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(平11.3.5裁決、裁決事例集No.57 181頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、農業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、所得税法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》に規定する資産の譲渡代金が回収不能となった事実が生じたことによりした、同法第152条《各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例》の規定に基づく更正の請求につき、更正の請求の事由を生じる当該事実が生じた日はいつであるかが争われた事案である。

(2)審査請求に至る経緯

 請求人は、平成3年分の所得税について確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに提出した。
 次いで、請求人は、K税務署の職員の調査を受け、別表1の「修正申告等」欄のとおりとする修正申告書を平成5年11月30日に提出した。
 その後、請求人は、平成9年11月5日に、別表1の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
 原処分庁は、これに対し、平成10年1月16日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。
 請求人は、この処分を不服として、平成10年1月29日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が同年4月21日付で棄却の異議決定をしたので、同年5月20日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成3年中にH(以下「H」という。)と交わした日付不詳の覚書(以下「覚書」という。)に基づき、P市R町881番4、同所同番5、同所884番1及び同所885番1所在の田615平方メートル(実測地積900.65平方メートル、以下「本件土地」という。)を95,354,000円で譲渡した(以下「本件譲渡」という。)。
ロ 本件譲渡は、請求人が本件譲渡に係る代金(以下「本件議渡代金」という。)の受領に替え、本件譲渡代金相当の代替農地を取得することを条件とし、請求人は、平成3年12月20日付のJとの不動産売買契約によりP市R町964番所在の田809平方メートル(以下「取得代替農地」という。)を39,155,200円で取得し、その取得代金はHがJに支払った。
ハ Hは、平成8年8月上旬にHが代表取締役である株式会社W(以下「W社」という。)が2度目の不渡りを出して銀行取引を停止されたのと同時期に、その所在が不明となった。
 なお、W社は、平成9年6月3日に商法等の一部を改正する法律(平成2年法律第64号)附則第6条《株式会社が最低資本金に達しない場合の措置》第1項の規定により、解散した。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次のとおり違法であるから、その取消しを求める。
 請求人は、Hが覚書に基づく代替農地の提供を完全に履行しないで行方不明になったことから、Hの所在及び所有財産の調査を行い、本件譲渡代金の一部が回収不能となった事実が生じたことを平成9年10月9日に確認したのであり、本件更正の請求は、所得税法第152条に規定する期限内にされている。
 したがって、原処分庁が、本件更正の請求は所定の期限を経過しているとして行った原処分は誤りであるから、本件譲渡に係る所得(以下「本件譲渡所得」という。)の金額、納付すべき税額及び過少申告加算税の額は、別表1の「更正の請求」欄のとおりとすべきである。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
 請求人は、平成9年10月9日に本件譲渡代金の一部が回収不能となった事実を確認したとするが、Hが行方不明となってからほぼ1年を経過してHの資産内容等の調査を開始していること及び警察へ被害の届けをしていないことは社会通念に照らして不合理であるから、請求人がHの行方不明を知った平成8年8月を本件譲渡代金の一部が回収不能となった事実が生じた時期とするのが相当である。
 したがって、原処分は、本件更正の請求が所得税法第152条に規定する更正の請求をすることができる期限を経過していることから、法令の規定に基づき適正にされたものである。

