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(平11.6.28裁決、裁決事例集No.57 138頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が診療所(脳神経外科等)の開業に当たって、事業の用に供する資産を事業開始前に借入金によって取得した場合において、事業開始前に支出した当該借入金の利子が繰延資産である開業費に該当するか否かを主な争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯

 請求人は、平成6年分の所得税について、青色の確定申告書に表1のとおり記載し、法定申告期限までに申告した。

 原処庁は、これに対し、平成10年2月9日付で平成6年分の所得税について、表2のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)をした。

 請求人は、この処分を不服として、平成10年4月3日に審査請求をした。

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(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査においてもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成5年3月31日に診療所用の建物、建物付属設備及び構築物(以下、これらを併せて「本件建物等」という。)を建築・取得したこと。
 なお、請求人は、本件建物等の耐用年数については争わないこと。
ロ 請求人は、平成4年7月9日に本件建物等の建築確認申請書に係る印紙代190,000円を支払っていること。
 なお、請求人は、この印紙代が本件建物等に係る取得価額に算入されることについては争わないこと。
ハ 請求人は、平成4年8月18日に本件建物等の工事請負契約書に係る印紙代200,000円を支払っていること。
 なお、請求人は、この印紙代が本件建物等に係る取得価額に算入されることについては争わないこと。
ニ 請求人は、平成4年9月9日から平成5年4月15日までの間に本件建物等の取得資金とした借入金(以下「本件借入金」という。)に係る利子12,517,120円(以下「本件利子」という。)を支払っていること。
ホ 請求人は、平成4年9月3日に本件借入金の借入れに係る印紙代204,600円を支払っていること。
ヘ 請求人は、平成4年9月10日から平成5年4月15日までの間に本件建物等に係る工事代金の送金手数料2,163円を支払っていること。
ト 請求人は、平成5年4月19日に事業を開始したこと。
チ 請求人は、本件利子、前記ホの印紙代及び前記への送金手数料並びに前記ロ及びハの印紙代を、所得税法施行令(以下「施行令」という。)第7条《繰延資産の範囲》に規定する繰延資産である開業費として、平成5年分の総勘定元帳に計上し、平成6年分の事業所得の金額の計算上、その全額を償却費として必要経費に算入していること。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由から違法な処分であるから、その一部の取消しを求める。
イ 本件更正処分の手続について
 原処分庁が審査請求の段階において、本件更正処分に係る更正通知書(以下「本件更正通知書」という。)に記載されていない条文を引用して本件更正処分が適法である旨主張することは、本件更正通知書の理由附記の不備を自認することになり、同更正処分は無効である。
ロ 本件更正処分について
(イ)本件利子等
A 本件利子12,517,120円並びに前記1の(3)のホの印紙代204,600円及びヘの送金手数料2,163円(以下、これらを併せて「本件利子等」という。)は、施行令第126条《減価償却資産の取得価額》に規定する付随費用に含まれず、同条に規定する減価償却資産の取得価額を構成しないから、施行令第7条第1項括弧書に規定する資産の取得に要した金額とされるべき費用には該当しないこととなるので、同条第1項第1号に規定する開業費とすべきである。
B 原処分庁が、所得税基本通達(以下「基本通達」という。)38―8《取得費等に算入する借入金の利子等》の定めを適用しているのであれば、通達の適用誤りである。
 基本通達38―8は、所得税法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》に関する通達であり、同条の規定は、譲渡所得の金額の計算上控除すべき取得費に関する規定である。
 したがって、本件利子等は、所得税法第2条《定義》、同法第37条《必要経費》、同法第50条《繰延資産の償却費の計算及びその償却の方法》及びそれに関連する条文に基づき、事業所得の金額の算定の中で判断すべきである。
