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(平10.2.27裁決、裁決事例集No.55 719頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、銀行業を営む者であるが、E税務署長は、株式会社G(以下「滞納会社」という。)の別表1記載の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、国税徴収法(以下「徴収法」という。)第62条《差押の手続及び効力発生時期》第1項の規定に基づき、第三債務者である株式会社H(以下「H社」という。)に対し、平成6年9月28日付で債権差押通知書(以下「本件差押通知書」という。)を送達することにより、滞納会社のH社に対する別表2記載の売掛金債権(以下「本件代金債権」という。)を差し押さえる(この差押えを以下「本件差押え」という。)とともに、請求人に対し、同月29日付で徴収法第55条《質権者等に対する差押えの通知》の規定に基づく通知(以下「本件通知」といい、本件通知に係る通知書を以下「本件通知書」という。)をした。
 その後、平成6年10月13日付でE税務署長より徴収の引継ぎを受けた原処分庁は、請求人に対し、平成6年10月14日付で徴収法第24条《譲渡担保権者の物的納税責任》第2項の規定に基づく告知処分(以下「本件告知処分」といい、本件告知処分に係る告知書を以下「本件告知書」という。)をした。
 請求人は、本件告知処分を不服として、平成6年11月25日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は平成7年3月16日付で棄却の異議決定をし、その決定書謄本を請求人に対し同月20日に送達した。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成7年4月20日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 請求人は、平成2年4月2日、滞納会社及びH社との間で、(a)H社は、滞納会社に対する買掛金債務(これに対応する滞納会社の売掛金債権を以下「代金債権」という。)の支払事務を請求人に委託すること、(b)滞納会社は、H社が請求人に「譲渡代金債権明細書兼承諾書」(以下「明細・承諾書」という。)を交付することにより、上記代金債権を担保として請求人に譲渡すること及び(c)請求人は、滞納会社との間で、当座貸越契約を締結し、上記代金債権を担保とし、その期日未到来の代金債権残高を貸越限度額として、滞納会社に対し貸付けを行うことを内容とする「一括支払システムに関する契約」(以下「本件基本契約」といい、本件基本契約に係る契約書を以下「本件基本契約書」と、また、本件基本契約に基づく取扱いを総称して以下「一括支払システム」という。)を締結した。
ロ 本件基本契約においては、(a)請求人に担保のため譲渡された代金債権に対して徴収法第24条、地方税法第14条の18《譲渡担保権者の物的納税責任》及びこれと同旨の規定に基づく譲渡担保権者に対する告知が発せられたときは、これを担保とした請求人の滞納会社に対する当座貸越債権は何らの手続きを要せず弁済期が到来するものとし、同時に担保のため譲渡した代金債権は当座貸越債権の代物弁済に充当されること、(b)その代物弁済に充てられる代金債権の評価額は、請求人が前取りした利息額を代物弁済日の翌日から代金債権の支払期日までの日数に応じて按分した金額を代金債権の額面金額から差し引いた金額とし、請求人の有する当座貸越債権は、代金債権の評価額と按分した金額との合計金額により消滅することとの約定(以下「本件条項」という。)がされている。
ハ 請求人は、本件基本契約に基づき、平成2年4月2日、滞納会社との間で、「一括支払システム当座貸越契約」(以下「本件当座貸越契約」といい、本件当座貸越契約に係る契約書を以下「本件当座貸越契約書」という。)を締結した上、本件基本契約及び本件当座貸越契約に基づき、(a)平成6年6月20日、滞納会社から別表の3の(1)の債権(1,168,443円)を担保のため譲り受け、同年7月1日、別表4の(1)のとおり、滞納会社にこれと同額の貸付け(弁済期平成6年10月20日)をし、(b)同年7月19日、滞納会社から別表3の(2)の債権(2,306,051円)を担保のため譲り受け、同月20日、別表4の(2)のとおり、滞納会社にこれと同額の貸付け(弁済期平成6年11月21日)をし、(c)同年8月18日、滞納会社から別表3の(3)の債権(2,461,622円)を担保のため譲り受け、同月19日、別表4の(3)のとおり、滞納会社にこれと同額の貸付け(弁済期平成6年12月20日)をし、それぞれ、上記各債権を譲り受けた際、H社から交付を受けた各明細・承諾書(以下「本件明細・承諾書」という。)に、各譲受け日と同日付をもって公証人による確定日付の記入を受けた。
