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(平11.2.25裁決、裁決事例集No.57 169頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、貸付債権の担保として根抵当権を設定していた土地について競売の申立てを行い、請求人自らが貸付債権相当額で落札した場合に、当該落札価額が、土地の譲渡所得の計算上取得費に算入できるか否かが争われた事案である。

(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、別表1の内容を記載した平成7年分の所得税の確定申告書(以下「本件申告書」という。)を作成し、法定申告期限までに提出した。
 その後、原処分庁は、平成9年7月1日付で別表2のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
 請求人は、平成9年8月28日付でこれらの処分に対する異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月28日付で棄却の異議決定をした。
ロ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成9年12月25日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、昭和61年7月4日に請求人との金銭消費貸借に係る債務者であるE(以下「E」という。)に対する貸付債権の金額24,100,000円の担保として、同人の母のFが所有していたP市R町2,628番地11の山林752平方メートル(以下「本件土地」という。)を含む15筆の土地に根抵当権を設定したこと。
ロ 請求人は、平成4年9月4日にH地方裁判所に対して本件土地の競売(以下「本件競売」という。)の申立てを行い、請求人が自ら24,100,000円(以下「本件落札価額」という。)で落札し、平成6年6月28日に本件土地を取得したこと。
ハ 請求人は、本件土地を平成7年1月18日付の売買契約書に基づき、J△△△協業組合(以下「J組合」という。)に113,000円で譲渡したこと。
ニ 請求人は、本件土地の譲渡所得(分離課税の土地の譲渡所得)について、本件申告書及び同申告書に添付した譲渡所得の計算書に収入金額を113,000円、取得費を本件落札価額に落札費用として117,456円を加算した24,217,456円及び損失の金額を24,104,456円と記載していること。
ホ 本件土地の取得に要した費用として取得費に算入できるのは、請求人が本件申告書に記載した落札費用の117,456円のうち、落札経費の5,441円であり、これらの金額の差額である112,015円が取得費に算入されないことについては、請求人は争わないこと。

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2 主張

(1)原処分庁

 本件土地の取得費に算入される取得価額は、以下の理由から取得時における客観的価額の113,000円であるから、原処分は適法であるので、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりにより所有者に帰属している増加益について、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税するものであり、言い換えれば、その資産の取得時における客観的価額と譲渡時における客観的価額との増差分を値上がり益として課税の対象とするものである。
 取得時における客観的価額とは、市場性を有する不動産について合理的な自由市場において形成されるであろう市場価値を表示する適正な価額をいうものと解されている。
ロ 所得税法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》第1項の規定によれば、譲渡所得の金額の計算上控除する取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とされている。
 前記イ及びロの譲渡所得に対する課税の趣旨からすると、資産の取得に要した金額として譲渡による収入金額から控除される取得費は、資産の取得に関して支出した費用のうち取得時における当該資産の客観的価額を構成する費用に限られ、資産の取得に関連して何らかの費用を要した場合であっても、それが当該資産の取得時における客観的価額を構成する費用とは認められないものであるときは、これを資産の取得に要した金額として、譲渡による収入金額から控除することはできないものと解される。
ハ 請求人は、本件土地の落札に関して24,100,000円を支払ったことから、本件落札価額が本件土地の取得費に算入されるべき取得価額である旨主張するが、次の事実から、本件土地の取得時における客観的価額は、113,000円が適正な額であると認められる。
(イ)J組合は、本件土地及び本件土地に隣接したK有限会社所有のP市R町2,627番地3ほか15筆の土地(合計面積83,871.04平方メートル。以下「隣接土地」という。)の取得に当たり、平成6年10月3日にL株式会社(以下「L社」という。)に鑑定評価を依頼しているが、L社の平成6年11月2日付の鑑定評価書によれば、本件土地及び隣接土地の鑑定評価額の総額は、12,694,000円と算定されており、この鑑定評価額の基となった1平方メートル当たりの価格は、150円となっていること。
 したがって、この単価に基づいて計算した本件土地の鑑定評価額に相当する金額は、113,000円であること。
(ロ)H地方裁判所における本件土地の最低売却価額は、105,000円であること。
 なお、本件土地については、客観的価額の基準となる取得時とさほど遠くない時期(約6か月後)に売買が行われており、売買価額の決定の基礎となった鑑定評価額が明らかな本件の場合には、その鑑定評価額をもって請求人の取得時における客観的価額とすることも十分に合理的な根拠を持つものである。
 したがって、請求人が本件土地の落札に関して支払った24,100,000円は、本件土地の客観的価額とは認められないことから、資産の取得に要した金額として譲渡による収入金額から控除することはできないものと判断される。

