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(平10.12.14裁決、裁決事例集No.56 97頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)審査請求に至る経緯

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成6年7月16日まで株式会社L(以下「L社」という。)に勤務していた者であり、平成10年5月14日にされた平成8年分の所得税についての審査請求及び同年10月14日にされた平成9年分の所得税についての審査請求に至る経緯と内容は、別表に記載のとおりである。
 なお、平成10年10月14日の審査請求は、同年5月14日の審査請求と併合審理をする。

(2)原処分の概要

 請求人は、平成8年分及び平成9年分の所得税の確定申告において、T生命保険相互会社(以下「T生命」という。)からの代理店手数料収入(以下「本件手数料収入」という。)に係る事業所得の金額及び源泉所得税額(以下「本件源泉所得税額」という。)について、これらを総所得金額及び納付すべき税額の計算の基礎に算入して確定申告をしたところ、原処分庁は、本件手数料収入は請求人に帰属するものでないとして、平成8年分及び平成9年分の所得税について別表の「更正処分等」欄に記載のとおり更正処分(以下「本件更正処分」という。)をするとともに、平成8年分の所得税について過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件更正処分について
 本件手数料収入は、次の理由により請求人に帰属するものである。
(イ)本件手数料収入は、保険募集の取締に関する法律(昭和23年法律第171号。平成8年4月1日廃止のもの。)に準拠して請求人とT生命との間で平成3年7月1日付で締結された「募集代理店委託契約」(以下「本件代理店契約」という。)に基づく代理店手数料収入である。
 したがって、本件手数料収入は、本件代理店契約の締結に起因して支払われたものであるから、その収益は営業活動を誰がしようとあくまで代理店契約を締結した請求人に帰属する。
(ロ)請求人は、株式会社H(以下「H社」という。)との間で当初から、本件手数料収入は請求人に帰属し、本件手数料収入から本件源泉所得税額を差し引いた金額を顧客紹介手数料としてH社に支払う旨及び預金通帳の管理、資金の移動、計算書等の保管は、H社が行う旨の合意をしており、平成7年にはH社が法人税の修正申告を行う際に改めてその旨の契約を締結した。
 また、平成7年分以降については、請求人とH社との間であらかじめ顧客紹介手数料に関する覚書(平成7年12月22日から平成9年5月19日までの間に作成されたもの。以下「本件各覚書」という。)を作成している。
(ハ)本件源泉所得税額は、所得税法第204条《源泉徴収義務》第1項第4号の規定に基づき、T生命が請求人から源泉徴収することを義務付けられたものであり、T生命が発行した報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書(以下「支払調書」という。)にその旨が明記されている。
(ニ)原処分庁は、請求人が本件代理店契約に基づく代理店業務に係る帳簿を作成していないこと及び本件代理店契約を締結した当時に請求人とH社との間で顧客紹介手数料に関する契約書等を作成していないことを根拠として、本件手数料収入がH社に帰属すると認定しているが、当該帳簿を作成していないことと本件手数料収入に基づく収益の帰属とは何ら関係がなく、また、契約の存在に関して契約書等の作成は絶対条件でないから、この点に関する原処分庁の認定は誤りである。
(ホ)また、原処分庁が本件手数料収入を請求人に帰属しないとする根拠として、所得税法第12条《実質所得者課税の原則》の規定を適用したことは、次のとおり誤りである。
 そもそも源泉徴収制度はいわば申告納税額の前取り的性格を有し、最終的には確定申告や年末調整による清算手続を要する申告納税制度の補助手段であるから、報酬支払者である生命保険会社は、代理店契約に基づきその契約者である請求人に報酬を支払えばよく、実質的な活動を誰が行い、それに起因する所得が誰に帰属するかということに関係なく当然に源泉徴収義務を負い、その清算行為は代理店の申告によってされなければならないものである。
 このような源泉徴収制度の性質からすれば、実質所得者課税の原則は、個人から法人に支払われた業務委託料の額の妥当性を判断する場合においてのみ適用されるべきものであって、源泉徴収税額の清算を誰が行うべきかの判断に適用されるべきものではない。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件更正処分は違法であるから、本件賦課決定処分も違法である。

