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(平10.10.2裁決、裁決事例集No.56 111頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成7年分の所得税について、青色申告書以外の確定申告書に次表の「確定申告」欄のとおり記載した上、これを法定申告期限までに原処分庁に提出した。
 次いで、請求人は、次表の「修正申告」欄のとおり記載した修正申告書(以下「本件修正申告書」という。)を平成8年4月25日に原処分庁に提出したところ、原処分庁は、これに対し、同年5月10日付で同表の「賦課決定」欄のとおり、過少申告加算税の賦課決定処分をした。
 その後、請求人は、平成9年3月3日に給与所得の金額、総所得金額及び納付すべき税額を次表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
 原処分庁は、これに対し、平成9年5月28日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。

 請求人は、本件通知処分を不服として、平成9年7月24日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年12月12日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成10年1月9日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 異議決定について
 異議審理庁は、異議決定書において、本件更正の請求を認めないとする理由を明確に記載していない。
ロ 通知処分について
(イ)請求人は、同人が代表取締役を務める株式会社E(以下「E社」という。)の平成7年7月21日から平成8年7月20日までの事業年度(以下「平成8年7月期」という。)において、同社から毎月820,000円(総額9,840,000円)の役員報酬を受領していた。
 ところが、E社は、平成8年7月期の業績が不振で、しかも多額の累積欠損金を抱えたことから、同年9月16日に開催した取締役会(以下「本件取締役会」という。)において、請求人に支給済の役員報酬を平成7年8月分まで遡及して、月額820,000円から500,000円に減額する旨決議(以下「本件減額決議」という。)した。
(ロ)請求人は、本件減額決議に基づいて平成8年7月期に係る役員報酬から3,840,000円減額(以下「本件減額分」という。)されたことから、本件減額分のうち平成7年8月分から同年12月分までの間に係る減額分1,600,000円(以下「7年分に係る減額分」という。)について、本件修正申告書に係る給与所得の収入金額が過大であるとして、本件更正の請求をした。
 なお、E社は、本件減額分について、役員報酬科目から請求人に係る長期借入金科目へ振替処理(役員報酬科目及び長期借入金科目の減算処理であり、以下「本件振替処理」という。)をした。
(ハ)原処分庁は、これに対し、請求人は、平成8年7月期に係る役員報酬をE社から毎月820,000円(総額9,840,000円)受領していたのであるから、たとえ請求人が本件減額決議に基づき、過去に受領していた役員報酬を返還したとしても、請求人の給与所得の収入金額に影響を及ぼすものではないとして、本件通知処分をした。
(ニ)しかしながら、次に述べるとおり、本件更正の請求を認めるべきである。
A 本件減額決議は、多額の累積欠損金を抱えたE社の再建を目的として、取締役全員の合意に基づいて行ったもので、E社は、平成8年9月16日に開催した第33回定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)において財務諸表の承認を得ている。
B 役員と法人の関係は、決算期間の委任契約であり、委任契約の存する決算期間内であればさかのぼって委任契約を変更することは可能(たとえ役員報酬を支給していたとしてもさかのぼって変更することは可能)であることから、本件取締役会において、請求人の役員報酬を遡及して減額したものである。
 なお、本件減額分について、E社は、本件振替処理しているところ、請求人はE社に有する貸付債権を放棄したものではない。
C 請求人がE社から受領した平成7年分の給与所得の収入金額は、次表の「(3)」欄記載のとおりである。

(単位 円)
区分金額
1月分から12月分の受領額(1)9,840,000
(820,000円×12か月分)
8月分から12月分の減額分(2)1,600,000
(320,000円×5か月分)
給与所得の収入金額
((1)−(2))
(3)8,240,000

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 異議決定について
 異議審理手続の違法を理由として原処分の取消しを求めることはできない。
 なお、異議審理庁は、異議決定書において、原処分を正当とする理由を明らかにしている。
ロ 通知処分について
(イ)所得税法第36条《収入金額》第1項の規定によれば、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、その年において収入すべき金額とする旨規定している。
そして、給与所得金額の計算上その年において収入すべき金額とは、給与債権が具体的に確定したときにおいて支給されるべき金額をいうものと解されている。
 ところで、E社は、請求人に対して平成8年7月期に係る役員報酬を毎月20日を支給日として820,000円支払っていたのであるから、給与債権は各支給日すなわち各20日に具体的に確定していたと解するのが相当である。
 そうすると、給与債権が具体的に確定した後に、たとえ請求人が本件減額決議に基づき、過去に支給を受けた役員報酬の一部を返還したとしても、請求人の給与所得の収入金額に影響を及ぼすものではない。
 なお、本件株主総会において、平成8年7月期の貸借対照表、損益計算書及び利益処分案が承認された後に本件取締役会が開催され本件減額決議がされている。
 すなわち、E社の平成8年7月期の決算は、本件株主総会において承認され既に確定したにもかかわらず、その後に開催した本件取締役会において役員報酬の額を変更していることになるので、正当な会計処理とは認められない。
(ロ)請求人は、役員と法人の関係は、決算期間の委任契約であり、委任契約の存する決算期間内であれば、役員報酬を支給していたとしてもさかのぼって変更することは可能である旨主張するが、上記(イ)で述べたとおり、請求人の給与所得の収入金額に影響を及ぼすものではなく、また、E社の平成8年7月期の決算確定後に役員報酬の額を変更していることから正当な会計処理とは認められない。
 なお、E社の平成8年7月期に係る総勘定元帳によれば、本件減額分は、本件振替処理されているところ、当該減額分は請求人からE社に対する贈与と認められ、これをもって給与所得の収入金額を減少させる理由とはならない。
(ハ)したがって、本件更正の請求は、国税通則法第23条《更正の請求》第1項第1号に規定する「申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったこと」には該当しないので、本件通知処分は適法である。