ニ 本件差押えの違法性
(イ)E税務署長は、上記1のとおり、平成6年9月28日、本件代金債権を滞納会社の財産として差し押さえて(本件差押え)、請求人に対し同月29日付で本件通知をし、また、原処分庁は、E税務署長がした本件差押えを徴収法第24条第3項の規定による差押えとして滞納処分を続行するため、本件代金債権が譲渡担保財産であるとして同年10月14日付で本件告知処分をした。
(ロ)しかしながら、徴収法第24条第4項の規定は、譲渡担保財産の散逸を防止するため、過誤により譲渡担保財産を譲渡担保設定者の財産として差し押さえた場合に差押えの効力を維持する旨の規定であり、国税当局が譲渡担保財産であることを知りながらこれを譲渡担保設定者の財産として差し押さえることをも許容する規定ではないところ、本件差押えは、次のとおり、E税務署長が本件代金債権が譲渡担保財産であることを知りながら滞納会社の財産としてしたもので、違法であるから効力を有せず、したがって、本件告知処分も、その前提となる差押処分が存在しないから違法である。
 本件差押えは、本件条項及び本件条項に定める代物弁済事由が生じたときに当座貸越金が代物弁済により消滅するものとするとの本件当座貸越契約による停止条件付代物弁済契約(以下「本件停止条件付代物弁済契約」という。)を回避する意図で行われた疑いも否定できない。
A 一括支払シテスムについては導入当初から各種雑誌等でその概要が紹介され、それらの紹介において、一括支払システムに基づく債権譲渡の際は確定日付のある証書によってその対抗要件が具備されることが明らかにされていたから、一括支払システムに基づく債権譲渡について確定日付のある証書によって対抗要件が具備されることは公知であり、徴収担当職員がそのことを知らなかったはずがないこと。
B E税務署の徴収担当職員(以下「徴収担当職員」という。)は、本件差押えに先立ち、H社から本件基本契約書を示されて本件基本契約について説明を受けるとともに、譲渡担保に供されている本件代金債権の額について説明を受けており、また、請求人からは本件基本契約書及び本件当座貸越契約書の各写しの交付を受けていたのであるから、本件差押えより前に本件代金債権が譲渡担保財産となっていることを熟知していたはずであること。
C その上、平成6年10月6日、H社は徴収担当職員に対し、債権譲渡に関する「確認書」と題する説明文書を交付したが、それには確定日付のある証書によって対抗要件を具備する手続を行っている旨記載されていたから、同年9月28日の本件差押えより前の調査において、本件代金債権の譲渡につき対抗要件が具備されているか否か確認できなかったはずがないこと。
ホ 本件告知処分の違法性
(イ)仮に本件差押えが違法でないとしても、次の理由により、E税務署長が本件通知を発した時点で、本件代金債権は、本件条項により、請求人の滞納会社に対する当座預金債権の代物弁済に充てられて消滅しており、本件通知が請求人に到達した時点で既に譲渡担保財産ではなくなっていたのであるから、その後に行われた本件告知処分は違法である。
A 徴収法第24条第2項の告知は、納税者の国税を徴収するため納税者が供した譲渡担保財産に対して滞納処分を執行する前提として、譲渡担保権者に対し、譲渡担保財産から納税者の国税を徴収することを予告するとともに、譲渡担保権を実行する権利を制限する効果を有する処分であるから、告知処分の効力は告知書が譲渡担保権者に送達されたときに生ずると解され、告知書が譲渡担保権者に送達された時点で、対象財産が譲渡担保財産であることを要すること。
B 本件条項は、代物弁済契約の停止条件を定めているところ、これは租税債権者によって譲渡担保財産に対する滞納処分が開始された場合に、譲渡担保権を実行しようとの趣旨を定めたものと解されるから、本件条項の「徴収法第24条、地方税法第14条の18及びこれと同旨の規定に基づく譲渡担保権者に対する告知が発せられたとき」とは、徴収法第24条第2項の規定に基づく告知が発せられた場合のみならず、同法第55条の規定に基づく通知が発せられた場合をも含むと解するのが、契約当事者の合理的意思に合致すること。
C 徴収法第24条第2項の告知は、譲渡担保権者に対し、譲渡担保財産が譲渡担保設定者(納税者)の滞納租税債権の引き当てとされたことを知らしめ、譲渡担保権者の利益を保護しようとの目的でなされる処分であるところ、同法第55条の通知も、滞納処分の対象となっている財産を目的とする権利を有する者に対し、当該財産が滞納者の滞納租税債権の引き当てとされたことを知らしめ、その者の利益を保護しようとの目的でなされる告知行為であり、同法第24条第2項の告知と同趣旨の目的に基づく告知行為であるから、同法第55条の規定に基づく通知が譲渡担保権者に対して発せられた場合も、本件条項に該当すると解することができること。