(2)原処分庁の主張

 原処分は次の理由により適法であるから、審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 本件更正処分について
(イ)所得税法第12条は、事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益はこれを享受する者に帰属する旨規定している。
(ロ)これを本件についてみると、(1)請求人はH社の仕事には全く従事していないこと、(2)本件手数料収入はG銀行R支店の請求人名義の普通預金口座(以下「本件口座」という。)に振り込まれているが、その直後に同額の金員が出金されH社名義の預金口座に入金されていること、(3)本件口座に係る通帳、印鑑及びT生命から送付される関係書類等はH社が管理していること及び(4)請求人は保険代理業務に関する帳簿書類の作成及び保存はしていないことなどから、本件代理店契約に基づく代理店業務は請求人ではなくH社が行っていると認められるので、本件手数料収入は、形式的にはともかく、実質的にはH社に帰属するものであって、請求人に帰属するとは認められない。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件更正処分は適法であり、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法(以下「通則法」という。)第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づき行った本件賦課決定処分は適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件手数料収入が請求人に帰属するか否かにあるので、以下審理する。

(1)本件更正処分について

イ 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ)H社は、平成2年4月に設立され、主として生命保険の募集に関する業務及び損害保険代理業を営んでいる。
(ロ)請求人は、平成6年7月16日までL社に勤務し、同社から給与の支払を受けていた。
(ハ)請求人とT生命は、本件代理店契約に係る契約書を作成している。
(ニ)平成4年4月1日付でH社と請求人の間で作成された嘱託社員労働契約書(以下「本件労働契約書」という。)には、おおむね、H社は請求人を嘱託社員として雇用し、その報酬を支払うこと及び請求人とT生命との契約に係る報酬についてはすべてH社に帰属することなどが記載されている。
(ホ)平成8年11月27日までにT生命から本件口座に振り込まれた本件手数料収入は、振込額と同額の金員が出金され、H社名義の預金口座に入金されており、また、平成9年6月27日に同社から本件口座に振り込まれた本件手数料収入(163,200円)は、当該金額のうち160,000円が出金され、H社が受け入れている。
(ヘ)請求人は平成4年分及び平成5年分の所得税の確定申告において、L社からの給与所得のみを申告しており、これらの確定申告書には同社が発行した源泉徴収票が添付されているほか、T生命からの報酬はH社の収益に帰属すべきもので請求人の所得とはならない旨記載され、T生命が発行した支払調書及び本件労働契約書が添付されている。
 また、平成7年3月10日にされた平成6年分の所得税の確定申告においては、L社からの給与所得及びH社からの代理店報酬として雑所得が申告されており、この確定申告書にはL社が発行した源泉徴収票、T生命が発行した支払調書及び本件労働契約書が添付されているほか、T生命からの報酬はH社の収益に帰属させている旨記載されている。
(ト)H社は、平成4年4月1日から平成5年3月31日まで、平成5年4月1日から平成6年3月31日まで及び平成6年4月1日から平成7年3月31日までの事業年度(以下「本件各事業年度」という。)において、本件手数料収入についてT生命で徴収した源泉徴収税額を含めた全額をH社の益金の額に算入した上、当該報酬に係る源泉徴収税額相当額を法人税から税額控除してそれぞれ法定申告期限内に法人税の確定申告をしている。
(チ)H社は、平成7年6月ころ、所轄税務署から法人税法第68条《所得税額の控除》第1項の規定による税額控除の対象となるのは所得税法第174条《内国法人に係る所得税の課税標準》に規定する課税標準に係る所得税額であり、代理店報酬に係る源泉所得税額は所得税法第204条によるものであるから税額控除ができない旨の指摘を受け、平成7年8月21日に修正申告をしている。
(リ)平成7年8月18日付でH社が請求人あてに作成した確認書(以下「本件確認書」という。)には、H社が請求人から受け取るべき顧客紹介手数料は平成4年1月分から12月分までが330,888円、平成5年1月分から3月分までが3,929,400円、平成6年1月分から12月分までが9,447,646円であり、その全額を本日までに受領済みである旨記載されている。
