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(平10.11.9裁決、裁決事例集No.56 396頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成元年1月26日に死亡したD(以下「被相続人」という。)の共同相続人の一人であるが、この相続(以下「本件相続」という。)開始に係る相続税の申告書に納付すべき税額を149,862,900円と記載して、法定申告期限までに申告した。
 次いで、請求人は、T税務署の職員の調査を受け、本件相続について、納付すべき税額を152,321,200円とする修正申告書を平成2年6月26日に提出した。
 その後、請求人は、本件相続の他の共同相続人である同人の妻のN及び被相続人の長男のSとの間で、平成3年12月4日に遺留分減殺請求に係る調停及び同月5日に遺産分割協議がそれぞれ成立したことから、相続税法第32条《更正の請求の特則》の規定に基づき、納付すべき税額を44,266,000円とすべき旨の更正の請求を平成4年1月8日にしたところ、原処分庁は、これに対し、同年3月27日付で当該請求のとおりとする更正処分をした。
 一方、Sは、本件相続に係る相続税の申告書に納付すべき税額を149,862,900円と記載して、平成元年7月26日に申告するとともに、当該税額について、相続税延納申請書を提出したところ、原処分庁は、これに対し、平成2年5月17日付で延納を許可した(以下「当初延納許可」という。)。
 次いで、Sは、T税務署の職員の調査を受け、本件相続について、納付すべき税額を152,321,200円とする修正申告書を平成2年6月26日に提出した。
 さらに、上記のとおり、遺産分割協議等が成立したことから、Sは、相続税法第31条《修正申告の特則》第1項の規定に基づき、平成4年1月8日に納付すべき税額を372,155,800円とする修正申告書を提出するとともに、新たに納付すべき税額につき相続税延納申請書を提出したところ、原処分庁は、これに対し、同年2月14日付で延納を許可した(以下「追加延納許可」といい、当初延納許可と併せて「本件延納許可」という。)。
 原処分庁は、本件延納許可に係る分納税額の納付がなかったことから、平成7年10月16日付で本件延納許可の取消処分を行い、本件延納許可に際し提供された担保物を公売処分し、差押国税に充当した結果、Sの滞納税額は207,029,704円となった。
 その後、原処分庁は、本件相続に係るSの滞納税額について、相続税法第34条《連帯納付の義務》第1項の規定に基づき、請求人に対し、連帯納付義務のある税額は別表の番号1ないし8の督促状のとおりであるとして、国税通則法(以下「通則法」という。)第37条《督促》の規定に基づき、平成9年1月20日付で各督促処分(以下「本件督促処分」という。)をした。
 請求人は、本件督促処分に対し、平成9年3月18日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が同年6月3日付で棄却の異議決定をしたので、同年7月2日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 本件督促処分の前提である請求人の連帯納付義務は、次のとおり、発生しておらず、また、発生したとしても消滅しているから、本件督促処分は違法であり、その全部が取り消されるべきである。
イ 相続税法第34条第1項に規定する連帯納付義務には、不意打ち又は争訟手段を欠くことを防止するとの観点から、連帯納付義務者に対して、通則法第32条《賦課決定》第3項の規定に基づき、納付すべき税額等を記載した賦課決定通知書により連帯納付義務の確定手続をするか、国税徴収法第32条《第2次納税義務の通則》第1項又は通則法第52条《担保の処分》第2項の規定を準用した納税告知が必要である。
 にもかかわらず、原処分庁は、請求人に対して、上記確定手続及び納税告知をしていないから、請求人の連帯納付義務は発生していない。
ロ 原処分庁は、相続税法第38条《延納》第4項の規定により、担保物を徴して本件延納許可をしたものであるが、通則法第50条《担保の種類》及び国税通則法基本通達(以下「基本通達」という。)50条関係8ないし10の趣旨にかんがみれば、延納許可に係る担保については、延納期間中に経済情勢の変動等が生じても、延納に係る税額を完全に回収できる十分な担保であるかどうかを慎重に考慮しなければならない。