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(2)請求人

 本件土地の取得費に算入される取得価額は、以下の理由から本件落札価額であるので、当該落札価額を取得価額として認めなかった原処分は、取り消すべきである。
イ 原処分庁が主張する取得時と譲渡時の客観的価値との増差分についての譲渡所得課税の説示は、所得税法の制度とは別に、譲渡所得課税の意義理論的根拠の説明にすぎず、具体的課税根拠は何ら示されていない。最高裁判所の次の二つの判決は、原処分庁の説示が譲渡所得課税の意義理論的根拠の説明にすぎないことを示している。
(イ)最高裁判所昭和43年10月31日第1小法廷判決(昭和41年(行ツ)第8号所得税賦課決定等取消請求上告事件)においては、「増加益の把握は、売買価額が有る場合はそれにより、ない場合は時価による」旨判示している。
(ロ)最高裁判所昭和36年10月13日第2小法廷判決(昭和34年(オ)第473号譲渡所得額認定取消請求事件)においては、「……右にいう(旧所得税法第9条第1項第8号の)収入金額とは、譲渡資産の客観的な価値を指すものではなく、具体的な場合における現実の収入金額を指すものと解するのが相当である」旨判示している。
ロ 所得税法においては、私法上成立した売買価額が譲渡所得の収入金額であり、例外的に無償譲渡及び低額譲渡に限ってのみ時価に相当する金額による譲渡があったとみなしている。
 したがって、たとえ時価よりも高額な取引であったとしても、租税法律主義の下では、それが独立的な当事者間で行われている場合に、客観的な交換価値により課税を是正できるのは、同族会社の行為計算の否認規定等の要件を充足する場合のみである。
ハ 最高裁判所昭和40年9月24日第2小法廷判決(昭和39年(行ツ)第111号所得税更正決定取消請求事件)は、競売の場合、資産の譲渡に伴い発生する収入金額は競売代金である旨判示する。
 競売に付された不動産を取得しようとする者が、どうしてもその物件を手に入れたいと思えば、競売価額は時価よりも高額になるのはやむを得ないことである。
ニ 原処分庁の見解は、譲受人において、時価を上回る価額でなければ落札できない場合においても、その落札価額を取得に要した金額に算入することを否定しようとするものであり、所得税法第33条《譲渡所得》及び同法第38条の規定の解釈、運用を明らかに誤っている。
ホ 原処分庁のいうように、仮に時価を上回る金額が取得費を構成しないとしても、本件落札価額でなければ本件土地を確実に取得できないと判断したのであるから、当然に取得に要した金額に含めるべきであることは、所得税法第33条及び同法第38条の規定の解釈から明らかである。
ヘ 本件土地は、H地方裁判所における競争入札において本件落札価額で落札し、平成6年6月28日に取得したものである。
 したがって、本件落札価額は、所得税法第38条第1項に規定する資産の取得費に該当する。