(ロ)さらに、仮に本件通知が本件条項に規定する停止条件に該当しないとしても、上記(イ)のAのとおり、徴収法第24条第2項の告知は、これが相手方に到達した時点で譲渡担保財産が存在していることが必要であるところ、本件条項により、原処分庁が本件告知書を発した時点で、本件代金債権は、請求人の滞納会社に対する当座預金債権の代物弁済に充てられて消滅しており、本件告知書が請求人に到達した時点ではもはや譲渡担保財産ではなくなっていたのであるから、本件告知処分はその要件を欠き違法である。
ヘ 本件条項の有効性
(イ)本件停止条件付代物弁済契約は、譲渡担保の実行時期と実行方法に関する契約であるところ、譲渡担保の実行時期と実行方法をどのように定めるかは、当事者の契約により自由に定めることができるのが原則であるから、この原則に対する例外が徴収法に規定されていない限り、当事者の契約の効力を否定することはできないというべきである。
 徴収法上、譲渡担保の実行に関しては、同法第24条第5項に規定があるが、この規定は、同条第2項の告知をした後に譲渡担保権の被担保債権が弁済以外の理由で消滅した場合には、滞納処分との関係ではその被担保債権の消滅を無視して、なお被担保債権が譲渡担保財産として存続するものとみなし、告知後の譲渡担保の実行が滞納処分に対抗できない旨を定めた規定であるところ、同条第5項の「告知をした後」とは、譲渡担保権者に対する告知書の送達後の意味であるから、この規定も、告知書送達前の譲渡担保の実行について定めるものではなく、徴収法上他に譲渡担保の実行に関する規定は存しないから、結局、上記の原則にのっとり、譲渡担保の実行時期と実行方法については、当事者の契約により自由に定めることができるというほかない。
 このように、徴収法第24条第5項の告知の送達以前に譲渡担保が実行された場合に、当該譲渡担保財産が徴収対象財産から除外されることは、法自身が定めるところであり、告知の送達以前の譲渡担保の実行により同条が機能しなくなるとしても、それは法が予定するところであるから、国税の徴収に先立って譲渡担保財産から貸付債権の回収を図ることを目的とする本件停止条件付代物弁済契約は、同法の許容するところというべきである。
(ロ)最高裁判所昭和45年6月24日大法廷判決(昭和39年(オ)第155号定期預金等請求事件。以下「大法廷判決」という。)は、銀行の貸付債権について、借主の信用を悪化させる一定の客観的事情が発生した場合に、借主のための期限の利益を喪失させる旨の合意が契約自由の原則上有効であるとして、同合意の対外的効力を肯定したが、徴収法等に基づく告知が発せられたときという本件停止条件付代物弁済契約の停止条件は、借主の信用を悪化させる客観的事情に他ならないから、大法廷判決の趣旨に照らして、その有効性及び対外的効力が認められるべきである。
(ハ)本件基本契約及び本件当座貸越契約は、事業者が取引先に対して継続的に取得する売掛金債権を担保することにより、銀行から事業者に対する継続的かつ円滑な金融を通じて、事業者の継続的かつ円滑な経済活動を支援育成していくための契約であり、その一部を構成する本件停止条件付代物弁済契約も、合法かつ合理的な目的に基づくものである。
 また、借主である事業者が経済的破綻に瀕した際にも、担保に供された売掛金債権から貸付金を回収できるとする合理的な期待の下で資金の供給がなされるのであり、このような合理的な回収期待は、借主の他の債権者に対して保護されるべきである。
(ニ)本件基本契約及び本件当座貸越契約に基づく一連の金融取引は、実質的には手形割引と同様の機能を有するものであるから、手形に対する譲渡担保を徴収法第24条の適用除外とする徴収法附則第5条《国税と他の債権との調整等に関する経過措置》第4項の規定に照らしても、本件停止条件付代物弁済契約の目的を同法第24条の潜脱と断ずることができないというべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 請求人の主張のうち、上記(1)のイないしハの各事実については、請求人の主張するとおりであり、争わない。
ロ 本件差押えの適法性について
 徴収担当職員は、請求人のS支店から本件基本契約について説明を受けるとともに、H社から本件基本契約書の提示を受けたものの、その際、本件基本契約に基づく本件代金債権の請求人に対する譲渡につき、民法第467条第2項に規定する指名債権譲渡の第三者対抗要件である確定日付ある証書による通知又は承諾がされているか否か確認できなかったことから、E税務署長において、本件代金債権は、なお滞納会社に帰属しているものとして、本件差押えをしたものである。
 したがって、本件差押えは、本件代金債権が、その譲渡につき第三者対抗要件を備えた対抗力ある譲渡担保財産であることを知りながらしたものではなく、ましてや本件停止条件付代物弁済契約を回避する意図などはなかったから、本件差押えは適法である。
ハ 本件条項の効力