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3 判断

(1)異議決定について

 請求人は、異議決定書には本件更正の請求を認めないとする理由が明確に記載されていないとして原処分の取消しを求めているが、審査請求がなされた場合の審理の対象は、異議決定を経た後の原処分であるから、これを理由として原処分の取消しを求めることはできない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(2)通知処分について

 本件審査請求の争点は、7年分に係る減額分を給与所得の収入金額から減算すべきであるか否かであるので、以下審理する。
イ 次のことについては、請求人及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
(イ)E社は、平成8年7月期において、請求人に対して月額820,000円(総額9,840,000円)の役員報酬を毎月、定期的に支給していたこと。
(ロ)請求人に係る平成7年分の給与所得に対する所得税源泉徴収簿によれば、役員報酬の(1)支給月日は、1月分から12月分まで、それぞれ20日であること、(2)総支給金額は、1月分から12月分まで、各月820,000円及び計9,840,000円であること。
(ハ)E社の平成8年7月期に係る総勘定元帳によれば、(1)各月の役員報酬は、毎月20日を支払日として、損金の額に計上していること、(2)本件減額分は、同年7月20日付で本件振替処理した旨記帳していること。
ロ 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)本件株主総会の定時株主総会議事録(写)によれば、(1)本件株主総会は、平成8年9月16日の午前9時から同10時30分の間、開催していること、(2)本件株主総会において、平成8年7月期に係る営業報告書の内容の報告並びに貸借対照表、損益計算書及び利益処分案の承認可決をしていること。
(ロ)本件取締役会の取締役会議事録(写)によれば、(1)本件取締役会は、平成8年9月16日の午前10時40分から同11時30分の間、開催していること、(2)本件取締役会において、請求人は、E社の現況について「今後も受注関係は一層厳しくて業績の悪化は明白である。加えて、当社の累積欠損金は多額であり、短期間での業績改善は不可能の状況にあり、この際徹底した合理化策を講じなければ会社の存続が危ぶまれる状況である」旨説明し、人件費削減について改善案を提案したこと、(3)本件取締役会において、平成8年7月期に係る請求人の役員報酬を平成7年8月分までさかのぼって、月額820,000円から500,000円に減額する旨決議したこと。
ハ ところで、所得税法第36条第1項の規定によれば、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、その年において収入すべき金額とする旨規定している。そして、給与所得の収入金額の収入すべき時期は、契約又は慣習により支給日が定められている給与等についてはその支給日、その日が定められていないものについてはその支給を受けた日であると解されている。
ニ これを本件についてみると、次のとおりである。
(イ)上記イ及びロの(ロ)の各事実によれば、E社は請求人の役員報酬を月額820,000円、支給日を毎月20日と定めていたと認められ、請求人は、平成7年においてE社が定めたとおりの役員報酬を受領していたことが認められる。
 そうすると、請求人の給与所得の収入金額の収入すべき時期は、上記ハで述べたとおり、契約又は慣習により定められた支給日である毎月20日であり、請求人の平成7年分の給与所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は9,840,000円であると認められる。
(ロ)請求人は、本件減額決議は多額の累積欠損金を抱えたE社の再建を目的として、取締役全員の合意に基づいて行ったもので、かつ、E社は、本件株主総会において株主総会の承認を得た旨主張する。
 しかしながら、上記ロのとおり、本件減額決議は、多額の累積欠損金を抱えたE社の再建を目的に行われたことは認められるが、本件取締役会及び本件株主総会を開催した日は、いずれも平成8年7月期の事業年度終了の日以後であり、請求人が役員報酬として現実に金銭を受領した後であったことは明らかである。
 そうすると、上記ハで述べたとおり、請求人の平成7年分の給与所得の収入金額は、収入すべき時期である役員報酬の支給日において既に確定していたと認められ、請求人の給与所得の収入金額に何ら影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ハ)請求人は、会社と役員との法律関係は決算期間の委任契約であり、委任契約の存する決算期間内であればさかのぼって委任契約を変更することは可能であるから、請求人の平成7年分の給与所得の収入金額は、本件減額決議に基づき7年分に係る減額分を減算した金額とすべきである旨主張する。ところで、商法第254条は、取締役と法人との関係は委任契約である旨規定し、同法第269条は取締役の報酬は定款に定められてないときは株主総会の決議で定める旨規定している。そして、役員報酬は一般に経営委任の業務執行の対価と解されている。
 本件の場合、請求人に平成7年において支払われた役員報酬は、その支払時点では上記業務執行の対価として正当なものとして支払われたものであるから、収入すべき時期に具体的に確定していたことが認められる。
 そうすると、本件減額決議をした日に収入すべき金額が確定したとみることはできないから、請求人が同決議に基づいて受領済の役員報酬の一部を返還しても、請求人の給与所得の収入金額に何ら影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
 なお、請求人は、E社に有する貸付債権を放棄していない旨主張するが、本件振替処理の結果、E社は請求人からの借入金を減少させたのであるから、請求人は、本件減額分に相当する貸付金を同社に債務免除したとみるのが相当であり、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(3)以上のとおり、更正すべき理由がないとした本件通知処分は適法と認められる。
(4)その他
 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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