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3 判断

(1)本件更正処分について

 譲渡所得の金額の計算上、本件土地の取得費に算入されるべき取得価額について争いがあるので、以下審理する。
イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)請求人は、平成4年9月4日にH地方裁判所に対して本件土地の競売を申し立てており、同月7日に競売開始の決定が行われたこと。
(ロ)H地方裁判所は、平成6年2月28日に本件土地の最低売却価額を105,000円と決定したこと。
(ハ)H地方裁判所は、平成6年2月28日付で請求人に対して、最低売却価額が105,000円であるので、手続費用及び差押債権者の債権に優先する債権金300,000円(見込額)を弁済すると、剰余を生ずる見込みがない旨の通知を行ったこと。
(ニ)請求人は、平成6年3月6日付でH地方裁判所に対して、「剰余の生ずる見込みのある届出」及び「不動産買受申出書」を提出したこと。
 なお、「剰余の生ずる見込みのある届出」には、M有限会社が購入を希望しており、本件競売事件は十分剰余の生ずる見込みがある旨記載されており、「不動産買受申出書」には、手続費用及び優先債権の見込額を超える額(申出額)を24,100,000円と定め、当該金額に達する買受けの申出がないときは、債権者である請求人が自ら申出額で買い受け、その保証として現金24,100,000円を提供する旨記載されていること。
(ホ)H地方裁判所は、請求人が、前記(ハ)の通知を受けた日から一週間以内に民事執行法第63条《剰余を生ずる見込みのない場合の措置》第2項各号に定める保証の提供をせず、かつ、剰余を生ずる見込みがあることを証明しなかったことから、平成6年3月14日に競売の手続を取り消す旨の決定を行ったこと。
(ヘ)請求人は、平成6年3月22日にH地方裁判所に、前記(ニ)の不動産買受申出書に記載した保証金24,100,000円を提供するとともに、執行抗告を行ったこと。
(ト)H地方裁判所は、請求人からの執行抗告に対し、平成6年3月23日に前記(ホ)の競売手続の取消決定を取消したこと。
(チ)H地方裁判所は、平成6年4月21日に本件土地について、次のとおり競売することを決定したこと。
A 入札期間 平成6年6月2日から平成6年6月9日午後5時まで
B 開札期日 平成6年6月14日午前10時
C 売却決定期日 平成6年6月20日午前10時
(リ)H地方裁判所は、平成6年6月20日に、請求人が24,100,000円の額で最高価買受けの申し出をしたので、売却を決定するとの売却許可決定を行ったこと。
 なお、本件土地について入札を行ったのは、請求人のみであること。
(ヌ)請求人は、平成6年6月28日に本件土地を取得したこと。
(ル)H地方裁判所は、平成6年7月25日に本件落札価額から手続費用530,424円を控除した23,569,576円を、弁済金として請求人に交付したこと。
(ヲ)J組合は、本件土地及び隣接土地の取得に当たり、L社に鑑定評価を依頼しているが、L社の平成6年11月2日付の鑑定評価書によれば、本件土地及び隣接土地の鑑定評価額の総額は、12,694,000円と算定されており、この鑑定評価額の基となった1平方メートル当たりの価格は150円であること。
 したがって、この単価に基づいて計算した本件土地の鑑定評価額に相当する金額は、113,000円となること。
ロ 本件土地の取得価額
(イ)請求人は、所得税法の規定及び前記2の(2)のイ及びハの最高裁判所の判決を根拠として、本件競売において実際に落札した本件落札価額が、本件土地の取得費を構成する旨主張する。
 ところで、所得税法第33条第3項によると、譲渡所得の金額は、資産の譲渡による収入金額から当該資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用を控除するとされており、同法第38条第1項によれば、譲渡所得の金額の計算上控除する取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額と設備費及び改良費の額の合計額とする旨定められている。
 譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりにより所有者に帰属している増加益について、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものである。
 したがって、資産の売買により所有権が移転する場合、低額譲渡に該当する場合を除き、譲渡所得の収入金額は売買価額(資産の取得者にとっては、取得価額になる。)となり、譲渡所得の金額は、当該収入金額から資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用を控除することになる。