 本件条項は、次のとおり、原処分庁に対しその効力を対抗できないというべきである。
(イ)本件条項の脱法行為性
 本件条項の下では、国税の徴収権者が、徴収法第24条の定める要件を充足していると認めて同条の徴収手続の着手として告知書の発付を行うと、それと同時に譲渡担保権の実行が完了し、譲渡担保権者への告知書の到達はこれに遅れることになるから、譲渡担保権者を第二次納税義務者とみなし、譲渡担保財産に対して滞納処分を行うことができるという告知書の到達をもって発生するはずの効果は、常に発生する機会がなくなることになるが、同条の規定は、租税との関係において、担保物権に対して与えられている保護以上のものを譲渡担保に与えることは、租税の徴収の確保並びにその公平の実現を図るため、適当でないことに基づき、抵当権と同様に取り扱おうとして創設されたもの(租税徴収制度調査会答申)であるから、上記の結果は同条の趣旨・目的を没却するものである。
 また、本件条項は、国税の滞納の前提として、契約当事者において了知できない徴収法第24条による告知書の発信を条件にかかわらしむものであり、譲渡担保権の実行完了時点の定めを利用して、同条の適用の遮断を目的としたもので、実質的には同条の規定を排除するものである。
 ところで、徴収法第24条第5項の規定は、債務不履行等により譲渡担保権が消滅し、譲渡担保権者が確定的に譲渡担保財産を取得した場合には、その後同条第2項による告知がなされたとしても、譲渡担保権者の信頼を保護するため、譲渡担保財産が徴収対象財産から除外されることとの対比において、譲渡担保権者の信頼を害さない限り、告知を契機として、譲渡担保財産が徴収対象財産から除外される事態を広く排除しようとしたものと解することができるから、告知が発信されたことを停止条件として、譲渡担保財産を徴収対象財産から任意に除外することを許容したものとは解し難い。
 そうすると、本件条項は、告知書の発信から到達までの間に時間的較差が存在することを利用して、当事者の合意のみをもって代物弁済の効力発生の時期を遡及させることにより、譲渡担保財産が徴収対象とされることを回避したものにほかならず、徴収法第24条を潜脱する行為と認められるから、その効力を原処分庁に対抗できないというべきである。
(ロ)大法廷判決は、相殺予約との関係において、弁済期の先後という問題、相殺をしようとする債権者は、いずれ相殺できるという信頼すべき利益及び保護すべき利益があることを前提にして、相殺権者が相殺予約により国税債権に対して優先的な地位を一方的に得るような形でも、そもそも保護すべき利益があることを理由として有効性を認めたものである。
 一方、本件の場合においては、そもそも徴収法に法定納期限等と担保権設定の先後で優劣関係を決するという建前があり、その中での信頼すべき利益、保護すべき利益を考えるべきであると解されるので、大法廷判決の趣旨からしても本件条項は国税に対して有効とは解し難く、ことさら徴収法第24条の適用を排除することを目的としているような場合にまで契約の対外効力が認められるとは解し難い。
(ハ)請求人は、借主の経済的破綻という万が一の事態が生じた場合にも、当該担保から貸付金を回収できるとの合理的な回収期待は保護されるべきものであるとしているが、国税の徴収に先立ち譲渡担保財産から貸付債権を回収し、それを実現するためには、徴収法第24条の規定を排除又は回避しなければならず、実質的には同条が禁じた結果を実現したいとするものである。
 徴収法では、約定担保権について、いわゆる「予測可能性の理論」、すなわち、担保権を設定するときに租税があることを知りながら設定したときは、担保権者は租税に劣後することが妥当であるということを出発点とし、現実に知っているということではなく、知りうる状態にあることをもって租税との優先劣後を判定するという考え方が採られている。
 したがって、一括支払システム下においても譲渡担保に優先する租税の存在を調査した上で貸付を行うことにより、優先的地位を確保することができると考えられるのであり、譲渡担保という法形式を選択した以上は、これとの調整を図っている徴収法を排除する合意に合理性が認められるとは解し難い。
(ニ)徴収法附則第5条第4項の規定は、譲渡担保を規制する徴収法の下で、譲渡担保に優先する租税の調査確認、対抗要件の具備の煩雑さ、困難性等を考慮して、法政策的判断がなされたものと予測できるところ、手形の譲渡担保においても手形割引取引におけると同等の地位が認められているが、これは手形の適用除外の規定が置かれた結果であって、他に同様の地位を認める目的で除外したものとは即断できないから、法政策的判断を経てはじめて保護された地位との比較において、本件条項の有効性を基礎づけることには直ちに首肯できない。
ニ 本件告知処分の適法性
(イ)本件通知について
