の家事審判を申し立て、数回にわたる協議の結果大きな前進をみることができたので、しばらく猶予してほしい旨の嘆願を行っている。
(ハ)原処分庁は、請求人から上記(ロ)の各上申書や口頭による要請があったため、物納申請に対する却下処分を猶予し、遺産分割協議の推移や状況などを見守っていたが、H家庭裁判所における家事審判において、請求人及びJらとその他の共同相続人が遺産の範囲を巡って対立し、本件物納財産を含む相続財産全部について分割協議が整わない状態が続いていたため、物納申請を却下せざるを得ないと判断し、その旨を平成8年12月13日に請求人に対し伝えたところ、請求人から、平成9年1月21日の家事審判期日まで却下処分を猶予してほしい旨の申立てがあった。
 そこで、原処分庁は、上記家事審判日まで処分を猶予していたが、なお遺産分割協議が整わなかったため、物納申請財産の変更要求をせずに平成9年2月3日付で本件却下処分をした。
ロ ところで、国税の納付方法については、国税通則法第34条《納付の手続》の規定によって金銭による納付が原則とされているところ、相続財産の物納による納付は、相続税法第41条《物納》第1項の規定に基づき、相続税を金銭で納付することを困難とする事由がある場合に、その納付を困難とする金額を限度として許可されたときに限り、例外的に認められているものである。
 このように、相続税物納制度は、国税を金銭で納付するという原則に対して、相続税が財産課税であるという特殊性を考慮して設けられた特例的な制度であり、物納申請財産を国に帰属させることは相続税の納付の単なる手段であり、国がこれを換価し、その代金をもって財政収入に充てることがその目的であると解されるから、物納財産は金銭の納付があった場合と同等の経済的利益を確保し得るものでなければならないと解するのが相当である。
 このことから、相続税法第41条第2項では、物納に充てることができる財産は、納税義務者の課税価格計算の基礎となった財産等であるとした上で、具体的に、国債、不動産等を限定列挙し、また、相続税法第42条第2項では、税務署長は、物納申請に係る物納財産が管理又は処分をするのに不適当と認める場合においては、その変更を求めた上で、その申請の許可又は却下をすることができる旨規定しているところである。
 そして、どのような財産が「管理又は処分するのに不適当」なものに該当するかについては、相続税法に明文の規定はないが、上記相続税物納制度の趣旨にかんがみれば、(1)質権、抵当権その他の担保権の目的となっている財産、(2)所有権の帰属等について係争中の財産、(3)共有財産(ただし、共有者全員が持分の全部を物納する場合を除く。)及び(4)法令又は定款に譲渡に関し特別の定めのある財産などが該当するものと解される。
ハ これを本件についてみると、本件物納財産は、当該財産を含めた本件相続財産の全部について遺産分割協議が整わないため、共同相続人全員による共有財産となっており、さらに、本件物納財産に係る物納申請は請求人及びJのみからされていることから、物納財産として管理又は処分をするのに不適当な財産に該当すると解される。
 請求人は、遺産分割協議の促進に最大限尽力しているにもかかわらず、その推移を見守ることなく、申請からわずか2年2か月で行った本件却下処分は、物納制度を否定し排斥するもので違法・不当である旨主張するが、物納財産としての要件を具備していない場合に、当該物納申請を却下せずに租税の納付をいたずらに遅延させることは相当でないし、また、原処分庁は、前記イの認定事実のとおり、請求人の要請に基づき遺産分割協議の状況を相当の期間見守り、さらに、請求人の申し立てた期日まで処分を保留した上で、それでもなお遺産分割協議が整わなかったため本件却下処分を行ったのであるから、当該却下処分に請求人が主張するような違法・不当な点はないというべきである。
 なお、本件のように相続財産全部について遺産分割協議が整わず物納申請財産を他に変更する余地がない場合には、原処分庁が本件却下処分をするに当たり物納財産の変更要求をしなかったとしても、そのことにより当該却下処分を直ちに違法又は不当とすることはできない。

(2)本件督促処分について

 上記(1)のとおり、本件却下処分は適法であり、そうすると、本件督促処分の時点において、請求人の相続税は滞納となっているのであるから、国税通則法第37条第1項の規定に基づき行われた本件督促処分は適法というべきである。

(3)異議決定について

 請求人は、本件却下処分及び本件督促処分の異議申立てに対する異議決定についても、その内容を不服として取消しを求めているが、国税通則法第76条《不服申立てができない処分》の規定によれば、異議決定に対する審査請求は認められないから、当該審査請求はいずれも不適法である。
(4)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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