 しかしながら、売買価額が時価を上回る場合で、売買価額と客観的価額(市場性を有する不動産について、合理的な自由市場において形成されるであろう市場価値を表示する適正な価額をいう。以下同じ。)との間に著しく開差があるとき又は売買価額が経済的合理性のない異常な価額であるときなど、正常な取引とは認められないときは、当該取引における売買価額を当該資産の対価とみることは相当でない。
 このような場合、譲渡所得の収入金額は、譲渡時における当該資産の客観的価額としてとらえられるべき価額が譲渡の対価の額となり、他方、当該対価の額が、当該資産の取得者の取得価額になると解すべきである。
 これは、上記の譲渡所得に対する課税について換言すると、当該資産の取得の時における客観的価額と譲渡の時における客観的価額との増差分を値上り益として課税の対象としているものということができ、譲渡所得の金額の計算において、資産の譲渡による収入金額から資産の取得に要した金額を控除するのは、当該資産の保有期間中の増加益の純益に相当する部分を課税の対象として算定する趣旨であると解することができるからである。
(ロ)これを本件についてみると、本件落札価額は、次の理由から本件土地の取得価額とみることは相当でない。
A 本件競売において、入札したのは請求人一人であり、しかも、本件落札価額は、請求人がEに対して有していた貸付債権額と同額であること。
B 前記イの(ロ)のとおり、H地方裁判所が決定した本件土地の最低売却価額は105,000円であり、本件落札価額は、最低売却価額の約230倍であること。
C 請求人は、前記1の(3)のロ及びハのとおり、本件土地を本件落札価額で落札し取得してから、6か月余後の平成7年1月18日付の売買契約書に基づきJ組合に譲渡しているが、本件土地を本件落札価額で取得し、113,000円で譲渡したことには経済的合理性がないこと。
 また、これらの請求人の一連の行為は、本件申告書において、本件土地の譲渡所得の金額の赤字を他の所得金額と通算することにより、税負担の軽減を図ることが目的であったことが推認されること。
 したがって、本件落札価額が本件土地の取得費を構成する旨の請求人の主張は、採用することができない。
 なお、請求人が引用する最高裁判所の判決は、本件審査請求事件とはいずれも内容が異なるので、これらの判決を根拠とする請求人の主張についても採用することができない。
(ハ)また、請求人は、〔1〕競売に付された不動産を取得しようとする者が、どうしてもその物件を手に入れたいと思えば、競売価額は時価よりも高額になること、〔2〕仮に、時価を上回る金額が、取得費を構成しないとしても、本件落札価額でなければ本件土地を確実に取得できないと判断したのであるから、当然に取得に要した金額に含めるべきである旨主張する。
 しかしながら、L社の平成6年11月2日付の鑑定評価書によれば、本件土地及び隣接土地の鑑定評価額の基となった1平方メートル当たりの価格は150円であり、本件落札価額を基にした本件土地の1平方メートル当たりの価格が約32,000円でなければ本件土地を取得できなかった特別な事情も存在せず、この点についても、請求人の主張は採用することができない。
(ニ)以上のことから、本件土地の譲渡所得の金額の計算上、収入金額から控除される取得価額は、請求人が主張する落札価額ではなく、取得時の客観的価額とするのが相当である。
 本件土地の取得時の客観的価額は、次の理由から原処分庁が主張するとおり、113,000円が相当であると認められる。
A 前記イの(ロ)のとおり、H地方裁判所が決定した本件土地の最低売却価額は、105,000円であること。
B 前記イの(ヲ)のとおり、L社の平成6年11月2日付の鑑定評価書によれば、本件土地の鑑定評価額に相当する金額は、113,000円であること。
 なお、原処分庁が本件土地の取得時及び譲渡時における客観的価額を同額と判断したことについては、本件土地を請求人が保有していた期間が約6か月と短期間であること及び当該期間に本件土地が値上がりするような要因はなかったことから、十分合理性があると認められる。
ハ 以上のとおり、本件土地の譲渡所得の金額の計算上、収入金額から控除される取得費を、取得時の客観的価額113,000円及び本件競売における落札経費5,441円の合計118,441円とした本件更正処分は、適法である。

(2)本件賦課決定処分について

 前記(1)のとおり、本件更正処分は適法であり、また、同更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、同更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないので、同条第1項の規定に基づいて行った本件賦課決定処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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