 特に、原処分庁が追加延納許可をした平成4年2月の時点は、いわゆるバブル経済が崩壊し、平成3年を境として地価が急落した時期で、本件延納許可に係る担保物では延納税額の回収が困難となることも当然予想できたはずであるから、原処分庁が基本通達50条関係9及び10の定めにより、適切な担保評価を行い、十分な担保物を徴しておれば、相続税の徴収の確保は図られたはずである。
 また、最高裁の判決によれば、刑事手続に関する法定手続を保障する憲法第31条の規定は、一般論として、行政手続にも及ぶ可能性があることを認めていることから、連帯納付義務者である請求人に不利益が生じる可能性があれば、請求人に対して、事前に何らかの手続保障がされてしかるべきである。
 すなわち、原処分庁は、本件延納許可に際し、十分な担保物を徴することによって、不測の事態が生じたとしても、当該担保物により延納税額を完全に回収する義務があり、憲法第31条の趣旨からも請求人に不利益が生じることのないよう最大限に配慮することが要請されているというべきである。
 にもかかわらず、その後の担保不足を理由に、求償権の行使が不可能となった段階において、請求人に対して連帯納付義務の履行を求めるのは、相続税法第34条の範囲を逸脱したものであり、もはや連帯納付義務者の責任を問うための前提が喪失されたものといわざるを得ない。
 なお、原処分庁は、国税につき担保として提供された財産の価額の減少等により、その国税の納付を担保できないと認める場合には、その担保を提供した者に対し、増担保の提供等を命ずることができる旨規定している通則法第51条《担保の変更等》第1項は、その後事情の変動があった場合に、担保不足が生じることを予定しているのであるから、担保の提供があったとしても、請求人は連帯納付義務を免れるものではない旨主張するが、本件督促処分は、法律に従った適切な担保取得行為が行われていなかったことに起因するものであるから、原処分庁の当該義務違反行為によって発生した担保不足は、同条の射程外である。
ハ 仮に、原処分庁が本件延納許可に際して、延納税額に見合う十分なものと判断して担保物の提供を受けていたとしても、次の理由により、請求人の連帯納付義務については、連帯の免除及び更改により消滅したものとみるべきである。
(イ)租税特別措置法(平成7年法律第55号による改正前のもの。以下「措置法」という。)第70条の10《相続税の延納の許可を受けた個人の延納税額についての物納等の特例》(以下、この規定による特例措置を「特例物納」という。)の規定は、いわゆるバブル経済期の地価高騰とその後の急落及び取引の減衰により、延納に係る分納税額の納付が困難となっている延納選択者を救済するために創設されたものであるが、この背景には、国家が相当な範囲で不動産価格の下落によって生じた損失を負担しようとする立法者意思が認められるところであり、このような立法者意思は、措置法のみならず、同じ国税の体系下にある相続税法に基づく諸手続の運用においても最大限尊重されるべきである。
(ロ)原処分庁は、本件延納許可に際し、適正な担保物を徴していたにもかかわらず、当該担保物を公売してもなお不足額が発生したのは、バブル経済の崩壊に基づく地価下落が原因であり、本件延納許可の時点では、十分な担保物であるとの判断の上、本件延納許可をしたものであり、本件督促処分の発生を全く予定していなかったというべきである。
 なお、裁判例によれば、措置法(平成8年法律第17号による改正前のもの。)第69条の4《相続開始前3年以内に取得等をした土地等又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例》の適用が問題となった事案において、バブル経済の崩壊による地価下落によって、相続開始時の時価を上回る取得価額が課税価格に算入すべき価額とされたことにより著しく不合理な結果を来したことは、法律の予定していないところであるとして、当該規定の適用を否定したものが存在する。
 この考え方は、本件とは直接の関連性を有するものではないが、本件の場合、本件延納許可によって提供を受けた担保物では、バブル経済の崩壊による地価下落の結果、延納税額を完全に回収できなくなったという事態を延納制度の下では予定していなかったということである。そうすると、本件延納許可をしたにもかかわらず、請求人に対して本件督促処分をすることは、正に法律の予定していないところというべきであるから、本件においても適用し得るものである。