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3 判断

(1)請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ Hは、その平成4年分の所得税の確定申告書によれば、W社から役員報酬及び建物賃貸料を得ていた。
ロ Hが所有していたHの両親及び妻子が居住し又その一部をW社に賃貸していた家屋は、平成8年9月5日に代物弁済を原因として第三者に所有権が移転された。
ハ W社の法人税の確定申告書によれば、次の事実が認められる。
(イ)W社は、債務超過の状態が長期間継続しており、平成6年7月1日から平成7年6月30日までの事業年度分の法人税の確定申告を最後に以後の事業年度分の法人税の確定申告はされていない。
(ロ)W社は、平成4年7月1日から平成5年6月30日までの事業年度ないし平成6年7月1日から平成7年6月30日までの事業年度にHに対する役員報酬の計上をしていない。
(ハ)平成6年7月1日から平成7年6月30日までの事業年度において計上されているHからの借入金が、W社からHに返済されたかどうか不明である。
ニ HからW社に売買された本件土地の一部は、平成9年4月22日にY地方裁判所により担保権の実行としての競売の開始決定がされた。
ホ 本件譲渡所得に係る所得税は、請求人とHとの間でHがその全額を請求人に代わり負担することで合意していたが、Hは、別表2のとおり、平成6年3月31日から平成8年3月29日の間4回にわたり総額12,539,500円を納付したのみであり、請求人の平成5年分から平成8年分までの所得税の還付金が充当され、請求人が平成9年4月25日に納付した300,000円を差し引いた残余の額は、なお滞納されている。
ヘ 請求人は、当審判所に対し次のとおり答述している。
(イ)請求人は、Hと親戚関係にあり、Hが行方不明になってもHの両親が近所に居住していたこと、Hの父親を通じてHと平成10年7月まで連絡をとっていたことから、残余の譲渡代金(代替農地)を回収するために強硬な手続をとることはしなかった。
(ロ)請求人は、Hに対し債権の放棄の手続は行っていない。
(ハ)請求人は、滞納となっている本件譲渡所得に係る所得税を納付しなければ、差押処分されることから、とりあえず平成9年4月25日に300,000円を納付した。
(2)所得税法第64条第1項は、その年分の各種所得の金額の計算の基礎となる収入金額若しくは総収入金額の全部若しくは一部を回収することができないこととなった場合には、当該各種所得の金額の合計額のうち、その回収することができないこととなった金額に対応する部分の金額は、当該各種所得の金額の計算上、なかったものとみなす旨規定しており、ここにいう、回収することができないこととなった場合とは、債務者につき所在不明、破産又は和議の手続開始、事業の閉鎖、債務超過の状態が相当長期間継続して事業が衰微しその事業の再建の見通しが立たないこと、その他これに準ずる事情が生じたことにより、債権の回収の見込みがないことが確実となった場合をいうものと解される。
 また、所得税法第152条は、確定申告書を提出した居住者は、当該申告書に係る年分の各種所得の金額につき同法第63条《事業を廃止した場合の必要経費の特例》又は同法第64条に規定する事実その他これに準ずる政令で定める事実が生じたことにより、国税通則法第23条《更正の請求》第1項各号の事由が生じたときは、当該事実が生じた日の翌日から二月以内に限り、税務署長に対し、更正の請求をすることができる旨規定している。
 ところで、所得税法第152条にいう「当該事実が生じた日」とは、同法第63条又は同法第64条に規定する事実その他これに準ずる政令で定める事実が生じた日、すなわち、当該事実が生じたことにより債権の回収の見込みがないことが確実となった日をいうのであるが、この「当該事実が生じた日」がいつであるかの判定は、法律上債権は存在するがその回収が事実上不可能である場合には、債権が法律上消滅した場合との均衡を考慮し、客観的にみて債権の回収の見込みがないことが確実となった日をもって判定すべきである。
(3)そこで、本件譲渡代金の一部が回収不能となった事実がいつ生じたかを前記(2)に照らして判断すると、次のとおりである。
イ Hは、平成8年8月に債権者から逃れるため身を隠しその後の所在が不明である。
 また、Hは、平成5年以降W社からの役員報酬もなく、平成8年9月5日にHの両親や妻子の居住する家屋すら代物弁済を原因として第三者に所有権が移転されたこと、HがW社に対する貸付債権を有していたとしても、W社は債務超過の状態が長期間継続し、同年8月に2度目の不渡りを出して銀行取引を停止され、平成9年4月22日には所有不動産につき競売の開始決定がされているから、事業の再建の見通しはなく、当該貸付債権の回収は見込めないこと及び同年4月25日に請求人がHの負担することとなっていた請求人の所得税を納付せざるを得なかったことからみて、請求人に対する債務を履行する資力がないことは明らかである。
 そうすると、本件譲渡代金からHが負担した取得代替農地の取得代金及び請求人に代わり納税した額を差し引いた残余の部分は、請求人がHから回収できる見込みがないことが確実であるといえるから、所得税法第64条第1項に規定する資産の譲渡代金の一部が回収不能となった場合に該当すると認められる。
ロ 次に、請求人は、Hに対して債務を免除する意思表示を行っていないから、法律上債権は存在することとなるので、客観的に譲渡代金の一部が回収の見込みがないことが確実になった事実の生じた日がいつであるかをみると、W社が不渡りを出し銀行取引を停止されHが所在不明となった平成8年8月、Hの両親や妻子の居住する家屋が代物弁済を原因として第三者に所有権が移転された同年9月5日及びHが債務超過の状態が長期間継続するW社に対して有する貸付債権の回収が確実に不能に至ったと認められるW社の所有不動産が競売の開始決定された平成9年4月22日の各事実が生じた日においては、程度の差こそあれ、譲渡代金の一部が回収の見込みがない事実が生じていたというに止まり、同月25日に請求人がHの負担することとなっていた請求人の所得税を自ら納付したことにより、請求人は、Hが請求人に対する債務を履行する資力がないと自認したと認められるから、同日以前に回収の見込みがないことが確実になったというべきである。
 そうすると、遅くとも平成9年4月25日が本件譲渡代金の一部が回収不能となった事実が生じた日であるといわざるを得ない。
ハ したがって、本件更正の請求は、本件譲渡代金の一部が回収不能となった事実が生じた日の翌日から二月を経過してされたことが明らかであるから、所得税法第152条の規定の適用は認められない。
(4)請求人は、Hの所在及び所有財産の調査を行い、本件譲渡代金の一部が回収不能となった事実を確認した平成9年10月9日を当該事実が生じた日である旨主張する。
 しかしながら、資産の譲渡代金が回収不能となった事実が生じた日がいつであるかの判定は、客観的にみて債権の回収の見込みがないことが確実となった日をもって判定すべきであるから、請求人の行った調査及び確認の作業が終了した日が、本件土地の譲渡代金が回収不能となった事実が生じた日でなく、上記(3)のロのとおり、遅くとも請求人がHの資力喪失を自認した日をもって、本件譲渡代金の一部が回収の見込みがないことが確実となった日と推認される。
 したがって、請求人の主張には理由がない。
(5)以上のとおり、本件更正の請求は、所得税法第152条に規定する更正の請求をすることができる期間を経過してされたから、原処分庁がした更正をすべき理由がない旨の通知処分は適法である。
(6)原処分のその他の部分について請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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