C 原処分庁は、新たに事業を開始する者が事業の用に供する資産を事業開始前に借入金によって取得した場合において、その者が事業開始前に支出した当該借入金の利子について、法人と異なった取扱いをしている。
D 減価償却資産の取得価額は、会計学的にも用役提供能力の金銭価値とすべきであり、自己資金で取得した場合と借入金で取得した場合とで差が生じるとは考えられない。
(ロ)事業所得の金額の計算
 平成6年分の事業所得の金額は、繰延資産である開業費の償却費として本件利子等を所得金額から控除した金額である。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件更正処分の手続について
 原処分庁が、答弁書において、本件更正通知書の理由に記載していない条文を引用したとしても何ら違法ではない。
ロ 本件更正処分について
(イ)本件利子等
A 本件利子等が繰延資産である開業費に該当するためには、本件利子等が〔1〕業務に関し個人が支出する費用であり、かつ、その支出の効果が支出の日以後1年以上に及ぶこと、〔2〕資産の取得に要した金額とされるべき費用及び前払費用でないこと、〔3〕事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用であることの要件を充足する必要があるところ、本件利子等は本件建物等を取得するための借入金に係る費用であることから、上記〔2〕の要件を充足していないこととなり、繰延資産である開業費には該当しない。
 また、事業を営んでいない者が、新規に事業を開始するに当たって、その事業の用に供する固定資産を借入金をもって先行取得しているような場合には、事業開始前の期間に対応する当該借入金の利子は家事費であり、所得税法第37条の必要経費に該当しないこととなる。
 しかしながら、このことは、費用収益対応の原則からも酷であることから、本件のように全く事業を営んでいない者が、新たに事業を開始するに当たって、事業開始前に支出された固定資産の取得のための借入金の利子は、その事業により生ずる利益に対応させて費用の分配を図ることが費用収益対応の原則に立脚して期間損益計算上の立場からも最も合理的である。
 したがって、本件利子は、本件建物等の取得のための借入金に係る利子であり、本件建物等の取得のために要した費用であることは明らかであることから、施行令第126条第1項第1号イの括弧書の「その他当該資産の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額」の規定により本件建物等の取得価額に算入したものである。
B 基本通達38―8は、前記Aと同様の理由から、事業開始前に支出された固定資産の取得のための借入金の利子は、固定資産の取得価額に算入するという解釈を示したものである。
C 法人と個人が異なるのは、法人においては、法人が有効に設立した以後には、個人でいう業務を営んでいない期間に対応する部分が存在しないこと、すなわち、家事費という概念がないからである。
D 原処分庁は、法律の執行機関であり、請求人の主張する会計学的見解について意見を述べる立場にない。
(ロ)総所得金額の計算
A 事業所得の金額
 平成6年分の事業所得の金額は、確定申告書に記載された17,519,159円に、次の(A)の必要経費不算入額から(B)の減価償却費認容額を控除した12,057,095円を加算した29,576,254円となる。
(A)必要経費不算入額
 必要経費不算入額は、請求人が繰延資産である開業費の償却費とした前記(1)のロの(イ)のAの本件利子等の12,723,883円、前記1の(3)のロの建築確認申請書の印紙代190,000円及び前記1の(3)のハの工事請負契約書の印紙代200,000円の合計金額13,113,883円となる。
(B)減価償却費認容額
 減価償却費認容額は、本件建物等のそれぞれの取得価額に前記(A)の必要経費不算入額をそれぞれ按分して加算し、減価償却費を算定すると、本件建物等の減価償却費は、62,001,046円となるので、請求人が本件建物等の減価償却費として算定している60,944,258円との差額1,056,788円となる。
B 事業所得の金額以外の所得金額
 平成6年分の事業所得の金額以外の所得金額は、請求人が確定申告書に記載したとおり、前記1の(2)の表1の各所得金額で、その合計額は2,204,324円である。
C 総所得金額
 平成6年分の総所得金額は、前記Aの事業所得の金額にBの事業所得の金額以外の所得金額を加算した31,780,578円となる。
 以上の結果、平成6年分の総所得金額は、本件更正処分に係る総所得金額と同額となるので、本件更正処分は適法である。