(ハ)以上のとおりであって、原処分庁が本件延納許可をしたということは、請求人との関係においては、民法第445条の規定により連帯の免除を得たもの又は民法第435条の規定により更改がされたものと解すべきであるから、原処分庁は、滞納者であるSの無資力により徴収不可能となった税額部分については、請求人に対し請求することはできない。
ニ 通則法第72条《国税の徴収権の消滅時効》第1項によれば、国税の徴収を目的とする国の権利(以下「国税の徴収権」という。)は、その国税の法定納期限から5年間行使しないことによって、時効により消滅する旨規定している。
 そうすると、別表の番号1及び5の督促状に係る本件督促処分については、明らかに法定納期限から5年を経過しており、国税の徴収権の消滅時効が完成していることになるから、請求人の連帯納付義務も時効により消滅している。
 なお、原処分庁は、通則法第73条《時効の中断及び停止》第4項の規定により、国税の徴収権の時効は、延納に係る部分の国税につき、その延納がされている期間内は進行しないから、本件の場合、時効停止期間を除斥すると、平成9年1月20日において消滅時効は完全していない旨主張するが、通則法第8条《国税の連帯納付義務についての民法の準用》が準用する民法第440条の規定によると、延納等に係る時効停止の効力は、他の連帯納付義務者に対して効力を生じないのであるから、当該主張は誤りである。
ホ したがって、このような状況下において、請求人に対し、連帯納付義務の履行を求める本件督促処分は違法であるから、取り消されるべきである。

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(2)原処分庁の主張

 本件督促処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 相続税法第34条第1項によれば、請求人は、本件相続に因り受けた利益の価額に相当する金額を限度として連帯納付義務を負っているところ、原処分庁は、Sの相続税が完納されなかったため、請求人に対し、通則法第37条の規定により本件督促処分を行ったものであるから、本件督促処分は適法である。
ロ また、相続税法第34条第1項の連帯納付義務は、相続税の徴収の確保を図るため、相互に相続人等に課した特別の責任であって、各相続人固有の相続税の納税義務の確定という事実に基づき、法律上当然に生じるものであるから、格別の確定手続を要することなく、連帯納付義務者に対して徴収手続を行うことができると解されるところ、各相続人固有の相続税は、共同して提出された本件相続に係る相続税の申告書により適法に確定している。
 そうすると、相続人は、本件相続に因り受けた利益の価額に相当する金額を限度として、互に連帯して納付する義務を負うことになるから、原処分庁は、請求人に対して格別の確定手続を要することなく徴収手続を行うことができるものである。
ハ 請求人は、本件延納許可に係る延納税額の回収が困難となったのは、原処分庁が適切な担保を徴しなかったことに起因するから、請求人に連帯納付義務の責任を問うのは、相続税法第34条の範囲を逸脱している旨主張するが、原処分庁は、通則法第50条の規定及び通本通達50条関係9及び10の各定めに基づき、適切な評価を行った上で、担保物を徴している。
 また、通則法第51条第1項によれば、税務署長は、国税につき担保の提供があった場合において、その担保財産の価額の減少等があり、延納税額を担保することができないと認められるときには、その担保を提供した者に対し、増担保の提供等を命ずることができる旨規定していることからすれば、同条は、その後事情の変動があった場合に、担保不足が生じることを予定しているのであるから、本件延納許可に係る担保の提供があったからといって、請求人は、連帯納付義務を免れるものではない。
 また、仮に、請求人の主張するように、連帯納付義務者が本来の納税義務者に対し、求償権の行使を不可能とする事態が生じていたとしても、そのことが当該徴収手続を行う上での支障とはならない。