(a)徴収法第55条に規定する通知は観念の通知であって処分性を有しないから、同条に規定する通知を同法第24条と同趣旨の告知行為ということはできないこと、(b)同法第24条は、譲渡担保財産に対する租税の徴収確保の方策として、物的納税責任という技術的な制度を導入し、私法秩序に与える影響を極力避けながら、租税徴収の確保の実を上げようとしたものであるが、同条第2項の告知は、譲渡担保権者に何らの予告もなしに差押えを行うことを避けるという限度でその利益を考慮したにすぎず、それ以上に、担保権の実行等によって国の差押えを免れ、譲渡担保財産を確定的に取得する機会を得させるような事態が生じることは妥当でなく、そのために、告知があった後に譲渡担保権者が担保権を実行して当該財産が譲渡担保財産でなくなっても、なお譲渡担保財産として存続するものとみなす同条第5項の規定が置かれていること、(c)本件条項は、譲渡担保財産についてのみ定めたもので、文理解釈上その趣旨に照らしても、同条第55条の通知が本件条項の告知に該当しないことは明らかであることからすると、本件通知が、本件条項の「徴収法第24条、地方税法第14条の18及びこれと同旨の規定に基づく譲渡担保権者に対する告知が発せられたとき」との条件に該当し、E税務署長が本件通知を発した時点で、本件代金債権は請求人の滞納会社に対する当座預金債権の代物弁済に充てられて消滅したとの請求人の主張には理由がない。
(ロ)本件告知処分について
 徴収法第24条第5項は、同条第2項の告知又は同条第4項の適用を受ける差押えをした後、納税者の財産の譲渡により担保される債権が債務不履行その他弁済以外の理由により消滅した場合においても、なお譲渡担保財産として滞納処分が執行できる旨規定しているところ、原処分庁は、E税務署長が本件代金債権につき滞納会社の財産として本件差押えをした後に、本件代金債権が滞納会社の譲渡した譲渡担保財産であることが判明し、滞納会社の財産につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足し、また、本件代金債権を譲渡担保に供したのが滞納会社の国税の法定納期限等後であることが認められたことから、滞納処分を続行することとして、同条第4項の規定に基づき、譲渡担保権者である請求人に対し本件告知をしたものである。
 上記ロのとおり、本件差押えは適法であり、また、上記ハのとおり、請求人は原処分庁に対し本件条項の効力を対抗できないから、本件告知処分は適法である。
(ハ)仮に、請求人が本件条項の効力を原処分庁に対抗できるとしても、本件通知及び本件告知は、本件差押え後に発せられたものであるから、同法第24条第5項の規定により、本件代金債権の代物弁済による消滅は、原処分庁に対抗できないから、請求人の主張には理由がない。

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3 判断

本件告知処分の適法性について争いがあるので、以下審理する。
(1)次の事実については、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人、滞納会社及びH社は、平成2年4月2日、本件条項(上記2の(1)のロのとおり。)を含む本件基本契約(上記2の(1)のイのとおり。)を締結し、また、請求人と滞納会社は、同日、本件基本契約に基づき、本件当座貸越契約を締結したこと。
ロ 滞納会社は、本件基本契約に基づき、請求人に対し、H社から請求人に対する本件明細・承諾書の交付により、別表2記載の本件代金債権を担保のため譲渡し、また、これらを担保として、請求人は、本件当座貸越契約に基づき、滞納会社に対して、別表4記載のとおり、当座貸越を実行したこと。
ハ 滞納会社から請求人に対する本件代金債権の担保のための譲渡には、これらに係る各明細・承諾書にそれぞれ公証人による確定日付が付されており、その各日付は別表3の「確定日付」欄記載のとおりであること。
 また、これらの日付はいずれも、別表1記載の滞納会社の滞納国税の法定納期限等の後であり、かつ、本件差押えが行われた平成6年9月28日より前であること。
(2)当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
イ 滞納会社については、本件告知処分の当時、滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足していたこと。
ロ 徴収担当職員は、平成6年9月13日、H社に臨場し、同社経理担当職員のJ(以下「J」という。)及び同社資材グループのK(以下「K」という。)から、未使用の「一括支払システムに関する契約書」様式を基に、本件基本契約の概要を確認したこと。
ハ 徴収担当職員は、平成6年9月20日、請求人のS支店に臨場し、同支店のM次長から、本件基本契約について説明を受け、その際、同人に対し、本件基本契約書の原本及び支払い明細表の写しの提出を求めたこと。
 そして、徴収担当職員は、これらの資料を同月27日より前に受領したこと。