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3 判断

(1)本件更正処分の手続について

 本件更正通知書に係る理由附記の不備について争いがあるので、以下審理する。
イ 更正の理由の附記は、青色申告制度の趣旨にかんがみ、原処分庁の判断の慎重、合理性を担保して、そのし意を抑制するとともに、更正の理由を納税者に知らせて不服申立ての便宜を図ることを目的としたものと解される。
ロ これを本件についてみると、次のとおりである。
 本件更正通知書に係る理由附記は、必要経費の認否について、その理由を具体的に記載していることが認められ、不備とは認められない。
 なお、本件更正通知書の理由附記に、本件に関係する条文をすべて明示していないからといって、本件更正処分が違法となるものではない。したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(2)本件更正処分について

イ 認定事実
(イ)請求人は、本件建物等を建築・取得するため、平成4年8月19日に株式会社Jとの間に請負金額を741,600,000円とする工事請負契約を締結したこと。
(ロ)請求人は、本件建物等の工事代金の支払いのため、平成4年9月9日、平成5年1月29日及び同年4月15日にP銀行R支店から合計750,000,000円を借り入れたこと。
(ハ)請求人は、株式会社Jに対し、本件建物等の工事代金として、前記(ロ)の借入金から、平成4年9月10日、平成5年1月29日及び同年4月15日にそれぞれ247,200,000円合計741,600,000円を支払っていること。また、この支払に要した送金手数料の合計額は、2,163円であること。
(ニ)請求人は、本件利子を次表のとおり、P銀行R支店に支払っていること。