ニ 特例物納は、平成3年を境とする地価の急騰及び急落と、その後の土地の売却が著しく困難になるという予測不可能な状況の発生により、相続税の延納許可を受けていた納税義務者が、延納税額を納税することができなくなってきたことについて、一定の要件に該当する場合に緊急避難的に物納を認めた制度であるところ、本件については、特例物納制度の適用要件を満たすものではなく、当該制度が導入された背景から、直ちに、請求人の主張するような立法者意思があったかどうかについては疑問の余地があり、当該立法者意思の存在することを前提とする請求人の主張は相当でない。
 また、相続税法第34条第1項に規定する連帯納付義務は、各相続人の固有の相続税の納税義務の確定という事実に基づき、法律上当然に生じるものであるから、本来の納税義務者に対して、延納許可をしたからといって納税義務の発生、消滅等に関する行政上の法律関係に民事法上の連帯の免除又は更改の規定が適用されるものではない。
ホ 請求人は、別表の番号1及び5の督促状に係る本件督促処分の国税の徴収権は、通則法第72条の規定により、消滅時効が完成しているから、請求人に対する連帯納付義務も時効により消滅している旨主張するが、次のとおり、請求人の主張には理由がない。
(イ)通則法第2条《定義》第8号によれば、法定納期限は、国税に関する法律の規定により国税を納付すべき期限をいい、この場合において、相続税法の規定による延納に係る期限は、ここにいう国税を納付すべき期限に含まれないものとする旨、また、通則法第73条第4項によれば、国税の徴収権の時効については、延納に係る部分の国税につき、その延納がされている期間内は進行しない旨規定している。
 そうすると、本件督促処分は、平成9年1月20日に行ったものであるから、別表の番号1及び5の督促状に係る本件督促処分については、それぞれの法定納期限からはいずれも5年を経過していることになるが、本件の場合、いわゆる時効停止期間を除斥すると、平成9年1月20日において消滅時効は完成していないことになる。
(ロ)請求人は、通則法第8条が準用する民法第440条の規定によって、連帯納付義務者の一人についてされた延納による時効停止の効力は、他の連帯納付義務者に対して効力が生じない旨主張するが、これは、本来の納税義務者の時効停止に附従性を認めない点に問題があるのであって、連帯納付義務者の一人についてされた延納許可によって、その者が履行遅滞でない場合であっても、他の連帯納付義務者に対して時効停止のためにその徴収手続を開始しなければならないという不合理が生ずることから、本来の納税義務者の時効停止の効力に附従性を認めた解釈が妥当である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、請求人に本件督促処分の前提である連帯納付義務があるか否かにあるので、以下審理する。
(1)相続税法第34条第1項は、同一の被相続人から相続又は遺贈に因り財産を取得したすべての者は、その相続又は遺贈に因り取得した財産に係る相続税について、当該相続又は遺贈に因り受けた利益の価額に相当する金額を限度として、互に連帯納付の責に任ずる旨、また、通則法第37条第1項は、納税者がその国税を納期限までに完納していない場合には、税務署長は、その納税者に対し、督促状によりその納付を督促しなければならない旨それぞれ規定している。
 そうすると、相続税法第34条第1項に規定する連帯納付義務は、相続税の徴収の確保を図るため、相互に各相続人に課した特別の責任であって、その義務履行の前提条件をなす連帯納付義務の確定は、各相続人の固有の相続税の納税義務の確定という事実に照応して、法律上当然に生じるものであると解される。
 また、国税の徴収にあたる所轄庁は、各相続人の固有の相続税の納税義務が確定すれば、連帯納付義務者に対して、直ちに徴収手続を行うことが許されるものと解すべきであるから、国税の徴収手続として、連帯納付義務者に対しても督促状により、その納付を督促することができるとするのが相当である。
(2)これを本件についてみると、前記1のとおり、原処分庁は、本件相続に係るSの滞納国税について、請求人に対し、相続税法第34条第1項の規定による連帯納付義務があるとして、通則法第37条の規定に基づき、平成9年1月20日付で本件督促処分をしたことが認められるところである。
 請求人は、この点に関し、本件督促処分の前提である連帯納付義務は発生しておらず、また、発生したとしても消滅した旨主張するので、以下検討する。