ニ 徴収担当職員は、平成6年9月28日、H社に臨場し、J及びKに対し、本件基本契約書は民法第467条第2項に規定する確定日付ある証書ではないので、本件基本契約の効力を第三者に対抗することはできない旨説明したこと。
 なお、その際、J及びKは、徴収担当職員に対し、本件代金債権の譲受けにつき他に公正証書等は作成していない旨申述していたこと。
 そこで、E税務署長は、同日、本件滞納国税を徴収するため、徴収法第62条の規定に基づき、本件通知書をH社に送達して本件代金債権を滞納会社の財産として差し押さえたこと(本件差押え)。
ホ E税務署長は、平成6年9月29日、上記(1)のイ及びロ並びに上記ニの各事実に照らして、請求人は、本件差押えに係る本件代金債権につき、徴収法第55条第1号所定の利害関係人に当たるものと判断し、請求人に対して、同条の規定に基づき本件通知をしたこと。
ヘ 徴収担当職員は、平成6年10月5日、H社に臨場し、J及びKから、本件基本契約に関する事務の流れ及び手続きにつき再確認したこと。
 また、その際、同人らから、「一括支払システムに関する覚書」と題する書面及び未使用の明細・承諾書様式が提示されたが、本件明細・承諾書の原本は請求人が保管していたことから、徴収担当職員は、これらに確定日付が付されているかどうか確認できなかったこと。
 そこで、徴収担当職員が、同人らに対し、これについての事実関係を明らかにする書類の提出を求めたところ、同人らは、検討する旨回答したこと。
ト 徴収担当職員は、平成6年10月6日、請求人のS支店のT支店長に対し、本件明細・承諾書に確定日付が付されているかどうかを照会したところ、同支店長から、「W支店からファックスで本件明細・承諾書の写しの送信を受けて確認したところ、確定日付が付されていた。」旨の回答を得たため、その写しの送付を受けたこと。
チ 徴収担当職員は、平成6年10月7日、H社から、上記への事実関係を明らかにする書類として、「確認書」と題する説明文書の送付を受けたこと。
リ 原処分庁は、平成6年10月14日付で、請求人に対して本件告知書を発し、同告知書は、同月17日に請求人に到達したこと。
ヌ 本件告知処分がなされた平成6年10月14日当時別表1のとおり、滞納会社は国税を滞納していたこと。
(3)本件差押えの効力
 上記(1)のロ及びハのとおり、本件代金債権は、本件差押えが行われた平成6年9月28日より前の同年6月20日、同年7月19日及び同年8月18日にそれぞれ、H社から請求人に対する本件明細・承諾書の交付により、滞納会社から請求人に対して、担保のため譲渡され、本件明細・承諾書には各譲渡日をもって確定日付が付されていたことが認められる。
 しかしながら、上記(1)のイのとおり、本件基本契約によれば、滞納会社から請求人に対する代金債権の譲渡は、H社から請求人に対して明細・承諾書を交付することによりするものとされていたところ、上記(2)のロ、ニ、ホ及びヘのとおり、徴収担当職員が、本件差押えの前後、再三にわたり、本件代金債権の債務者であるH社に臨場し、本件代金債権の譲渡の有無等について調査したものの、同社に本件明細・承諾書の写し等が保管されていなかった(請求人のW支店でのみ保管していたものと推認される。)ことなどから、確定日付ある証書による通知又は承諾の有無を含め、本件代金債権の譲渡の詳細について確認できなかったことが認められる。
 ところで、指名債権の譲渡について確定日付ある証書による通知又は承諾があるか否かについては、第三債務者において最もよく知り得るところであるから、徴収担当職員が、本件代金債権の差押えに先立ち、主として、同債権の債務者であり、かつ、これが他に譲渡された場合には第三債務者となるH社に対し、確定日付ある証書による通知又は承諾の有無等を調査したことは、相当であったといえる。
 そうすると、指名債権の譲渡性や滞納会社の財産の早期の保全の必要性に言及するまでもなく、E税務署長が、本件代金債権が譲渡担保財産となっているかどうか確認できないとし、これを滞納会社の財産として差し押さえたことはやむを得なかったものといえ、これをもって本件差押えが違法とまではいえないと言わざるを得ない。
 これに対して、請求人は、(a)一括支払システムに基づく債権譲渡について確定日付ある証書によって対抗要件が具備されることは公知であったこと、(b)徴収担当職員は、本件差押えに先立ち、H社及び請求人から、本件基本契約等について説明を受け、あるいは本件基本契約書の写し等の交付を受けていたこと、及び(c)本件差押え後の平成6年10月6日に、徴収担当職員はH社から、確定日付ある証書によって対抗要件を具備する手続を行っている旨記載された説明文書の交付を受けたことから、E税務署長は本件代金債権が譲渡担保財産であったことを知っていたはずである旨主張するが、仮に徴収担当職員が、一般的に、一括支払システムに基づく債権譲渡について確定日付ある証書によって対抗要件が具備されることとされていることを知り、あるいはその旨の説明を受けていたとしても、上記(2)のロないしチのとおり、具体的に、徴収担当職員が、本件代金債権の請求人に対する譲渡につき確定日付ある証書をもって通知又は承諾がされていることを確認したのは、本件差押え後であったと認められる。