(ヌ)本件各覚書には、請求人はH社に対して、顧客の紹介(保険料等の集金を含む。)を受けたことによる紹介手数料を契約の成立を条件に支払う旨及びその紹介手数料の額が記載されている。
(ル)請求人の代理人であるSは、異議審理庁に対して次のとおり申述している。
A 請求人は、生命保険の代理店業務に係る帳簿書類等の作成はしていない。
B T生命の作成に係る手数料明細書等は、すべてH社に送付されている。
C T生命の代理店手数料が振り込まれる請求人の預金通帳や印鑑は、H社の経理担当者であるKが管理している。
D 顧客紹介手数料の額は、T生命からの振込額とする旨取り決めていた。
E 顧客紹介手数料は本件各覚書に基づいてH社に支払われるものであり、また、これに係る手数料収入の配分に関する基本契約として本件確認書を作成している。
(ヲ)Sは、当審判所に対して次のとおり答述している。
A 請求人がT生命の代理店となった当時は、法律上一つの生命保険会社としか代理店契約ができなかったため、他の生命保険会社の契約を取り扱う場合には、その生命保険会社の代理店を通さざるを得ず、手数料を支払わねばならなかった。そのため、知人等に代理店の資格を取ってもらうほうが有利であるということから、請求人の義兄でありH社の代表者でもあるNが請求人に代理店になることを勧めた。
B 請求人は、代理店業務のすべてをH社に委任しているので保険の募集活動は行っていない。なお、代理店としての業務のすべてをH社に委任する旨の契約書は作成していない。
C 本件確認書は、H社がP税務署の法人税調査を受けた際に、平成4年1月から平成6年12月までの顧客紹介手数料の金額を明確にする必要が生じたため、後日追認する形で作成されたものであり、また、本件各覚書は、平成7年以降、顧客紹介手数料を支払う度に作成されたものである。
 なお、顧客紹介手数料の算定根拠は、本件手数料収入から源泉税額を差し引いた金額である。
(ワ)H社の税理士であったJ(以下「J税理士」という。)は、当審判所に対して次のとおり答述している。
A 請求人の平成4年分及び平成5年分の所得税の確定申告書は、H社の社長であるNから、本件手数料収入は請求人名義ではあるが実際にはH社のものであり、生命保険会社から資料が税務署に提出されると名義人に迷惑を掛けることになるので請求人の申告書を作成してほしいと依頼されて作成したものである。
B 当該申告書に、本件手数料収入はH社の収益に帰属すべきもので請求人の所得とはならないと記載したのは、Nからこれらの報酬は名義だけで本当は会社のものである旨の説明を受けたことと、H社の振替伝票によってもその収益が法人に計上されていたことから、これは実質所得者課税の取扱いになると判断したからである。
ロ ところで、所得税法第12条は、資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益はこれを享受する者に帰属するものとして、所得税法の規定を適用する旨規定している。
 したがって、本件についても、本件代理店契約の契約者名義にとらわれることなく、実質的に生命保険の代理店業務を営みその収益を誰が享受していたかという観点から、本件手数料収入の帰属主体を決すべきである。
ハ 前記各認定事実によれば、(1)請求人は、本件代理店契約をした当時、L社に勤務し同社から給与の支払を受けていたものであるところ、本件代理店契約は、H社が複数の生命保険会社と代理店契約を締結することが法律上できなかったため、請求人とT生命との間で締結されたものであること、(2)請求人は、本件代理店契約締結後、H社との間で本件労働契約書を作成しているところ、同契約書では本件代理店契約に係る報酬はすべてH社に帰属する旨記載されていること、(3)請求人は、代理店であれば当然に行うべき保険募集業務のすべてをH社に委任し、代理店業務に係る帳簿書類等も作成していないこと、(4)本件手数料収入の振込先である本件口座についての預金通帳やその印鑑は、H社が管理していたこと、(5)H社は、所轄税務署から指摘を受ける直前の決算期である平成7月3月31日まで、本件手数料収入及び本件源泉所得税額を同社の益金として経理し、法人税の申告において本件源泉所得税額に係る税額控除を受けていたこと、(6)請求人の平成4年分ないし平成6年分の確定申告書には、本件手数料収入はH社に帰属すべきもので請求人の所得にならない旨記載されているところ、当該申告書のうち、平成4年分及び平成5年分の各確定申告書に関し、J税理士は、これらの申告書はH社の社長であるNから、本件手数料収入は請求人名義であるものの実際はH社に帰属するものであるとの説明を受けて作成したものである旨答述していることなどが認められるのであって、これらの事実を総合考慮すれば、本件代理店契約における請求人の名義は形式上のものにすぎず、実質的には当該契約に係る業務はすべてH社が行い、その収益を享受していたのはH社であったというべきである。