イ 請求人は、不意打ち又は争訟手段を欠くことを防止するとの観点から、連帯納付義務者に対する確定手続又は納税告知が必要であるから、請求人に対する連帯納付義務は発生しない旨主張する。
 しかしながら、請求人及びSが本件相続開始に係る相続税の申告書を原処分庁に共同して提出していることは、各相続人の固有の相続税の納税義務は確定しているというべきであるから、上記(1)のとおり、連帯納付義務につき格別の確定手続を要するものでないと解するのが相当であり、かつ、請求人は、Sの相続税額を知り得ないわけではないので、納税告知がないからといって、連帯納付義務が発生しないということにはならない。
ロ 請求人は、本件延納許可に係る延納税額の回収が困難となったのは、原処分庁がSから適切な担保物を徴しなかったことに起因するから、請求人に連帯納付義務の責任を問うのは、相続税法第34条の範囲を逸脱している旨主張するが、次のとおり、請求人の主張には理由がない。
(イ)相続税法第22条《評価の原則》によれば、相続に因り取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除くほか、当該財産の取得の時における時価による旨規定されており、相続税の延納に係る担保物の評価については、相続税法に特別の定めがないので、課税財産の評価と同様に、担保提供時の時価によって算定すべきであり、その国税の担保は、その担保にかかる国税が完納されるまでの延滞税、利子税及び担保の処分に要する費用をも十分に担保できる価額のものでなければならないところ、原処分庁が当審判所に提出した資料によれば、原処分庁が徴した担保物は、本件延納許可時においてはSの延納税額を回収できるだけの価値があったものと認められ、原処分庁は、当該担保物を適法に徴していると判断することができる。
(ロ)さらに、通則法第51条によれば、原処分庁は、延納許可に際し徴した担保物について、担保提供後に事情の変動があったとして、当該担保物の財産の価額が減少し、その国税の納付を担保することができないと認められるときは、増担保の提供等を命じることができる旨規定しているところであり、同条は、延納制度の下においても何らかの事情の変動によって、延納に係る税額を担保できなくなる事態の生じることは、法律上予定されているものといえる。
(ハ)また、国税の徴収にあたる原処分庁としては、徴収手続を行う際、各相続人の固有の納税義務が確定しておれば足りるのであって、本来の納税義務者と連帯納付義務者との間に生じる求償関係に関わる事態、なかんずく、求償権の行使に事実上の障害が生じることなどについてまで考慮すべきものではないというべきであり、仮に、Sに対する求償権の行使が不可能であるとする事情が存在するとしても、そのことをもって、請求人の主張を採用することはできない。
ハ 請求人は、仮に、原処分庁が本件延納許可に際して、延納税額に見合う十分なものと判断して担保物の提供を受けていたとしても、本件延納許可により、請求人の連帯納付義務は、連帯の免除又は更改により消滅したものとみるべきである旨主張するが、次のとおり、請求人の主張には理由がない。
(イ)特例物納制度が創設された趣旨は、納税者において、近年の異常な地価の急騰及び相続開始後の下落、さらには、土地取引の減少という相続税の申告時には予測困難である異常な状況が発生したことから、近い将来に土地を売却してその対価で相続税を納付するため延納を選択した者が、結果的に延納税額の納付が困難に陥っているという事情を考慮し、緊急避難措置として、一定の期間内に限り延納税額について相続財産たる土地に限って、例外的に相続税の納税方法の一つである物納への途を開くことにより、当時、社会問題化しつつあった相続税の納付についての解決を図ることにあったということができる。
 このように、特例物納制度は、一定の要件を満たした延納許可申請者が、相続開始当初に相続税法第41条《物納》第1項に規定する物納許可申請者と同様の法的効果を享受できる措置を講じたにすぎないものであり、これをもって、請求人の連帯納付義務が発生しないという根拠にはならない。
(ロ)また、措置法第69条の4の規定は、バブル期の地価高騰に絡み、借入金により不動産の取得を行い、相続税の負担を不当に回避しているものに対する歯止めの措置として創設されたものであるが、その後のバブル経済の崩壊により、相続税の課税価格に著しく不合理な結果を招来したことは、法律の予定していないところであるとして、当該規定の適用を否定した裁判例が存在するところである。