 したがって、E税務署長が本件代金債権が譲渡担保財産であることを知りながらこれを滞納会社の財産として本件差押えをしたとは認められず、また、本件差押えが本件停止条件付代物弁済契約あるいは本件条項を回避する意図で行われたことを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(4)本件条項の効力
イ 徴収法第24条第4項は、譲渡担保財産を納税者の財産としてした差押えは、同条第1項の要件に該当する場合に限り、同条第3項の規定による差押えとして滞納処分を続行することができ、この場合において、税務署長は、遅滞なく同条第2項の告知をしなければならない旨規定しているところ、同条第6項は、国税と譲渡担保権の被担保債権との優劣関係について、譲渡担保権者が、納税者の滞納している国税の法定納期限等以前に当該財産が譲渡担保財産となっている事実を証明した場合には、同条第1項の規定を適用しない旨規定して、これを国税の法定納期限等と譲渡担保権設定との先後関係で決することとし、他方、同条第5項は、同条第4項の規定の適用を受ける差押えをした後に、譲渡担保権の被担保債権が債務不履行その他弁済以外の理由により消滅した場合においても、譲渡担保財産が存続するものとみなして滞納処分ができる旨規定している。
 そうすると、これらの規定によれば、(a)国税の法定納期限等が譲渡担保権設定に先行している場合(徴収法第24条第6項)で、かつ、(b)納税者の財産につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認められるとき(同条第1項)には、徴収職員は、譲渡担保財産を納税者の財産としてした差押えを、徴収法第24条第4項の規定に基づく譲渡担保財産に対する差押えとして滞納処分を続行することができ、その場合に、(c)仮に、譲渡担保財産を納税者の財産として差し押えた後に譲渡担保権者が譲渡担保権の実行を完了しても、なお、徴収職員はその譲渡担保財産について国税を徴収することができるものと解される。
ロ ところが、本件条項及び本件停止条件付代物弁済契約は、譲渡担保財産に対する滞納処分に先立ち、徴収法第24条第2項の告知等が行われることに着目し、同告知等が発せられることを条件に、譲渡担保財産である代金債権が当然に被担保債権の代物弁済に充てられることをあらかじめ合意することにより、上記告知等が発せられた時点で、譲渡担保権を消滅させることとしたものであって、これによれば、請求人に上記告知等が到達した時には、常にその譲渡担保権の実行が完了していることになり、告知等の要件である譲渡担保財産の存在が欠けることとなるから、譲渡担保が国税の法定納期限等の後に設定されたため、国税に劣後している場合であっても、徴収職員が同法第24条に基づき当該譲渡担保財産から国税を徴収する機会を事実上全く奪ってしまうという効果を持つものである。
 このことは、法の規定にかかわらず、私人間の合意により、徴収法第24条に基づく国税の徴収の対象とならない譲渡担保財産を作り出すことにほかならないというべきであり、同条第5項及び同条第6項の規定の趣旨を完全に没却するものである。
 そうすると、本件条項は、徴収法第24条の規定に反するものといわざるを得ないから、当事者間においてその効力を認めることはともかくとして、少なくとも原処分庁に対しては、請求人は、上記のような合意の効果を主張して、本件代金債権が譲渡担保財産でなくなったことを理由に同条に基づく物的納税責任の追及を免れることはできないと解するのが相当である。
ハ これに対し、請求人は、本件停止条件付代物弁済契約は、譲渡担保権の実行時期と実行方法に関する契約であり、これらをどのように定めるかは、当事者の契約により自由に定めることができる事柄であるから、この原則に対する例外が徴収法に規定されていない限り、本件停止条件付代物弁済契約の効力を否定することはできないところ、同法第24条第5項も譲渡担保の実行を禁止したり告知書送達以前の譲渡担保の実行について定めたものではなく、他に譲渡担保の実行に関する規定はない旨主張する。
 しかしながら、国税の徴収に関する規定は、その性質上、納税者に公平、平等に適用されるべきであり、上記イ及びロのとおり、徴収法第24条の国税と譲渡担保権との調整に関する規定も、私人の意思によってこれを左右することは許されないと解すべきであるにもかかわらず、本件停止条件付代物弁済契約及び本件条項は、譲渡担保の目的である代金債権について、およそ同条に基づく国税の徴収ができないという実質的な効果をもたらすものであるから、同条の実効性を損なうものであることは明らかであり、そのような私人間の合意を法が許容しているということはできない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ニ また、請求人は、大法廷判決が銀行の貸付債権の相殺に関する合意の対外的効力を肯定していることから、その趣旨に照らし、本件停止条件付代物弁済契約の有効性及び対外的効力を認めるべきである旨主張する。