 したがって、本件手数料収入はH社に帰属すると解するのが相当である。
ニ 請求人は、本件手数料収入は請求人に帰属するとして、次のとおり主張するので以下検討する。
(イ)請求人は、本件手数料収入は請求人を当事者とする本件代理店契約に起因して支払われたものであるから、その営業活動を誰がしようと請求人に帰属するものである旨主張するが、上記ハのとおり、収益の帰属主体が誰であるかについては実質的に判断すべきであるから、本件代理店契約が請求人名義で締結されていることをもって、本件手数料収入が直ちに請求人に帰属するものと解することはできない。
(ロ)請求人は、H社との間で当初から本件手数料収入は請求人に帰属し、本件手数料収入から本件源泉所得税額を差し引いた金額を顧客紹介手数料としてH社に支払う旨の合意があり、これに沿う証拠として本件確認書及び本件覚書がある旨主張する。
 しかしながら、前記各認定事実のとおり、H社は、本件各事業年度において、本件手数料収入の全額をH社の益金として経理処理し、請求人も本件源泉所得税額相当額をH社から受領していないのであって、これらの事実によれば請求人主張のような合意があったとは考え難いし、本件確認書は、H社が本件源泉所得税額の税額控除ができないことの指摘を受けた後である平成7年8月18日に作成されたものであるから、これをもって当初から顧客紹介手数料をH社に支払う旨の合意があったとは認められないというべきである。
 また、本件各覚書は、いずれもH社が所轄税務署から本件手数料収入についての指摘を受けたことにより作成されたものであるから、平成7年分以降についてあらかじめ契約があったとの主張を証するに足る資料とはいえず、むしろ本件審査請求に至る経緯からみれば、法人税での税額控除ができないとされた結果、所得税での源泉所得税還付を受けるべく作成されたものと推認されるところである。
 したがって、この点に関する請求人の主張は採用できない。
(ハ)請求人は、本件源泉所得税額は所得税法第204条第1項第4号の規定に基づき、T生命が請求人から源泉徴収することが義務づけられたものであるから、本件手数料収入は請求人に帰属する旨主張する。
 しかしながら、同条同項同号に規定する報酬、料金等に係る源泉徴収制度は、その支払の相手方が居住者である場合において、一定の比例税率により所得税を徴収し納付する制度であるところ、本件においては、T生命は本件代理店契約に基づく代理店手数料の支払の相手方が名義上請求人であることから、同条を適用して本件源泉所得税額を徴収したものにすぎず、前記ハのとおり、本件手数料収入は実質的にH社に帰属するものであるから、単に同条が適用されていることをもって、本件手数料収入が請求人に帰属するとの主張は採用できない。
(ニ)請求人は、代理店業務に係る帳簿を作成していないことと収益の帰属とは関係がなく、また、H社との間で顧客紹介手数料に関する契約書等を作成していないからといって当該契約が存在しないと認定することは誤りである旨主張するが、これらの事情は、本件手数料収入が請求人に帰属しないことを推認させる要素になり得るものであるし、さらに、当審判所の調査の結果によれば、原処分庁は他の事実をも総合考慮して、本件手数料収入が実質的に請求人に帰属するものではないと判断したものであるから、この点に関する請求人の主張は採用できない。
(ホ)請求人は、所得税法第12条の規定は源泉所得税額の清算を誰が行うべきかの判断に適用されるべきものではない旨主張するが、本件手数料収入の帰属者の判定に当たり同条の規定が適用されることは法文上明らかであり、その結果、当該手数料収入が請求人に帰属しないと判断されるものである以上、本件源泉所得税額の清算について請求人がこれを行う根拠はないのであって、この点に関する請求人の主張には理由がないというべきである。
(ヘ)以上のとおり、本件手数料収入は請求人に帰属するものではなく、したがって、請求人の所得税において本件源泉所得税額を還付する理由はないから、本件更正処分は適法である。

(2)本件賦課決定処分について

 上記(1)のとおり、本件更正処分は適法であり、また、請求人には、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づいてされた本件賦課決定処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠書類等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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