 しかしながら、当該規定は、相続開始前3年以内に取得等をした土地等又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例であり、相続税法第34条の趣旨及び課税要件とは全く異なるものであるから、当該規定を否定した裁判例があるからといって、本件における連帯納付義務の発生を否定する根拠にはなり得ないというべきである。
(ハ)上記(イ)及び(ロ)の判断に加え、そもそも延納許可と連帯納付義務は全く異なる課税法規を根拠とするものであるから、本件延納許可により、請求人の連帯納付義務が連帯の免除又は更改により消滅したものとみることは、到底できない。
ニ 請求人は、別表の番号1及び5の督促状に係る本件督促処分については、通則法第72条第1項の規定により、明らかに法定納期限から5年を経過しているから、国税の徴収権の消滅時効が完成している旨主張する。
 しかしながら、通則法第2条第8号によれば、相続税法の規定による延納の期限は、同号に規定する国税に関する法律の規定により国税を納付すべき期限、すなわち、法定納期限に含まれない旨、さらに、同法第73条第4項によれば、国税の徴収権の時効は、延納に係る部分の国税につき、その延納がされている期間内は進行しない旨それぞれ規定している。
 これを本件についてみると、Sは、平成元年7月26日及び平成4年1月8日に本件延納許可に係る相続税延納申請書をそれぞれ提出したが、本件延納許可は平成7年10月16日に取り消されていることから、本件延納許可に係る国税の徴収権の時効は、上記の期間内においては進行せず、同月17日から再び進行することになる。
 そうすると、本件延納許可に係る国税については、徴収権の時効期間である5年を明らかに経過していないことから、国税の徴収権の消滅時効は完成していない。
 したがって、別表の番号1及び5の督促状に係る本件督促処分は、相続税法第34条第1項の規定による連帯納付義務に基づき、本件延納許可を取り消した時点において、請求人に対し、Sに係る分納期限の未到来分の国税についてされたものであるところ、当該国税については、上記のとおり、国税の徴収権の消滅時効は完成していないことから、請求人との関係においても、国税の徴収権の消滅時効は完成していないというべきである。
 また、請求人は、延納等に係る時効の停止は、通則法第8条が準用する民法第440条の規定により、他の連帯納付義務者に対して、効力を生じない旨主張する。
 しかしながら、通則法第8条は、国税の連帯納付義務について民法の連帯債務に関する規定が準用されることを通則的に定めたものにすぎず、前記(1)のとおり、相続税法第34条第1項の連帯納付義務は、相続税の徴収の確保を図るため、各相続人相互に課された特別の責任であって、その性質は民法の連帯債務とは異なり、通則法第5条《相続による国税の納付義務の承継》第3項に規定する相続人の承継した国税の納付責任に類似するものと解されるから、民法の連帯債務に関する規定を適用することは妥当ではないというべきである。
 したがって、通則法第8条をそのまま適用すべきではないから、この点に関する請求人の主張は採用できない。
ホ 以上のとおりであって、請求人の主張はいずれも理由がなく、請求人の連帯納付義務は、相続税法第34条第1項の規定により発生しているものであるから、原処分庁が通則法第37条第1項の規定に基づいて行った本件督促処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

別表 本件督促処分の明細

(単位:円)
番号発付番号連帯納付責任に基づく督促額督促状に記載された納期限
151号42,609,062平成4年1月8日
252号42,320,300平成7年7月24日
353号13,354,000平成7年7月25日
454号13,354,000平成7年7月26日
555号1,867,975平成元年7月26日
656号19,405,861平成7年7月24日
757号11,543,000平成7年7月25日
858号11,543,000平成7年7月26日

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