 しかしながら、大法廷判決は、差押えを受けた債権を受働債権とする相殺に関する民法第511条の解釈を前提として相殺予約の合意の効力が争われた事案で、代物弁済予約が問題となっているのであり、徴収法第24条との接触の有無が問題とされている本件とは事案を異にするから、大法廷判決が当事者間の約定の効力を認めているからといって、直ちに本件停止条件付代物弁済契約の有効性を基礎づけることはできない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ホ さらに、請求人は、本件基本契約及び本件当座貸越契約は、代金債権を担保として貸付けを行う契約であり、その一部を構成する本件停止条件付代物弁済契約は合法かつ合理的な目的に基づくものであり、また、代金債権から貸付金を回収できるとする合理的な期待の下で資金の供給がなされるものであるから、このような合理的な回収期待が、借主の他の債権者に対して保護されるべきである旨主張する。
 しかしながら、確かに債権者にとって、担保権はその被担保債権を回収するために重要な役割を担うものではあるが、徴収法は、上記イのとおり、そのような担保権であっても国税との関係では劣後する場合があるとして、国税と担保権との調整に関する規定を設けているのであるから、同様に、本件基本契約に基づき、代金債権を担保に当座貸越を行う請求人にとって代金債権がいかに貸付金の引き当てとして重要なものであり、代金債権から貸付金を回収できるという期待を有しているとしても、同法第24条の物的納税責任の追及を回避するような約定をすることが許されることになるわけではないというべきである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ヘ 請求人は、本件基本契約及び本件当座貸越契約に基づく金融取引は実質的に手形割引と同種の機能を有するものであって、手形に対する譲渡担保が徴収法第24条の適用除外とされている徴収法附則第5条第4項の趣旨に照らしても本件停止条件付代物弁済契約の目的が同法第24条の潜脱と断ずることはできない旨主張する。
 しかしながら、手形割引は手形の売買であるから、これにより譲渡された手形に徴収法第24条の適用がないことは明らかであるし、また、譲渡担保に供された手形について同条が適用されないことは、徴収法附則第5条第4項の規定が設けられたことによるものであるから、たとえ本件基本契約が手形割引と同様の機能を営んでいるとしても、本件代金債権のような指名債権の譲渡担保について同法第24条の適用を排除することを認めた規定がなく、また、それにもかかわらず当事者が、本件基本契約について手形の譲渡担保と異なる法形式を選択したのである以上、本件基本契約について同法附則第5条第4項の規定をもって同法第24条の適用を否定すべき理由はない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(5)以上のとおり、請求人は、本件条項に基づき、本件通知ないし本件告知が発せられた時点で、本件代金債権が請求人の滞納会社に対する当座預金債権の代物弁済に充てられて消滅し、譲渡担保財産でなくなったことを原処分庁に対して主張することはできないというべきであるから、本件通知ないし本件告知を発したことが本件条項の要件事実に該当するか否かについて判断するまでもなく、本件告知処分の当時においては、本件代金債権は滞納会社から請求人に担保のため譲渡された譲渡担保財産であり、請求人はその譲渡担保権者であったということになる。
(6)そして、上記(2)のヌのとおり、本件告知処分当時、滞納会社は国税を別表1のとおり滞納していたこと、同イのとおり、滞納会社に滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認められること及び上記(1)のハのとおり、本件代金債権が担保のため譲渡されたのは、滞納国税の法定納期限の後であることから、本件告知処分は徴収法第24条の要件を満たしていると認められる。また、本件告知処分に先立つ本件差押えが適法であることは上記(3)のとおりである。
 したがって、本件告知処分はその要件に欠けるところがなく、適法である。
(7)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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