ロ 本件利子等
 本件利子等が繰延資産である開業費に該当するか否かについて争いがあるので、以下審理する。
(イ)個人が支出する費用が開業費となるためには、所得税法第2条第1項第20号及び施行令第7条の規定から、〔1〕個人が支出する費用のうち支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶもの、〔2〕資産の取得に要した金額とされるべき費用又は前払費用でないこと、〔3〕不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用であることが要件とされている。
(ロ)請求人は、本件利子等は施行令第126条に規定する付随費用に含まれず、同条に規定する減価償却資産の取得価額には該当しないから、施行令第7条第1項括弧書に規定する資産の取得に要した金額とされるべき費用には該当しないこととなるので、同条第1項第1号に規定する開業費に該当する旨主張する。
A 請求人は、前記イのとおり、本件建物等の工事代金の支払のため銀行から借入れを行い、本件利子等を支払っており、本件利子等は、請求人が本件建物等を取得することを基因として支出されたものと認められる。
B 減価償却資産の取得価額については、施行令第126条第1項第1号に資産の購入代価、引受運賃、荷役費、運送保険料、購入手数料、関税その他当該資産の購入のために要した費用等の合計額とする旨規定しており、また、非事業用資産を業務の用に供した場合の償却費の計算については、施行令第135条《非事業用資産を業務の用に供した場合の償却費の計算の特例》に居住者がその有する家屋その他使用又は期間の経過により減価する資産で不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の用に供していないものを当該業務の用に供した場合には、当該業務の用に供した日に当該資産の譲渡があったものとみなして所得税法第38条第2項の規定を適用した場合に当該資産の取得費とされる金額に相当する金額を同日における当該資産の償却後の価額として計算する旨規定している。
 さらに、所得税法第38条第1項は、譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とする旨規定している。
 ところで、非事業用資産を借入金で取得し、当該資産を使用しないまま譲渡した場合の借入金利子は、所得税法第38条に規定するその資産の取得に要した金額として当該資産の取得費であると解されているところからみて、本件利子のように事業開始前に借入金によって事業用資産を取得した場合の事業開始までの借入金利子は、施行令第126条に規定するその他当該資産の購入のために要した費用と解される。
 これらのことから、基本通達38―8は、固定資産の取得のために借り入れた資金の利子のうち、その資金の借入れの日から当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の金額は、業務の用に供される資産に係るもので、基本通達37―27又は37―28により当該業務に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されたものを除き、当該固定資産の取得費又は取得価額に算入するとともに、固定資産取得のための借入れに通常必要と認められる費用についても同様とする旨定めている。
 基本通達38―8は、事業開始前に支出された固定資産の取得のための借入金の利子等は、当該固定資産の取得価額に算入するという解釈を示したものであり、当審判所においても、この通達の取扱いは相当と認められる。
C 本件利子は、前記Aのとおり、本件建物等を取得することを基因として支出されたものと認められることから、前記Bのとおり、施行令第126条第1項に規定するその他当該資産の購入のために要した費用となり、当該資産の取得価額に算入することとなる。
 さらに、本件利子は、前記(イ)の〔2〕の資産の取得に要した金額とされるべき費用に当たると認められることから、施行令第7条に規定する開業費には該当しない。
 したがって、この点に関する請求人の主張は採用することができない。
(ハ)請求人は、原処分庁が基本通達38―8の定めを適用しているのであれば、通達の適用誤りである旨主張する。
 しかしながら、前記(ロ)で述べたとおり、原処分庁が基本通達38―8の定めを適用したとしても、誤りと認めることはできない。
 したがって、この点に関する請求人の主張は採用することができない。
(ニ)請求人は、本件利子等を本件建物等の取得価額に算入することは法人税法上の取扱いと異なっており、課税の公平を欠くものであると主張する。
 しかしながら、所得計算は、法人税法上では法人の設立の時から始まるのに対し、所得税法上では、事業所得については個人の開業の時から始まることから、請求人のいう「法人税法上の取扱い」とは、法人の設立後営業開始までの間における支出に係る取扱いであり、これを個人についていえば、事業開始後の支出に係る取扱いに相応する。
 そうすると、個人の事業開始前の支出に係る本件利子等と法人設立後の支出に係る支払利子とを対比して、課税上の不公平を論ずることはできない。
 したがって、この点に関する請求人の主張は採用することができない。
(ホ)請求人は、減価償却資産の取得価額については会計学的にも用役提供能力の金銭価値とすべきである旨主張する。
 しかしながら、会計学的見解については、当審判所は意見を述べる立場にない。
ハ 総所得金額の計算
(イ)事業所得の金額
 平成6年分の事業所得の金額は、確定申告書に記載された17,519,159円に次のAの必要経費不算入額からBの減価償却費認容額を控除した12,163,902円を加算した29,683,061円となる。
A 必要経費不算入額
 必要経費不算入額は、繰延資産である開業費の償却費のうち、本件利子等12,723,883円、本件建物等の建築確認申請書に係る印紙代190,000円及び工事請負契約書に係る印紙代200,000円の合計額13,113,883円となる。
B 減価償却費認容額
 前記Aで必要経費不算入とした本件利子等には、事業開始後の平成5年4月19日から同月30日までの12日間の利子が含まれていることから、前記Aの必要経費不算入額から、別紙の1の本件利子のうち平成5年分の必要経費と認められる金額の「合計」欄の1,325,341円を控除した金額を本件建物等の取得価額に加算して、減価償却費を算定すると、本件建物等の減価償却費は、別紙の2の平成6年分の本件建物等に係る減価償却費の計算の「審判所認定額」欄の「合計」欄のとおり61,894,239円となる。
 したがって、減価償却費の認容額は、この金額から、請求人が本件建物等の減価償却費として算出している別紙の2の平成6年分の本件建物等に係る減価償却費の計算の「申告額」欄の「合計」欄の60,944,258円を控除した949,981円となる。
(ロ)事業所得の金額以外の所得金額
 平成6年分の事業所得の金額以外の所得金額は、請求人が確定申告書に記載した不動産所得の金額1,931,624円、配当所得の金額120,000円及び雑所得の金額152,700円を合計した2,204,324円となる。
(ハ)総所得金額
 平成6年分の総所得金額は、前記(イ)の事業所得の金額に(ロ)の事業所得の金額以外の所得金額を加算した31,887,385円となる。
 以上の結果、請求人の平成6年分の総所得金額は、本件更正処分の総所得金額31,780,578円を上回るので、本件更正処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所の調査によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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